■アブストラクト
イギリスでは,保険契約に関する判例法と制定法について,立法による改 正が進められている。2012年消費者保険(開示及び表示)法は,消費者保険 における告知義務を自発的申告義務から質問に対する表示上の注意義務に変 更し,義務違反の場合には,違反がなければなされていたであろう契約内容 に調整する方式(保険料増加の場合はプロ・ラタてん補)を導入した。
次に制定された2015年保険法は,事業者保険契約の告知義務について,自 発的申告を基本としつつ,契約当事者双方が義務を負い,違反の場合には 2012年法と同様の調整を行う方式とし,加えて,すべての保険契約を対象と して,最高信義原則,ワランティ,不正な保険金請求に関する法などを修正 した。2016年企業法は,保険金支払遅延に関する法を変更した。被保険利益 に関する法改正も進められている。
イギリスの保険契約法改正は,消費者保護を強化し,事業者保険について も一定の拘束力のある規律を示すもので,わが国にも示唆を与える。
■キーワード
イギリス保険契約法,2015年保険法,最高信義の原則
イギリス保険契約法の改正と わが国への示唆
中 出 哲
※平成28年10月30日の日本保険学会大会(立命館大学)報告による。
/ 平成29年⚑月25日原稿受領。
⚑.はじめに
イギリスの保険契約法は,判例法と制定法から形成されている。異なる法 体系をとるイギリス法をわが国における法解釈に直接利用することはできな いが,イギリス法の研究は,異なる視点からの示唆を得る点で意味がある。
イギリスの保険契約法は,世界の保険法の変化に対して時代遅れとも批判さ れ,現在,立法による大規模な修正が進められている。本稿は,保険契約に 関するイギリスの改正法の内容と今後立法が予定されている被保険利益に関 する改正法案の内容を示して1),わが国への示唆を得ることを企図する。
⚒.制定法による保険契約法の修正2)
イギリスの保険契約法は,判例法を中心とし,その骨格は18~19世紀に形 成された。それらの判例は,主としてロイズにおける海上保険契約上の争い がもとになっている。当時の保険取引では,顧客は保険仲立人を利用し,引 受人は個人保険者であった。保険制度が成熟していない当時は,リスクの引 受人を顧客の利己的行動から守り,保険産業を発展させていくことが重要で あった。かかる背景において形成された判例法は,1906年海上保険法
(Marine Insurance Act 1906)(以下,1906年 MIA という。)として成文化 された。同法は,直接的には,海上保険契約に適用されるが,保険契約に関 する判例法理を示したものとして,同法の多くの条文は,生命保険を含む陸 上保険契約にも適用されてきた。1906年 MIA は,重要な法理をわかりやす
1) 改正法のうち2015年保険法の解説と訳語は,拙稿⽛イギリス2015年保険法の 概要⽜損害保険研究78巻⚒号(2016)173頁,同監訳=日本損害保険協会翻訳
⽛イギリス2015年保険法⽜損害保険研究78巻⚒号(2016)197頁を利用している。
保険契約法改正に向けた法律委員会の検討内容については,同委員会の資料を 翻訳した甘利公人監訳⽝英国保険法 共同意見募集書(2007年⚗月)~不実告 知,不告知および保険契約者によるワランティ違反⽞日本損害保険協会・生命 保険協会(2008)を参照している。
2) この記述は,拙稿・前掲注1)を要約したものである。
く示した点で意義があるが,一方,条文として示したことで,その文言から の逸脱を難しくした。
18~19世紀の海上保険判例をもとに生成されたイギリスの保険契約法は,
保険取引の進化,特に,消費者保護の要請や他の国の保険契約法の発展から 取り残されているとの指摘がなされるようになった。問題点は,消費者保険 分野では金融オンブズマン制度や保険業者協会のガイドライン等により,ま た,裁判官による解釈の中で克服する努力が払われてきたが,1906年 MIA の明示文言があるなかで限界があり,立法的解決が必要となっていた。
立法による改正の動きが本格化したのは今世紀に入ってからで,2006年に 政府の法律委員会(The Law Commission3) and the Scottish Law Commis- sion,以下,法律委員会という。)は,論点資料を発表し4),検討資料や意見 募集書を公表して広く意見を求めながら改正法の検討を進めた。
こうした法律委員会の作業によって最初に制定されたのが⽛2012年消費者 保険(開示及び表示)法⽜(the Consumer Insurance(Disclosure and Rep- resentations) Act 2012)(以下,2012年法という。)で5),2013年⚔月⚖日に 発効した。同法は,消費者保険分野の告知義務の法を変更したものである。
続いて,2015年保険法(the Insurance Act 2015,以下,2015年法という。)
が成立して2016年⚘月12日に発効した。同法は,事業者保険分野の告知義務 に加え,消費者保険を含めた保険契約について,ワランティ・その他の契約 条件の効果,保険金請求の不正,その他の判例法・制定法を改正したもので ある。また,保険金支払の遅延(late payment)については,2016年企業法
(the Enterprise Act 2016)の中で,2015年法の修正として具体化し,その 関連規定は2017年⚕月⚔日に発効する。本稿執筆時点で法改正が実現してい 3) Law Commission は,イングランドとウェールズの法律委員会の合同組織。
4) 資料は,http : //www.lawcom.gov.uk/project/insurance-contract-law/参照。
5) わが国における2012年法の解説として,中村信男⽛イギリス2012年消費者保 険(告知・表示)法の概要と比較法的示唆⽜保険学雑誌622号21頁(2013),同
⽛イギリス2012年消費者保険(告知・表示)法の概要⽜比較法学47巻⚒号103頁
(2013)参照。
ない論点として,被保険利益(insurable interest),保険料に対する保険仲 立人の責任,海上保険証券の必要性があるが,被保険利益については,2016 年⚔月に被保険利益法案(Insurable Interest Bill 2016)とともに最終の意見 募集書が公表され,2017年⚑月時点で法律制定の最終段階に入っている。
以下に,主要な改正点を紹介して,その意義を考えてみる。
⚓.告知義務
⑴ 告知義務に関する主要な改正点6)
①概説:告知(開示と表示)義務に関する判例法と1906年 MIA は,自発的 申告義務を原則として,その違反は,最高信義(utmost good faith)義務違 反として保険者に契約の解除権7)を与えるものであったが,2012年法及び 2015年法により大幅な変更が図られた。両法は,保険契約を消費者保険契約
(consumer insurance contract)と事業者保険契約(non-consumer insur- ance contract)に分けて8),それぞれ別の規律に服することを規定している。
②告知義務における基本原則:消費者保険契約については,2012年法により,
質問事項に対して不実表示をしないように合理的な注意を払う義務に変更さ れた(⚒条⚒項)。合理的な注意(reasonable care)の意味については定義 規定が設けられている(⚓条)。事業者保険契約については,2015年法によ り,自発的申告を基本として維持しつつ内容を変更して,開示(disclosure)
と表示(representation)の義務を包含し,公正な告知(fair presentation)
の義務として改正された(⚓条)。同法により,事業者保険分野の被保険 者9)は,合理的な情報収集の義務を負い,保険者は,質問等の提示において
6) 詳しくは,中村・前掲注5)及び拙稿・前掲注1)を参照いただきたい。
7) 英文は avoid。⽛取り消し⽜と訳される場合もあるが,⽛解除⽜と訳した。
8) 2012年法及び2015年法に,それぞれ定義がある。
9) assured とは,保険契約の当事者で,保険契約上の被保険者であるか契約が 締結された場合に被保険者となる者と定義されている(2015年法⚑条)。本稿 では被保険者と訳した。本稿における⽛被保険者⽜は,日本法における被保険 者の概念と同一ではない。
より能動的な役割が求められ,同法は,被保険者,保険者それぞれが知って いること,知っているべきことなどについて詳細に規定した(同法⚒章)10)。 以上の⚒つの法における告知義務は,契約の変更にも適用される。
③重要事情:事業者保険契約で開示が必要な重要事情とは,慎重な保険者が 引受可否と引受条件を決定するにあたり影響のある事情をいい,義務を負う のは,被保険者が知っているか,知っているべき事情に限定される(2015年 法⚓条⚔項)。⽛被保険者が知っている⽜については,被保険者が法人である 場合,誰が知っている状態を指すかが問題となるが,2015年法に詳細な規定 が設けられ(⚔条),企業等の組織の場合は,経営上層部のほか,保険に責 任を負う者(例えば,リスク・マネジャー)が知っている状態とすることや,
合理的情報収集で明らかになることは知っているべきとされることなどが明 確化された。また,開示すべき情報は,被保険者の法人内だけでなく,被保 険者の代理人や保険契約によって補償を受ける者など,外部まで及ぶことも 規定された(⚔条⚗項)。開示の必要がない保険者が知っているべき事項に ついても詳細に規定された(⚕条)。なお,表示については,⽛重要な事項⽜
の表示義務という法律構成はとられていない。例えば,消費者保険契約にお いては,不実の表示をしないように合理的な注意を払う義務と規定し(2012 年法⚒条⚒項),保険者が救済を得られるのは,被保険者がこの義務に違反 し,かつ不実表示がなければ,保険者は契約を締結しなかったか異なる条件 で契約を締結したことを証明できる場合(同⚔条⚑項)となる。2015年法は,
引受判断に影響する表示を重要な表示としてそれが実質的に正しいことを求
10) 具体的には,❟被保険者は,契約締結前に,重要な情報を保険者に開示し,
それができない場合は,慎重な保険者が知れば重要な事情を明らかにするため に更に質問が必要であると認識するに足る情報を相当明瞭で利用しやすい方法 で保険者に与えなければならない。➈事実上の事柄に関する重要な表示は実質 的に正確であること,予測や信じることに関する重要な表示は信義に基づくも のでなければならない。前者❟は,自発的な開示義務を維持しつつ,保険者に 質問の必要性を認識させるものであれば足りるとして義務の程度を緩めたもの である。保険者は疑問があれば積極的に質問しなければならないことになる。
める(⚓条⚓項c,⚗条補則⚓項)。
④開示の方法:事業者保険契約における開示は⽛相当明瞭で利用しやすい方 法で⽜なされる必要があり,未整理で大量の電子データ等を保険者に送る方 法(データ・ダンピング)では義務は満たされない(2015年法⚓条⚓項⒝)。
⑤違反に対する救済:1906年 MIA は,海上保険契約を最高信義(utmost good faith)11)に基づく契約として,その違反は相手方に契約の解除権を与え
(17条),告知義務(開示及び表示)は,最高信義の原則に基づくもので違反 は保険者に契約の解除権を与えると規定し,それが唯一の効果となっていた
(同18条⚑項,20条⚑項)。同法は,2012年法及び2015年保険法によって修正 され,告知義務は,違反の内容に従って効果が異なる方式になった。
⒜ 被保険者の意図的 (deliberate) 又は無頓着な (reckless) 違反の場合12) 保険者は,契約を解除してすべての保険金請求を拒絶することができ,
受領済保険料の返還は不要となる(2012年法附則⚒条,2015年法附則⚒
条)。違反が意図的又は無頓着に当たることは保険者に立証責任がある。
⒝ 意図的又は無頓着な違反のいずれでもない場合
いかなる条件でも契約を引き受けていなかった場合は,保険者は,契約 を解除して保険金支払を拒絶できるが,保険料は返還する必要がある
(2012年法附則⚕条,2015年法附則⚔条)。異なる条件(保険料を除く。)
で契約していた場合は,保険者が求めれば,当該条件で契約を締結した ものとして扱う(2012年法⚖条,2015年法⚕条)。より高い保険料を課 して契約したことを立証すれば,保険者はプロラタ方式13)で減額した保
11) ⽛最大善意⽜とも訳される。good faith という表題との関係から⽛最高信義⽜
とした。
12) ⽛意図的又は無頓着⽜とは,2015年法上,公正な告知の義務に違反すること を認識していた場合,違反するか否かを構わないとしていた場合をいう(⚘条
⚕項)。2012年法上の定義は,2015年法の定義と同一ではないが,ほぼ同じ意 味といえる(⚕条⚒項)。
13) 割合Xを保険金に乗じて支払う。X=実際に課された保険料/実際より高い 保険料。
険金を支払うことができる(2012年法⚗条,⚘条,2015年法⚖条)。
⑥強行法規性:消費者保険契約における告知義務に関する2012年法は片面的 強行法である(10条)。事業者保険契約に関する告知義務(2015年法)は当 事者の合意による変更が可能。ただし,本稿第⚘節で解説する明瞭性の要件 を満たす必要がある。
⑦表示のワランティへの転換の禁止:保険申込みにおける被保険者の表示内 容を⽛契約の基礎(basis of contract)⽜としてワランティを設定すれば,表 示内容に間違いがあった場合に,事故との因果関係を問わずに保険者は保険 金の支払責任を免れることが法律上可能となっていた。2012年法及び2015年 法は,告知義務制度を変更する中で,契約締結時の表示のワランティ転換を 認めないことを規定した(2012年法⚖条⚒項,2015年法⚙条)。本条は,消 費者保険,事業者保険を問わず,被保険者に不利な変更は認められない。
⑵ わが国への示唆
イギリス法は,契約類型を分け,事業者保険契約には消費者保険契約に対 するルールとは異なる告知のルールを示した。消費者保険契約では質問に対 する表示上の注意義務とする一方,事業者保険契約については自発的申告義 務を基本としたうえで,現代の取引実務に適合し,当事者間の利益均衡を図 るルールとして新法を示した。わが国では,海上保険に関する商法の改正が 検討されているが,事業者保険分野の告知義務制度の在り方を考えるうえで 参考になる。
第⚒に,イギリス法は,消費者保険契約については,質問に対する応答義 務に近い制度に変更したが,なお種々の点でわが国の法と異なる。主な相違 点として,次の点をあげることができる。まず,わが国の告知義務の対象は
⽛重要な事項のうち告知を求められた事項⽜に限定されているが,イギリス 法では,契約締結過程の表示における合理的注意義務となっていて,質問が なく自ら示した表示も義務の対象に含まれる。また,わが国保険法では,故 意・重過失の場合に保険者に契約の解除権が認められ,解除の効果は将来に
対するもので,生じていた事故については因果関係がある場合にのみ免責と なる。イギリス法では,意図的・無頓着な違反の場合,保険者は契約を解除 して保険金請求を拒絶することができ,保険料の返還も要しない。義務違反 の内容と保険事故との因果関係も求められない。さらに,わが国保険法では,
軽過失の場合は告知義務違反を問われないが,イギリス法では,その場合,
保険者は,違反がなかった場合に契約を締結していなければ契約を解除でき
(保険料は返還される。),異なる条件で締結していれば,その条件に沿って 給付を調整できる。以上の点に着目すれば,改正イギリス法は日本法よりも 消費者に厳しい法といえよう14)。
第⚓に,告知義務の位置づけである。わが国では,告知義務は契約成立に 係る義務と位置づけられ,違反に対しては契約の解除権が認められる。イギ リスでは,法改正前は,告知義務違反は契約の解除権をもたらすもので,そ の点ではわが国と同じであった。しかし,法改正により,契約を存続させて 支払責任を調整する制度が導入された。こうした変更により,例えば,わが 国の海上保険契約におけるイギリス法準拠約款15)の解釈や文言の検討が必要 となったと考えられる。同約款のもとで,日本法においては告知義務を契約 の成立に関する事項として理解し,告知義務については日本法準拠ととらえ るとしても,イギリス法から見た場合には,告知義務は,保険金支払責任に 関するものと理解される可能性が高まったと考えられる16)。同一の英文約款 が,日本法とイギリス法で異なる解釈を生む状態になったといえる17)。
14) ただし,保険者は,これらの権利を主張するためには立証責任を負う。
15) 契約成立や契約の有効性については日本法,保険責任や決済についてはイン グランドの法と慣習によるとして準拠法を分割指定する約款。
16) 同約款の理解として,John Dunt, Marine Cargo Insurance, 2nded., 2016, p. 23.
同著は,イギリス法準拠約款について広くイギリス法の適用を認めた判例を批 判し,それよりは狭く,1906年 MIA 記載事項のみにイギリス法を適用すべき とする。その考えからは,告知義務は MIA 規定の支払責任に関する問題とし てイギリス法準拠となる。
17) 英文の船舶保険約款は,わが国の裁判管轄を規定しているが,英文の貨物保 険約款は保険証券の国際的な譲渡を前提として裁判管轄については規定してい
第⚔に,イギリス法は,被保険者が法人である場合や代理人による契約締 結の場合の義務について判例や実務を踏まえて詳細なルールを示していて,
わが国にも参考になる。
⚔.ワランティ,各種条件
⑴ ワランティ制度の修正18)
1906年 MIA は,ワランティ(warranty)とは,特定のことが行われるこ と若しくは行われないこと,若しくはある条件が充足されることを被保険者 が約束するもの(確約的なワランティ),又は特定の事実状態の存在を被保 険者が肯定若しくは否定するものをいい(33条⚑項),危険に対して重要で あるかどうかを問わず正確に充足されなければならない条件として,違反が あれば,保険者は支払責任を免れると規定している(33条⚓条)。ワランテ ィは,違反と事故との因果関係を問わずに保険者の責任を免除し,違反状況 が消滅しても保険者の責任は復活しない制度であることから,被保険者に厳 しいと批判されていた。
2015年法は,因果関係を求めないワランティの制度は残して19),その効果 のみを変更し,保険者の責任は,違反期間に限定して一時停止(suspend)
するものとした(10条)。その結果,保険者は,ワランティ違反が修復され るまでの間に発生する損害又はその期間に発生する事象に起因する(attrib- utable to)損害に対してのみ責任を免れることとなった(10条⚒項)。
ワランティの修正に関する2015年法10条は,消費者保険契約,事業者保険 契約のいずれにも適用される。前者については片面的強行規定で,後者は,
当事者の合意による変更が認められるが,明瞭性の要件に従う。
ない。
18) 以下は,拙稿・前掲注1)におけるワランティの解説をまとめたものである。
19) したがって,1906年 MIA 上のワランティの定義に変更は加えられていない。
⑵ 各種契約条件の効果
また,2015年法は,引受リスクを限定する各種の条件・条項(terms)の 効果に一定の制限を加え,特定の種類・場所・時間における損害の危険を減 少するための保険契約上の条件は,損害発生時に充足されてなくても,被保 険者が,不充足が生じた条件等の事項が損害の危険を実際には増大させえな かったことを示せば,保険者は免責されないこととなった(11条)20)。この 条件・条項には,ワランティのほか,各種の前提条件や免責条項も含まれる。
各種条件の効果に関する2015年法11条は,消費者保険契約,事業者保険契 約のいずれにも適用される。前者については,片面的強行規定となる。後者 については,当事者の合意による変更が認められるが,明瞭性の要件に従う。
⑶ わが国への示唆
2015年法によるワランティや各種条件の効力に関する法の修正は,国際的 な保険実務にも影響がある重要な改正である。特に,危険を限定する条項に ついて,違反があっても,それが損害の危険を増大させるものでなかった場 合には保険金支払義務に影響を与えないことを法律上の原則としたことは,
被保険者保護の観点からみて一歩進んだ整備といえる。わが国保険法では,
ワランティに対応する制度や危険制限に関する条件に関する規律は示されて いないが,保険約款では危険を一定範囲に限定するための各種条項が利用さ れる場合が多く,それらの条項の解釈が問題となりうる。2015年法は,かか る場合の規律の在り方を示したものとして参考になる。
⚕.不正な保険金請求
⑴ イギリス法における不正な保険金請求の扱い21)
1906年 MIA は,海上保険契約を最高信義の契約として,違反の場合に相 20) 例えば,火災報知器の設置が条件となっていてそれに違反があっても,洪水
損害に対して保険者は条件違反による支払拒否を認められない。
21) 以下は,拙稿・前掲注1)をもとに,その後の判例等を加えたものである。わ
手方に契約の解除権を与えていた(17条)。この法理は,契約締結前後を問 わずに適用されると理解されてきた。保険金請求の不正(fraud)は,最高 信義違反に当たるが,契約を解除すると不正の前に支払った保険金も返還が 必要になるという問題があった。また,不正行為が生じた後に生じた真正の 損害に対する扱いについても争いがあった。裁判においては,1906年 MIA17条は契約締結前の問題に対するものとして,契約締結後の違反に対 しては,同法の制定前から存在する判例法理を適用するなどの方法をとって 対処してきたが,限界があった。また,保険金不正請求に対する抑止も重要 な課題になっていた。
⑵ 2015年法の概要
2015年法は,不正な保険金請求(fraudulent claim)に関する判例等を整 理・明確化したものであるが,不正を抑止する側面を明確に示している。
①不正な保険金請求があった場合の効果:保険者は,保険金支払責任を負わ ず(12条⚑項⒜),不正請求に関して支払済の保険金を回収できる(同⒝)。
また,被保険者への通知をもって不正行為時から契約が終了していたと扱え る(同⒞)。契約が終了していたと扱う場合,保険者は,不正行為発生後に 生じる契約関連事項について被保険者に対する責任を負わず(12条⚒項⒜),
受領保険料の返還も要さない(同⒝)。契約が終了していたとする場合でも 不正行為発生前に生じた契約当事者の権利義務には影響は与えない(12条⚓
項)。
②保険金の一部に対する不正:その場合でも保険金請求権の全体を失う(12 条⚑項⒜⒝)。金額面での過大請求の場合,全額の請求権を失う22)。
が国における研究として,藤原晴美⽛英国保険法における詐欺的請求をしない 義務⽜北大法学論集58巻⚔号546[2174](2007),星誠⽛英国法における保険 金不当不正請求の取り扱い その苛酷さの理由を考える ⽜損害保険研究77巻
⚑号45頁(2015)参照。
22) fraud の場合に保険金請求権自体を失わせる法理(principle of forfeiture of the fraudulent claim)を明確化したもの(2015法案説明・項目101)。
③不正な保険金請求の定義:2015年法に定義はなく,判例法による。
④請求過程における虚偽等:損害が生じたが,それに対する保険金請求を容 易にするために事実関係等について虚偽の脚色をした場合23)については,
2015年法に規定はなく判例法に依る。保険請求とその金額は相当であったが,
請求の過程で付随的な虚偽の証言があった事件について,上院は,保険金全 額について保険者の支払責任を認めている24)。
⑤グループ保険の場合:グループ保険(団体保険)の場合,構成員による不 正は,当該構成員と保険者との関係に対してのみ2015年法の規律を適用し,
グループ保険契約自体や他の構成員との関係には影響を与えない(13条)。
⑥強行法規性:消費者保険契約については片面的強行規定。事業者保険契約 については,当事者の合意による変更が認められるが,明瞭性の要件に従う。
⑶ わが国への示唆
イギリスで明確化された事項について,わが国の立場を考えることは意味 がある。わが国では,保険金請求の不正に対しては,民法規定のほか,保険 法(30条,57条,86条)の重大事由解除に関する規律が存在する。例えば,
保険金の水増し請求は,保険金を多く取得しようとする意図をもって保険者 を欺く行為であれば,水増し部分が全体の中でいかに小さくても,重大事由 解除に関する上記条文の各⚒号で規定される⽛保険請求について詐欺を行い,
又は行おうとしたこと⽜又は各⚓号で規定されるバスケット条項に該当する として,契約を解除して保険金全額の支払責任を免れると理解してよいか
23) これは,不正な方法・手段(fraudulent means and devices)と呼ばれる。
24) The DC Merwestone [2016] UKSC 45. 本事件内容,第一審及び控訴審判決に ついては,星・前掲注21)で紹介されている。第一審と控訴審は,請求過程に おける虚偽の行為(保険者からの質問に対する書面回答における虚偽)をもと に,請求額の全額(約⚔億円)に対する保険者責任を否定したが,上院は,保 険金請求における不正が請求権自体を失わせる法理を認めつつ,請求過程にお ける付随的な虚偽(collateral lie)は fraud に当たらなく保険金請求権を有効 とした(ただし,判事の⚑人は反対意見を述べた。)。
(すなわち,イギリス2015年法と同じ立場といえるか)。また,請求過程にお ける虚偽説明についての日本法の立場は,基本的には,イギリス法と同じと いえるか。
⚖.保険金支払の遅延
⑴ イギリス法における問題点25)
イギリスでは,契約違反は損害賠償請求権を発生させるが,イングランド 及びウェールズでは,損害てん補の保険(indemnity insurance)について は,保険者が保険金支払を不当に遅らせた場合であっても,被保険者には損 害賠償請求は認められず26),未確定賠償額(unliquidated damages)として 利息(単利)の付与しか認められてなかった。一方,生命保険などの定額給 付保険は,保険金の支払は契約上の債務(debt)であるとして,また,損害 保険における現物給付方式(restatement)では,財物や役務提供契約と同 じとして,給付の不当な遅延に対する損害賠償が認められていて,保険給付 の方式によって支払遅延に対する扱いが異なっていた。さらに,スコットラ ンドや他のコモン・ロー諸国では,イングランドやウェールズの考え方は取 られていなかった。この論点は,訴訟で争われたが,判例法を変えることは できなかった。また,保険者の支払遅延は,最高信義違反と主張しても,そ の場合の1906年 MIA における救済は,契約の解除のみであり,被保険者の 救済として意味がない状況であった。
法律委員会は,この問題は立法的に解決する他ないと考え,2016年企業法
(Enterprise Act 2016)に織り込むことで,2015年法の修正を行った。
⑵ 2015年法の追加修正内容
①保険金支払に関する原則:2015年法に,保険者は合理的期間内に保険金を 支払うことをすべての保険契約における黙示条項とする規定が加えられ(13
25) 保険金の支払遅延に関する2015年法については,拙稿・前掲注1)参照。
26) 被保険者が破綻した場合の損害に保険者は賠償責任を負わないとされていた。
A条),保険金支払の遅延は,損害賠償請求権を発生させることになった。
②合理的期間の基準:合理的期間とは,請求の調査と査定に要する期間を含 む。合理性は,保険の種類,請求の額や複雑性,保険金支払について対応が 求められる法律・規則等の遵守の必要等によって判断される(13A条⑵⑶)。
保険者が保険金支払を争う場合は,それによる遅延で黙示条項違反とはなら ないが,保険者が請求に対して取っていた行動が判断要素となる(同⑷)。
③違反の効果:黙示条項違反として損害賠償金が保険金に対する利息(法律 上の利息,裁判所の裁量による利息等を問わない。)とは別に認められる。
この損害賠償請求の出訴期限は,保険者の保険契約上の金銭支払完了後から
⚑年間又は黙示条項違反の日から⚖年間の早い日となる(2016年企業法30 条)27)。
④強行法規性:消費者保険契約については片面的強行規定。事業者保険契約 については,保険者の意図的又は無頓着による違反の場合を除き,当事者の 合意による変更が認められるが,明瞭性の要件に従う。
⑶ わが国への示唆
保険金支払の遅延が,遅延利息のほかに,遅延によって生じた損害に対す る賠償請求権を生むかどうかという論点は,わが国ではあまり問題となって いないものと考えられるが,イギリス法準拠の約款において保険金を支払う 場合には,想定しておく必要がある。わが国の場合,信義則違反としての損 害賠償請求が認められるかどうかといった議論が考えられるように思われる。
⚗.最高信義(最大善意)原則の位置づけの変更
⑴ 1906年 MIA で示されたイギリス判例法理とその問題点
前述のとおり,1906年 MIA は,海上保険契約を最高信義に基づく契約と して,その違反は相手方に契約の解除権を与え,また最高信義は,契約当事 者の双方の義務と解されていた。しかし,違反の効果が契約の解除権となっ
27) 1980年出訴制限法(Limitation Act 1980)第⚕A条として改正された。
ていたため問題があった。まず❟被保険者の告知義務違反の効果は,契約 の解除権のみで契約を存続させて給付金を調整する方式がなかった。また
➈保険者側に契約締結前又は契約締結後に最高信義違反があった場合,被 保険者は,契約を解除しても保険金を受け取れないという問題があった。例 えば,保険金支払の遅延の場合,契約を解除すれば,被保険者は保険金を受 領できず,不合理な状況となっていた。さらに❷被保険者の請求に不正が あって最高信義違反として契約を解除すれば,不正の前に生じていた真正な 請求権も消滅するかが不明であった。これらの状況から最高信義原則の修正 が必要となっていた。
⑵ 最高信義原則の位置づけの変更
2015年法により,告知義務の修正や保険金不正請求の扱いなどに関する法 の整備とともに,1906年 MIA の大原則も修正された。2015年法により,海 上保険契約は最高信義に基づく契約であるという1906年 MIA の条文のみが 残され,その効果に関する規定は削除された。その結果,保険契約における 最高信義は,違反に対する罰則が規定されていない解釈原則となった28)。
⑶ イギリス契約法における信義則
わが国では,民法⚑条⚒項に信義則が規定されているが,一般的に,大陸 法諸国では,信義則は,契約における基本法理として位置づけられている。
しかし,イギリスでは,過去から,信義(good faith)を法として位置づけ ることには否定的で,判例法も信義を法としては認めない立場をとる29)。た だし,一部の契約類型については,最高信義の契約(contract of uberrimae fidei ; contract of utmost good faith)とする。その代表例が保険契約となる。
28) 2015年法の最終報告書(項目30.5,30.23)や同法案説明(項目117)は,
⽛解釈上の原則⽜として説明する。ただし,その意味や具体的適用例等は明ら かにしていない。
29) H. G. Beale ed., Chitty on Contracts, 21sted., Vol. 1, 2012, 1-039~043は,米国 やオーストラリアでも,信義が一般原則として適用されている,とする。
⑷ わが国への示唆
保険法の制定にあたっては,信義則の保険への適用について一般原則とし て保険法に規定するかが議論されたが,規定は設けられなかった。また,保 険契約締結時の義務については,告知義務のみが規定され,保険者側の説明 義務・情報提供義務は規定されず,保険業法等に委ねられることとなった。
しかしながら,保険契約法の法理として保険契約に特有の信義則の存在を認 めるかどうかはなお研究が必要と考えられる。一方,イギリスでは,保険契 約を最高信義の契約としてきたが,その法理における義務違反の効果は,契 約の解除権のみとなっていて,1906年 MIA は,この原則の例として,被保 険者の告知義務しか規定していなかった。法改正によって最高信義原則の効 果に修正が加えられたことは,最高信義の原則を,告知義務に限らず,契約 当事者双方に対する,かつ,契約の締結時に限らずに保険契約に適用される 原則として位置づける立場が明確化されたものと理解できる。なお,イギリ スの改正法には,保険者側の情報提供義務に関する規定は盛り込まれていな い。以上を踏まえると,イギリスの法改正の内容は,保険法に信義則に関す る規定を設けず,保険独自の規律として告知義務の制度を規定する日本法の 立場に近づいたといえる。いずれにせよ,イギリス法における最高信義原則 の今後の展開には興味が持たれる。
⚘.事業者保険分野における法の適用除外方式
⑴ 2015年法における事業者保険契約の規律の位置づけ
わが国では,海上保険等の事業リスクの保険分野は,保険法の片面的強行 規定の適用除外として契約自由が認められており,保険法の規律はデフォル ト・ルールとして意義を有する。一方,イギリスの2015年法は,事業者保険 契約の規律も具体的に示し,規律を基本ルールとするために,2015年法から の契約自由を認めつつ,そこから離れる場合には一定の手続を要件として課 した。事業者保険契約について一定の条件のもとで適用除外が認められる規 律としては,公正な告知の義務(同第⚒章),ワランティ及びその他の条件
(同第⚓章),不正な保険金請求(同第⚔章),保険金支払に関する黙示条項 違反のうちの保険者の故意又は無頓着でない違反(同13A条)がある。
⑵ 明瞭性の要件
事業者保険契約において契約による2015年法の適用除外が認められるのは,
以下の明瞭性の要件(transparency requirement)を満たした場合となる。
❟ 契約の締結前又は契約の変更の合意の前に,不利益条項に被保険者が 留意するに十分な手段を講じなければならないこと(17条⚒項)。
➈ 不利益条項は,その効果において,明瞭でなければならず,あいまい であってはならないこと(同⚓項)。
要件の充足有無は,当該被保険者の性質や取引の状況を斟酌して判断され なければならない(同⚔項)。被保険者が不利益条項を実際に認識していた 場合,被保険者は上記❟を主張できない(同⚕項)。代理人が保険を手配す る場合は,明瞭性の要件は代理人に対して満たせば充足される(22条⚔項)。
⑶ わが国への示唆
イギリス法は,明瞭性の要件を課すことによって,事業者保険分野におい ても,2015年法の規律を単なるデフォルト・ルールより拘束力のあるものと した。約款文言の明確化や契約締結時の説明を契約の効力に組み入れている 点で興味深い。事業者保険分野の規律の在り方を考えるうえで示唆に富む。
⚙.その他,改正に向けた論点:被保険利益
⑴ 被保険利益に関するイギリス法の問題と法改正に向けた動き30)
被保険利益に関する判例法と制定法31)は,適用される保険契約の種類が明
30) 法律委員会の検討資料(2015年⚓月27日付第10資料,2016年⚔月意見募集 書)。
31) 被保険利益に関して規定する制定法としては,1774年生命保険法,1788年海 上保険法,1906年海上保険法,1909年海上保険(賭博証券禁止)法がある。
確でなく32),いかなる状態の場合に被保険利益を有していると認められるか,
いつの時点で被保険利益が必要か33),被保険利益を有しない場合の保険料の 返還要否34),生命保険などの保険における被保険利益をいかに評価するかな ど,法の内容が不明確であった。加えて,被保険利益の解釈に関する判例法 が厳格で取引の実態に適合しないなどの問題が存在した。また,被保険利益 に関するイングランドとスコットランドの法に違いも存在し,さらに,同じ コモン・ロー諸国の中では,ニュージーランドの改正保険法(Insurance Law Reform Act 1985)やオーストラリア保険契約法(Insurance Contract Act 1984)では,被保険利益について大胆な柔軟化が図られていた35)。こう した背景から,法律委員会は被保険利益に関する法改正について検討を進め てきた。法律委員会は,2008年に被保険利益に関する検討内容を示し,その 後,内容を修正して保険契約法改正に向けた2011年の意見募集書の中でも被 保険利益の見直しについて取り上げたが,早急に改正が必要な事項を優先し,
2015年法には被保険利益に関する法改正は織り込まなかった。その後,2015 年⚓月に,修正を加えた意見募集書を示して意見収集を行い,その意見をも とに,2016年⚔月には被保険利益法案(The Insurable Interest Bill 2016)を 示して再度の意見収集を行い,本稿作成時点において,立法に向けた最終段 32) 例えば,陸上の動産(goods)や責任保険に海上保険法の法理が適用される
か。1774年生命保険法で適用される保険商品の範囲はどうかなど。
33) 1906年 MIA では,事故時に被保険利益を有していればよいが,陸上保険に は1788年海上保険法が適用され,契約締結時に保険証券に被保険利益を有する 者を記入することが義務となっていた。1774年生命保険法では,契約締結時に 被保険利益を有していることが必要とされ,かつ保険金は利益の価値が限度と なることが規定されていて,死亡時にも被保険利益が必要な解釈を生む状況と なっていた。また,利益の価値をどう算定するかも問題となっていた。
34) 1909年海上保険(賭博証券禁止)法は,善意の利益の存在しない契約を刑事 罰の対象としていた。1774年生命保険法でも,一定の類型を違法と規定してい た。被保険利益を有しない契約を禁止している領域の場合,違法な取引として,
かかる契約を行った場合は保険料は返還されないという考え方が存在した。
35) 海外保険以外の保険契約に適用されるオーストラリア保険契約法は被保険利 益の要件を廃止した。
階に入っている。
⑵ 法律委員会の提言内容
以下に,2016年被保険利益法案とその改正提言内容を示す36)。
①被保険利益の必要性:被保険利益の必要性に関する意見が実務界から多く 出されたことを踏まえ,法律委員会の改正提言は,保険契約における要素と しての被保険利益を維持したうえで37),錯綜する制定法と判例法を整理して 明確化を図り,被保険利益を有する者の範囲を柔軟化したものとなっている。
②保険契約の分類:法案は,保険契約を,海上保険,海上保険以外の損害保 険,生命保険などの生命関連の保険の⚓つに分けている。責任保険は,陸上 の損害保険として扱われる。⽛生命関係の保険(life-related insurance)⽜と は,保険につけられる出来事(保険事故)が,個人の生命,傷害,疾病,不 能又は個人の生存とする各種保険を総称する概念として定義されている。
③被保険利益の定義:被保険利益の定義は設けずに,具体例を示し(網羅的 ではない列挙),また判例法上の被保険者の範囲に比べて柔軟化を図った。
④契約の領域ごとの扱い:
⒜海上保険:1909年海上保険(賭博証券禁止)法(Marine Insurance (Gambling Policies) Act 1909)を廃止し,1906年 MIA の被保険利益に関す る規定を存続させる38)。その結果,被保険利益は,損害発生時に存在すれば よく,契約締結時には求められない。遡及保険が認められることも1906年 MIA の立場から変更されない。被保険利益を有する場合の例についても,
36) したがって,今後制定される法の内容は,以下の説明と異なる場合があり得 る。
37) 被保険利益を維持する理由としては,被保険利益は,保険制度に特徴的なも ので,各種法律や税法上で保険を他の制度と区別する上で有益であること,市 場の秩序を維持して投機的なビジネスとなることを抑制する上で意味があるこ と,有効でない請求を除ける制度として有効であることなどが挙げられている。
38) 海上保険については,1906年 MIA の規律で支障ないというのが実務界の意 見であるため。
1906年 MIA と同じである。
⒝陸上の損害保険:陸上保険に適用される1788年海上保険法39)を廃止し,
契約の締結時に,被保険利益が存在するか被保険利益を取得する合理的な見 込みがあればよい。しかし,事故時に被保険利益が存在しなければ保険金は 支払われない40)。また,被保険利益を有すると認められる場合を例示してい る41)。
⒞生命関係の保険:被保険利益は契約締結時に存在する必要があるが,
事故時は問わない。その結果,契約の譲渡も可能となる。条文には,被保険 利益を有すると認められる具体例が例示されている42)。
⑤被保険利益が存在しない場合:契約は無効となる。契約締結時に被保険者 が被保険利益について誤った説明を行い,被保険者が誤りであることを知っ ているか無頓着であった場合,保険料は返還されない43)。それ以外の場合は,
契約締結時から被保険利益が存在しなければ,保険料は返還される。
39) 海上保険には,1906年 MIA の制定により,その時点から1788年海上保険法 は適用されない。
40) この場合,保険金は支払われないが,契約時には被保険利益が存在していた ことから,契約は無効とはならない(修正意見募集書3.5)。この原則は,損害 てん補の原則を規定するものではなく,被保険利益の存在の問題として扱われ ている。実際には,損害を示すことで被保険利益の存在の立証がなされると説 明されている(同3.8)。
41) 法律上の権利がある場合,契約上の権利がある場合,所有又は管理している 場合,保険事故が生じた場合に経済的損失が生じる場合が挙げられている(法 案⚓条⚓項)。
42) 個人が,被保険者,被保険者の子・孫,配偶者・パートナーかそれらとして 生活を共にしている場合,年金その他の団体制度のメンバーでその制度の受託 者である場合,個人の便益のための契約である場合若しくは個人の名義人であ る場合,保険事故が生じた場合に経済的損失が生じるとの合理的見込みがある 場合,が挙げられている。
43) 法案⚔条。
⑶ わが国への示唆
イギリス法は,特に,生命保険関係について被保険利益概念を柔軟化させ る法案を示した。わが国における死亡保険の場合の同意方式はとらず,あく まで契約に被保険利益を求め,その概念を柔軟化する方式をとった。生命関 連の保険における被保険利益の例の⚑つとして⽛保険事故の発生によって被 保険者が経済的な損失を被る合理的見込み⽜を挙げて,それが契約締結時に おいてのみ存在すればよいとする法案は,柔軟な商品設計を認めていこうと いう立場と考えられる44)。利益概念を保険契約の要件として求めて,さまざ まな保険契約を一元的かつ統一的に理解し,それによって,法制・税制を含 め,他の給付制度から保険契約を区別していく考え方は,保険契約理論の根 本を考えるうえで示唆に富む。
10.おわりに
イギリスの保険契約法の改正は,250年前の判決45)で示された最高信義原 則を変更する歴史的にも重要な改正である。改正内容は,全体としては,消 費者保護の強化など,保険契約法に関する世界的な改正の潮流を意識したも のであるが,さらに,事業者保険契約についても新たな告知ルールを示すな ど,新たな法を示している。加えて,ワランティ,不正な保険金請求,保険 金支払い遅延などについても重要な修正が加えられていて注目される。これ らの改正内容が実務で定着し,更には国際標準となっていくかどうかは,現 時点では明らかでなく,今後の状況を注視していく必要がある。
【付記】本研究は,JSPS 科研費15K03745の助成を受けたものである。
(筆者は早稲田大学教授) 44) 法律上で認められる利益より広いものとしている(修正意見募集書2.22)。
45) Carter v. Boehm (1766) 3 Burr. 1905.この判決において,マンスフィール ド卿(Lord Mansfield)が最高信義原則を打ち立てた。