本書で講義を考える先生方へ
2015 年 11 月 24 日 小宮山 進
本書は,大学初年級の学生を主対象とした,マクスウェル方程式から始める電 磁気学の教科書です.大学初年級の講義を担当される先生方の中には,“マクス ウェル方程式から始めたい”と思いつつも,“学生の理解が充分追いつかないこ とがあるのではないか”,“何か不都合が生じるのではないか”,と一抹の不安を 感じておられる方も多いのではないかと思います.そこで,そのような先生方 のために,著者(小宮山)自身が電磁気学の講義経験を通して感じたことや,
本書に対する考えなどついて,以下にいくつか記したいと思います.
目次 講義での体験
本書に対する考え
マクスウェル方程式から始めることに対する心理的違和感 初学者こそ科学的想像力と知的能力に優れている
実際の授業
講義での体験
私も,電磁気学の講義を最初に始めた時(35 年前)には,ほんの少し危惧をもっていました.
初回の授業の冒頭で,「これから私がやる授業は標準的なやり方とは少し違う.私にとって初め ての授業なので,これがうまくいくかどうかはわからないが,とにかくやってみよう.学期末に なって授業が終わった時点で,うまくいったかどうか,君たちに結果を聞きたい.」と言って授 業を始めたのです.
さて,1学期間の電磁気学の授業を終え,「これで授業は全て終わりです」と言った私に対し て,驚いたことに,学生たちから大きな拍手が起こりました.大学での授業が初体験だった私に は何のことかわからず,きっと,学期の終わりには拍手をするという慣習があるのだろう,と思 っていました.ところが,後で先輩の先生方に聞いてみると,そんな慣習などないというのです.
それどころか,拍手を経験したことのある先生は1人もいないとのことでした.私自身,その後 30 年間の教師人生の中で,あの時以外に拍手を経験したことはありません.とすると,あの拍手 は一体何だったのか・・・.未だにはっきりとはわからないのですが,この授業に対する学生た ちの支持の意思表示だったことは間違いないように思えます.講義の最終日に,私は講義がうま くいったかどうかを学生たちに尋ねなかったのですが,初回の講義での私の言葉を覚えていた学 生たちが,それに対してわざわざ YES の意思表示をしてくれたのだ,と思うのです.
その後,この講義を何度も繰り返す中で,このやり方への自信をさらに深め,今ではマクスウ ェル方程式から始めるこの方法が最善だと確信しています.
本書に対する考え
まず,マクスウェル方程式から出発するためには,本書を見ればすぐにわかっていただけると 思いますが,ベクトル演算を含む数学的な内容を,講義の最初の数回(3回ぐらい)に集中して,
目的を明確にした上で,系統立てて丁寧に教えることが必要です.そして,それで充分だと思い ます.その時に,標準的な電磁気学の講義に比べて,特に難しい数学を用いるわけではありませ ん.
マクスウェル方程式から始める意味をさらに考えるために,ここで,従来の標準的な教え方
―― クーロンの法則から始まってマクスウェル方程式が後の方で出てくる ―― の考え方を 振り返ってみると,おそらくその考え方は,
① 電磁気学の現象は抽象的で初学者にはなじみが薄く,理解が難しい. かつ,
② 電磁気学に現れるベクトル方程式は初学者には理解が難しい. そこで,
③ いきなりマクスウェル方程式から始めるのではなく,初学者が理解しやすいようにまず具 体的な現象をいろいろと示し,それらに慣れるに従って徐々に理論的背景を説明していく.
というものだと思います.このことについて1つずつ考えてみたいと思います. まず,①につ
いてですが,電磁気の現象は確かに抽象的です.しかし,力学も抽象的です.重力の場を直接見 ることはできないし,角運動量と,それが従う運動方程式は高度に抽象的です.コリオリ力,コ マの歳差運動などもそうでしょう.このように,抽象性は電磁気学だけに限ったことではなく,
初学者が理解できないということもありません.次に,②についてですが,確かに,電磁気学は 数学的に難しい分だけ,力学より難しいかもしれません.しかし,きちんと勉強していけば,大 学1年生にも十分に理解できる程度のものです.実は,最後の③が問題だと思うのです.①,② の困難を回避しようとするために,かえって③によって電磁気学をわかりにくいものにしてしま っているように私には思えるのです.
力学も電磁気学も,天才的な先人たちが,それぞれの一生を懸けて得た膨大な知的遺産の集大 成です.それが「基本法則」に集約されています.自然科学の圧倒的な強みは,後世の人間が,
先人の一生の努力を繰り返すことなしに,「基本法則」を学ぶことで,その知的財産を完璧に受 け継ぐことができる,という点にあります.結果だけを受け継ぐのではありません.考え方を含 めて受け継ぐことができるのです.しかし③のようにすることで,自然科学のこの最大の強みを 手放してしまうことになるのです.そして,教える側は,電磁気学の形成の過程を学生自身に体 験してもらおうとします.“そうしないと本当の理解は得られない”,“そのことで,結果だけで なく考え方を伝えたい”という強い思いがそこにはあるのだと思います.しかし,その意図を成 功させるためには,電磁気学を創り上げた天才たちになりかわるくらいの要求を学生たちにする ことになり,それは決してたやすいことではありません.そのため,その意図とは裏腹に,教師 は教える難しさを感じ,学生たちは理解が中途半端で挫折感を味わう,というどちらにとっても 望ましくない結果に終わることが大いにあると思います.もちろん,この方針で書かれた優れた 教科書があるのは確かですし,そのやり方で素晴らしい授業をしておられる先生方も多いと思い ます.しかし,難しさの点で,③の方針は万人向きではないように思います.
それに比して,マクスウェル方程式から始める本書のやり方はどうでしょうか.まず,最初に マクスウェル方程式を示す時点で,学生にマクスウェル方程式がわかるのか,という問題につい てですが,一般に,「式がわかる」ということには2つの異なる意味があることに注意すべきで す.第一は,数学として数式の意味がわかるということで,第二は,式の意味する物理的な内容 がわかることです.マクスウェル方程式を数式として理解することは,全ての学生にとって難し くなく,可能です.しかし,第二の,物理としての意味を理解する,ということは,マクスウェ ル方程式が電磁気学の全ての現象を説明する以上,「電磁気学の全てが解る」ということと同じ です.どんな学生でも,マクスウェル方程式を見て,それがすぐ解るなどということは,無論,
あり得ません.(力学の運動方程式の場合もそうです.)授業の役割の大部分は,学生が第一の理 解から第二の理解に進むのを教師が助けることです.その際,学生に数式としての意味がわかっ ていれば,少しずつ具体的な物理の問題に適用していく中で,「基本法則」の意味を学生自身が 理解するようになります.これはいわば,「基本法則」それ自体が,学生たちの知的想像力を刺 激して教育効果を発揮し,電磁気学の考え方が自然に会得されてゆくだろう,ということです.
また,そこまでうまくゆかずに,どこかで理解が滞った場合でも,学生に数式としての意味がわ かっていれば,学生が自分でやりなおす事が出来るのです.
このことで思い出すのは,芸術作品に対する優れた感覚を養うには,何もわからない幼少の頃 から,とにかく優れた芸術作品に数多く接することが重要だ,とよく言われることです.優れた 作品自体の力が,子供がもともと持っている審美眼や感受性を刺激して目覚めさせ,大きく発達 させる,ということなのでしょう.マクスウェル方程式は,比類ない首尾一貫した美しい理論構 造で,どんな細部を取りだしても,全体と完璧に調和する芸術品です.学生たちに対する知的刺 激の効果は絶大なはずです.教師は自らの力で学生たちに何かを教え込もう,と意気込む必要は なく,自分を脇役と考えて,主役のマクスウェル方程式を学生に紹介した後は,その意味を具体 例を通して一つ一つ説明していけばよいのです.そのことで,電磁気学の結果だけではなく,そ の考え方さえ,自然に学生たちに伝わると思うのです.
マクスウェル方程式から始めることが重要だと私が考えるもう一つの理由として,初学者に対 する授業であるからこそ,「基本法則」や全体像を示すことが大切だと思っていることがありま す.たとえば,世界地理を学ばせるなら,まず最初に,生徒に世界地図を見せなければいけませ ん.また,初心者を本格的な登山に連れて行くなら,まず最初に地図を見せて,山の全体の位置 と地形を説明し,その次に,高さ・地質・植生・天候,付近の地形等の概略を教えることが大切 です.そうしたことをせずに,いきなり山道に入って行き,目の前に現れる木々や,森,渓谷な どを説明し始めても,自分の現在位置がわからない山の初心者は,それを系統的に把握すること ができず,有機的な知識に変えることができません.電磁気学においても,全体像の提示がない と,次から次へと出てくる様々な現象や議論を,学生たちは自分の頭の中で充分に消化して全体 に繋げることができません.そのため,個別の事柄をいくら平易に,詳細に説明しても,学生た ちの知的好奇心を鼓舞できず,結局,学生の中では有機的理解にはならずに,残念にも単なる各 論の集りで終ってしまう可能性があるのです.それとは異なり,全体像ないし目標とする終着点 が示されれば,たとえそれが完全には把握できなくても,また難しいとしても,学生たちは途中 の困難は困難として,自分でなんとか前に向かって進む努力ができるのです.
マクスウェル方程式から始めることに対する心理的違和感
学生時代に電磁気学の講義を受けた人の事実上ほぼ全員は,上に記した①②③の考え方を前提 とした教育を受けています.そのために,「マクスウェル方程式から始める」ということに心理 的な違和感を覚え,その結果,「マクスウェル方程式から始めるのはまずい」という理由を無意 識で探そうとする傾向があるように思えます.
例えば,「マクスウェル方程式を最初に教えてしまうのは天下り的で教育的ではない」という 声もあるようですが,「運動方程式を最初に教えてしまう力学は天下り的で良くない」という話 は一度も聞いたことがありません.おそらく,これは①②③の教育ガもたらした典型的な心理的 効果だと思われます.
また,「マクスウェル方程式は,運動方程式と違って測定で直接確かめることができないので,
そのような抽象的な方程式から出発するのは適切でない」という意見もあると聞きます.しかし,
空間と時間の関数として任意に変化する電荷と電流の分布を用意し,それによって生じる電場と 磁場を実際に計測することで,マクスウェル方程式の正しさを確かめることができます.力学に おける運動動方程式を確かめるために,質点・力・運動量の間の注意深い計測が必要なことと同 じです.マクスウェル方程式の方が運動方程式の検証より手間はかかるでしょうが,それは,マ クスウェル方程式がより豊富な内容を含むからであり,その実証が原理的に可能であることには 全く変わりがありません.(万一,マクスウェル方程式の実測による検証が原理的に不可能なら,
マクスウェル方程式は抽象的な空論であって物理学の理論とは言えません.事実として,マクス ウェル方程式は実測による検証可能な正真正銘の理論です.)実測が技術的に難しいかどうかは テクノロジーの問題であり,物理学の論理の問題ではありません.したがって,このことにも根 拠はなく,①②③の教育による心理的影響だと思われます.
まとめとして,力学の議論を運動方程式から始めることと,電磁気学をマクスウェル方程式か ら始めることには違いはありません.前者は良いが後者はまずい,という合理的な理由は存在し ない,ということです.
初学者こそ,科学的想像力と知的能力に優れている
アインシュタインは,「あなたはなぜ傑出した科学者になれたのか」と問われて,「子供の時は 誰でも,科学的な問題について根本的な疑問を抱いているものです.ところが,長じるに従って 根本的な疑問が徐々に薄れ,大人になる頃にはすっかり忘れてしまいます.子供の頃は,疑問が あっても科学的知識がないので問題に取りかかることができません.ところが,私は子供の頃誰 でも持つような疑問を,大人になっても忘れなかったのです.そのために,子供の頃の疑問を大 人の科学的な方法論で調べることができたのです.」と答えたそうです.
アインシュタインならずとも,多くの子供は自然哲学者です.大人よりずっと鋭い本質的疑問 を抱いている場合が多いように思います.教師が相手にする学生(初学者)たちは,予備知識こ そ少ないでしょうが,だからこそ,先入観にとらわれずに,教師より物事をより深く考え,想像 力でより適切に理解し,さらに,本質的な疑問を発することが可能なのではないかと思います.
この可能性を教師が現実として信じない限り,授業は成立しません.教師が「予備知識はないが,
自分よりはるかに知的に優れた学生たちを相手にしている」という緊張感を持つことが, 良い 授業の重要な必要条件のように私は感じています.
「電磁気学は初学者にとって理解が難しい」とよく言われますが,私には初学者の科学的想像 力や潜在的理解力を信頼していないように感じられ,違和感を覚えます.電磁気学を良く分から ないと感じる学生が多いとすれば,その原因は,むしろ教えるやり方にあるのではないか,とい うのが私の考えです.
実際の授業
学生たちの知的能力を発揮させるために最も重要なことは,挫折感を与えないことだと思いま す.そうすれば,学生たちは自由勝手に色々な事を考え始めるものです.本書のやり方が学生た ちから支持された,と最初に書きましたが,それは私の相手にした学生たちがたまたま優秀だっ たためではないのか,と思われるかも知れません.しかし,学生たちの意欲と理解度によって講 義の分量を適当に調節することで,幅広い学生に対して,マクスウェル方程式から始めるやり方 を無理なく採用することができると思います.私が自分の授業で実際に話した分量は,本書の内 容の 80%程度でしょうか.手間のかかる証明の多くはプリントで配り,「興味があれば自分でフ ォローすればよいが,面倒だと思ったら気にしなくてよい」としました.授業での留意点は,全 体像を常にはっきりさせることでしょう.今やっている講義の内容が,電磁気学全体の中でどこ に対応するのか,を明確にすることです.
実際に本書を教科書として使う際には,学生たちの意欲と理解度に応じて,講義の分量を減ら してもいいと思います.どの部分をどう圧縮するかは,先生ご自身のお考えで自由に裁量して頂 ければよく,マクスウェル方程式から始める大枠がしっかりしていれば,部分的に足りないとこ ろがあっても,また逆に,深入りし過ぎるところがあっても,学生たちは自分でフォローできる でしょう.大切なことは,学生たちを迷子にしないことだと思います.個別事項の理解に困難が あっても,自分の現在位置がわかっていれば,なんとか挽回しようとしていくと思います.
私の授業を受けた全学生の延べの平均は,極めておおざっぱに,以下の(A)~(C)のように 分類されると思います.(私の印象であり,資料に基づくものではありません.)
(A)物理学者になろうとするもの 2%
(B)理工系に進んで,将来仕事上で電磁気学を必要とするもの 63%
(C)講義期間が終われば,その後一生涯,仕事で電磁気学との縁が切れる者 35%
(C1)知的余裕があり,物理にも興味があるもの 15%
(C2)進級するために単位だけ必要とするもの 20%
私も他の先生方と同じように,どの層の学生にとっても有意義な授業にするよう心がけました が,(A)と(B)の一部,それに(C1)の中のごく少数にとても良くできる熱心な学生がいるこ とがあり,彼らに向かっての授業は楽しいものでした.しかし,むしろ毎回気を使ったのは,(B)
の中の消極的な学生たち,および(C2)の学生たちでした.彼らにとっても電磁気学の講義が面 白いものになるよう考えました.とは言っても,やったことは単純で,学生たちが挫折しないよ うに注意を払ったことだけです.本書の第3章目あたりまで学生が挫折しないように引っ張って くることができれば,大体,全員の学生が最後までついてこれると思います.まずは,第3章目 あたりまでがポイントなのです.そのために,授業ではベクトル場の発散や循環,微分や積分に ついて新しい事項を説明する度に,簡単で小さな問題を出し,3分ほど授業を中断して学生全員
に自分のノートで解いてもらいました.その間に席をまわれば学生の理解度がわかり,授業の進 展度合いを調節できます.毎回の授業の終わりにはプリントした問題を渡し,次の授業の最初に 解答を配りました.その多くは,本書の例題や章末問題に取り入れてあります.
当初,定期試験をやって驚いたのは,物理であるにもかかわらず,「勉強」=「暗記」ととら えている学生が意外に多いこと(全体の 25%程度)でした.「勉強」=「考えて理解すること」
ではなく,受験勉強時代に植えつけられた間違った捉え方をしている学生たちが想像以上に多い ことに気づかされました.そこで,定期試験では,暗記が意味を成さないようにほとんど何でも 持ち込み可にしました.学生自身が板書を書きとった授業ノート・授業中に配布した補助プリン ト・毎回の演習問題と解答,など全て持ち込み可にしました.さらに,「電磁気学総まとめ」の プリントをわざわざ作って問題用紙と一緒に配布しました.そのかわり,知識だけで点が取れる ような問題は出しませんでした.(A),(B)のトップや(C2)の学生たちが飽きない程度の,あ る程度進んだ問題とともに,(C1)の学生でも事前にある程度勉強すれば合格するように,配布 した問題と類似の問題も混ぜて,バラエティに富んだ出題をしました.期末試験に使った問題の ほとんどは,本書の章末問題に収録してあります.
本書が,多くの先生方の講義に役立ち,さらに多くの学生たちに受け入れられることを共著者 の竹川氏とともに願っています.
- おわり-