マクスウェル方程式から始める講義
― 実践ガイドと講義ノート ―
小宮山進 竹川敦 2017 年6月
本書の出版時に「本書で講義を考える先生方へ」を“サポート情報”に おさめました.出版後 1 年半経ち,講義実践の方法について,小宮山が 実践してきた講義の実例をもとに,さらに具体的な講義方法の指針を記 すことにしました.本サポート情報に再録する "本書で講義を考える 先生方へ" および参考文献①「マクスウェル方程式から始める電磁気 学,大学の物理教育 22(2016)79」とともに参考にしていただければ幸い です
.
目次 1.はじめに
2.留意すべき基本事項
2-1 マクスウェル方程式を提示するための前置きと準備 2-2 電磁量の明確な定義と,電場
Eと磁場
Bの導入 2-3 マクスウェル方程式を
,
j,
E,
Bで記述する 3.実際の講義
1回目講義 (講義ノート,内容まとめ,意図と留意点)
2,3 回目講義 (講義ノート,内容まとめ,意図と留意点)
4.まとめ
1.はじめに
マクスウェル方程式から始める講義方法は,現在まだ多数派の標準的やり方にはなっていません が,今後,その意味が理解されて広まっていくでしょう.しかし現在は,マクスウェル方程式から 始める講義方法の方が優れていることを論理で理解しても,観測事実から出発する従来の伝統的な 教授法への心理的愛着を強く持つ先生方が,まだまだ多いと思われます.重要なことは,少数では あっても問題意識をもつ先生方が,マクスウェル方程式から始める良い授業を行って,学生が電磁 気学をよりよく理解できるようにすることです.そうすれば,学生からの支持と賛同が広がって,
新たな講義法の環が着実に拡大してゆくにちがいありません.
マクスウェル方程式から始める授業をおこなう場合,基本線としては本書に従って講義を進めて いただければ良いのですが,教育現場の違いや教師自身の考え方に応じて,内容を適宜補強・圧縮 したり,変更したりすることが当然あるでしょう.その際,先生ご自身がおそらく学生時代にマク スウェル方程式から始める授業を受けた経験がなく,また,世の中でマクスウェル方程式から始め る講義が広く行われていないことから,参考となる実践例を近くで見ることもできないと思われま す.そこで,その際の指針や留意点を含めて,先生方の講義の実践に参考となるよう,講義ノート の公開も含めて本稿を用意します.
2.留意すべき基本事項
クーロンの法則からはじめる伝統的な教授法は,電磁気学が如何に大変な(難しい)学問である かを,歴史的な発展過程での先人たちの試行錯誤を示すことで伝えようとする面があります,背後 にあるのは,「科学発展の過程を,疑似的にでも体験的に教えるのが教育的である(本サポート情 報 "なぜマクスウェル方程式から始めるのか" §4④)」という考えです.一方で,私たちが進め ようとしているマクスウェル方程式から始める教授法の考え方は正反対です.先人たちの努力の結 果完成した電磁気学は,他に類が無いほど首尾一貫した理論体系であり,この理論体系を,そのま ま明晰に,曖昧さなく,スッキリと学生に伝達することを目指します.完成した電磁気学を学ぼう とする学生が出会う困難は,電磁気学の歴史的発展過程で先人が出会った困難とは全く別ものです.
後者を教えることで前者の役に立つ,ということは普通ありません.電磁気学の初等教育の務めは,
学生に(既に完成した)電磁気学とは何かを教えることです.たしかに,どんな科学の発展も予定 調和的に進展することは無く試行錯誤の連続で進みます.その過程を知ることは科学史の観点から は重要ですが,それを学ぶのは,学生が学問を把握した後にすべきことであり,それ以前に試みる べきことではありません.
マクスウェル方程式から始める講義を行おうとする先生方も,学生時代にはクーロンの法則から
始める伝統的な教授法で電磁気学を学び,多くの場合,教師になってからも,自ら伝統的な教授法
で授業を行ってこられたと思います.そのため,上記した伝統的な教授法の考え方が,無意識に先
生方の頭の中に入り込んでいるのではないでしょうか.マクスウェル方程式から始める講義は,そ
もそも教えようとする基本的な考え方が異なることを意識する必要があるでしょう.今までの講義
の枠内で,ただ安易にマクスウェル方程式を授業の最初に示すだけでは,木に竹を接いだような中
途半端な授業に終わる危険性が高くなります.先生方御自身が電磁気学の論理体系をいったん把握
し直し,その次に,それをどうやって学生に伝えるかを自ら考えを整理することが望ましいと思わ れます.
2-1 マクスウェル方程式を提示するための前置きと準備
比較的単純な具体的注意点として,マクスウェル方程式を学生に示す際に,事前にしかるべき準 備と前置きが必要なことがあります.電磁気学の授業のどこがわかりづらいのかを,電気工学系大 学院生が,学部時代を振り返って語りあう記事があります. (「匿名座談会「電磁気学の授業って,
分かった?」学生 A,学生 B,学生 C,:電気学会誌 126, 682 (2006)<https://www.jstage.jst.go.
jp/article/ieejjournal/126/10/126_10_682/_pdf>)その冒頭で「大学の教養の電磁気学で,いき なりマックスウェルの方程式を書かれたのにはまいったなあ。こっちは大学に入ったばかりで微分 方程式だってよく分からないのに,いきなり div と rot だよ」という発言があります.マクスウ ェル方程式から始めるやり方が如何に優れているにしても,前置き無しに,いきなりマクスウェル 方程式を書き下して示すようなことでは,学生には何も伝わりません.学生に講義で何かを伝えよ うとする時には常にそうですが,なぜ伝えたいのかをまず説明して学生の動機付けを行い,そのた めに教師側も十分な準備を行うことが大切です.マクスウェル方程式を提示する前には,
・これから始める 1 学期間の電磁気学の講義で理解しようとする現象とは一体どんなものなの か,(電荷,電流,電場,磁場の導入を含む)
・それらの現象が現在の社会の産業や基礎科学にどれほど大切なのか,
・それらを完全に説明するマクスウェル方程式と言われる 4 つの式がある,
・マクスウェル方程式を書き下すために数学が必要である,
といった事柄について,ある程度丁寧な前置きと,必要な数学の準備が必要です.前置きとして実 際どんな内容を含め,準備にどの程度時間をかけるのかは,教育現場に応じた教師の判断になるで しょう.
2-2 電磁量の明確な定義と,電場
Eと磁場
Bの導入
講義に出てくる基本的な電磁量(即ち電磁気学の物理量)をそのつどきちんと定義して性質を説 明することが重要です.あまりにも当たり前すぎてばかばかしく聞こえますが,伝統的な教授法で は,講義の最後にならないと電磁気学の全体像が示されないために,最終段階に到達するまでさま ざまな電磁量の最終的な意味を明確に説明することができません.そのため論理の曖昧さが構造上 避けられず,学生の理解の障害になる面がありました.ところが,マクスウェル方程式から始める やり方にはその欠陥はありませんから,電磁量の意味を細部にわたって常に明確にすることが可能 です.実際に明確さを保つよう,不必要な曖昧さが混じらないよう,細心の注意を払うことが重要 です.
特に,マクスウェル方程式を書き下す際には,同時または事前に,現れる物理量(
,
j,
E,
B)の意味を学生に明快に説明しておく必要があります.この,あまりにも当たり前の原則が守ら
れないことが意外に多いように思われます.用いる物理量が何かを明確にしないままにマクスウェ
ル方程式を書き下したのでは,後戻りしないと論理がたどれないことになり,そのようなやり方が
学生にとって大変な重荷になり理解を難しくします.伝統的な教授法による多くの教科書では,電
場をクーロンの法則から導きますが,これは好ましくありません.クーロン力の原因が電場である
ことには何の疑いもありませんが,マクスウェル方程式に現れる電場は,時間変化がある場合を含 む(ベクトルポテンシャルの時間変化率を加えた)一般的な電場だからです.クーロン力から導か れる,静電気でしか正しくない電場を使ったのでは,せっかくマクスウェル方程式の意味が曖昧に なります.そんな小さな一つ一つが学生(特に優秀な学生)を混乱させるのです.それを避けるた めに,電場と磁場は本書の§1,および本稿§3 実際の講義「1 回目の講義内容」の通り,電荷に 対してローレンツ力
F q(E v B)をもたらす原因として定義すべきです.
電場
Eと磁場
Bの導入は極めて重要なので,以下でさらに詳しく説明します.マクスウェル方 程式は電荷密度
,電流密度
jと 電場
E, 磁場
Bの間の関係を与えるものですが,そこでの電場
Eと磁場
Bは,ローレンツ力
F q(E v B)で定義される量です.そのことを,マクスウェル 方程式を示す際に,明らかにしなければなりません. (ちなみに,
Bは磁束密度とも呼ばれますが,
私たちは
Bを基本量とし
Hを副次的な場として扱い,
Bを磁場と呼びます.)なぜそれが重要か について,より詳しく説明します.歴史的には,電場は電荷がつくる力(クーロンの法則)から最 初に導かれ,磁場は,磁石や電流に起因する(動く電荷に対する)力から導かれました.そのため,
伝統的な教授法では,電場,磁場とは何かの問いに対して,どうやってそれが生じるのか(生成原 因)で学生に説明しようとする傾向があるようです.時間変化がない場合には,たしかに電場は電 荷がつくり,磁場は電流がつくるので,それが電場,磁場のイメージをつくるのに役立つでしょう.
しかし,時間変化がある一般の場合には,複雑になってイメージをつくるのに役立たなくなります.
つまり,一般的にはジェフィメンコ方程式(本書 p.246,13.24 式)を念頭にせざるを得ず,電場を つくる源は電荷だけでなく電荷の時間変化と電流の時間変化を加えた 3 要素であり,磁場をつくる 源は電流だけでなく電流の時間変化を加えた 2 要素になります.これでは,電場,磁場とは何かを イメージする上でたいして役に立ちません.それどころか,ジェフィメンコ方程式はマクスウェル 方程式そのものと等価ですから,結局,「電場,磁場はマクスウェル方程式が定める量である」と 言う他なくなってしまいます.ということで,マクスウェル方程式に出てくる電場と磁場とは何か を,発生原因に結び付けて説明しようとしても,結局うまくゆきません.歴史的には,静止した点 電荷の周りに生じるクーロン力から,
F qEを通して電場
Eの概念が導かれました.そのこと が「電場は電荷がつくる」という認識をもたらすのですが,時間変化がある場合にはその認識を拡 張すると,一挙に複雑になってしまうのです.ただしここで重要なことは,「時間変化があろうが なかろうが,どんな状況下でどんな原因で生じたものであっても,とにかく,ある場所に置いた電 荷
qに力
Fが働くとき,その場所には
F qEできまる電場
E」が存在するのです.-- と いうより,
F qEが電場
Eの定義なのです.磁場に対しても同様です.電場
E,磁場
Bとは何 かについての一般的な説明は以下の通りです.
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
電場
Eも磁場
Bも様々な原因で生じる.
・どんな原因で生じようと,電場
Eは電荷
qに及ぼす力
F qEから求められる.
・どんな原因で生じようと,磁場
Bは速度
vの電荷
qに及ぼす力
F qv Bから求められる.
注)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
注)ここでは触れないが,磁場による力
F qv Bは,電場による力
F qEから,マクス
ウェル方程式と慣性系の同等性を用いて導かれるので,
F qv Bと
F qEは独立ではな
い.しかしここでは議論しない.
つまり,
F q(E v B)が電場
Eと磁場
Bの定義であり,そのように定義された電場
Eと磁場
Bが満たすのがマクスウェル方程式なのです.
2-3 マクスウェル方程式を
,j,E,Bで記述する
最初に示すマクスウェル方程式は,本書で行っているように
,
j,
E,
Bの 4 つの物理を用 いた表式にすべきでしょう.このマクスウェル方程式は,真空中であろうが物質中であろうが,一 般的に成り立つ最も基本的な式です.この式に表れる物理量の
と
jは直接的に説明する事ができ.
また
Eと
Bについては前節に記したように電荷に働くローレンツ力の原因として曖昧さなく定義 されます.
S V
0
C S
S 2
C S S
0
1
0 1
dS dV
d d dS
dt dS
c d dS d dS
dt
E n
E r B n
B n
B r j n B n
一方で,
自由,
j伝導,
E,
D,
B,
Hの 6 つの物理量を用いて
S V
C S
S
C S S
0
dS dV
d d dS
dt dS
d dS d dS
dt
自由
伝導
D n
E r B n
B n
H r j n D n