第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計
第1節 授業構成の方法原理
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計
2 「人権」に視点をおく小学校社会科歴史学習の方法原理
本項では前頁で示した【表3・1 社会科歴史学習の授業構成と:人権理論】について、
順次説明していくことにする。
(1)目標
小学校の歴史学習は人物学習が中心であり、偉人と言われる人物の見方で考えがち である。小学校においても、権力の周縁に位置する人々を主語とする歴史認識が必要
である。
「歴史がわかることが人権認識の形成につながる」という仮説に立つとき、歴史学 習は探求性を有することが肝要だと考える。先人の業績や優れた文化遺産へのアプロ ーチも大切であるが、人権認識に関わる歴史的事象の探求的な学習も目標のひとつに 据えたい。
小学校においても、歴史的事象は見方によって異なる解釈が成り立つことを目標に あげたい。例えば、「人」と「国家」の双方から事象を探求し、歴史は解釈であること を理解することにより、開かれた価値観形成を図ることも可能となる。
(2)内容:
「人」については、カリキュラム構想には至っていないが、例えば、渡来人、律令 制社会の人々、中世社会の人々、差別された人々、アイヌ民族、朝鮮人、沖縄(琉球)
の人々、なども取り上げたい。教科書(大阪書籍、東京書籍 本年度版)から、【表 3・2】のような「人」を抽出してみた。
「歴史的事象」については【表3・3】において、【表3・2】で示した太字の「人」を 主語とする歴史的事象を教科書記述で一部記してみた。
「歴史的社会問題」については、上記の内容から、民族問題、部落問題、女性問題 など人権に関する歴史的事象を抽出し、その内容知を構造化することが人権認識に結 びついていくのではないか。
(3)方法
本研究では、歴史学習の小単元を設計する。その学習過程は「共感」「分析」「表 現」の1小単元(4時間)とし、「共感」(1時間)、「分析」(2時間)、「表現」(1時間)
となる。
「共感」は、史実に基づく物語を通して、歴史的事象を自らの生き方や考え方に引 き寄せ、歴史上の「人」と自分とを結びつけることができる点に有効性がある。第1 章の人権論におけるローティ説は「このような学習」を通して、「われわれのような
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計 人々」の拡大を説いていたが、共感的な理解だけでは歴史認識は主観的な解釈だけに 留まり、授業者の設定した「人」「事象」からなる認識内容は価値注入的となり、子ど
もが獲得する知識も一面的で、閉じられた価値観形成に陥る危険性を孕んでいる。
そこで「分析」では「共感」の一面性を補うために、事象を客観的に「分析」し、
事象の因果や社会のしくみを探求することにより、新たな理論を発見できる点に有効 性がある。「分析」2時間のうち前半1時間を、事象への「人」からの解釈、後半1時 間を「歴史的な人物」「政府」「国家」などからの解釈により、「事象」を複眼的に見て いくことにする。「共感」における主観性、「分析」における客観性を通して、歴史理 解は深化されていく。こうした学習過程の最後として「表現」を位置づけたい。
「表現」は、「今(現在)ここにいる自分(学習者)」が「昔(過去)そこにいた人
(学習の対象となる歴史的人々)」を自己の内面に取り込み、やがては主権者としての 資質を獲得するため、認識内容を自己の外部に向けて発信する活動を意図している。
具体的には、新聞づくり、まとめ作文、二人(二つの立場)芝居、劇(シナリオづく り)などの自ら活動する方法を想定している。言うまでもないが、「表現」における指 導と活動の関連は、子どもに活動を任せてしまうのではなく、今までの「共感」「分析」
の学習において蓄積された認識が俵現」において生かされるよう、子どもの活動に
関わる教師の指導性を大いに必要とする。教師は、子どもの個々の解釈を生かしながら、どう表現させるかがこの学習過程の根幹である。
さらに「表現」は、表現者の一方通行に終わらないようにするために、学習参加者 が表現者と批判者に分かれて、相互に交流しあう活動が大切であり、表現し、伝え合
う活動によって、学習空間に「人」と「人」とが理解し合うという人権認識が形成さ れるのである。
第2節における授業モデルの設計については、
(1)小単元名
(2)主題設定の趣旨
(3)小単元の構成
(4)小単元の目標
(5)教授=学習の展開
(6)教授資料
という順に提示していくにする。
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計
【表3・2 本年度版教科書(2社)に掲載されている「人」】
時代区分 平成14年度版 (大阪書籍) 平成14年度版 (東京書籍〉
歴史の始まりから
1万年前の生活者(p9)
大昔の人(6)平安時代まで 米作りをする人々(9)
朝鮮半島から移り住んだ人々
(古代) 倭の人々(11) (9)
大きな古墳をつくった人々
豪族(10)(13) 渡来人(11)
豪族(13) 農民(19)
渡来人(14) 多くの死者たち、遣唐使(22)
貴族(19) 僧(22)
農民(19) 貴族(24)
兵士(23)
遣唐使(24)
僧(24)
地方の役人(30)
武士(30)
鎌倉時代から江戸 御家人(35)守護・地頭 武士(30)
時代以前 大名(40) 農村や漁村、山村に住む村人(百
(中世) うやまわれつつ、社会からは 姓)(32)一 とおざけられていた人々(42) 大名(40)
町の人々(43)
村人(44)
商人(50)、
江戸時代 朝鮮の人々(53)
身分の上で差別をされていた
(近世) 朝鮮通信使(62) 人々(41)
アイヌの人々(63)、 民衆(43)
百姓(おもに農民)(64) 町人(48)
(農民や町人からも)差別さ 僧侶、神官など(57)
れた人々(64) 商人(56)
朝鮮通信使(60)
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計 明治時代から現代 女性(地位の低さ、工場で働 アイヌの人びと(61)
まで く、選挙権獲得を訴えるなど) 新しい知識や技術を日本に役立
(近現代) (83) てようとする人々(66)
平民(83)、 皇族、華族、士族(75)
小学校へ行くことができない 平民(75)
子ども(84)、 労働者(78)
小作人(86) 国民(81)
国民(88) 軍人(87)
日常生活で差別されていた
歌人(87)人々(98) 朝鮮の人々(88)
朝鮮の人々(98)、 中国人(88)
兵士(101) 女性(91)
沖縄県民(108) 疎開小学生や戦争孤児(99)
アジア・太平洋の人々(109) 児童(106)
兵器工場で働く女学生(112) 就職する若い人たち(109)
公害被害にあった住民(123)
国際社会でかつやくする日本 人(125)
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計
【表3・3 「人」の歴史的事象についての教科書記述(一部)の例】
「人」
渡来人
被差別民
朝鮮人
アイヌ人
女性
歴史的事象に関する教科書記述(一部)
・大柚朝廷は、朝鮮や中国から日本に移り住んだ渡来人も朝廷のだいじな役 につけ、国内の技術や文化を高めていきました。(大阪書籍:以下大阪 p14)
・米づくりが広がったころ、朝鮮半島より日本にわたってきて住みつく渡 来人が大勢あらわれました。吉野ヶ里遺跡からは、渡来人が伝えたと思 われる、鉄器、青銅器や、麻や絹でつくった布、南方の貝がらや丸木舟 の模型などが出土しています。(東京書籍:以下東京 p11)
・これらは、そのこううやまわれつつ、社会からはとおざけられて吟た人々に よって完成されました。(写真:石庭の説明、大阪 p42)
・銀閣には、美しい庭園があります。この庭園は、このころの身分の上で差 別をされていた人たちがっくりました。(東京 p41)
・さらに、農民や町人からも差別された人々もいました。(大阪 p64)
・多くの身分の中で、村人や町人とは別にきびしく差別された身分の人々も いました。(東京 p56)
・秀吉の朝鮮への侵略は、朝鮮の人々に多くの犠牲者を出し、朝鮮の国土を あらしました。(大阪 p53)
・徳川家康は、対馬藩(長崎県)の宗氏を通じて、朝鮮との友好関係を取り もどそうとしました。(略)貿易もはじまり、通信使という朝鮮使節が、
江戸時代を通じて12回も日本に来て、交流をはかったそうです。(大阪
p62)
・貿易は対馬(長崎県)を通じて行われ、将軍が代わるごとに、朝鮮からの お祝いと有効を目的に500人目の使節団が江戸をおとずれました。(東京
p60)
・17世紀の中ごろ、不正な取り引きに対する不満がばく発し、シャクシャイ ンを中心に多くのアイヌの人々が立ち上がりました。(大阪 p63)
・政府が北海道の開たくに力を入れたため、開発が広い地域に広がり、アイ ヌの人々は、土地を奪われました。(大阪 p83)
・17世紀の半ばすぎ、シャクシャインに率いられたアイヌの人々は、不正 な取り引きを行った松前藩を相手に戦いました。(東京 p61)
・女性の地位を低くみる考え方やならわしは、明治時代になってからも根強 く残りました。(大阪 p83)
・男性より低く見られ、差別されてきた女性も、(略)女性の権利と地位向 上をめざす運動を進めていきました。(東京 p91)
第3章 「人権」に視点をおく社会科歴史学習の授業設計