『今昔物語集』巻二十天狗説話は因果応報説話か
著者 嶋中 佳輝
雑誌名 文化學年報
号 67
ページ 321‑346
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027603
『今昔物語集』巻二十天狗説話は因果応報説話か
著者 嶋中,佳輝
雑誌名 文化學年報
号 67
ページ 321‑346
発行年 2018‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027603
﹃ 今 昔 物 語 集
﹄ 巻 二 十
天 狗 説 話 は 因 果 応 報 説 話 か
嶋 中 佳 輝
はじ め に 天 狗 説 話と は 何 か 本
論で 対 象 と す る﹃ 今 昔 物 語 集﹄⑴
の 天 狗 説 話 は
︑巻 二 十 冒 頭 に 存 在 す る 全 十 二 話 で あ る︒
﹃ 今 昔﹄ に お い て︑ 天 狗⑵
が登 場す る説 話は 巻十 に一 話︑ 巻十 九に 一話
︑巻 二十 に十 二話
︑巻 二 十 八 に一 話 見 られ る
︒し か し︑ この う ち 巻 十 九の 説話 は本 文を 欠い てい る︒ また
︑巻 二十 八の 説話 は尼 を天 狗か と疑 うも ので 天狗 その もの が出 現す るわ けで は な い︒ また
︑巻 十の 説話 は聖 人が 天狗 とな るも ので 興味 を引 くが
︑震 旦部 に属 して いる ため
︑本 論に おい ては 対象 と す る天 狗説 話に は一 括し なか っ た︒ 本論 で は︑ 説 話自 身 が﹁ 天 狗﹂ と表 現 し
︑﹁ 天 狗﹂ の活 躍 す る事 例 を 中心 に 考 察 す べく
︑巻 二十 にお いて 天狗 が出 現す る十 二話 を天 狗説 話と して 考察 の対 象と する
︒ 天狗 説話 十二 話の 話名 と粗 筋お よび 諸注 釈書 が提 示す る出 典を 左に 記 す⑶
︒以 下︑ こ れら の う ち個 別 の 説話 単 体 に つ いて 触れ る時
︑巻 二十 中の 話番 号を 以て
︑第 一話
︑第 二話 など と呼 ぶこ とに した い︒ 第一 話
:
天竺 天狗 聞海 水音 渡此 朝語 第一 天 竺の﹁天 狗﹂ が震 旦に 向か う途 中海 水が 無常 偈の 法文 を唱 える のを 聞い た︒ 驚い た天 狗は その 声を 遡っ て︑ 震
― 321 ―
旦︑ 日 本海
︑波 方
︵博 多︶
︑ 淀川
︑宇 治 川
︑琵 琶 湖 か ら 比 叡 山 に 辿 り 着 い た︒ そ こ に い た﹁ 天 等﹂
︵ 天 童︶ に 聞 く と︑ 法文 は比 叡山 の学 僧が 使う 厠か ら流 れ出 てい ると いう
︒感 動し た天 狗は 比叡 山の 僧に 生ま れ変 わる こと を決 意 し︑ 有明 親王
︵宇 多法 皇の 皇子
︶の 子と して 転生 し︑
﹁ 大豆 の僧 正﹂ の異 名を とる 明救 僧正 とな った
︒︵ 出典 未詳
︶ 第二 話
:
震旦 天狗 智羅 永寿 渡此 朝語 第二 震 旦に﹁智 羅永 寿﹂ とい う強 力 な﹁ 天宮
﹂︵ 天 狗︶ が おり
︑日 本 へ と渡 っ て き た︒ 日本 の 天 狗と 力 比 べを す る こ と にな り
︑智 羅 永寿 は
﹁余 慶 律師
﹂や
﹁深 禅 権 僧 正﹂
︑﹁ 慈 恵 大僧 正
﹂と い った 比 叡 山 の 並 み 居 る 高 僧 に 挑 戦 し た が︑ 退散 を繰 り返 し遂 には 仏に 仕え る﹁ 童部
﹂に 凌略 され
︑日 本の 天狗 に嘲 られ た︒ 折ら れた 腰の 治療 のた め湯 治 をす るこ とに なっ たが
︑そ の湯 屋か らは 強烈 な悪 臭が した
︒︵ 出 典未 詳︒
﹃真 言伝
﹄に 同文 的説 話︒ もと は﹃ 宇治 大 納言 物語
﹄か
︶ 第三 話
:
天狗 現仏 坐木 末語 第三 醍 醐天 皇の 代︑﹁ 五条 道祖 神﹂ が祭 られ てい る場 所 の︑ 実 がな ら な い柿 の 木 の 上に 仏 が 出現 し た︒ 賢 く智 恵 深 い
﹁ 光ノ 大臣
﹂は これ を怪 訝に 感じ
︑﹁ 外術 なら ば七 日以 上の 効果 はな いは ずだ
﹂と 思っ て︑ 正装 で現 場へ 向か い︑ 瞬 くこ とな く仏 を凝 視し た︒ する と︑ 仏 は耐 え き れな く な って 大 き な 翼の 折 れ た﹁ 屎鵄
﹂の 本 性 を 現し
︑﹁ 童 部﹂ に よっ て踏 み殺 され てし まっ た︒ 大臣 は﹁ 賢カ リケ ル人
﹂で あっ たこ とだ
︒︵ 出 典未 詳︒
﹃宇 治拾 遺物 語﹄ に同 文的 説 話︶ 第四 話
:
祭天 狗僧 参内 裏現 追語 第四 円 融院 が病 気で あっ た時︑祈 祷さ せた が効 果は 得ら れな かっ た︒ そこ で東 大寺 南の 高山 の聖 人を 呼び 寄せ たと こ ろ︑ 院 の病 気 は 完治 し た︵ 聖 人 は 奈 良 か ら 宇 治 ま で は 霊 験 を 発 揮 し た
︶︒ こ れ を 怪 し く 思 っ た 元 の 護 持 僧 で あ る
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 322 ―
﹁ 寛朝 僧正
﹂と
﹁余 慶律 師﹂ はこ の高 山の 法師 に向 けて 加持 を行 うと 法師 の居 所か ら﹁ ハタ リ
!
"
﹂ と翼 の音 がし
︑ 犬の 糞の 悪臭 が漂 った
︒捕 えら れた 法師 は﹁ 天狗
﹂を 祭っ てい たこ とを 白状 し︑ 追放 され た︒
︵ 出典 未詳
︶ 第五 話
:
仁和 寺成 典僧 正値 尼天 狗語 第五﹁天 狗﹂ が出 ると いわ れる 円堂 寺に 赴い た
﹁成 典 僧正
﹂は 謎 の 尼と 遭 遇 し︑ 三 衣筥 を 奪 われ た
︒高 い 槻の 木 の 上 に逃 げた 尼に 向か って 加持 する と︑ 尼は 落ち てき たの で三 衣筥 を奪 い返 せた が︑ 三衣 筥は 一部 破損 して いた
︒こ の 尼は
﹁尼 天狗
﹂で あろ う︒
︵ 出典 未詳
︒﹃ 真言 伝﹄
︑﹃ 土 巨抄
﹄︑
﹃ 扶桑 蒙求 私注
﹄な どに 類話
︶ 第六 話
:
仏眼 寺仁 照阿 闍梨 房託 天狗 女来 語第 六 仏 眼寺 の﹁ 仁照 阿闍 梨﹂ によ く帰 依す る︑ 四十 歳ほ どの 博打 打ち の妻 がい た︒ たま たま 仁照 と二 人き りに なっ た 女は 夫婦 関係 を結 ぶこ とを 迫り︑追 い詰 めら れた 仁照 が不 動尊 に祈 ると 女は 狂乱 状態 に陥 った
︒女 は自 身の 正体 が 東山 白河 の﹁ 天狗
﹂で
︑こ の女 に憑 いて 仁照 を 堕落 さ せ よう と し たと 白 状 し︑ 翼 を折 ら れ て力 を 失 っ た︒
︵出 典 未 詳︶ 第七 話
:
染殿 后為 天宮 䑬乱 語第 七 文 徳天 皇の 母︑﹁ 染殿 后﹂ は美 女で あっ たが
︑物 の怪 に 悩 まさ れ る こと が 多 か った
︒霊 験 あ らた か な 金剛 山 の 聖 人を 呼び 祈祷 させ たと ころ
︑后 の侍 女か ら老 狐が 飛び 出し たの で︑ それ を捕 えさ せる と后 の病 は完 治し た︒ 聖人 は その 後も しば らく 内裏 に留 まっ たが
︑几 帳の 帷子 がめ くれ た隙 に后 を見 てし まい
︑愛 欲の 心を おこ した
︒聖 人は 后 を襲 い︑ この 時は 当麻 鴨継 が防 いだ が︑ 聖人 は追 放さ れた
︒し かし その 後︑ 聖人 は﹁ 鬼﹂ と化 し︑ 内裏 に侵 入し て 后を 犯し
︑鴨 継と その 係累 を呪 い殺 した
︒遂 には 天 皇や 朝 臣 たち の 面 前で 后 と 情 交に 及 び︑ 憚 るこ と は な かっ た
︒ 高貴 な女 人は 法師 に近 づ いて は な らな い こ とだ
︒︵ 出 典 未 詳︒
﹃善 家 秘 記﹄ の系 統
︒﹃ 真 言伝
﹄︑
﹃ 扶 桑略 記
﹄に も 逸
― 323 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
文が ある
︒﹃ 宝 物集
﹄な どに 類話
︶ 第八 話
:
良源 僧正 成霊 来観 音院 伏余 慶僧 正語 第八︵本 文欠
︑出 典未 詳︶ 第九 話
:
祭天 狗法 師擬 男習 此術 語第 九 京 都に﹁外 術﹂ を好 んで する 下衆 法師 がい た︒ 隣に 住む 男は この 法師 に外 術の 習得 を熱 心に 頼み 込み
︑七 日間 身 を浄 め人 と会 わず 交飯 を桶 に入 れて その 志を 示し たの で︑ 法師 は刀 を携 帯し ない こと を条 件に 男を 連れ て行 くこ と を承 知し た︒ だが
︑男 は秘 密に 刀を 携帯 する こと にし た︒ 法師 と男 が深 い山 中を 進ん でい くと
︑僧 坊の 中か ら老 法 師が 現れ た︒ 老法 師は 男が 刀を 持っ てい ると 疑っ たの で︑ 切羽 詰ま った 男は 刀で 斬り かか った
︒す ると 老法 師も 寺 も瞬 時に 消え 去り
︑周 りを 見る と一 条西 洞院 であ った
︒そ の後 下衆 法師 は数 日後 に死 んで しま った が︑ 男は 無事 に 過ご した
︒こ の法 師の よう に﹁ 外術
﹂を 行う 者は
﹁人 狗﹂ と呼 んで 人間 では ない のだ
︒︵ 出 典未 詳︶ 第十 話
:
陽成 院御 代滝 口金 使行 語第 十 陽 成院 の代︑滝 口の 道範 は陸 奥国 に金 を輸 送す る使 いの 途中
︑信 濃国 某郡 の郡 司の 家に 泊ま った
︒主 の郡 司が 外 出し たの で︑ その 美し い妻 に手 を出 すと
︑男 根が 消え 去っ てい た︒ 道範 は郎 等全 てに この 女を 犯さ せた が︑ 全員 男 根を 失っ て帰 って きた
︒怪 しく 思っ た道 範た ちが 慌 ただ し く 郡司 の 家 を去 る と
︑郡 司 から 忘 れ 物が 届 け ら れた が
︑ それ は男 根で あっ た︒ 驚い た道 範は その 後こ の郡 司に 贈り 物を し︑ この 術の 習得 を許 可さ れた
︒道 範は 七日 間身 を 浄め た後
︑三 宝を 信じ ない こと を誓 わさ れ︑ 山中 の川 上か ら下 って きた もの は何 でも 抱え 込め とい う試 練を 受け さ せら れた が︑ 最初 の大 蛇に 怯ん でし まっ たた め︑ 物を 変え る術 しか 習得 でき なか った
︒京 に帰 った 道範 は有 名に な り︑ 陽成 院も 道範 の教 えで 術を 習得 して 楽し んだ が︑ 帝王 の身 で﹁ 三宝 ニ違 フ術
﹂に 手を 出し たた め狂 って しま っ たと いう こと だ︒ この よう な術 は天 狗を 祭り
︑三 宝を 欺く こと であ るの で行 って はな らな い︒
︵ 出典 未詳
︒﹃ 宇治 拾
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 324 ―
遺物 語﹄ に同 文的 説話
︶ 第十 一話
:
竜 王為 天狗 被取 語第 十一 昔
︑讃 岐国 の万 能池 は竜 の住 処と もな って いた
︒あ ると きそ の池 の竜 が日 光浴 のた めに
﹁小 蛇﹂ の姿 で池 から 出 ると
︑比 良山 の天 狗が 変じ た﹁ 鵄︵ とび
︶﹂ に さら わ れ てし ま っ た︒ 竜は 思 い が けな い こ とに 何 も でき ず
︑比 良 山 の洞 窟に 幽閉 され て︑ 死を 待つ ばか り四
︑五 日が たっ た︒ この 間︑ 天狗 は比 叡山 の僧 をさ らお うと 思い
︑小 便後 に 手を 洗う ため 水瓶 を持 って いた 僧を まん まと さ らっ て
︑竜 と 同じ く 洞 窟に 閉 じ 込 めた
︒僧 は 竜 がい る の に 気付 き
︑ 竜が 一滴 でも 水が あれ ば力 を発 揮で きる と訴 える と︑ 持っ てい た水 瓶に 残る 一滴 の水 を与 えた
︒す ると 竜は 力を 取 り戻 し﹁ 小童 ノ形
﹂と なっ て僧 を背 負っ て比 叡山 まで 届け
︑京 で﹁ 荒法 師﹂ の姿 にな って いた 天狗 を蹴 り殺 し︑ 天 狗は 翼の 折れ た﹁ 屎鵄
︵く そと び︶
﹂ とな って しま った
︒竜 が僧 の徳 によ り命 を長 らえ
︑僧 は竜 の力 で山 に帰 った
︒ これ は﹁ 前生 ノ機 縁﹂ と言 うべ きで あろ う︒
︵ 出典 未詳
︶ 第十 二話
:
伊 吹山 三修 禅師 得天 宮迎 語第 十二 伊 吹山 に智 恵な く念 仏を 唱え てば かり の三 修禅 師が いた
︒三 修に 阿弥 陀来 迎の 予告 があ った ので
︑三 修は その 日 に準 備し て待 って いる と霊 験あ らた かな 阿弥 陀来 迎が 起こ り︑ 三修 を迎 えて 去っ て行 った
︒そ の後 七日 ほど 経っ て 弟子 たち が奥 の山 に入 ると
︑大 きな 杉の 木の 上で 縛ら れて いる 三修 を発 見し た︒ 三修 は妄 言を くり 返し
︑そ の数 日 後狂 って 死ん でし まっ た︒
﹁ 智恵
﹂が ない か ら天 狗 に だま さ れ て しま う の だ︒
︵出 典 未 詳︒
﹃宇 治 拾 遺物 語
﹄に 同 文 的説 話︒
﹃ 十訓 抄﹄
︑﹃ 真 言伝
﹄︑
﹃ 天狗 草紙
﹄に 同話
︒も とは
﹃善 家秘 記﹄ か︶ この よう に天 狗説 話は
﹁天 狗﹂ の登 場を 通し て巻 二十 冒頭 に一 纏ま りを なし てい るが
︑興 味深 いこ とは 全て が出 典 未 詳と され
︑出 典が 不明 なこ とに ある
︒ま た︑ こ れら の 説 話群 は 内 容面 に よ る 共通 性 は 弱く
︑﹁ 天 狗﹂ の 登場 そ れ 自
― 325 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
体 を共 通要 素と 捉え るほ かな いと 言え るだ ろう
︒ 第一
章 天狗 説 話 の位 置 づ けと 巻 二 十の 構 成 に関 す る 先行 研 究
﹃ 今昔
﹄に おけ る天 狗説 話の 先行 研究 とし ては
︑森 正人 氏に 簡潔 かつ 明瞭 な考 察が ある
︒ 本朝
篇仏 法部 が︑ 日本 の仏 教に 関す る一 切の 事象 を体 系的 に記 述し よう とし たの であ れば
︑こ こに
︑反 仏法 的 存 在を も仏 法の 秩序 のう ちに 組み こみ
︑仏 法の 論理 に よっ て 統 御し よ う とす る 関 係 が見 出 さ れな い で あ ろう か
︒ 天 狗は 反仏 法的 存在 には 違い ない が︑ 仏法 の体 系の 外に ある ので はな い︒ 周縁 の存 在で あり 異端 であ るこ とに お い て︑ 仏や 法や 僧の 中心 性や 正統 性を 支え てい る ので あ る︒ 天 狗説 話 群 が仏 法 部 の 組織 上 に 与え ら れ た 位置 は
︑ 天 狗の 周縁 的異 端的 性格 とま さし く対 応し てい る︒ こう して 反仏 法的 存在 を仏 法の 論理 をも って 統御 する 営為 を 通 して
︑逆 に仏 法の 正統 性が 確認 され てい くで あろ う⑷
︒ 森氏
は天 狗を 仏法 の体 系の 内に おい て︑ その 正統 性 を逆 説 的 に支 持 す る存 在 で あ ると 定 義 する
︒こ の 説 に よっ て
︑ 様 々 な 性質 を 持 つ天 狗 に 反 仏法 と い う 包 括 的 な 枠 組 み を 与 え る こ と が で き る︒
﹃今 昔
﹄で の 怪 異 的 存 在 は 巻 二 十 七
︵本 朝付 霊鬼
︶に 集成 され てい ると 見な され てい るが
︑天 狗 説 話が 巻 二 十七 に 組 み 込ま れ ず︑ 本 朝仏 法 部 に存 在 す る の も 反 仏法 存 在 であ る こ と によ っ て 仏法 存 在 であ る か ら だと 考 え られ る
︒森 氏 のこ の 説 は 現在 に 至 る ま で
︑﹃ 今 昔
﹄ 研 究に おい て支 持さ れて 来て いる と言 って 良い
︒
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 326 ―
それ では
︑天 狗説 話が 仏法 部の 中で も︑ 特に 巻二 十に ある のは なぜ なの だろ うか
︒
﹃ 今昔
﹄に お け る巻 二 十 の全 体 か ら 見 た 構 成 と そ の 内 容 に つ い て は
︑国 東 文 麿 氏 に 詳 細 な 研 究 が あ る︒ 国 東 氏 は
﹃今 昔﹄ の組 織に つい て︑ 天竺 部︑ 震旦 部︑ 本朝 部と も に 歴史
︑賞 賛
︑教 訓 の順 序 で 物 語が 構 成 され て い ると 指 摘 し て いる
︒す なわ ち︑ 巻二 十ま での 仏教 説話 につ いて 次の よう な構 成を 明示 する
︒
︵ 一︶ 仏教 史⁝ 三国 おの おの の頭 初に
︑説 話に よ る 仏教 史
︵発 生 と展 開
︶が の べ られ る
︒こ れ は内 容 的 には 極 め て 普 遍的 常識 的な もの であ る︒
︵ 二︶ 三宝 賞讃
︵霊 験︶
⁝三 国と もに
︑仏 教創 始説 話の 次 に は三 宝 賞 讃の 説 話 が おお む ね 同じ 形 を とっ て 続 く︒ 三 宝
︵仏
・法
・僧
︶を 讃え るの は︑ 仏教 の最 も基 礎的 なも ので あり
︑そ れを 説話 によ って 行な うこ とは 一面 啓蒙 的 智 識を 与え
︑一 面教 訓と もし てい ると いい うる
︒
︵ 三︶ 仏教 教訓
︵因 果応 報︶
⁝三 国い ずれ も︑ 三宝 賞讃 説 話 に引 き 続 いて 仏 教 教 訓の 説 話 がお か れ る︒ 仏教 教 訓 は 主 とし て因 果応 報に よっ て説 かれ る︒ それ をさ らに わけ て善 因善 果︵ 勧善
︶・ 悪 因悪 果︵ 懲悪
︶と する
︒ 国 東氏 はこ の組 織的 構成 の理 解に よっ て﹃ 今昔
﹄本 朝仏 法部 の構 成を 次の よう に紐 解く
︒
︵ 一︶
⁝仏 教渡 日・ 創始
・展 開お よび 寺塔 造営
・法 会創 始を いう
︒⁝ 巻十 一・ 一〜 巻十 二・ 十︒
︵ 二︶ 仏⁝ 諸仏 像霊 験⁝ 巻十 二・ 十一
〜二 十四
︒ 法⁝ 法華 経・ 諸経 霊験
=
現 世利 益⁝ 巻十 二・ 二十 五〜 巻十 四全 話︒ 往生
︵霊 験︶
=
当世 利益
⁝巻 十五 全話
︒ 僧⁝ 諸菩 薩・ 諸天 霊験
・観 音霊 験⁝ 巻十 六全 話︒
― 327 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
・地 蔵霊 験⁝ 巻十 七・ 一〜 三十 二︒
・諸 菩薩 霊験
⁝巻 十七
・三 十三
〜四 十一
︒
・諸 天霊 験⁝ 巻十 七・ 四十 二〜 五十
︒
・?
⁝巻 十八
?︵ 原文 ママ
︶
︵ 三︶ 善因 善果
︵ 過去 因現 在果
︶出 家機 縁説 話⁝ 巻十 九・ 一〜 十八
︒
︵ 現在 因現 在果
︶孝 養報 恩説 話⁝ 巻十 九・ 二十 三〜 四十 四︒ 慈 悲感 応説 話⁝ 巻二 十・ 四十 一〜 四十 九︒ 悪因 悪果
︵ 過去 因現 在果
︶天 狗説 話⁝ 巻二 十・ 一〜 十四
︒
︵ 現在 因現 在果
︶冥 府受 苦説 話⁝ 巻二 十・ 十五
〜十 九︒ 主 とし て現 報説 話⁝ 巻二 十・ 二十
〜四 十︒ 僧 の悪 因悪 果説 話⁝ 巻十 九・ 十九
〜二 十二
︒ その 後︑ この 組織 表⑸
は
﹃今 昔﹄ の構 成研 究の 基礎 的理 解と して
︑概 ね踏 襲 さ れ てき た と 言え る
︒さ ら に国 東 氏 は こ の組 織表 にお いて
︑天 狗説 話が 因果 応報 の過 去因 現在 果と され てい るこ とに つい て︑ 次の よう に述 べる
︒ 天狗
につ いて はこ とさ ら因 果関 係の もの と して 云 わ れて は い ない
︒︵ 中 略
︶天 狗 の行 い 自 体に 悪 因 を認 め る と い う よ りも
︑む し ろ 天狗 に 生 ま れた こ と を悪 果 と し︑ それ は 前 世 にお け る 悪因
︵こ の こ とは 何 も い っ て い な い
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 328 ―
が
︶に よる もの とし て捉 えて いる ので はな いか と思 う︒ それ なら ばこ の天 狗話 は過 去因 現在 果・ 悪因 悪果 のも の と みう る⑹
︒ 国
東氏 は 天 狗説 話 を 因果 応 報 説 話の 枠 組 みの 中 に 収 めよ う と 試み て い る︒ しか し
︑国 東 氏 自身 が 述 べ て い る よ う に
︑天 狗説 話に 悪因 を見 出す とし ても
︑そ の因 果は 本文 中に 明確 に表 現さ れて いな いの であ る︒ 天狗 説話 を単 純な 因 果 応報 説話 と見 るこ とは でき ず︑ 過去 因現 在果 と断 定す るこ とは でき ない
︒ 国東 氏が 提示 した 枠組 みは 現在 でも 概ね 支持 され て いる も の であ る が︑ 大 村誠 一 郎 氏 は国 東 説 に疑 義 を 投 げか け
︑ 巻 十九 と巻 二十 が必 ずし も因 果応 報を 集め てい ると は 限ら な い こと を 指 摘し
︑﹁ そ れ ま での 巻 に おい て は 類聚 契 機 に 合 致し なか った 話を 広範 に集 めて
︑分 類し 整理 して 形成 され た巻
﹂と した
⑺
︒ 一方
︑松 尾拾 氏は
︑次 のよ うに 述べ る︒ 天狗
・野 猪が 冒頭 に置 かれ る理 由が わか らな い︒ これ は︑ 編者 の類 聚の 基準 が因 果応 報譚 を集 める こと では な か った こと を表 すの では ない かと 思う
︒で は類 聚の 基準 は何 だっ たの か︒ 反仏 法行 為を した 者の 話を 集め るこ と が 目 的 だっ た と 私は 考 え る︒ そ の尤 な る 者と し て︑ 超 力者 の 天 狗︵ 野 猪︶ をま ず 挙 げ
︑次 い で 人 に 移 る の で あ る⑻
︒ 松尾
氏は 巻二 十を 因果 応報 説話 の集 成で はな く反 仏法 行為 の集 成と 見る こと で︑ 天狗 説話 に巻 二十 内で の位 置づ け を 与え よう と試 みて いる
︒
― 329 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
しか し︑ 天狗 説話 以外 の巻 二十 の説 話は
︑因 果応 報説 話を 集め て い る﹃ 日 本霊 異 記﹄ を 主に 出 典 にし て い る⑼
︒ ま た
︑天 狗 説 話と 因 果 応報 説 話 で は反 仏 法 行為 へ の 対処 方 法 が 仏法 に よ る圧 倒 と 悪因 か ら の 悪果 で 大 きく 異 な っ て お り
︑反 仏法 行為 とい う枠 組み で考 える には 漠然 とし すぎ てい るの では ない だろ うか
︒ また 小峯 和明 氏は
︑巻 十九 と巻 二十 につ いて 次の よう に述 べる
︒ 巻十
九で も二 十で も︑ かな り世 俗系 の話 題が 多く なっ てき てい るこ とに 気づ かさ れる
︒た とえ ば︑ 巻十 九の 最 後 の話 題な ど︑
︵ 略︶ ほと んど 物語 内部 に仏 法譚 とし ての 性格 をみ いだ しが たい
︒︵ 略︶ 事件 らし い事 件は なに も 起 きず
︑犬 が赤 子に 乳を 飲ま せる こと その もの が事 件と され
︑そ れを 終始 見つ め続 ける 男の 視線 を介 して 物語 が 緊 迫感 をも って 語ら れて ゆく
︒物 語の 展開 の方 位や 出来 事の 解釈 の傾 きそ のも のに 仏法 の発 想が しか けら れて い る
︑と いう こと にな ろう か︒ 仏法 篇は やが て閉 じざ るを えな いだ ろう 予感 に巻 十九 と二 十は 覆わ れて いる
⑽
︒ また
︑小 峯氏 は天 狗説 話に つい て次 のよ うに 述べ る︒ 反
仏法 の 存 在を 仏 法 側が 微 塵 に 撃ち く だ くこ と に よ って 仏 法 の験 徳 を 示す
︑天 狗 譚 の 構造 と 意 義 も そ こ に あ る
︒し かし
︑こ こで 注意 すべ きは
︑天 狗譚 の集 積の 結果
︑仏 法と 無縁 の天 狗調 伏の 話題 をと りこ めて しま った 点 で ある
︒︵ 略
︶天 狗・ 異類 の怪 異を 見破 り︑ 撃退 す る のは
︑俗 人 の 大臣 や 殺 生 を生 業 と する 猟 師 であ る
︒そ の 撃 退 法も 仏の 出現 を奇 異に 思う 機知 や思 慮が 契機 とな る︒ 天狗 の怪 異の 内実 は仏 菩薩 への 変化 であ り︑ それ 自体 反 仏 法の 行為 であ るが
︑こ れを 撃退 する のは もは や仏 法の 験で はな く︑ 世俗 の知 賢︑ 貴人 の眼 力や 猟師 の武 器で あ
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 330 ―
っ た
︒反 仏 法の 撃 退 が非 仏 法 の 側か ら な され る
︒反 仏 法の 調 伏 を てこ に 仏 法の 尊 厳 や威 徳 を 説 く べ き は ず の 巻 に
︑非 仏法 的物 語を とり こめ てし まう 矛盾
︒︵ 略
︶反 仏法 の 存 在の 物 語 化が 結 果 と して 非 仏 法の 物 語 をか か え こ み
︑同 時に その 物語 の論 理に ひか れて いく
︒そ うし た語 りの 動態 が天 狗譚 には 露呈 して いる
⑾
︒ 小峯
氏は 天狗 説話 の非 仏法 性に
︑仏 法部 を締 めく くり
︑世 俗部 への 布石 とす る意 図が ある と解 釈し てい ると 考え ら れ る︒ この よう に小 峯氏 は天 狗説 話が
﹁仏 法的 物語
﹂か ら離 脱し てい く傾 向を 指摘 して いる ので ある
︒ しか し︑ 天狗 説話 に小 峯氏 の言 う﹁ 語り の動 態﹂ があ った とし ても
︑天 狗説 話の 後の 二十 話以 上は 明白 に因 果応 報 を 説く もの であ る︒ そも そも
︑天 狗説 話に おい て天 狗を
﹁撃 退﹂ する のが
﹁非 仏法
﹂で ある かど うか は︑ それ ぞれ の 説 話に おい て﹁ 智恵
﹂や
﹁智 リ﹂ を反 天狗 の鍵 語と して いる こと から も疑 問が 残る
︒小 峯氏 にし ても
﹃今 昔﹄ 巻二 十 の 中で 天狗 説話 がど のよ うに 位置 づけ られ てい るか 説明 を果 たし てい ると 言え ない ので はな いだ ろう か︒ また
︑原 田信 之氏 は︑
﹃ 今昔
﹄の 構成 を法 相宗 の﹁ 四重 二諦
﹂に よる もの と看 破し
︑次 のよ うに 述べ る︒ 巻一
九・ 巻二
〇の 部分 を︑ 巻九
﹁震 旦付 孝養
﹂と 対応 する 法相 宗四 重二 諦の 真諦
︿亦 俗亦 真﹀ 前三 勝義 に該 当 す る巻 とし て編 纂さ れて いる とみ た場 合︑
﹃ 今昔
﹄全 体の 中で の巻 一九
・巻 二〇 の位 置が はっ きり して くる
︒︵ 中 略
︶巻 一九 と巻 二〇 に非 仏法 的な 話が 多い 点を
﹁矛 盾﹂
︑ ある いは
﹁物 語主 題と 組織 の背 反﹂ と解 す必 要は なく
︑ 非 仏法 的な 話は 意図 的に
﹃今 昔﹄ 編者 に よっ て 収 集さ れ た とみ る 方 が 自然 で あ る︒
﹃今 昔
﹄は
︑法 相 宗四 重 二 諦 の 教 理 通り に
︑俗 諦 の世 間 世 俗 に該 当 す る本 朝
﹁世 俗﹂ 部 の巻 々 の 前 に︑ 真諦 で も あ り 俗 諦 で も あ る︿ 亦 俗 亦 真
﹀に 該当 する 巻一 九・ 巻二
〇部 分を 配し たと 推定 され る︒ また
︑巻 一九 から 巻二
〇へ と︑ 次第 に俗 諦へ 近づ い
― 331 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
て いる 点が 注目 され
︑こ れも
︑真 諦を 勝義 勝義
〜世 間勝 義と
︑深 いも のか ら浅 いも のへ とい うよ うに 説く 法相 宗 四 重二 諦の 教理 と合 致し てい る︒
︵ 中略
︶特 に︑ 巻頭 に配 置さ れた 天狗 をめ ぐる 話群 は︑
︿亦 俗亦 真﹀ その もの の 内 容と もい え︑
﹃ 今昔
﹄編 者の 工夫 の様 がう かが え︑ 興味 深い
⑿
︒ 原田
氏は 法相 宗の 教 義か ら
﹃今 昔﹄ を 解し て い る︒ 原田 氏 は 真 諦を
﹁仏 教 説 話﹂
︑俗 諦 を﹁ 世 俗説 話
﹂と し て︑ 世 俗 説話 をも 仏教 説話 集の 中に 取り 込む メカ ニズ ムに 示唆 的な 教示 を与 えて いる
︒た だ︑ 巻十 九・ 巻二 十の 説話 を俗 諦 で もあ り︑ 真諦 でも ある とし たと ころ で︑ それ が巻 十八 以前 と同 じく 仏法 部と され るこ とと どの よう に関 わる のか は 改 めて 問わ れる べき 問題 であ る︒ 巻十 九・ 巻二 十に 収め られ た説 話の 世俗 説話 性と は何 か︑ それ は巻 十八 以前 の仏 法 部 の説 話と 異質 であ ると 言え るの か︑ 未だ に問 題が 残っ てい ると 言え る︒ 以上
︑先 行研 究を 概観 した が︑
﹃ 今昔
﹄巻 二十 が主 に因 果 応 報の 集 成 を目 的 に し た巻 で あ ると い う 定説 と
︑天 狗 説 話 に一 見し て因 果応 報説 話と して の特 徴が 見出 しに くい こと との 齟齬 は先 行研 究に おい て検 討が 十分 では ない とい う の が実 情で あろ う︒
﹃ 今昔
﹄に 見え る様 々な 様態 を示 す天 狗は
︑反 仏法 とい う 共 通性 に よ って
︑他 の 異 類 説話 か ら 疎外 さ れ 仏法 部 に 収 め られ たと 考え られ てい る︒ しか しそ の一 方で
︑天 狗説 話は 本文 中に 仏教 的な 因果 が明 確な 形で 表現 され てい ない ため
︑巻 二十 の他 の因 果応 報 説 話と の関 わり を指 摘す るこ とは 難し い︒ また 天狗 説話 は全 て出 典が 確定 して おら ず︑ どの よう に編 者に よっ て改 変 さ れ︑
﹃ 今昔
﹄の 説話 とさ れて いる のか も不 明で あ る︒ つ まり
︑巻 二 十 にお け る 天 狗説 話 は︑ 巻 中に お い て特 異 な 位 置 を占 めて いる と評 価で きる が︑ その 位置 付け がど のよ うな もの であ るの か︑ 先行 研究 にお いて も残 され た課 題で あ
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 332 ―
る と言 えよ う︒
第二 章
﹃今 昔 物 語集
﹄ に おけ る 因 果応 報
﹃ 例文 仏教 語大 辞典
﹄に よる と﹁ 因果 応報
﹂と は教 理
・教 学 上の 問 題 とし て
﹁善 悪 の 行為 に 応 じて 吉 凶 禍福 の 果 報 を 受け るこ と︒ 善因 には 富楽 など の善 果︑ 悪因 には 貧苦 など の悪 果を 受け るこ と﹂ とさ れて いる
⒀
︒ 本論 では 厳密 な仏 教学 的な 問題 には 立ち 入る こと がで きな いが
⒁
︑仏 教説 話 に お いて は
︑物 事 には 相 応 する 原 因 が あ り︑ また 行為 には それ に相 応す る結 果が ある とい う論 理が 働い てい ると 捉え たい
︒こ こで は因
︵先 立つ 行為
︶と 果
︵結 果︶ は善 か悪 か︑ 同じ 属性 を持 つ︒ すな わち 善因 に は 善果 が 対 応し
︑悪 因 に は 悪果 が 対 応す る
︒対 応 が顕 れ て く る のが 因果 応報 その もの であ るが
︑顕 れる のに は時 空の 隔た りが ある
︒因 と果 は対 応す るが
︑因 と果 は同 時空 には 成 り 立た ない
︒ たと えば
︑過 去世
・現 在世
・未 来世 の三 世が あり
︑過 去世 の因 が現 在世 に果 とし て︑ また は現 在世 の因 が未 来世 に 果 とし て顕 れる
︒過 去世 に因 を言 及し てい くと き︑ それ らは
﹁宿 世﹂ や﹁ 宿業
﹂と いっ た表 現が なさ れる
︒こ れと は 別 に現 在世 内で 因果 が完 結す る場 合︑ この 因果 応報 は﹁ 現報
﹂と 称さ れる
︒日 本に おけ る因 果応 報の 理解 は現 在世 が 中 心と して あり
︑こ こか ら因 果関 係を 発展 させ てい く舞 台と して 過去 世と 未来 世が 把握 され る傾 向が ある とさ れる
︒ この よう な理 解を 踏ま え︑
﹃ 今昔
﹄巻 十九
・巻 二十 を先 行 研 究の よ う に因 果 応 報 説話 の 集 成と 見 な し︑ その 因 果 応 報 説話 がど のよ うな 話型 を基 調と して 成り 立っ てい るか
︑試 みに 次の よう に分 類し た︒
― 333 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
イ
│一
現 在因 現在 果型
︵基 本型
︶ 因果 応報 が単 純に 起こ る話 型︒ すな わち
︑登 場人 物が ある 行い をな し︑ その 善悪 に応 じた 結末 が発 生す る︒ この 因果 応報 の成 り立 ちを 享受 者が 第 三 者的 に知 る︒ 多く は因 とな る行 いを なし
︑そ の現 世の うち に果 が現 れる
﹁現 報﹂ で︑ 悪因 悪果 の場 合の 悪行 と悪 報 は 何ら かの 対応 を見 せる こと が多 い︒ また は︑ 登場 人物 が動 物あ るい は死 者を 助け るこ とで
︑動 物あ るい は死 者が 登 場 人 物 に報 い る 善因 善 果 の﹁ 報 恩﹂ も多 く 看 取さ れ る︒ 概 して 因 果 応 報と は ど のよ う な もの か を 教 導 す る 話 型 で あ る
︒ 人物 が行 為す る︵ 因︶ 人物 に報 いが 発生 する
︵果
︶ 結語 例 話⁝ 巻二 十第 二十 五﹁ 古京 人︑ 打乞 食ヲ 感ル 現報 ヲ語
﹂︵
﹁ 現報
﹂︶ 巻二 十第 十八
﹁讃 岐国 女行 冥途
︑其 魂還 付他 身語
﹂︵
﹁ 報恩
﹂︶ イ
│二
因 果見 聞型 因果 応報 の成 り立 ちを 話中 の第 三者 が見 聞し
︑そ の原 理の 正し さを 知る 話型
︒ その 第三 者は 因果 応報 を知 るこ とで 善行 に努 め るよ う に なる こ と が多 い
︵広 義 の 善因 善 果 とも 言 え る︶
︒登 場 人 物 の 周辺 の動 物が
︑そ の人 物に 関わ る人 物︵ 親族 であ るこ とが 多い
︶が 生ま れ変 わっ た姿 だと 知る こと で︑ 悪因 悪果 の 成 り 立 ちを 知 る﹁ 転 生﹂ と登 場 人 物 が一 度 死 後の 世 界 へ行 き
︑そ こ で 因果 応 報 が成 り 立 ち︑ 悪人 が 悪 報 を 受 け る さ
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 334 ―
ま
︑ま た は 自身 に 悪 報が ふ り か かろ う と する さ ま を見 聞 す る こと で
︑因 果 応報 の 原 理を 知 り
︑蘇 生 後 善 行 に 努 め る
﹁蘇 生﹂ に大 別さ れる
︒ま た︑ 俗世 の穢 れ
・無 常 を知 り
︑出 家 に至 る
﹁発 心
﹂も こ れに 含 め るこ と に する
︒概 し て 因 果 応報 を示 すこ とで 享受 者に 善行 を勧 める 話型 であ る︒ 人物 がい る 他者 が行 為す る︵ 因︶ 他者 が報 いを 受け る︵ 果︶
︵ これ らの 因果 は話 中で 明確 に語 られ ない 場合 もあ る︶ 人物 が何 らか の契 機に 右の 因果 応報 を知 る 人物 が行 為す る︵ 因︶ 人物 に出 来事 が起 こる
︵果
︶ 結語 例 話⁝ 巻二 十第 二十 一﹁ 武蔵 国大 伴赤 麿︑ 依悪 業受 牛身 語﹂
︵﹁ 転 生﹂
︶ 巻二 十第 十五
﹁摂 津国 殺牛 人︑ 依放 生力 従冥 途還 語﹂
︵﹁ 蘇 生﹂
︶ 巻十 九第 二﹁ 参河 守大 江定 基出 家語
﹂︵
﹁ 発心
﹂︶ ロ 三 宝功 徳型 因果 応報 の成 り立 ちよ りも
︑仏 や経 典や 僧の 霊威 を重 視し て語 る話 型︒ 登場 人物 が仏 や経 典に 救い を頼 み︑ その 結果 福 を獲 得 す る﹁ 現世 利 益﹂
︑ 仏法 僧 あ る いは 仏 教 的に 優 れ た世 俗 の 人 が 自ら の力 で霊 験を 示す
﹁三 宝霊 験﹂ も含 ま れる
︒﹁ 三 宝 霊験
﹂の 中 で も世 俗 の 人 が取 り 上 げら れ る もの は 別 に﹁ 善
― 335 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
人
﹂と した
︒広 義の 善因 善果 とも 言え るが
︑因 果対 応は 必ず しも 明示 され ない
︒概 して 三宝 が享 受者 に理 解で きる よ う な福 音を もた らし
︑三 宝へ の帰 服を 勧め る話 型で ある
︒
・﹁ 現世 利益
﹂ 主人 公が 三宝 に願 い事 をす る︑ また は帰 依す る︵ 善因
︶ 三宝 が自 然に 助け る 主人 公の 願い が成 就す る︑ また は現 世利 益を 得る
︵善 果︶ 結語 例 話⁝ 巻十 九第 三十 五﹁ 薬師 寺最 勝会 勅使
︑捕 盗人 語﹂
︵﹁ 現 世利 益﹂
︶ 巻十 九第 三十 七﹁ 比叡 山大 智房 檜皮 葺語
﹂︵
﹁ 三宝 霊験
﹂︶ 巻二 十第 四十 一﹁ 高市 中納 言︑ 依正 直感 神語
﹂︵
﹁ 善人
﹂︶ ハ 奇 事型 世俗 の奇 妙な 出来 事を 伝え る話 型︒ 仏像 や経 典に 奇妙 な出 来事 が起 これ ば︑ 仏教 の霊 威と も解 され るが
︑享 受者 にと って それ が仏 教の 福音 であ ると 理 解 され ない
︑あ るい はで きな いも のを 分類 する
︒
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 336 ―
不思 議な 出来 事が 起こ る
︵ 三宝 の霊 験で あろ うか
?︶ 結語 例 話⁝ 巻十 九第 四十 四﹁ 達智 門棄 子狗
︑蜜 来令 飲乳 語﹂ 以上
のイ
│一
〜ハ の四 つの 話型 を﹃ 今昔
﹄巻 十九
・巻 二十 より 取り 出す こと がで きよ う︒ この 基本 的な 話型 に細 部 を 彩る 固有 名詞 など の情 報が 組み 合わ され るこ とで
︑ま た は現 実 の 出来 事 に これ ら の 話 型が 当 て 嵌め ら れ る こと で
︑ 説 話が 成立 する と考 えら れる
︒ 天狗 説話 を除 く﹃ 今昔
﹄巻 十九 と巻 二十 につ いて
︑こ の話 型に よっ て︑ 試み に説 話の 分類 を行 うと 次の よう にな る
︵な お︑ 欠文 話は 省い てい る︶
︒ 巻 十九 一・ 二
イ│ 二 因果 見聞
発 心 三
ロ 三宝 功徳
霊 験 四〜 十
イ│ 二 因果 見聞
発 心 十一
・十 二
ロ 三宝 功徳
霊 験 十三
イ│ 二 因果 見聞
発 心 十四
ロ 三宝 功徳
霊 験
― 337 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
十七
・十 八
ハ 奇事 十九
・二 十
イ│ 二 因果 見聞
蘇 生 二十 一・ 二十 二 イ│ 二 因果 見聞
転 生 二十 三〜 二十 八 イ│ 一 現在 因現 在果
現 報︵ 善︶ 二十 九〜 三十 四 イ│ 一 現在 因現 在果
報 恩 三十 五・ 三十 六 ロ 三宝 功徳
利 益 三十 七・ 三十 八 ロ 三宝 功徳
霊 験 三十 九〜 四十 三 ロ 三宝 功徳
利 益 四十 四
ハ 奇事 巻 二十 十五
〜十 七
イ│ 二 因果 見聞
蘇 生 十八
・十 九
イ│ 一 現在 因現 在果
報 恩 二十
〜二 十四
イ│ 二 因果 見聞
転 生 二十 五〜 四十
イ│ 一 現在 因現 在果
現 報︵ 悪︶ 四十 一
ロ 三宝 功徳
善 人 四十 二
ロ 三宝 功徳
霊 験 四十 三〜 四十 六 ロ 三宝 功徳
善 人
﹃ 今昔
﹄の 説話 類聚 の方 針と 私の 話型 分類 との 間 に多 少 の ずれ が 窺 え るが
︑こ こ か ら概 ね 看 取さ れ る の は︑
﹃今 昔
﹄
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 338 ―
の 同じ 話型 を集 成す る構 成意 識の 高さ であ る︒ 一つ の説 話が 話型 とし て独 立し てい るも のは 少な く︑ 多く は最 低で も 隣 り合 う二 話で 同じ 話型 を有 して いる
⒂
︒ 第三
章 天狗 説 話 にお け る 因果 応 報 性 天狗
説話 につ いて
︑試 みに 話型 分類 を行 うと 次の よう にな る︒ 一
ロ 三宝 功徳
霊 験 二
イ│ 一 現在 因現 在果
現 報︵ 悪︶ 三
ロ 三宝 功徳
善 人 四〜 六
ロ 三宝 功徳
霊 験 七〜 十
ハ 奇事 十一
イ│ 一 現在 因現 在果
現 報︵ 悪︶ 十二
・十 三
ハ 奇事 この よう に天 狗説 話に は話 型を 類聚 する 方針 を見 出す こと が出 来な い︒ 天狗 説話 にお いて は︑ 因果 応報 の対 応を 強く 見出 そう とす れば
︑第 一話
︑第 七話
︑第 九話
︑第 十二 話を 除い て因 果 応 報の 対応 を見 出す こと がで きる ので はな いか とも 思わ れる
︒天 狗を 因果 応報 の主 体に すれ ば︑ 次の よう な悪 行と 悪 報 の対 応が 示せ る︒
― 339 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
・第 二話 悪 行
:
震旦 の天 狗が 日本 の高 僧へ の攻 撃を 企図 する 悪 報:
日本 の高 僧の 法力 によ って 震旦 の天 狗は 攻撃 を行 えず︑童 子た ちに よっ て腰 を折 られ る
・第 三話 悪 行
:
天狗 が五 条天 神社 で仏 を騙 る 悪 報:
天狗 の正 体を 現さ れ︑ 小童 部に よっ て打 ち殺 され る・第 四話 悪 行
:
聖人 が天 狗を 祭る 悪 報:
高僧 の加 持に より︑聖 人は 天狗 を祭 って いた こと を暴 露さ れ追 放さ れる
・第 五話 悪 行
:
尼が 三衣 筥を 奪い︑木 の上 に逃 走す る 悪 報
:
僧正 が加 持し︑尼 は木 から 落ち 三衣 筥は 奪い 返さ れる
・第 六話 悪 行
:
天狗 が女 に化 け阿 闍梨 を誘 惑す る 悪 報:
阿闍 梨の 加持 によ って 天狗 の正 体が 暴露 され 退散 する・第 十話 悪 行
:
陽成 院が 三宝 に違 う外 術を 学ぶ 悪 報:
陽成 院が 狂気 に陥 る『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 340 ―
・第 十一 話 悪 行
:
天狗 が竜 と僧 を誘 拐す る 悪 報:
誘拐 され た僧 と竜 が協 力し て脱 出し︑天 狗は 竜に 蹴り 殺さ れる しか し︑ この よう な因 果応 報の 対応 があ る程 度見 出さ れた とし ても 主体 が天 狗で ある 以上
︑い わゆ る現 在因 現在 果 の 話型 と見 なす こと はで きな い︒ 天狗 説話 と同 性 質と さ れ る巻 二 十 第十 三 が 結 語に お い て︑
﹁此 様 ノ 獣ハ
︑此 ク 人 ヲ 謀 ラム ト為 ル也
﹂と 述べ るよ うに
︑天 狗は 本来 的に 反仏 法存 在で あり
︑ま た第 九話 にお いて 天狗 と人 が﹁ 人狗
﹂と い う 言葉 で区 別さ れる よう に︑ 人で はな い︒ その よう な存 在に 反仏 法行 為を 戒め るこ とを
﹃今 昔﹄ は企 図し てい ない と 思 われ る︒ 因果 応報 説話 は人 に善 行を 勧め
︑悪 行を 戒め るこ とに 目的 があ るの であ って
︑天 狗を 教導 する ため のも の で はな いか らで ある
︒天 狗の 行為 に因 果応 報の 対応 関係 があ った とし ても
︑こ れは 仏教 説話 が説 こう とす る因 果応 報 で はな いと 言え るだ ろう
︒ ただ し︑ 第九 話と 第十 話に つい ては 現在 因現 在果 話型 に多 く見 られ る結 語︑ すな わち 悪行 を規 定し
︑こ れを 戒め る 結 語 を 持つ
⒃
︒こ れ は 第九 話 と 第 十話 に 登 場 す る の は 天 狗 を 淵 源 と す る
﹁外 術
﹂で あ り
︑天 狗 の 存 在 は 匂 わ せ つ つ も
︑反 仏法 行為 の主 体が 人で ある から であ ろう
︒そ の一 方で
︑悪 報と 見な すべ き果 が発 生す るの は︑ 第九 話に おい て は
﹁下 衆法 師﹂
︑ 第十 話に おい ては 陽成 院に 留ま り
︑第 九 話の 主 人 公た る
﹁男
﹂や 滝 口 道範 は 反 仏法 の 術 を習 得 し よ う とし
︑あ るい はし てい るに も関 わら ず報 いを 描か ない のは
︑現 報の 話型 とし て不 十分 と言 える
︒ よっ て︑ 天狗 説話 は現 在因 現在 果の 話型 を集 成し てい ると は言 えな い︒ 一方
︑先 に見 たよ うに 国東 説で は天 狗説 話を 過去 因現 在果 と規 定し てい た︒ それ では 天狗 を過 去因 現在 果に おけ る 果 であ る存 在と 見な すこ とは でき るで あろ うか
︒
― 341 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
天狗 説話 にお いて
︑人 と天 狗に 転生 の関 係が ある こと を示 唆す る説 話は 第一 話と 第七 話に 留ま る︒ 第一 話に おい て は
︑法 文に 敬服 した 天狗 が転 生の 末︑ 明救 僧正 とな る︒ 第七 話に おい ては
︑后 に執 着し た聖 人が
﹁鬼
﹂と なる
︒こ の 転 生は 因果 応報 によ ると 言い 得る であ ろう か︒ これ らが 因果 応報 によ る転 生と した 場合
︑次 のよ うな 因果 対応 によ る も ので ある と示 せる
︒
・第 一話 善 行
:
天狗 とい う身 であ って も法 文に 敬服 した 善 報:
貴種 へ転 生し︑僧 正と なっ た
・第 七話 悪 行
:
聖人 であ りな がら︑后 を犯 した 悪 報
:
死後 鬼と なっ た 第一 話に おけ る天 狗の 転生 は例 外的 なも ので ある︒天 狗は 前述 した よう に︑ 本来 人で はな い反 仏法 存在 であ り︑ 天 狗 説話 の意 図は この よう な存 在を 発心 させ るこ とに ある ので はな い︒ 実際 に第 一話 を除 く天 狗説 話で は︑ 少な くと も 天 狗は 排除 すべ き存 在と して 現れ てい る︒ さら にこ の説 話で 示す 過去 因現 在果 は︑ 過去 が天 狗で 現在 が人 であ り︑ 天 狗 を悪 果と 見な すも ので はな い︒ 第七 話に おい ては
︑﹁ 鬼
﹂が 悪果 であ る 可 能性 が あ る︒ しか し
︑こ こ で 現れ る の は﹁ 鬼﹂ であ り
︑こ れ が天 狗 で あ る かど うか は断 定で きな い⒄
︒ だが
︑こ の﹁ 鬼﹂ が悪 果で ある 場合
︑﹁ 鬼
﹂は 后を 犯 す 悪 行へ の 悪 報を 受 け て おら ず
︑ 結 語⒅
にお い て も﹁ 鬼﹂ の行 為 は 問題 と さ れ ない
︒こ う し た﹁ 鬼﹂ への 転 生 は︑
﹃今 昔
﹄が 規 定 し よ う と す る 因 果 応 報 の悪 果と 無縁 であ ると 言え るだ ろう
︒
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 342 ―
よっ て︑ 天狗 説話 を過 去因 現在 果と 見な すこ とは 出来 ない
︒ 結論 とし て︑ 天狗 説話 は因 果応 報の 明確 な対 応関 係が 成り 立っ てお らず
︑因 果応 報説 話と は言 えな い︒ 天狗 説話 が 集 成さ れる 編纂 原理 は話 型の 類聚 では なく
︑巻 二十 を因 果応 報説 話の 集成 と見 る原 理か らも 反し てい ると いう
︑特 異 な もの であ ると 言え る︒ まと
め に かえ て 本論
では
︑﹃ 今 昔﹄ にお ける 天狗 説話 とそ の位 置づ けに 対 す る先 行 研 究を 紹 介 し︑ そ の中 で 天 狗説 話 を 収め る 巻 二 十 が因 果応 報の 集成 巻と され るこ とと
︑こ れに 対し て天 狗説 話の 因果 応報 説話 とし ての 性格 が不 明確 であ るこ とを 確 認 した
︒そ の上 で天 狗説 話が 果た して 因果 応報 説話 と言 い得 るか につ いて 考察 を加 えて きた が︑ 天狗 説話 を単 純な 因 果 応報 説話 とは 解せ ない こと を見 た︒
﹃ 今昔
﹄巻 十九
・巻 二十 を 単 純に 因 果 応報 説 話 の 集成 巻 で ある と す る先 行 研 究 は 十分 性を 欠い てい る︒ また
︑世 俗性 が入 り込 んで いる とい う評 価は 仏法 部に 属す るこ との 意味 を問 い︑ 天狗 が仏 法 存 在で ある とい う定 義と 相容 れな い可 能性 があ る︒ それ では 巻二 十は どの よう な性 質の 巻と して 編纂 され
︑天 狗説 話の 位置 はそ の中 でど のよ うな もの であ るの だろ う か
︒こ れを 明ら かに する こと が新 たな 問題 であ り課 題で ある と言 えよ う︒ 以下 に︑ この 問題 を探 って いく 上で の端 緒 を 提示 した い︒ 天狗 説話 は巻 二十 の冒 頭に 置か れ た話 群 で ある が
︑﹃ 今 昔﹄ には そ の 編 纂理 念 を 語る べ き 序文 あ る い は 跋文 が存 在し てお らず
︑巻 頭に 置か れた 説話 が その 巻 を 特徴 付 け るも の と し て機 能 し てい る
︒こ の よ うな
﹃今 昔
﹄ の 構成 にお いて
︑天 狗説 話が 巻の 冒頭 に置 かれ たこ とは そ の意 義 を 解く 上 で 重視 す る べ きこ と で ある と 考 え られ る
︒
― 343 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
ま た︑ 巻十 九と 巻二 十が 因果 応報 説話 の集 成巻 では ない にせ よ︑ この 二つ の巻 に共 通性 を見 出す こと は︑ その 性質 を 探 る上 で有 益で あろ うと 思わ れる
︒さ ら に︑
﹃今 昔
﹄の 天 竺部
・震 旦 部 の構 成 は 本 朝部 の 構 成の 雛 形 と言 え
︑巻 十 九
・ 巻二 十の 位置 付け の基 本型 を求 める こと が出 来る
︒天 狗説 話の 位置 付け の問 題は
︑そ れが
﹃今 昔﹄ にお いて 出典 不 明 の説 話群 とし て現 れる ため に︑
﹃ 今昔
﹄を 特徴 付け てい るも ので ある と考 えら れ︑
﹃今 昔﹄ 全体 の構 成︑ さら には 編 纂 意図 にま で遡 及す る問 題を 孕ん でい ると 評価 でき るの であ る︒ 注
⑴ 以 下
︑﹃ 今 昔 物 語 集
﹄ を
﹃ 今 昔
﹄ と 表 記 す る
︒ 本 文 の 引 用 は 基 本 的 に
﹃ 新 日 本 古 典 文 学 大 系
﹄ に よ る
︒
⑵
﹃ 今 昔
﹄ で は
﹁ 天 宮
﹂ と い う 表 記 も 見 ら れ る が
︑ そ の 異 同 の 意 味 す る と こ ろ に つ い て は 留 保 し
︑ 以 下
﹁ 天 狗
﹂ と し て 一 括 す る
︒
⑶ 以 下 の 粗 筋 は
﹃ 新 日 本 古 典 文 学 大 系
﹄︑
﹃ 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集
﹄ の 本 文
・ 訳 文 を 参 考 に 抄 出 し た も の で あ る
︒ 以 下
︑﹃ 今 昔
﹄ の 粗 筋 を 示 す 場 合
︑ こ の 方 法 で 抄 出 し た も の で あ る
︒ ま た 出 典 の 表 記 も
﹃ 新 日 本 古 典 文 学 大 系
﹄︑
﹃ 新 編 日 本 古 典 文 学 全 集
﹄ に よ る
︒
⑷ 森 正 人
﹃ 今 昔 物 語 集 の 生 成
﹄ 和 泉 書 院
︑ 一 九 八 六 年
︑ 二 一 八 頁
︒
⑸ 以 上 の
﹃ 今 昔
﹄ の 構 成 を 語 る 国 東 説 は
︑ 国 東 文 麿
﹃ 今 昔 物 語 集 成 立 考
﹄︵ 早 稲 田 大 学 出 版 部
︑ 一 九 六 二 年 五 月
︶ 一 七 二
〜 一 七 四 頁 に 示 さ れ た も の を
︑ 私 に 再 構 成 し た も の で あ る
︒
⑹ 国 東 文 麿
﹃ 今 昔 物 語 集 成 立 考
﹄ 早 稲 田 大 学 出 版 部
︑ 一 九 六 二 年
︑ 七 六 頁
︒
⑺ 以 上 の 大 村 氏 の 論 は
︑﹁ 今 昔 物 語 集 本 朝 仏 法 部 小 考
│ 巻 十 九
・ 二 十 の 成 立 を め ぐ っ て
﹂︵ 金 沢 大 学 国 語 国 文 学 会
﹃ 金 沢 大 学 国 語 国 文
﹄ 第 一
〇 号
︑ 一 九 八 五 年 三 月
︶ に よ る
︒ 引 用 部 分 は
︑ 金 沢 大 学 国 語 国 文 学 会
﹃ 金 沢 大 学 国 語 国 文
﹄ 第 一
〇 号
︑ 一 九 八 五 年 三 月
︑ 二 五 頁
︒
⑻ 松 尾 拾
﹃ 今 昔 物 語 集 読 解 2 巻 二 十
︑ 二 十 二
︑ 二 十 三
﹄ 笠 間 書 院
︑ 一 九 九 四 年
︑ 三 一
〇 頁
︒
⑼ 巻 二 十 第 十 五 以 降 の 三 五 話 中
︑﹃ 日 本 霊 異 記
﹄ の 説 話 が 出 典 の も の は 二 二 話
︒
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 344 ―
⑽ 小 峯 和 明 校 注
﹃ 新 日 本 古 典 文 学 大 系 今 昔 物 語 集
﹄︵ 第 四 巻
︶ 岩 波 書 店
︑ 一 九 九 四 年
︑ 五 五 一 頁
︒
⑾ 小 峯 和 明
﹃ 今 昔 物 語 集 の 形 成 と 構 造
﹄ 笠 間 書 院
︑ 一 九 八 五 年
︑ 四 九 五
〜 四 九 六 頁
︒
⑿ 原 田 信 之
﹃ 今 昔 物 語 集 南 都 成 立 と 唯 識 学
﹄ 勉 誠 出 版
︑ 二
〇
〇 五 年
︑ 二 二
〇
〜 二 二 一 頁
︒
⒀ 石 田 瑞 麿 著
﹃ 例 文 仏 教 語 大 辞 典
﹄︵ 小 学 館
︑ 一 九 九 七 年 三 月
︶ に よ る
︒
⒁ 以 下 の 説 話 に お け る 因 果 応 報 の 理 解 に つ い て は
︑﹃ 岩 波 講 座 日 本 文 学 と 仏 教 第 2 巻 因 果
﹄ を 参 考 に し た
︒
⒂
﹃ 今 昔
﹄ に お い て
︑ こ の よ う な 隣 り 合 う 説 話 が 強 い 類 縁 性 を 持 つ 配 列 方 法 は
︑ 周 知 の 通 り 二 話 一 類 様 式 と 呼 ば れ る
︒ こ の 様 式 が 最 初 に 指 摘 さ れ た の は
︑ 国 東 文 麿
﹃ 今 昔 物 語 集 成 立 考
﹄︵ 早 稲 田 大 学 出 版 部
︑ 一 九 六 二 年 五 月
︶ に お い て で あ り
︑ 以 下 に そ の 書 よ り 解 説 を 引 用 す る
︒ 本 集 の 中 で
︑ 相 並 ん で 存 在 す る 二 説 話 の 間 に は
︑ そ の 他 の 説 話 に 比 し て 一 段 と 濃 い 類 似 的 近 縁 的 性 格 が 見 出 さ れ る が
︑ そ れ は
︑ こ の 二 話 の お の お の の 説 話 中 の 事 件 と か
︑ 人 物
・ 事 物
・ 場 所 な ど が 非 常 に 似 通 っ て い る か ら で あ っ て
︑ 逆 に い え ば
︑ そ の 二 説 話 は こ れ ら を 連 想 契 機 と し て
︑ 一 括 し て 置 か れ た も の と い い う る
︒ そ し て 巻 初 よ り 順 次 に 二 話 ず つ が
︑ あ る 特 定 の 類 聚 意 識 に よ っ て 集 め ら れ た 説 話 群 の 中 で
︑ こ の よ う に 配 列 さ れ て い る の で あ る が
︑ ま た そ の 一 括 さ れ た 二 話 と 次 の 二 話 と の 間 に も
︑ 何 ら か の 連 想 契 機 が は た ら い て い る
︒ し か も そ れ は
︑ 二 話 を 一 括 し て い る 契 機 に 比 し て 連 想 性 が 希 薄 で あ り 部 分 的 形 式 的 で あ る
︒ だ か ら
︑ 全 話 が 同 じ よ う な 連 想 を し て い る と は 見 ら れ ず
︑ 強 い 連 想 契 機 に よ っ て 二 話 が 緊 密 に 一 括 さ れ
︑ そ れ が さ ら に 些 少 の 契 機 を 求 め て 次 の 二 話 に 結 び つ い て ゆ く
︑ つ ま り 二 話 ず つ が 連 鎖 的 に 展 開 し て い る の で あ る
︒ こ の 二 話 一 類 様 式 が 本 集 説 話 展 開 に 全 面 的 に 指 摘 し う る 典 型 的 様 式 で あ る
︒︵ 六
〜 七 頁
︶ た だ し
︑ こ の 説 が 国 東 氏 に よ る
﹃ 今 昔
﹄ 単 独 編 者 説 の 根 拠 と し て 提 示 さ れ て い る こ と に も 留 意 す べ き で あ ろ う
︒
⒃ 以 下 に
︑ 第 九 話 と 第 十 話 の 結 語 を 引 用 す る
︒ 第 九 話:
﹁ 此 様 ノ 態 為 ル 者
︑ 極 テ 罪 深 キ 事 共 ヲ ゾ ス ナ ル
︒ 然 レ バ
︑ 聊 ニ モ
︑﹁ 三 宝 ニ 帰 依 セ ム
﹂ ト 思 ハ ム 者 ハ
︑ 努 々
︑ 永 ク 習 ハ ム ト 思 フ 心 無 カ レ ト ナ ム
︒ 此 様 ノ 態 ス ル 者 ヲ バ 人 狗 ト 名 付 テ
︑ 人 ニ 非 ヌ 者 也 ト 語 リ 伝 ヘ タ ル ト ヤ
︒﹂ 第 十 話:
﹁ 此 レ ハ 天 狗 ヲ 祭 テ
︑ 三 宝 ヲ 欺 ク ニ コ ソ 有 メ レ
︒ 人 界 ハ 難 受 シ
︒ 仏 法 ニ 値 フ 事 又 其 ヨ リ モ 難 シ
︒ 其 レ ニ
︑ 適 マ 人 界 ニ 生 レ テ
︑ 仏 法 ニ 値 ヒ 奉 リ 乍 ラ
︑ 仏 道 ヲ 棄 テ
︑ 魔 界 ニ 趣 カ ム 事
︑ 此
︑ 宝 ノ 山 ニ 入 テ 手 ヲ 空 ク シ テ 出
︑ 石 ヲ 抱 テ 深 キ 渕 ニ 入 テ 命 ヲ 失 フ ガ 如 シ
︒ 然 レ バ
︑ 努 々 可 止 キ 事 也 ト ナ ム 語 伝 タ ル ト 也
︒﹂
⒄ 第 七 話 に お け る
﹁ 天 狗
﹂ は
︑ 通 常 こ の
﹁ 鬼
﹂ を 指 す と さ れ て い る が
︑ 当 初
﹁ 染 殿 后
﹂ に 憑 い て い た
﹁ 老 狐
﹂ が こ れ で あ る と
― 345 ― 『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か
い う 指 摘 も あ る
︒ 本 稿 に お い て は
︑ こ の 問 題 は 留 保 し
︑ 第 七 話 の
﹁ 鬼
﹂ を
﹁ 天 狗
﹂ と 見 な す
︒
⒅ 以 下 に
︑ 第 七 話 の 結 語 を 引 用 す る
︒ 第 七 話:
﹁ 然 バ
︑ 止 事 無 ナ カ ム 女 人 ハ
︑ 此 事 ヲ 聞 テ
︑ 専 ニ 如 然 シ 有 ラ ム 法 師 ノ 不 可 近 付 ズ
︒ 此 事 極 テ 便 無 ク 憚 リ 有 リ 事 也 ト 云 ド モ
︑ 末 ノ 世 ノ 人 ニ 令 見 テ
︑ 法 師 ニ 近 付 カ ム 事 ヲ 強 ニ 誡 メ ム ガ 為 ニ
︑ 此 ク ナ ム 語 リ 伝 ル ト ヤ
︒﹂ 説 話 内 容 が
﹁ 鬼
﹂ に よ る 后 へ の 凌 略 を 語 り な が ら
︑ こ の 結 語 は 女 性 の 側 か ら 法 師 へ の 接 近 を 諌 め る 内 容 と な っ て お り
︑ し ば し ば 内 容 と 結 語 の 不 一 致 が 問 題 と さ れ る
︒ こ の 不 一 致 の 問 題 に つ い て は
︑ 久 留 島 元
﹁﹃ 今 昔 物 語 集
﹄ に お け る
﹁ 鬼
﹂ と
﹁ 天 狗
﹂: 巻 二 十 第 七 話 を 中 心 に
﹂︵ 同 志 社 大 学 国 文 学 会
﹃ 同 志 社 国 文 学
﹄ 第 七
〇 号
︑ 二
〇
〇 九 年 三 月
︶ に 詳 し い
︒
『今昔物語集』巻二十 天狗説話は因果応報説話か ― 346 ―