ー1− ガ ラク 並び に 池・泥の研究 罪一偏 ガ ラク水田土盛の研究 5 5 5 5 7 9 0 1 ︵J 3 4.4。4 5 5 ︵0 6 6 1 5 7 0 1 3 5 6 ︵0 7 7 7 7 1 1 1 ウ︺ 2 2 3 3 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 2 2 2 3 3 3 3 3 3 3 3 3 3 ▲4一4 ■4 ▲4 4 ■4 ▲4・4 第一・葦 現地調査 第一・節 ガラク水田 第二節 ガラク水田 第三節 ガラク水田表土の土性 第四節 ガラク水田表土の厚さおよび土色 第五節 ガラク水田の保水時間 帯六節 ガラク水田の米麦生産 第七節 摘 要 第二章 ガラク水田と水稲根膵の関係 第一・節 水稲取除の発生状況 第二節 水稲根隣の特長 第一項 気象の 第二項 肥料の関係 第三項 土性の関係 第四項 根隣水稲株の外観 第三節 水稲根腐憐除試験 軍一項 肥料の種類試験 第二項 施肥法試験 第三項 麦刈株の影響試験 滞四項 排水効果試験 輝⊥項 重 罪二項 収 第五節 水稲板隣の顕微鏡的観察 第六節 水稲根隣に関する考察 第七節 摘 要 第三茸 ガラク水田表土 第一・節 強熟滅 第一項 実験方法 第二項 実験結果および考察 第二節 置換酸度 第一項 実験方法 第二項 実験結果および考察 第三節 pH 第一項 実験方法 第二項 実験結果および考察 第四節 窒 素 第一項 実験方法
− 2 一 欝二項 実験結果および考察 4 4 4 4 ・4︵ 4 4 3 4 4 4 5 5 5 第五節 炭 素 第一項 実験方法 第二項実験棒果および考察 第六節 炭素率および 欝一項 定 量 法 第二項 実験絆果および考察 第七節 餐分吸収力
9 9 9 1 1 1 2 3 3 3 3 4 4 4 4 4 4 5 5 5 2 6 7 7 7 7 1 1 1 4 4 4 7 7 7 9 9 9 4 4 4 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 5 6 6 6 6 6 6 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7 7
界一項 実験方法 算二項 実験結果および考察 第八節 陽イオン置 第一項 実験方 第二項 実験緯果および考察 第九節摘 要 第四章 ガラク水田表土の粘土鉱物 第一・節 一電子顕微鏡観察 齢一項 実験方法 滞二項実験結果および考察 第二節 示差熱分析 第一項 実験方法 鐸二項 実験結果および考察 欝三筋 Ⅹ繰回折 博一・項 実験方法 第二項 実験結果および考察 第四節 摘 要 第五章 ガラク水田表土を用いた水稲栽培試験 第一・節 水稲栽培試験 第二節 ビーカー・試験 第三節 摘 要 第二編 他泥の研究 算−・輩 池泥の諸 第一・節 供試池泥採取地の概要 第二蘭 供試料の調製 第三節 滞一項 実験方法 第二項 実験結果および考察 第四節 強熟滅法および炭素率 第一項 実験方法 第二項 実験繚果および考察 第五節 全置換性堀 第一項 実験方 第二項 実験結果および考察 第六節 陽イオン置換容鼠,硫 第一項 実験方法 寛二項 実験締果および考察一・3 − 第七節 微細土 第一項 実験方法 第二項 実験結果および考察 罪八節 池滝とガラク,マッチ水田表土.との比較 第九節 純 第二茸 ガラク水田にたいする池泥客入試験 寛一・節 試験設討 第一項 試 験 地 第二項 栽培法および眉巴培法 籍二節 試験結果および考察 第一項 生育調査 第二項 収鼻調査 第三節 摘 第三編 総 括 引用文献 SummaTy
ー 4 − 緒 云 香川県下の水田にはカ云で「ガラク」とよばれる水稲収鼠の低い水田がかなり多く存在する.こ.の軽水田は砂 質で耕土浅くその直下の底土には盾径十数cmの石塊を多く含みその間げきはこれも方云で「’フクベ砂」とよぶ 神妙あるいほ微妙よりなるきめの細かい砂で充たされており衷土と底土の境界には赤禍色の硬い多孔質の部分が 盤状に存在してい去.したがってこの水田に湛水した場合には漏水が著しく水稲栽培上農家は「ムクチ入れ」又 は「モクチ入れ」と方云でいうところの特別な農作業を行って保水につとめている.この「ムクチ入れ」作業と は水田耕起湛水後代かきを行う前にさらに一度牛耕することをいい水田を障子のさんのように七て又はよこに牛 耕して表土をよくねりこむもので「七てムクチ」「よこムクチ」といわれ,漏水の−・層著しい場合にはたて,よ こ両ムクチを行っている. ガラクの語源については明かでないが瓦礫より転じたものかとも考えられる(弧37).しかしガラクの中には底 土に石塊がなく殆んどフクベ砂だけのものもあるので便宜上この種ガラクを普通ガラクと区別してこれを「フク ベガラク」と仮称する.(巻末Ⅰ−1−1図参照) 今日ガラク水田地帯では石塊を集めた塚(基地としているものが多い)の点在するのをみるが,大野録(33〉に. よれば寛永以来川跡の荒野を田に開いたとき石を所々に集めこれを石塔(いしづか)といいそれをならして墓土 (はかんど)といって墓地にしたと記録されているがこれが現今のガラク水田地帯をさしたもののようにも考え られる‖ 叉この記録には現在高松市を流れる杏東川はその昔香波川といい寛永の頃まで大野の郷の西より二流に 分れて琵打山の東,西を流れていたが,東の川瀬が浅くなったので国守生駒公は健を築かせて束の川筋を畑に開 かせ古川筋新関とよんだことも記載されておりこれが現在高松野鷺田近辺に分補するガラク水田にあたっている と考えられるしたがってガラク水田ほ川流の変せん又ははんらんなど川の影響を強く受けていることが推定さ れ,これは後述のようにその分布地帯が川の流域に多いことからもその感じを深くする. しかしこのガラク水田士掛こついては塩入等(109)が老朽化水田土壌研究の際香川県のガラクもこれに顆するも のと云及しておるほか水稲栽培上確立した指導技術もなく香川県稲作耕種標準の本田整地の頓に「農地は普通法 によるも下層砂礫忙富み漏水多き地域はいわゆるムクチ入れ又はこれに準ずる方法を行って漏水の防止に努む」 と記概しているにすぎない.そしてこのガラク水田の水稲作には程度の差こそあるが秋落,水稲根弼等の現象が しばしばみられる(3839・町.しかしこれに類側した水田すなわち水稲の秋落,板偶の発生するような砂質浅耕土 については大杉等(94)塩入(108)により和歌山県,岡山県をはじめ各地で認められていること.をあわせ考えるならば 水田土接生成上ガラクは特殊の過程をへてできたものであるか否かを明かにする必要があるい 他方このガラク水 田の水稲激増には農家は慣行的に溜池の他泥を客入してしばしば良結果を得ている‖ よって本研究の常一偏では ガラク水l召表土に関する調査研究を行い,鱒二編では池泥に関する研究を取扱ったので以 ̄F上れに、ついてのべ る. この研究に・たいして御指導をいただいた京都大学農学部教授川口桂三郎博士にたいし除くお礼申上げます‖ 又 研究を行うにあたり便宜又は指導をいただいた京都大学名誉教授大杉繁博士,香ノー一大学農学部前川忠夫学部長, 前香川大学農学部長,前香川県立農科大学長黒上泰治博士,元香川県立農業試験場昆鹿又保氏に深謝するとと.も に研究に・協力された香川大学農学部星川玄児助教授,同梅田裕氏 旧農林省仏生山農事改良実験所安藤奨技官, 高木浜子技乱 山崎八郎氏,太田忠氏等に.お礼申上げます‖
、− 5 −・ 第一編 ガラク水田土壌の研究
第一費 現 地 調
査 第・一節 ガラク水田の分布両横 香川県のガラク水田面掛こついては従来詳細に調査されておらずその概容も推定できない状態であったので 1944年12月これについて調査を施行した.その結果をⅠ−1■−1襲およびⅠ−1−2図(巻末)に掲げる,.本調 査の特異は実測でなく各町村の農業技術指導関係者よりのききとりの結果であり,主としてガラクとしての特質 がよく襲われている水田をとり上げた.なおⅠ−1−1表の面積単位は調査当時の単位に.よって記載した,.この 調査は全県下にわたり施行できなかったが香川県下のガラクとよばれる水田は全水田面棍の六客8%以上を占め ていることが判明した‖ 又エー1−1表中の町村名は現在合併により改名されたところもあるが本家では調査当 時の町村名を用いた..(以下同じ) Ⅰ−1−1表 ガラク水田の分布面領(町) 竺竺空L竺旦旦1雪空画名i鞘村名l面積睡市名l勒村名極積
町村名 小 海 35 福 栄 6白鳥Fl。7
田 中164
下笠居 5 飯 野 川 津 坂 本 富..熊 法勲寺 川 西 5 0 月 生 松 尾 松 高富 田 88
≡r;三㌔し二王越i84
田 皮 道 志 5 0 3 ll、Illl _ 綾 多 月巴 上笠屠 8 6 7 2 木 下高岡 4【F 香 上高野 本 山 −・谷 比地大 80 56 40 3 乳棒田+ 57川 岡 20
第二節 ガラク水田の地質
香川県の水田の地貿について県東より西に向い大審を述べると(弧36・37)大川郡東部ほ和泉砂岩に由来する沖積 土多く,同郡西部の沖積土は花崗岩を母料とするものが多い.洪殻土は郡内中間部に点在している.、同郡の西部 に・つづく木田郡の水田は大部分花崗岩系沖積土で,中間部に洪積土が分布しており,この郡の西方につづく高松 市,香川郡は東部に花崗岩系沖積土存在し,南部には和泉砂岩系沖群土が分布しているり又香東,本津,詰田の 三河川流域には砂岩系のガラクが発達している..香川郡の西にある綾歌郡の東部水田は花崗岩を母料とするもの が多く,西部土器川流域は砂岩の逆粧された沖積土が分布し,香川郡は同様土器,金倉両川流域は大部分砂岩系 沖積土で,同郡西方広田川の流域には砂岩7花崗岩両者を母料とする沖柘水田が多いがガラク水田は金倉,広田 両川の流域に多く分布している‖仲多度郡の西につづく三豊郡では兎部高瀬川流域は花崗岩系沖秩土,南部財田 川流域は砂岩,花崗岩を母料とし,ガラク水田が広く分布しており,粋田川流域は砂岩の道鎖された沖粘土であ− 6 − る“洪黄土水田は本部の北部,中部,南部の三群に分れて分布している..今これらの水田に・ついてエー1−1表 に掲げた町村内に.分布するガうク水田を地質別に分類してこれにあてトはまる町村を1−1−2表に示す.エー1 ・−・2衷より調査市町村111のうら98すなわち88%強ば第四紀新虐土盛に属しこれらは既述のように和泉砂嵐 花崗岩等を母料としているものであるい なおこれに関し本調査の対照として同時に調査した水稲秋再の認められぬガラクでない良田すなわちカ云で 「マッチー」と云われている水田について得た鰭果をエー1−3衷に示す..Ⅰ一1−3家より調査31市町村中84% ク の 地 質 l・−1・−2衷 ガ ラ 岩土盛 和泉砂 土 盛 花崗岩 層土盛 節四紀新 ㌧、い 村 町▼ 巾 岩土壌 和泉砂 土 盛 花蹄岩 層土豪 第四紀新 名 村 勒 頂 岩土盛 和泉砂 土 盛 花崗岩 土 巌 花崗岩 屈土巌 第四紀新 市町村名
り
∵
炭 熊 宮 田 出 茂長 巣 箱 造 坂 加
0 0 0 0 0 0与 撃 郡 奄 重 複 四 神 吉
北 岡 家 川 水 井 条 野 野
0 0 0 0 0 0 0 0 0 ○氷 十 前 川 川 牟 草 安 池
○松 生 海 栄 鳥 水 本
三 相 小 福 自 誉
0 0 0 0 0 0河 田 島 添 礼 壁 田 田
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 内 岡 山 端 0 0 生 尾 名 月 松 五津 本 寺 西 越 山 床 田
川 坂 法 川 王 松 羽 山 0 0 0 箇 万 亀 七 白 丸 ︶ ︵前 庄 都 田 田 田 尾 田 羽 庭 井 山 岡 戸 田
高 植 神 鴨 鴨 富 石 造 長 津 鶴 志 平 神 下 井 東
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 簡 原 篠 二 地 四 書 高 比 C 0 0 0 笠 屈 津 多 事 上高野 本 山 0 0 0 0 0 岡 西 藤 紙 居 笠 0 0 0 0 0 0 0 0 0 器 野 熊 田 土 飯 富 岡 0 0 0 比 地 大 ○ ○ 瀬 原 盤 室 高 下 萩 常 高O n︶ ︵U 0 0 0 0 0
0 0 0 0 0打 野 野 東 宮 肥 山
生弦 浅 大 川 叫 多 仏
中 辞 寺 平 郷 皮 通 府 多 蕃 琴 象 0 0 0 0 0 一 谷 大野原 財田大野 西植田 三 谷 「註」○印は当該地質に該当することを示す。・− 7 − 質 地 の チ Ⅰ−1−3衷 マ ツ 漸 層
鐸四紀 土 盛
㌫可肇
市町村名 市町村名 白 鳥 本 三 本 松 丹 生 松 尾 坂 出 多 度 津 善 通 寺 郡 家 奄 川 垂 水 高 篠 0 0 0 0 0 与 北】○郷 井 条 野 野 餞 郷 方 亀 簡
0 0 0 原 間 二 撃 比 地四 神 吉 七 十 白 丸
豊 浜(甲)【 ○ (⊃ (⊃ ○ (⊃ 0 0 0 0 0 0 0 0 豊 浜(乙) 本 山 0 0 0 大 野 原 芦 財田大野 萩 原 0 0 0 「註」 ○印ほ当該1地質に該当することを示す。 強ほ欝四紀新屑士應に属し残余は花崗岩土塞で和泉砂岩に.由来するものは1点もなかった・ すなわちガラクほマッチ同様罪四紀新層沖積土忙属するものが大部分でついで花椿岩土豪に属し,和泉砂岩土 盛のものはごく少くガラク,マッチともにその母料には地質的に大差を認めがたい しかし現今ガラク水田であ るところを地下約50cm掘り下げるとガラク生成以前の地層が認められるところも存在することから推定すれば マッチとガラクは生成時代を異忙しているようにも考えられる.第三節 ガラク水田表土の士障
っぎにガラク表土の土性について調査した結果をⅠ−1−4表に示す.なお土性の判別には指頭感と肉眼観察 によってこれを行い土盛淘汰器等ほ剛、なかった..Ⅰ−1−4表より調査したガラク表土の82%強は砂盛土に属 し,粘繋なものは少く又粘質のものは表土は層土でも下層土はフクベ砂で構成されているなお砂盛土卜壌土に 属するものにほかなり秋野のものも少くなかった.又前節同様マッチ水田衣土について同様に調査した結果をⅠ −1−5表に示すⅠ−1−5未よりマッチ表土の土性は盛土が全体の50%を占めつぎに埴盛土31%強でガラク 表土の82%が砂盛土であるのに、比較して増野のものが多い.. エー1−4表 ガ ラク表土 の土性 州埴 土 砂盛土 市町村名 .伝長恒庭
0 0 本 松 生 海 鳥 本 自 三 相 小 田 氷 十 前 中 上 河 田 0 0 0 0 炭 熊 層 0 0 0 与 筆 郡 竜 北 岡 家 川 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 水 井 粂 野 重 役 四 神【坂 出
島 添 礼 壁 川 川 牢 欝 0 0 0 0 0 0 水 生 誉 丹0 0 0 0 尾 名 前 庄
松五 神 鴨
0 0 0 0 0 0 0⋮誠⋮拙関誠
.1川 教 法 川 王 松 羽
浮 木 寺 西 越 山 床 田 津
0 0 0 0 0 0 0 0 0竃 七 白 丸 四 書 高 比 上
野 簡 方 包 箇 靡 篠 二 也 ・‡ 0 0 0熱
鴨 富 石 造 最 部 田 田 田 0 0 0 0】上笠屠
望 0 0 多 山 芋 尾 田 羽 津 鶴 志 度 平 井 神 山 下高岡 井 戸 東植田 西植田 三 谷 林 0 0 0 0 0 0 弦 浅 大 川 幻 野 野 東 宮高 窒 紀 伊
一・谷 大野原 財田大野
Ⅰ−1−5家 マ ッ チ 表土 の 土 佐 市咽名l砂塵土1鮎桓盛土匝士 市町村名砂壌土l盛土埴
出 盛
土 噴
○ 与 北 苦 慮 比地二筆 岡
豊浜(甲) 豊浜(乙) 本 山 0 0 0 0 0野 野 箇 郷 方 亀 箇
神 吉 七 十 白 丸 四
0 0 0 0 0 0 0O j 大野原
財田大野 「註」○印は当該士性に該当することを示す。− 9 一 第四節 ガラク水田表土の厚さおよび土色 前節までの調査を行ったガラク水田について検土枚を用いて測定した表土の降さ(単位cm)その土色を鑑別 した結果をエー1−6表に示すり なお土色については千集(8),鴨下等(42),その他(朗)の測定法があるが本研究で ほ野外調査の際現場で肉眼的に測定したものである‖ エー−1−6衷より襲土の厚さは最高18cmより最低7cm平 均10…5cm弱で比較的うすく又土色は暗黒褐色より灰白色に近いうすい色のものにわたり最も多いものほ灰黒色 20点,つぎは隠賂色 灰褐色が各11点で調査全点数の66。.7%弱を占めている“又マッチ表土の厚さおよび土色を Ⅰ−1−7衷に示す.Ⅰ−1−7表よりマッチ表土の厚さは最高20cmより最低9cmで平均14“5cmでありガラ Ⅰ−1−6衷 ガ ラク 表土の厚 さおよび土色 帥村名】厚さl土色】】市町村名」厚さl土色 市町村名l厚さ 土 色 灰 自 灰 白 灰 白 灰 灰 褐 灰 灰 灰 白 灰 白 灰 白 灰 褐 灰 褐 色 土 さ 厚 市町村名 田 中 氷 上 十 河 前 田 川 島 川 添 牟 礼 草 壁 安 田 池 田 淵 崎 暗黒褐 暗黒褐 暗 視 暗黒禍 灰 白 灰 灰 白 灰 暗 視 灰 褐 灰 褐 灰 褐 灰 灰 黒 褐 具 視 暗 視 暗 視 摘 褐 灰 褐 灰 黒 灰 白 灰 黒 灰 黒 与 北 撃 同 郡 家 竜 川 垂 水 桜 井 四 条 神 野 吉 野 七 億 白 方 丸 亀 四 箇 富 原 高 篠 比地二 上高野 本 山 比地大 下高淑 萩 原 常 盤 高 書 紀 伊 一・谷 大野原 財田大野 白 褐 黒 黒 灰 灰 灰 灰 黒1滝 宮 相 生 小 海 福 栄 白 鳥 誉 水 丹 生 松 尾 五 名 神 前 鴨 圧 鴨 部 富 田 石 田 造 田 長 尾 津 田 鶴 羽 志 度 平 井 神 山 下高岡 井 戸 東植田 西植田 ≡■谷 灰 黒 造 田 坂 出 加 茂 山 内 端 岡 川 津 坂 本 灰 黒 灰二 黒 灰 黒 灰黒褐 灰 黒 灰 黒 灰 黒 灰 黒 灰 黒 暗 褐 灰 禍 灰 褐 灰 黒 灰 白 灰 白 灰 白 灰 白 灰 白 15 =死 黒 灰自I法勲寺
黒視芦川西
0 0 9 3 5、1 1 1 1 1 1 ︶︶︶︶ 松使松上松太松田 田 高勅高太高木高新 .一.\ l 1 一−.\ 灰 自 脳 禍 灰 暗黒褐 暗黒褐 暗黒視 陪 灰 醸黒禍 暗黒禍 摘果褐 灰 黒 褐 褐 灰 灰 灰 灰 灰 灰 上笠居 川 岡 香 西 円 座 担 紙 下笠屠 繋 打 浅 野 大 野 川 束 一・ア宮 多 月巴 仏生山 禍 福 黒 黒 10 8 8 10 8 9 硝褐 灰 黒 灰 褐 鴨 場 暗 視 暗 視 暗褐 灰 視 灰 黒 岡 田 府 中 多度津 普通苛 琴 平 灰 褐 褐 褐 黒 黒 灰 黒 灰 灰 :!≡:≡ 3 0 0 3 1 1 1 1 硝 暗 灰 灰 灰 灰 灰 黒 黒 黒 褐 視 黒 灰 灰 9 1 1 林 【12−10− エー1−7衷 マッチ表土の厚■さおよび土色
市町村名l許可土色j」市町村名座さl土色Il
市関村名l厚 さl土 色 本 白岡 象 郷 成 井 四、 条 階恩沢 = 与 白 灰 黒 灰 猥 灰 褐 灰 黒 北 原 岡 二 暗黒灰 黒 灰 黒 灰 暗黒灰 2 5 2 5 5 5 4 9 7 3 7 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 4 0 3 1 1 4 5 1 7 2 1 2 1 1 1 1 1 1 1 1 /暗黒 ∴ 】 仁暗黒 灰 灰 灰 灰 灰 灰 松 本 =ヒ Eコ 筆 比 地 月 生 松 尾 坂 出 多 度 津 善 通 寺 郡 家 竜 川 垂 水野 野 箇 郷 方 亀 箇
豊浜(甲) 豊浜(乙) 本 山 大 野 原 財田大野 萩 原 11】暗 灰 黒 暗黒 黒 褐 灰 灰 褐 灰 褐 黒 黒 黒 黒 黒 黒 暗黒灰 暗黒灰 鴨黒灰 暗黒灰 15 19 13 15 12 18 漬 白 丸 暗黒灰 幅 褐 灰 褐 篠 ク表土に比し平均値で4cm厚く,土色は黒灰色より灰褐色の 範囲にわたり鼓も多いものは暗黒灰色の13点でついで黒灰色の 8卓でこれらは調査会点数の65い6%を占めている1・今ガラク, マッチの土色に.ついて全調査点数中主な土色の占める割合を エーl−8衷に示すり エー1−8表よりガラク表土は∴マッチ教 士にみる黒灰色,暗黒灰色のものは少く灰黒色ないしはこれよ り褐色あるいは灰色に近いものが多く−・般にマッチの土色より うすい色のものが多い 第五節 ガラク水田の保水時間 前節の調査を行ったガラク水田の保水時間について調査した 潜果をⅠ−1−9表に示すい なお水もちの程度は湛水した水深 約7cm月∃水の大部分が汚水するのに要する時間で示した.エー 1−9襲よりガラク水田の保水時間について最大は72時間,最 エー1−8未 ガラク,マッチの土色の比較 ガ ラ ク (%) マ ッ チ (%) エー1−9表 ガ ラク 水田の保水時間(単樺憫) 舘‖朋村名順馴珊村名鳩馴珊村名搭馴開村名
保水 呼野 35 24 10 10 30 12 8 12 24 市町村名 】 川 岡160香 西7
円 座24
担紙17
2 1 1 寺 西 越 山 床 法 川 三 松 羽 白 鳥 三 本 楯 小 感 誉 丹 松 同 声 田 田本 校 生 海 栄 鳥 水 生 尾
高 植 植 下 井 東 西 三 6 3 2 0 0 0 5 2 5 7 1 7 2 6 1 1 1 1 垂 水 10 60 6 15 榎 四 神 野 0 2 谷 弓15 富 2 2 2 4 1 1 7 2 田 多 山 宇 土 飯 0 5 2 ︵0 3 1 1 打 野 野 乗 緊 浅 大 川 ハ0 ︵0 0 0 4 3 2 中 上 河 林 田 氷 十 七 白 方 丸 亀 四 簡11 富 岡 0 4 1 2 宮 肥
名 前 庄 部 田 田 田 尾 田 羽 皮 井
0 7 4 6 0 ■4 4 8 6前 川 川 牟 草 安 池 淵
田 島 添 礼 壁 田 田 崎
書 高 比 上 本 原 篠 二 野 山 大 瀬 庶 0 0 5 5 ・4 5 0 3 2 1 1 1 1 3 2 3 3 2 2 ▲4五神鴨鴨富石造長津鶴志平神
田 ≡ 2 地 高山 炭 熊 宮 田 出 茂 内 岡 渾
生仏 長 釆 障 造 坂 加 山 端 川
府 中12
4 0 4 ■4 0 4 2 1 2 2 4 2 ﹁〇 6 2 5 2 1 皮 通 多 営 琴 津 守 10 12乎 6 比
象 郷 10 ㌻下
十 郷 24 = 萩 0 2 4 2 8 2 2 1 2 1 4 1 12 7 12 12 8 5 0 8 412 松︶松︶松︶松︶ 使 上 太 田 田 勅 太 木 新 高︵高︵高︵高︵ 12 jj常 盤与 北24 高
宴筆 問 24 r紀 伊
0 8 8 8 仁︶ 2 4 一一・ 谷 j 6 …大 野 原18 ⊥凰旦旦旦__
郡 家 24鶴 川 10
坂 2 1 屈 笠 上 8 ﹂ ■‖け 小5時間,平均2D.8時間強す なわち1日たらずとなるが中に は朝入れた催漑水がひる頃にほ なくなるような漏水の甚しい水 田もある“なお調査の対照とし て同時に調査したマッチ水田の 保水時間をⅠザ1岬10衷に示 す一‡−1−10衣よりマッチ水 田の保水時間は最大480時間す なわち20E!より最小24時間すな わち1日の問にあり平均120時間 強すなわち約2。5日となり,ガ ラク水田はこれに比較してほる かに水もちが悪いことが判る Ⅰ−1−10衷 マ ッチ水田の保水時間(単位,時) 耶捕名 恒水時画〉 開村名 画水時嘲 即捕名 皇剛く時間 第六節 ガラク水田の米麦生産量 ガラク水田の水稲作は大小の差はあるが何れも秋落する一しかし袈作麦の収鼠は叫般によいといわれているの で前節までに調査した水田に、ついて米麦反当生産還を現地きき取りによって調査した結果を工一1−11衷に示す (収監の単位は調査当時の蝉イ立に従った.以下同じ).Ⅰ剛1−11家より米麦とも反収の扱高24石,最低12石で同収 放であるが平均反収は麦の195石にたいし米は187石でやや低い麦の反収が予想外に少ない偵を示している原 因の一として本調査は1944年12月に施行し,当時は戦争末期で肥料の施用が極度に制限されていたことに.よるも のであると考えられる.なお本調査の対照として同時に調査したマッチ水田の米麦生産鼠をエー1−12衷に示す. Ⅰ−1岬12表より米の反収最高は35石,最低22右,平華284石であり,麦類のそれは扱高36石,最低1.8石,平 均251石でこれをⅠ−1−11表のガラク水田の場合に比較すると米麦ともマッチ水田の平均284石およぴ2.51−12一 石にたいしガラク水田はそれぞれ1.87石,1..95石でいずれも低く殊に水稲では反当約1石のひらきがありこれは 主として秋蒋や水稲根開等に起因するものと考えられる. Ⅰ−1−11表 ガラク水田の米麦生産鼠(反当石)
市町村名賀水稲†麦類市町村射水稲麦叛市町村名
類 市田了村名「水稲=麦類 6 0 6 1 2 中 上 田 氷 6 0 1 2 長 釆 炭 熊 2 2 4 1 与 撃 北 岡 2 2 0 0 2 2 4 0 4 6 1 1 1 2 の0 0 3 2 家 8 1 宮 滝 6 2 8 6 5 1 1 1 1 1 1 2 2 5 田 島 前 川 竜 垂 榎 川 水 井 造 田12.2l.6 2 2 2 1 2 4 4 4 8 0 2 2 2 0 4 0 0 2 2 2 6 8 1 1 坂 出 加 茂 00 0 1 2 8 6 1 1 添 礼 川 牢 7 0 1 2 7 2 1 1 24 1い62。0四 条 2 2 0 0 8 1 4 1 生 丹16神 野
O 壁 悪卑 2.0 1、62.O 吉 野 6 1 7 1 尾 松 安 田 池 田1・22・5㌻川津
2。0 1.5坂 本 2.2 要 2..5法勲寺 七 億 白 方 5 1 名 五 1・8 ∃1・8181小8
15 5 8 1 1 前 庄 神 鴨 ヽ■ノ ヽ′ ll ヽ一 崎松使松上松太松田 田 淵高勧高太高木高新 し ′し l ′一、ヽ 8 0 1 2 2,.02い4j 丸 亀 1り5 川 西 20ト王越1.6松 山
1.6 羽 床
2.0山 田
5 5 1 1 1…3 四簡1・6障凋
2け0高 篠 1“9‡2・32.0】2.0 1
1 2いOi2‖5 0 6 0 2 1 2 0 0 2 2 2 2 富 田 石 田 2 6 1 1 0 2 4 ウ小 比地二 上高野 本 山 2..3 1.. 6 1.6 2.2 2′0 2..0上笠屈20
造田2Ol・6
長尾≧2011い6 津田…2‖22・4 鶴 羽 皇162.4 1志 度:2・0 22
平 井 1.4i2、0神山1,.82.0
下高岡 1・8 2・0 井 戸 1..61.2 東植田lい6 2・0醐畑1・62・0
谷1.8 ∃ 2.0 2..O 宇多津2一.4 と 3い0 岡 西 川 香 2・・Oj 土 器 2O 飯 野 2..O2“4 2りO2.2 一 比地大16 円 座 担 紙 下笠居 繋 打2O jl富 熊 2..Ol.8 下高瀬
2・0い21≡岡田 1一.7 j 2り0 戸 府 中 萩 原 0 0 2 2 0 0 3 ウ仏 2 2 盤 常 2.O12い0 0 0 2 2 室 伊 高 紀 浅 野l・5 芦 2・0 多度津大野・4至16善通寺
川 東l.6l.2 琴 平
0 6 2 t⊥ 2日4 1.8 2‖4 2=32・3 .−・谷 2.O2.3大野原 0 2 0 2 2 2 象 2 1 5 1 一・ 宮 郷∴ 二ニ ーニ こ ̄;. 二
林13 Ⅰ−1−12表 マッチの米麦生産盛(反当石)
市町村名l水和麦類= 馴川名
市町村名 L水 稲⊆麦.頬 水 麦 類 9 5 2 3 白 鳥 本 三 本 松 丹 生 松 尾 坂 出 4 0 8 4 8 0 5 2 6 6 り] 3 1⊥ 2 2 ウ︺ 2 2 2 2 8 5 2 3 ’ 2‖51・讃 原 3.0 = 筆 岡 0 2 6 3 3 2 3 2 ハ∠ つ九 っん つ〃 り仏 ハム 0 4 8 2 .4 4 5 4 3 2 4 2 ウ仙 2 神 吉 比 地 二 豊浜(甲) 2..0 2..2 多 度 浮 30 七 箇 12812.0豊浜(乙) 善 通 寺 32 ≡ 2.6十 郷 本 山 大 野 原 財田大野 萩 原郡 家12…6
奄 川 2.8 2..5 自 方 2.6一 丸 亀3…2 垂 水2・8「2・4r 四 箇
高 篠 3‖2≒ 3・0】
南 第七節 摘 要 本章では香川県のガラクといわれる水稲低収鼻水田に閲し1944年12月現地調査を施行した結果について記述し たがガラク水田ほ川の流域あるいは往時川流の変遷のあった地帯に主として分布しており,県 ̄下全水阻面積の約 8%以上を占めている.その地質系統は軍四紀新層に属するものが大部分でその母料ほ花崗岩,砂岩に由来する ものが多く,土性は大部分砂塵士に属しマッチの大部分が盛土∴埴壌土であるのに㌧比較すると砂貿であり,まれ にやや魅磐の表土を有するものもあるがその下屑土はカ云でいう「フクベ砂」で構成されている表層土の厚さほ 平均10..5cmでマッチの平均14.5cmに比較し薄層のものが多く,その土色はマッチに黒灰色∴暗黒灰色が多いの にたいし灰黒色,脂視色,灰褐色等マッチより淡色である.保水時間を湛水した約7cm水深の用水が大部分落 水するのに要する時間をもって表示すれば平均犯8時間で催水後1日たらずの間に1]]面水が漏水するもの多く, マッチ水田の平均120時間に比較してはるかに漏水の甚しい水もち不良田である.又米,麦の生産崖湛ついては ガラク水阻では一一・般に水稲作ほ秋落,根腐等により低収であるが袈作の麦類は良好であるといわれているが本調 査の結果では平均反収玄米1.8ア石,麦類1.95石でこれにたいしマッチ水田では平均反収玄米2−84石,麦類2.51 石とガラク水田は収騒が低い.なお本調査で麦類の反収がガラク,マッチとも低いのは調査当時が戦車の末期で 労力の低下や肥料その他の諸資材の供給が極度に制限されていたことなどによるものと考えられる。.第二章 ガラク水田と水稲根腐の関係
香川県下で従来夏季水田に水稲栽培中7,8月の盛夏の頃高温で降雨の少い年に水稲の生育が著しく障害をうけ その被害の甚大な場合には水稲株は枯死にいたる現象が各地で見うけられこれはゴ、ねくされ−「(40)の名でよばれて おり,ガラク水田では既述のように殊にこの根瞬が発生しやすく被害軽微の場合でもそのため水稲の生酉が遅延 し稲熱病にかかりやすく秋落を来たしやすい傾向がある又その被害の軽いときは天候が冷涼となるにしたがい 自然に回復する場合もあるこの根腐については高崎(ユ23)によりその大要が紹介され,大杉等(94・9さ)によりこの種 の現象は岡山県その他の地力でも見うけられ「ねくされ」と ̄ひっこみ」「ずりこみ_†といわれ,肥料の種類殊 に硫酸塩を含む肥料の施用がこの現象の発生に密接な関係のあることが明かにされた“又塩入(108)は板開発生水 田の特長として作土が活性の鉄化合物に乏しく,作土の直下に形成されるすき床の部位にポドソルの漂白層に相 当する灰白色の土屑の発達したものもあり,その下方に酸化鉄の集硫している土屑が見出されこれら作土や漂白 屑ではりん酸の溶脱を認めているそして水稲の秋落現象も根瞞現象と類似の原因に基くものと.解釈しこの柾水 田は極度の老朽化水田であると述べている. 本章では1941∼1943年にわたって施行したガラク水田現地の委託試験を主体として記述する.−14− 第一・節 水稲根腐の発生状況 既述のように水稲板腐の発生はその年の稲作期間中の天候と密接な関係があり,1940年のように盛夏高温の年 にほ香川県下に約500町歩,この年より比較的気温の低かった笠1941年は約200町歩の板偶発生水田をみたので あるが,1942,1943両年県下市部別根隣被害面積をⅠ’−2−1衷に示す.Ⅰ−2−1表中根因発生水田面積の 大,中,小は根腐による水稲の被害程度を意味し,大は板閣のため水稲の生育不能となったもの,中は根開は回 復したが減収を予想されるもの,小は板瞬が発生したが回復し玄米収監に影響を及ぼすことが少いと予想される 水田の面積を示すものであるが,1942年には約630町歩,1943年には約240町歩と.その年の天候により根開発生 面掛こは広狭?あることが判る・(面棍の単位は調査当時の単位に・よる…以下同じ) Ⅰ−2−1衷 水稲根膵被害発生面積(単位,勒)
1943年
1942年
取囲発生水田面積 調査市 町村数 調査水 稲作付 面 積 調査水 稲作付 面 積 根膵発生水田面積 調査市 田コ村数 市 郡 別 六二】 中 一 小 大 中 【小41384 ≧ 2.5603∃99.0
6 1826 15小8 18.6 25..8 8い6 20.0 76.6 29、4 44..6 5.7 4 3 仇 川111;239610.3「3‖93り4 20 を 3696 62.5、145‖4 15 4446 3.0 0.1 1い4 10.9 6.2 18.5 79.7 12い2 田144403 16い1
嘉 川 歌 皮 豊 多 小 香 綾 仲 三 5 3 3 一 〇 〇 〇 1 4 ハ‘ 1 3 2 7 7 4 3 9 3 8 3 5 2 5‖1巨 10 272 12..81413135 7 1 4 2 3 00 1 3 9 18 19 12 1 8 1 3 7 9 4 3 7 7 1′ l 3 9 2 1 5 1⊥ 9 2 l 214215 3日520.320 4095 2い2
202.0!627…6【1120、26239 ヨ 25=4 討 107124736132.2 第二節 水稲根腐の特長 第一項 水稲根腐の発生と気象との関係 既述のように水稲板腐は盛夏の候高湿で降雨の少い年に発生しやすいがこの被害の比較的軽微であった1941年 と被害の比較的大きかった1940,1942の両年に香川県立農事試験場臨場(ガラク水田)で気温地温(地下5cm), 水温(田面水についてほ1942年のみ観測した)等について毎日午前10時に測定した結果をⅠ−2−2表に示す Ⅰ−2−2衷 水稲根膵と気温,地温,水温の関係 1941年 1942年 板 腐 被 害 大 気温≡ 地温;水温 】 1940年 板臓被害大 根隣被害小 日 別 気 温i地 温気 温】地 温
l l 29.9l 25.7
1−5日平均 29.3 6−10日平均 28.1 1 11−15日平均 28い7 16−20日平均 30.7 2ト25日平均 30‖3 26−31日平均 30.5 8 7 .4 7 4 5 6 6 7 5 3 3 3 3 3 7 0 8 5 3 2 4 3 4 3 3 3 3 3 3 26‖1 27小8 3111 22」825・41312
22.7 25.3 30.7 31.6 27.5 27.7 31‖8 30.9 273 28.2 31,8−15一
29い1ミ 29.6】t 32..4
1−5日平均 6−10日平均 30.3 32‖6 】 35一.4 29.6 / 27小O J 29.2 30小7 J/ 28..8 30い4 11−15日平均 28.0 32.5 26.0 】1 312 32け8 0 9 4 8 9 5 2 つ︼ 2 16−20日平均 30,2 21−25日平均 29小4 26…31日平均 26.2J287
29小5 ト 29..6 31.0 28.1 t 32り3 」 】 29,.O 1 31..1 」 L 26…6 j Ⅰ−L2−2黎で名温度はOCに.より襲示したが,本家に示すように根擁被害木すなわち多発の1940および1942の 両年吟被害軽微で発生面積も少なかった1941年に比較して本田に・移植した水稲が活着して生育期砿入ったと考え られる7月中,下旬の気温をみると3−100C高く,地温も3−90C高い… この時期は根腐が最も発生しやすいこ とから高温であることが根開発生と密接な関係にあることが知られる‖ なお水温は1942年だけ測定したため他の 年と比較はできないが7月中,下旬には35‖4−37…70Cと高温を示しているい したがってこの水稲生育期に根腐 が発生すれば当然生育が抑制される 第二積 水稲根腐と肥料の関係 大杉等(95)は水稲根因発生水田の土盛は硫酸塩還元の著しいこと,障害ほ硫安施用盈の多いほど著しいこと等 を認めているが,この被害は一・撃の水田申その面較がせまい場合には水入口より蕗水口附近に著しく,叉面積の 広い水田では中央部の濯漑水が停滞すると考 え.られる部分に点々と散見するところから・一・ 撃の水田中で主として施肥した肥料による硫 酸根の分布に波淡があるように考えられる. したがって1941年同一・水田で板閉被害地(落 水ロ)と無被害地(水入口)およぴこれと隣 扮する無被害水田について表土中の水溶性硫 酸を定監した結果を・Ⅰ−2−3表に示す(124), なおこれらの土盛を採取した水田は何れもガ ラクに属するものである.Ⅰ−2−・3衷より 根間の発生した水田について.被害個所の表土 中には無被害地あるいは隣接水田の襲土より ほるかに.多監のSO4を含んでおり,この傾向 は大杉等く9¢)が板隅水田の熱塩酸可溶硫酸合 藍■を測定した緯果と同一傾向である. 第三項 水稲根腐と土性の関係 前述のように水稲根間発生水田では衷土中 の硫酸鼠の分布に著しい壊淡があり,この原 因とレて施用肥料の種類や施肥法によること も考えられるが,根開発生地でははぼ一定し た傾向であるところから土性のちがいに基く こともまた大と推定する大杉等く95)は板開 発生水田土盛の器械分析の結果被害地土盛は 粘土分40%を越えるものなく何れも砂盛土又 はそれに近い砂質土であること■を認めたが, 被害発生のガラク水田家土は根腐の発生しな い水稲良作水田すなわちマッチ水田表土に比 Ⅰ−2−3東 根腐発生水田および健全水田表土の硫酸旗 供試土≦裏採取 地市 郡 別 乾土100g中の水溶性SO4mg ・ ..‥・‥ 供試点数 高 松 大 川 木 田 /ト 豆 47い3 36.6 3 F 71・3 ;章;…::; 二_二 川 歌 度 豊 多 エー2−4衷 ガラクおよびマッチの最大容水鼠 供試土盛採取地名‡誉一三夏如i讐腎纂盲最雫姦ヂ篭 高松市大田上町 ガ ラク 弓 有 J 香川郡香西町 ガ ラク 有 有 無 無 無 木田郡前田村 綾歌郡法勲寺村 香ノーl郡担紙村 香Jllぷ豊試圃場 ガ ラ ク マ ツ チ マ ッ チ ガ ラ ク−16− 較してイ可れも最:大容水鼻(粗)小さく水もら良好でないことはⅠ−2−4表からも知られる(125)小Ⅰ−2−4表 中香川県立農事試験場圃場はガラクであるが堆肥を1937年以来毎年表裏作(水稲およびはだか麦作)とも反当 2000買づつ施用し水稲作の収監はⅠ−2−5 衷に示すようにかなり高い圃場で根偶の発生 をみない水田である.この水田土壌は特殊な ガラクとしてこその最大容水星をエー2−4表 に掲げたものであるがこの表より根闘の発生 したガラク水田表土の最大容水量は対照のマ ッチ水田表土あるいは堆肥多用ガラク水田表 土に比較して何れも小さく,土壌ほ施肥した 肥料の吸収保持力が弱く硫酸根の流動集積が おこりやすいと考えられている∩ Ⅰ−2−5表 堆肥多用ガラク水田ク■「玄米収監(反当石) 第四項 相席水稲棟の外観 根偶にかかった水稲の外観的特長としては (1)被害水稲は草丈低く分けつも少い= (2)被害水稲の茎葉ほ淡緑色であり,被害が大きい場合菓は草ばつにかかった水師、葉のようにまき込みさ らに被害が大となれば枯死する.. (3)根は黒色の物質で鞘状に不規則に被われ被害の大きい板は黒色化して枯死するしたがって「ねくされ」 といわれるわけである. (4)被害水稲の中で回復の兆候のあるものは深植した稲株のようにその上節から2艶3段の新税を発生する (巻末写畏Ⅰ−2−1参照).. (5)被害水稲の中でそれが回復したものは生育障害のため出穂が遅れその上出穂期 穂首稲熱病におかされる ものが多くこのため一・般に減収するり 第三節 水稲根腐防除試験 以上のように・ガラク水田では水稲根閣が発生しやすいので以下根闘の発生した現地で行った根閣と肥料の種 類,施肥法,麦刈株の影艶排水の効果等の関係および根腐発生の裏作麦へ及ぼす影轡等についての現地委託試 験の結果について述べる‖ 第一項 肥料の種類試験 野瀬(87)は朝鮮干拓地の苗代土恕より硫酸還元菌およびその随伴菌を分離し これより干拓地で水稲儲が隣 欺をおこすことを認め(期さらに本菌(89)の繁殖が水稲苗の生育に障害を及ぼすのは本幽ノ繁殖によって水稲領水 耕液の酸素が欠乏して培養液が妖気卸こなるためであるとし,水稲は本田移殖後草丈 仲良不良で分けつ少く生 育は−・般に不揃に・なると述べ,大杉等(96)も板膵発生水田土盛表土は硫酸還元力が特∴著しくその木部分は微生 物の作用に基くことを指摘している,.又手島(140)ほ硫安および石灰窒素をそれぞれ蓑卑単用した水田土盛の置換 性塩基,駿衝能を測定し硫安連用区土盛は石灰窒素連用区土盛より何れも小さいこと十認め,この両肥料を合理 抑こ施用することにより相互の欠点を補い土盛反応を水稲の生育に適合するようにしンよければならぬと述べてい るが,根開発生ガラク水田ではこの種の技術的検討は殊に大切である∴す−なわち水沼長掛ま施附する肥料の種類 によって被害の程度もまた異るのは当然である故1940年根閣の発生した高松市大田上明および木田郡前田村ガラ ク水田でつぎの(甲)に示す設計により1941∼1943年にわたり水稲の現地委託試験こ行った. (甲)試験設詔 (1)試験地 両試験地とも第四紀新屑,砂盛土 (2)試験の規模および面積,両試験地とも圃場試験,1区面積10坪,2聯制 (3)供試作物 高松市大田上町圃場 水稲名倉 木田郡前田相聞場 水稲愛知中稲
−−17 一一 (4)試験区名および施肥畳Ⅰ−2−6衷に示■す. 同家中塩安はイヒ学試薬を供試した.(重盗の単位は試験施行当時の単位による.以下同じ) Ⅰ−2−6衷 肥 料 名 及 び 施 用 鼻 肥料名及び施用監(反当質) ▼‘‘▼ ̄ ̄
議丁靂訂丁盲妄1百官高遠盲可て三:「両
試験 区 名 無礫質肥料 石 灰 窒 素 塩化アンモニヤ 無硫酸限月巴料 有機質肥料 100 100 100 100 100 1 2 3 4 5 253一“
(叶施肥法Ⅰ−2−6表で堆肥,石灰窒素,ト岬マスりん肥を除く他の肥料は全巌の%を第1回追肥とし, 残監を第2回追肥としてトー2−−7衷に示すように施用した・なお挿秩期を便宜上本表に入れて掲げ た.(以下の試験でも挿秋期匿閲し同様に取扱った) Ⅰ−2−7衷 追 日 期 日 (乙)試験成紡 (1)生育調査成絆 各年の生育状況について各試験区で水入口および落水口(実際にはガラク水田では水もち不良のためこれらの 試験地では落水ロを設けずこれに相当する箇所で調査した)附近の水稲について7月下旬あるいは8月下旬およ び収穫期前に生育中躇な箇所を選び草丈は各棟の最長茎について土際より先端まで(出穂後は穂先まで)の長さを 測定し,各箇所で5−10株の平均値を求め,さらに2聯の平均値を求めてこれをcmで示し,茎数は草丈を測定し た株について茎数(出穂後は穂数)を測定して−1株当りの平均値を求めさらに2聯の平均値を算出し本数で示し た..(以下の試験についても同じ)、.その結果をⅠ−2−8衷に示すⅠ−2−8表より各試験地とも無機質肥料 区は被害程度に差はあるが毎年水稲根膵が発生し,その被害は水入口をへだたり試験区の奥(表中落水ロとして 示した一.以下同じ)にいくほど大であった..したがって被害部は水入口に比較して生育不良で草丈低く,茎数少 くこの差ほ7月下旬(1941年,1942年),8月下旬(1943年)に著しく,収穫期には次第に差が少くなっている1 又無綴質肥料区を除いたその他の区について太田上試験地では眼病発生せず生育は順調で殊に無硫酸限肥料区, 有扱質肥料区の生育が.良好であり,前田試験地では1942年に無粗野肥料区のほか石灰窒素区,塩化アンモニヤ区 にも板腐がかすかに発生したため各区とも水入口に比較して被害部(落水ロ)の生育は不.良であり,無硫酸根肥 料区,有扱貿肥料区の生育が良好なことは太田上試験地の場合と同様である・(巻末写真Ⅰ−2−2,Ⅰ−2− 3参照)..なお1−2−8表中前田試験地では1943年石灰窒素区に石灰窒素を施用しなかったので試験より除外 した..18 工・−2−8衆 生 再 調 査一成 按 一JけJ刊至!15=..白Uα 06 75 09 ︵U9 97 17 ウ〟8 92 1 1 50 43 08 .. 虎U8 80 00 22 100 00 22 21 22
葛餅﹁バ針∃
35 09 00 21 21 29︼ 72 70. 88 6ち 17 77 OUO O4 34 nO1 22 12 70 68 ウ︼5 11 ∩=U O O l l l l 66一. 68い3 一一 1h 21 22 22 22 58 40 4軋 09 1 ︵h︶0 8.臥 44 00 06 21 ︵06 5■11・0 〓 ∽⋮ 76 00 00 00 13 55 11 11 11 11 11 21 11 77 27 78 ︵00 76 65 1無機質肥料;藷条呂2 石灰窒素議会呂
3塩化アン・モニヤ呂 】 】 4=軌跡敷板駅料藷条呂 73 16 08 74 98 99 49 5・4 90 19 34 .43 19 41 32 97 98 37 68 .43 25 71 21 22 22 11 11 11 971. 78 八じ八U、 〇.L 22 54 5 00 11 25 77 31 一一 ≡ ⊥T l 10 98 99 88 45 35 11 86 4.4 33 ︻﹁−−斗 49 09 1 61山 2 54 、U、U 5 1 1 99 07 11 21 22 7︵VU 18 00 29 21 07 88 97 29 007 21 11 93 42 74 56 00 00 11 11 ▲47 4・4 96 61 55 55 00 00 55 99 11 11 00 00 91 90 1 1 29 80 00 09 71 39 35 34 1 1 1 nO3 ︵1.〇7 68 20U 77 76 有機質肥料…議会 ロロ (2)収昂調査成績 生育調査を施行した各試験区について水入口および落水ロの部分で瞳畔に近い3−5株の水稲を除き残余の株 について1−2坪を刈取りその玄米蓮および葬垂を測定して反当に換算した成繚をⅠ−2岬9表に示す.本家に 掲げた数値も生育調査の場合と同様各区各部で2聯の平培値である.なお前田試験地の1941年荘重はねずみの害 のため,石灰窒素区は前述の生育調査成紛で述べた理由により試験より除外したⅠ−2−9衷より無職質肥料 区は各年とも水稲根隣のため落水ロは減収を示しているが,前田試験地の1942年石灰窒素区,塩化アンモニヤ区 Ⅰ−2−9未 収盗調査成絞(反当換静,石,買) ← 禽一 験 地 名 試番 験 区号 1 水入口 落水 ロ19 41年
19 4 2 年
19 4 3 年
試験 区 名 無機質肥料 玄米容l築 重 玄米容!舞…■﹁ 重
㌫鋸
ll−−
‥ . 2.18 127.5 2け52 1け80 154り5 2‖33 1 2“24 159“0 266 2.18 139.5 2.78 2.57 1860 306 2.60 192.0 3。00 水入口 汚水口 水入口 落水ロ 00 05 90 09 22 20 11 11 7︵0 48 31 32 22 22 00 50 nOO 69 24 91 22 12 紫 窒 灰 石 2 塩化アンモニヤ恋仝巴 口 田 汚水 水入口 汚水口 水入口 汚水ロ 4 00 36 22 11 229.5 238..5 237‖0 238‖5 無硫酸根肥料 上 21 〇 00 1 1 5r有概貿肥料−−19− 85.5 85.5 115日O 水入口 落水口 00 59 32 11 11無機質肥料
2石灰窒素駁呂
3塩化アンモニヤ蛮余呂 4慄硫酸根肥料蛮条呂 73 89 11 55 00 100 73 33 ︵J1 21 22 2ウ︺ 73 11 1..52 一一 〓 ;・∴一ニー1…92 − 112.、5
田 09 55 1 77 72 11 .0 “5槻質畔姦夫呂圭=冨去
−− 2.57 2‖39 160..5 1(∋3..511・5593・0
Ⅰ で7月下旬に,又1943年塩化アンモニヤ区で8月中旬落水口附近に根腐が発生したが塩化アンモニヤ区について 前者の場合には減収を示し,後者の場合には収量に・影響を与えぬくらい軽微な眼路であった..何れの試験地でも 各年各区を通じ有械貿肥料区ほ収崖多く,これは根閣を考えない場合でも有機質肥料はサン肥(水稲にたいする 堆肥の追肥)とともにガラク水田水稲作には不可欠のものであると考える. (3)出穂状況 以上の各試験区の出穂状況を調査した繹果をⅠ州2−10衷に示すい ただし本調査は各区2聯の呼物を求めず区 毎に水入口,落水ロの結果についてこれを示し,各区は同一試験区名の欄内でA,Bの記号で示してある.文出 穂姶は各試験区の各部で最初の1穂が出穂した日,出樺期は各区の全株中40∼60%が出穂した日,そして穂揃期 は同じく80∼90%が出穂した日を記録した‖(以下の試験の出穂状況調査もこれに準じた)いⅠ−2−10表より根 隅の発生した各試験地の無機質肥料区落水口附近の出穂状況は同一・区の水入口に比較し遅延する傾向がありこれ は根膵の被害が大きいほど著しくなる.前田試験地で1942年,1943年の塩化アンモニヤ区でもはぼ同様の傾向で 出穂状況の遅れることが認められる Ⅰ−2−10表 出穂状況調査成績甘験地旦
19 4 2 年i
番 号 試験区 水入口 落水口 別19 41年
19 4 3 年
出穂始l出穂期】穂揃期 出穂姶】出穂期!穂揃期 出穂始i出穂期極網 水入口9月9日9月13日汚水口11 15
24 22 22 22 11 1 1 11 11 月 9 日 91 99 99 88 月1 9 日 57 55 55 55 11 11 11 11 月 9 A B 1無槻票肥料 水落 入水 ロロ 99 99 99 33 33 33 11 11 11 太 !】 9月3針9月6日3F 6F
ロロ ロロ 入水入水 水汚水落 A B 9月9日 9 4.4 44 11 112石灰窒素
l」 9月日9月6日≡9月9日 6 9 55 55 11 1 1 22 22 11 11 ︵H︶8 88 ロロ ロロ 入水入水 水小声永落 A B 4.4 44 1 1 1 1 22 22 11 11 88 88 酎3化アンモニヤ 55 55 1 1 1 1 22 22 1 1 11 88 008 ロロ ロロ 入水入水 水蒋水落 A B 11 ﹁ユl l l l l 00 00 00 00 33 33 33 33 11 11 11 11 55 55 11 11 33 日 9 月 66 日 9 月 99 日 4.無硫酸根肥料 】 9月3日9月6日9月9日 3 6 9 4.4 44 1 1 1 1 22 22 1 1 11 88 88 ロロ ロロ 入水入水 水汚水蕗 A B 55 55 1 1 11 5有機質肥料−20 −
9月9月三日
31≧ 6 3 ≡30 毒 8 月月月 009 8 日 7ハ0 55 22 2 月 8 9月3訃8月28日≡9月1釧9月4日 ロロ ロロ 入水入水 水落水蒋 A B 3 童 6 91 3 日 日 1 90 23 無機質肥料13 二−−蜘6
55 一一二
77 77 77 99 22 22 22 22 日 33 33 00 00 33 33 月 8 00 00 88 800 33 33 22 22 66 55 .4.4 55 55 55 22 22 ロロ ロロ 入水入水 水落水蒋 一一 日 石灰窒素 日 79 月 9 ロロ ロロ 入水入水 水落水落 A B 4■4 44 44 44 2ウ︼ 22 22 22 アンモニヤ 77 55 55 56 55 11 11 12 00 88 88 700 33 22 22 22 00 ハ00U 87 008 3っ︶ 22 22 22 77 77 22 22 ロロ ロロ 入水入水 水落水落 A B 00 00 33 33 008 QU8 22 22 無硫酸根肥料 A 水落水落 入水入水 ロロ ロロ 77 77 22 22 00 00 33 33 ︵000 ︵︾00 22 22 44 4.4 22 qム2 有機贋肥料 B (4)水稲根因発生の有隠 その程度および穂首稲熱病の発生状況 っぎに各試験地の板開発生状況およびこれが発生した場合の被害程度並びに穂首稲熱病の発生状況について Ⅰ−2−−11衷に示す‖ ただし稲熱病の調査は水稲1株ないしほ1菓ごとの調査でなく達観的観察の結果でその程度を大,中,/j\に分けて調査したものである・Ⅰ−2−11象で根隣が発生した場合についてみるとその被害の大
きいぼど生育が遅延し穂首稲熱病の発生も著しく水稲の減収をもたらすことも多いことが知られる‖なお本家で記号A,Bほ出穂状況調査の場合と同様に同一試験区内の2聯のおのおのを示すものである‖(以下の試験で本
調査に関しては以上の方法に・準じて調査を行った)・・以上のように無級質肥料区すなわち硫安,過りん酸石灰,硫酸加里を用いた区で根腐が最も発生しやすく▼窒
素質肥料としては硫酸根を含まぬ石灰窒素,塩化アンモニヤを用いても過りん酸石灰,硫酸加望等の含硫酸根肥
料を併用すれば根間が発生する場合もあるがその被害程度は硫安に過りん酸石灰,硫酸加里等を併用した場合よ
りも軽く,硫酸根を含まぬ塩化アンモニヤ,トマスりん肥塩化加盟を用いた無硫酸根区および有概貿肥料区 T−2−1増 水稲板偶発生の看隠その程度:並びに穂首稲熱病の被害状況 肌【1甘「941年It194
1 9 4 試験 区 名 慧熟馴欄発生状況l宏熱誓 根膵発生状況 根開発生状況l炭爪モ軍 7月26日 根偶 発生その被害小 〃 根腐発生せず ク 〃 〃 〃 〃 〃 ク 8月5日 根開 発生その被害小根腐発生せず 〃 〃
小 〃 〃 〃 〃 〃 ク 〃 〃 †′ 大 〃 〃 〃 小 〃 〃 〃 〃 〃 A B A B A B A B A B 無機質肥料 石 灰 窒 素 塩化アンモニヤ 無硫酸根肥料 有放質肥料 2 3 4 5 〃 〃 〃 〃 〃 〃 上7月24日根開発 生その被害大 大 〃 〃 〃 小 〃 ′ト 根憐発生せず ′′ − ′′ 7月24日根膵発∼ 〃 〃 〃 ′′ 〃 1′ 〃 1′
生その被害小 †′ 〃
〃 板開発生せず 〃 ・′′ ′■ 8月17日根因発 生その被害/j\ 根腐発生せず 〃 〃 〃 〃 /j\ 〃 〃 〃 ′′ 〃 の生育,収最はともに良好であり中でも有機質肥料の施用はガラク水田では特に不可欠のことと.考えられる.本 試験で水稲根掛ま肥料の種類匿よって発生したりしなかったりするとともにこ.の種類の組合せに・より被害にも軽 重のあるこ.とが判明した. 第二項 施肥法試験 前項で述べたように水稲板宿の発生は施用する肥料の種掛こ左右されるところが大きく,これらの肥料中硫酸 根を含む易溶性無槻貿肥料の施用は特にその被害が大きいため,綾歌郡山内札 香川郡上笠居村の根隣発生ガラ ク水田を試験地に選び,元肥に硫安,石灰窒素を剛、,追肥に過りん敬石灰,硫酸加厘を施した場合と,硫安, 過りん駿石灰,硫酸加壁を全部追肥とし,田面水を排除して施用した場合と湛水のまま施用した場合ともにその 施肥恐後除草しこれら施肥法の差による水稲根閣の発生状況を山内試験地では194ト1943年,上笠居試験地で は1942,1943の両年つぎの(甲)に.記載する設計によって現地委託試験を行った. (甲)試験設計 (1)試験地 両試験地とも罪四紀新暦,砂塵土 (2)試験の規模および面積 両試験地とも圃場試験,1区画横10坪,2聯制 (3)供試作物 綾歌郡山内村圃場 水稲旭ア号 香川郡上笠屠村田場 水稲豊稔 (4)試験区名および施肥畳Ⅰ−2−12表に示す..Ⅰ−2−12衷より堆肥の肥料成分鼓は施肥最中に含まずい Ⅰ一2−12衷 試験区名および施肥崖 反 当 施 肥 最 (貰) 試 験 区 名 元 肥 硫 安 元肥石灰 窒 素 追肥落水後施用堆 肥【 N I P205 】 K20
2い0 2..0 2..0 2.0追肥湛水施用lOO
Ⅰ−2−13衷 追 肥 期 日 第1回追肥 】 第 2 回追肥 蹄 鉄 期 試 験 地 名㌍製壬㌍足芸笠ビ買覧贋
さ㌍覧し!賢覧し千賀子等 1941年 月 日6 26′ 7 2I 710I 7111 715
710 714629630i
上 屠  ̄圭− 22 一 元肥硫安区,元肥石灰窒素区の硫安,石灰窒素は水稲蹄鉄5日前に乾田に堆肥とともに金屑施肥し,追 肥落水施用区は追肥麿前に落水し,追肥施用後約1昼夜をへて濯水した..又追肥落水後施用区,追肥 湛水施用区はともに耕起の瞭堆肥を施用し,堆肥および元肥硫安区の硫安,元肥石灰窒素区の石灰窒 素を除いた他の肥料すなわち過りん酸石灰および硫酸加勤ますべて追肥とし,その全施用崖の%を第 1回追肥,残鼻を第2回追肥としてⅠ−2−13衷に示す期日に.施肥した. (乙)試験成絞 (1)成育調査成績 本節婦1項の試験と同様な調査法により施行した生育調査の成紋をⅠ−2−14表に示すⅠ【2−14衷より山 内試験地では1942年元肥硫安区に,1943年には全試験区に根開発生したが石灰窒素を施用した第2区が最も被害 が少なかった・しかし草丈,茎数とも水入口と落水口とに差異が認められる・上笠居試験地では1942年追肥湛水 施用の軍4区および追肥落水後施用の第3区に船隊が発生した1後者は前者ほど著しくなかったが草丈,茎数は 水入口と汚水口で相当の差異が認められる・以上のほかの試験区は両試験地とも眼路を認めなかった.(巻末写 負Ⅰ−2−4参照) Ⅰ−2岬14衆 生 再 調 査 成 紡 水入口
19 4 2 年
二草頂胴 ﹁=軒‖忙帖二数Ⅳ聞
19 41年
試験区番号 l■ ﹁■. 草 丈 茎 数試験区名邑芸水口
草 丈l茎
小 −.十⋮ 89 月日 13 O1 月日 1 00 00 08 78 21 11 00 00 6A〟 23 11 11 11 70 43 22 00 00 1 1 1 1 21 91 19 09 4つ︶ .43 ロロ ロロ 入水 入水 水落 水落 48..6 5】_.1 39 . 4 09 1 O1 8719 09 1 1 50 63
8 72 l1 34 〇 21 48 1 安 硫 肥 晃 l 山 19 9 44 l1 05 80 00 09 90 1 11 1 69 37 21.2 169 16. 6 18.2 72 77 74 11 82 . 1 32 5企U 66 72 53 ・43 11 11 11 45 58 20 2元肥石灰窒素 L 59 15 80 63 56 46 00 00 98 79 11 11 00 00 10 00 11 11 12 36 95 13 99 99 16 22 85 37 33 .43 ロロ ロロ 入水 入水 水汚 水落施1用1
後 施 水 水 落 湛 肥 肥 道明≡追. 3 .4 08 〇 30 1 50 3 75 68 1︵ひ 21 13 9 l l 11 11 53 43 内 98 8 99 41 2 76 16 9 l 1 63 9 12 301 1
1 L盲 ∴ ・■・
32 7 3 00 ユ 1 89 6 55 二 ロ 一岬 落水口水人口 汚水口
79 3 4 22 87 9 00 11 77 9 5−.〇 一一 60 67 800 36 22 22 1.4 63 33 86 01 00 1 1 11 48 78 92 000 78 87 59 42 22 20 22 22 2元肥石灰窒素 肥落水後隠水 落 口口 入水 3 06 21 49 .1り︼ 00 1 1 64 3 54 一一 二 73 9 l1 49 7 22 1 7 ∩ご首 10 1 1 44 58 87 08 ウ=− 21 96 3 21 9.4 2 ハU9 1 65 3 54 4追肥湛水施用 (2)収監調査成紡 生育調査を施行した各試験区について本断罪1項の試験と同様の方法で収臨調査を施行したが玄米容,藁垂に ついて反当換算値をⅠ−2−15表に示す・Ⅰ−2−15衷より山内試験地で1942年根瞬の発生した第1区では水入口 にたいし汚水口玄米鼠は約10%減少し,仝試験区に根因の発生した1943年には節2区の石灰窒素を施用した区は 玄米減収歩合最も少く第1区の減収歩合10=4%および筋3区の23日4%,滞4区の25.0%にたいし8..2%であっ た・・上笠屠試験地の1942年第4区は板宿のため落水ロの収鼠は水入口のそれの約20%であったが,第3区は根腐 被害軽微のため収故には影轡を及ぼさなかったい23 Ⅰ−2−15表 収造調査成絞(反当換罫石,貰)
19 41年
− ● − − −−19 4 2 年
、 _・≡∴・・・ 年 3 4 9 1 水入 口 落水口別訂り打
m151.殻 1】 汚水口 水入口 落水ロ 00 08 09 56 85 65 1 1 1 1 77 76 85 53 22 22 2..60 160..52 73 159 O
2.10100.5
2・28114・・0 2.46148.5 234 j138・0 2“27 124.5 224 1335 2 66 240 2.51 251 1i元 肥 硫 安 元肥石灰窒素 追肥落水後施用 15 〇 33 1 1 36 34 り︼2 水入口 汚水口 ∵ 町町.L㌣ ・︰−︰ =−︰こ∵
巨===
35 2説 O1 1 1 4∃ 追肥湛水施用 水入口 落水ロ 50 2 77 11 55 . 3 32 1 1 06 31 2乱 〓 安 硫 肥 元 l 上笠 居
口ロ ロロ ロロ 入水 入入 入水 水落 水落 水落 84 35 11 00 50 05 67 6︵0 42 11 11 11 38 300 48 97 77 52 22 22 22 36 24 21 3L 80 61 53 33 00 1 1 1 1 11 86 59 83 47 .44 48 22 22 21l一一一 二
元肥石灰窒素 追肥落水後施用 追肥湛水施用 岬 一一 一一 (3)出穂状況各試験区の出穂状況を本節軍1項の試験と同様の方法で調査した結果をⅠ−2−16表に示す.. Ⅰ−2−16表より山内試験地では1941年板偶発生せぬため出穂状況に・各区とも大差なく,1942年は第1区殊に B区は根蘭のため出穂期,穂揃期ともに約2日遅れ,1943年は全区に根隣が発生したので出穂状況が芳一・でない. 上笠屈試験地では1942年節3区界4区が根偶のため他の区より穂揃期が遅延している.. (4)水稲根開発生の有額,その程度および穂首稲熱病の発生状況 つぎに各試験地の根腐発生状況およびこれの被害程度並びに穂首稲熱病の発生状況について調査した結果をⅠ Ⅰ鵬2−16表 出 穂 状 況 調 査 成 袷 ﹁密;可m 胴紬紺紺血19 41年 Il19 4 2 年
区魔余呂 別別19 4 3 年
」・ミ ニ・..;
試験区名 出穂姶∋出穂期l穂画 出穂始四穂期 月 9 日 日 4.4 月 9 日 00 11 月 9 日 0000 月 9 日 33 月 9 口H 12 9月12 12 12 水入口 落水口 77 07 月 1 9 11 11 11 11 22 62 00 00 日 元 肥 硫 安1 1 1 22 64 00 11 33 ロロ ロロ 入水入水 水落水落 l l l1 11 11 88 88 11 1 1 00 00 A B 元肥石灰窒素 ロロ ロロ 入水入水 水落水落 11 1 1 00 00 11 1 1 22 22 43 43 00 00 1 1 1 1 1 1 1 1 22 22 44 65 66 98 66 96 l1 66 11 51 1 1 11 11 11 追肥落水後施用 4一4 65 22 22 1 1 11 00 00 1 1 1 1 4.4 .44 ロロ ロロ 入水入水 水落水落 00 00 11 11 22 22 1 1 1 1 追肥湛水施用24
∵■ 二−二・
一 99 99 月 一 9 1一 〒庸l =1L.≡1.上
日 99 99 99 99 月 9 日 67 67 67 67 QU7 87 87 87 月 9 口口 口口 入水入水 泳鱒泳魔 A B 33 33 33 35 35 55 55一一一一 〓 二 〓一一
一一一一一一一一一一ニ
ー一〓 ニー一 〓一一
口ロ ロロ ロロ ロロ ロロ ロロ 入水入水 入水入水 入水入水 水汚水落 水落水落 水落水蒋 99 99 00 00 11 1 1 A B 21元肥石灰窒素 00 00 00 00 11 11 11 11 笠 ≡A 追肥落水後施用i 4 居 22 44 11 11 99 11 11 A B 追肥湛水施用 一2−17衷に示すなお本調査も本節滞1項の試験と同様の調査法によって施行した・Ⅰ−2−17衷より両試験 地とも1942,1943両年は試験区により根隣の発生をみたがこれと穂首稲熱病の被害とは本節婦1項に・記述した試 験の場合ほど著しい関係はみられなかったり なお試験区の区別A,Bの意味は第1項の試験と同様である巾 Ⅰ−2−17襲 水稲根腐発生の有隠 その程度並びに穂首稲熱病の被害状況 試験 区 名1941年
1942年
1943年
板腐発生状況履 根開発生状況履熱 板偶発生状況 8月15日根開発 生被害大 〃 8月15日根偶発 生被害中 〃 8月15日根膵発 生被害大 〃 7月25日根臍発 生被害大 〃 中〃 小〃 根膵発生せず小 〃 〃 元 肥 硫 安 元肥石灰窒素 追肥落水後施用 追∬巴湛水施用 〃 =根層発生せず 〃 〃 ′′ ′′ 〃 〃 〃 〃 〃 〃 ク l 〃  ̄一 砺相画函亮 生被害小 板腐発生せず 小〃 〃〃 〃〃 根瞬発生せず 〃 小〃 〃〃 〃〃 〃〃ニ ー一 二
AB AB AB 〃 − 〃〃 一
、 元肥石灰窒素 追肥汚水後施用 追月巴湛水施用 発 ず発 膵 8月17日板瞬発‡ 生被害大 〃 l − 根隣発生せ  ̄棚 以上のように本試験で硫安,石灰窒素をそれぞれ全屑施肥しても追肥に含硫酸板肥料を用いる場合には板隣 が発生しやすい小 しかし石灰窒素を元肥とするほうが硫安を用いるよりその被害ほ軽微である・又追肥として合 硫酸根無扱質肥料を施用する場合は湛水のままより落水したほうが板腐の被害は少いがこれによる板閣の防止ほ 不充分であると考えられるい したがってガラク水田のような漏水の甚しい水田では用水管理上汚水することを避 けなければならぬ故本措置を儲ずることは好ましい方法とは考えられない・・−25一 策三項 菱刈株の影響試験 前述したように根隣発生地土盛は硫酸塩の還元が著しく大杉等(9さ)のいうように選元をおこす好適の条件を具 えているような,例えば土盛中の粗大有挽物の存在は水稲根膵を誘起しやすいものとも推察されるので,香川郡 香西町の根腐発生ガラク水田を用い麦刈株の除去の有無が根僻発生に及ぼす影響を現地委託試験をこより施行し た.. (甲)試験設計 (1)試験地 第四紀新層,砂盛土 (2)試験の規模および面積 団場試験,1区面積20坪,2聯制 (3)供試作物 水稲豊稔 (4)試験区名および施肥鼠1−・2−18衷に示す Ⅰ−2−18表中堆肥の成分は反当施肥成分急に加算 しない‖ 又施肥法については菱刈株除去区は耕起の際 手で麦刈株を団地外へ除去し,麦刈株残露区は慣行通 エー2−18表 試験区名および施月巴盈 反 当 施 月巴崖(買) 諒番l 試験区名 り除去せずに両区とも堆肥を施用後牛耕により耕起整 区号