博士(工学)渡壁 誠 学位論文題名
脳性麻痺者における立位・歩行障害に 関 す る 生 体 力 学 的 研 究
学位論文内容の要旨
リハビリテーショジの目的は最終的に障害者が自立した日常生活をおくり,積 極的な社会参加を果たすことを可能にすることにある。このために克服されなけ ればならない障害は数多いが,特に立位・歩行能カの獲得は重要である。立位・
歩行を実現するために必要な身体機能は,@運動の発現や調節を行なう制御機能,
@運動を達成するために必要な筋力,◎適切な四肢の運動範囲を規定する関節の 可動性の三つに集約することができる。従来の研究では,このうち@の立位・歩 行の身体制御メカニズムを追求することが主に行なわれてきた。また,立位・歩 行のために必要な筋カについての分析もまれに行なわれてきている。一方,関節 の可動性の問題は整形外科学やりハピリテーション医学の領域では基本的な問題 として重要視されているにもかかわらず,定量的な工学的分析が行なわれずにき た。
本研究では,この関節の可動性の障害と立位・歩行障害との関連を定量的に分 析し,その障害メカニズムを追求することを目的としている。なお関節の可動性 の障害は,拘縮とぃう医学用語で表現されるため以後この用語を用いる。本論文 は7章で構成されている。以下に,その概要を述べる。
第1章は,序論であり,リハビリテーションの概念を概説し,立位・歩行能カ の重要性について述べ,その研究の歴史を概説することで本研究の目的を設定す るに至った経緯を述べている。
第2章では,本研究の主題である拘縮についてのまとめを行なっている。具体 的には,拘縮を理解する上で必要な関節の基本的な構造について述ベ,次に拘縮 の発生機序とその臨床的評価方法について概説している。
第3,4章では,拘縮と立位障害に関する研究を述べている。第3章では,拘 縮の影響を最も反映するアライメントに注目し,脳性麻痺者の立位アライメント を画像解析法によって評価している。その結果,健常者,脳性麻痺者に拘らず,
拘縮が無い場合には立位面という外部環境の変化を足関節の底背屈によって補償 し,常に直立位を保持することを明らかとした。一方,拘縮をもつ脳性麻痺者で は拘縮の影響が大きくなるほどアライメントの悪化が確認された。こうした知見 をもとに,立位アライメントの異常には二関節筋短縮が大きく関与していること,
拘縮を伴う立位であっても必要な筋カが少なくなるアライメントを選択するとぃ
う新しい推論を提案している。
第4章 では ,立 位ア ライ メン トの シミ ュレ ーシ ョン につい て述 べて いる 。多 関 節 にわ たる 拘縮 の影 響の 全て を, 前章の よう な実 験的 方法 で把握することは困難 で ある 。し たが って ,ア ライ メン トの異 常を シミ ュレ ーシ ョンを試みることは極 め て意 義深 い。 そこ で本 章で は, まず下 肢関 節を 対象 に拘 縮による関節可動制限 を 定量 的に 記述 する 非線 形モ デル を考案 した 。こ のモ デル は複数の関節を対象と し,さ、らに拘縮の内部メカニズム(関節拘縮,二関節筋短縮)が考慮されており,
関 節可 動域 から 拘縮 の種 類と 程度 を推定 でき るい う特 徴を もっている。次に,こ の 拘縮 モデ ルを 立位 のり ンク モデ ルヘ導 入し ,ア ライ メン トのシミュレーション を 行な った 。そ の結 果, 前章 の脳 性麻痺 者の 立位 アラ イメ ントと質・量ともに酷 似 し , 本 モ デ ル お よ び シ ミ ュ レ ― シ ョ ン の 妥 当 性 が 確 認 で き た 。 第5,6章 は , 拘 縮 と 歩 行 障 害 に 関 す る 研 究 を述 べ て い る 。 第5章 では ,歩 行 運 動を エネ ルギ ーを 入カ とし ,こ れを身 体の 水平 移動 とそ れに伴う動揺(上下,
前 後, 左右 )に よっ て消 費す るシ ステム とし てと らえ ,こ れに拘縮がどのように 関 わる かを 考え た。 この シス テム に関与 する 変数 ,っ まル エネルギーは呼気ガス 分 析に よっ て求 めた 酸素 摂取 量, 水平移 動は 歩行 速度 ・歩 幅・歩調,身体動揺は 鉛 直方 向の 加速 度を 代表 指標 とし て用い ,拘 縮を もつ 脳性 麻痺者を対象にエネル ギ ―消 費量 とカ 学変 量を 測定 した 。脳性 麻痺 者は 拘縮 以外 の機能障害をもつこと が 想定 され るた め, 健常 者の 足関 節を装 具に よっ て固 定し て疑似的に拘縮を発生 さ せた 場合 につ いて も検 証を 行な った。 その 結果 ,拘 縮の 有無に関係なく,脳性 麻 痺者 の歩 幅お よび 歩調 は健 常者 とおお むね 同様 であ るこ とが明らかになった。
し かし ,同 じ歩 行速 度を 発生 させ た際の 酸素 摂取 量お よび 鉛直方向の加速度は健 常 者より過大であり,拘縮が歩行の大きな阻害要因であることを明確に確認した。
第6章では ,拘 縮に 起因 する 歩行障害のシミュレーションについて述べている。
歩 行障 害を 発生 させ る複 数の 機能 因子を ,実 際の 歩行 状態 から純粋な形で分離す る こと は極 めて 困難 であ る。 した がって ,異 常歩 行の モデ ルを準備し,シミュレ ー ショ ンを 試み るこ とは 極め て意 義深い 。そ こで ,リ ズム 発生神経回路網を具備 し た歩 行モ デル を提 案し ,シ ミュ レーシ ョン を行 なっ た。 特にこのモデルは歩行 運 動を 生成 させ るた めの カ学 的制 約をも たず ,外 部環 境の 変化に対しても自律的 に 歩行 パタ ーン を変 化さ せて 対応 できる とぃ う特 徴を もつ 。また,このモデルに 拘 縮と ぃう 内部 障害 を導 入し ,異 常歩行 を発 生さ せる とぃ う試みは極めて独創的 で ある とぃ える 。シ ミュ レー ショ ン結果 は, 拘縮 が顕 著に なると歩行できなくな る こと ,拘 縮が あっ ても 歩幅 ・歩 調は健 常域 を逸 脱し ない こと,重心の鉛直加速 度 は拘 縮の 程度 ,歩 行速 度の 上昇 に伴い 増大 する とぃ う特 性を示した。さらに,
こ の結 果は 前章 の疑 似的 な足 関節 拘縮を もつ 健常 者の 歩行 とおおむね一致し,本 方 法 が 拘 縮 に 起 因 す る 歩 行 の 異 常 を 再 現 で き る こ と を 明 ら か に し た 。 最後に,第7章では,本研究を総括している。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
脳 性麻痺者 における立位・歩行障害に 関する 生体力学 的研究
立位・歩行能カは人類に特異的な能カであり,日常生活をおくる上で必要不可欠な能カである。
これらの能カの異常は,@運動の発現や調節の不全,◎運動を達成するために必要な筋カの低下,
◎四肢の運動範囲を決定する関節の可動性の低下(拘縮)とぃった三つの機能の障害によって発 生する。脳性麻痺に代表されるような実際の患者では,これらの機能の障害が単独で立位・歩行 を阻害することはまれであるため,個々の機能の障害による立位・歩行の障害メカニズムを知る ことが必要とされている。また,このことは,この能カを獲得するための治療や訓練とぃったり ハピリテーションの観点からも重要である。従来の研究では,立位・歩行の身体制御メカニズム を追求することが主に行なわれ,また,立位・歩行のために必要な筋カについての分析もまれに 行なわれてきている。一方,拘縮の問題は整形外科学やりハビルテーション医学の領域では基本 的な問題として重要視されているにもかかわらず,定量的な工学的分析が行なわれずにきている。
本論文では,この拘縮と立位・歩行障害との関連を定量的に分析し,その障害メカニズムを追 求することを目的とした研究を行なっている。このため本論文では,脳性麻痺者を対象とした立 位・歩行の計測・分析を行ない,さらにりンクモデルを用いたシミュレ―ションを行なっている。
第1章では,ルハビリテーションの概念を概説し,立位・歩行能カの重要性について述ベ,そ の 研究 の 壓 史を 概 説 する こ と で本 研 究 の目 的 を 設定 す るに 至った経 緯を述 べている 。 第2章では,本研究の主題である拘縮についてのまとめを行なっている。まず,拘縮を理解す る上で必要な関節の基本的な構造について述ベ,次に拘縮の発生機序とその臨床的評価方法につ いて概説している。
第3,4章では,拘縮と立位障害に関する研究を述べている。第3章では,拘縮の影響を最も 反映するアライメントに注目し,脳性麻痺者の立位アライメントを画像解析法によって評価して いる。その結果,健常者,脳性麻痺者にかかわらず,拘縮がない場合には立位面という外部環境 の変化を足関節の底背屈によって補償し,常に直立位を保持することを明らかにしている。一方,
拘縮をもつ脳性麻痺者では拘縮の影響が大きくなるほどアライメントが悪化することを示してい る。こうした知見をもとに,立位アライメントの異常には短縮が大きく関与していること,拘縮 を伴う立位であっても必要な筋カが少なくなるアライメントを選択するという新しい推論を提案
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主
副
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している。
第4章では,立位アライメントのシミュレーションについて述べている。まず,下肢関節を対 象に拘縮による関節可動制限を定量的に記述する非線形モデルを考案している。このモデルは複 数の関節を対象とし,さらに拘縮の内部メカニズム(関節拘縮,二関節筋短縮)が考慮されてお り,関節可動域から拘縮の種類と程度を推定できるいう特徴をもっている。次に,この拘縮モデ ルを立位のりンクモデルヘ導入し,アライメントのシミュレ―ションを行なっている。その結果 は,前章の脳性麻痺者の立位アライメントと質・量ともに類似することを示し,本モデルおよび シミュレーションの妥当性を確認している。
第5,6章は,拘縮と歩行障害に関する研究を述べている。第5章では,歩行運動をエネルギ ーを入カとし,これを身体の水平移動とそれに伴う動揺(上下,前後,左右)によって消費する システムとしてとらえ,これに拘縮がどのように関わるかを考えている。このシステムに関与す る変数,っまり、エネルギーは呼気ガス分析によって求めた酸素摂取量,水平移動は歩行速度・歩 幅・歩調,身体動揺は鉛直方向の加速度を代表指標として用い,これらを拘縮をもつ脳性麻痺者 を対象にして測定している。脳性麻痺者は拘縮以外の機能障害をもつことが想定されるため,健 常者の足関節を装具によって固定して疑似的に拘縮を発生させた場合についても検証を行なって いる。その結果,拘縮の有無に関係なく,脳性麻痺者の歩幅および歩調は健常者とおおむね同様 であることを明らかにしている。しかし,同じ歩行速度を発生させた際の酸素摂取量および鉛直 方向の加速度は健常者より過大であり,拘縮が歩行の大きな阻害要因であることを明確に確認し ている。
第6章では,拘縮に起因する歩行障害のシミュレーションについて述べている。歩行シミュレー ションのためにりズム発生神経回路網を具備した歩行モデルを用いている。特にこのモデルは歩 行運動を生成させるためのカ学的制約をもたず,外部環境の変化に対しても自律的に歩行バタ―
ンを変化させて対応できるという特徴をもっている。また,このモデルに拘縮という内部障害を 導入し,異常歩行を発生させるという極めて独創的な試みを行なっている。シミュレ―ション結 果は,拘縮が顕著になると歩行できなくなること,拘縮があっても歩幅・歩調は健常域を逸脱し ないこと,重心の鉛直加速度は拘縮の程度,歩行速度の上昇に伴い増大するとぃう特性を示して いる。さらに,この結果は前章の疑似的な足関節拘縮をもつ健常者の歩行とおおむね一致し,本 方 法 が 拘 縮 に 起 因 す る 歩 行 の 異 常 を 再 現 で き る こ と を 明 ら か に し て い る 。 最 後 に , 第7章 で は , 本 研 究 で え ら れ た 結 果 を 総 括 し , 結 論 が 述 べ ら れ て い る 。 これを要するに,著者は,従来医学的にのみ取り扱われてきた拘縮という問題とそれに起因す る立位・歩行能カの障害メカニズムを解析するいくっかの工学的方法を提案し,それらの有用性 を実験的・シミュレーション的方法によって明らかにすることによって,その障害メカニズムに 関する有益な多くの新知見を得ており,生体工学およびりハビリテーション工学の進歩に寄与す るところきわめて大きい。よって,著者は,北海道大学博士(工学)の学位を授与される資格が あるものと認める。
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