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幼児の発達と音楽教育

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Academic year: 2021

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(1)学位論文.           目次 序論 ………………………………………………・・’■…………… 1. 第一章 音楽の意義 ……………………………………………11.  第一節 芸術としての音楽の意義 …………………………11. 幼S冠の発達.  第二節 幼児における音楽の意義 ……………・・…・………13. 第二章 幼児の生理機能の発達と音楽的能力の発達 ………17. と音楽教育.  第一節 受動期 ………………………………………………18  第二節 発動期 ………………………………………………25  第三節 模倣期 ………………………………………………30  第四節 活動期 ………………………………………………33 第三章 幼児の音楽的環境 ……………………………………37  第一節 素質か環境か ………………………………………37  第二節 現在における環境の問題点 ………………………42. 教科・領域教育専攻 芸術系コース(音楽).  第三節 望ましい幼児をとりまく音の環境 ………………48.     M−85299G.  第一節 発達に即した音楽教育とは ………………………60. 井二季. 累計. 第四章 幼児に即した音楽教育 ………・・一…………一・・…59.  第二節 音楽性の発達 ………………………………………65  第三節 音楽的発達における受容と表現 …………………68  第四節’幼児の音楽指導にあたっての留意点 ……………81 妻事論 . ・“■…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…. @87.

(2) のだろうか。その原因は、小学校における音楽の授業の内容や方法 指導者の技柄、その他、「 ケ楽環境などいろいろと考えられる。がし. かし、小学校の教師からもわれわれと同じ様な苦情を多く聞くこと. 幼児の発達と音楽教育. がある。では、音楽における個人の能力差の生じる原因は何にある のだろうか。. 序論. *音楽的環境について.  テーマの選択の意図は、教職20数年間、小中公立学校で音楽教.  出産から就学前までの期間が音楽教育の最も重要な時期である。. 育に携わり、その在職中、いつも自分の内面で葛藤し続けてきたこ. 未分化なこの時期にこそ、家庭や幼・保育園で効果的な音楽環境や、. とがあった。それは、現在の音楽教育のあり方と、それに対する疑. 音楽教育がなされなければならないと考える。そこで、幼児期の音. 問である。 主として中学校の音楽科の担当として、20年を経て. 楽的環境や発達に即した教育のあり方について、基本的な考えを述. きた。その間、毎年、新1年生を迎えて授業を始める。そして、毎. べてみる。これまでの考え方からいえば、一般的に音楽教育は学校. 年同じように感じることは、音楽に対する能力や関心の個人差の大. での教育過程の中に組み入れられており、一方、家庭ではほとんど. きいζとである。保育園、幼稚園、小学校とほぼ同じ様な条件下で. が無関心の傾向にあった、しかし、ごく少数ではあるが音楽に深い. 育ってきている生徒達が、これほどまでの個人差があるのは信じら. 興味を持ち音楽を愛好している家庭においては、家庭での音楽教育. れないと、いつも感じながら、授業の困難さを痛感していたのであ. という問題を考えている。この様な社会環境の中で、まったく、無. る。. 意図的な聾放しの状況下で、与えられるままに選択力のない幼児た.  では、個人差の原因は一体どこにあるのだろうか。何に起因する. ちは、雑多な影響を受けて育っているのである。それも、学校の音. dl一. 一2一.

(3) 楽の内容とは異質の音楽の中に育った子供達は、小・中学校で意図. 友達、教師達が、音楽的素要を持っているかどうかということは、. 的な音楽に接して戸迷うのも無理はないと思う。. 幼児達の音楽的能力や音楽的センスの成長に甚大な影響を及ぼすこ.  学校の中で教師がよい音楽を与えようと思えば思うほど、児童生. とになるのである。おそらく幼児期に、音楽的要素の皆無の状況下. 徒は拒絶反応を起こし、音楽嫌いが益々増加するのが現状である。. で生存した子供は、たとえその子供に先天的な音楽的能力があった.  音楽の直接性という特性は、言葉の通じ合わない異民族間でも音. としても、その子供の成長後に音楽の花を咲かせることはできない. 楽をやれば簡単に共感しあえる。この特性が幼児にも強烈に影響す. であろう。更にいえば、選択力も、批判力のない幼児にとっては、. るものと思う。それほど強力な影響を与えるものであるにもかかわ. 環境が絶対的なものである。ということは、幼児にとって音楽的環. らず、大人は、案外その作用に対して無関心であり過ぎる。ここに. 境が大切であり、特に家族が非常に大切なものとなってくるという. 音楽教育のいろいろな問題の要因があると思うのである。. ことである。.  ある有名な言葉に、 「音楽を覚えるのは、言葉を覚えるのと同じ.  子供達に、どうしたらよい音楽的センスを養い、正しい音楽的趣. で、子供のときに学ぶものは上達するが、成年になってからは、そ. 味を持たせることが出来るかという問題については、家庭の構成員. れを学ぶことが殆ど不可能である。」というのがある。即ち、音楽. の音楽に関する理解や趣味の問題を考えずして解決できないように. を覚え、音楽的な能力が発達していくのは、幼児が言葉を覚え、言. 思われる。. 葉を活せるようになる能力の発達していくプロセスと全く同じであ.  西洋でみられる音楽的環境は、幼児がもの心づく以前より教会音. るといわれている。幼児は周囲のものから言葉を覚え、初めはそれ. 楽を耳にしながら成長する生活が、千数百年も続いてきており、自. を片言で話しているが、何回となく反復練習をしている間に、次第. 然な形で、かなり高度な音楽を聞き、歌い、演奏してきている。音. に正しい言葉が話し合えるようになる。. 楽がまさに生活の一部になりきってしまっているのである。私はか.  それと全く同じで音楽も反復練習によって同時期に音楽に合わせ. ってドイツ、フランス、アメリカへの教育視察団の一員として参加. る動作をしたり、歌ったり出来るようになってくるのである。従っ. したこともある。ドイツやフランスのどんな小さな町でも、古い立. て、幼児といっても接触するもの、即ち、両親を始め、兄弟姉妹や. 派な教会があり、日曜日には礼拝が行われ、賛美歌が聖歌隊によっ. 一3一. 一4一.

(4) て歌われ、壮麗なパイプオルガンが鳴り響く。幼児の頃よりこのよ. い音楽的環境があるということではなく、かなりの差はあるようだ. うに音楽を体で感じ、肌で受けとめながら成長する。西ドイツのフ. が、社会的な音楽環境は日本とは比較にならない。そういう意味で. ォルクスブルグを尋ねたとき、シンフォニーホールやオペラハウス. 日本の家庭、特に家族の音楽に対する理解や実践については、いま. などが、僅か3∼4万の人口の町でも本格的な立派なものがあり、. さらながらどうにも出来ない状態である。しかしながら子供に対す. 身近に見聞きするこ:とができる。聞くところによると、その町の学. る影響の大きさを確認し、少なくとも、芸術性豊かな音楽をも愛し. 生達は、月1回は必ずといってよいほど、オペラかシンフォニーを. ようとする態度が必要である。よい音楽的環境を整備するに当たっ. 聞く機会があるということである。. ては、欧米社会にみられるような社会的環境を真剣に見直す必要が.  アメリカにおいても、ニュ ・一ヨーク市より50km離れた甲州のパ. あろう。. ターソン市へ教育事情視察で行ったときのことであるが、ハイスク.  現在の日本では、海外からいろいろなジャンルのミュージシャン. ールのPTAの歓迎レセプションで彼らたちの素晴らしいコーラス. が来ても、いつも盛況であるという話はよく耳にするが、いみじく. を聞くことが出来た。黒人霊歌3∼4曲をパイプオルガンの伴奏で. もそのことを物語っている。この現象は一見、好ましいように見え. 聞いたが、まさにプra級の好演奏あった。海外演奏をおこなっても. るがある意味において、音楽的に没個性的な日本人の作る社会現象. 十分その芸術性を認められるものであった。それにもまして、歌っ. の一つであると思われ、この現象は必ずしも好ましいことではない. ている様子が、実に素晴らしく、生活と音楽が完全に解け合った状. と思、う。. 態を目の当たりに見せつけられた感じであった。欧米のこの様な音.  商業ペースに毒され、次々と、目薪しい音楽に飛びつき、飽きる. 楽的環境は忽然として生まれたものでなく、長い歴史の中で、高い. とすぐにあっさり捨ててしまう。そうするとまた新しい音楽を流行. 音楽を求め努力し生まれてきたものであり、今の日本がその形だけ. させる。確にいろいろな音楽に触れるという意味ではよいことかも. を真似てもそこに動く心情をそのまま受容できるものでないことは. 知れないが、ただ新しいければ良いという安易な考えで、本当に芸. いうまでもない。. 術性豊かな音楽の良さを理解し得ないと思う。この様な状態の中で.  しかし、個々の家庭においては、日本と同様、どの家にも望まし. 幼児は大きな影響を受けながらその期間を過ごし、学校に入学して. 一5一. 一6一.

(5) くるのである。学校では、今まであまり耳にな移まない、いわゆる. が出来るか、まったく、J’・J・ルソーの心境と同じであるが、ど. 学校音楽をそれも無理に押し付けられている。子供にとっては大変. の様にして純な望ましい環境を与えていくかを本論で究明して行き. な迷惑である。. たい。.  そこで、社会全体の音楽環境を考え、もっと意図的なものとする 必要があると思う。最近では、田舎へ行っても、立派な各種の会館 が出来、本格的な演奏や自分たちの演奏を多くの観衆と共にするこ. *幼児の発達に即した音楽教育. とが出来るようになり、音楽文化面にも徐々に変化がおきっっある。.  しかし、一方、幼児期に一番影響の大きいと思われるテレビ、ラ.  山本多喜司1は、 「人間の子供は、生理的早産といわれるように未. ジオについては、全く手つかずの状態である。. 完成な状態で生まれてくる。そのまま放っておけば、とても生存を.  ドイツでは、3チャンネルしかなく、すべて国営テレビで放映さ. 続けることはできない。暖かい静かな環境と豊かな栄養行き届いた. れている。それも、大人向き、幼児向きと教養番組とはっきりと教. 保育があって、初めて健康な子供に成長発達するのである」と「乳. 養をつけるための意図的な番組である。ドイツでは、テレビの影響. 幼児の発達心理」という著書の冒頭で述べている。確かにきびしい. 力の大きさということが国民のすべてがよく理解していることを窺. 大自然の中に動物たちは、生まれ落ちるや否やきびしい自然の中で. うことが出来る。. 生きるために、すぐにもたち歩き、自分自身で身を守れるまでにあ.  日本のテレビの現状はそれに比べ、まさに狂気的現象としかいい. る程度成長して生まれてくるのである。その点人聞だけは、生まれ. ようがない。一部のテレビ番組ではまったく教育的配慮など皆無に. ても、幼児の時代に環境や栄養や保育が十分なされないと、将来、. 等しい。視聴率を高めるためには手段を選ばないという危険な内容. 自立し自分で考え、判断し、自分で自分の人生を切り開いて行ける. の放映を平気で行っている。その犠牲になっているのは子供たちに. ような人間には成長しないのである。. 他ならない。.  自律的な人間に成長するための基礎として、幼児期における保育.  判断力のない幼児をいかに大人社会の無分別な環境から救うこと. のあり方や、それぞれの発達段階で子供に何を達成させ、獲得させ. 一7一. 一8一.

(6) るかを考え、子供をどのような存在として考えるかについて研究を.  現在、明治以後の風潮であった教育といえば総て「学校」で行う. 進め、そして人間形成に果たす音楽の役割について論究して行きた. べきだという風潮がある.が大変な誤りである。子供はくらしのすべ. い。. てにあって、絶えず社会的な影響を受けているのである。故に、社.  「子供には無限の可能性がある」といわれる。確かに、ある意味. 会全体の影響において、子供が育って行くのだという認識を再確認. では子供の可能性は無限である。もって生まれた素質を出来るだけ. する必要があろうと思う。. 完全に延ばすための環境条件を設定することが子供を取り巻く大人.  そのような理由から、特に音楽教育においていえば、社会の与え. たちの役割なのである。素質がどれほど優れていても不備な環境や. る影響が甚大でり、特に家庭での音楽的環境や成長発達に適した音. 乏しい経験しか与えられなかったならば、本来持っていた素質も十. 楽教育のあり方について研究を深めたい。. 分発揮されないであろう。逆に素質が多少劣っていても、それが適 切な環境のもとで、発達段階に適した方法で、しかも、適した内容 の物を与えることによって、それなりの発達が期待できよう。.  勿論、音楽教育のみならず、幼児期の教育は、総合的に成長発達. (引用文献). するものであり、大人に与えるような音楽教育を意味するものでは. (1)、山本多喜司監修. ない6いうまでもなく、何より大切なことは、健康なからだを作る.    「幼児の発達心理J. 「保育シリーズ 1巻」. 北大路書房 1985 10p. ことなくして、他の教育は与えても意味がないということである。.  また、一方、教育のあり方として、子安美知子2は「ミュンヘンの. (2)、子安美和子著 「ミュンヘンの中学校」. 中学生」の中で、教育は決して「学校」の中でだけで得られるべき.    「シュタイナー学校の教室から」 朝日新聞社 1984 35§p. ものではない。教育とは「学校」をこえた世界の中の、人間の全存 在にかかわるものとして考えねばならないのではないかといってい る。. 一9一. 一10一.

(7)  第4に、音楽は生まれたその日から感化する力を持っている。」  と音楽の特性をあげている。. 第一章 音楽の意義と幼児音楽教育. 音楽は、人生の様々な瞬間、例えば、喜怒哀楽の時のみならず、日 常生活のその時、その時に強力な影響を与えている。  また、ショスタコビッチ2は、 「悲しみの申に、喜びの中に、ある. 第一節 芸術としての音楽の意義. いは労働の中に、休息の中に、音楽は常に馬廻と共に存在する。あ まりに完全に、しかも本質的に人間の生活に入り込んでいるために、.  音楽の意義については、いろいろな国の多くの人々によって、多. 音楽は何か当然のもののような、ためらうことなく気づかずに吸っ. 様な定義づけがなされている。そこで2、3人の例をあげてみると. ている空気のようなものに感じられる。」といい、また、 「人間が. ソビエトのN・A・ヴェトルーギナ1は次のように述べている。. 互いに理解し合うことを助けるこの美しい独特な言語が失われたら 世界はどれほど不幸になるだろう」と音楽の意義について、適切な. 「人間の精神世界に及ぼす音楽の強力な作用について. 表現をしている。. 第1に、音楽の驚くべき可能性によって、人生の様々な瞬間にお.  音楽は空気のようなものである。日本人の音楽に対する認識は、.     ける人間の心的体験が表現される。. 歴史的、社会的事実が物語るように非常に軽んじられる傾向にある. 第2に、人間を共通の心的体験に結び付け、人間同志の交流の手. のは事実で、実に残念な風潮である。しかるに、日本人の従来の音.     段となる。. 楽観には、確かに欠如した部分がり、それの大きな影響を受けてい. 第3に、音楽は美しい独特の言語である。つまり、表現豊かで生. るにもかかわらず、それが十分に認識されていない。そういった音.     き生きとしたメロディ、和音、独特のリズムを組合せな. 楽の文化的環境が子供の教育に大きなマイナス要因となっているこ.     がら周囲の世界に対する自分の態度や感覚を表現してい. とは確かでみり、諸外国の音楽の教育的環境と比較して大きく立ち.     る。. 後れている。. 一11一. 一12一.

(8) ている。. 後れている。.  また、道徳性形成については、 「音楽は子供の感情に直接働きか. け、子供の道徳的資質を形成します。音楽は時として説得や指示よ りも強い力で子供を感化します。」と道徳性の育成に役立っといっ. 第2節 幼児期における音楽の意義. ている。.  知的能力を活発にするための音楽については、 「音楽の知覚は知.  幼児期における音楽の意義について、幾人かの先人の音楽教育者. 的活動にも深くかかわっています。つまり、音楽を知覚するために. たちの考えをあげてみることにする。. は注意力、観察力、判断力などが要求されるのです。」と知的能力. 、N・A・ヴェトルーギナ3は三つにまとめて、. の育成の効果についても述べている。  また、J・J・ルソ・一 4は、 「音楽は、純粋の楽しみ事であって、. ・美の保育のための音楽. 何かの目的のために学ぶものでない。もし、目的というものがある. ・道徳性形成のための音楽. とすれば、それは生の感情を生み出すためであり、音楽を通して友. ・知的能力を活発にするための音楽. 人との感情の交流をするためである。また、音楽は、それに対する 自然な感情が芽生えてきたとき、常に親密な人間関係の申で学ばれ.  美の保育のための音楽については、 「美の保育が目的としている. るべきものである。」と述べ、音楽文化の意義を人格の形成と認め. のは、就学前の子供に潜在する美しいものを感得する能力、良いこ. ながらも、それよりも人間の心の交わり方に重心をかけている。. と良くないことを判断する能力、創造的、自主的に活動する能力を、.  また、E・J・ダルクローズ5は、 「芸術表現の基礎は人間の思想. 様々な芸術活動に参加していくなかで、発達させることにあります。. 及び感情であり、その表現手段としては、●人間のからだが、人間自. そして、音楽は美の保育の生き生きとした手段の一つなのです。」. 身を表現する最大の表現の手段である。」との理念を述べている。. と述べ、音楽が美の保育の重要な役割を果たすことについて力説し. そしてリトミックという教育方法を考えだし、精神と身体との調和. 一13一. 一14一.

(9) をはかり、自発性と反射性、さらには、精神の集中力と記憶力を訓. (引用文献). 練して創造性を培うことを目指している。.  また、モンテッソリー・M6は、音楽を通して感覚教育を行い、子. (1、2、3)ヴェトルーギナ,N・A著 高塚昌彦訳. 供の自発性と精神集中の育成に、音楽を重視した。.       「幼児音楽教育の方法」 新読書社’1984 10p.  また、C・オルフ7は、ダルクローズに影響を受けた一人で、子供 自身の音楽的創作や踊りにより強く焦点をあて、創造性を重視して. (4)長谷川博史著  「音楽教育の歴史」. いる。人間の即興的な創造性を強調しながら、創造的表現力を養お.  の理念」 音楽之友社 1983 168p. 「世界の音楽教育とそ. うとした。.  そして、コダ…一一イ・Z8は、音楽が古代ギリシャでもそうであった. (5)高萩保治著  「特色のある音楽教育」. ように、教育の中心的役割を果たさねばならないといい、音楽を作.   「各種メソードの概観」 同朋舎 1987 6p. る努力から得た喜びは、気高い性格を持ち、規律正しい人間を作る ともいっている。そして、 「音楽はすべての人のものである」とい. (6)志村洋子著  「音楽教育の歴史」. い、ハンガリーの民謡を、ハンガリーの子供の母国語にしなければ.   「世界の音楽教育と理念」 音楽之切組 1983 177p. ならないとして、音楽教育に多大の影響を与えた。.  以上、音楽教育者達がその教育理念について述べていることをま. (7)高萩保治著  「特色のある音楽教育」. とめると、何れも、方法や手段は異なるが・音楽教育を通して・美.   「各種メソードの概観」 同朋舎 1987 173p. 的感覚の育成、道徳性の育成、知的能力の育成を目的としており、. 音楽は全人教育に、欠くことの出来ない重要な教育の営みであるこ. (8)谷本一之著  「音楽教育の歴史」. とを力説しているのである。.   「世界の音楽教育とその理念」 音楽難事社 1983 7p.                     e. 一15一. 一16一.

(10) 第2章 乳幼児の生理機能の発達. 2、発動期. (5s. 6カ月∼1、2才). 3、模倣期. (1.. 2才∼3、4才). 4、活動期. (3.. 4才∼5、6才).         と音楽的能力の発達  の4期に分けることにした。いろいろな区分の仕方が考えられる が、上に示された区別では、それぞれの特徴が、端的に表されてい  指導者が乳幼児に音楽を指導する上で、最も重要なことは、対象. るし、音楽機能面の特徴からいっても、極めて適切ではないか、と. が現在おかれている心理的、生理的特性を、熟知することである。. 考えたからである。. 乳幼児の成長発達の殺階を理解し、それに応じて適時、適切な指導.  また、本論文では、生理的機能面と音楽的能力面の発達を、各発. をしなくてはならないのは、当然のことであり、さ.らに、乳幼児ひ. 達段階ごとに並列に記することによって、この両者、 (生理機能面. とりひとり、異なった個性を持った存在である重要な意味も忘れて. と音楽能力面)の舜達が、いかに関係深いものであるかが分かりや. はならないことである。. すいのでそうすることにした。.  そこで本論文では、年齢ごとの発達の状態をことさらに詳述せず、. 成長発達を段階別にして、まとめることにした。なぜならば、年齢 ごとの発達にしたがって記すと、その年齢の平均値が示されるよう. 第一節 受動期 (胎児∼噛語期). になるρこのことは個人差が激しく、発達に幅のある乳幼児に画一 的、最大公約数的な、いいかえれば、正しくない判断を下すきらい.  胎内から始まって、新生児となって哺語を発するまでは、まった. があるからである。そこで本論文では、乳幼児の成長発達段階を. く、受動的で自らの活動が少ない。.  人間の聴覚器官が、基本的機能として完成するのは、妊娠後20 1、受動期 (胎児∼ 哺語期). 一17一. 週間頃とされている。妊娠後期になると、胎児の聴能力は、相当進. 一18一.

(11) 図1〈脳の発達〉. んで、胎児は母親の胎内で、外界の強い音には、反応することがあ るという。また、胎児の脳の組織にも活発に反応して、妊娠後期に. は、母親の心臓のリズムも、何か意味のある音として、脳の中に刷 り込まわていき、つまり、ある種の刺激の記憶として、脳に刻まれ. 冷灘. ているのではないかといわれている。. ㊥一︿ガ. 擬藝’一. 灘. 機会に恵まれた。その中で、泣いている生後3日目の乳児に、母親. 脳の発達.  NHKのテレビ番組で、 「赤ちゃんの能力」というビデオを見る. の心臓音を聞かせると、直ちに泣きやむシーンがあった。正しく、. 聞く能力が既にあるばかりでなく、記憶された音に反応しているの. N. 蹄・. 出生直後3か月目6か月目 2年目. には、驚かされた。      }.  人間の脳組織の神経細胞は、140億用意されている。この神経. 2  4  6  8.               10    12    14    16    18    20多黄 ・ 年齢’. 細胞は、乳児が何かを見つけたり、聞いたりしたとき、初めて、稼 働し、脳神経細胞を突起させ、伸ばし、相互に連結して、一種の配 線作用がなされていくのである。<図1> 乳児は母親に寄生し、.  そこで、この時期に望ましい刺激を、意図的に上手に与えること. まったく他人まかせのようであるが脳神経細胞は、盛んに外界のあ. が、好ましい条件を旨く成長させる時期でもある。しかし、残念な. らゆる刺激に反応し、良いことであろうが、悪いことであろうが、. がら、このことが十分母親及び保育者に、理解されているとは思え. 判断なく受け入れて、配線を複雑にしているのである。考えてみれ. ない。. ば、無意識下に、しかも無差劉に、進行していくこの生理現象は、.  産声は、人間の最初の発声活動である。乳児は早くから、音の発. 恐ろしいことであるように思う。. 声する方向’を認知し、身近な家族の声、特に、母の声を他人の声と. 区別できるようになる。生後半年も経過すれば、音楽に対しても、. 一19一. 一2g一一.

(12) 6 4065161592579146802581496419754訟鷺計器盤盤簸藪箋豊麗姐量癒器肚置駄. 1 6649370257912457902470376432100aま昏昏&&&&豊豊島盆n皿藁葺量慧凪猛. 7 9535269148022109752987、7・15049121姐量侃讐箆塁廷路盤葦葺船量楽楽鐙器鳳                             1  1  1←. 8 42972726936913579258146198642962&−。a3445。5。翫aaa7。乳乳乳ス&&8。a軌aO.αLaa4453 34444444444444444444. 一22一 一21一. 2 0194825702357913469135632108642a臥&a乳乳&&&駄軌軌駄aaqO.qO、αLLLLaa4臥5a7。&               1 1 1 1 1 1 1 111 1 1 1 1 1 1 1. けやあやし、それに加えて子守歌、ゆっくりとした振動、これらす べてが、情緒の発達をよりよい方向に進行させ、成長後は、分化し て豊かな情操に育って行くのである。故に、この時期の音の刺激、. 広義の意味での音楽は、人間の生きて行くということとは別にして は考えられないのである。.  からだの発達だけを考えても、この時期は一生の内でも加速度的. な著しい成長をするときで、誕生の時と3カ月後、を比較しても良. く、分かる.身長では、約5・6mが6・・me・、3ケ月で・…も伸び・. 体重にいたっては、3000gが約2倍の6000gにもなるとい. う大変な成長を見る時期である。<図2> それだけに、人間の成. 育にカ〉.かわるすべてのものが、与え方によっては、後々に、大きく. 影響する時期であると考えられる。. `捌%,)重敬,m)囲農。評駕、,)引胸,m)囲. 年齢. 2 1101725,791245653186421918482316阻碍器品鑑猛微鳳微認毅舩澄艶明番既器                            1  1←  ーム  一. 要な意味を持つ。母親の柔らかいふところの感触、心地よい呼びか. 時 23456789101112123456789101112612612612612讐甕襲ま釜甕箋卵重重襲象            年             年  年  年  年            −ゐ                            9召   り0    4    圃b. ていく音楽性の基になるのである。特に、母子間の愛情関係は、重.        男子平均値     女子平均値 リズムのあるもの、.聴覚に関するすべての刺激が、乳児の内に入っ. 図2〈身長・体重・胸囲の発育〉(厚生省1971) ある種の喜びの感情を持った反応を示すようになる。.  すべてを無条件で受け入れるこの時期においては、音の出るもの、.

(13)  声の変化においては、産声については、性差、人種差はまったく. ている。このひとりごとが増えるにしたがって、声も豊になり、高. ない。400Hz∼500Hzで、一般に a の音であるといわ. 低、強弱、長短、リズムなどの聴音のメカニズムが成長していくと. れている。泣き声が干渉で、高さもほぼ一定している。それは自然. いわれている。. の呼吸にともなって、出されるので、リズムも規則的である。.  聴感覚機能においては、生まれた直後から、機能が始まるが、中.  1∼2ケ月では、哺語の発生期といわれ、200Hz∼300H. 枢では、生後2∼3ケ月で脳幹の随飛駅が完成し、6ケ月後には、. zで快い感じの時は、柔らかい声で、 「あ一、う一」と声をだし、. 第一次聴皮質まで随一化がおこなわれる。したがって、漠然とした. 不快なときは、固い声でけたたましく泣く。<図3>. 音としてではなく、音を判別して認知し、言語として理解するには、.    図3〈年齢と声域の変化(Gutzmann)〉. 生後6ケ月以上の経過が必要である。.  脳の発育と共に聴覚的記憶能力も、このころから、機能を開始す 一 一. る。すなわち、脳の後方にある部分で、視、聴、触、その他の感覚. 圏  一 一 一. 一一竺. ○……男. で得られた情報処理として、記憶中枢に記銘するようになる。この. 一 “. 記憶中枢の発達段階は、次の順序で行われる。 ●……女 ●. 、、. o. B 3  1。奮    歳  期歳   歳    歳. 蕾人.   、㌃5.      、、、. (イ). 音が強ければ、すべての音に反応する。. (ロ). 特定の音に反応する。. (ハ). 反応する種類が増える。. (二). 音を理解する、まねる。. (ホ). 反復したり、指示に従って行う。.  6ケ月になり、哺語群にはいると、本能的に、無意識に発声し、. このころには、音程も1オクターブ半も出る乳幼児があるといわれ. 一23一. 以上、聴覚機能も、この時期に非常に発達する。. 一24一.

(14) 管弦楽組曲を聞かせていた。この組曲は、第1番で、初めの部分は、 ゆったりしたテンポの「シャコンヌ」で、中間部は民謡風なメロデ ィーの間奏曲で、その後は、華やかな「マーチ」の三つの部分から. 第2節、 発動期 (5、6ケ月∼1、2才). なっている。この曲を長男に聞かせたときの反応は極めて興味深い ものであった。ベビーベットにっかまり、立ったままで聞いていた.  今まで他人依存であった乳児は、次第に自分の意志を表し、能動. のだが、最初の「シャコンヌ」は、自分の体をリズムに合わせて、. 的になってくる。自分の意志を泣くことによって表していた時期が. 静かに左右に振りながら、その部分が終るまで聞いていた。中間部. 過ぎ、自分で意図的に声を出し、周囲に働きかける。全身の動きも. の民謡風に変わってからは、まったく動こうともせず静かに聞いて. 活発になり、 「お座り」や「はいはい」等、腕を交互に出し、足も. いた。第3曲目の「マーチ」になったところで、突如、身体を上下. それに合わせることが出来るようになる。今まで何気なく動かして. に激しく曲に合わせて動かし続け、曲の終わりまで同じ調子で繰り. いた手足も、、目的を持って動かすことが出来るようになると、何. 返した・ことを、今もはっきり記憶している。10ケ月にして、テン. でも掴んだり、投げたり、引っ張ったりする。1年前後で歩けるよ. ポやリズムの変化に、自分の身体を反応させるということが、よく. うになると、行動範囲はどんどん広がり、興昧のあるものが周囲に. 分かった。このことについては、いろいろな文献にも、この事例に. 溢れ、’遊びが活発になる。. よく似たことが書いてあり、改めて再認識した次第である。.  音に関しても、今までは、聞こえてくるものを聞いていたが、自.  この頃}こなると、ラジオやテレビから流れてくる音楽に合わせて、. 分から閥こうとする行動がみられ、自分で音を出し、聞こうとする. しきりに身体を動かす行動がみられるようになる。これは乳児の持. 行動に移行する。. っている本能的なリズム感を、外界の音楽が誘因となって、その結.  私の長男の10ケ月頃のことである。まだったい歩きがようやく. 果、この様な行動を起こすのである。そこでこの時期に、いろいろ. 出来るようになった時期であった。よくレコードを聞かせていたが、. な音楽を、’より多く聞かせ、快い状態で多くの種類の音楽(リズム). レコードから出る音に大変反応を示していた。ある日、ホルストの. を、体験させることが、非常に大切であると思う。. 一25一. 一26一.

(15)  また、音楽を聞くばかりではなく、音を自分が出して喜ぶ時期で.  2才ぐらいになると、いくつかの歌を覚え曲全体の一部のメロデ. もある。新聞紙や、広告紙を与えると、くしゃくしゃにしたり、破. ィーが歌えるようになるが、音域は狭く、音程も不安定で、いわゆ. ったりして喜ぶ。つまり、自分が音を出すことに、とても興味をも. る、調子はずれの歌である。H.ウェルナーによると、2才ぐらい. つ時期である。吹いて音を出すこともでき、自分で出した音を聞き、. の幼児のメロディーは、音程のはっきり定まらない、ポルタメント. 聞こえてくる他の音と比較する行動が、盛んになる時期である。. をかけたような動きである、と言っている。.  また、この時期は、言葉や擬音を活発に、習得する時期でもある。.  永田栄一1は、音楽表現の発達段階を、下の5段階に分類している。. 喉の音を発する機能も発達し、言葉の数も急激に増加してくる。運 動機能も発達し、その動きにリズミカルな掛け声が、多くなる時期 である。昔からよくいわれる、 「あばあば」、 「ちょっちょっちょ」. ① 三三表現. 、「おつむてんてん」 等の手遊びを、大人と一緒にすることが多 くなり、これらの繰り返しにより、幼児の身体の筋肉や神経が、成. a、初期の噛語. (1∼3ケ月). 長すると同じに、幼児のリズム感の成長に大きく影響する。.  言葉の発達は、歌うことへ発展すると、一般に言われていること. b、vocal play  (5∼11ケ月). である。つまり、言葉の抑揚の変化したものが、歌になるというこ とである。また、生活の中の音に、興味をもって恥くのと同時に、. ② 言葉表現. 模倣が行われる。自動車の音、パトカーのサイレンの音など、明瞭 な発音でないが、それらしい音を発生する。このころの音や言葉の. a、リズム模倣表現 (7ケ月∼1才2ケ月). 模倣は、単なる音の模倣でなくて、その音や言葉の意味を理解して、. 模倣すると言う、いわば、言葉の学習をしていると解釈すべきであ. b、言葉学習表現. (1才∼1才11ケ月). ると考えられる。. 一27一. 一28一.

(16) ③ 遊び表現. a、遊びへの反応. b、即興歌. (1才11ケ月∼3才1ケ月). (3ケ月∼1才3ケ月)  この分類は、非常によくまとめられて、発達殺陣に即した適切な. b、遊びの模倣表現 (9ケ月∼1才5ケ月). 分類方法であると思われる。. c、遊びの主体表現 (1才9ケ月∼3才1ケ月). ④ 歌表現. a、歌の部分模倣. 第3節 模倣期  ( 1、2才∼3、4才 ). (1才4ケ月∼2才2.ケ月).  受動期、発動期にその能力を十分享受した乳幼児は、次第に自我 に目覚めてくる。何でも模倣しょうとし、自己中心になるので、第. b、歌の変化表現. (1才10ケ月∼2才6ケ月). 1次反抗期とも言われている。自我に目覚めても、まだ幼児の心の 中には、蓄積されたものが少ないので、幼児は盛んに模倣の行動を. 。、歌全体表現. (2才∼2才7ケ月). 続け、蓄積のための学習を行うのである。主に、身近な人の行動、. 言葉、幼児の生活空間から、何でも興味を持ったものを、模倣し学 ⑤ 即興表現. 習する。まだ、自分の好き嫌いは、はっきりしておらず、ものに対 する感じ方や考え方には、周囲の人と同調する同一化現象を起こす。. a、断片的即興. (1才11ケ月∼3才1ケ月〉.  身体的たは、歩いたり、走ったり、階段の登り降り、両足を揃え て飛ぶことなどが出来るようになる。. 一29一. 一3e一.

(17) て飛ぶことなどが出来るようになる。.  また、この時期は、幼児の生活の範囲も広がり、模倣したいもの.  言葉を覚え、使用する量も急増する。テレビやラジオなどから聞. が溢れているので、目が離せない状態となる。その中で幼児は、音. いた歌を、真似て歌うようになるが、正しい言葉では、まだ歌えな. 楽性のみならず、様々なことを経験し、学習を深めるので、幼児の. い。初めは、部分的な言葉を歌うことで、全部正しく歌ったっもり. 伸びようとする力を、出来るだけ引き出すことが、望ましい時期と. になっているが、次第にはっきり正しく、歌うことが出来るように. なる。勿論、既成の歌やあらゆる種類の音楽を聞かせることも大切. なる。しかし、メロディーははっきり覚えていても、歌詞は耳から. である。このことは後に、幼児が自分の意志で、音楽や音に接した. 入ったものそのままで、意味の理解が伴わないので、大人が聞くと. 時、快いか、不快か、楽しいか、楽しくないかを判別する重要な基. でたらめと思われる場合もしばしばある。. 盤となるからである。この時期になると、 「なぜ」という言葉を頻.  また、思考と行為を関連づけ、例えば、ひとりごとのメロディー. 発し、親に理由づけをせまる。疑問や反対意見に十分納得のし得る. 化という現象が出てくる。これは作業リズムと、言語リズムの合致. 説明が、必要な時期である。このころの理由づけは、知性化の始ま. 現象であり、リズム感と他の感覚との結び付け、関連づけ、という. りであり、子供の心性(行動の理論化、感覚運動的知性)を特徴づ. 意味で、音楽感覚養成には、欠かせない要素であると言われている。. けるものである。.  また、自分で音を出すことを喜び、何回も同じ行為を繰り返し、.  3才頃になると、一応会話、行動も一通り出来るようになるが、. 音の相違を発見していくのである。例えば、食事のとき、食器を箸. 他人に対する理解とか、社会という大きなものの把握は、不十分で. やスプーンで叩いてみるのも、この類である。. 感覚のおくにある、 「抽象』という概念は、まだ分からず、 「想像」.  この時期は、模倣することによって、幼児はいろいろな能力を蓄. とか、 「空想」としての捉え方しか出来ない。 「三つ児の魂、百ま. えるのであるから、周囲の人は、このことを十分に理解する必要が. でも」と昔から言い継がれてきているように、一応脳の発育も殆ど. ある。美しいものを見て美しいと感じたり、美しい音を聞いて美し. この時期には完成してしまうので、受動期から模倣期までの教育の. いと感じたり出来るようになるためには、幼児と生活を共にする、. やり方次第で、その後の発達に大きく影響するのは、言うまでもな. 大人の共感が、非常に重要な役割を果たすことになるのである。. いことであるが、現行ではどう見ても、軽視されているように見受. 一31一. 一32一.

(18) けられるのは、私だけだろうか。. 友達と一緒に行動することができ、しかも、そのことが楽しいと感 じてくるようになってくる。生活の自立もでき、少しづっではある が、過去のことを思い浮かべたり、未来のことを考えて想像するな ど、物事を抽象化、観念化することが少しながらできるようになっ てくる。しかし、対象を客観化するようなことはまだまだ不完全で ある。 集団のルールを意識し、身の回りの生活習慣もかなり完成 してくる。それと同時に、幼児が自分で考え、興味を持ったことに. 第4節 活動期  (3、4才 ∼ 5、6才). 積極的にかかわり、試しながら学習する態度が出来てくる。.  音楽的能力面については、曲全体を歌えるようになるが、音程に  模倣期で数多くの経験を蓄積した幼児は、その模倣を基盤として、. ついては多少上昇音は低めに、下降音は高めに歌われ、二巴に寄せ. 様々なことを自分で考え、自分でやってみようとする。この時期は、. られた状態になることがあり、音域が縮小されて歌われるケースが. 意欲の育つ時期なのである。心身の成長発達とは、年齢によっての. 多い。すなわち、音島現象を示す段階である。この実験例として、. み決まるものではない。誰もが、大体同e様な発達の道筋を、階段. 社会福祉法人、泉保育園(所在地 加東郡社町西垂水84の2 収. を一歩−一歩登るように順を追っていくのであるが、年齢が進んでい. 容定数 60名)で行った。5才児の申より、男児 5名、女児. っても、各段階での十分な経験を積んでない場合は、同じ段階に停. 5名を無差別で選び、歌「かえるの歌」を歌わせた結果7名までが. 滞し、その段階での経験を、十分満足したとき、初めて幼児自身が. 上のような状態になった。. 次の段階に移行するものなのである。.  しかし、4、5才児にもなれば、急に音楽にも積極的になり、自.  身体的には、スキップや片足たちが出来るようになり、ボール投. 分なりの表現が出来るようになる。言葉も生活には全く不自由なく. げも出来るようになる。精神的には、社会性も発達し、自分の他に. 使えるが、語らいが豊でなく、自分の持っている用語を全部使って. まったく考えの異なる人が存在することもわかってくる。こうして. 表現しょうとするので誤った言葉の使用が出てくるのである。そし. 一33一. 一34一.

(19) て、友達の呼びかけや、遊びの中で呼び声的なリズミカルな言葉を 自分で創って唱えることが出来るようになる。この即興的動機は、. (引用文献). 4才になると音域も拡大し、調性的とはいえないが、単なるムード としての表現でなく、歌として独立したメロディが歌えるようにな. (1)永田栄一著 「音楽と教育」. ってくる。また、知的発達にともなって、簡単な野遊びが出来るよ.   「幼児の言葉と音楽教育」 音楽之友社 1982 70p. うになり、遊びの中で歌を即興的に作って歌う。また歌もテレビの. アニメ主題歌、コマーシャルソング、時には一般の歌謡曲なども好. (図1)伊藤富美著 「乳幼児の音楽リズム指導」. んで歌う時期になる。.    「乳幼児の発達と音楽」 北大路書房 1979 46p.  また、楽器にも非常な興味を持ち、競って音を出したがる。この 時期には、子どもの自発的な活動を大いに助長し、器楽演奏も取入. (図2)福原省三著 「保育入門シリーズ1巻」. れ子どもの音楽的充足感を満足させるには極めてよい時期であると.    「乳幼.児の身体と運動の発達」 北大路書房 1985 36p. 考えられる。.  以上、4っの時期に区分して、各時代の特性について述べてきた。. (図3)高橋好子著 「幼児と音楽教育」.  人の一生でこの時期ほど精神的にも、肉体的にも、発達の巾が驚.    「音楽能力の発達」 文化書房博文社 1986 62p. 異的に広がるときは他にない。音楽に関係する諸能力においても同. 様で、音楽能力は、だいたいの傾向として、5、6才までに、もう すでに発現していると言われている。つまり、音楽能力が非常に早 期幼児の頃から発現するものであるということがよく分かった。5、 6才までの問に音楽の基礎的な開発が行われているということであ る。. 一35一. 一36一.

(20) とになる。一方、環境主義の立場を固執すれば、人間が生物学的有 機体であること、つまり、人間はひとりひとりその行動機能におい. 第3章 幼児の音楽的環境. て、異なっているということを、指定しなくてはならないことにな る。いつれを取っても、この様な二者択一的な余りにも極端な論に は、承服することは出来ない。. 第1節 素質か環境か.  そこで、シュヅテン・W1の主張によれば、 「発達は遺伝もしくは. 環境のいずれか一方によるというのではなく、この両者の輻鞍の結  教育を語るとき、常に問題にされることは氏か育ちか、遺伝か環. 果生ずるものである」と説いたのである。素質と遺伝の関係は、車. 境か、素質か環境かである。教育のどの分野においても、果てしな. に例をとれば、進む力を遺伝とすれば、車の動機効果を高めるため. い論争が繰り返されてきた。. のベアリングとか潤滑油が環境である。いくら素質が優れていても.  例えば、主として、アメリカを中心とする心理学者のいう遺伝主. それを延ばしきれるようなよき環境がなければ十分に発達しきれな. 義の人々は、 「世の中におけるほとんどすべての人となりは、環境. いであろう。. によるものでなく、個人差はもって生まれた遺伝子の違いによるも.  ここで、親の音楽的素質が、子どもに与える音楽的な影響につい. のである」と主張する。それに対してソ連を中心とする心理学者の. て、ヘッカーとツィーエン2の調査結果を参月目すると、. いう環境主義の人々は、 「私に正常で健康な数人の赤ん坊と、彼ら. を養育する特別な環境を与えるならば、その子供たちを、私の望む 専門家(医者や商人や泥棒)に仕上げてみせる」と主張する。 こ. の二つの主張は、余りにも極端であるが、もし、遺伝主義者の立場 を固執すれば人間が人間となるための学習の可能性を否定しなくて はならない。まして、生理的物理的環境の影響など、論外というこ. 一37一. 一38一.

(21) 両親とも音楽的な才能のある場合、その家庭で育った子供は、. 臨特に音楽的. 両親とも音楽的でない場合、その子供は、. 匿翻かなり音楽的. 臨特に音楽的. 弓音楽的でない. 弓翻かなり音楽的. 麟音楽的でない. 両親のどちらかが音楽的である場合、その子供は、. 闘特に音楽的 匿垂到かなり音楽的.  以上の調査から推察できることは、両親の影響が、いかに大きな. 圏音楽的でない. 影響を与えているかがよく分かる。それは、歴史上の著名な音楽家 たちの家庭事情や、聡い立ちを参考にしてもよく分かることである。. 有名な例としては、バロック音楽最後の巨匠、J.S.バッハの家 系をあげることが出来る。われわれの身近にもこのような事例は確 認できる。.  そこで、’最初の素質か、環境か、について、もう一度振り返って. みることにする。こと音楽に関していうならば、今までの経験と研. 一39一. 一4e一.

(22) 究の結果によると、あえてどちらの方が影響力が強いかについて答. 第2節 現在における音楽環境の問題点. えると、私自身は、環境による影響の方が大きいのではないかと考 えている。それは素質の有無にかかわらず、幼児の発達に即して音 楽環境が整備されると、ある程度までは、すべての子どもたちに、.  序論の部分でもふれたが、音楽に関する個人差の大きさも、音楽. 音楽的な能力を身につけさせることが出来るものであると考えるの. 教育をやりにくくしている理由の一つである。それに、もっと音楽. である。問題は、子供の生育歴の中で、音楽に関係した人的環境の. 指導者を悩ませているのは、日本の歴史的社会的背景からくる音楽. 如何によって、子供の音楽への関心度が大きく左右されることは事. に対する偏見も、大きな原因の一つである。公立中学校で20年間. 実である。. の部活動で、吹奏楽を指導し、痛感していたことは、子供の音楽に.  このように、音楽的発達に対する環境の影響は、子どもの発達段. 対する情熱を支えているものに、親の姿勢がいかに大きく関係して. 階に合わせて適切な音楽が供給され、子供が自発的に音楽を表現で. いるかということである。この状態は多年の経験で実感として把握. きるような場としての家庭や、それにともなって音楽文化的環境が. している。どんなに音楽への関心も高く、その能力を十分認められ. 物理的にも、人的にも整っているかどうかにかかわっている。生ま. る子どもがいても、どういうわけか挫折が多く、期待通りに伸びな. れながらに持っている素質の要因よりも、環境の要因に影響される. い場合がある。そのような場合、必ずといってよいほど、その親に. ところが大きい。であるが故に、いろいろな問題点があるにしても、. 理解がなく、音楽に関心がないために、家では吹奏楽をやっている. 早期音楽教育とか、才能教育が盛んになって、ある意味では、成功. ことが、すべての学習効果が上がらない原因であるかのようになっ. してい、るといえるのではなかろうか。. てしまい、その結果音楽への意欲を喪失してしまうのである。この.  そういう意味において、私は、どちらかというと、音楽に関して. 事実が分かり、親との話合いの結果、理解してもらうことができ、. は、環境主義的立場をとりたいので、音楽的環境についてもう少し. その成果が子供の意欲となって現れ、音楽大学まで進学した例もあ. 詳しく掘り下げることにする。. る。.  単に音楽的環境といっても、親が音楽的能力を持っていなくては. 一41一. 一42一.

(23) ならないというのではなく、親や兄弟姉妹の人間関係の影響が、い. であって、音階も日本とは異なっている。日本の音楽は、寺院の梵. かに大きいかが問題なのである。親がどの程度、積極的に音楽活動. 鐘が象徴しているように、ゆれの音楽であり、ゆれるとハーモニー. に加わろうとしているか、という親の態度が子どもの音楽性伸張と. は絶対にできない。その上音階も異なり、リズムに至っては、どう. 大きく関係してくるのである。. 考えてもまったく異質の世界の音楽である。このことが、日本の音.  そこにまだ、根強い芸能軽視の歴史的背景の影響が、色濃く残っ. 楽教育と欧米の音楽教育のあり方に、大きな相違があり、異国の音. ており、親が音楽活動に参加する家庭など、まだまだ少なく、親の. 楽をもって、自国の音楽教育をせざるを得ないことは、非常な難問. 申には、音楽は婦女子のやるものであり、男子がやるものではない. となるのである。. といった偏見は、残念ながら認めざるを得ないのである。.  D。コダーイのいう、ハンガリー民謡を母国語にという音楽教育.  しかしながら、現在の社会生活では、一日として、音楽が耳に入. の考え方を、そのままの形で日本の音楽教育に当てはめようとして. ってこない日はないのである。いろいろなメディアを通して音楽に. も、それは不可能なことである。. 接している現実は、とりもなおさず、大きな音楽的影響下にあると.  この様ないきさっで、つぎに、調性感について述べることにする。. いうことである。時代ははっきり変わってきており、そして進行し. 調性感について、梅本尭夫3は次のように述べている。. ている。これからは、積極的に音楽を自分の生活に取り入れ、音楽.  「調性は勿論、子供の日常、頻繁に耳に触れている音楽の調性で. を消化し、創造的領域にまで高めていくことが、これからの課題で. あり、現代の日本の子供であれば、西洋の近世にその源を発する全. あると思う。. 音階の長調か短調です。問題は、現代の日本の子どもが、日本の音.  他に.音楽教育の障害となる環境の問題点について述べてみると、. 階の調性感をどの程度持つようになる環境にあるかということです」. 日本の場合、西洋と比較して、大きな障害がある。それは、日本人. といっている。親兄姉が、箏曲や長唄を楽しんでいる家庭に育った. でありながら、現在の音楽は、西洋の音楽が主流であるということ. 子どもは、邦楽の調性感が問題なくでき上がっているが、しかし、. である。. もしその調性感が身についているとしても、現代の日本の子供であ.  西洋音楽は、教会の鐘が象徴しているように、ハーモニーの音楽. れば、テレビやラジオで、全音階の音楽に接触しているので、この. 一43一. 一44一.

(24) 方の調性感も自然に出来上がってくることが考えられる。そこで子. 日本古来の音楽が演奏され、特に正月には、琴や三味線、尺八など. 供は、二つ或は場合によってはそれ以上の調性感が並列的に出来上. の和楽器の演奏、それに各種音曲の音色も耳にしている。にもかか. がることが考えられる。その場合、それらの異質の調性感を子供が. わらず子供たちは、西洋音楽を求めている。これは、耳にする頻度. 矛盾なく併存させられるか、それとも、どちらか一方の調性感の方. の違いから起こっているのである。つまり、環境の影響が非常に大. が優位になって、他方の調性感の発達を抑制することもあるのかが. きいと言うことである。国籍が日本人であるとか、民族の血とか言. 問題となる。. うような問題ではなく、ただ単に、どれだけの量を耳にしたかとい.  ここで、日本の子供が望ましい音楽的発達をするための環境につ. うことによるものであると考える。また、このような音楽事情を持. いての研究を積極的に進めなければならない。現在の状態のままで. つ日本人は、西洋人よりも、より多様な調性感を身につけるのに有. あれば、西洋音楽にどっぷりっかってそだっている子供たちに唐突. 利な環境に取り囲まれているとも考えられる。しかし、問題はこの. に日本旋法を聞かせると、ほとんどの子供が違和感を通り越して拒. 様な特殊な音楽環境の中でどの程度存続できるかということである。. 否反応を起こすだろう。旋法もさることながら、リズムやテンポの. この点を音楽教育関係者は勿論、一般の大人たち、さらに社会全体. 問題もこれ以上に子供に受け入れがたいだろうと思う。特に、吹奏. が十分に考え、はっきりした共通理解を持たなければ、序論でも触. 楽部や合唱部で活躍してきている生徒、言い替えると西洋の音楽の. れたように、学校教育での音楽がいつまでも孤立し「学校音楽校門. 学習に積極的に参加しているものほど、日本音楽に対する拒否反応. をいでず」といった世界的にみても極めて特異な現象が今後も続い. は強いようである。. ていくものと思われる。.  さて,日本音楽を異質なものとして感じることなく受容できる素.  現代の子供は、非常に感受性が豊かだと良く言われている。与え. 地としての調性感をつけておくためには、何才ごろから、どの様な. られるものには、何の抵抗もなく無差劉に取り入れていく能力も持. 音楽の与え方をすれば良いかを考える必要がある。. っている。この様な現在の子ども社会へ、ただ商業ペースー辺倒に.  幼い頃より、日本音楽にまったく触れずに成長した子供はいない. 提供された雑多な音楽文化の影響の現実を見るとき、何らかの形で. と思う。各地域に伝承されている年申行事には、程度の差こそあれ. 制御L、ある意図を持った音楽を子どもの成長に応じて与えていけ. 一45一. 一46一.

(25) ば、もっと高い効率の、音楽教育が展開できると考える。勿論、幼 児より日本の調性感にもなれさせ、また西洋の調性感にもなれさせ. 第3節 望ましい幼児を取り巻く音の環境. ることで、より広い音楽理解が可能となることはいうまでもない。.  現在のところ、民族音楽にウェイトをかける立場の人は、民族音.  幼児が音楽的な活動を自ら行うようにするためには、それ以前に. 楽の音楽教育における効用を過大に評価する極論を言い、また、西. 自分を取り巻く周囲のすべてのものの中から、いろいろな音楽的な. 洋音楽的な立場を主張する人は、日本音楽の民謡や演歌を排斥して. 事柄を摂取し、記憶していかなくてはならない。受動期のまったく. いる。それぞれに特徴のある素晴らしい音楽であるからどちらの音. 無意識の時代より音楽の摂取は始まっているのである。故に幼児自. 楽も十分に理解できるような、教育的配慮があってしかるべきであ. らが音、音楽を自然界の音や、音楽に好奇心、興昧、関心が持ち得. ると思う。現実はどうなのであろうか。今のテレビ番組、ラジオ番. て、生み出したいという意欲を湧かせることのできる環境、また音. 組を見ても、余りにも俗に偏った番組が多過ぎはしないか。視聴率. や音楽にじっくり耳を傾けることの可能な環境を作り出すことが極. ばかりを目標にせず、もっと高い次元から教育的意図を持って番組. めて重要なことだと思う。しかし、この環境作りもいつまでも幼児. を編成すべきではないだろうか。マスコミの影響が余りにも大きい. が受身の立場でないことを予想し、創造的な活動を芽生えさせる環. が故えに、これからの問題として、重要視していかねばならないの. 境でなくてはならない。では、具体的にどの様な環境を子供達に用. ではなかろうか。和洋の調整の相違ということから起こる障害を克. 意してやらねばならないかを家庭、保育の場、社会の三つの場につ. 服し、教育の方法によっては西洋のクラシック音楽の良さも分かり、. いて述べてみたい。. 邦楽の清元の良さも理解できる能力をも必ず身につくものであると 信じている。. (1) 家庭での音楽的環境.  生まれだ子供を取り巻く音や音楽の環境作りをしていくのは、家 庭においては親であり、特に乳児期の場合は母親の役割が大である. 一47一. 一48一.

(26) ことは言うまでもない。大人より音に対してはるかに敏感な乳児は、.  しかし、これらのマスコミの音楽は、子供に対して、一概に悪い. 母親の愛情のこもった語り期け・歌う子守歌を聞いて、安心感を覚. 影響ばかり与えているとは言えない。流動する感覚やその要素をい. え心地よく眠る。また、素朴な気持ちを短い言葉で繰り返すうちに. とも簡単にみにつけることが出来る能力を、現代の子供はマスコミ. 自然に歌になった「わらべうた」や、生活のなかから生まれた「民. を通じて体得している。前節でもふれたが、日本の子供の特性の一. 謡」なども、親によって歌われる。残念ながら、この様な風景は、. つと言えよう。ただ、問題なのは、この様に多様で雑多な日本の音. 昔の家庭の母子関係で、今ではあまりこの妙な情景がみられなくな. 楽の中から、将来、彼らひとりひとり自らが音楽を選び、自分の音. ってきたのではなかろうか。しかし、こういう姿こそ、家庭の中の. 楽にしていくことが出来るかどうかが問題である。そのためにも、. 音楽環境の基本なのである。そういう意味においても、時代や民族. 生活に密着した音楽のあり方、生きていくこととかかわりを持った. を越えなくてはならないのではないかと考える。世の親たちに改め. 音楽の存在を幼児の頃から実感として味わわせることをもっと重視. て考えてもらいたい問題である。. したい。それを可能にする場所は、本当は家庭にあると思う。その.  次に、前節にも触れたが、家庭内でのマスコミの影響である。子. ためには、親や家族が音楽に親しむ姿勢や、音楽を愛する心が幼児. 供達は、家庭に進入してくるマスコミの音や音楽などを選択したり. に大きい影響を及ぼしている。. 阻止したりすることは出来ない。困ったことには、親たちが無条件.  最近の傾向として、英才教育と称して、3∼4才ごろからピアノ. に、何の配慮もなく家庭に導入していることが多い。子供達は、テ. やバイオリンを習わせていることをよく聞く。この早教育の是非は. レビの華やかな速いテンポで変化する映像を伴ったコマーシャルソ. 別として、中には、音楽することとはまったく関係のない理由や目. ングなどを食い入るように見入っている。主人公になつたっもりで、. 的で、無理矢理やらされている子供も多い。子供に対する音楽の押. 劇画やアニメのテーマソングを上手に身振り手振りも鮮やかに歌う。. し付けである。. それを親たちは手を叩いて喜んでいる。この様にテレビというマス.  要するに、何よりも大切なことは、子供が音や音楽に興味や関心. メディアは、強烈で刺激的な視聴覚的影響を各家庭におくりこんで. を持てるような環境を作り出すことが第一であり、自然に音楽活動. いるのが現実の姿である。. が出来、生活の中で音楽を十分楽しめる子供を育てることが、家庭. 一4g一. 一50一.

(27) の音楽教育の目標である。私事になるが、私はその点恵まれた家庭 に育ったように思う。公務員だったが作曲活動をしていた父と、ピ. (2) 保育の場での音楽環境. アノの道を歩んでいた兄と、私の妹の4人で、よく四部の重唱や、 ピアノ伴奏でリコーダ・一・一の演奏やピアノ連弾等、家族中でよく小音.  最近、幼、保育園でよくある現象で、環境音楽という名目で朝か. 学会を開いたものだった。その思い出が今も心に強く残っている。. ら夕方までレコードやテープによる音楽が、絶え間なく流れている. 現在、家族構成は変わっているが、その雰囲気は残っており、家中. という園を見ることがある。時には、自然の微かな音、例えば風の. のものが音楽好きで、息子はトランペットを、娘はクラリネットを. 音、虫の声、それに鳥の鳴き声を聞き、深い静寂がほしいと感じる. 習っている。決して押し付けたものでない。子供らは、いつのまに. こともある。こんな場合、押売のような環境音楽からは音楽の素晴. か自分自身で気が付いたときには、それぞれ習い初めていたのであ. らしさなどを感じることは不可能である。さらに言えば、レコード. る。これは、家庭内に、良い意味での音や音楽の刺激が多かったこ. の音楽で集団行動を一斉にとらせる手段に使っていることである。. とで、子供のうちに芽生えていた音楽性を自然に伸ばす結果になっ. 幼児の気持ちを統一させるための目的で使われていることは理解で. たのではと考えている。. きるが、幼児を管理する手段として音楽を利用していることには大.  要するに、子供の感情を無視してまで強制的に「させる」のでは. きな抵抗を感じる。その上、レコードに負けじと保育者の大きな声、. なく、『「してみたくなる」ように環境を作っていくことであり、親. 騒音の中での幼児はどう受け止めているのだろうか。西洋人からみ. や家族が共にそうした態度を持つことであろう。音楽に対して、常. ると日本人は音楽に鈍感な民族であると嘲笑されることを、よく聞. に主体的に活動できる子供が、将来この多様な日本の社会の音楽の. くことがある。幼児期からの影響なのだろう。. 申から、自らが自分の音楽を選び出し、それを将来本当の意味での.  好ましい保育環境と言うものは、保育者が常に音楽を与えるだけ. 楽しみとして持ち続けられるのだと思う。. でなく、むしろ幼児達から「音楽がしたい」という欲求、要求の出 るような状況を作ることである。.  そのためには、物的環境、例えば、レコードや高級なステレオセ. 一51一. 一52一.

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