投資信託(証券共同投資組織)と株式相場変動
その他のタイトル The Influence of Investment Trusts on the Fluctuation of Stock Price
著者 今西 庄次郎
雑誌名 關西大學商學論集
巻 8
号 2
ページ 91‑111
発行年 1963‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00021632
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凡そ株式相場の変動は︑会社収益の増減︑金利の高下など株式の価値を規定するファククーに変化の生ずること が根本原因であるが︑それと共に株式の需給関係が動いて起るものである︒例えば株価の騰貴は価値が増加するほ か株式の需給関係が好転︑つまり売物に対し買物が旺盛となるによって生ずる︒而して証券共同投資組織も︱つの 投資単位として株式を購入し又売却したりするのは当然で︑そのこと自体一般の投資者と変わったところはない︒
従って︑今︑共同投資組織が一般大衆と共に買物を出し株価が騰貴したとしても︑その株価については︑共同投資 組織と一般の買物を全体としてみるべきだとも云われよう︒
投資組織は
1
小量の売物︑買物を出すに止まる場合もあるが大口投資者として大量の売物︑買物を出す場合 が多く︑相場に与える影響は大きいのである︒即ち相場に対する影響という点からいって︑
区別し共同投資組織のそれは特に注視するに値するのだ︒しかのみならず︑更に注意してよいことは︑共同投資組 織は以上の如くそれぞれ投資単位として一般投資者と共に行動するとして︑それは又︑
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵合西︶
序
投資信託
言
一般投資者の売︑買と
一般投資大衆の行動を基と 一応は確かにそうである︒併し既に知れる如く︑共同
︵証券共同投資組織︶
今 西 庄 次 郎
と株式相場変動
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投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相湯変動︵今西︶
必要は愈
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ありとなるのである︒ 一般の買殺到で相場が暴騰し︑或は一般の売浴せで相場が暴落したとき︑その状態を利用すべく出動することが少くないのである︒彼等のこの出動に一般大衆の中にはお相伴す
るものもあるかも知れないがーー土その限りでは行動は共同投資組織だけでなく一般投資者と共にしていると云われ
るかも知れないがーー彼等の出動する前の相場には彼等の買或は売は余り参加していないのが今特異なのである︒
而して彼等の出動によって暴騰相場或は暴落相場が或る影響を受けることは︵但し暴騰相場のときに彼等が常に売
向い暴騰を抑えると速断してはならない︒そうするケースが多いとしても︑逆に行動することもある︒これらの詳
最早云う迄もない︒何れにしても︑こ
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に株式相場の形成に関し共同投資組織の行動を特に取上げる株式相場の形成につき共同投資組織の行動を特別に取上げる必要ありとして︑相場形成に対する如何なる作用面
をみるべきであろうか︒本来︑共同投資組織の株式相場に及ぼす影響としては︑株価の大いさを正当にするか否か
が何より取上げられるべきである︒併し或る時の株価が正当なりや否やの判定は仲々むつかしい仕事であり︑延い
て共同投資組織の行動が株価の正当性を増したか否かの判断も容易な業でない︒斯くて通常取上げられるのは︑相
一体︑株式相場が激しい変動をなすときは︑なすべき以上に変動している
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従って正当な大いさでなくなっているーーケースが多いとなしてよい︒尤も時には︑株価を決定する要因に相当な変化を
生じそれに基づき激しい変動が当然というケースもないではない︒斯かる場合には寧ろ激しい変動をなした方が︑
株価の正当な大いさに近附くものとみられる︒併しこのような場合でも︑やがて或る大いさまで変動すぺきだとし
て︑直ちにその大いさとなる︑ 湯変動がどうなるかである︒
つまり急激な変動をせず徐々に変動してゆくのも︑或る意味でよいと云われるとこ
細は
後述
︶︑
して出動する場合のあることである︒要言すれば︑
93
田江口行雄氏著﹁投資信託発展史論﹂昭和三十六年 る ︒ ろである︒何れにしても︑株価が激しい変動をなすのは︑凡て不当な株価となるものとは限らないとしても︑多くの場合株価の大いさの点に於ても正当さから外れているとみて大過がない︒斯くて共同投資組織の株式相場への影響吟味も︑直接的には︑変動を甚しくするか少くするかを中心として考察すれば︑大体事が足るとなし得るのであ
共同投資組織の株式相場への影響は変動を激しくするか緩和するかを取上げたらよいとして︑単に激化要因か緩
和要因かの吟味だけでは意味がないとしなければならない︒従来︑共同投資組織の発展につれ︑何れの国に於ても︑
彼は激化要因か安定要因かということがよく論議されて来た︒こういう論議が起ったのは︑実際にも共同投資組織
が或る場合には株価変動を激化さし或る場合には安定さしたからに外ならない︒尤もその国の共同投資組織運営の
上手下手︑投資大衆の投資態度の加如何により︑差引き激化さしたケースが多かったり︑安定さしたケースが多かっ
たりする相違はあったであろう︒併し共同投資組織が株価変動に対し激化要因ともなり安定要因ともなること︑
まり諸刃であること自体ははっきりしていると云ってよい︒即ち問題は単に激化要因か安定要因かでなく︑如何な
る場合に︑如何にして︑如何なるふうに激化さし︑又安定さすかにありとなるわけであるが︑この吟味は相当に複
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さて︑共同投資組織は如何なる場合に︑如何にして︑如何なるふうに株価を激化さし又安定さすかの究明である
が︑これは︑初めに述べたところから︑他の事情で株価が余り騰落する情勢でなく共同投資組織の大口の買物又は
売物が出動するとき︑株価が他の要因で暴落︑暴騰せんとしそれに対処すべく共同投資組織が出動するときの二つ
投資
信託
︵証
券共
同投
資組
織︶
と株
式相
場変
動︵
今西
︶
つ
の場合に分けて論ずるのがよいことは︑容易に想像されると思う︒而してこの二つの場合は何れから論じても方法 論的には別に差支えないわけであるが︑私としては先ず他の要因で株価が暴落︑暴騰せんとしているときの共同投 資組織の作用から入ることとし度い︒蓋しこの場合の方が︑株価の安定につき共同投資組織に寄せる一般の期待大 株式相場が他のファククーで暴落或ほ暴騰せんとするときの共同投資組織出動の影響ほ︑実は暴落のときと暴騰
のときとにより可成り相違する︒で︑以下更に二つに分ち︑先ず他の要因で株価が暴落せんとする場合から吟味す
ることとする︒
改めて云う迄もなく︑共同投資組織の目的が投機兼投資のものは勿論︑投資本位のものでも︑株価の安いときに 仕入れ高いときに売却する方針をとるところで︑それも薄資投機売買︵我国の現行の仕法では信用取引︶を行わず︑
専ら現物売買を行うのを原則とする︒従って︑今︑株価が暴落すれば︑共同投資組織の中に︑所謂安値を拾わんと して買向うものが出て来る筈である︒更に︑共同投資組織としては︑組入れ株式の暴落に出資証券一口当りの価格 が下がることになるので︑防戦の意味でも買向うことが考えられる︒但し共同投資組織は︑又︑既に知れる如く︑
投資ニキス︒ハートの手による利口な運用をなすものであり︑単に株価が下落したからとて直ちに買出動するとは限 らない︒彼等の利口さからみて︑矢張り︑今後の株価の動向︑特に株式の投資価値を綿密に調査し︑大丈夫と判断 してから︑所謂腰を据えた買出動が行われんとする︒斯くて他の要因による株価暴落は共同投資組織によって抑制
株 式 相 場 が 他 の 要 因 で 暴 落 せ ん と す る と き
なるものがあるからである︒
投資
信託
︵証
券共
同投
資組
織︶
と株
式相
場変
動︵
今西
︶
四
ばならない︒要言すれば︑一般の機関投資は保険契約其の他の契約に基いて集められ︑
五
されるとしても︑それは採算を無視した大いさまで赴かんとする場合に︑漸く顕著となるに過ぎない︒換言すれば︑
株式界に共同投資組織が現れると︑採算が無視されたような大暴落は食い止められると云ってもよいであろう︒
上の吟味は共同投資組織が資金に事を欠かず自由に行動し得るものとしてであった︒併し実際には彼等の投資々
金量には限りがあり︑このことを加えて事態を考究しなければならない︒共同投資組織の資金量と云った場合︑ま
ず一国の共同投資組織全体の規模を考えるぺきだと云われよう︒確かに其の組織の発達がそれほどでない国では彼
等の手持ち並びに新規に集め得る資金量は僅かであり︑上述の︑共同投資組織は株価の過度の暴落を食い止め得る
という働きも︑少数の銘柄に対し発揮されるのみで︑多数の銘柄︑株式全体に対しては力及ばずとなる︒併し今︑
共同投資組織が相当の規模に発達し︑株式界を動かすほどの力を具えるに至っている社会に就いて考察を進めるな
らば︑この社会では投資会社或は投資信託委託会社全体としての資金量は相当と考えて差支えない︒然もこのよう
な共同投資組織の発達した社会に於ても︑株価暴落に際し常に不自由を感ずることなく資金を集め得るとは限らな
いのである︒多くの人は︑共同投資組織を保険会社や貯蓄銀行︵定期性預金などが多い︶︑
資の列に加えるが︑共同投資組織の投資々金は一般の機関投資の投資々金とは大いに性質を異にすることを知らね 宗教団体などの機関投
一種の強制的性格を有する
のに対し︑共同投資組織の資金は投資のために提供せられる全く任意的なものである︒従って他の機関投資に於て
は必然的に集まってくる資金を常に有するも︑共同投資組織に於ては資金を手にするためには特に集めることを行
わねばならないのだ︒処が︑景気が反動期に入り諸株式が一斉に暴落するようなときは︑大衆投資者は萎縮し︑共
同投資運営者がここぞと新規の募集を始めても加入者は仲々現れないのである︒更にこの場合︑悪いことには︑共
投資
信託
︵証
券共
同投
資組
織︶
と株
式相
場変
動︵
今西
︶
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会社株式を九八
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万ドル購入し三八
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万ドル売却し︑ 規加入は相当な額に上り︑
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同投資組織加入者の中に加入をやめんとするものが平常時より一段と増加せんとする︒これでは共同投資組織の新
規の株式購入力は新規参加者の資金量から脱退分の組入れ株式売却分を差引いたものとなる︒勿論︑大量に買支え
る資金量は不十分となり︑多数銘柄に亘り過度の暴落を食い止める働きはそれほど強いものでないとなる︒この際︑
共同投資組織としても進んで重点的な買支えを行わんとするが︑これで食い止め得るのは矢張り関係の深い少数の
銘柄に止まり︑株式全体に亘り過度暴落を食い止めるとは云い難いのである︒
以上︑景気反動期に於ける諸株式の一斉暴落に対し︑共同投資組織の出動はそれを食い止めるよう作用するも︑
多数銘柄に亘り十分に発揮し難いことを述べたが︑共同投資組織のこの作用は国によって相当に開きのあることを
附言しなければならない︒蓋し社会全体としての共同投資組織の規模が同じであったとしても︑
からの共同投資組織の確保し得る資金量は国により相違があるからである︒この点︑何より取上げるべきは︑投資
組織が投資大衆から寄せられている信頼度
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である︒投資大衆が共同投資運営者の有能を信じ
ている社会では︑彼等のここぞという呼びかけによく応じ︑大衆のーー社債や定期預金等からの転用によるーー新
一方既存加入者で脱退に走るものは少からんとする︒
期の株価に及ぼす働きにつき︑投資会社への新規加入と脱退の動向が取上げられ︑大多数の投資会社では依然とし
て加入は脱退をォーバーし︑即ちそこには銀行の取付け騒ぎの如き事態は寧手も起らず︑投資会社の株式購入額が却
って増加した事実が挙げられている︵一九四六年五月から十月に至る約一九パーセントの株価暴落期に大衆は投資
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加入の大多数の投資会社は持株七二
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万ドルの売却に対し︱‑.七
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投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
その期間に全国投資会社協会
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一斉暴落に入って
アメリカに於て︑投資会社が暴落
ぐらい減少せざるを得なかったが︑
一九
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年六月三十日から一週間︑朝鮮事変勃発により株価が七︒ハーセント下落したとき︑大衆は 投資会社株式を八
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万ドル売却したのに対し九
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万ドル購入し︑その間にミューチュアル・ファンド自身は一
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万ドル分株式を購入し売却は六
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万ドルに止まった︒更に一九五五年九月三十日に終る一週間︑
ハゥアー大統領の病気重態を伝え株式市場が四︒ハーセント以上下落したときも︑大衆の投資会社株式購入は二二
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万ドル︑売却は一000
万ドル︑投資会社が仕入れた株式は一六
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万ドル︑売却一三
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万ドル︒最もよいテ
スト時期とみられる一九二九年の暮から一九三二年に至る時期については︑
スト会社の例を挙げると︑
マサチウセッツ・インベスター・トラ 一九二九年九月同社の発行株式数は二九八六八七株であったが︑
日までに二三五
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一六株の買戻要求があり︑若し新規加入による購入がなければ同社の投資財産は八
0
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一九三二年未︑同社の発行株式数は九五一七五二株に上っていた︶︒
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部の識者はこれらの事実から暴落時の投資会社の安定機能を肯定せんとする︵この肯定論に対し︑それは投資会社 の脱退分よりも加入分が多かったことを示すだけで︑どの程度暴落相場が食い止められたかの証明はないという批 判がなされるかも知れないが︑これは無理である︒若し投資会社が買出動しなかったならば相場は更にどれ位下が っただろうかという大いさなど一寸決定し得るものでないからである︒投資会社の新規買出動が相当にあったこと から︑下落相場の緩和を肯定することで満足すべきである︶︒吾々としてこの見解に関連し注意して置き度いのは︑
このようなアメリカに於ける結果が何時も又何れの国にも当てはまるとなしてはならぬことである︒先にも述べた 如く︑反動期には一般大衆の株式購買意欲は減じ︑共同投資組織からも脱退が多くなるのが寧ろ普通であるからで
ある
︒ アメリカの投資会社が反動期にも大衆から差引き新規購入資金を集め得たのは︑
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一九三二年十月三十一
一にアメリカの共同投資組
の能力を正当に養うよう指導すべき仕事は残されている筈である︒ 投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
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既に触れたと思うが︑共同投資組織は所定の利殖目的を以てつくられるもので︑株価安定という国策的任務を帯
びる機関でない︒併し彼等が反動期の株価暴落を或る程度食い止める性格をもっとすれば︑それを期待することは
何等差支えなく︑延いて一国の共同投資組織が出来るだけその性格を発揮するように発展することを希望してもよ
いとなる︒而してその発展の方向であるが︑何より挙げられるのは︑
この理由は上に述べた所から既に明かである︒素より共同投資組織の信頼度は直接政府の力によって造り出し得る
ものでなく︑中心はそれら運営者の運用能力の向上に侯たねばならない︒つまり彼等が投資ニキス︒ハートとしての
能力を高め︑それを実績の上に証明することである︒併し国家当局としても徒らに傍観すべきではなく︑彼等がそ
暴落相場を食い止める性格を発揮するよう一国の共同投資組織を発展さすという場合︑問題となりそうなのは︑
オープン・ニンド型とクローズド・ニンド型の選択である︒改めて云う迄もなく︑
入を自由とする仕組であり︑この点右の性格を発揮するのに適した型のようである︒併し注意すべきは︑如何に加
入が自由であってもそれだけで加入者が続くとは限らず︑矢張り大衆の共同投資組織に対する信頼度がその前提と
なることである︒一方︑共同投資に対する信頼の未だ低い所では暴落時の新規加入は余り期待出来ないのであり︑
ここでは寧ろ脱退が急がれない型︑つまりクローズド・ニンド型の方が好都合となるところだ︒蓋しクローズド・
ニンド型投資信託では脱退は可能であるが︑成るぺ<満期日まで持続する仕組であり︑又クローズド・ニンド型投
(11
(2)
織の信用が高かったことに帰すべきである︒
オープン・エンド型は新規の加 一般投資大衆からの信頼を高めることである︒
八
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資会社でも会社の投資々本は減少しないからである︒結局︑暴落相場を食い止める作用の点からは︑何れの型がよ いと一概には云い得ないのであり︑僅かに︑共同投資組織に対する信頼の高い国ではオープン・ニンド型︑
ない国ではクローズド・ニンド型と云えば云えるというところである︒
九
そうで
註一九二九年秋に始まったアメリカ株式市場の恐慌の当時︑同国の投資会社は殆んどグローズド・ニンド型であった︒而して
相場暴落に対し投資会社の食い止め作用は無力に近かったが︑これに就き投資会社の型を云々するのは当らない︒蓋し当時の
アメリカの投資会社のスケールは未だ小さく︑株式界にそれほどウェイトを占めておらず︑謂わば型を問題とする以前の状態 であったからである︒尚︑知られる如く︑あの暴落を契機とし︑同国の投資会社の多くはクローズド・ニンド型からォープン ・ニンド型に転換したが︑これはクローズド・エンド会社にレベレイジ型
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が多く投機色猿い運営であ ー っ た の が 暴 落 相 場 で 痛 手 を 受 け た か ら で あ り ︑ こ れ も こ こ の 問 題 と は 直 接 関 係 を も た な い ︒
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253 .
25 4.
株価が共同投資組織以外の要因で暴騰せんとするとき︑特に採算無視の株価となろうとするにつれ︑共同投資組 織は手持ちの組入れ株式を手放さんとする︒従って株価の異常な暴騰は共同投資組織の存在によって抑制せられん とする︒尤もこの言葉に対しては異論がないでもない︒異論と云っても︑株価の暴騰抑制を共同投資組織の手柄に 帰する点についてである︒要約すれば︑共同投資組織が所有している株式は︑若し其の組織が存在していなければ 誰か世間の者が所有している筈で︑株価が暴騰すれば之等のものも次第に売物を出す︑従って株価が暴騰するにつ れ手持株の売物が増加し暴騰を抑制することは︑共同投資組織が存在しようがしまいが変わりはないとしなければ ならぬ︑と︒けれども同じ量の株式が大衆に所有されているのと共同投資組織に所有されているのとでは︑相場暴
投 資 信 託 ︵ 証 券 共 同 投 資 組 織 ︶ と 株 式 相 場 変 動 ︵ 今 西 ︶
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ないため不完全に止まる場合が少くない︒先ず︑ 一体︑大衆は所謂利喚足が早い︒所有株が値上りし出すと大衆の一部はマ
バラに利喰いしようとする︒このため暴騰を出鼻において阻止することが出来ない︒然も大衆は一面において非常
に欲深い性格をもっている︒即ち彼等の中の或る範囲の利喰が一巡すると残った大衆の多くは相場暴騰にも飽く迄
持続けんとする︒このため異常な暴騰を阻止する働きは生じ難いのである︵結局へ異常な高さにまでゆき︑やがて
これに対し︑共同投資組織の手持株売却の態度は大体上と逆である︒即ち共同
投資組織はエキス︒^ートによる運用であるだけ︑少しぐらいの勝貴には容易に利喰に出ず︑大きい勝貴︑採算無視
となるに至って大口に売出し︑時には手持株の大部を処分せんともする︒その有様野球に於ける集中打に瞥えても
よい︒結局︑手持株の処分が株価の暴騰を喰い止める作用は共同投資組織があってもなくても変わりがないう見解
は甘い考であり︑矢張り共同投資組織が存在するによって可能になると云わねばならないのである︒
先に︑共同投資組織の︑採算を無視したような株価の大暴落を抑制する作用は︑彼等の資金量が無制限でないた
め限度のあることを述べたが︑今︑投資組織の︑採算を無視した大暴騰を抑制する作用も︑彼等の手持株が無限で
彼等の組入れ株式量が少いことは最早云う迄もないとして︑一国の共同投資組織が相当に発達し組入れ株式量が多
くなっている段階でも︑それは決して圧倒的たり得ないのである︒蓋し周知の如く︑これらの国に於ても︑平常は
株価の吊上げを考慮し︑各単位共同投資組織の組入れ株式につき︑銘柄毎にその株式総数の一定割合以下に制限し︑
又投資組織全体の或る銘柄組入れ量をその株式総数の一定割合以内に留まるよう厳に努めているからである︒この
ため異常な暴騰に︑各共同投資組織が歩調を揃えても︑その火消し作用は万全とはならないのである︒ 何等かの事情で激しく反落する︶︒ 騰に際し処置されるエ合は大いに異る︒
一国の共同投資組織が未だ不十分で全体の規模が小なる段階では︑ 投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
10
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用を発揮せんとしている矢先に︑ い
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に共同投資組織としては︑ 共同投資組織の所有株式は各銘柄に亘り圧倒的でないため株価の暴騰を喰い止める作用は万全とならないことを知ったが︑仮りに彼等の所有量が許される限度に近いほど大量であったとしても︑更に別の方向からその喰い止め作用を弱体化する事情のあることを知らねばならぬ︒それは︑株価が暴騰するにつれ大衆の株式投資熱が高まり︑共同投資に加入せんとする者が増加するということである︒大衆がこの態度をとる理由としては︑もともと株価の全般的な騰貴は経済界の好況時にみられるが︑この時期には大衆の所得が増加しており︑その一部を蓄えての株式投資々金が増加しているのみならず︑株式の暴騰は所謂キャピクル・ゲインを増し︑これが叉新しく株式購買力となることが挙げられる︒素よりこのような調子にのった株式投資態度が危険なことは明かで︑堅実な投資家のとらざるところである︒即ち株式暴騰時に尚も追撃的に株式購入を続ける傾向は︑その国の大衆の投資知識のレペルに依存し︑その高い所ではそれほどでなく︑低い所ほど烈しくならんとする︒而してこのような大衆の追撃的な株式購入は︑直接投資の方向をとるのを多しとするが︑共同投資組織を通じての間接投資の方法を選ぶものも又少くな一方に於て株価の暴騰に手持株をどし/\処分し︑異常な騰貴を食い止める作
一方に加入者が増え投資すべき資金の増加から再び株式の買方に廻らねばならな
いというジレンマに追いやられるのである︒勿論︑共同投資組織は投資ニキスパートの運営する投資機構として︑
既に高過ぎるとみられる株価暴騰時には門戸を閉ざし︑新しく株式を買わねばならぬ立場にいたることをやめる筈
である︑又やめるべきだと云われよう︒併し共同投資組織も組織関係者にとっては生活の方便であり︑この商売の
立場からは加入申込みのあるのを断わるというのは趣旨に反することとなる︒商売の立場からは寧ろ好機として規
模の拡大に努めようとする︒斯くて︑株価暴騰時に共同投資組織が政策的に門戸を縮少するということは実際には
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
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のもないではない︒
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
期待薄となり︑異常な暴騰を食い止めるという作用は弱められ︑或は殆ど無力となるのである︒
株価暴騰時に大衆の株式投資熱ー—否、投機熱と云った方がよい||は益ミ共同投資組織に加入せんとし、共同 投資組織は叉商売の立場からこれを拒み得ないとしても︑彼等の投資ェキスパートとしての働きは︑運用に臨機応 変の態度を打出す筈で︑例えば既に高過ぎる銘柄は売却する方針を続行すると共に︑手許投資々金は公共株や社債 など相場変動の少い証券を中心とする運用に切換えることを行う筈であるとみるものもあろう︒共同投資組織がこ のような運用をなすところ︑大衆が直接株式投資に向い株価を一層暴騰さすのを巧妙に抑えることになるとも云え る︒確かにこの見解のような行動を共同投資組織がみせることはある︒併し多くの場合︑このような謂わば商売と 投資ニキスパートを両立さす行動は実行困難となっている︒蓋し大衆の欲張り的な態度は飽く迄共同投資証券の値 上りを要請し︑共同投資組織が反動期の事を考え︑株価が反動に転じても値下りを来さないという方針の運用 一面︑暴騰期には最早値上りの希望少いとなるー│'をなすのでは︑満足しないからである︒即ち共同投資運営者と してはどうしても大衆の要請に押され︑依然として大半は一般株式投資を行わざるを得ずとなるのである︒尤も依 然一般株式運用をなすとしても︑既に高過ぎる諸株式を相手とし尚値上り益を確保せんとするには従来の方針では 最早覚束ないこと明かである︒この結果︑共同投資組織の中には︑この時期に独特の運用方針を打出さんとするも
一例を挙げると︑小型株中心の運用という方法である︒余りに小型会社の株式は株価操縦の危 険があるので多くの国に於ては共同投資組入れ株式の会社資本金の最低を規定するところで︑今小型株といっても 勿論その限度以上の銘柄でなければならないが︑それに近い会社株式を好んで組入れるのである︒その意図が︑
般大型株が騰貴により上げ余地少くなっても小型株は共同投資の資力を以てすれば比較的容易に価格を吊上げ得る
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ところにあること︑贅︱︱︱口を侯たない︒併しこれらの運用方針は如何に独特であっても︑それによって共同投資証券
の値上りを斉すには限界があり︑容易な業でない︒ここに従来有効な方法としてとられたのは︑
株式がインフレに強い抵抗力をもつことを強調するが如くである︒ 一般株式投資者に
高い株価をも当然と考えさすような株価観を植付ける方策である︒例えばインフレの傾向を殊更に吹聴すると共に︑
昭和三十六年秋に至るまで我国の株価は昂騰を重ね︑東京証券取引所上場二百二十五銘柄のダウ式修正乎均一株
価格が千八百円をオーバーしたことは世人の記憶に新たなところと思う︒この昂騰は池田内閣の高度成長政策
' 1
実は一種のインフレ政策,~で我国の産業界が活況を呈し、会社業績の好転、大衆所得の増進を斉したことが背景
をなしていたことほ明かであったが︑我国の投資信託が手持株の大量処分よりも寧ろ後続加入者の増加から買増を
続けると共に︑上述した︑高株価を正当化する新しい株価観を流布した影響も無視出来ないのである︒その新しい
株価観が利回り革命説と呼ばれるものであったことは︑識者の知れるところであろう︒株式の利回りは公社債の如
き確定対価証券の利回りよりも或る程度高いのが当然とされた従来の株価観は既に古く︑今や経済成長時代には株
式は利益配当のみを目標にして評価されるべきでなく︑︑成長性をも加えるべきであるがゆえ︑利回りが確定対価証
券よりも低くても何等不当でないというのである︒確かに︑経済成長時には会社の増資が頻繁となり︑プレミヤム
益の与えられるケースが多い︒併しこのプレミヤム益と配当を合せたものを基としてみれば株式の利回りは公社債
より多い筈で︑株式利回りは決して公社債より小であってよいとなるものでない︒たゞ配当だけを基としたもの︑
即ち配当利回りは従来より小であってもよいとなるに過ぎない︒然るに多くの世人はこの点の弁別が出来なかっ
た︒素より配当利回りは小であってよいとしても︑そう無闇に小であるべき筈のものでない︒然もその妥当な大い
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
さの決定のむつかしい︵理論的にそれを決める方法を見付けるのは至難に近い︶ことと︑株式の利回りは革命した
という考えは︑ややもすればそれを過小に与えんとするのである︒勿論これは高株価を正当とみる株価銀となると
ころで︑事実それはこのように働き︑昭和三十六年に至る我が株価の異常な上昇の︱つの動力となり︑延いて我国
の投資信託に商売上の目的を満喫さした次第である︵勿論︑調子に乗り過ぎた株価吊上げのため︑その後の経済成
長政策の往詰まりに伴う反動という以上に︑株価は大きい下落をなした︒尚︑最近︑我国の投資信託が発展難に陥
っている最大の原因は︑彼等が利用した利回り革命説の余波で株価が相当に利回り無視の高値にあることも︑十分
指摘出来るところだ︶︒
株価の暴落の場合︑共同投資組織の存在はその異常な暴落を食い止める働きを営むが︑後続資金が意の如く集ま
らないため︑その働きは不完全に止まるのであった︒注意すべきは︑食い止め作用が不完全だと云っても︑それは︑
満足する程度に行われないというに過ぎず︑他の要因による暴落を更に助勢するものでない点である︒これに対し︑
今︑相場暴騰時の場合に於ては︑共同投資組織は異常な暴騰を阻止する働きを営むこともあるが︑矢張り不十分な
ケースが多いのみならず︑時には却って暴騰を甚しくすることもあるのである︒この暴騰を甚しくするのは︑既に
知れる如く︑遡れば投資大衆の無知と欲張り根性にありとなるが︑共同投資組織が商売主義のためそれに迎合する
のも又原因となるところである︒併し昭和三十六年の経験︑其の後の我が投資信託の堅実な発展の停滞は︑共同投
資組織が徒らに大衆の欲張り主義に迎合するのは︑彼の商売主義にとっても結局はマイナスであることを教えたと
思うのである︒そうだとすれば︑政府当局としても︑共同投資組織が商売主義のみに走らず︑投資大衆を教育する
態度を堅持するよう指導する政策をとるべきだと云うべきである︒
一 四
四
一 五
一面から云えば︑共同投資 共同投資組織の株価暴落食い止め作用論の終りに︑その作用からみてオープン・ニソド型とクローズド・ニンド
型の何れを可とするやに就いて述べたが︑暴騰を食い止める作用に就いては如何であろうか︒結論を先に云えば︑
一に運営者の能力にか
4
り︑オープン・ニ 暴騰抑制の場合も︑多少選択してよい余地はあるが︑それほど大したことでないというところである︒異常な暴騰に対し共同投資組織が手持株式をどし/\売却する態度に出ることは︑
ンド型でもクローズド・ニンド型でも選ぶところはない︒たゞ︑大衆が勢に乗り共同投資組織を通じて尚も株式購
入をなさんとするのを制する点では︑オープン・ニンド型は門戸開放的であるので難しいのに対し︑
クロ
ーズ
ド・
ニンド型は設定運営者がその気になれば不可能でないという相違はある︒けれども後者も設定者がその気になれば
ということが前提となるところで︑若し彼等が商売主義に立つならばその性格は殆んど発揮されなくなってしまう︒
つまり根本は寧ろ共同投資組織の商売主義如何にあり︑運営関係者の商売主義が自制される所にのみクローズド・
ニンド型の自重的な性格が発揮されるに止まるわけで︑結局冒頭の結論の如く云ってよいとなるのである︒
他 の 事 情 で は 株 価 が 余 り 変 動 す る 情 勢 で な い 場 合 に 共 同 投 資 組 織 が 出 動 す る と き
共同投資組織は︑たとえ1
投資
会社
︑
一委託会社︵投資信託の場合︶だけでも︑投資単位としてスケールが大き
く︑彼等の投資出動が株価を高め︑彼等の売却が株価を下げるとみられるのも已むを得ない︒そして過去に於ては︑
アメリカ辺りでもこの事が共同投資組織の短所として指摘され︑時にはやかましく論議された︒確かに共同投資組
織そのものの行動が株価を上げたり下げたりする要因となることは否定出来ない︒否︑
投資
信託
︵証
券共
同投
資組
織︶
と株
式相
湯変
動︵
今西
︶
106
ほどに多く現れないのだ︒ ーロに云って共同投資組織は決して暴れん坊でない︒彼等が買出動或は売出動するに当っては︑自分の行動が相
場に対し平地に波瀾を起すような影響のないよう配慮する︒云う迄もなく︑共同投資組織が投資のため株式を仕入
れるのに仕入価格が暴騰するようでは投資原価が高くなって不利であり︑又手持株式を売却するのに売却価格が暴
落するようでは手取り額が少くなり最終の投資効果を減ずることになるからである︒即ち彼等は思慮ある行動者と
なり︑出来るだけ相場を上げないように大口の買を遂行し︑叉相場を下げないように大口の売を遂行せんとする︒
例えば︑前段に述べた︑他の要因で暴落せんとするような時機を見計らい大口仕入れを行い︑他の要因で暴騰せん
とする機会を利用し大口売却を行うが如くである︒其の他︑仕入れ︑売却を比較的小口に分けて行うなど色々な手
をつくす︒斯くて共同投資組織の行動が株式相場を暴騰さしたり暴落さしたりすることは︑実際には世人が考える
併し想像するほど多いケースではないとしても︑勿論現れないというのではなく︑特別に大きい変動ではないが︑
相当な騰貴︑下落を惹起することは可成り起り得るところだ︒この共同投資組織の行動による株価に及ぼす変動影
響の吟味は︑どうして︑どのように起るかを明かにすべきこと勿論として︑それは株価の低調期と堅調期の二つに
分ち取上げるのがよいとなる︒蓋し他の事情で株価が余り変動する情勢でない場合といっても︑相場の低迷期とし
っかり期とに分たれると共に︑各
M
の時期によって共同投資組織の行動に相違があるからである︒ とは限らないのである︒ な暴騰を食い止める作用を発揮するのであり︑ 投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶の大口の買或は売がこのような力をもつがゆえに︑かの他の要因による株価の異常な暴落を食い止めたり︑
一概に短所とも云えないのだ︒然もこの要因は常に必ず現実化する
一 六
又異常
907
一七
先ず株価の動きが大体平静ながら低迷状態にある時期であるが︑この状態の時期に於ても︑勿論︑株式の売物と
買物は存在する︒延いて共同投資組織にも新規に加入するものと脱退せんとするものがある︒実を云うと︑こうい
う低調期こそ腰を据えて株式投資を始める好機である場合が多いのだが︑投資大衆の人情としてこの時期には出動
したがらぬものである︒従って一般投資者の投資レペルの低い国︑また共同投資組織に対する信頼度の低い国では︑
共同投資組織としても新規加入よりも脱退の方が多いこととなり易い︒尤も脱退の方が多いというのは相当長期の
低迷期を通じての加入と脱退を比較してのことであり︑始終脱退の方が多いというのではない︒併し時として︑共
同投資組織として纏まった売物を出さねばならぬ場合があり︑例えばクローズド・ニンド型投資信託のうち満期日
に到達したものの生じた場合の如くである︒我国のユニット型投資信託の実例によると︑途中の解約脱退が相当額
に上り、満期日には残存額が既に少くなっていることが多いようであるが、•それでも或る量の株式を残すのが普通
である︒この場合︑売物の数量にもよるが︑組入れ株式の相場を或る程度下落させざるを得ないこととなる︒
但しこ
4
に知らねばならないのは︑この投資信託の纏まった売物が低調相湯を更に下げるという事態の実際に現れる頻度は︑それほどでないことである︒当該クローズド・エンド型投資信託の発足が︑より下値の時期に行われ︑
今︑満期日に相場が低迷していても尚値上り勘定となっているようなときは︑そのまま手持株は処分され︑相場下
落を惹起するであろう︒併し発足が相当高値の時期に行われ︑満期日の低迷相場では値下り勘定となっているとき
は︑手持株の処分による相場下落は一段と損勘定を増すがゆえ︑そこでは満期解散を延長する策がとられんともす
るのである︒勿論︑満期解散の延長は投資信託運営者の一存で敢行することは出来ず︑加入者の同意を必要とする
が︑加入者も彼等の利益を図る処置として反対するものは少いとなしてよい︒それよりも問題となるのは︑この有
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相湯変動︵今西︶
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ある
が︑
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
期限クローズド・ニンド型投資信託の満期延長が相場低迷期にいつも行われるようになれば︑投資信託の信用が失
墜するということである︒説明する迄もなく︑満期延長をなさざるを得ないのは︑投資信託運営者の運用拙劣を表
明するものであるからである︒その意味で︑クローズド・エンド型投資信託の満期延長は軽々に行うべきでないと
しなければならぬ︒が︑それにしても︑満期延長という手段のとられることがあるに於て︑相場低迷期に投資信託
の処分売物で相場が更に下落するー~勿論変動が甚しくなるー|'という事態は、世間で考えるほど屡ミ現れないと
前に︑株価低調期は株式投資の好機である場合が多いのだが︑投資大衆は却って尻込みし︑仮令共同投資組織が
存在してもその信頼せられる程度の低い国では︑新規加入よりも脱退の方が多い傾向となることを云った︒この場
合︑若し投資大衆の投資知識のレベルの進んだ国︑乃至共同投資組織の信頼度の高い国ではどうなるかと問われる
こととなるが︑流石に之等の国では共同投資組織への新加入は脱退に劣らず︑時には脱退を上廻る状態とならんと
する︒尤も新規加入が上廻るといっても︑共同投資組織がじっとしていてはそれほどでなく︑巧妙な広告︑宜伝な
ど彼等の努力に応じて増加成績は上がるところである︒それは兎も角︑このような状態の下では︑共同投資組織の
継まった売物が株価を圧迫する事態は少くなり︑寧ろ纏まった買仕入で株価が騰勢に向けられることすら生じ得る︒
更に︑この場合︑指摘しなければならないのは︑共同投資組織の買仕入れがたゞ単純に行われず︑株価をわざと剌
戟するよう努める例のあることである︒自分達の買物で株価が騰貴するときは投資原価を高くし不利となるようで
一面既存の組入銘柄の価格が高められ︑これが共同投資証券の価値増加となる︒共同投資証券の価値の増
加は共同投資組織加入に対する何よりの誘発となるが︑これこそ投資組織運営者の狙うところであるのである︵尚︑ なしてよいのである︒
一 八
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動を起すケースとして列挙しておかねばならないところである︒
一九
特殊な動機がないでもない︒投資信託委託会社或は投資会社が株式取引所のブローカーたる証券業者に牛耳られて
いるとき︑之等の業者は市場での一般売買取扱高を多くするため︑共同投資々金により株価を吊上げ市場商内をは
やらさんとすることである︒この事は別の機会に触れたので︑今は単に指摘するに止める︒拙稿﹁投資信託の管理
問題﹂本誌第八巻第一号﹂︶︒素より株価剌戟といっても︑それは値を動かし易い銘柄に限られ︑又その騰貴もそれ
ほど大したものとはならないであろう︒奇妙なことには︑従来世間では︑このような共同投資組織の行動をそれほ
どァンフェアとして非難しない︒恐らく株価低迷期に於ては︑出来たら低迷状態から脱し度いという念願が世間一
般にもたれているからに違いない︒併し社会感情は別とし︑そういう事態がある以上︑共同投資組織が自ら株価変
株価低調期に於ける共同投資組織出動による影響論を一応終えたので︑これより大体平静ながら堅調期に於ける
影響の考察に入ろう︒
凡そ株価の堅調は︑会社業績が比較的順調︑金利も落付いていて株式価値が十分維持されているのみならず︑株
式の需給関係がよい情勢によって斉されるのが普通である︒従って堅調期には株式の買物が売物を凌駕するのは︑
寧ろ株価の堅調をつくっている位で︑至極当然である︒而してこの堅調期に株式の買物が売物より多いことは︑投
資大衆の投資知識のレベルの低い国でも比較的進んだ国でも差違がないとなしてよい︒株価低迷期には株式に対す
る買物は投資大衆の投資知識のレペルによって開きがあり︑その低い国の場合と進んだ国の場合との二つに分けね
ばならなかったが︑今堅調期には分ち考察する必要はないわけである︒さて︑堅調期には株式投資の買物は売物よ
りも多く︑延いて共同投資組織も差引き加入が多く︑順調に伸びる状態にあるのが普通であるとして︑株式相場へ
投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
に与える変動影響が少くなるのを認めねばならないのである︒ 議論がなされる︒ 投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相場変動︵今西︶
の影響は如何であろうか︒これは共同投資の運営が堅実に行われている所とそうでない所(‑国の投資組織の凡て
が堅実運営であったり︑不堅実運営であったりするものでない︒大勢としてどちらかであるのを云うのである︶に
より相当に違う︒まず堅実な所では︑共同投資組織は纏まった買物が相場を高め投資原価が不利とならないよう︑
直接︑株式市場から購入せず︑かの転がしという手段︑即ち投資信託委託会社乃至投資会社が運営する別の既存投
資組織の組入れ銘柄を買取ることが盛んに行われんとする︒転がしという共同投資運営手段に就いては色々是非の
一部の人は︑転がしは徒らに取引所プローカーに売買手数料を稼がす手段となる恐れがある︑や
やもすると既存の投資組織組入れの有望銘柄が後続の投資組織に移され前者の加入者の利益を害する等を挙げて非
難する︒併し今共同投資組織の纏まった買物が株式相場を刺戟するによる不必要な変動を回避するという好い働き
もするわけである︒勿論︑共同投資組織はいつもその買物を転がしによって賄い得るものでなく︑市場から直接購
入することになるケースが多い︒併し転がしという手段の利用せられるだけ︑共同投資運営の堅実な所では︑相場
これに対し共同投資運営の堅実でない所では︑状態は称ミ異る︒こ
4
でも転がしによる購入が行われないというのではないが︑どうしても一般市場からの購入の方が盛んならんとする︒その理由は︑かの株価低迷期に信頼の厚
い共同投資が纏まった買物を発するのにわざと株価を刺戟するよう行動するのと全く同じである︒たゞ︑低調期に
は︑信頼の厚い共同投資組織は脱退分よりも加入分が多く差引き投資余裕金をもっと云っても︑その資金はそれほ
どであり得ないが︑今堅調期の共同投資組織はもっと多くの資金をもつ筈である︒従ってその刺戟的な株式購入の
範囲はより広きに亘る︒例えば前の場合は値を動かし易い所謂仕手株や小型株に限られるが︑この場合は比較的大
二
0投資信託︵証券共同投資組織︶と株式相湯変動︵今西︶ それは一層甚しくなる︑というところである︒ 以上︑相場の比較的平静期に共同投資組織の纏まった売物又は買物が相場に波瀾を起すや否やに就いて述べたところを要約すると︑次のようになる︒平静期のうち低迷期には︑矢張り共同投資組織の売物で相場を下げる事態は起り得るが︑そのような影響の起らないよう注意される所では︑それは大したことなく又その頻度も少い︒低迷期にも投資レベルの高い国では︑共同投資組織が纏まった買物を出さんとし︑その際意識的に相場に上げ刺戟を与えんと企てられることがあり︑寧ろこれによる変動誘発の方が可成りとなる︒一方︑相場堅調期には共同投資組織の纏まった買物で時々相場に上げ変動を斉すことがある︒これも転がしなどの手段で回避するよう努められると︑変動の大いさはそれほどとならないが︑頻度の方は低迷期の売物による下げ影響に比べやや多い︒然も投資の一般に堅実でない国では︑共同投資組織も商売上︑相場刺戟を意図するので︑相場に与える上げ波動もやや大きくなる︒
一言に纏めると︑共同投資組織の行動︑
結局
︑
いが︑出来るだけ起らないよう努力されるならばそれは相当緩和され︑反対にわざと刺戟するよう図られるならば るところとなして差支えない︒ 型の優良株にも手が延ばされるというふうである︒尚︑この共同投資の運営が堅実でない所に起る事態として︑共同投資の買仕入れに対し一部投資大衆が提灯買い︑つまり共同投資組織が買仕入れをなすであろう銘柄を先廻りし
て買付けることが挙げられる︒このような提灯買いは部分的乍ら共同投資組織の株価を刺戟しての購入を一層刺戟
的となすこと明かである︒素よりこれは共同投資組織そのものの行動でなく︑謂わば附随的事態に過ぎず︑叉株価
堅調期にのみ行われるものと限らないが︑矢張り堅調期で︑然も共同投資組織の運営が余り堅実でない所に多くみ
つまり纏まった売物︑買物が或る程度相場に波動を起すのは兎れな