中林瑞松著﹃ラッシュデンの燈心草﹄
霜 田 美樹雄
※
わが敬愛する親友中林瑞松先生がこんど﹃ラッシュデソの燈心草﹄ ︵鳳書房︶という著書を刊行された︒まこと
に喜ばしいことである︒
著書の内容は先生が一九七九年に早稲田大学の在外研究員としてイギリスに留学されたとぎの事情が日記風に記
されている︒研究の主目的は先生自身が学問的に傾倒しておられる現代のイギリス作家ベイッ︵出●団r ︼W鋤けOω︶の
故郷であるイギリス中部のラッシュデソ︵国腹ωげ自Φ昌︶を訪ね︑その諸作品の考証と鑑賞をすることにあった︒
既に﹃ほらいぞん﹄という同人誌にその一部が掲載され︑読まして頂いていたが︑それがB6版二五九頁の著書
としてまとめられたので︑面白く︑一気に読了したままの感想を記したい︒
叙述はベイッの諸作品の該当箇所を掲示しながら考証と鑑賞がつづけられている︒もとより小生は英文学のトー
シロウなのでそれについての学問的研究の評価は出来る訳がない︒それを度外視しても︑なおかつ小生をこの著書
65
の書評にふみ切らせたものは︑叙述を通して見られるイギリス中流の人々の生活︑彼等の家庭生活︑考え方などが
その気候︑風土の描写のなかでいきいきとえがかれていること︑云って見れば明晰なイギリス文化論︑あるいは日
本人の立場から見たその比較文化論であるからである︒ここではそのような立場から思いついたことのうち︑その
周辺部分を記すことになる︒だが︑掲示された該当諸箇所の英文とその訳を見て︑名訳だなあと思っていることも
記しておく︒
66
※
先生のイギリス留学の主目的は前述の如く︑ベイッの研究と鑑賞にあてられているが︑その記述はロンドン
︵ド︒民︒コ︶に到着した四月九日から研究地での七月二九日で終っている︒研究の足跡はイギリス中部のラッシュ
デソおよびその近辺︑つまり︑ベイッの作品群に出てくる地域の探勝︵?︶と時代考証であるが︑その地道な研究
が近隣の人々に知られ︑ついに﹃イブニング・テレグラフ︵戦く①三5σq臼︐①一①αq鎚喜︶﹄紙のイソターヴュをうけ︵一
二四頁︶︑新聞紙上に写真入りで︑ベイッ研究の日本人プロフェッソルとして紹介されたことから︑一躍︑イギリ
ス中部社会の有名人︵?︶となり︑ベイツ研究の会合でのレクチャア︵=二四頁〜︶やら︑ライオγズクラブへの
招待︵=ハニ頁〜︶とか︑篤志研究家の資料提供申出でや︑ベイッ未亡人との会見︵二〇二頁〜︶ほか︑この在外
研究が先生にとって︑より一層豊富な資料蒐集と考証の成果をもたらしたことはご同慶の至りである︒
※
イギリスは雨の多いところ︒窓から見ていて雨脚がそれと判るほどではないが︑木の葉の先端からは絶え間
なしに滴がおち︑テラスのタイルも濡れて光っているから︑小止みなく降っていることは確かである︵四頁︶︒
昨夕は雲ひとつないほど晴れ渡っていたのに︑一晩寝て起きると空はどんよりと曇っていて︑うすら寒い感
じ⁝季節に関係なく北風は吹くし︑西風も物凄いのが吹く︒そして北風や西風は必ず雲を伴ってきて︑日本で
いう低気圧だから︑天候は悪くなり気温も下る︒そうすると︑夏だというのに⁝皮革のジャソバァを着たり︑
キルティングのジャケットを着ることになる︵二〇六頁︶︒
中林瑞松著rラッシ晶デソの燈心草』
このほかにも雨や風の記述はいっぱいあるとおり︑これは日本と対比的な特色あるいは欠点︵?︶だろう︒もの
の本によればイギリスの気温は︑まれには三〇度以上の猛暑や︑反対に零下の寒冷もあるが︑草字各月別平均一〇
〜二〇度と温度差があまりない︒
ロソドソが北緯約五一度︑ラッシュデソは五二度である︒我が国の地図にひき直すと︑北海道はおろか︑サハリ
ン︵樺太︶の北方に当る︒だがドーバー海峡にはメキシコ暖流が流れているので気候は平均している︒北海道旭川
や帯広が冬季零下三〇度になるのにイギリスにはそんな酷寒はない︒雨や風が多いのは右の事情と大いにかかわり
がある︒そのうえ不思議なことに︑我が国ほど湿気がないので︑まことに快適な生活ができる︒小生のようなラフ
な人間でもイギリスに渡ると背広や外套をキチット着込む︒ラフスタイルではうすら寒くてしょうがないからだ︒
環境︑気候が人間生活︑文化に影響を強く与えるものだ︒
67
※
68
橋から見下すと︑川は目の前で極端なほど蛇行している︒大袈裟に云えば水源から河口までの土地に高低の
差が少いから︑それに丘の狭間を縫って流れるから︑どうしても蛇行することになるだろう︒イギリスの南部
と中部の川はみなこうではなかろうか︵四六頁︶︒
まことにその通りである︒イギリスと我が国は国土面積が近似しているが︑その風土地形は極端な対比を示す︒
イギリスはスコットランドを別とすれぽ︑極端に云うと山がなく︑平べったいテラス︵台地︶になっている︒いま
少しオーバーな表現で︑メノコ算的数字で示すと︑前者は川の水源から河口まで平均高度差一〇〇メートルだが︑
後者は同じ距離で一︑五〇〇メートルの急傾斜である︒これを説明すると︑イギリス汰はそれでは川︵ユく①同︶で
はなくて滝︵時巴一ω︶だという︒それを裏書きするように我が国の場合は雨水が洪水となって奔流し︑水害に泣く︒
逆にふだんは砂利の山の川原の真中にチョロチョロ流れているのがわれらの川のイメージである︒
ところが前者の川にはこの川原というものがなく︑ゆっくり流れる豊富な流量の川岸まで草が密生している︒こ
のイメージに少しでも類比できそうなのは︑たとえば北海道・根釧︵こんせん︶台地をφうゆう流れる釧路川︑西
上川などであろう︒こんな状況だからイギリスの川は水源を結ぶ運河が四通八達している︒今︑この文を書いてい
るとき︑イギリス全体の詳細な地図を目の前にしているが︑運河づたいに︑ロソドソから主題のラッシュデソは言
うに及ばず︑南はブリストル︵じdユω↓o一︶︑グロセスター︵○一〇ロ︒①ω酔魯︶︑西は北方にオクスフォード︵○×ho乙︶︑ラ
中鉢瑞松.著フラッシュデンの燈心草』
グビー︵響σqξ︶︑バーミンガム︵じd一﹁∋ぎσq79∋︶︑ マソチニスター︵ζ讐ざゴ︒︒・ε﹁︶︑リパフtル︵葺く¢﹁08一︶︑フ
レストン︵℃おω8コ︶︑ランカスター︵ピ9︒コ8ω8﹁︶を越え︑ウェストモーランド州まで︑東は北海沿岸に向けボス
トン︵ごご︒曾︒コ︶︑リンカーン︵い冒8ぎ︶︑シェフィールド︵ω7①h自︒乙︶︑リーズ︵﹇①①αω︶︑ヨーク︵く︒﹁7︶︑リッチ
モンド︵日田07ヨO昌O︶の山奥までボートで行かれる︒この運河ツアーはイギリスの学年末休︵六月〜九月︶のレジ
ャーになっているほどだ︒ついでながら︑ボートといっても日本の遊園地にあ・る二人乗りのチャチなものではな
く︑一〇トソぐらいの平底船︵げ負︒﹁σq①︶の大きさだ︒もともと運河はレジャーのためにつくられたのではなく︑鉄道
開通以前は石炭その他の必需物資を航送する生活動脈であったのだ︒
我が国では東京から名古屋︑大阪︑下関まで︑あるいは仙台︑青森まで︑ないしは高崎︑新潟まで川づたい運河
づたい︵これはないから仕方ない︶に船で行かれますか︒
※
この逆の説明も対比的である︒イギリスはスコットランドを除いて︑ほとんど平たい丘であり︑そこはすべて青
々とした牧草地︑農場になっている︒つまり一〇〇パーセント可耕地︑住宅地であり︑そこに四︑○○○万人が住
んでいる︒だが︑日本は三︑○○○メートル︑二︑○○○メートル級の高山群がひしめき︑ために可耕地︑住宅地
は全土の二〇パーセントにすぎない︒そんな狭いところに一億二︑○○○万人が住んでいるのだから︑こちやこち
やするのも無理がない︒世界で唯一の地下街が各都市に発達しているのも必要は発明の母である︒
逆にイギリスの田園風景︑住宅街がのんびりしている理由である︒中林先生がこのようにゆるやかな丘を自転車
69
であがったり︑下ったり探勝ハイクをされている記述が随所に見られるが︑羨しい限りである︒
70
驚いたことに芝は青い︒日本を発つとき自宅のは枯れて薄茶色であった︒ところがこちらの芝は冬でも鮮か
な緑を失わない︒水さえあれば一年目ゆう枯れることはないだろう︵四頁︶︒
牧場をうめつくす丘の牧草はこのように青々としており︑牛や羊がのどかに草を食んでいる︒だが︑万物が躍動
しだす春はさらに牧草や森の樹木が萌黄色の青さとなってまことに印象的であり︑この素晴しさはとても筆舌につ
くせない︒これは田園風景だけでなく︑ロンドンとかエヂソバラ︵国αヲげξぴq7︶のような大都会でも同じであり︑
公園は目も眩ゆい蕊黄色のジュータソと化す︒晴れた日にはその公園の芝生の上にビキニ姿の娘たちが同じくパン
ツの若者とねころんで抱き合い︑キッスしながら日光浴しているのが良く見られた︒オジンやオパソは日当りの良
い公園を犬をつれて散歩したり︑あるいは広いベンチに腰かけ︑新聞を読んだり︑だべったりしている︒ついでな
がら︑ベンチに腰かけていると︑公園管理人が手数料をとりにくることをお忘れなく︒逆に︑裸で芝生にねころん
でいる若者に管理人がイチャモソをつけたのを見たことがない︒もしかすると︑手数料前払しているのかな︒ある
いは︑人の恋路のジヤマをするのは不粋だと思われたくないからかな︒いや︑まてよ︒あれは手数料ではなくて︑
ヌードの見物料かな︒それにしては安すぎるなあ︒
※
一二時近く︑土曜日とはいえ明りのついている家はない︒
暗である︒ただ一軒だけ光々と明りをつけている店があり︑
ス︵聞一ωゴ O口住 Oゴ一℃ω︶の店だという︵一六二頁︶︒ 田舎道のことであり街灯もない︒町へ入っても真店先には人が群っていた︒フィッシュソ・チップ
中林瑞松著『ラヅシュデンの燈心草』
フィッシュソ・チップスのことはこのほかにもときどき出てくる︒これはイギリスを代表する軽食店あるいは立
食店である︒わが国では﹃マクドナルド﹄や﹃ケンタッキー・フライドチキン﹄などアメリカ系の企業がなじみ深
いが︑イギリスでもこれらは進出しているとはいえ︑フィッシユソ・チップスは根強い人気をもっている︒これは
鱈やカレイを油で揚げたものに︑短冊型のチップスにしたジャガイモを同じく油で揚げたものを売っている︒中林
先生の右のご指摘では夜間営業のようだが︑全部がそうかどうかはわからない︒おそらく︑町の特別行事に協讃し
た時間外営業であろう︒小生の貧弱な経験では︑大都会ではちょっとうらさびれた街路に︑地方の田園都市では比
較的町の中心でパブ︵﹈℃=げ一一6 bdpΩ円︶ほどではないが︑一種のコミュニケーションセンターあるいは井戸端会議場の
ような役割も果しているようだ︒だが︑大都会では営業も事務的でぞんざいな感じがする︒反対に︑小生がロソド
ソでの遊学を終え︑イギリス国内をほっつぎ歩いたとぎ中部の戸ックビー︵いoo閃び一Φ︶という小さな町のフィッシ
ュソ・チップスで注文したら︑﹁どうもおおきに︵↓冨昌吋︽〇ニリぎ自①①巳︶﹂と田舎弁であたたかく売子にいわれた︒
ゆぎずりの旅人でも心よくむかえる︒やはり︑田舎は人情味があって良いなあ︑といまでも思っている︒
η
※
72
そのほか︑紅茶︵89︶ーイギリスでは必ずミルク・ティーである一︑パブ︑花粉病︵冨望ho︿o﹁︶︑図書館︑
家族旅行︑新聞︑その他の書くためにメモしておいた多くの事項−中林先生はいずれも要領よく叙述された一
も︑紙数がつぎたことでもあるので︑尻切れトンボだがここで終りとしたい︒
さいごに︑この著書は先生にとって︑既に本誌で精力的に展開しておられるペイッ研究のメモであり︑副産物と
思われるが︑かねて︑文化論の立場からは︑公正な日本人の視点で︑イギリス人のとくに中流家庭生活を中心とし
て縦横に論断された近来に刮目さるべぎ著作である︒しかも田園生活はイギリス・ジェントルマン発生の地であり︑
このナイトの精神的風土を今なお残す地域の探勝のためにも江湖に推奨するに足るものとして自信をもってみなさ
まにおすすめする︒