一部誤表記のある保険約款の適用と 解釈問題
*韓国における災害死亡保険金と自殺に関する事例を中心として
李 芝 妍
■アブストラクト
韓国では生命保険会社の不注意により一般的に死亡保険約款で定められて いる自殺免責条項および自殺免責制限条項が災害死亡特約にも同様に記載さ れた状態で約款が使用されていた。実際,被保険者が自殺によって死亡した 際に支払われたのは一般の死亡保険金のみであったため,2007年に遺族が自 殺による死亡に対する特約上の死亡保険金を求める訴訟を提起し,裁判所が その支払を命じたことを契機として,自殺は災害ではない旨の約款改正が行 われるようになった。
災害死亡特約の場合,被保険者の災害死亡が保険事故であるため,自殺は 災害死亡ではないので,自殺に対する災害死亡保険金を支払うことはできな い。それにもかかわらず,災害死亡特約で一定条件を満たした場合,その限 りでないとして保険金を支払うとも理解できる文言を記載していたので,そ の対応をめぐり多数の判決と見解が分かれている。
問題の約款条項は曖昧な表現をめぐる両当事者間の異なる解釈上の問題で はなく,作成者の意図と異なる条項が誤って表記されてしまった問題である ため,契約目的の不到達などを理由とする事情変更の原則を適用すべきであ
* 本研究は平成29年度井上円了記念研究助成を受けたものであり,本論文はその 研究成果の一部である。
*平成29年⚓月17日の日本保険学会関東部会報告による。
/ 平成29年⚔月18日原稿受領。
ると思われる。
■キーワード
災害死亡特約,自殺,約款解釈
Ⅰ 問題の所在
韓国の東亜生命保険会社(現在の KDB 生命保険会社)は2001年に主契約 である生命保険契約にセットできる商品として災害死亡特約を発売した。災 害死亡特約は一般的な死亡保険とは別に災害によって死亡した場合,主契約 の⚒~⚓倍の死亡保険金を支払う内容の商品であった。
ところで,東亜生命保険会社の不注意により一般的に死亡保険約款で定め られている自殺免責条項および自殺免責制限条項が災害死亡特約にも同様に 記載された状態で約款が使用されていて,後にその約款は他の生命保険会社 でも誤りに気づくことなくそのまま使用されていた。
実際,生命保険契約と災害死亡特約を締結していても被保険者の自殺によ る死亡の際に支払われたのは一般の死亡保険金のみであった。そこで,2007 年に遺族が自殺による死亡に対する特約上の死亡保険金を求める訴訟を提起 し,裁判所がその支払を命じたことが契機となって,自殺は災害ではない旨 の約款改正が行われるようになった。
災害死亡特約の約款で自殺は災害ではないという観点での修正がなされた 2010年までに,約285万名の保険契約者が従来の約款により災害死亡特約を 締結していた。そして,災害死亡特約による災害死亡保険金をめぐる問題が 大きくなったのは2014年頃である。
金融監督院が ING 生命保険会社に対する総合検査を行った結果,自殺に 対して一般保険金のみが支給されていたことについて問題提起し,特約に定 められている災害死亡保険金の支払を勧告した。そして,災害死亡保険金の 未払いに対する課徴金の納付命令を下した。それに反発した保険会社が金融 監督院の措置を不服とし,行政処分の取消を求める訴訟を提起したり,遺族
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が特約上の死亡保険金を求める訴訟を提起するなど,紛争が多発するように なった。
そこで本稿は,問題となった従来の災害死亡保険約款で定められていた一 定の免責期間が経過した後に自殺する場合の自殺免責制限条項をめぐる判例 と学説を紹介し,その適用と解釈の在り方について検討することとする。
Ⅱ 問題となった災害死亡特約の約款条項
保険契約により被保険者の生存または死亡を保険事故として保険者が受取 人に保険金を支払うことを約するものが生命保険契約である。一般的な死亡 保険の場合,被保険者の死亡が保険事故であり,自殺も死亡の一種であるた め,自殺について死亡保険金を支払うことに問題はないと思われる。しかし,
災害死亡特約の場合,被保険者の災害死亡が保険事故であるため,自殺は災 害死亡ではないので,自殺に対する災害死亡保険金を支払うことはできない。
それにもかかわらず,災害死亡特約で一定条件を満たした場合,⽛その限り でない⽜として保険金を支払うとも理解できる文言を記載していたので,そ の解釈をめぐり多数の判決と見解が出されるようになった。
保険契約における一般的な共通内容を普通保険約款で定めており,各保険 契約者の諸事情を勘案しながら契約を締結する際は特別約款で詳細な内容を 約定することになる。すなわち,特別約款は普通保険約款によらず,個別的 な事情に従って契約内容を定めるので,普通保険約款の保障内容を制限した り,拡大したりする役割を果たし,普通約款より優先的に適用されることに なる。ただ,特約条項で保険原理もしくは法によって許容されない内容を定 めることはできない。
そこで,まず本稿の問題に関連する韓国の法律条文と約款条項の内容につ いて検討する。
韓国商法659条⚑項は⽛保険事故が保険契約者又は被保険者又は保険受益 者の故意又は重大な過失により生じたときは,保険者は保険金額を支払う責 任がない。⽜と定められている。その定めは,①故意による保険事故は保険
事故の偶然性および不確定性に反する点,②自らが誘発した事故による損害 を保険者に転嫁されることは公序良俗および信義誠実の原則に反する点,③ 保険金を取得する目的で行った人為的な保険犯罪および自殺誘発に悪用でき る点,④保険契約者などによる道徳的危険を防止し保険事故の健全な管理を 通じて保険契約の団体性を維持するための必要性がある点,などを理由とし ている1)。
また,2010年⚔月以前に使用されていた生命保険標準約款16条⚑項は,保 険金を支払わない保険事故について,すなわち免責条項を定めている。具体 的に,⽛会社は次のうち,どちらか一種類の場合によって保険金支払事由が 発生した際,保険金を支払わないと同時にこの契約を解除できる⽜と定めら れている。その上,⚑号で保険対象者(被保険者)が故意に自身を害した場合 について定めながらその制限として⽛しかし,保険対象者(被保険者)が精神 疾患等で自由に意思決定できない状態で自身を害した事実が証明された場合 と契約の保障開始日(復活(効力回復)契約の場合は復活(効力回復)申込日で ある)から⚒年を経過した後に自殺したり,自身を害したりすることによっ て障害分類表のうち同じ災害で色々な身体部位の合算障害支給率が80%以上 である障害状態になった場合にはその限りでない。⽜と定めていた。
問題となった災害死亡特約では,主契約として生命保険契約を締結しなが ら,災害死亡特約をセットしていて,その約款では生命保険約款の自殺免責 制限条項と同内容の自殺免責条項が定められていた。
改正された現在の生命保険標準約款⚕条⚑号は,⽛被保険者が故意により 自分を害した場合を保険者の免責事由として定めている。そして,その免責 に対する制限として①被保険者が心神喪失などにより自由な意思決定ができ ない状態で自分を害した場合,特にその結果で死亡に至った場合には災害死 亡保険金を支給するように規定しており,②契約の保障開始日から⚒年を経 過した後に自殺した場合には災害以外の原因に該当する死亡保険金を支払 う。⽜と定めている。
1) 朴世敏⽝保険法(第⚓版)⽞247~248頁(博英社,2015年)。
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Ⅲ 一部誤表記のある保険約款をめぐる主な判例
前述のように,災害死亡特約の約款に誤解を招くような自殺免責制限条項 が取り入られていたことにより,自殺に対する災害死亡保険金の支払をめぐ り紛争が多発した。そして,その紛争は社会的にも大きく取り上げられるよ うになった。
以下では,これに関連する主な判例の判旨を簡単に紹介し,その主要論点 について学界の見解を踏まえながら検討を行う。
⚑.大法院2)2007年⚙月⚖日宣告2006다55005判決
自殺免責制限条項は保険金の支払事由が発生したことを前提として保険者 の免責事由を定めた趣旨ではなく,原則として保険事故に当たらない故意に よる自殺などを例外的にその但し書きの要件に該当した場合,特別に保険事 故に含めて保険金を支払うべき事由として判断した。
⚒.大法院2009年⚕月28日宣告2008다81633判決
約款の解釈は,信義誠実の原則に従って当該約款の目的と趣旨を考慮して 公正かつ合理的に行うものの,個々の契約当事者が図った目的や意思を考慮 しないで,平均的な顧客の理解可能性を基準として保険団体の全体の利害関 係を考慮して客観的・画一的に行うべきであり,上記のような解釈を経た後 にも約款条項が客観的に多義的な解釈となり,そのそれぞれの解釈に合理性 があるなど,当該約款の意味が明白ではない場合には顧客にとって有利な解 釈をしなければならない。
災害死亡特約と災害保障特約の約款で主契約の約款を準用するという趣旨 の規定を置いているが,被保険者の死亡などを保険事故とする主契約の約款 に定められたʻ自殺免責制限規定ʼは自殺が保険事故に含まれることがあるこ とを前提として,保険金支払責任の免責とその免責の制限を扱ったものであ
2) 韓国の大法院は日本の最高裁判所にあたる。
るため,保険事故がʻ災害を原因とした死亡ʼなどに制限されるので,自殺 が保険事故に含まれない災害死亡特約などには準用されないと判断するのが 合理的であり,そのように合理的な解釈ができる以上,上記の準用規定の解 釈に関して約款の規制に関する法律第⚕条第⚒項に定めた作成者不利益の原 則が適用される余地はない。
⚓.大法院2010年11月25日宣告2010다45777判決
免責制限条項は,自殺や自傷行為が契約の責任開始日から相当の期間が経 過した後に行われた場合には,その自殺または自傷行為に共済金を取得しよ うとする不正な動機や目的があるかどうかを判定するのは難しいことを考慮 して,その免責の例外を認めたものであって,上記の免責条項によって適用 範囲が制限された災害以外の原因による共済事故の客観的な範囲を再び一部 を拡大させる規定として解釈されるだけで,災害による共済事故の客観的な 範囲まで拡張するために置いた規定とは考えられないので,上記の免責条項 および免責制限条項は災害に当たらない原因によって死亡,または⚑級障害 が発生したときは災害を原因とする障害年金ではなく,遺族慰労金がその共 済金として支払われるべきである。
⚔.大法院2016年⚕月12日宣告2015다243347判決
本件特約は,本件の主契約に付されているものではあるが,保険業法上の 第三保険業の保険種目に属する傷害保険の一種として,生命保険の一種であ る本件の主契約とは保険の性質が異なっており,よって保険事故と保険金お よび保険料が異なる別の保険契約である。従って,本件特約の約款11条⚑項
⚑号は,本件の主契約の約款内容とは関係なく,本件特約の約款⚙条との関 係で理解すべきである。
本件特約の約款⚙条は,災害を直接の原因とした死亡,または第⚑級障害 状態となったときを保険金の支払事由として規定しており,故意による自殺 や自傷行為は偶発性が欠けているため災害に該当しないので,本件特約の約
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款11条⚑項⚑号は,本件特約の約款⚙条で定めた保険金の支払事由が発生し た場合に限って適用される免責および免責制限事項として解釈するなら,本 件特約の約款11条⚑項⚑号は初めからその適用対象が存在しない無意味な規 定となる。しかし,既に存在する特定の約款条項に対して約款の規制に関す る法律によって,その効力を否定するのではなく,単に約款解釈によってこ れを適用対象がない無意味な規定にするためには,平均的な顧客の理解可能 性を基準にするときも,その条項が適用対象のない無意味な条項であること が明らかになるべきである。しかし,本件特約の約款11条⚑項⚑号をそのよ うに判断することはできないし,むしろ平均的な顧客の理解可能性を基準に 鑑みると,上記の条項は故意による自殺や自傷行為は,原則として偶発性が 欠けているので,本件特約の約款⚙条が定めた保険事故である災害に該当し ないが,例外的にただし書で定める要件,すなわち被保険者が精神疾患状態 で自分を害した場合と責任開始日から⚒年が経過した後に自殺したり,自身 を害したりしたことによって第⚑級の障害状態になった場合に該当すると,
これらを保険事故に含ませて保険金の支払事由として判断するとの趣旨で理 解できる余地は十分である。
主契約を締結する中,別に加入した災害死亡特約の約款で,被保険者が災 害を直接の原因として死亡したり,第⚑級の障害状態になったとき,災害死 亡保険金を支払うと定めながら,保険金を支払わない場合の一つとして⽛被 保険者が故意に自分を害した場合。しかし,被保険者が精神疾患状態で自分 を害した場合との契約の責任開始日から⚒年を経過した後に自殺したり,自 分を害したりして,第⚑級の障害状態になったときは,この限りでない。⽜
と定めた事案で,上記の条項は,故意による自殺や自傷行為は,原則として 偶発性に欠けているため災害死亡特約の約款で定められた保険事故である災 害には該当しないが,例外的に但し書きで定める要件,すなわち被保険者が 精神疾患の状態で自分を害した場合と責任開始日から⚒年が経過した後に自 殺したり,自分を害することにより,第⚑級の障害状態になったときに該当 する場合,これらを保険事故に含ませて保険金の支払事由であるとの趣旨で
理解するのが合理的であり,約款解釈に関する作成者不利益の原則に合致す る。
Ⅳ 一部誤表記のある保険約款の適用問題
保険契約当事者の意図と異なる内容が約款条項に含まれた場合,その契約 内容をめぐる私法的効力について検討する。
誤表示無害の原則(falsa demonstratio non nocet)3)とは,表意者が表示を 誤ったにもかかわらず,相手方が表意者の意図した真意を正しく認識した場 合,表意者の意図と同様の効果が生ずるので,表意者には害が生じないとい う法律行為の解釈原則である4)。この原則に基づいて韓国で問題となった災 害死亡特約の自殺免責制限条項で鑑みると,保険者が災害死亡特約において 自殺免責制限条項を表示したとしても,保険契約者がその意思表示の状況か ら保険者の真意(自殺は災害ではないため,保険金の支払対象ではないとの 認識)を認識した上で承諾したならば,両当事者が同一に認識した内容で意 思表示は効力を有することになる。そして,客観的意味である誤った表示上 の意思表示の効力の妨げとはならないことになる。
従って,保険者の主張する災害死亡特約の自殺免責制限条項が単純な誤り によって表示されてしまったことだとすると,まず保険者の真意について検 討する必要があると思われる。そして,両当事者の認識が同一であったか否 かについても検討する必要があるため,以下では,保険者の真意と両当事者 の認識について具体的に検討する。
⚑.災害死亡特約の自殺免責制限条項と保険者の錯誤の可否
韓国民法109条5)・日本民法95条6)は,錯誤について定めている。錯誤は意 3) 語表は害さず,表示の誤りは効力を妨げないという原則である。
4) 具体的には,小林一俊⽛契約における合意と錯誤⽜遠藤浩他監修⽝現代契約 法体系(1)⽞286頁(有斐閣,1983年)を参照願う。
5) 韓国民法109条(錯誤による意思表示)①意思表示は法律行為の内容の重要 部分に錯誤があるときは取り消しできる。しかし,その錯誤が表意者の重大な 8
思表示と真の意思が一致しなかった場合,その意思表示は無効,すなわち初 めからなかったことになると定めている。ただし,意思表示の過ちを犯した 者に重大な過失があったときは,その者は自らその無効を主張することがで きないとしている。
錯誤には表示行為が効果意思と一致しておらず,その不一致を表意者が認 識していない表示行為の錯誤と,表示行為と効果意思との不一致はないが,
意思表示をするに至った動機に錯誤が存在する動機の錯誤がある。そして,
表示行為の錯誤には表示行為の意味に関する錯誤と表示行為そのものに関す る錯誤がある。前者を内容の錯誤といい,後者を表示上の錯誤という7)。
錯誤の成立要件は,①法律行為の要素に錯誤があること,②表意者に重過 失がないことである。ここでの要素とは,その錯誤がなければその意思表示 はなかっただろうと考えられるほど重要な部分のことである。
災害死亡特約に自殺免責制限条項が表示されていたことは,保険者の単純 ミスによる表示であるため,表示行為の錯誤,具体的には表示上の錯誤に該 当すると考えられる。そこで,成立要件の可否を検討すると,自殺が災害死 亡に含まれないことは明白であるため,保険者が災害死亡特約に自殺免責条 項とその制限条項を記載したのは明らかに①の要件を満たしていると認定で きるだろう。しかし,②の重過失は,錯誤に陥ったことに一般人に期待され る注意を著しく欠けていることであるので,保険契約において専門知識を有 する保険者が単純ミスとして生命保険契約上の自殺免責制限条項を災害死亡 特約に記載したことは保険者に重過失があったと認めざるを得ないだろう。
すなわち,表意者の重過失は表意者の職業,行為の種類,目的などに鑑みて,
過失によるものであったときは取り消しできない。②前項の意思表示の取消は 善意の第三者には対抗できない。
6) 日本民法95条(錯誤)意思表示は,法律行為の要素に錯誤があったときは,
無効とする。ただし,表意者に重大な過失があったときは,表意者は,自らそ の無効を主張することができない。
7) 潮見佳男⽝入門民法(全)⽞42~43頁(有斐閣,2009年)。
普通に要求される注意が著しく欠けていることを意味する8)ので,保険契約 の専門家である保険者が一方的に作成した保険約款でそのようなミスがあっ たことは普通に要求される注意が著しく欠けていたことになる。
本来,災害死亡特約に自殺免責制限条項は記載されてはならない内容であ ったにもかかわらず,保険者の単純なミスによって記載されてしまっており,
その約款条項は長期間にわたり保険者の不注意のまま継続的・反復的に使用 されていたので,保険者の重過失は当然に認定できるであろう。
実際,災害死亡特約の自殺免責条項とその制限条項は2001年に承認を受け ており,自殺による災害死亡保険金をめぐるトラブルは2007年から多発して いたにもかかわらず,2010年になってからやっと問題の約款を改正している。
作成当時においては保険会社が誤った表示に気づかなかったとしても,問題 提起によって誤表示を認識していたならば,直ちに修正すべきであったと思 われる。それにもかかわらず,災害死亡特約に記載された内容で自殺による 死亡保険金を支払うつもりもなく,そのまま約款を維持していた点から鑑み れば,保険者の重過失は当然に認められるであろう。
特に2007年頃から被保険者の自殺による災害死亡保険金の支払いが求めら れた際,保険者は問題について認識するようになったが,自殺は災害ではな いので誤表示の約款は無効であるとして,一般の死亡保険金のみを支払った 上,災害死亡保険金は拒絶していた事実がある。その時点でより積極的に約 款の修正作業を進めるべきであったが,保険者の対応は非常に安易で消極的 だったと言わざるを得ない。
従って,①の要件は認定できるものの,保険者に重過失があるとすれば② 要件は満たされないため,錯誤無効の主張はできないと思われる。よって,
保険約款に従って保険契約上の効力が発生することになり,その約款は両当 事者における契約内容として契約当事者を拘束することになる。
8) 大法院1993年⚖月29日宣告92다25830判決。
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⚒.保険者の真意に対する保険契約者の認識
災害死亡保険契約における保険事故とは,災害により被保険者が死亡する ことであり,不慮の事故または法定・指定伝染病による死亡及び所定の高度 障害のときに,死亡保険金額に上乗せして保険金が支払われることになる。
よって,自殺は被保険者自身が保険事故を故意に招致することを意味するの で,災害による死亡ではない。
これに関連する裁判の中で保険者は,災害死亡特約の自殺免責制限条項は 約款の作成者である保険者の意思とは異なっており,詳細な検討を行わない まま約款内容として編入されてしまったため,無意味であり誤った例文に過 ぎないと主張したことがある。これについて裁判所は,自殺に対して災害死 亡保険金を支払わないと災害死亡特約で記載されている自殺免責および自殺 免責制限条項は適用される余地のない無意味な条項となってしまうし,約款 に記載された内容が無意味または誤った表示として解釈されるのは極めて制 限的になされるべきであり,もしそれが幅広く許容されるようになった場合,
保険者が約款の文言に反して全体または一部を無効として主張したり,多様 な解釈を主張できるようになり,結局は顧客に不利に解釈される確率が高く なると判断した9)。この判決について,人為的に保険事故の範囲を拡張させ 自殺までも含ませる解釈をすることは保険法理に反するし,約款解釈の範囲 を超えるだけではなく,保険団体を構成する合理的・平均的な顧客の理解可 能性の側面でも受け入れるのは困難であるという見解10)がある。
次に,保険者が自殺は災害ではないと認識していたことには間違いないが,
保険契約者も同様に認識していたか否かについて検討する。
平均的な一般の保険契約者が理解できる範囲を基準として判断した際,保 険契約者は自殺による死亡保険金が支払われると認識していたであろうか。
保険者は保険契約に関する専門的な知識を有するので,自殺は災害ではない 9) ソウル高等法院2015年11月13日宣告2014다2043005判決。
10) 朴世敏⽛自殺に対する災害死亡保険金の支払に関する問題⽜高麗法学第80号 288~291頁(2016年⚓月)。
と認識できるだろうが,保険契約者がその内容を正しく認識してから契約を 締結していたと判断できる根拠はないのではなかろうか。なぜなら,保険契 約者は保険契約の一方当事者である保険者が予め作成した約款に応じて契約 を締結することになるし,保険者の説明も約款上の文言をそのまま説明して いたはずであるため,当然ながら自殺でも一定期間が経過すると死亡保険金 が支払われると認識していたと推測できるだろう。それだけでなく,客観的 に解釈した場合,保険契約者は主契約である一般の生命保険契約と同様に,
特約でも自殺免責条項とその制限条項を解釈した可能性も否定できないだろ う。すなわち,災害死亡保険の保険事故は災害によって死亡することであり,
特約上の保険事故は主契約の保険事故との関係はなく,単純に自殺の場合で も一定期間が経過することによって特別に死亡保険金が支払われるようにな ると理解している可能性もあるだろう。
平均的な一般保険契約者の理解を鑑みると,保険者が誤って作成した約款 の文言について保険契約者がその誤りに気づいた上,その特約を締結したと する根拠は全くないと考えられる。従って,災害死亡特約の自殺免責条項と その制限条項をめぐる保険者と保険契約者の理解は異なっていたと思われる ので,誤表示無害の原則は適用できないと思われる。誤表示無害の原則は個 別の保険契約者を中心に保険契約者と保険者との間でなされた現実的な合意 を前提としてその合意された内容と異なる内容が表示された場合,その意思 表示の問題を解決するために適用される法律行為の解釈原則であり,自己決 定の原則に従って個々の保険契約者を基準として判断すべきである。
⚓.保険者の不注意による誤表示に関する諸議論
表示の客観的意味の確定は,当事者の用いた表示手段(言語・動作など)
が当該事情の下で慣習・取引慣行や条理に従って判断した場合に,相手方ま たは一般社会によってどのように理解されるか,を標準としなければならな い11)。
11) 四宮和夫・能見善久⽝民法総則(第⚘版)⽞161頁(弘文堂,2010年)。
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端的に,平均的な一般保険契約者の認識として自殺は災害ではないと理解 できたとしても,災害死亡特約において災害死亡時に保険金を支払うとした 上,故意事故については保険金を支払わないが,一定の場合においては死亡 保険金を支払うことにしている複雑な内容を一般の保険契約者が正しく理解 していたかについては疑問がある。そして,一定の場合,免責期間を経過し た後の自殺についてはその限りでないとする,原則と例外またその例外まで の約款条項について,むしろ一般保険契約者が正確に理解していなかった可 能性のほうが高いのではなかろうか。
保険契約険者の理解可能性について鑑みると保険者の説明義務も検討しな ければならないが,その保険者の説明義務に触れた注目すべき判決12)がある。
その判決では,保険契約者に災害死亡特約の約款上の自殺免責条項および自 殺免責制限条項があるにもかかわらず,自殺に対しては保険金を支払わない 旨の説明をしたり,その前提で契約を締結したりしたと判断できる諸事情は ないと指摘されていた。
保険契約を締結する際,保険者は保険契約者に保険約款を交付し,その重 要内容を説明しなければならない。そして,その説明内容と程度は保険団体 の合理的・平均的な一般保険契約者の理解可能性を基準として約款上の重要 事項を詳細に説明すれば足りる。従って,保険約款に定められている内容の 全てを説明する必要はなく,取引上において一般的かつ共通の内容として個 別的な説明を受けなくても十分に予測できる事項であったり,法令に定めら れている内容を繰り返したり,補足することにすぎない内容までも,保険者 が説明すべき義務を負うわけではない13)。この点に関して,自殺が災害では ないことは否認できない明確な概念であり,当然の事実であるため,保険約 款の説明義務の対象ではないとの見解がある。この見解は,災害と自殺の用 語に注目した解釈であり,契約内容として保険金の支払事由および免責とそ
12) 中央地方法院2016年⚑月13日宣告2015다17806判決。
13) 大法院2003年⚕月30日宣告2003다15556判決,大法院2014年⚗月24日宣告 2013다217108判決。
の制限は用語を理解しているか否かの問題でなく,該当条項の内容が契約全 体に強い影響を与えることに注目する必要があるため,該当条項は保険者が 説明すべき重要事項であると考えられる。従って,十分な説明が行われる必 要があったにもかかわらず,その説明が欠けていたならば,当然ながら保険 者の説明義務違反が問われることになるだろう。
なお,災害死亡特約の自殺免責条項とその制限条項は保険者の不注意によ り当時の生命保険標準約款の関連部分を意味なくそのまま写したものにすぎ ないので,自殺に対して災害死亡保険金を支払うのは保険の団体性を無視し,
保険の原理を崩す主張であるとの批判14)がある。確かに,保険の団体性を 考慮したり,保険の原理を充実させたりするのは保険制度の運用上において 当然に必要であるだろう。しかし,誤った約款を作成した保険者がそれを理 由として保険契約者の支払請求を拒絶することは,保険会社に対する信頼を 大きく損なうことになるし,保険者が保険契約者に責任転嫁することになる だろう。それだけでなく,ここで考慮すべき団体性の対象は災害死亡特約に 加入した保険契約者の団体であり,全ての保険契約者ではない。よって,保 険の団体性を理由としてその団体の構成員に対する権利行使を否定すること は許されないものであり,本問題において保険団体の利益を優先することに よりその構成員の権利を否定することは保険会社の利益を優先することに等 しいことである15)とも言えるだろう。
一般の保険契約者が問題の約款条項が約款の全体的な内容や体系,災害の 意味などを総合的に判断して,特約とは無関係な単に無意味な条項にすぎな いと理解していた可能性は極めて低いと思われる。
14) 朴世敏・前掲注10)289頁。
15) 李玄烈⽛保険団体論(下) 保険の本質を中心として⽜月刊損害保険565号40 頁(韓国損害保険協会,2015年)。
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Ⅴ 一部に誤表示のある保険約款の解釈問題
⚑.約款解釈の一般論
約款を解釈する際は当該保険契約の顧客圏における一般的な保険契約者が 理解する意味で客観的かつ画一的に解釈されなければならない。それが客観 的・統一的解釈の原則であり,約款による契約の安定性を図るための基本原 則である。そして,通常,契約の解釈は各当事者が意図する契約目的に基づ いて解釈するのが当然であるように,集団レベルで約款が用いられる場合も その契約で意図する目的に照らして解釈することが要求される。すなわち,
約款作成の目的と相手方たる顧客の利益を考慮し,合理的に解釈しなければ ならない。それが合理的・目的論的解釈原則であり,客観的解釈の補助的ル ールである。
その他,客観的解釈によっても明確さを欠いた多義的な条項については作 成者側に不利に解釈されるべきであるとの作成者不利の原則がある。そして,
⽛条項文言が不明確であるが故に,契約者がその内容を一定の意味に解し,
しかもそう解することに合理性が認められれば,約款作成者は,その文言の 意味を自己に有利に援用することはできないということになるであろう。そ して,制限的解釈は,多数の契約に適用されるとはいえ,法規範とは異なり,
約款が事業者によって一方的に設定され,自己完結性を持たない特殊な抽象 的規範であることから,顧客に不利になるような類推解釈・拡張解釈をすべ きでないと⽜する不明確準則16)がある。
日本においては,ある契約が矛盾する表示を含む場合の客観的解釈の在り 方について,当事者の契約目的に照らして統一的に解釈することとする判 16) 不明確準則については,石原全⽛約款解釈における不明確準則⽜喜多退官・
商事法の現代的課題(1985年)29頁以下,上田誠一郎⽛法律行為解釈の限界と不 明確条項解釈準則(一・二)⽜民商法雑誌95巻⚑号⚑頁,⚒号(1987年)209頁,同
⽛英米法における⽝表現使用者に不利に⽞解釈準則(一~三)⽜民商法雑誌100巻
⚒号226頁,⚔号601頁,⚕号(1989年)836頁,同⽛不明確解釈準則の法的構造⽜
民商法雑誌118巻⚖号(1998年)745頁などを参照。
例17)がある。また,できるだけ締結された契約が有効になるように解釈すべ きであるとする判例18)もある。
韓国では約款の解釈について,信義誠実の原則に従って当該約款の目的と 趣旨を考慮して公正かつ合理的に解釈すべきであり,個々の契約当事者が図 る目的とか意思を考慮することなく平均的顧客の理解可能性を基準として客 観的・画一的に解釈すべきであり,前述のような解釈をしても約款条項が客 観的に多義的な解釈がなされ,それぞれの解釈に合理性があるなど,当該約 款の意味が明白でない場合には顧客に有利に解釈すべきであるが,当該約款 の目的と趣旨を考慮して公正かつ合理的に,また平均的顧客の理解可能性を 基準として客観的で画一的に解釈した結果,その約款条項が一義的に解釈で きるならば,その約款条項を顧客に有利に制限して解釈する余地はないとし た判例19)がある。これによると,約款解釈はまず個々の契約当事者が意図し た目的とか意思などを考慮することなく,平均的顧客の理解可能性を基準と して解釈した後,それでも多義的に解釈される場合,補充的な解釈方法とし て顧客に有利な解釈を行うべきである。
⚒.災害死亡特約における自殺免責制限条項の解釈
普通保険約款の解釈上の特異性は,特定の相手方との一回限りの具体的法 律関係の処理ではなく,全顧客に対する法律関係の一般的な法律秩序を保持 するために,予め保険者により客観化された内容で定められた保険約款を,
すべての顧客圏に理解されるべき意味を標準として解釈することにある。こ の場合,表示の一方当事者である保険約款を作成した者の意思ないし目的は,
問題とならない20)とされている。
17) 大判昭和⚔年12月26日,法律新聞3081号16頁。
18) 大判大正⚓年11月20日,民録20巻954頁。
19)大法院2010年⚙月⚙日宣告2007다5120判決,大法院2012年⚑月12日宣告2010 다92841判決。
20) 青谷和夫⽝保険契約法論Ⅰ(生命保険)⽞45頁(千倉書房,1979年),⽝保険契 約法論Ⅱ(火災保険)⽞73頁(千倉書房,1969年)。
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災害死亡特約における保険金の支払事由は災害死亡であるが,そこに自殺 免責条項が記載され,その制限条項として⽛…場合は,その限りでない⽜と 記載されていたので,その文言をめぐって様々な解釈がなされている。しか し,保険約款の解釈をめぐってトラブルが発生した場合,まず客観的に解釈 した後,それでも意味を確定できない場合,補充的に顧客に有利な解釈を行 うことになることについて異論はなかった。そして,問題の文言が多義的な 意味で解釈されるか否かについては,初めから適用の余地もない特定条項の 内容については不明確性の可否を判断する必要もなく,該当約款条項を作成 者にとって不利益に解釈すべき問題も生じないとする見解21)と,文言どおり に解釈すると保険者の責任開始後,⚒年が経過した時点で発生した自殺死亡 事故は災害死亡の範囲に含まれることになり災害死亡保険金を支払うという 明確な意味があるため,作成者不利の原則の対象ではないとする見解22)があ る。いずれにせよ,問題となった約款上の文言がそれ自体の解釈において多 義的な意味で解釈されるものではないため,作成者不利の原則が適用される 余地はない。
次に,信義誠実の原則による解釈として,約款記載の明白なミスと誤表示 を理由に災害死亡特約の自殺免責及び自殺免責制限条項を字義的解釈し,契 約締結時において保険契約の両当事者が保険事故としてなかった自殺につい て災害死亡保険金を請求したり,支払うようにしたりするのは,信義誠実の 原則,特に保険法上の最大善意の原則に真正面から反することになるため許 容できないとする見解23)がある。しかし,保険制度に知識のない保険契約者 が問題の文言に保険者のミスと誤表示があると認識した上,悪意をもって契 約を締結したとは考えにくいし,むしろ書かれた内容をそのまま部分的に理 解した上,契約を締結した可能性のほうが高いのではなかろうか。
21) 朴世敏・前掲注10)281~283頁。
22) 金恩京⽛自殺免責制限条項に対する法的解釈問題⽜韓国保険学会創立52周年 記念学術大会報告資料(2016年⚕月27日)。
23) 朴世敏・前掲注10)285頁。
なお,災害事故を補償する保険約款において自殺免責制限条項が記載され ていることについて,免責期間が経過した後の自殺が災害にその性質が変わ るわけではないが,一般の生命保険と同様に⚒年後の自殺に対しては遺族保 護などの政策的な見地で保険金を支払うことにしようとする趣旨で解釈する 見解24)がある。
契約内容である約款条項を解釈する際,基本的にその条項が無意味になっ たり不要となったりする解釈は取引の安全を害することになるので,なるべ く避けるべきである。従って,遺族保護という政策的な見地で保険金の支払 を認める上記の解釈に概ね賛成できると思われる。
Ⅵ まとめ
韓国で保険業を営むためには金融監督委員会25)の許可を得る必要があり,
その際は保険約款を提出しなければならない。すなわち,保険約款の公正さ を図り,保険契約者側の利益を保護するための措置として,保険約款の作 成・変更・使用において保険監督機関の認可を通して保険約款内容の合理性 が認められるようになっている26)。具体的に,保険者は保険事業の許可を求 める際,基礎書類の一つとして保険約款を添付しなければならないし(韓国 保険業法第⚕条⚓号),保険約款を変更する際も一定の場合には金融監督委 員会に予め申告しなければならない(同法第127条)。また,保険契約者を保 護するためであるならば,保険会社に保険約款に関する資料の提出を求めら 24) 金善政⽛災害保険約款上の自殺免責条項に関する最近判例の検討 免責期間 の経過後の自殺が災害事故となるか可否 ⽜保険学会誌73巻69頁(韓国保険学 会,2006年)。
25) 韓国の金融監督委員会は金融監督機構等に関する法律により1999年に設置さ れた機関である。金融監督委員会および証券先取委員会の執行機関として従来 の銀行監督院,証券監督院,保険監督院,信用管理基金などの監督機関を統合 した機構である。この金融監督委員会は金融監督政策を議決する機関であり,
金融監督院はその議決内容を執行,すなわち金融会社を監督・検査する機関で ある。
26) 山下友信・永澤徹 編著⽝保険法Ⅰ⽞24頁(第一法規,2016年)。
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れるなど,金融監督意委員会は保険約款に関する監督義務を負っている。
今回,金融監督委員会が災害死亡特約に自殺免責条項とその制限条項が記 載されていたことに気づかず,認可してしまったことにより,長期間にわた り多数件の保険契約が締結されたことについて,監督業務上の責任はないだ ろうか。
2015年に実施された監査院の金融監督院監査結果資料によると,自殺保険 金の未払いに対する金融監督院の安易な対応について詳細に指摘されている。
そして,その監査結果資料では2007年に自殺保険金の支払を命じた大法院の 判決をもって,金融監督院は問題の保険約款を改正すべきであったし,保険 金の給付実態について積極的に調査して適正な措置をとるべきであったと指 摘されていた。また,2007年に問題を解決できなかった結果,問題の約款を 改正した2010年⚔月までの間に不合理な自殺保険金を支払う内容の契約が約 102万件増加したことも指摘されている。
上記の指摘を受け,金融監督委員会は商品委員会が標準約款を変更すれば これを金融監督院に申告して金融監督院はこの内容を再び公正委員会に通知 するように保険業法の改正を推進している。それは標準約款が保険消費者に 及ぼす影響が非常に大きいだけに公的機構の介入が必要だという判断からで ある。
保険商品が多様かつ複雑になっている今日において,このような問題が再 発しないように,専門家による積極的な監督を実施していく必要があると思 われる。そのために,金融商品の公正性を審査できる金融専門家で構成され る公的機構の設置を求める意見27)がある。そして,保険消費者を保護するた めに,金融投資商品に対してのみ許容される集団訴訟制度を保険制度にも導 入する必要があるとする意見,懲罰的な損害賠償制度を金融商品でも導入す る必要があるとする意見28)などがある。
27) 韓昌熙⽛保険約款の解釈原則と効力⽜法学研究第27巻第⚓項149頁(2016年 12月)。
28) 韓昌熙⽛保険約款の解釈原則効力⽜法学研究第27巻第⚓項144~145頁(2016
韓国における本問題をめぐる議論を整理すると,まず自殺が災害ではない のは明白であり,異なる解釈の余地はないにもかかわらず,災害死亡特約に 自殺免責条項とその制限条項が記載されたのは保険者の単純ミスである。し かし,保険契約者が災害死亡特約を締結する際,自殺による死亡は災害死亡 保険金が支払われないことについて認識していたかの可否は必ずしも明らか でないので,保険契約者の認識が保険者の認識と一致していたとは考えにく い。そして,保険者の重過失も否定できないので,錯誤による無効にはなら ないと考えられている。
この議論に対して日本の法的観点から鑑みると,災害特約約款の保険事故 とは不慮の事故であり,不慮には偶然性が含まれる旨の定義規定がある。そ して,日本の判例では傷害保険契約(災害特約を含む)における偶然とは,
被保険者の故意でないことであると解釈されている。また,偶然の意義につ いては損害保険の場合と同じように解釈する有力説もあり,もし自殺免責条 項が含まれているならば,その偶然とは損害保険と同じく契約締結時に事故 が生じていないことであるとの解釈になるので,韓国の大法院で下された結 論は妥当であると思われる。
また,本問題はそもそも災害に起きうる自殺もあるので,誤表示の問題で はなく,自殺した事案においてその状況が災害であるか否かがむしろ問題で はないかとの意見29)もある。これらの見解からすると,韓国での議論は日本 の観点と異なっていることが分かる。恐らく韓国では問題となった約款をめ ぐって保険金を拒絶できる理由として,最も安易な方向性が問題の約款条項 を誤った文言であるとすることであったと推測できる。
従来の保険約款の拘束力をめぐる議論からすると,多数の保険契約者が付 保される保険約款上の文言を信頼した保険契約者は保護されるべきであり,
保険取引上の安全性を確保する必要があると思われる。
年12月)。
29) 大塚英明,日本保険学会関東部会(2017年⚓月17日)で述べられた見解であ る。
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現在でも韓国に従来の災害死亡特約に基づく契約が多く残っている状況で あることを鑑みると,残されている契約に関しては特別に政策的な措置を取 る必要があると思われる。例えば,既に支払った保険料を返還した上,問題 の特約を政策的な見地で無効とすることがあると思われる。しかし,消費者 保護の観点からするとその実現可能性は薄いと思われる。
韓国は自殺者が世界一多い国であり,このように一般死亡保険金より⚒~
⚓倍多い死亡保険金が自殺によって支払われることになると,自殺の選択が 高まる可能性がある。
問題となった約款条項は曖昧な表現により両当事者間において異なる解釈 ができる事案でもなく,保険者が意図的にそのような内容を記載した可能性 もない。すなわち,明らかに誤って記載されてしまったことに異論はないだ ろう。だとすると,既に発生した保険事故については自殺保険金を支払うと しても,まだ発生していない保険事故についても引き続き自殺保険金を支払 うようにするのは理解し難いところである。
従って,契約成立時にその基礎となっていた事情が変更し,当事者がその 変更を予見しなかったか,予見することができず,かつその事情変更が当事 者の責めに帰することのできない事由によって生じたものであるとき,当初 の契約内容に当事者を拘束することが信義則上著しく不当であると認められ る場合に,契約の解除または改訂を認めるという事情変更の原則30)を適用す べきである。この事情変更の原則は民法⚑条⚒項の信義則を根拠としており,
契約目的の不到達,経済的不能,対価関係の破壊を適用対象としている31)。
(筆者は東洋大学法学部教授)
30) 五十嵐清⽝新版注釈民法(13)⽞69頁(有斐閣,1996年)。
31) 内田貴⽝民法Ⅱ⽞74頁(有斐閣,2007年)。
〈参考:災害死亡特約における自殺による死亡保険金の支払をめぐる現在(2017年
⚓月)までの動き〉
2001年~2010年 保険会社の17社が災害死亡特約の商品を販売。
2010年⚔月 保険会社が問題の自殺による災害死亡保険金の支払に関する約款を 修正。
2013年⚙月 金融監督院が ING 生命保険会社に対して自殺した場合でも災害死亡 保険金を支払うように命令。
2014年⚙月 教保生命保険会社が保険金の消滅時効が完成したとして訴訟を提起。
2016年⚕月 大法院が災害死亡特約で定めた保険金を支払うように判決。
2016年⚙月 大法院が消滅時効の経過した保険金については保険金の支払義務は 消滅したと判決。
2016年11月 金融監督院が自殺保険金の未払いのある保険会社に対して重懲戒を 下すとの通報。
2016年12月 アリアンツ生命が未払い保険金の全額を支払うと決定,教保生命が 自殺保険金の一部を支払うと決定。
2017年⚑月 HANHWA 生命が自殺保険金の一部を支払うと決定。
2017年⚒月 金融監督院が23日に制裁審議委員会で自殺保険金の未払いがある大 手保険会社に対し,最大⚘億9000万 Won の課徴金,代表取締役の問責警告,一 部の営業停止⚓ケ月など,重懲戒を下すと決定。これにより,大手保険会社も 自殺保険金の支払を決定。
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