• 検索結果がありません。

なぜマクスウェル方程式から始めるのか

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "なぜマクスウェル方程式から始めるのか"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

なぜマクスウェル方程式から始めるのか

― クーロンの法則から始める伝統的な教授法との比較 ―

小宮山進 竹川敦,20176

電磁気学の勉強をマクスウェル方程式から始めるのは,それが電磁 気学を体系的に理解する最良の方法であり,かつ初学者にとって最 も理解しやすいやり方だからです.本サポート欄の参考文献①とし て,大学の理工系1年生に対して行ったマクスウェル方程式から始 める講義の実践例について「大学の物理教育」誌に掲載した論文を 収めました.現在まで広く行われている伝統的な教授法は,残念な がらマクスウェル方程式からではなく,クーロンの法則から静電気

→静磁気→電磁誘導と進み,電磁波に入る手前でマクスウェル方程 式がやっと顔を出すというものです.私たちはその教授法が構造的 欠陥をもっていて,電磁気学をわかりづらくしていると考えていま す.本サポート欄の参考文献②と③は,その考えを「大学の物理教 育」誌と「物理学会誌」に寄稿して掲載されたものです.以下では,

伝統的な教授法が持つ問題点を,さらに様々な面から考察し,あわ せて,マクスウェル方程式から始めるやり方の意味を明確にしたい と思います.多くの学生の皆さん,社会の技術者,および講義する 先生方に,問題点を一緒に考えていただき,電磁気学の教育につい ての認識を深めていただければ幸いです.

目次

1.マクスウェル方程式から学ばなければ電磁気学は理解できない 2.社会において電磁気学教育の重要性が増している

3.伝統的な教授法では電磁気学の構造が理解できない

4.それでも,教育の現場では伝統的な教授法への愛着が強い  5.電磁気学は本来初学者にとって難しいのか

6. 力学の教授法と比較する 7.結論

(2)

1.マクスウェル方程式から学ばなければ電磁気学は理解できない

電磁気学は,図1Aに示すようにマクスウェル方程式という幹を媒介に有機的に結び付いた静電 気・静磁気・電磁誘導・電磁波の分野からなる体系です.ほとんどの大学の電磁気学のカリキュラ ムは「電磁気学の基本法則であるマクスウェル方程式に基づいて電磁気現象を理解する」ことを目 標として掲げており,この図1Aの構造を理解することを目指しています.その目標は単なる建前 ではなく,現実に学部教育の中で達成すべきものと考えなければなりません.たとえば,静電気だ と思っていても,電荷が少しでも動けば磁場が発生し,電磁誘導による電場も生じ,かつ電磁波の 放射にもつながります.現実の世界には 純粋な静電気や純粋な静磁気といったものはめったに存 在せず,ほとんどの現象は,複数の電磁現象が連動した結果です.従って,電磁気学を体系的に理 解しておかないと,実践の場で役に立たないことが多いのです.

上記の観点からすると,伝統的な電磁気学の教授法は最適とは言えません.クーロンの法則から 始めて静電気→静磁気→電磁誘導と進み,電磁波に入る手前でマクスウェル方程式がやっと顔を出 し,単に解くべき数式として扱われるのですが,それでは,理解すべき図1Aの電磁気学の体系的 な構造が不明のままに終わってしまいます.伝統的な教授法では,むしろ,図1B のように,電磁 気学が静電気,静磁気,電磁誘導,電磁波という,互いに孤立した関連の薄い分野の寄せ集めに終 わってしまいがちです.マクスウェル方程式はありがたいお経のようなものとなり,存在は聞いて 知っていても意味はよくわからない,といったことになります.

どんな教授法をとろうと,大学教育で習得できる事柄がそれだけで充分ということはあり得ませ ん.大学卒業後の実践の場で,さらに多くの知識とより進んだ理解を,めいめい自分で獲得する必 要があります.大学教育で重要なのは,そこで得る知識の量ではなく,むしろ,大学後の実践の場 で必要となるより進んだ知識を,学生が自ら獲得するための基礎的土台を養うことです.残念なが ら,電磁気学の伝統的な教授法で与えられる図1Bの各論的知識では,そのための基礎として十分 ではありません.実践に際して理解を深化・発展させる土台を築くためには,大学時代に,きちん とマクスウェル方程式から学ぶのが最良の方法です.それがマクスウェル方程式を基に学ぶ本書を 出版する理由です.

伝統的な電磁気学の教授法の問題点について,参考文献②,③および本稿の§3に記します.以 下に,そこでは触れない点について記します.初学者に物理を教える際には,最初に基本法則を示 すべきですが,その理由は基本法則を最初に教えてもらえば,学生が講義の中で様々な現象に出会 う時に,自ら基本法則に照らして理解を深めてゆくことができるからです.力学を思い出してくだ さい.講義の最初に運動方程式を教えてもらうおかげで,講義が進む過程で学生はいつでも「力

(3)

が働くとその方向に速度が増大(または減少)する」という原理に立ち返って現象を考えることが できます.講義に出てくる様々に異なった力学現象に対してその考察を繰り返すことで,力学とは 何かについて理解を深めることができるのです.ところが,基本法則を知らなければ学生が自分で 理解を深める機会はありません.教えられることをただ呑み込んで行く以外にないのです.電磁気 学の伝統的な教え方では,基本法則を最後まで教えてもらえないために,学生は電磁気学への理解 を自分で深める機会を奪われます.ところが,マクスウェル方程式から始めれば,電磁気学も力学 と同様,学生が自分自身で理解を深めてゆけるのです.最初に基本法則を示すべき次の理由は,電 磁気学の最終的な体系が最後にならないと示されない場合,基本的な電磁量の正確な定義や一般的 性質の説明が,講義の最終段階に到達するまでされない,という欠陥が生じるからです.新たな観 測事実に進む度に様々な電磁気的量が導入または更新され,その意味が後に進まないと明確になら なかったり結局曖昧に終わってしまったりします.そのことが,論理展開をきちんと追って理解す ることを困難にします.ある定義された物理量の意味が,次の段階に進むと,いつのまにか修正さ れるといったことが起こるようでは,学生は足元を確立することができません。この点に関しても,

マクスウェル方程式の解説から始めれば,新しい電磁量を導入する際に意味を明確に定義すること ができ,混乱が生じることはありません.

2.社会における電磁気学教育の重要性が増している

電磁気学の工学系大学における教育は,19世紀末に電気工学(発電機・モーター・送電網・電灯・

モールス無線電信などの実学)の技術者を養成する目的で始まりました.今では,電磁気学を基礎 とする技術分野が格段に広がり(図2),電気工学は小さな一部分を占めるだけになりましたが,そ れでも,オームの法則やジュール熱,キルヒホッフの法則など電気回路の説明が重視されるのは,

このような,電磁気学教育誕生の経緯があるためでしょう.一方で,マクスウェル方程式が実用上 重要であることは,第2次大戦中の米英共同のマイクロ波レーダーの開発に至るまで認識されなか ったようです.(もちろん,物理の根本的重要性については若きアインシュタインが認識して2005 年の特殊相対性理論に至りましたが.)ところが,戦後の現在に至る70年余りの間に,図2に示す ように,電磁気学を基礎とする広汎な情報通信・半導体・コンピューター等々の現代先端技術分野 が発展し,応用上の重要性が飛躍的に拡大しました.

半導体・電子工学や衛星通信に代表されるような発展の著しい分野では,マクスウェル方程式を 基にした電磁気学の体系的理解が重要になっています.そのことは,次頁に例をいくつか挙げるよ うに,実用的な技術系の雑誌に、技術者自身による電磁気学の学び直しの記事が繰り返し現れるこ とに表れています.

図2 電磁気学が基礎づける現代の産業技術・工学

(4)

(i) 小暮裕明「電磁気学がおもしろくなる方法:もう一度学ぶ電磁気学の世界」, Design Wave magazine,75,.119-124 (2004)

(ii) 飯田尚志「マクスウェル方程式は衛星通信の基本:その創出の背景と導出過程̶」

Space Japan Review,No.84,1-15 (2013/2014),http://satcom.jp/84/technicallecturej.pdf

(iii) 根日屋英之「マクスウェルの方程式は簡単」,日経BP電子・機械局 教育事業部 (2015),

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20150609/422421

これらの記事の多くは現場経験豊富な技術者によって書かれており,“学生時代は電磁気学を重要 と思わず,興味もなく,ほとんど理解できなかったが,社会に出て,仕事の中で実は重要かつ必要 なことがわかった.そこで,自分で勉強しなおした成果を若手技術者に伝達する",という趣旨で す.その具体的内容は,ほとんどの場合大学学部レベルの,マクスウェル方程式の提示に至る電磁 気学の繰り返しです.このことは,電磁気学の理解の必要性が実践の場で高まっていることを示し ているのですが,それだけではなく,大学における教育が,技術社会のその要請に十分応えていな いことも強く示唆しています.ちなみに,力学の場合はどうでしょうか.力学も電磁気学と同様,

広汎な科学技術分野の基礎をなしているのは無論ですが,電磁気学とは異なって,技術者自身の手 による「大学学部時代のニュートン力学の学び直し」といった解説記事を,技術系の雑誌で目にす ることはありません.それは,力学に関しては大学教育で学生がそれなりに理解し,そのために,

実践の場でより進んだ知識が必要とされるさいは,とくに先輩の助けを借りずに,各人がめいめい 必要な学び直しをすることができていることを示唆しています.残念ながら,電磁気学の状況はそ うなっていないのです.

大学の教育現場では,電磁気学が学生にとってわかりづらく,物理基礎科目の中で最も苦手とす る科目であるという評価がたしかに定着しています.授業のどこがわかりづらいのか,電気工学系 大学院生が語り合う匿名座談会がかつて催されて雑誌の記事になりました.(「匿名座談会「電磁 気学の授業って,分かった?」学生 A,学生 B,学生 C,:電気学会誌 126, 682 (2006),

<https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal/126/10/126_10_682/_pdf>)それによると,

講義で導入される電磁気的な物理量の理解が追いつかずに消化不良におちいっている面が強いよ うです.そこでの問題は,導入される物理量そのものが難解であるというより,全体の論理構造の 中での,それらの物理量の意味と位置づけが曖昧であることに起因する困難のように思われます.

§1の最後に記した,電磁気学の全体構造を示さない中で,次々に新たな電磁量が導入してゆく,

伝統的な教授法がもたらす構造的な欠陥に関連すると考えるべきでしょう.

3.伝統的な教授法では電磁気学の構造が理解できない

伝統的な教授法の問題点について参考文献②と③で論じましたが,ここでは重要な点について,

③との重複を含めて記します.伝統的な教授法は「観測事実からマクスウェル方程式を導く」こと を建前にしているのですが,実際にはそれができない仕組みになっていることが最大の問題です.

伝統的な教授法では,ほとんどの場合クー ロンの法則からガウスの法則を導出し,それでマクス ウェル方程式の一つが示されたことになるのですが,それは正しくありません.クーロンの法則か ら導かれるのは,あくまで電荷が時間変化しないという限定条件つきの“ガウスの法則” にすぎ

(5)

図3.クーロンの法則からガウスの法則は導けない

ません(図3).ところが,本物のガウスの法則は,任意の時間変化がある場合に成り立つ(だか らこそ電磁波の議論に使える)一般的な式です.「電荷が静止している場合に成り立つのだから,

動く場合にも多分成り立つだろう」と想像したくなるかも知れませんがそうはゆきません.時間変 化すれば誘導起電力の成分が電場に追加され,さらに,電場の伝搬による遅延効果を含めた相対論 的効果が加わるからです.実際,クーロンの法則よりはるかに複雑な,リエナール-ウィーヘルト・

ポテンシャルで与えられる電場になります.それらの効果を全て取り入れたうえで,なおかつガウ スの法則が成立するのは驚くべきことですが,それをクーロンの法則から導くことは決してできま せん.

このように,クーロンの法則は時間変動が無い場合だけに成立する下位の法則ですが,ガウスの 法則は制約条件無しに成立する一般的法則です.それが成立することは驚嘆すべきことですが,な ぜ成立するのかを説明することはできません.クーロンの法則とガウスの法則の間には,決して越 えられない無限のギャップがあるのです.そのために,ガウスの法則を時間変化が無い限定条件下 に適用してクーロンの法則を論理的に導くことはできますが,その逆は不可能なのです.変位電流 を導入して導くとされるアンペール・マクスウェルの式も,仮説であって,一般的に成立すること を示すことは決してできません.その他のマクスウェル方程式(磁場に対するガウスの法則,ファ ラデーの誘導則)についても同様で,観測結果からは論理的に導くことはできません.その理由は,

参考文献③で記したように,まさにマクスウェル方程式が基本法則だからです.

クーロンの法則からガウスの法則を導くことができないからといって,議論が厳密でないから問...........

という訳では......

ありません.....

.マクスウェル方程式が,あたかも,観測事実から自然に導かれる.............

果”であるかのように,問題を歪めて提示することが問題なのです..............................

.4つのマクスウェル方程式が 任意の時間変動に対して成り立つからこそ,静電気・静磁気・電磁誘導・電磁波が図1Aのように 不可分に関連し合うのですが,それらの基本法則が電磁気学の土台ではなく,電磁気学の結果であ るかのように示されるために,電磁気学の構造(図1A)が不明になってしまいます.

伝統的な教授法の問題点は他にもあります.マクスウェル方程式が限定条件下で成り立つことは 示されますが,限定条件下で成り立つ式は他にも無数に存在するのです.たくさんの式の中からな ぜこれら 4 つの式がマクスウェル方程式として選ばれるのか,そして,なぜそれが基本法則と言え るのか,が不明のままです.そして,マクスウェル方程式から電磁気学の諸法則(クーロンの法則,

ビオサバールの法則,電磁誘導則等)を導出することも徹底されません(ビオサバールの法則にい たってはマクスウェル方程式からの導出事項であることを講義で述べられないことすらあります).

そのため,「マクスウェル方程式が全ての電磁気現象を説明する」と教科書にあっても,それは単 なるお題目にすぎず,学生は実感をともなって理解することができません.その結果,電磁気学が

クーロンの法則 静電気の場合の

ガウスの法則

一般の場合の ガウスの法則 導ける

導けない!

(6)

相互の関連が不明瞭な各論の集まり(図 1B)に止まってしまい,体系的構造(図1A)の理解に至らな いのです.力学の場合(§6参照)は運動方程式を含む運動の 3 法則から全てが成り立つことが,

講義の流れから学生に自然に把握できるのですが,伝統的な教授法による電磁気学はそうならない のです.

本章をまとめます.伝統的な教授法ではマクスウェル方程式が特定の条件下で成り立つことを示 しますが,常に成り立つことも,電磁気学の基本法則であることも示さず,そのことが,学生が電 磁気学を体系的に理解することを困難にします.マクスウェル方程式を「論理的に証明する」こと が誰にもできない以上,それが基本法則であることを事実として学生に明確に伝えなければいけま せん.そうであるなら,講義の最初にそれをきちんと教えるのが最も良く,結局,マクスウェル方 程式から始めることが,唯一の適切な教え方だということになります.

4.それでも,教育現場では伝統的な教授法への愛着が強い

§2で述べたように,電磁気学のしっかりした教育への必要性が社会的にますます高まっている 一方,大学では電磁気学が学生のもっとも不得意とする科目であるという不満足な状況が長年続い ています.ところが,肝心の教育を担う大学の教育現場でこの状況に対する危機意識が高まってい るかといえば,必ずしもそうではないようです.大学で標準的に行われている電磁気学の伝統的な 教え方は,何度も記したように,(ⅰ)クーロンの法則で電場を導入した後で(静電気の)ガウスの 法則を導き,(ⅱ)定常電流による静磁場に進み,次に(ⅲ)時間変動がある場合の電磁誘導に進んだ 後,(ⅳ)変位電流の項を導入して電磁気学の理論体系(マクスウェル方程式)が完成したことを強 調し,最後に,(ⅴ)与えられたものとしてマクスウェル方程式を解いて電磁波を導出して終わる,

というものです.§3でその方法の構造的な欠陥について記しましたが,現実として,世界中で数 十年間にわたってこのやり方が続いています.長期間の間には,細部の工夫が行われて構成が整 理・改良されてきましが,基本的な大枠の構造に変化はありません.

その理由は何でしょうか.社会において不合理な習慣が広範囲に長く続く場合には,「これだけ 長期間いたるところで続いて来たのだから,何かそうあるべき深い理由があるに違いない」と人々 が思い込み,問題点に対する批判的で冷静な判断力を弱らせる,特有の心理メカニズムが働くよう に思われます.さらに,存続させるべき積極的な理由が考え出される場合が多く,それで大多数の 人々が納得してしまうようです.電磁気学の場合にもその兆候が見られるように思えます.つまり,

伝統的な教授法の大枠が崩れることなく長期間継続してきたという,まさにその事実そのものが,

内包する欠陥に客観的考察を加えることなく,多くの教師に「これだけ長期間世界のいたるところ でこのように教えられてきたのだから,この教え方には,何かそうあるべき正当な理由があるに違 いない」という信頼感をもたらすわけです.さらに,自らその教授法を繰り返し実行することで,

強固な愛着心すら芽生えるでしょう.さらに、その教授法を正当化する理論武装も行われます:

①物理としての面白さを伝えるには,天下り的に原理を教えるのではなく,観測事実から積み上 げる方が良い.

②個別の現象を複数習得したうえで,それらが統合される過程を学ぶのが教育的である.

③観測事実から理論に至るのが物理なのだから,具体的現象から出発して教育すべきである.

④科学発展の過程を,疑似的にでも体験的に教えるのが教育的である.

このような理念に則っている伝統的な教え方は,本来,教育的な正しい教え方であると言うわけで

(7)

です.電磁気学が学生の苦手科目であるという不都合な事実については,「教え方は正しいのだが,

電磁気学それ自体が難しいためである」という説明が用意されます.このような一連の理論構築に 守られて,世界中で数十年以上にわたって伝統的な教授法が変革されることなく存続してきました.

それらの論拠は,どれも適正さを欠いていると私たちは考えます.一つ一つ見てゆきましょう.

まず,伝統的な教授法には,もともと合理的根拠があったわけではありません.何かの根拠を基に 合理的な考察を経て生み出されたものではなく,むしろ,発展過程の社会的状状況によって成り行 きでできあがり,それがたまたま長続きしたにすぎません(参考文献②).次に,①-④の理念は表 面的にはもっともらしく見えるのですが,よく考えると疑問符が付きます.物理科目の基礎教育の 目的は,学生に(現在の完成した)物理学の基本的な枠組みを理解してもらうことです.完成した 物理の基本的な体系を学ぼうとするときに学生が出会う困難は,その物理の体系が構築された歴史 的過程で先人達が出会った困難とは別ものです.後者を教えることが前者の役に立つ,ということ は決して自明ではありません.教育的であるかさえ場合によります.科学発展の過程を学ぶことは 科学史の観点からは重要ですが,それは,学生が学問をある程度把握した後にすべきであり,それ 以前に試みるのは不適切な場合が多いのです.①-④の理念は,結果として,電磁気学教育の必要な 変革を避ける逃げ口上になっている面が強いと思われます.力学の標準的な教え方は運動方程式か ら始まるにもかかわらず,同じ①-④の理念が力学に対して言及されることはありません.なぜ電磁 気学にだけ①-④が出てくるのか,理由が問われるべきでしょう.最後に,教育の現場で実際に何が 起こっているかに目を向ければ問題はより明らかになります.現実には,講義の最後に至っても電 磁気学とは結局何なのかを学生は理解できず,電磁気学が各論の寄せ集めに止まってしまうのです.

つまり,実際には

①電磁気学とは何かを学生に理解させることができないために,物理としての面白さが伝わらず,

それどころか電磁気学を苦手とする学生をつくり,

②電磁気学がいかに統合されるかを示すことなく,個別現象の各論で終わってしまい,

③最終的な体系的理解にたどりつくことが無いので,非教育的であり,

④学生は科学発展の経緯を中途半端に聞かされ,科学発展の過程を体験的に理解できないだけで なく,電磁気学が到達した実際の姿を捉えることが困難となる

というのが実情です.繰り返しますが,理念が空念仏に終わって機能しないのです.

最後に,「電磁気学それ自体が難しい」という説に関してはどうでしょう.§5で述べるように電 磁気学にある程度難しい面があるのは事実です.しかし,その難しさは他の物理系科目に比べて特 段決定的なものではなく,それが学生の電磁気学の理解を妨げている主たる原因になっているとは 思えません.むしろ,不適切な教え方が難しさを厄介なものにし,困難を増幅している面が強いの です.このように,電磁気学の教育の不十分さが,伝統的な教授法の欠陥から生じていることを否 定することは難しいと私たちは考えます.

大学理工系の先生方・学生さん・大学院生および社会の技術者は,ほぼ全員がクーロンの法則か ら始まる伝統的な電磁気学の教育を受けて育ってきた方々です.その結果,多くの人達がその教育 がもたらすある種の偏った思い込みに影響されていることにも注意すべきでしょう.端的な例とし て,マクスウェル方程式から始めるやり方を,多くの人が「天下り的である」と感じることが挙げ られます.力学の場合は,ニュートンの運動方程式から出発するにもかかわらず,それを「天下り」

と感じることは無いのですが,電磁気学に対してだけそう感じます.それはなぜでしょうか.多く

(8)

の人々に,「電磁気学の基本法則は観測事実から導くべきものだ」という印象が刷り込まれている ためではないでしょうか.それは伝統的な電磁気学の教育法が広めた誤った心理的錯覚と言わざる をえません.§4および参考文献③で詳しく記したように,基本法則を観測事実から導くことは決 してできません.にも関わらず,伝統的な教授法では,発見的な雰囲気を醸しだすために,あたか もマクスウェル方程式を観測事実から論理的に導いたかのような体裁を取ります.そのために,多 くの人達に無意識に偏見が注入されてしまうのです.力学の教育では,観測事実からニュートンの 運動方程式を論理的に導くかのような印象をあたえず,ニュートンの運動方程式から始める教育法 が長年定着しており,そのことを,だれも「天下り」とは感じないのです.

思い違いの別の例を図4に示します.§6で述べるように,“電磁気学の伝統的な教授法は,力 学をニュートンの運動方程式から始めるやり方に対応する”そして,“マクスウェル方程式から始 めるやり方は,力学をラグランジュアンから始めるやり方に対応する”,という図4の下半分に示 す間違った認識があります.図4上に示すように,クーロンの法則から始める電磁気学の伝統的な 教授法は,力学でいえば,ケプラ―の法則や放物線運動といった,観測事実に直結した話から始め て,最後にニュートンの運動方程式に至って終わる(そして運動方程式から小球の投射運動や単振 動やケプラーの法則や各種保存則の導出は一切行わない) という,変則的で決してお目にかかるこ との無いやりかたです.このような異形の教育法が,電磁気学の標準的な教育法として数十年間も 続き,その変則性が参考文献②,③と本稿で述べるようにさまざまな弊害をもたらし,学生の理解 の妨げとなりつづけてきたのです.マクスウェル方程式から始める教育法こそ,力学でのニュート ンの運動方程式から始める伝統的な教授法に対応し,本来のあるべき標準的な教え方なのです.

本章を手短かにまとめます.電磁気学の必要性が社会的に高まる中で,大学における学生の電磁 気学の習熟度が不十分な状態が続いているのは,クーロンの法則から始まる教育法の問題点が十分 認識されることなく,現在まで長年続いてきたことが大きな原因だと考えられます.問題を解決す るために,大学での教育がなるべくすみやかに,マクスウェル方程式から始めるやり方に変更され てゆくことが必要でしょう.

図4. 電磁気学と力学: 教授法の対応

(9)

5.電磁気学は本来初学者にとって理解が難しいのか

大学で教えられる物理科目の中で電磁気学が学生にとって難物である理由として,教師側から 挙げられるのが,電磁気学自体が初学者にとって難しいから,というものです.多くの電磁気学の 初等的教科書のまえがきでしばしば繰り返されるように,

電磁気学の現象が力学と違って抽象的で捉えにくい,

ベクトル解析などの数学的記述が難しい,

E-B対応かE-H対応かといったややこしい問題がある,

単位系が複雑,

というのです.それは本当でしょうか?力学における角運動量や力のモーメントや,それらが従う 運動方程式も抽象的ではないでしょうか.また,熱力学の熱量,比熱,エントロピーやエンタルピ ーといった概念も抽象的です.電磁気学に現れる電荷密度・電流密度・電場・磁場といった物理量 が,それら以上に抽象的でわかりづらいと言えるでしょうか.数学がそれほど困難な問題ではない ことは,本サポート情報の参考文献①-③と"マクスウェル方程式から始める講義:実践ガイドと講 義ノート”を参照してください.E-B E-H 対応の問題に関して不必要な混乱を避けることは難 しくありません.(マクスウェル方程式から始めるやり方では,本書のように,まずE-B対応でマ クスウェル方程式を導入することが好ましいです.詳しくは本サポート欄の"マクスウェル方程式 から始める講義:実践ガイドと講義ノート”を参照してください.)次に,単位系の問題は,解説 の工夫で十分対応可能でしょう.

上記したいずれの点も,学生にとって電磁気学を物理科目の中で最も苦手にするほどの困難とは 思えません.また,それぞれの困難を解決すべく工夫した優れた教科書が現在まで既に多数出版さ れています.が,それにもわらず,電磁気学が学生にとって難しいという問題が解消されたという 話を聞きません.我々の考えでは,電磁気学の難しさは,上記のような個別の問題ではなく,むし ろ,最後になるまで基本法則であるマクスウェル方程式が示されない,という伝統的な教授方法に あります.§1で述べたように,静電気→誘電体→静磁気→磁性体→電磁誘導→電磁波と進む過程 で,次々に登場する基本的な電磁量の正確な定義や一般的性質の説明を,講義の最終段階に到達す るまでできないために,上記した個別の困難を増幅して学生の理解の障害になるのです.さらに,

伝統的な教授法は,元来,電磁気学全体の論理構造を把握することが困難な教え方です.それらす べてが相まって,電磁気学が学生にとって,つかみどころの無い苦手意識が先行する科目になって しまうのです.

学生にとってある科目が難しいかどうか,という問題を考える際に要素が2つあります.1つ目 は(i)項目自体が難しいかどうか,であり,2つ目が(ii)科目全体の中での項目の位置づけが明確かど うかです.たとえば,伝統的な教授法でクーロンの法則から(静電気における)ガウスの法則を導 出する過程は,多くの初学者にとって,易しくはないにしても,議論をたどることができないほど 難しくはないでしょう.従って(i)の意味では難しくありません.ところが(ii)の位置づけが不明確な のです.つまり,電磁気学全体の中での各論なのか,全体に通じる原理なのか,さらに,それがど う発展してゆくのか(ゆかないのか),が曖昧でわからないのです.導出の過程では原理であるか のように説明されるのですが,そう思って勉強してゆくと,より一般的な状況を扱う後の段になっ

(10)

てそれがあやしくなる,といった塩梅です.何かを学ぶ際,(i)の難しさは学ぶ人間の努力で克服す ることが可能ですが,(ii)は学ぶ側の努力では乗り越えることが難しいのです.電磁気学の伝統的な 教授法には(ii)の問題が多く,その結果,せっかく勉強しても,個別の知識が連動して明確な全体像 につながってゆく,ということが起こりにくいのです.例えば伝統的な教授法では,静電気でE

 を勉強したと思ったら後の章でE    

A tとなったり,(実際には存在しない)磁荷の クーロンの法則から磁場 H を定義したりします.何か新しい電磁気学の物理量を学んでも,それ が限定条件下でしか意味をもたずに,後でより一般的な基本的量に定義しなおされるのか,それと も,最終的な一般性を持つのか学生にとって判断がつきません.そのため学生は常にあやふやで曖 昧な気分で勉強を続ける以外ないのです.(ストレスを感じないのは,物理は暗記モノと割り切る 学生だけです.)電磁気学という構造物の全体設計図たるマクスウェル方程式(図1A)を教えても らえないために,自分の居場所がわからないまま,勉強を続け,結局図1Bのような理解で終わる 可能性が高いわけです.

マクスウェル方程式から始める場合,(i)の問題は同じですが,基本法則の提示から入りますから,

(ii)の問題がほとんどなく,最初から最後まで見通し良く学ぶことができます.

6. 力学の教授法と比較する

伝統的な電磁気学の教授法を別の面から眺めてみましょう.近代的な電磁気学は,図5A示すよ うに18世紀後半のクーロンの法則の発見(1785年)から始まったと言ってよいでしょう.そして,

アンペールの法則やビオ・サバ―ルの法則といった静磁気学(1820年)とファラデーの電磁誘導 発見(1831年)を経て,最終的に,19世紀後半のヘビサイドがまとめたマクスウェル方程式(1884 年)に至って完成します.伝統的な教授法は帰納的と呼ばれることもあり,図5A部の矢印で示す

図5A.電磁気学の形成と,大学における教育(帰納的)

図5B.ニュートン力学の形成と,大学における教育(演繹的)

(11)

ように,この約 100 年間に起こった実際の発展過程(静電気→静磁気→電磁誘導→マクスウェル方 程式・電磁波)に沿って,その時代ごとの先人の考え方にも触れながら解説を進めます.クーロン の時代には電気的な力が遠隔作用で生じると考えられていたこと,それに反して,ファラデーが近 接相互作用の考えを導入して,後日マクスウェルによる場の概念につながったこと.ただし,ファ ラデー自身はベクトル場としての電場とは別に,電気力線という概念を導入したこと.また,アン ペールの法則にマクスウェルが変位電流(電場の時間変化率)の項を付け加えて電磁気学の理論体 系が完成したこと等が詳しく解説されます.これらの事実は,確かに科学史としては重要ですが,

学生が電磁気学の論理構造を理解する上で重要でしょうか?特に,変位電流については,物理的重 要性に他の項となんら差があるわけではないにもかかわらず,あたかも特別な意味があるかのよう な誤解を与えかねません.19 世紀の発展過程で科学史上重要だった事柄を,そのまま 21 世紀の学 生に強調することが物理の教育として適切だとは思えません.

力学の場合をみてみましょう.図5B に示すように,近代的な力学は 16 世紀中期のコペルニク スの地動説(1543 年)から始まり,ガリレオの実験やガリレオとケプラーによる天体観測の結果

(1610-1631 年)を経て,約 140 年後に,17 世紀後半にニュートンによる理論的な集大成(1687 年)をむかえました.ところが,力学の教育は歴史的発展をたどらず,電磁気学と異なって演繹的と 呼ばれ,基本の 3 法則(「慣性の法則」「運動方程式」「作用反作用の法則」)から出発します.落体 の運動や惑星の運動を演繹的に導出し,解析力学に展開します.このように,実際の発展過程の時 間順序を逆にたどって,原理の解説から行うやり方こそが,標準的な自然科学の教授法といえ,電 磁気学においては,マクスウェル方程式から始める教授法こそがこの基本に則っていることになり ます.

図4の最上行にマクスウェル方程式から始めるやり方が,力学でニュートンの運動方程式から始 める教え方に対応することを示しました.一方で,電磁気学の伝統的な教授法のような,帰納的方 法で力学を教えたらどうなるでしょうか.まず,コペルニクス以前の約 1500 年間にわたるプトレ マイオスの天動説の考え方を解説してから,コペルニクスの地動説の革命的な意味を説き,そして,

望遠鏡の発明で続々蓄積されたケプラーの法則を含む天文観察の結果が,ひとつの仮説に過ぎなか った地動説を優勢にして天動説の土台を徐々に脅かしていった過程を解説することになるでしょ う.さらに,ガリレオによる実験を通して慣性の法則の概念が形成されていった過程をたどります.

そして最後に,実験結果や天体の観測結果から,ニュートンによる「慣性の法則」,「運動方程式」

と「作用反作用の法則」を“導出”して終わることになります.それを図 4 の上から 2 番目に示し ておきます.落体の運動や惑星の運動といった具体的な観測結果から,運動の 3 法則を論理的に導 出することは決してできませんから,そのような講義は各論的になり,「力学史」ならともかく,「力 学」の講義としてはわかりづらいものになるでしょう.電磁気学の伝統的な教授法は,まさにその ような,変則的なやり方を実践しているのです.

7.結論

電磁気学を体系的にきちんと理解するためには,マクスウェル方程式から始める必要があります.

しばしば数学が難しいと言われますが,幸運なことに,それほど難しくはありません.最初にある 程度数学の勉強をする必要がありますが,その努力によって得られる果実は実に大きく,努力は十 分報いられます.ぜひ,正しいやり方でマクスウェル方程式から勉強してください.すでにクーロ

(12)

ンの法則から始まる電磁気学の勉強を始めてしまった学生さんは,今からマクスウェル方程式をも とに勉強し始めればよいのです. 電磁気学を実践で用いるためには,どのみちいつかはマウスウ ェル方程式を元に電磁気学を体系的に理解する必要がありますから,それをなるべく早く始めるの が良いのです.

参照

関連したドキュメント

絶対的悪としての「無」 自身が

読者のほうを向いて訳す

の都度コンティンジェントな性格をもっていた︒全体知へと至ることのない専門的知見が科学であるとするなら︑か..

日本語では、進行相 には 「 〜て いる 」 が、そ して受動態 には 「 〜ら れ る 」 が 用 い られ、 「だ」 が使用 され ることはない。進行相の b e や受動態の be はお

 このパースを描くのは展示デザイナーの必須技術の一つであって、民族学の研究

なぜグローバル語なのか

地球における太陽からの直達日射量(大気圏外で太陽光に垂直な単位面積が単

カオスとフラクタルが私たちに示してくれた教訓は,たとえ結果としての