博士(農学)和崎 淳 学位論文題名
ルーピン根分泌性酸性ファスファターゼの 発 現 誘 導 機 構と 分 泌 機構 に 関 する 研 究 学位論文内容の要旨
これまでの研究により、冫レーピン(Lupinus albusL.cv. Kievskij)の根から分 泌される酸性フオスフんターゼ(APase)は、pHや温度などの条件あるいは土壌溶液中 での安定性も高く、根圏土壌に分泌されて長期にわたり機能して植物にりン酸を供給 することが明らかにされている。本研究の最終的なねらいは、トランスジェニック技 術を用いた低リン耐性の強い作物を作出することによってりン資源の効率的循環和用 に寄与するところにある。これを実現するためには、本酵素の発現誘導機構と分泌機 構を明らかにすることが必要である。
そこで、本研究はこれまでに実施された酵素化学的特性に関する研究の成果に基づ いて、分泌性APaseの発現誘導機構と分泌機構を明らかにすることを目的として実施し た。さらに、分泌能の低い作物に本酵素の遺伝子を導入するために必要な解析を行っ た。得られた結果の概要は下記の通りである。
1.根分泌性と細胞壁局在性のAPaseの存在
1)リ ン 欠 乏 条 件 で 生 育 し た ル ーピ ン の 根 に 由来 するRNAより 、2種類 のAPase のcDNAク ロ ー ンLASAP1とLASAP2を 単 離 し た 。 こ れ ぢ のcDNAの 構 造 と 発 現の 特 性 か ら、LASAP1によ ルコ ードさ れるAPaseは 細胞 壁局 在性で ある と推 定さ れ、LASAP2に よルコ ード され るAPaselま 根分 泌性 であることを明らかに した 。 根 分 泌性 と細胞 壁局 在性 の2種類 のAPaseが異 なるAPaseであ るこ とを 明らかにしたのは本研究が初めてである。
2)LASAP1は2,187 bpか ら な り、638ア ミ ノ 酸を コー ドする ーつ の長v¥ORFを 有し た 。 精 製分 泌性APaseの部 分ア ミノ 酸配 列は部 分一 致の 形で含 まれ た。
LASAPICまサイトウ発芽種子由来のAPase (KB PAP)と類似の高次構造を有す ると 推定 され 、こ れらは 同様 の反 応機 構によ り1Jン酸 エステル結合の加水分 解 を 行 う も の と 判 断 さ れ た 。 ま た 、 膜 に 対 す る 親 和 性 が 高 い こ と 、N−
myristoylation部位 が6箇所 存在 する ことが 推定 され たこと から 、LASAP1に よ って コー ドされ るAPaseは細 胞膜から細胞壁に露出した形で存在すると推測 さ れ た 。RT‑PCR法 に よ り 、LASAP1は 全 ての 器 官 にお いて発 現す るが 根で や や 多く 、リ ン欠乏 条件 によ って 発現が 増加 する こと を明ら かにした。以上よ り 、LASAP1に よ ルコ ード されるAPaseは根細 胞の 表面 に存在 して 土壌 から 根 表 面に 到達 する有 機態 リン 酸化 合物を 分解 し、 植物 が速や かに吸収できるり ン 酸を 供給 する機 能を 持っ と推 定され た。
3)LASAP2は1,541 bpか ら な り 、462ア ミノ 酸 を コー ドす るー つの 長u>ORFを 有 した 。精 製分泌 性APaseから 決定された部分アミノ酸配列は完全一致の形で 含 ま れ た 。LASA P2もKBPAPと 類 似 の 高 次構 造 を 有す ること が推 定さ れ、 根 細 胞 外 に 分泌 さ れ た の ちKBPAPやLASAP1と 同 様 の 反 応 機 構 に よ ル リン 酸 エ ス テ ル 結 合の 加 水分 解を 行うと 判断 され た。RT‑ PCR法によ り、LASAP2の 発 現 は り ン 欠 乏 条 件 に お い て 根 で の み 高ま る こ と が 示 さ れ た 。 以 上よ り 、 LASAP2に よル コ ード され るAPaseは低 リン条 件下 で誘 導され 、分 泌さ れた の ち 根圏 土壌 中の有 機態 リン 酸化 合物を 分解 し、 植物 が速や かに吸収できるり ン 酸を 供給 する機 能を 持っ こと を明ら かに した 。
2.根分泌性APaseの発現誘導機構
1) +Pおよぴ―P培養液で水耕栽培したルーピンの地上部と根部について、本酵素の発 現の器官特異性を調査した。リン欠乏条件によって根で特異的にmRNAの蓄積が増 加し、夕ンバク質の合成も増加した。
2) +PおよぴーP培養液で水耕栽培したルーピンの根について、本酵素のタンパク質合 成量およびmRNAの蓄積量のタイムコースを調査した。本酵素のタンパク質合成量 お よ び mRNAの 蓄 積 量 は り ン 欠 乏 条 件 下 で 経 時 的 に 増 加 し た 。 3) +Pおよび‑P培養液で水耕栽培したルーピンの根を供試して、本酵素の組織化学的 局在性を調査した。本酵素は根の組織の全ての部位で合成され、リン欠乏条件では 合成されたのち直ちに分泌された。
4)以上より、ルーピン根分泌性APaseはりン欠乏によって根で特異的に遺伝子発現が 誘導され、それに伴い酵素夕ンパク質の合成量が増加し、さらに合成されたのち直 ちに分泌されることが明らかとなった。この一連の流れはりン欠乏条件下で長期間 にわたって維持された。
3.根分泌性APaseの機能と分泌機構
1)有機態リン酸化合物を多量に含む資材である都市汚泥に対してルーピンの根分泌性 APaseを添加したところ、リン酸溶出量が増加した。このことから、根から分泌性
APaseが根圏に分泌されることによって都市汚泥に由来する有機態リン酸化合物よ ルリン酸が放出されることを実証した。
2)+Pおよぴ‑P培地で生育したルーピンの根から培地中に分泌されたAPaseの活性染 色を行い、リン欠乏条件においては本酵素が根の全域から分泌されることを明らか にした。
3)リン酸を充分に吸収させたルーピンの切断根を‑P培地に移した場合、根内リン濃 度が高いにもかかわらず分泌が高まった。子葉に含有されるりンが多量に残ってい る幼植物を―P培地に移植後12時間以内で分泌量が増加した。これらのことは、低 リン条件における本酵素の分泌の増加は地上部の存在を必要としないことと、培地 中のりン酸濃度の低下により誘導されることを示す。根によるAPaseの分泌が培地 中のりン酸濃度の低下によって高まることを明らかにしたのは本研究が初めてであ る。このことから、培地中の低いりン酸濃度を感知して酸性フオスファターゼを効 率 的 に 分 泌 す る 分 子 的 な シ ス テ ム が 存 在 す る こ と が 示 唆 さ れ た 。 4)これらの結果より、本酵素は培地のりン酸濃度が低い場合にルーピンの根全体から 効率よく分泌されて培地中に存在する有機態リン酸化合物を分解する機能をもち、
分泌は体内リン濃度が低いことによるのではなく培地のりン酸濃度が低いことによっ て誘導されることが示された。同時に、本酵素の遺伝子を分泌能の低い作物に導入 した場合にもその分解能によって培地中のりンの利用能が向上することが期待され た。
4.ルー ピン根分泌 性APaseの遺 伝子解析
1) 少 ーピ ン根 分泌性APaseの遺伝子を クローニン グし、4,492bDの 塩基配列を 決 定し た 。7エ キソン6イントロ ンからなる 遺伝子構造 はシロイヌ ナズナ由来 の2つのAPaseの遺伝 子構造と共 通であった 。
2)ルー ピン根分泌 性APaseの遺 伝子の5 上流非 翻訳領域に は根に特異的な発現 を もた ら すcisele mentであ るRSEelem entとrolDおよ び酵母にお いてりン欠 乏 で 誘 導 さ れ る 遺 伝 子 に 共 通 のcis elementに 相当 す る配 列 が含 ま れた 。
これらの知見は、増加する人口に対応した食糧生産を可能にするために、低リン 耐性の弱い作物にこの酵素の遺伝子を導入して低リン耐性を付加するとともに、涸渇 し つ つあ るりン鉱 石資源を有 効に循環利 用するため の分子的基 盤を提供す る。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
ルーピン根分泌性酸性ファスファターゼの 発 現 誘 導 機 構 と 分 泌 機 構 に 関 す る研 究
本 論 文 は、 図34、 表14、 引 用論 文276を 含 む 総ベ ー ジ数141の 和文 論 文であ る。別 に参考 論文3編が 添えられ ている。
こ れま で に、ルー ピン(Lupin usaJbusL.cv. Kievskij)の根か ら分泌さ れる酸 性フオ スフんタ ーゼ(A Pase)は 安定陸が高 く、根圏 土壌に分 泌されて 植物にりン酸を 供 給す る 機能 が明 らかにさ れている 。本研究 の最終的 な狙いは、 本酵素の 遺伝子導 入 に よっ て 低リ ン耐 性の強い 作物を作 出し、リ ン資源の 効率的循環 利用に寄 与すると こ ろにあ る。これ を実現す るために、 本研究は 分泌性APaseの 発現誘導 機構と分泌機構を 明 らか に する こと を目的と して実施 した。さ らに、分 泌能の弱い 作物に本 酵素の遺 伝 子 導 入 に 必 要 な 解 析 を 行 っ た 。 得 ら れ た 結 果 の 概 要 は 下 記 の 通 り で あ る 。
1. 根 分 泌 性 と 細 胞 壁 局 在 性 のAPaseの 存 在
1) リ ン 欠 乏 条 件 で 生 育 し た ル ー ピ ン の 根 に 由 来 す るRNAよ り 、2種 類 のAP aseの cDNAク ロ ー ンLASAP1とLASAP2を 単 離 し た 。 そ の 構 造 と 発 現 の 特 性 カ ゝ ら 、 LASAP1が コ ー ド す るAPaseは 細 胞 壁 局 在 性 で あ る と 推 定 さ れ 、LASAP2が コ ー ド す るAPaseは 根 分 泌 性 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。 根 分 泌 性 と 細胞 壁 局 在 性 の2種 類 のAP aseが 異 な るAPaseであ る こと を 解 明し た のは 本 研 究が 初 め て で あ る 。
2)LASAP1は2,187 bpか ら な り 、638ア ミ ノ 酸 を コ ー ド す る ー つ の 長 し'ORFを 有 し た 。 精 製 分 泌 性APaseの 部 分 ア ミ ノ 酸 配 列 は 部 分 一 致 の 形 で 含 ま れた 。 LASAP1が コ ー ド す るAPaseは 細 胞 膜 か ら 細 胞 壁 に 露 出 し た 形 で 存 在 す る と 推 測 さ れ た 。LASAP1は 全 て の 器 官 に お い て 発 現 し た が 根 で や や 多 く 、 リ ン 欠 乏 条 件 に よ っ て 発 現 が 増 加 し た 。 以 上 よ り 、 こ のAPaseは 根 細 胞 の 表面 に 存 在 し て 土 壌 か ら 根 表 面 に 到 達 す る 有 機 態リ ン 酸 化合 物 を分 解 し てり ン 酸を 供 給 す る 機 能 を 持 っ と 推 定 さ れ た 。
秋 守
哲
利
野 間
藤
但 本
内
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
3)LASAP2は1.541 bpか ら な り 、462ア ミ ノ 酸 を コ ー ド す る ー つ の 長 いORFを 有 し た 。 精 製 分 泌 性APaseか ら 決 定 さ れ た 部 分 ア ミ ノ 酸 配 列 は 完 全 一 致 の 形 で 含 ま れ た 。LASAP2が コ ー ド す るAPaseは 細 胞 外 に 分 泌 さ れ る と 推 定 さ れ た 。LASAP2の 発 現 は1Jン 欠 乏 条 件 に お い て 根 で の み 高 ま っ た 。 以 上 よ り 、 こ のAPaseは 低 リ ン 条 件 下で 誘 導 さ れ 、 分 泌 さ れ た 後 根 圏 の 有 機 態 リ ン 酸 化 合 物 を 分 解 し て り ン 酸 を 供 給 す る 機 能 を 持 つ こ と を 明 ら か に し た 。
2.根 分泌 性APaseの 発現 誘導 機構
1)リ ン欠 乏条 件に よっ て根で 特異 的に 本酵 素のmRNAの蓄 積が 増加 し、夕ンパク質の 合 成 も 増 加 し た 。 ま た 、 こ れ ら は り ン 欠 乏 条 件 下 で 経 時 的 に 増 加 し た 。 2)本 酵素 の組織化学的局在性を調査した結果、本酵素は根の組織の全ての部位で合成 され た。
3)以 上よ り、 分泌 性APaseは りン 欠乏 によって根で特異的に遺伝子発現が誘導され、
そ れ に 伴 い 酵 素 夕 ン パ ク 質 の 合 成 量 が 増 加 す る こ と が 明 ら か と な っ た 。
3.根分泌性APaseの機能と分泌機構
1)有 機態 リン 酸化合物を多量に含む資材である都市汚泥にルーピン根分泌性A Paseを 添加したところ、リン酸溶出量が増加した。
2) リ ン 欠 乏 条 件 に お い て 本 酵 素 が 根 の 全 域か ら 分泌 され るこ とを 明ら かに した 。 3)‑P培地 に移 植し た渺 ーピ ンの 切断 根で は、 根内 リン 濃度が 高い にも かかわらず分 泌が 高ま った。子葉にりンが多量に含まれる幼植物を−P培地に移植後12時間以内 で分泌量が増加した。根によるAP aseの分泌が培地中の低いりン酸濃度によって高 まることを明らかにしたのは本研究が初めてである。また、培地中の低いりン酸濃 度を感知してA Paseを効率的に放出する分子的なシステムが存在すると理解された。
4)以 上よ り、 本酵素は培地の低リン濃度を感知して根の全域から効率よく分泌されて 根 圏 に 存 在 す る 有 機 態 リ ン 酸 化 合 物 を 分 解 す る 機 能 を も つ こ と が 示 され た 。
4. ル ー ピ ン 根 分泌 性APaseの 遺 伝 子 解 析
1) ル ー ピ ン 根 分泌 性APaseの 遺 伝 子 を 単 離 し、4,492bpの 塩 基 配 列 を 決 定 した 。 7エ キ ソ ン6イ ン ト ロ ン か ら な る 遺 伝 子 構 造 は シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ 由 来 の2つ の APaseの 遺 伝 子構 造 と 共 通 で あ っ た 。
2) ル ー ピ ン 根 分泌 性A Paseの 遺 伝 子 の5. 上流 非 翻 訳 領 域 に は 根 特 異 的 発 現の シ ス 因 子 で あ るRSEさle mentとrolDお よ び酵 母 に お い て り ン 欠 乏 で 誘 導 され る 遺 伝 子 に 共 通 の シ ス 因 子 に 相 当 す る 配 列 が含 ま れ た 。
こ れ ら の 知 見 は 、人 口の 増加 に対 応し た食 糧生 産を 可能 にす るた めに 、低リ ン耐 性 の弱 い作 物に 本酵 素の 遺伝 子を 導入し て低 リン耐性を付加するとともに、涸渇しつ つ ある りン 資源 を有 効に 循環 利用 するた めの 分子的基盤を提供するものであり、その
成果は学会においても高く評価されている。よって審査員一同は、和崎淳が博士(農 学)の学位を受けるに十分な資格を有するものと認めた。