がん細胞の糖代謝活性に対する酸素濃度の影響
著者
篠原 優太
号
52
学位授与機関
Tohoku University
学位授与番号
歯博第882号
URL
http://hdl.handle.net/10097/00130036
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論 文 内 容 要 旨
【目的】 がん組織は,急速な組織増大による酸素の消費拡大と血管新生遅延による供給逼迫により,低酸素 領域が存在する。一方,血管新生に伴う血流増加やがん細胞が血管を介し播種する際には,細胞周囲 の酸素分圧が再び急増することが想定される。そのため,単なる低酸素化だけではなく酸素濃度の低下・ 上昇というより広い視点で検討することが必要と考えた。そこで本研究では,酸素濃度変動が口腔扁 平上皮癌の代謝活性および代謝機構に及ぼす影響を調べた。 【方法】 本研究には,ヒト扁平上皮癌細胞由来株 (HSC-2およびHSC-3) ,正常ヒト角化上皮細胞株 (HaCaT) を使用した。大気下 (酸素濃度21%) および低酸素下 (1%) で培養した各細胞にglucoseを加えた際の糖 代謝活性を,pH statシステムを用いた代謝活性リアルタイムモニタリングシステムと低酸素環境実験 システムを組み合わせた新たな代謝測定システムを用いて,大気下および1%酸素下で測定した。その 際の各有機酸と活性酸素種(ROS)の産生量を,それぞれHPLCおよびROS活性アッセイキットを用い て測定した。 【結果】 全細胞種において,酸素濃度変化による増殖への影響はほぼなかった。一方,糖代謝活性に対しては, その影響が確認された。大気下で培養し,代謝環境の酸素濃度を変化させた実験では,正常細胞のみ 1%酸素下で0.54 ~ 0.63倍と有意な代謝活性低下が認められた。また,1%酸素下で培養した細胞を用い た同様の実験では,がん細胞のみ大気下で1.71 ~ 3.40倍と顕著な代謝活性増加が認められた。糖代謝 氏 名(本籍) : 篠しの 原はら 優ゆう 太た(宮城県) 学 位 の 種 類 : 博 士 ( 歯 学 ) 学 位 記 番 号 : 歯 博 第 8 8 2 号 学位授与年月日 : 令和 2 年 3 月 25 日 学位授与の要件 : 学位規則第4条第1項該当 研 究 科 ・ 専 攻 : 東北大学大学院歯学研究科(博士課程)歯科学専攻 学 位 論 文 題 目 : がん細胞の糖代謝活性に対する酸素濃度の影響 論 文 審 査 委 員 : (主査)教授 髙 橋 哲 教授 佐々木 啓 一 教授 髙 橋 信 博- 21 - に伴い産生された総酸産生量に占める乳酸の割合は,大気下培養した場合,がん細胞では23.5 ~ 36.6% と高く,正常細胞では11%以下と低かった。ともに代謝時酸素濃度の影響はほとんどなかった。一方, 1%酸素下培養細胞では,がん細胞において,大気下代謝時に乳酸以外の酸産生が2.13 ~ 6.92倍と大き く増加する特徴が見られた。一方,正常細胞では,代謝環境に関わらず乳酸産生の割合が高くなった。 ROS産生量は,総じて大気下代謝時により高く,特に低酸素下培養したHSC-3で2.92倍と有意な増加を 示した。 【考察】 がん細胞,正常細胞共に,酸素濃度に関わらずほぼ同様の増殖は可能だが,糖代謝の様相は大きく 異なった。がん細胞の糖代謝は急激な低酸素化の影響を受け難いと考えられた。また,低酸素下の培 養がん細胞で観察された酸素濃度上昇による糖代謝の活性化とそれに伴う乳酸以外の酸産生亢進は, TCAサイクルを経て電子伝達系に至る酸化的リン酸化の活性化によるエネルギー供給の急増を示唆 し,合わせて観察されたROS産生増加は,濃度によっては細胞傷害やシグナル伝達を介する表現型の 変化を起こす可能性が考えられた。本研究結果から,がん細胞の代謝研究には,複雑にその様相が変 化していくがん細胞周囲の微小環境の変化を考慮する必要性があることが示され,今後の研究に新た な視点を与えるものとなった。
審 査 結 果 要 旨
がん組織では,急速な組織増大に伴う酸素消費量の増加,異常な血管構造・拡散距離の増加・血流 の一時的な遮断などにより酸素供給量が逼迫し低酸素となる。係る条件の中で無限で急速な増殖を支 えるエネルギー産生に関わるがん細胞の代謝の解明は不十分である。特に血管新生に伴う血流の増加 や血流等に乗って播種する際,がん細胞周囲の酸素分圧が急増することが予想され,そのため低酸素 環境だけでなく,酸素濃度の変動を考慮した代謝の研究が必要である。 そこで本研究では,口腔扁平上皮癌細胞において,酸素濃度変化が増殖と代謝活性に及ぼす影響を, 代謝活性リアルタイムモニタリングシステムを用いて評価した。また,代謝に伴う酸の種類と量を測 定し,代謝調節機構を推定した。さらに,酸素濃度によりその産生量に変動が予想される活性酸素種 (ROS)も同時に測定した。実験にはヒト扁平上皮癌細胞由来株,HSC-2,HSC-3および正常ヒト上皮角 化細胞(HaCaT)の培養系を用い,大気下(酸素濃度21%)および低酸素下(1%)で培養した各々の細胞に, Glucoseを加えた際の糖代謝活性を,大気下および1%酸素下で測定した。また,各種有機酸と活性酸 素種(ROM)の産生量をそれぞれHPLC及びROS活性測定キットを用いて測定した。 その結果,①全細胞種において,酸素濃度変化による増殖への影響はみられず,②大気下培養で代 謝環境の酸素濃度を変化させた場合,正常細胞のみ低酸素下で有位な代謝活性低下がみられた。③低 酸素(1%酸素下)で培養した細胞を用いた同様の実験では,がん細胞のみ大気下で著明な代謝活性増 加が認められた。④糖代謝に伴い産生された総酸産生量中の乳酸の割合は,大気下培養の場合,がん 細胞では高く,正常細胞では低かった。一方,低酸素培養の場合には,がん細胞において大気下代謝 時に乳酸以外の割合が大きく増加する特徴がみられた。正常細胞では代謝環境にかかわらず乳酸産生 の割合が高くなった。⑤ROS産生量は,総じて大気下代謝時により高く,特に低酸素下培養したHSC-3 では大きく増加した。 以上の結果より,①がん細胞の糖代謝は急激な低酸素化の影響は受け難く,②低酸素下の培養がん- 22 - 細胞で観察された酸素濃度上昇による糖代謝の活性化とそれに伴う有機酸以外の酸産生亢進は,TCA サイクルを経て電子伝達系に至る酸化的リン酸化の活性化による二酸化炭素産生とエネルギー供給の 急増を示唆し,③ROS産生量は,濃度により細胞障害やシグナル伝達を介する表現型の変化を起こす 可能性を示した。本研究は,がん細胞の糖代謝活性に対する酸素濃度の影響を明確に示し,酸素濃度 の単なる違いだけでなく,濃度変動により極めて多彩な代謝反応の変化が起きうることを明らかし, がん細胞代謝研究に新たな視点を与える極めて重要な研究である。 よって,博士(歯学)の学位に十分値するものと考えられた。