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「人権」に視点をおく小学校社会科歴史学習の研究

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(1)学位論文. 「人権」に視点をおく小学校社会科歴史学習の研究. 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科. 教科・領域教育専攻社会系コース. MO1162E 岡澤順治 2002年12.月20日.

(2) 目. 序章. 次. 研究の目的と方法. 1. 3. 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 第1節 人権教育の今日的状況. 3/. 第2節 普遍性を主張する人権論. 5. 第3節 普遍性を超える人権論. 22. 第4節 歴吏学習としての人権理論. 3g. 「人権」に視点をおく歴史捜業実践の分析と考察. 第2章 第1節. 分析の視点と方法. 第2節. 具体的な先行授業実践の分析. 第3節. 分析結果の考察. 第3章. 33 35 44. 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計. 第1節. 授業構成の方法原理. 51. 第2節. 授業モデルの設計. 58. 終章. 謝辞. 研究の成果と課題. 33. 88. 51.

(3) 序章 研究の目的と方法. 序章 研究の目的と方法 1 研究の目的 1995年頃より、人権教育が教育現場で盛んに実践されるようになってきた。同時に、. 従来の同和教育は、「再構築だ」あるいは「深化だ」と言われながら、内容はどこかへ. 飛んでいってしまったようである。人権が声高に言われるようになったのは、国連が. 1995年(平成7年)から2004年(平成16年)までの10年間を「人権教育のための 国連10年」と定め、人権教育の幅広い推進を提言する決議を採択したことも理由に挙 げられるだろう。一方で、部落差別解消を目指して取り組んできた同和教育は、その. 道25年方向の転換を迫られることになる。同対審答申後の昭和43年、兵庫県教育委 員会は、同和教育の本質を「人権尊重の精神に徹し、目本社会の歴史的発展過程にお いて形成された身分制度に基づく差別や、現代社会の矛盾からくるもろもろの差別に ついて正しく認識し、その解消に積極的な意欲をもった人間を育てることである。」と. し、以後学校現場では、教育格差是正の取り組み、部落差別意識の払拭のための実践 が教育活動全領域で行われ始める。. この取り組みは数多くの成果をあげたが、上の2点の課題を含めて部落差別の完全 解消には未だ道半ばであるという評価が妥当であろう。同和教育は徐々に人権教育に 包含されながら、差別解消への取り組みを続けることになる。 本稿は、同和教育の成果と課題を論じる事を趣旨とはしない。「同和」が「人権」と. いう名に変わり、人権教育の実践の内容を概観するとき、人権なる言葉が、理念的に 走り過ぎている現実、何でもかんでも気安く叫ばれている人権のインフレ状況、そし て教育の現場においては、絶対的な価値を持つ言葉として認知されてしまっているこ とを懸念することをまず問題意識としたい。「人権」が21世紀の社会にどのようなも のとして位置づけられ、学校教育、その中でも社会科歴史学習においてどう実践する かを一つの理論(仮説)として提起するのが本稿の趣旨である。. 人権教育は新学習指導要領実施後も総合的な学習を中心に、様々な教科・領域で実 践されることになろう。本稿では、従来の絶対的な価値をもつ普遍的人権の名の下に 実践される人権とは解釈の異なる理論(仮説)を提起し、その理論に基づき、社会科 歴史学習の授業モデルを設計することを目的としているのである。. 一1・.

(4) 序章 研究の目的と方法. 2 研究の方法 上記の研究目的を達成するために、以下の方法で研究を進める。. (1)人権に関する先行研究の成果より人権理論を提示し、「人権」に視点をおく社会. 科歴史学習の授業設計の仮説を立てる。. (2)社会科における部落史学習、農民史学習、近代史学習の現状と課題を、先行授 業実践の分析を通して明らかにする。. (3)以上の分析より、「人権」に視点をおく社会科歴史授業設計の方法を明らかにす. る。. (4)(1)から(3)の研究成果をもとに、小学校社会科歴史学習授業モデルを設計 する。. 一2’.

(5) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 第1節 人権の今日的状況 1 人権は今 戦後の日本では、「人権」そして「平和」「民主主義」は絶対的価値をもつ言葉とし. て取り扱われてきた。他方、近年こうした日本の戦後社会で形作られてきた「価値を もつ言語」に対して疑義を唱える声も聞かれる。本研究における筆者の立場は、こう. した疑問の声に対して人権を相対化したり、教育における取り組みを否定的にとらえ たりする立場にはない。. しかし今日人権は、昨今様々な解釈や取扱いがなされ、○○権といったように多種 多様な権利が人権の名のもとに主張され、「人権のインフレ化」傾向が起こっている。. また先述のように、そうした状況を郷楡するがごとく、フランス人権宣言から200 余年、欧米先進国の国民国家形成の主要な役割を果たしてきた人権の歴史的意義を疑 う言説も広がりをみせ、発展途上国の為政者からは「人権は相対化してみるべきだ」 とする考えが発せられているのである。. 2 兵庫県の人権教育 では現在の人権教育の状況はどうなのか、具体的に兵庫県を例に概観する。本県で は、人権教育として以下の四点をあげている。. 1)人権としての教育 2)人権についての教育 3)人権を尊重した生き方のための資質や技能を育成する教育. 4)学習者の人権を大切にした教育. *1. 1)についてはく自己についての肯定的な認識の形成〉をあげ、自尊感情の形成を 促すとともに、自分や社会についての確かな認識を培い、アイデンティティを確立す. 一3一.

(6) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 ることを支援するとしている。. 2)についてはく人権意識の高揚〉をあげ、生命の尊厳を基盤として憲法、人権の 歴史、平和と人権にかかわる問題、国際的な人権思潮などの認識を培い、人権意識を 育てることをあげている。. 3)についてはく思いやりの心の育成〉をあげ、さまざまな個性を持つ人々との交 流を通して、自他の違いを認め合う態度や豊かな人間関係を築くための資質、技能を 身につけさせることをあげている。. 4)についてはく一人一人を大切にした教育指導〉をあげ、学習者の興味や関心な どに応じて、自主的、主体的な学習を促す教育指導に努めることをあげている。. 以上は教育活動の全領域を通して実践されることを意図するものであるが、この中. で特に2)と4)の内容が社会科教育、そして歴史学習とも関連が深いと思われる。. そこで本稿では、こうした人権教育の内容を社会科教育において有効に実践してい くために、人権論の先行研究の読みとり、歴史授業の先行実践あるいは先行研究の分 析及び考察を通して、「人権」に視点をおく社会科歴史学習の理論を構築していきた い。. 一4一.

(7) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 第2節 普遍性を主張する人権論 1 権利としての人権論 人権とはいったい何なのか。人間はどのように人権と関わってきたのか、このよう な問題意識を持って人権とは何か探っていくことにしたい。人権という言葉は辞書に. おいて「人間が人間らしく生きるために生来持っている権利→基本的人権」*2と書 かれている。あるいは「人類が生まれながらにして共有する自由平等の権利、即ち、 天賦人権である」という記述も多い。しかしこの「生まれながらに有している」とい う言い方は一見確固とした意味にもとれるが、具体的にどういう権利を生まれながら に持っているのかと問う時、人権は何とも不安定な言葉としても映る。さらに「人間. が人間らしく生きていけるための最低限の法的保障」*3とも書かれているが、これ も先ほどの心もとない言い様を「法的保障」という言葉で補ったものである。. 人権とは法的に定あられたもののみを言い表しているのだろうか。先述の「人間は 生まれながらにして」は「天賦人権説」という考えで、ブランス革命時の「人権宣言」. に始まった考え方である。その考えは「すべての国政が、人権の尊重、つまり人々の 幸福を実現するためのもので、政府や国家はそれを確保するための手段にすぎない。 閣僚をはじめ国家の公務員は個人の幸福を実現するための公僕である」*4とするも. のであった。一方「人間が人間らしく… 」の内容について宮崎繁樹は「権利とし ての人権」*5において説明しているので、以下にまとめることにする。. 人間が人間らしく生きていくための第一の前提は「人間として尊厳される ことだ」としている。人は優越感を抱くことによって一種の生きがいを感じ 幸福感を抱くのが通常で、それ自体は非難すべきことではない。しかし、他 人を低く見たり、侮辱的な感情を抱くことは好ましくない。ましてや本人が 他人から言われたくない身体的な特徴、職業、出身、経歴などについて指摘 することは許されるべきでない。. 第二の前提は「自由であること」であるとする。人間が自由に生きていけ ることは理想の姿であるとし、日本においては真に自由が国民に認められた 時期はなく、「自由には制限がある」という留保がついてまわり、特に「公. 一5一.

(8) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 共の福祉による制限」は当然のことと考えられている。もちろん、限界なき 自由は認められず、自分の自由の尊重と同時に隣人(他人)の自由も尊重さ れねばならない。. 人権の尊重において重要な第二は、平等の実現、不当な差別の排除である。. 人間は、人種、皮膚の色、性別、信条、言語、宗教の相違、社会的身分、門 地、などによって差別されることなく、平等に取り扱わなければならず、国 家機関は、平等に人権が保障されるように確保する責任を負う。平等の反対. が差別であり、差別的な取扱いは重大な人権侵害である。国連においても 1965年に「人種差別撤廃条約」が、1979年には「女性差別撤廃条約」が批 准され、日本もそれぞれ1996年、1985年に条約を加盟している。. 人間らしさ、人間の尊厳という点から、宮崎は「自由、平等という権利」をあげ、 以下に示す三つの人権を述べている。この人権分類は国際人権規約に依拠しているよ うだ。. 一つ目は、自由権的人権である。身体の自由、思想・言論・集会・結社 の自由などの人権であり、市民的人権とも呼ぶ。刑事的人権や参政権も含み、 第一世代の人権と呼ばれている。. 二つ目は、社会的人権である。自由権的人権だけでは、貧困のために餓死 寸前という状態では「入間らしい」とは言えない。「人間が人間らしく生活で. きる」社会保障を受ける権利、教育を受ける権利、労働者の団結権などを言. う。このような権利は第1次世界大戦後のドイツのワイマール憲法で初めて 法文化され、別名生存的人権とも言われ、第二世代の人権と呼ばれている。 三つ目は、最近開発途上国を中心に「第三世代の人権」と呼ばれるもので、. 入類が死滅し、または集団として従属的・植民地的状態に置かれていては、. 人権を享受できず人間らしい生活はできないとして、先の2つの人権の前提 基盤なるものとして、自決権、平和的生存権、健全な環境を保障される権利、. 発展の権利、などが主張されている。*6. 最後の第三世代の人権については、第一,二世代の人権である自由権、社会権的人. 一6一.

(9) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 権の保障によって足りるという説もある。確かに最近の傾向は「人権のインフレ化」 であり、第三世代の人権については、特に先進諸国では批判的な態度をとる意見が多 い。. 宮崎も「政府や行政機関によって条項が守られず、人権侵害が横行するようでは、 人権は「絵に画いた餅」に終わる。」「人権は与えられるものではなく、絶えず、個人. が目を光らせ、手を組んで、守り育てていかなければならず、それを怠れば、容易に 侵されかねないもの」*7と述べている。. わが国の人権状況はどうかというと、確かに危ぶむべき現実に突き当たる。憲法に は人権保護規定が定められているが、具体的な内容が規定されていないと現実には保 護されていないという傾向がある。行政機関には不信、人権擁i護委員には不安を抱き、. 人権侵害に対して泣き寝入りしている事例が多く見られるようだ。. しかし政府は、国際人権規約で義務付けられている報告において「日本では完全に 規約の条項は守られており、全く問題はない。」というような報告をする。最近ようや く「わが国についても、児童、アイヌの人たち、外国人について問題が残り、また、. 日常生活・雇用の面において私人間で依然差別が見られる」ことを認め、同和問題に ついては「心理的差別についてもその解消が進み、その成果は、全体には着実な進展 を見せているものの、結婚、就職等についての差別事件は根絶されていない」*8と報 告されている。. 政府の姿勢はもちろんだが、われわれ一人ひとりの人権認識がまだまだ鍛えられて いない現実をみる思いである。. 一7一.

(10) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 2 プロセスとしての人権論 フランス思想を専攻する増田一夫は、人権をプロセスとして語る。すなわち現在に おいては、「人権は普遍か?」という問いに対して、「人権は普遍的に護られているに. はほど遠い。しかしその半面、人権の侵害は正真正面に普遍的だ。」*9と言う。人権 概念の有効性への疑問は人間の尊厳を願う人々も抱くものである。. 増田は「人権を護る」という考えとはややちがう立場を提唱する。人権はむしろ常 に「獲得していく」ものであり、「動的な獲得のプロセスを起動するものj*10である と述べハンナ・アレント*11を紹介する。アレントの結論は「人権は役に立たないと いうこと。そしてけっして失った人間にとって、人権などはいわば絵に描いた餅にす ぎず、その人間は普遍的な排除の対象にしかなりえない」*12というものだった。人 権の排他性については、ヒトラーの「法とはドイツ国民にとってよきものである」と いう言葉が象徴的である。人権は冷酷な現実を覆い隠す欺哺に過ぎないのだろうか。 増田はグローバル化が進む今日の人権の状況を、開放性と閉鎖性の対極する二面性 が拡大されたと説く。さらに「人権の主張と現実が完全に一致するという:とは原理 的にありえないし、人権は自然にもとつく不動の権利ではなく、歴史と共に伸張し自 己補完していく何かなのだ」と主張する。. 不明瞭な結語ではあるが、自然に与えられた既存のものではないとする考えには同 意できる。従って外交おいて「わが国では人権は完全に尊重されている。あなたの国 もわが国のようになるように努力しなさい」という直接的な言い方は、学校において も人権概念の押しつけことになり、まちがった人権認識を子どもたちに植えつけるこ とになる。. 増田は国家主権の相対化にともなう未曾有のグローバル化こそ、そして地域紛争、 経済競争の激化、グローバルスタンダードという名の画一化という今日の状況こそ、 人権概念の実効的な適用を希求している人が多数いるのではないかとして、その活路 を「よりよい共生のあり方を考える自由の技法の政治」*13に求めている。. 人権のプロセス性を歴史性とも読みとり、時代を遡って「人権宣言」が出された頃 の欧米をもう一度見てみることにする。. 「人権宣言」は当初から、保守主義者や実証主義者*14らによってその抽象性が指. 一8一.

(11) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 摘され、多くの批判も受けていた。. さらに19世紀における社会主義思想家の代表であるマルクスは、論文「ユダヤ人 問題によせて」(1843年)において「人の権利が、利己的な人間の権利にほかならな いという事実である。」*15と述べ、市民の権利と区別された人の権利が「利己的人間 の権利」に他ならず、『私的所有という人権』に収敏されることも指摘した。マルクス. はこの権利を「利己の権利」とし、資本主義社会において国家は、私有財産の安全を 保障する機関に成り下がっていると批判した。この考えは、20世紀において社会主義 思想に基づく国家が生まれた後も、社会主義を標榜する指導者に引き継がれ、資本主 義諸国との間で人権観についての相違を生み出している。. もう一つの大きな批判の潮流は、女性からの人権宣言批判である。その代表的人物 としては、1791年に『女性の権利宣言』を発表したオランプ・ドゥ・グV・一・Lジュと1792. 年に『女性の権利の擁i護』を公刊したメアリ・ウルストンクラフトがあげられる。グ ージュは「人権宣言」(Declara七ion of七he Rights of Man and of the Citizen)が男性. だけの権利宣言であるとして、「女性および女性市民の権利宣言」という請願をマリ ー・. Aントワネットに提出する。内容は「人権宣言」(!)前文や各条文にそってそのま. ま取り入れたものや書き変えられたり、文章を追加したりしたものだが、男女の平等 を基本にしており、女性の自由を抑圧している男性の暴虐性が指摘され、女性の参政 権、結婚後の財産権、また子どもと父親の嫡出関係の確保に伴う言論の自由などが主 張されている。またウルストンクラフトはその著書で、タレーランの「女性は家庭に. とどまることが男女双方の大多数の幸福につながるとし、教育も女子は8歳まで、あ とは家庭に入れ」という主張に対し、男女平等の原理をつらぬくべきだと主張する。. ルソーの『エミール』も男子の教育論であり、その論は「女子はますます不自然で弱 いものにするために、またその結果、女性はますます社会の役に立たないものにする ために、ひたすら貢献してきたのだ」として批判する。ウルストンクラフトは平等に ついて体系的には示していないが、「何よりも重要なのは女子教育の確立であり、さら には選挙権も認められるべきだ」*16と主張した。. それ以後の人権は、19∼20世紀における戦争の時代を見てもわかるように、その保 障が充実、発展したとは言えない。ようやく1945年第二次世界大戦の終結を待って、 国際社会においても人権が重要な問題として語られるようになった。各国の国内法や 国際条約・宣言によって様々な表現が用いられているとはいえ、国際的には国連憲章、. .9’.

(12) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 世界人権宣言、国際人権規約などのように正当性を認められる文書が発効され、「人権」. の観念については、現在において世界中で広範な一致が認められている。 臼本においても、「基本的人権の尊重」は日本国憲法によって保障され、平和主義、. 国民主権とともに憲法の三大原則として今日に至っているが、その内実は国内的にも 国際的にも様々な問題を有している。. 例えば「人権は普遍的なものなのか、あるいは、文化、経済、政治それぞれの体制 により様々に解釈され、運用されうる相対的なものなのか」「人権は経済の発展や政治 の安定よりも優先され、保障されるべきか、否か」「人権の保障については、身体の自 由・・表現の自由といった自由権を優先させるべきか、生存権を中心とする経済的、社. 会的権利が優先されるべきか」などのように、90年代初頭から国際社会においてもこ の論争は華々しく展開されてきているが、次項では、こうした国際間の人権に目を向 けた大沼保昭の人権論を見ていくことにしたい。. 一10一.

(13) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 3 文際性としての人権論 (1)「人権の普遍性と相対性論議」を超える大沼論. 大沼保昭はその著書*17で、人権の普遍性と相対性の議論が起こった理由の一つと して「冷戦の終結」をあげている。前項でも社会主義思想の人権批判について概観し たように、資本主義と社会主義の代表国であるアメリカとソ連の冷戦体制がソ連の崩 壊を機に終結し、西側諸国は「市場経済、自由民主主義体制の勝利」という形で総括 し、西側諸国の入権理念も国際政治の場で、民主主義という言葉と共に強く主張され るようになったとしている。 大沼は理由の第二として「米国における人権問題の重要性の高まり」をあげている。. 80年代後半から米国の学界では人権問題についての研究が広範囲に行われ、学問以外 でも様々な人々が人権問題について論じるようになった。「人権外交」というアメリカ. 外交のキャッチフレーズにも見られるようにアメリカの巨大な国際的影響力と相まっ て、人権が国際的に論じられるようになってきたのである。本稿の序でも記したよう に、わが国の人権教育もこうした欧米諸国の先行実践を輸入する形で、国際理解(異 文化理解)教育、開発教育、グローバル教育といった呼び名で広く実践されていくこ とになった。. さらに大沼があげる第三の理由は「米国人権外交による途上国人権侵害批判に対す. る特に東アジア諸国の反発jである。東アジア諸国のリーダーたちは欧米の経済理論 や政策の導入の意義を認める反面、自国の宗教や文化的価値が、安定した調和的な社 会の確立に肝要であると主張する。欧米の個人主義や法による社会規範、欧米など近 代国民国家を思想基盤とする人権モデルは、必ずしも普遍性を持ち得ないとする考え 方である。大沼は「このような主張と上手に付き合わずして、西洋型の人権理論だけ を振りかざしても、普遍的な「人権」は広がっていかないであろう。」と述べる。. 大沼は最後の指摘として、国連主催で行われた「1993年ウィーン世界人権会議」を 紹介する。この会議は人権の「普遍性対相対性」の論議が熱心に行われ、欧米諸国は 普遍主義的な人権観のより具体的な明確化を望んだが、途上国や東アジア諸国の多く はこれに強く抵抗したのであった。*18. 次に大沼の主張を解釈しながら、人権の「普遍性対相対性」あるいは「普遍性対特. 一11一.

(14) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 殊性」について考察していきたい。人権概念は本稿でも見てきたように、西欧におい て「近代」国民国家を確立した国々によってもたらされたものである。ところが世界. の8割以上を占める国々において、2i世紀が始まった今まさに「近代化」が始まろう としているのである。従って、今まで見てきたような西洋の人権観は世界規模で考え るとほとんど理解されたこともなげれば意識されたこともないのであり、こうした状 況においては人権強制への反発も自然な流れといえる。. 大沼はこうした人権認識における差異に対して「文際的アプローチ」を試みる。す なわち、「今日、人権を考え、論ずることは、自然環境、歴史的背景、経済水準、政治、. 文化、社会のあらゆる面で異質かつ多様な200力国近い国々における人権あ観念とそ のあり方を最低限、頭の片隅に置くことにより自らの人権観を対象化し、先進国の脱. 近代化と途上国の近代化が並行して進行するであろう21世紀の世界における人権の 意義と役割を含めて、多面的かつ包括的な形で人権を捉えることでなければならない」 *1gと主張する。これが大沼の主張する「文際性としての人権論」である。. 次に先述の「普遍性対相対性」を考察するため、大沼の同著書「第4章 人権の普 遍性対相対性論争と現行人権基準の問題性」及び「第6章 人権の普遍化と非欧米諸 国」から見ていくことにする。. 第4章冒頭は、「人権とは本当に普遍的概念か」という問いが「これまで実際に法 哲学、道徳哲学、人類学などの分野で、さまざまな相対主義からの問い、批判として 提起されてきた。」と記されている。*20この主張は90年代以降特に政治家、学者、 マスコミなどによって目立つ形で提起されている。果たして人権の普遍性は、今後21 世紀の国際社会において「広まっていくのか」「広まっていくべきなのか」という問い. がよく出されているが、人権の相対性との関連においては「現在の普遍的人権観自体 を相対化する形で将来地球的規模に普遍化すべき普遍性とは何かを考察しなければな らない」*21としている。. 原点に返って人権とは何かを考える時、先進諸国を中心とする支配的言説からは 「人権は、人が人たることによって有する権利」と解されてきた。但しこの「人」に ついては、第二次世界大戦が終わるまで概ね「人=男性」だったということを忘れて はならない。「人」が性、貧富、人種、皮膚の色、宗教、文化などの差異を乗り越えて. 「人間一般」に普遍化されたのは1948年の世界入権宣言においてであり、さらなる 人権の拡張、権利保障は、公民権運動、植民地独立運動、女性解放運動を通してであ. 一12一.

(15) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. るように、時代的にはごく最近のことなのである。大沼は「人権の歴史は、ある観念 が理念としての普遍化可能性を持つ限り、それが限定された主体の利益を擁護するイ デオロギーであったとしても、そうした主体の個別的利益を乗り越えていくという、 普遍的一というより、正確にはむしろ普遍化可能な(Universalizable)一理念の歴史 のダイナミズムを示している。」*22とまとめている。. 筆者も人権については、現在においては普遍化可能な段階にあり、「人権」は絶対 化されるべきものではなく、歴史的に探求され、鍛え上げられていくべきものという 認識に立っている。. 人権の歴史を振り返るとき、人権の普遍性は被支配側から支配側に対して主張され るのが常であったが、90年代の論争は欧米諸国が人権の普遍性を唱えるのに対し、ア ジア・アフリカ地域を中心とした非欧来諸国は相対性を主張しており、今までの歴史 と「正反対のねじれ」を示していると述べている。 さらに大沼は「屈折したねじれ」を紹介する。どういう事かと言えば、もし仮に「人. 権は近代ヨーUッパ文明の産物か、他の文明(自己の属する文明、文化、宗教など) にも人権が存在していたのか」と問うた時、途上国の知識人は欧米諸国の唱える人権 の普遍性には否定的ながらも、自国の人権存在には肯定的に答える者が多いという。 大沼はこの質問自体が誤りであると指摘し、「人権が」ではなく「人権に相当する思想. 的・機能的等価物が」という主語の質問にすべきだという。ここにも現在の人権認識 への際立った国際間における差異が見られるのである。大沼は人権の「普遍性対相対 性」の論議が国際社会においてねじれや政治性を無視したまま、対立の構図を専生産 する事は好ましくないとし、大切な事は「各国が人権状況を一致できる基準で客観的 に評価して、国際社会の限られた資源を最大限効果的に人権状況の改善に投入するこ とである」*23と述べている。. 大沼の主張の後段部分はやや具体性に欠けるように思うが、前段の欧米諸国と非欧 米諸国が人権について一致できる基準を見つける取り組みこそ、「人権への文際的アプ ローチ」であると解釈したい。すなわち、「長期の歴史展望に立ち複数の文明の視点を. 導入することが、三際性を有し、普遍化可能な人権の認識と実践を深めていくことに なろう」*24と主張している。. 第6章冒頭で大沼は、「途上国においても概ね20世紀前半まで被治者の利益を保護 する制度は存在し、多様な歴史的社会には多様な権力抑制メカニズムが存在し、それ. 一13・.

(16) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 それの社会において一定程度機能していた」と述べている。「近代化はこうしたメカニ. ズムを破壊し、国家の指導者は暴力装置を独占し権力を行使する。指導者は武力抗争 に従事し、住民たちはその犠牲となる。」「こうした現象は第二次世界大戦後独立した. 国々に多く見られた現象であり、こうした国々における人権侵害状況をもたらしてい る根本的要因は、先述したような前近代的なメカニズムの崩壊と近代的メカニズムの 未発達という過渡期的性格に他ならない。」と述べている。*25. 大沼は「人権は、近代主権国家という歴史的理念・制度と表裏一体をなす理念であ り、制度である。(中略)歴史上試みられてきたさまざまな理念や制度の中でこれまで のところ最も効果的な被治者保護のメカニズムであった。」*26と述べ、現代の途上国. が「一方で、主権国家という近代の所産を利用しつつ、他方で人権という所産を拒否 するのは、権力者にとって最も都合のよいっまみ食いであって、とうてい許されるも のでない」*27と語気を強めている。. 確かに途上国の指導者は自国を先進国の軍事的、或は経済的圧力の下に置かれた弱 者として位置づけ、先進国からの防御的手段として自国の国家主権を主張する。なら ば自国の被治者の人権についても最大限尊重するのが近代国民国家のルールというこ とが言えるだろう。ここに人権の相対性(文化相対主義)を主張する側の矛盾が露呈 している。. しかし、欧米先進諸国やアジアとの関係を重視したいわが国にとって、その矛盾を ことさら大きく取り上げて「人権の普遍性」を主張するのみでは、グU一バルな「人 権の普遍性」にはつながらないだろう。大沼は現在の欧米中心主義、南北問題、過去 の植民地支配における負の遺産、今日特に顕著な資源浪費型生活様式を改善していく 必要性についても言及している。. また、アジア・アフリカ諸国の指導者には、文化、宗教、伝統、道徳、さらに文明 の違いを理由に人権を拒否する状況が見られるが、大沼は「一国の文化、宗教、道徳 は、時代と共に変化する。今日「伝統」と呼ばれるものは、数十年前、数百年前に外 から持ち込まれ、次第にそれ以前の「伝統」をあるいは駆逐し、あるいは変化させて 定着したものが少なくない。なかには作為的に創られた伝統さえある」とボブズボウ ムの著書『創られた伝統』の一節を引用しながら「伝統」について言及している。長 い歴史を誇る宗教にしても、その教えの解釈は時代や地域や集団により変化しつつ時 間をかけて定着している。この間の様々な努力には自国の社会の人々自身のものばか. d14一.

(17) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. りでなく、文化、宗教、伝統を再解釈する環境を作り出すための外部からの働きかけ も必要であり、大切である。しかしこのことは、先進国側から途上国側への一方通行 であってはならないだろう。先進国側にあっても「人権外交」における二重基準や経 済的搾取構造を改める必要があろう。過去の植民地支配や帝国主義政策に対する途上 国側の不信感を払拭し、現在の外交政策や経済的行動においても、真摯な反省に立っ た実践が望まれる。. (2)戦後日本の人権への取り組みへの経緯と文際的人権論. こうした「人権の普遍性対相対性」を論じ合う意義について、大沼は90年代以前 の「人権にかかわる言説がいかに欧米中心的で一面的なものだったかを、多様なメデ ィアを通じて多くの人々に認識させる意味で」きわめて重要だったこと指摘している。. 90年以後の論争においては、欧米の憲法学者や国際法学者を始め多くの人々に普遍 主義的人権観の問題性を意識させることができ、こうした「人権は普遍的か」という 問いの広まりは、人権理論の分野でも「文化横断的人権論」あるいは「非西洋文化(宗. 教)による人権の基礎づけ」といった研究や提起を生み、全地球的妥当性をもつ人権 評価の枠組みの理論的手がかりとして歩み始めている。*2s 確かに現代においても政治経済、文化情報など多くの分野で欧米中心的な空間が広 がっている。こうした歴史的な状況については欧米諸国、非欧米諸国双方に様々な歴 史的要素があり責任があるという立場で考察してきたが、ここでアジアにおいて唯一 欧米諸国の仲間入りを果したとされる、日本の人権への取り組みの経緯や今後の課題 について考察したい。. 目本において「人権」という言葉は、明治時代の自由民権運動の頃から「民権」と 共に一部で使用されていたが、社会的には人権への関心は乏しく、普遍的な人権とい うような意識はないに等しかった。. 戦後日本国憲法において、「基本的人権」が保障された頃からようやく学界や法曹. 界において関心が芽生え始めた。しかし80年代に入る頃までの日本の人権に対する 取り組みとしては、学界においては「進んだ国際人権保障のメカニズムにより、遅れ た日本の人権(=自由権)状況を批判的に検討し、その改善に資する」といったよう な段階にあり、また一部の人権活動家、ジャーナリストにおいては、韓国軍事政権の. .15一.

(18) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 厳しい人権弾圧を批判し、民主化運動に協力する姿勢も見られた。一方政府側は、こ うした取り組みを「観念論」「単なる理想論」として退け、人権に価値をおいた外交姿. 勢は全く見られず、外交自体はアメリカだけを視野に入れた二国間外交そのものであ った。. 70年代後半、ベトナムからの難民受け入れ問題で無関心を決め込んでいたのを国際 社会から轟々たる批判を浴び、政府はようやく思い腰をあげる。70年代末から主要な. 人権条約への批准も行われ、1979年国際人権条約が、1981年難民条約が相次いで批 准された。80年代に入り、政府は表向きには人権に関わる日本の国内法をすべて人権 規約に適合するよう努力し始めるが、不備も多く、国内の在留外国人、労働組合、人 権団体などは政府の様々な人権規約違反を指摘し、法的な争いが展開される こうした動きに呼応するように、社会的にも在日韓国・朝鮮人(特に外国人登録制 度の指紋押捺制度)、アイヌ人、刑事被告人、発達遅滞者、女性などの地位向上、権利. 保障に向けた取り組みが活発化する。また経済大国化により、政府はODAなどの途 上国への援助も行うが、必ずしも民衆レベルへの権利保障になっておらず、一部の有 力者の懐を潤すだけの結果に陥っていることも指摘された。こうした事態に対し、欧 米諸国からは、途上国の国内人権状況に目をつむったままの援助だとの批判も受ける。. 80年代後半は日本国としての人権感覚が問われる時代でもあった。. この状況は90年代に入っても継続される。大沼は中国で起こった天安門事件や ODA大綱を例に挙げ、人権を内包する外交問題への日本の対応を一定程度評価する。 天安門事件では「西側の立場」にもはっきり立てず、また戦争に対する中国の反擾を 気にしながら進めるやり方を、折衷主義的対応としながらも一定の成果はあったと評. 価する。またODA大綱については、それまでの欧米諸国の主張を踏襲するだけのも ので、抽象的な指針に留まる内容であったとしている。. また大沼は、NGOが人権外交に関与する重要性についても述べている。政府によ るNGO拒否姿勢を転換し、不信感をぬぐうよう主張しているが、その成果は充分で ないこと、NGO側も「政府=悪、人民=善」という図式を乗り越えることを通して、 文際的正当性をもつ国際人権政策の基礎作りに貢献する可能性を期待している。 最後に、大沼の文際的人権観についてまとめていくことにする。*2g 文際的入旧観は、欧米先進諸国の主張する普遍主義的人権観の立場にも、それと対 峙する相対主義的人権観の立場にも立たない人権観である。これまでの議論で大沼は. 一16一.

(19) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 「民族文化や宗教、社会的習慣などが時代と共に変化するように人権も変化する」*. 30として、普遍性、相対性の両者の主張やその矛盾、限界を記してきた。 大沼は、世界人口の80%以上を占める途上国の人々が、人権を享受しなければなら ないとして普遍性の立場に立つ一方で、異なる価値体系と人権の併存を受け入れ、相 互批判と受容の過程で様々な差異を統合し、克服することを目指す立場から、絶対的 な普遍性の立場とは異なるという。. 大沼の示す人権論は「人間が物質的にも精神的にも満たされるという、人類がその さまざまな文明の歴史で追求してきた目的を実現する一重要ではあるが一ひとつの手 段であり、それ自体目的ではない」*31というものである。. 「手段」は、人権軽視とも受けとめられない危険な言い方ではあるが、大沼は「人 権が近代の主権国家と資本主義経済による人間の:尊厳破壊に対する最も効果的な防禦. 手段であった」と主張し、また「近代欧州が生んだ歴史的思想・制度にすぎないが、 人類が近代主権国家体制の下で、個人の利益と価値を守るために人権以上に優れた思 想・制度は未だに見出していない」*32として、人権を普遍化可能な概念と位置づけ る。. 筆者もその立場に全面的に依拠したい。歴史を振り返ってみても、これまで人権理 念を取り入れてきた諸国における経済的繁栄、少数者の利益、貧富の格差、平均余命、. 抑圧者や不当な投獄による死者数などを取ってみても、人権の全世界的妥当性を主張 するに充分なものといえるだろう。保守主義の立場や人権の自国への不適用や不採用 を主張する立場からは、主権国家における強大な権力、社会的差別や抑圧、企業権力 からの個人の保護を人権以外の方法によって実現することを論証する必要があるだろ う。人権のある一面において持つ弱点をさらけ出すだけでは、21世紀の人類、国家、 社会を構築するテーゼの提示とはなりえず、人権の普遍化への批判や攻撃は、主権国 家による個人の価値領域への侵害を正当化するイデオロギーと解釈されることになる だろう。. 大沼はこれまでの人権論において、特に米国による自由権中心主義についてもその 問題性を指摘してきたが、これも歴史的には一定の役割を果たしてきていると述べて いる。ただ、21世紀の人権理論の発展には自由権中心主義からの脱却が肝要としてい る。さらに大沼は、第二,三世代の人権について危惧も示している。その一つは、「本. 来「人権」という構成に適さない価値まで人権化することにより、人権の法的権利性. 一17一.

(20) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. そのものへの疑問を招き、その規範性を弱めるおそれがある」*33ことである。さら に「法的メカニズムになじまない価値の人権化は人間生活を過度に「権利」の言葉で 発想、表現することになる。権利依存の社会は、権利という言葉がもつ自己主張的、 対決的、強制的性格という色彩を帯びたものになるだろう」*34とし、人権理論は単 なる人権の増加や雑多な価値の人権化をして、「進歩」「発展」としてはならないとす る。筆者はその主張に対しても支持を表明したい。. さらに大沼は、「人権が今後とも最も有効な手段であることを保障するものではな い」とし、「その欠陥が深刻となり、他にもっと有用性の高い方法が見つかるなら、人. 権もそれにとって代わられるか、少なくともその内容が是正され、他の有用な手段に よって補足・代替されなければならない」とする考えを明らかにしているが、筆者は 「人権」が歴史的な性格を持つものであると捉える見方にも同調したい。この理論が 本稿第4節において示す社会科歴史学習の授業理論として提示することも期待したい。 大沼は最終項において、ロールズやドウオーキン、あるいはセン、ハーバーマスな どの学説・理論を優れたものであると評価し、これらが今まで取り交わされた国際人 権規範文善を、「三際的・民際的視点から批判的に分析し、解釈し、補足し、修正して. いく上で重要な理論的視点を我々に提供してくれた」*35としながらも、これらの疑 問や限界性についても言及している。. 大沼はいずれの概念、認識枠組みを用いるにせよ、「われわれが共有する無意識の 前提からわれわれが解放され、それを疑ってみることができるようになることである」 *36と述べ、「人権という、近代ヨーロッパが生んだ偉大な観念を扱う上で、われわれ. に深く染みついた欧米中心的発想、さらに米国中心的発想から自己を解放し、しかも 単なる欧米中心主義へのイデオロギー批判にとどまらない、建設的な人権観を構想し、. それを説いていくことは、今日人権問題にかかわる者ひとりひとりが負っている、現 世代と将来の世代に対する公共的責任である」*37として、「文際的人権観の試みは公 共性の一環を担うべきものにほかならない」*38とまとめあげている。. ’18..

(21) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 【注1. *1. 兵庫県教育委員会編「人権教育推進資料」兵庫県教育委員会、1998年. *2. 新村出編『広辞苑 第5版』岩波書店、1998年. *3. 前掲*2. *4. 宮崎繁樹「権利としての人権」 磯村英一、宮崎繁樹編『現代の人権と同和問題』 明石書. 店、1996年P.19 *5. 前掲*4 pp.19−23を筆者がまとめた。. *6. 前掲*4 pp28−30を筆者がまとめた。尚、この「一世代の人権」はよく耳にする言い方 であるが、同義ではあるが別の表現もある。曽和信一『人権問題と多文化社会』明石書店1996. では、「世代」を用いた表現が、前の代からおのおの続いてくるものであり、次の代が前の 代にとってかわるというイメージがあることから、世代にかえてカテゴリー(範疇)という 捉え方で人権を考えていこうということで、「カテゴリー(範疇)」という表現を用いている。. *7. 前掲*4 p.30. *8. 同対審答申:1960年(昭和35年)に発足した同和対策審議会が、65年8月11日に提出し た総理大臣の諮問く同和地区に関する社会的及び経済的諸聞題を解決するための基本的方 策〉に対する答申。以後、同和行政の基本的指針たる役割を果たし、現在も、政府、地方公 共団体はもちろん民間運動団体でも、この同対審答申について積極的評価を与えている。答. 申は、前文、本文、結語からなり、本文はさらにく第1部 同和問題の認識〉<第2部 同 和対策の経過〉〈第3部 同和対策の具体策〉に分かれている。(秋定嘉和他監修『新修 部. 落問題事典』解放出版社、1999年より) *9. 増田一夫「プロセスとレての人権」小林善彦・樋口陽一編『人権は「普遍」なのか』 岩波 フ“. bクレットNo.480、1999年 p.15. *10. 前掲*12 p.16. *11. ハンナ・アレント(1906∼1975) ハノーファー生まれの政治思想家。マールブルク大学、. フライブルク大学、ハイデルベルク大学でM・ハイデガー、E・フッサール、 K・ヤスパー スらに師事。ナチス政権が成立した1933年ユダヤ系ドイツ人のアーレントはパリに亡命。. 1941年にはナチスがパリを占領したことから渡米した。終戦後もアメリカに留まり、1951 年に市民権を取得。以後、アメリカの諸大学で講義を行うほか、精力的かつ多面的な執筆活 動を展開し、現代社会の思想的諸問題について考察した。主著に『全体主義の起源』『人間 の条件』『イェルサレムのアイヒマン』『精神の生活』などがある。(この註は、中村雄二郎. 一19一.

(22) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 ×野家啓一『21世紀へのキーワード 歴史』岩波書店、2000年、p.155より抜粋した。) *12 前掲*12 p.17 *13 前掲*12 p.21 *14 代表的な人物として、保守主義者であるエドマンド・パークについては後述し、実証主義者 としてはオーギュスト・コントをあげる。彼は、『社会再組織の科学的基礎』(1822年)に おいて新しい社会の模索の一つとして、人民の企てが考えられるが、これは誤りである。な ぜならこの企ては封蓮的・神学的な組織を破壊するのに有効だった批判的原理をそのまま新 しい組織原理としょうとしているからだとして、その例として、信仰の自由という原理は、 神学的信仰の強制を破壊するには有効だが、社会の存立に必要な「一般的な観念の体系」を つくるには障害となる。ここでいう「一般的な観念の体系」とは「共通の価値観」にあたる ものと解釈される。つまるところ、各個人の主観的な判断が最高のものとして、どうずれば 「共通の価値観」を作り出せるかは至難の問題といわざるを得ないとする。(浜林正夫『人 権の思想史』吉川弘文館、1999年、pp.60−63 を筆者がまとめた。). *15 辻村みよ子「人権の観念」樋口陽一編『講座 憲法学3』日本評論社,1994年、p24 *16 グージュとウルストンクラフトの業績については、前掲*17 pp.85−88及びpp202−206 を参考に筆者がまとめた。. *17 大沼保昭著『人権、国家、文明』 筑摩書房、1998年 大沼の言う 「文際性」とは、「欧米諸国と非欧米諸国が人権について一致できる基準を見つ ける取り組み」であるとしている。. *18 この会議の報告については、萩原重夫「人権は一つ? それとも二つ?」憲法理論研究会編 『人権理論の新展開』 敬文堂、1994年にくわしい。 *19 前掲*20 PP.9−10 *20 前掲*20 p。141 *21 前掲*20 P.142 *22 前掲*20 p.144 *23 前掲*20 PP.150−151. *24 大招は、この文際的アプローチは人権のみならず、安全保障、環境、経済などの国際問題に おいて試行されねばならず、またその過程で方法として批判され、確立されるべきものであ ると註で述べている。(前掲*20 pp174・175). *25 前掲*20 pp.236−237を筆者がまとめた。. 一20”.

(23) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 *26. 前掲*20 p.237. *27. 前掲*20 p.237. * 28. この段落については、前掲*20 pp.250−251を筆者がまとめた。. *29. この段落は、前掲*20pp.254−268を筆者の考察を含めてまとめた。. *30. 前掲*20. p .289. *31. 前掲*20. p .294. *32. 前掲*20. p .295. *33. 前掲*20. p .300. *34. 前掲*20. p .300. *35. 前掲*20. p .333. * 36. 前掲*20. p .336. *37. 前掲*20. p .337. * 38. 前掲*20. p .337. 一21一.

(24) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 第3節普遍性を越える2つの人権論 本節は、第2節で紹介した普遍性を主張する人権論を超える2っの人権論を紹介し、 人権教育あるいは、社会科人権学習に生かす可能性を探っていきたい。. 1 感傷性としての人権論 この人権論はリチャード・ローティ*1に依拠するものである。従来実践している 人権教育において教科・領域名を挙げるとすれば、国語あるいは道徳(特に情緒面に おいて)におけるアプローチとして有効と思われる人権論であると考える。さらに社 会科歴史学習においても歴史のわかり方の一つとされる「共感」に対応する理論とし て、従来の人権論を一段バージョンアップした人権教育カリキュラムを構想する大切. な提起となる。そこで、ローティの「人権、理性、感情」*2をもとに論じる川本隆 史氏*3の「人間の権利の再定義」*4により若干の考察を試みる。 ローティ論の顕著な特徴は、人権の理論的基礎を人聞の合理性(普遍的な理性使用 の能力)におくのではなく、感傷性に訴えることが人権文化の伸張につながるとする ネオ・プラグマティズムの考え方にある。彼の考えの基盤となる出来事は、ボスニア・. ヘルツェゴビナの内戦における人権意識の全くない残虐行為であった。彼はお互いが それぞれの人権を全く自覚しない戦闘においては理性が働く場面はないことから、人 間の理性使用の能力に疑問を呈している。すなわち人間の合理性は、非常時や緊急時 には役に立たないというのである。. ローティはアルゼンチンの法律家で哲学者であるエドアルド・ラボッシの「人権基 礎づけ主義は時代遅れ」だとする説に依拠しており、「人権をホロコースト後の世界に. やっと形成された「文化」だと捉え直し,その陶冶・育成を推進するのが先決なので あって、人権を没歴史的な人間性や合理性によって基礎づけようとする路線はもはや 時代に遅れている。」*5としている。. ローティは人権の基礎に関する道徳上の知識を押し広げるよりも、人権を奪われた 人々の悲しい感傷的な物語を聞かせることによって、「私たちと同類」とか「私たちの. ような人々」という言葉が持つ指示対象を拡張することができるという仮説を打ち出 している。そして、「どうして私は親戚でもない、不愉快な習慣を持つ、赤の他人のこ. 一22一.

(25) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 とを心配しなければならないのか」という疑問に対して、「相手が人間なら誰だって心. 配すべきなのだ」とする従来の説得力のない回答を見直すべきだとしている。 この回答については満足するものが提示されていないように思えるし、ローティ論 は人権を見直す一つの提起ではあっても重要な柱とはなりえないという感がする。そ れは近代人権思想が「合理性」という点で限界性を露呈している事態はあるものの、 かといって人権を「感傷性」のみによって論じるのはあまりにもバランスを欠いた主 張であり、人権教育においても、人権の「合理性」という歴史的な認識と「感傷性」 という共感の両面を保ちつつ、人権の「普遍性」の探求を試みていくべきではないか と考える。. 2 思想性としての「人権」論 比較憲法学を専攻する樋口陽一氏は、現在一般的に使用されている入権という言葉 は、Human Rightsというふうに、 humanが形容詞で使われていることに注目してい る。*6. 一つ目の人権論として樋口は、人権を「人」権として表記し、「人」の解釈から始 める。「人」権とは「いちばん厳格な意味では、権利の性質を形容する言葉ではなく、 権利の主体を指していたはずである。」*7という主張である。 トーマス=ペインは《Right ofMan》と表したし、人権宣言も《Droits de l’homme. et du citoyen=人および市民の諸権利の宣言》であったとする。樋口は「主体として. 指された「人」は、身分社会の網の目から解放され、そのかわり保護の楯からも放り 出された、人一般としての個人に他ならない。」*8と述べ、人権から「個人」という 西洋近代の理念が生まれたとする。近代以前は、神の意志がなんらかの基本的価値を 人々の届かない所に置いていたが、近代においては、個人の尊厳=「人」権を設定し たとしている。. こうした「人」権を狭義の“人権”ととらえ、人一般としての個人あるいは個人を 享有主体とする人権という観念は、特殊フランス的であるとする。このことによって 「近代」が表現され、また集権的国民国家が中間団体を解体して「個人」を掴み出し た所にこそ「主権」という本来的な意味があり、「主権」もまた特殊フランス的である. 一23一.

(26) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. ことによって“近代”の表象なのであるという。樋口は「こうした特殊フランス的で あることを自覚したうえで、“特殊なるがゆえの普遍”という文脈をつかみ出すことが 必要である」*gと述べている。. 広義の人権の観念は、歴史貫通的なものとされ、法制度化される過程においてもく civil rights>(古典的自由権)→〈political rights>(参政権)→<social rights>. (社会権)へと拡大したとされるが、本稿においては人権を狭義にとらえたい。すな わち、「共同体への帰属から解放された人一般となった個人を主体とするもの(droits de 1’homme)」*10であり、権利といえば、市民の権利(droi七s du citoyen)なのである。. 樋口は、この歴史的な狭義における入権の観念は「解放された意志主体であるが、 何の保護も受けず、自己決定という結果に耐えることのできる自律的個人が想定され た」*11ことを重要視する。もちろんこの「自律的個人」は現実には考えにくいので、 樋口は「強くなろうとする弱者」を想定し、「強者たらんとする弱者」の団結、共同体、. エスニシティへの言及は意味を持つものとする。もし「強い個人」「個人の尊厳」を貫. 徹するならば、現在の日本国憲法の解釈からすれば、第24条は家族解体条項として の論理的含意をも備えているという。*12. 繰り返しになるが、樋口は「強い個人」を現実のものとしようとしているのではな い。「人権という観念のほんとうの「ウラ」、すなわち、その観念の内部自体に組み込 まれてしまっている緊張要因をめぐる問題」こそ、大切にしなければならないとする。. では人権の「ウラ」とは何か。樋口は「人権の形式と内容との間の緊張に他ならな い。」*13と述べ、また「“近代”そのものに内包されている緊張の反映」*14とも述. べて、例として現代の生命科学の急展開における尊厳死の問題をあげる。すなわち問 いとしては「強い個人」の意思は生命までも否定できるのか。さらに「強い個人」の 意思は「生命を操作し、生産することまでできるのか?」というのである。一方で「自. 己決定できない弱者」は、人権の主体ではなくなるのかという問題が緊張関係として 内在しているという。r自己決定の原理を支える「近代」の論理は、主知主義、合理主 義、世俗化であり、近代法はそれに対応して、諸個人の意志の自立と自律である意志 主義(voluntarism)を原則とする」*15一方で、「近代法は、人間意思によって左右 されない個人の尊厳という価値を、その倫理的前提としてもいる」*16といった緊張 に満ちた複合が人権なのだとしている。. この人権の形式と内容に疑義を唱える一つに長谷川三千子氏の論がある。すなわち、. 一24一.

(27) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. 1776年のアメリカ独立宣言では、「神」によって与えられた奪うことのできない権利 と宣言しつつ、1788年憲法前文では「人民」が憲法を制定し確立したと規定するのは 「閉め出したはずの神様を、こっそりと裏口から引き入れ」*17ことになると評して いる。これに対して樋口は長谷川の「ゴマカシ」はその意味においてはあたっている としたうえで、「もっとも、その「引き入れ」方は「こっそりと裏口から」というより は、正門から堂々と「宣言」しながらといったほうがよいだろう」と述べ、「そのよう. なフィクションのうえにこそ「人」権が築かれてきた、ということの積極的な意味あ い」に注目すべきだとしている。このように「危ない綱渡りを宿命づけられていた「近 代」」*18においても、人権は批判と論難がよせられた。. 樋口の二つ目の人権論の趣意は「人権の普遍性について、もう一度考える」である。. この見方は、前節で紹介した大沼の人権論とも共通するが、樋口は「「絶対的な相対 主義」は「あらゆる文化が等価だ」とすることによって、かえって対話交通の途を閉 ざしてしまう」*1gとして「普遍を、どんな具体的な歴史的実在とも混同しないこと であり、一つの基準、一つの願望、一つの分析道具、一つの指導理念として位置づけ ることである」*20としている。さらに対外的には「相違への権利」を主張する文化 相対主義者は、自分たちの文化単位では内側の相違をしばしば禁圧するとして、批判 の自由と異論の存在をみとめない文化と共存することは、論理上不可能であるとして いる。樋口は、「自己懐疑の能力という、人間の知のいとなみにとって最小限必要な前. 提を共有するものと、しないもののあいだにあるのは、普遍と特殊の関係というほか はない」*21と主張している。. 文化相対主義者においても「人権」の中身を「人間らしく生きる」ことについては 同意するだろう。が、何をもって「人間らしく生きる」かについては様々な解釈が成 り立つとしてf「こと挙げをせず」「まわりと溶けあって」「持ちつ持たれつ」やって ゆくくらしの方が、自分たちのものの考えや信条にこだわって生きるより「人間らし い」と考える人は、少なくないのではないか」*22として、もはや「単純に西洋近代 をモデルとして想定された普遍主義の立場をとることはできない。しかしまた、人権 に関するかぎり、単純な文化相対主義に助けを求めることもできない」として花崎皐 平氏の所論を紹介する。*23. 「人権と民主主義」にもとつく秩序をめざすことと西欧化=近代化を目標. 一25一.

(28) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. とする自由主義イデオロギーとを区別し、前者を実現の道の、地域的、民族 的、システム的多様性を探究することが重要で、諸社会、諸民族の伝統と文. 化に内在する普遍的な要素=契機を相互に照合しあうような共生の倫理を 獲得しなければならない。人権と民主主義とかは、人が人としてちゃんと生 きようとしていることにはかならず息づいていて、発現をもとめているのだ から。. 樋口は花崎の「「一人一人の個人のアイデンティティ問題」と「エスニシティの問 題」とが「むすびつきだしてきている」として(中略)「各人が自覚して自分の帰属 とか愛着の関係を選び直すあり方」が「現在は登場してきている」」という主張を紹 介している。. 樋口は現在進行しつつある「文化」多元主義においても、「自然としての文化」と 「人為としての文化」は区別されねばならず、言語や宗教などの「自然としての文化」. は、個人が「選びなおす」ことによって「人為としての文化」となり、このことより 「個人一人一人」の「選びなおし」に開かれている文化と、そうでない文化は等価で はありえず、「選びなおし」を可能にする文化こそ、「人権理念の普遍性」ということ の意味だったと述べている。*24. 樋口の三つ目の人権論は「国家というものをどう考えるか」である。樋口は「もと もと一人ひとりが丸裸になることによって国家という一ヶ所に力を預ける、そのこと によって個人の生活を保護してもらうというのが、社会契約論の論理そのものだった はず」として国家の役割を社会契約的にとらえ、現在の日本社会において国家はその 機能を果たしていないのではないかと説く。「近代以前の身分制というがんじがらめ のしがらみ、それから宗教という人間社会をもろに全部覆い尽くしてしまうような巨 大な力、こういうものに対抗しながら、近代国家というものが出てき」、「その近代国. 家が身分制を壊し、宗教や政治のかかわりを整理することによって個人を解放する」 というのはフィクションの論理ではあるが、「「個人」を封じ込めていたものを国家が ばらばらにして、いわば「個人」を創り出した」としている。. 樋口は「国家は、個人にとってまず解放者だった」が「全面的な支配者になりかね. ない」ので、個人は「国家からの自由jが必要になり、「個人の方から様々なルール をつくり国家を縛る」立憲主義が、近代社会の描くモデル的なイメージだとしている。. 一26一.

(29) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論. また国家と「民族」の違いについてもはっきりさせる必要を説いており、国家が戦 争の為に「民族」を持ち出すことを懸念している。日本は単一民族国家ではないとい うことは立法府や裁判所においてはっきり法的に確認されているし、近代国家をつく っているのは民族ではなくて「国民」であることを大前提としていない所に問題があ るとも指摘している。. 最近の日本における国家の状況については「国家が出てくるべきところで出てこな いで、本来出るべきところでないところにでしゃばる」として、薬害エイズの問題(国 家が国民の安全を確保するという点から)、大災害や犯罪に対する対応については「国. 家はもう何もしないよ。みんな自助努力でやりなさい」として、肝心な国家がどこか へ行ってしまっており、逆に「国旗・国歌法」については「ちゃんとやらなくちゃだ めだよ」と上からのしかかってくると指摘している。90年代に入り、強い立場にある 人が「自己責任」ということを説いているのだが、本来は弱い立場にある人が弱いか らこそ、個人の尊厳ということを主張する必要があるのであり、樋口はこうした本来 の姿とは違ったねじれ現象を解きほぐす必要があることを説いている。*25. 一27一.

(30) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 【注】. *1 R・M・ローティ(1931∼)二za・一ヨーク生まれのアメリカの哲学者。シカゴ大学、エール 大学大学院で哲学を学んだ後、プリンストン大学助教授、同大学教授として活躍。バージニ ア大学教授を経て、現在スタンフォード大学教授。1979年、ヨー・一Lロッパ哲学の伝統的思考. や近代哲学の発想に異を唱え、プラグマティズム的転回の遂行を主張した。『哲学と自然の 鏡』が論議を呼び起こし、様々な批判を受ける。以後、『哲学と自然の鏡』で展開した論考 をさらに進め、『哲学の脱構築一プラグマティズムの帰結』などにその研究成果を肇表して いる。主著は他に『連帯と自由の哲学』『偶発性・アイロニー・連帯』『哲学と社会的希望』. などがある。(中村雄二郎x野家啓一『21世紀へのキーワード 歴史』岩波書店、2000年、 p.66より要約) *2 ジョン・ロールズ他オックスフォード・アムネスティ・レクチャーズ『人権について』ステイーヴン・. シュート/スーザン・ハーリー編 中島吉弘・松田まゆみ訳、みすず書房、1998年. *3 川本隆史(1951∼)広島生まれの倫理学者。東京大学文学部倫理学専攻を卒業後、同大学大 学院人文科学研究科へ。跡見学園女子大学助教授、同大学教授を経て、現在、東北大学文学. 部教授。専攻は倫理学、社会哲学。1995年発表の『現代倫理学の冒険一社会理論のネット ワーキングへ』は政治哲学、経済哲学、法哲学とのネットワーッキングの試みとして、倫理 学を構想とした意欲作。主著は他に『マイクロ・エシックスー小銭を払う倫理学』(編著)『現. 代思想の冒険者たち23 ロールズー正義の原理』、訳書に『合理的な愚か者一経済学=倫理 学的探究』(共訳)などがある。(中村雄二郎×野家啓一『21世紀へのキーワード 歴史』岩. 波書店、2000年、p211より要約した。) *4 川本隆史「人権の権利の再定義一三つの道具を使いこなして」野家啓一編集責任『岩波講座 新哲学講義 別巻 哲学に何ができるか』岩波書店、1999年. *5 前掲*4 p,162 *6. 阿久澤麻里子氏が行なったアンケート調査(阿久澤麻里子「今、人権教育に求められてい. ること」『部落解放』解放出版社、2000年12月号より)によれば「学ぶべきと考えられて いる「普遍的人権の概念」とは、思いやりややさしさ、あるいは、義務を果たすことだとと らえられているらしい。」という。この結果から推察されるように、現代日本において人権 は、形容詞的に解釈されている傾向にあるようだ。. 阿久澤氏は「人権」なる語がここ数年、相当広がったにも関わらず、その意味するところ は、十分に議論されずに抽象的なイメージとして認識され、教育実践されているのではない. 一28一.

(31) 第1章 社会科歴史学習に生かす人権理論 かとする。アンケートの概略を示すと、. 対象:人権教育研修会参加者(教員、行政職員、人権啓発推進委員、企業の啓発担当者). 人数:1736名 問い1 人権教育はどのように行なわれるべきか?. 回答1位:普遍的な人権の概念や内容を学ぶべき・…. 60. 回答2位:多様な課題を多様な手法で・・・・・・…. 16. 回答3位:同和教育の成果を中心に・・・・・・・…. 16. 問い2 人権教育によって同和問題が薄まったり、拡散したりするか?. 回答1位:そうは思わない・・・・・・・・・・・… 60 回答2位:どちらとも言えない・・・・・・・・・…. 25. 回答3位:そう思う・・・・・・・・・・・・・・… 15 回答傾向:「普遍的人権の概念を学ぶべき」と回答した人に「薄まらない」と答える相関 がある。. 氏はこの回答に注目する。論旨は後述する。. 問い3 人権教育についてA「権利だけでなく、義務についても十分教えるべき」B「人 権教育は権利が何かというよりも、人への思いやりを教える教育である」という2つの意 見についてどう思うか?. 回答1位Aについて「そう思う」・・・・・・・…. 90. 回答2位Bについて「そう思う」・・・・・・・…. 70. 回答傾向:問い1で「普遍的な人権の概念を学ぶべき」と答えた人に、「人権教育は思い やりを教える教育である」と答えた人がかなり多かった。. すなわち、先述の回答とコミットさせると「人権は思いやりを教えることであり、その思 いやりを育てることが同和教育にも有効である。」と考えている指導的立場にいる人商が多 いということである。さらに自由意見として、「人権は権利主張に偏る。わがままをはき違 えている者が多い。」(50人)「他人を思いやる気持ち、やさしさを教えるべきである。」(48. 人)という書き込みが目に付いたという。先述のとおりアンケートから、人権は思いやりや 優しさ、あるいは義務を果たすことだと学校や社会における人権教育指導者には捉えられて いるらしいと紹介している。. 人権は歴史的産物であると解釈しようとするならば、アンケートに見られる人権認識でい くら普遍的な人権の概念を教えてもその内容は「形容詞的な解釈」にとどまり、人権の歴史. 一29t.

参照

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