現 代 少 女 マ ン ガ に お け る 女 性 労 働 表 象 の 研 究
―
― 一 九 七 〇
〜 二
〇 一
〇 年 代 の 作 品 を 中 心 に ― 岡 ―
本
由
紀
子
目 次
凡例
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
…
……
…5 序章
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
…
……
…6
一節
少 女マ ンガ の定 義を めぐ る「 混乱
」 6
二節
本 論に おけ る少 女マ ンガ の定 義 11
三節
安 野モ ヨコ と「 女の 労働
」 16
四節
本 論の 構成 19 第一
部 一九 七〇
〜二
〇一
〇年 代の 少女 マン ガに おけ る女 性労 働
……
……
…
……
…24 第一
章 大和 和 紀『 はい から さん が通 る』 論
―― ウー マン リブ と少 女マ ンガ の紐 帯
……
……
…
……
…25
一節
「 講談 社漫 画賞
」と
『は いか らさ んが 通る
』 25
二節
「 ウー マン リブ
」と
「は いか らさ ん」 の親 和性 29
三節
「 職業 婦人
」と して の「 はい から さん
」 35
四節
ミ ソジ ニー を解 体す る女 42
五節
後 景に 退く 男た ち 45 第二
章 柴門 ふ み『 東京 ラブ スト ーリ ー』 論
―― 対幻 想を 超克 する ヒロ イン
…
……
……
……
…
……
…52
一節
ふ たつ の『 東京 ラブ スト ーリ ー』 52
二節
野 生児
/故 郷喪 失者 の孤 独 56
三節
「 近代 化」 する 女 61
四節
対 幻想 を超 克す るた めに 65 第三
章 西炯 子
『娚 の一 生』 論
―
―「 娚」 の労 働と 恋愛 をめ ぐっ て
……
……
……
…
……
…74
一節
見 慣れ ない 文字
=「 娚」 74
二節
王 道少 女マ ンガ から の逸 脱 75
三節
男 のよ うな 女=
「娚
」 77
四節
「 ふた りし て/ ひと りで 生き て」 いく こと 83
五節
少 女マ ンガ が待 ち続 けた 三五 年 88 第四
章 東村 ア キコ
『主 に泣 いて ます
』論
――
「女 であ るこ との 困難
」を 生き る
……
……
……
…95
一節
「 女で ある こと の困 難」 を描 くマ ンガ 家 95
二節
「 不幸 美人
」に とっ ての
「不 幸」 とは 何か 96
三節
非 労働 者た ちの
「選 択縁
」 102
四節
働 く女 たち の承 認欲 求 105
五節
「 生き る理 由」 はど こに ある か 108
六節
労 働の ゼロ 地点 で生 きる こと 115 第五
章 モブ 化 する イケ メン たち
―
―少 女マ ンガ の王 子様 像を めぐ って
……
…
……
…
…… 119…
一節
弱 体化 する シン デレ ラ・ スト ーリ ー 119
二節
「 イケ メン
」の 登場 と多 様化 124
三節
「 正統 派イ ケメ ン」 への
「し わ寄 せ」 130
四節
「 残念
」な イケ メン たち 132 第二
部 安野 モヨ コ論
…
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
…
…… 140… 第六
章
『ハ ッ ピー
・マ ニア
』論
―
―「 少女 マン ガ」 から の逃 走
……
……
……
……
…
…… 141…
一節
「 ヤン グ・ レデ ィー ス」 コミ ック にお ける
〈共 感〉 とは 何か 141
二節
「 恋愛∨ 仕 事」 とい う価 値観 144
三節
恋 愛至 上主 義と 結婚 の否 定 148
四節
孤 独と 対峙 する 女の 物語 157 第七
章
『ジ ェ リー
イ ン ザ メリ ィゴ ーラ ウン ド』 論
―
―交 錯す るフ ァッ ショ ン/ フィ クシ ョン
…
……
…
…… 162…
一節
『 リボ ンの 騎士
』と 異性 装マ ンガ の系 譜 162
二節
「 男の 子」 の精 神を 享受 する ため の異 性装 166
三節
「 幻」 化す る身 体イ メー ジ 170
四節
テ クス ト上 の「 巨大 な裂 け目
」 175
五節
フ ァッ ショ ン/ フィ クシ ョン の物 語へ 177 第八
章
『脂 肪 と言 う名 の服 を着 て』 論
―― 一般 職コ ミュ ニテ ィに おけ る「 ダブ ルバ イン ド」
……
…
…… 182…
一節
労 働意 欲の 希薄 な女 主人 公 182
二節
闘 争と 連帯 の「 ダブ ルバ イン ド」 184
三節
「 女の 労働
」と
「男 の視 線」 190
四節
ロ ッカ ール ーム の表 象す るも の 192
五節
純 粋培 養さ れる セル フイ メー ジ 195
六節
「 女の 労働
」に おけ る「 現実
」に 向か って 199 第九
章
『働 き マン
』論
――
「ロ スト ジェ ネレ ーシ ョン
」の
「自 己」 とは 何 か
……
……
…… 203
一節
問 題設 定 203
二節
「 ロス トジ ェネ レー ショ ン」 とは 誰の こと なの か 203
( 1)
「 ロ スト ジ ェ ネレ ーシ ョ ン
」の 来歴 203
( 2) 揺れ 続け る「 団塊 ジュ ニア
」の 定義 と「 当事 者性
」 205
( 3)
「 自 己」 の 不 確定 性 207
三節
「 ロス トジ ェネ レー ショ ン」 の「 働き マン
」松 方弘 子 209
( 1) 分析 対象 につ いて 209
( 2)
「 男 スイ ッ チ
」の 存在 意 義 210
( 3) 前進 する ため の「 保留 の思 想」 215
四節
終 わり にか えて
―― 自己 投影 と現 実解 釈 217 終章
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
…
…… 222…
一節
各 章の まと め 222
二節
少 女マ ンガ 研究 の現 在と 展望 226
三節
終 わり に 228 初出
一 覧
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
……
…
…… 231…
凡 例
・本 文中 の引 用は
「
」で 括る
。
・「
」で 括ら れ た引 用文 中に
「
」が 出て く る場 合 はそ の ま ま「
」を 用 い
、『
』に は 改め ない
。
・マ ンガ から セリ フを 引用 する 場合
、「
/」 で フキ ダ シや セリ フの 切り 替え を示 し、 セ リ フ中 のス ペー スは 原文 のま まと する
。引 用の 終わ りに
「(
○ 巻□ 頁)
」の 形で 引用 箇 所 を示 す。
・引 用お よび 作品 名以 外の
「
」は
、強 調ま たは キー ワー ドを 示す
。
・引 用文 中の 改行 は〔
/〕 で示 す。
・引 用文 中の 省略 は( 中略
)な どの 形で 示す
。
・引 用文 中の 漢字 は、 常用 漢字 があ るも のは それ を用 いた
。
・著 書・ 新聞
・雑 誌 のタ イト ルお よび 単行 本化 され たマ ンガ のタ イト
ルは
『
』で 示す
。 論 文・ 評論
・新 聞記 事・ 雑誌 記事 およ び単 行本 化さ れて いな いマ ンガ のタ イト ルは
「
」 で示 す。
・新 聞・ 学術 誌・ 紀要 など の巻 号に つい ては
「○ 巻□ 号」 に表 記を 統一 する
。ど ちら か 一 方し かな い場 合は
「□ 号」 と表 記。
「輯
」 は「 号
」に 改 め た。
・数 字の 扱い は、 縦書 きの 場合 は漢 数字
、横 書き の場 合は アラ ビア 数字 を用 いる こと を 基 本と した
。
・年 号は 西暦 を用 いた
。
序 章
一 節 少女 マン ガの 定義 をめ ぐる
「混 乱」 少
女マ ンガ に関 する 批評
・論 考は
「少 女マ ンガ とは 何か
」と いう 問い から 出発 する こ とを 不可 避と して いる
。そ し てそ の問 いは
、少 女 マン ガの 語か ら「 少 女」 だ けを 抽出 す るこ とで
、そ も そも
「 少女 とは 何か
」と い う問 いへ と至 り、 少 女と いう 存在 に関 する 考 察を 経て 再び
「少 女マ ンガ とは 何か
」と いう 問い へと 回帰 する 際に
、あ る種 の「 混乱
」 を引 き起 こす こと にな る。 この
「混 乱」 につ いて いく つか の具 体 例を 挙 げ検 証 した い
。 た とえ ば岩 下朋 世は
、手 塚治 虫の 少女 マン ガ作 品に 関す る研 究『 少女 マン ガ の 表現 機 構―
―ひ らか れ たマ ンガ 表現 史と
「 手塚 治虫
」』
( 二
〇一 三年
)に お いて
「「 少 女
」と い う概 念お よび 少女 向け 媒体
」と いう 項を 設け
、次 のよ うに 述べ てい る。
本書 が議 論の 対象 とす
る「 少 女マ ンガ 作品
」と は
、基 本 的に
「 少女 向け
媒体
( 雑誌
)」
に掲 載さ れた マン ガを 指す
。「 少女 マン ガ作
品」 を単 純に
、「 少女 向け のマ ンガ 作品
」
と捉 えな い理 由は
、そ もそ も「 少女
」、 そ して そ の対 立 項 であ る「 少 年」 と いう 概
念が 担っ てき た歴 史と 関わ って いる
(1
)。 岩
下は この よ うに 述べ たあ と、
「少 女」 の 起源 を求 めて 明 治期 まで 遡り
、今 田 恵里 香
『「 少 女
」の 社会 史
』( 二〇
〇七 年) を 参照 しな がら
、国 家 によ る男 女別 学化 推進 と並 行 して 雑誌 メデ ィア にお ける
「少 年」
「少 女」 の棲 み分 けが 確立 した こと によ り「 少女
」 とい う概 念が 歴史 的に 構成 され たと 指摘 して いる
。続 け て岩 下は
、「 少女
」と い う概 念 と少 女雑 誌・ 少女 小説 の関 係性 が「 少女
」と いう 概念 と少 女マ ンガ の関 係性 とど のよ う に比 較し 得る かの 検討 に入 るが
、こ の と き、 久 米依 子「 構成 され る「 少 女」
―― 明治 期
「少 女小 説」 のジ ャン ル形 成」
( 二〇
〇三 年) を 足が か りと し なが ら
、ひ と つの 問題 点 を挙 げて いる
。そ れは
「 歴史 的に 構成 され た概 念で ある
「少 女」 の イメ ージ と、 実際 の 読者 集団 の実 態を 混同 する こと の問 題点
」で ある
。す なわ ち、 少女 小説 や少 女マ ンガ に 代表 され る、 少女 向け に作 られ た諸 作品 によ って 編成 され る少 女メ ディ アと
、歴 史的 に 構成 され た「 少女
」と い う概 念と の関 係性 に、
「 読者 集団
」と し ての
「少 女」
、つ ま り リア ルな
(「 生身 の」 と 言い 換え ても よい
)少 女 読者 を介 在さ せる のは 適切 でな いと 主 張し てい るの であ る。 その こと につ いて 岩下 は次 のよ うに 述べ てい る。
少女 マン ガ論 には
、「 読者 と物 語形 式と の密 接な 関係
」を 自 明の もの とし
、こ の ジ
ャン ルを 論じ るこ とを 通し てそ の読 者集 団で ある
「少 女
」に つい て語 るよ うな 言説
、
ある いは 逆に
、読 者集 団 の 実態 を反 映 し てい る と論 者が み なす も のを
「少 女マ ンガ
」
と捉 える よう な言 説が 少な から ず見 受け られ る。 本書 で取 り扱 う手
塚の
「 少 女マ ン
ガ作 品」 を「 少女 向け 媒体
(雑 誌)
」に 掲載 さ れ たマ ンガ とし て限 定す る の は、 こ
のよ うに 読者 集団 とし ての
「少 女
」を 実体 化し
、こ のジ ャン ルを
、そ の よう な「 少
女」 読者 と密 接な 関係 を持 つ「 物語 形式
」と して 捉え るこ とに より 生じ る問 題を 回
避す るた めで ある
。
「 読者 集団 とし ての
「少 女
」の 実体 化」 およ び少 女マ ンガ を「
「 少女
」読 者と 密接 な 関係 を持 つ「 物 語形 式」 と して 捉え るこ と」 を 問題 視す る岩 下は
、自 身 の論 を進 める に あた り、
「少 女 マン ガ作 品
」を
「 少女 向け 媒体
(雑 誌
)」 に掲 載さ れた マン ガに 限定 す ると 宣言 する
。し かし
、そ の宣 言の 直後 に岩 下は その 宣言 に関 す る注 意 を促 し て いる
。
伊 藤剛
『 テヅ カ・ イズ
・デ ッ ド』
( NT T出 版、 二
〇〇 五年
)に おい て は、
「 少
年マ ンガ
」「 少女 マン
ガ」 と いっ たマ ンガ にお ける ジャ ンル 分類
が、 基 本的
には
「 マ
ーケ ット のセ グメ ント に基 づい た分 類」 であ りな がら
、同 時に
「表 現上 のス タイ ル の分 類と して も機 能し てい る」 こ とが 指摘 され てい る( 一 三頁
)。 本論 文で 取り 扱
う手 塚の 少女 マン ガ作 品は
、あ くま で前 者に 限定 され るも ので ある
。し かし
、先 行
研究 にお いて は、 必ず しも 前者 の意 味ば かり で 用 いら れて いる わけ では な く
、両 者
が入 り交 じっ た形 で用 いら れて おり
、む しろ
、後 者を 定 義 上優 先的 な もの と して 捉
えて いる もの も多 い。 し た がっ て
、「 手塚 の少 女 マ ンガ 作品
」以 外 に関 する
「少 女
マン ガ」 とい う語 の用 法は
、本 論文 にお いて 必ず しも 一貫 して いな い。 岩
下は
、「 少 女マ ンガ
」と いう 語の 用法
が「 一貫 し てな
い」 と述 べて いる
が、 これ は
、
「少 女マ ンガ とは 何か
」と いう 問い に一 貫性 を持 た せ るこ と の 困難 を言 明 して い るこ と と同 義で ある
。岩 下に とっ て、 手塚 治虫 の少 女マ ンガ 作品 とは
「マ ーケ ット のセ グメ ン トに 基づ いた 分類
」で ある とこ ろの
「 少女 向け 媒体
(雑 誌)
」に 掲 載さ れた マン ガを 指 すが
、そ のほ かの 少女 マン ガに つい ては
、語 の 用法 が「 一貫 して いな い」 の で ある
。こ うし て「 少 女マ ンガ とは 何か
」と い う問 いは
、論 者 自身 によ って 脱臼 させ ら れ
、一 貫 性 を保 つこ とを 事実 上断 念す る帰 結へ と至 るの であ る。 次 に、 杉本 章吾 の『 岡崎 京 子論
少 女マ ンガ
・都 市・ メデ ィ ア』
(二
〇一 二年
)を 取 り上 げる
。同 書は
、タ イト ルに もあ るよ うに 岡崎 京子 の作 品研 究で ある が、 杉本 は具 体 的な 作品 論に 入る 前に
、「 少 女と 少女 マン ガ」 とい う項 を設 け、
「 少女
」お よび
「少 女
マン ガ」 につ いて の考 察を 試み てい る。 杉本 も岩 下と 同じ よう に明 治期 まで 遡り
、国 家 によ る教 育制 度改 革( 教育 令に よる 男女 別学 化や 良妻 賢母 教育 等) が「 少 年」 か ら「 少 女」 を分 離形 成し
、そ うし た動 きと 連動 する 形で 生ま れた 少女 雑誌 にお いて
「視 覚を 重 視し た誌 面構 成が 主流 にな って くる
」の にと もな って
「雑 誌の 大判 化が 進み
、少 女ス タ ーの グラ ビア や絵 物語 とと もに
、誌 面を 占め るマ ン ガ の割 合が 増加 して
」い った こと が 後の 少女 マン ガ興 隆に 繋が った と述 べて いる
。こ のあ たり まで は、 岩下 の手 塚 治 虫の 少 女マ ンガ 論と ほぼ 同じ 道筋 を辿 って いる
。し かし
、続 けて 終 戦
〜現 代の 少 女マ ン ガ史 を 追う 杉本 は、 少女 マン ガの 書き 手の
「 ほと んど が女 性」 とな った こと
、「 そ れも 一〇 代 から 二〇 代の 女性 へと 変化
し、 文化 受容 者で はな く 文 化生 産 者 とし ての 女 性が 社 会的 な 注目 を浴 びる よう に」 なっ たこ とに 注目 し、 少女 マン ガが
「そ の生 産者 と受 容者 がと も に大 多数 女性 であ るメ ディ アと して
、そ の輪 郭を 整え てい った
」と 結論 づけ る。 つま り 杉本 は、
「少 女マ ンガ とは 何か
」を 考 える にあ たっ て、 リ アル な少 女マ ンガ 読者 の存 在 を排 除せ ず、 むし ろ「 生産 者と 受容 者」 の関 係性 を重 視し てい るの であ る。 少 女マ ンガ にお ける
「 生産 者と 受容 者」 の 関係 性を 重視 し、 少 女マ ンガ が「 読 者と 読 者、 あ るい は読 者と 作者 を結 びつ け、
「読 者― 作者 共同 体」 を 編成 する 文化 的装 置と し て機 能し てい った
」と 述べ る杉 本は
、石 田佐 恵子
「〈 少 女マ ンガ
〉の 文体 とそ の方 言性
」
(一 九九 二年
)の 少 女マ ンガ 定義 を援 用し てい る。 石 田は
、「 少女 向け マン ガ雑 誌に 掲 載さ れた マン ガ作 品の 総称
」を
「 少女 マン
ガ」 とし
、「 マ ンガ を論 ずる 文章 のな
かで
『 少 女マ ンガ
』と して 理解 され 解釈 の対 象と され てき た作 品群 と、 その 全体 的な イメ ージ
」 を〈 少女 マ ンガ
〉と する 二分 法を 採用 して いる
。こ こ で、
「
」と
〈
〉に 分け られ た 少女 マン ガの 差異 につ いて 知る ため
、石 井の 挙げ た「 マン ガに 関す る論 考の なか で、 あ るマ ンガ 作品 が少 女マ ンガ であ ると みな され るた めの 基準
」を 紹介 した い。
一、 少女 向け マン ガ雑 誌に 掲載 され た作 品、 ある いは
、そ の雑 誌の 系列 単行 本と し
て出 版さ れた 作品
。
二、 その 作者 が〈 少女 マン ガ〉 作者 とみ なさ れて いる こと
、あ るい は、 作者 の〈 少
女〉 性。
三、 その 作品 の読 者が 主に
〈少 女〉 たち であ るこ と。
四、 ある 特徴 的な
〈少 女 マン ガ〉 とし ての 徴し
(登 場人 物、 テ ーマ
、文 体な ど) を
もつ こと
(2
)。 石
田説 にお いて は、 基 準「 一
」が
「 少女 マン ガ」 で あり
、基 準「 一」
〜「 四
」を 総 合 した もの が〈 少女 マン ガ〉 と なる
。石 田は
、こ の四 基 準 を示 した 上 で
、一 九 六〇 年代 に
は各 基準 のあ いだ に「 何 らの 矛盾 も存 在し なか った
」が
、一 九七
〇年 代後 半か らは
「 各 基準 のあ いだ の相 互矛 盾が 顕著 にな って 来る
」と 述べ てい る。 手塚 治虫 の少 女マ ンガ 作 品を あく まで
「 少女 マン ガ」 と して 扱う おう とす る岩 下と
、岡 崎 京子 作品 を〈 少 女マ ン ガ〉 とし て扱 おう とす る杉 本 の 差異 は、 こ の四 基準 が安 定的 な時 代の 作家 であ る手 塚と
、 相互 矛盾 する 時代 の作 家で ある 岡崎 の差 異で ある と捉 える こと がで きる
。な お
、岩 下が
、 石田 論文 につ いて
「本 書は 石田 とは 逆向 きの 立場 を取 るも のだ と言 える だろ う」 と述 べ てい るこ とか らも
、〈 少 女マ ンガ
〉を 是認 する 石田 説に 立脚 する 杉本 と、 あく まで
「少 女マ ンガ
」だ けを 研究 対象 とす る岩 下の 見解 が相 容れ ない こと は明 らか だ。 杉 本は
、石 田 の二 分法 を受 けつ つ、 一 九八
〇年 代以 降に 顕著 にな って いく のが
「「 少 女マ ンガ
」の 枠域 を超 えて
〈 少女 マン ガ〉 が拡 散・ 多様 化し て い く事 態で あ っ た」 こ と につ いて
、以 下の よう に述 べて いる
。
少 女・ 女性 向け マン ガ雑 誌の 拡張
・セ グメ ン ト 化と 女 性 マン ガ家 の 他ジ ャ ンル へ
の進 出―
―こ うし たメ ディ ア状 況の 変容 にと もな
い、 八〇 年代 以降
、「 少 女マ ンガ
」
とい う名 称も また 複雑 化・ あ いま い化 して いっ た。 振 り返 れば
、七
〇年 代 まで
「 少
女マ ンガ
」と いえ ば、 それ は少 女向 けの マン ガ 雑 誌に 掲 載 され たマ ン ガの 謂 いで あ
り、 その 定義 に矛 盾や 齟齬 を見 出す 必要 はほ とん どな かっ た。 しか し、 八〇 年代 以
降、 前記 のメ ディ ア状 況の 変容 によ り、 こう し た 即物 的 な 定義 とは ず れた か たち で
「少 女マ ンガ
」は 転 用さ れて いく
。す なわ ち、 レ デ ィー ス コ ミッ ク誌
、ヤ ン グレ デ
ィー ス誌
、男 性誌 など
、必 ずし も少 女を 読者 対 象 とし て 設 定さ れて い ない 雑 誌に 掲
載さ れた マン ガが
、と きに
「少 女マ ンガ
」の 範疇 に分 類さ れ、
「少 女マ ンガ
」の 一
部と して 論じ られ る事 態が 一般 化し てい くの であ る( 3)
。 杉
本は
、一 九八
〇年 代以 降の 少女 マン ガが
「レ ディ ース コミ ック 誌、 ヤン グレ ディ ー ス誌
、男 性誌 など
、必 ず しも 少女 を読 者対 象と して 設定 され てい ない 雑誌 に掲 載さ れた
」 とい う、 ジャ ンル 越境 的な 動き によ って
「 少女 マン ガ」 の定 義が
「転 用」 さ れて いっ た こと を「 複雑 化・ あ いま い化
」と いう 言葉 で説 明し てい る。 つま り、 杉 本に とっ ても ま た「 少女 マン ガと は何 か」 とい うこ とは 一枚 岩で はな いの だ。 以 上の こと から
、少 女マ ンガ を論 じる 際、 論者 は自 分の 選択 した 作家
・作 品に 見合 っ た少 女マ ンガ の定 義を 採ら ざる を得 ず、 また その 定 義 が一 貫性 を持 ち得 ない と い う「 混 乱」 とと もに ある とい うこ とが 分か るだ ろう
。さ らに 言え ば、
「少 女マ ンガ とは 何か
」 とい う問 いが 引き 起こ す「 混乱
」は
、「 少女
」と いう 概念 や実 体、 ある いは 少女 メデ ィ アと い う も のが 互 い に影 響 し 合 いな が ら つね に 変 化 し続 け て いる こ と を わた し た ちに
教え てく れる
。あ るひ とつ の絶 対的 な定 義が ある と 主 張す る方 が、 よほ ど 乱暴 で 不正 確 なの だ。 こ うし て少 女マ ンガ が「 読者
―作 者共 同体
」を 編成 しな がら
「複 雑化
・あ いま い化
」 して ゆく 中、
「女 子マ ンガ
」と いう ジャ ンル が新 たに 登場 して いる
。「 少女
」で はな く
「女 子」 の語 が冠 せら れた マン ガは
、「 複雑 化・ あい まい 化」 し、 明確 に定 義す るこ と が難 しく なっ た少 女マ ンガ に代 わる ジャ ンル であ るこ とを 期待 され てお り、 当 該 ジャ ン ルの 創出
は、
「少 女マ ンガ とは 何か
」と いう 問い に答 える こと の困 難を 別の 形で 表明 し てい ると 言え るだ ろう
。
「女 子マ ンガ
」の 名 が明 確 に打 ち出 され たの は、 女 性向 け雑 誌『 F Ra
U』
(講 談社
) 二〇
〇九 年九 月号 の特 集「 ここ が私 たち のツ ボ 女子 マン ガ好 きが とま らな い」 にお い てで ある
。「 女 子マ ンガ
」研 究家 の小 田真 琴が
「か つて の少 女た ち」 を「 女 子」 と呼 ん だ上 で「 絶望 を知 って しま った 少女 たち が、 現 実を 肯定 し直 す ため
」に
「女 子
」と し て 読む べき マン ガの 総称 とし て掲 げた のが
「女 子マ ン ガ
」だ
( 4)
。こ の語 は
、ヤ ン グ
・ レデ ィー ス誌 であ る『 Co co ha na
』( 集 英社
)が
「 トキ メキ のオ トナ 女子 まん が 誌」 とい うコ ピー を採 用す るな どし て人 口に 膾炙 して いっ た。 小 田は
「女 子マ ンガ
」を
「 たく まし さと 情熱 を備 えた
、新 世 代 のマ ンガ 表 現
」で あ る と述 べて いる
。そ して
「女 子 マン ガ」 とし て、 山本 鈴美 香『 エ ース をね らえ
!』
( 一九 七三
〜八
〇年
)、 美内 すず え『 ガラ スの 仮面
』( 一九 七六 年〜
)と いっ た有 名少 女マ ン ガや
、青 年向 け雑 誌『 モー ニン グ』
(講 談社
)に 掲 載 され た東 村ア キコ
『ひ まわ りっ
〜 健一 レジ ェン ド〜
』( 二
〇〇 六〜 一〇 年)
、同 じく 東 村 によ る育 児 マ ンガ
『 ママ はテ ン パリ スト
』( 二〇
〇七
〜一 一年
)な どを 紹介 して いる
。発 表時 期や
、掲 載誌 や、 テー マ どが 比較 的自 由で ある こと が見 て取 れる
。 こ のよ うに
、「 女 子マ ンガ
」と は、 ジ ャン ル越 境的 な 上、 か なり 感覚 的な もの だと 言 うこ とが でき るが
、し かし 同時 に種 々雑 多な 作品 が「 出版 制 度 上か らは 少 女マ ン ガを 特 定で きな い状 況」 に おい て「 女 子マ ンガ
」と し て再 編成 され てゆ く様 子は
、今 日 の少 女 マン ガの ひと つの あり 方を 示唆 する もの とな って いる
。「 かつ ての 少女 たち
」は
、大 人 にな って 少女 マン ガを 卒業 する ので はな く、
「女 子マ ンガ
」の カ テゴ リー を創 出し
、そ こに さま ざま な作 品を 召喚 する こと
で、 引き 続き 少 女 マン ガ読 者で あり 続け よ う とし て いる のだ
。こ の よう な「 女 子 マン ガ
」の あり 方に つい て、 増 田の ぞみ
は「
「少 女マ ン ガ」 と「 女子 マン ガ」
―― 女性 向け マン ガに 描か れる
「 働 く女 性」 のイ メー ジ」
( 二
〇一 二 年) にお いて 以下 のよ うに 述べ てい る。
「女 子マ ンガ
」は ヤン グレ ディ ース 誌を はじ め と する 女 性 向け コミ ッ ク誌 に 掲載 さ
れた 作品 を指 す場 合が 多い が、 そこ にと どま らな い点 に特 徴が ある
。「 少女 向け
」
雑誌 から
「青 年向 け」 雑 誌、 サブ カル 誌か ら「 少 年 向け
」雑 誌 まで 含ん でく るの で
ある
。そ こに 共通 する のは
、読 者が
「オ トナ 女子
」で ある とい う点 だ。
「オ トナ 女
子マ ンガ
」「 女 子マ ンガ
」と は、 作 品の 掲載 媒体 で 判断 さ れる も ので は なく
、あ く
まで も読 者を 起点 にし て作 られ たカ テゴ リー と考 えら れる
(5
)。 増
田の 指摘 は、
「 女子 マン ガ」 の登 場が
、杉 本や 石 田 が論 じた よ う な、 七
〇年 代後 半 以降 の少 女マ ンガ にお ける
「 出版 制度 上か らは 少女 マン ガ を特 定 でき な い」
「複 雑 化
・ あい まい 化」 した 状況 と分 かち がた く結 びつ いて いる
。少 女マ ンガ が「 読者
―作 者共 同 体」 を編 成し なが らジ ャン ル越 境的 に拡 散し てい る以
上、
「少 女マ ンガ の読 者は 現役 の 少女 たち
」と いっ た、 媒体 と読 者の 単純 すぎ る対 は、 すで に成 立不 可能 なと ころ まで 来 てい る。 そし て、
「 女子 マン ガ」 の登 場 は、 掲載 媒体 依存 型の ジャ ンル 分け では 対応 で きな い「 少 女マ ンガ の新 たな 地平
」が 存 在す るこ と、 そ の地 平は 作者
・出 版 社サ イド か ら読 者へ 一方 的に 与え られ るも ので はな く、 読者 によ って 発見
・開 拓さ れ得 るこ と、 そ れゆ えに 確固 たる 定義 が困 難で ある こと を示 して いる
。 こ のよ うに
、少 女 マン ガ研 究は
、少 女 マン ガ の定 義 をめ ぐ る「 混 乱」 を 引き 受け つつ
、 その 都度
「 少女 マン ガと は何 か」 を 問う こと なし には 進展 し得 ない
。で は
、本 論 にお け る「 少女 マン ガと は何 か」
。以 下に 詳し く述 べて ゆく
。
二節
本 論に おけ る少 女マ ンガ の定 義 す
でに 確認 した よう に、 日 本の 少女 マン ガは
、明 治 期の 男女 別学 化が
「 少年
」か ら 分 離形 成さ れる 形で
「少 女」 と いう 概念
、実 体、 イメ ー ジ
、お よ び少 女メ ディ アを 生み 出 すと ころ から はじ まり
、そ こに 少女 マン ガと いう ジャ ンル が胚 胎し た後
は、
「読 者― 作 者共 同体
」を 編 成し なが ら「 複 雑化
・あ い まい 化」 す るこ とで 極め て流 動的 に発 展し て いる
。本 論も ま た、 こう した 歴 史的 背景 を明 らか に した 先行 研究 に 多く を拠 って いる
。 しか しな がら
、少 女マ ンガ の定 義に つい ては
、「 少女
」や
「読 者― 作者 共同 体」 とい っ たキ ーワ ード では なく
、い ま 一度 少女 マン ガの
「 紙面 その もの
」に 着 目し たい
。そ れ は
「少 女」 の歴 史性 や「 読者
―作 者共 同体
」と いう 文脈 を一 度括 弧に 入れ るこ とを 意味 し てい る。 その 上で 少女 マン ガの
「 紙面 その もの
」に 着目 する のは
、少 女マ ンガ が「 複雑 化・ あ いま い化
」し て いて もな お、 少 女マ ンガ とし て認 識さ れて いる
( 少な くと も少 女 マン ガと それ 以 外を 区別 しよ うと す る意 識が 働く
) とい う現 実を 考 慮す るの であ れば
、
「紙 面に 描か れた もの
」に 改め て着 目す る必 要が ある と思 われ るか らだ
。
大 塚英
志は
「〈 内面 の喪 失
〉へ の 回帰
少 女マ ンガ の単 なる トレ ンド
か、 そ れと も?
」
(一 九九 一年
)に おい
て、
「少 女ま んが を少 年ま んが から 明確 に区 分す る表 現技 法上 の 特徴
」は
「絵 柄の 違い
」と いう
「感 覚的 な問 題」 の 水 準に ある ので はな く「 文 字 情報 の 組み 立て 方」 に ある と述 べて いる
。大 塚 説は まさ に「 紙 面そ のも の」 に 着目 して いる と 言え るだ ろう
。大 塚 は、 少 年マ ンガ のサ ンプ ルと して 河合
克敏
『 帯を ギュ ッ と ね!
』( 一 九八 八〜 九五 年)
、少 女 マン ガの サン プル とし て岩 館真 理子
『ま るで シャ ボン
』( 一 九 八六
〜八 七年
)を 取り 上げ
、双 方 の文 字情 報を 比較 した 後
、少 年 マン ガは
、「 ス トー リ ーを 説明 する 会話 に文 字情 報が 集中 し、 次に 擬音 の 比 重が 高く
、意 識の 内 語に 属 する 文 字情 報は 殆ど 用い られ ない
」の であ り、 それ に対 して 少女 マン ガは
「会 話は 主人 公た ち の感 情の 説明 が中 心で あり
、そ れを 対照 化あ るい は 客 体視 す る 意識 の内 語 が時 に は二 重 三重 に重 なり あい
、後 者に 属す る非 会話 的な 文字 情報 の比 重が 高い
」と した 上で
、次 の よう にま とめ てい る。
少年 まん がと は手 書き の擬 音以 外の 文字 情報 は大 半が フキ
ダシ
(セ リフ を 囲 む円 の
こと であ る) に収 まっ てい るが
、少 女ま んが で は フキ ダ シ の外 にあ る 文字 情 報が 多
い( 中略
)。 フキ ダシ の外 の文 字情 報に 表現 の 比 重が 置 か れて いる か 否か が 少年 ま
んが と少 女ま んが を区 別す る恐 らく は唯 一の 基準 なの であ る( 6)
。 本
論が 大塚 説を 評価 する のは
、そ の客 観性 の高 さ に おい てで ある
。文 字 情報 に 着目 す る少 女マ ンガ の判 別法 は、 掲載 媒体 依存 型で はな い と いう 点に おい
て、 七
〇年 代 後半 以 降の 少女 マン ガに おけ る「 複 雑化
・あ い まい 化」 に 対応 し得 るも ので ある
。大 塚 説を 採 れば
、「 掲載 媒体 は成 人男 性向 けだ が作 品自 体は 少女 マン ガ」 とい った 事例 を矛 盾と 捉 えず に済 む。 さら に大 塚説 は、 誰が 描く のか
、誰 が読 むの かと いっ たこ とに 関係 なく 少 女マ ンガ を判 別し 得る
。し たが って
「読 者― 作者 共同 体」 構成 員の ジェ ンダ ーを 女だ け に限 定す る必 要が なく
、「 読者
―作 者共 同体
」が 両性 に向 かっ て開 かれ てい ると いう 現 実を 歪曲 する 危険 性が 低減 する
。あ るい はま た、
「 少 女」 マン ガと
「女 性」 マ ン ガと い った 形で 年齢
・ 世代 によ るジ ャン ル 分け を行 おう と する と、 グレ ーゾ ー ンが でき たり
、 ジャ ンル 間の 紐帯 を無 視し たり する こと にも なり かね ない
が、 文字 情報 によ っ て 少女 マ ンガ か否 かを 判定 する ので あれ ば、 ティ ーン ズ向 けの 作品 から
、成 人女 性向 け作 品( こ こに は「 女 子マ ンガ
」も 含 まれ るだ ろう
)、 ある い は ボー イ ズ ラブ 作品 ま でを も 少女 マ ンガ とい う大 きな 括り に入 れ込 むこ とが 可能 とな る。 たと えば
、テ ィー ン ズ向 け に描 い てい た作 家が
、成 人女 性向 けの 作品 へと 越境 して ゆく 場合 など に、 その 越境 を「 断絶
」 とし て見 るの では なく
、「 連続 的な 創作 行為
」と して 見る こと がで きる とい う点 でも 有
用性 が高 い。 文 字情 報「 だ け」 に 注目 する やり 方は
、少 女 とい う概 念お よび 少女 マン ガ とい う ジ ャ ンル の 歴 史性 や リ ア ルな 少 女 マ ンガ 読 者 の存 在 を 無 視す る か のよ う に 見 え るか も知 れな い。 し かし
、む し ろ文 字情 報に 依拠 する 形で
「 少女 マン ガ性
」を 抽 出す る こと は「 複 雑化
・あ い まい 化」 す る現 代の 少女 マン ガを 把持 する 上で
、一 定 の効 力を 持 つも のだ
。さ ら に、
「少 女マ ンガ 性
」を 担保 する も のが 文字 情報 であ る とい うこ とは
、 少女 マン ガを 文学 とし て読 み、 分析
・考 察す るこ とを 可能 とす る。 本論 が主 とし て少 女 マン ガの 持つ 文芸
・文 学と して の側 面に 焦点 を当 て る もの であ る以
上、 文 字情 報 によ っ て「 少女 マン ガ性
」を 抽出 でき ると いう こと の持 つ意 味は 大き い。 た だし
、大 塚説 にも もち ろん 限界 はあ る。
「 複雑 化・ あい ま い 化」 す る以 前の 少女 マ ンガ は、
「 フキ ダシ の外 の文 字情 報に 表現 の比 重が 置か れて
」い な いか らだ
。た と えば
、 日本 にお ける スト ーリ ー少 女マ ンガ の第 一号 とも 言わ れる
、手 塚治 虫『 リボ ンの 騎士
』
(一 九五 三〜 六六 年) や、 手塚 以前 に描 かれ た少 女 マ ンガ の 中 で特 に人 気 高か っ たも の のひ とつ であ る 松本 かつ ぢ『 くる く るク ルミ ちゃ ん
』( 一九 三八
〜 七三 年) など では
、 登場 人物 の発 言お よび 内面 描写 はと もに フキ ダシ の中 に表 現さ れ( とき には 擬音 語・ 擬 態語 さえ もフ キダ シの 中で 表現 され
)、
「意 識の 内語
」や
「非 会話 的な 文字 情報
」を フ キダ シと は別 の形 式で 描こ うと する 工夫 は見 られ ない
。つ まり
、初 期少 女マ ン ガ 作品 群 に大 塚説 はフ ィッ トし ない ので ある
。 し かし
、本 論 で取 り上 げる 作品 の 発表 年は 一九 七
〇年 代後 半〜 二〇 一
〇年 代で あり
、 すで に少 女マ ンガ は多 彩な 表現 形式 を獲 得し てい るた
め、 大塚 説と の間 に齟 齬 を きた す こと はな い。 した がっ て、 文字 情報 によ って 少女 マ ン ガ性 を 判 定す るこ とは 一 定 の妥 当 性を 有す ると 言え る。 以上 のこ とか ら、 本論 では
「出 版制 度上 から は少 女マ ンガ を特 定 でき ない 状況
」が 引き 起こ す少 女マ ンガ の「 複雑 化・ あい まい 化」 とい う「 混乱
」を 引 き受 けた 上で
、少 女マ ンガ 作品 の紙 面そ のも のに 注目 し、 文字 情報 から
「少 女マ ンガ と は何 か」 を措 定す るこ とで
、少 女マ ンガ の定 義と した い。 な お、 本論 では 少女 マン ガの 中で も「 女の 労働
」が 描か れて いる 作品 を集 中的 に取 り 上げ る。 取り 上げ た作 品の 中に は、 少女 マン ガの 一 大 テー マで ある 恋愛 を描 き な がら サ イド スト ーリ ー的 に労 働が 描か れる もの もあ れば
、労 働を 中心 的に 描き
、恋 愛 を サイ ド スト ーリ ーに 据え てい るも のも ある が、 いず れの 作品 にも
「女 の労 働」 が描 かれ てい る とい う点 は共 通し てい る。 先 ほど から 繰り 返し 述べ てい るよ うに
、少 女マ ンガ は一 九七
〇年 代後 半以
降、
「複 雑 化・ あ いま い化
」の 一 途を 辿っ てい る。 そ の原 因は 複合 的な もの であ り、 単 純化 する こ とは 慎ま なけ れば なら ない が、 少 女マ ンガ が「 複 雑化
・あ い まい 化」 し た理 由の ひと つ とし て「 二四 年組
」( 昭 和二 四年 頃に 生ま れた 女性 マン ガ家 たち の一 群を 指 し
、「 花 の
二四 年組
」と も 呼ば れる
)の 存 在が 非常 に大 きい こと は疑 いが ない
。彼 女 たち は、 少 女 マン ガを 飛躍 的に 発展 させ た。 それ は緻 密な 画面 構成 や劇
画・ イ ラ スト レー シ ョ ンを 思 わせ る描 画テ クニ ック とい った 紙面 上の 進歩 だけ でな く、 登 場 人物 の自 意識 や 内 面の 葛 藤を 描き
、性 や死 とい った 題材 を積 極的 に取 り入 れ る など
、テ ーマ 上の 進 歩を も もた ら した ので ある
。「 二 四年 組
」の 作 品は
、高 踏的
・文 学 的と い っ た言 葉で 評 価さ れ
、「 た かが マン ガ」 とい う軽 視を 返上 させ るの に十 分な もの であ った
。こ うし て「 二四 年組
」 およ び、 彼女 たち の影 響を 受け たマ ンガ 家た ちの 仕事 は、 少女 マン ガと いう ジ ャ ンル を 発展 させ ると 同時 に、 そ の多 岐に わた る発 展に よっ て「 複 雑化
・あ い まい 化」 を 招く こ とに もな った ので ある
。 ヤ マダ トモ コは
「 二四 年組
」が
「こ れま での 少女 漫画 を革 新し
、ジ ャ ンル の発 展に 大 きく 貢献 した
」と 述べ
、彼 女た ちに 関し て「 広く 共有 され てい る概 念」 とし て、
「S F やフ ァン タジ ー的 要素 や、 同性 愛の 概念 を導 入し た」 とい う点 と「 画面 構成 の複 雑化 を 図る など の技 法を 用い た」 と いう 点を 挙げ てい る( 7
)。 しか しな がら ヤマ ダは それ ら を二 四年 組の 特徴 とす るこ とに つい て「 今 ひ とつ 決 め手 に欠 け る気 が する
」と 述べ た後
、
「お 母さ んと 子ど もと か男 女の 関係 とか
」が
「二 四年 組」 以前 の作 家た ちが 描い てき た こと だと すれ ば、
「二 四年 組」 は 新し いテ ーマ の導 入や 描画 技術 の向 上と いっ た「 ジ ャ ンル や表 現形
式」 の「 革 新」 を 通し
て「 今 ある 人間 関 係 を息 苦し く 思 って い る人 たち に
、 こん な人 間関 係も ある かも
よ、 と 提示 した んじ ゃな いか
」と 推測 して いる
。た と えば
「 二 四年 組」 の代 表的 マン ガ家 であ る竹 宮惠 子が
『 風と 木 の詩
』( 一 九七 六〜 八四 年) を少 年同 士の セッ クス シー ンか らは じめ てい るこ とは あま りに も有 名だ
が、 ヤマ ダ は こう し た少 年愛 表象 の登 場が 革新 的だ った とい うよ りも
、「 必 ずし も現 実と は地 続き じゃ ない
、 新し い人 間同 士の 関係 性を 描く こと
」が
「二 四年 組」 の新 しさ だっ たと 述べ てい る。 ヤ マダ の指 摘は 大変 示唆 に富 むも ので ある が、
「二 四年 組」 が もた らし た「 ジ ャン ル や表 現形 式」 の
「革 新」 は、 S Fや 少年 愛と いっ た ファ ンタ ジッ クな 方 面の みな らず
、 読者 の 生 き る現 実 に 根ざ し た テ ーマ に も 及ん だ と 考 えら れ る の では な い か。 す な わ ち
「お 母さ んと 子ど もと か男 女の 関係 とか
」と 説明 され る「 今あ る人 間関 係」 の発 展型 と して
「 女の 労働
」が 注 目さ れ る よう にな っ た ので は な いか と 言 いた いの だ
。「 二四 年組
」 が描 くS Fや 少 年愛 が「 新し い 人間 同士 の関 係性
」 とし て鮮 烈な 印 象を 与え る一 方で
、
「女 の労 働」 とい うテ ーマ が深 く掘 り下 げら れる こと はご く少 ない
。し かし
、た とえ ば
「二 四年 組」 の ひと りに 数え られ る池 田理 代子
『 ベル サイ ユの ばら
』( 一九 七二
〜七 三 年) が、 恋 物語 とし て読 まれ るの みな らず
、「 男 装の 麗人
」で ある
「 オス カル
」の
「 武 官」 とい う職 業選 択が
、連 載当 時の 日本 にお ける 女 性 の社 会 進 出と の影 響 関係 に おい て 語ら れる こと から も、 この 作品 に「 女の 労働
」と いう テー マが 内在 して いる こと は明 ら
かで ある
。も ちろ ん、
『 ベル サイ ユの ばら
』の 登場 を 待 つま でも な く
、少 女 メデ ィア の 歴史 を振 り返 れば
、「 女の 労働
」は ず っと 描か れ続 けて いる
。た と えば 吉屋 信子 の少 女 小説 など を見 ても それ は明 らか だ。 しか し、 それ らは 多く の場 合、 生活 のた めに 働く こ とを 余儀 なく され た少 女た ちを 描い たも ので あっ
て、 労働 を通 じた 自己 実現 を 描 いた も のと は言 えな かっ た。 それ に対 し、 オス カル とい うキ ャラ クタ ーを 通し て描 かれ る「 女 の労 働」 には
、労 働に よる 自己 実現 はも とよ り、 男社 会で 働く 女の 苦悩 もは っき りと 刻 印さ れて おり
、オ スカ ルの 労働 が、 ただ 彼女 の恋 愛 を 彩る ため のも ので はな い こ とを は っき り と 示 して い る
。こ の こ と につ い て
、押 山 美 知 子は
『 少 女 漫画 ジ ェ ンダ ー 表 象 論
〈男 装の 少女
〉の 造 形と アイ デン ティ ティ
』( 二〇
〇七 年) の 中で 次の よう に述 べて い る。
オ スカ ルと いう
〈男 装の 少女
〉キ ャラ クタ ーに よっ て体 現さ れた
、〈 性別 越境
〉
者と して の自 己は
、既 製 の〈 制 度〉 や 価値 観、 す なわ ち男 性支 配か らの 自立 と解 放
を目 指し たウ ーマ ン・ リ ブ( 女 性解 放運 動) と い う時 代 的 な潮 流を 背 景に 初 めて 屹
立し たも のだ と言 える だろ う。 男女 平等 意識 の 高 まり と、 女性 解放 が 部分 的 にせ よ
進め られ る一
方、
「女 性が 社会 に出 て仕 事を す る こと が 是 か非 かと い った よ うな こ
とが
、当 事者 では ない 男性 たち によ って 議論 され
、『 男性 と肩 を並 べて 社会 進出 し
よう とい うよ うな 女性 を、 僕ら は抱 きた いと は思 わな い』 など とい った
、極 めて 論
点の ずれ た滑 稽な 発言 が堂 々と テレ ビな どで
、知 識人 と い われ る男 性 たち に よっ て
披露 され たり した 社会
」で も あり
、ま た「 女性 には
、自 分 で選 び取 れる 自由 な人 生
など まだ ない 時代
」で あ った 中で
、オ ス カル の自 己像 は、 失 われ ては なら ない
、守
られ なけ れば なら ない もの とし て、 神聖 視さ れた ので はな いか
(8
)。 こ
のよ うに
、一 九七
〇年 代初 頭に 花開 いた
「二 四年 組」 によ る少 女マ ンガ の「 革新
」 は、 目 立た ない がし かし 確実 に「 女 の労 働」 と いう
、極 め て現 実的 なテ ーマ をも 呼び 込 んで いる
。振 り返 って みれ ば、
「 二四 年組
」が 登 場し た 一九 七〇 年 代 とは
、押 山 も指 摘 して いる よう に日 本に おけ るウ ーマ ンリ ブ興 隆の 時代 と重 なっ てい る。 つま り、 少女 マ ンガ にお ける
「革 新」 の 時代 は、 日本 の女 たち にと って の「 革 新
」の 時 代で もあ った の だ。 そ して
「 女の 労働
」と い うテ ーマ は、 い まも なお 日本 の少 女マ ンガ 界に 一定 の地 位 を確 保し てい る。 とく に「 ヤ ング
・レ ディ ース
」と 呼 ば れる
、二 十 代の 女性 をメ イン タ ーゲ ット とす る少 女マ ンガ の一 ジャ ンル では
、ほ と ん どの 作品 にお
いて
( レベ ル はさ ま ざま だが
)「 女の 労働
」が 描か れて いる のだ
(9
)。 し かし
、少 女 マン ガ研 究で
「 女の 労働
」に 注 目し たも のは
、ま だ それ ほど 多い とは 言
えな い。 たと えば
、藤 本由 香里 は『 私の 居場 所は どこ にあ るの
? 少女 マン ガが 映す 心 のか たち
』( 一九 九八 年) で「 女の 労働
」に 関す る 項 を設 けて おり
、本 論も 藤本 の論 に 少な から ぬ刺 激を 受け て出 発し てい るが
、同 書 にお いて
「 女の 労働
」に 関す る 項は
、全 体の 七分 の一 に過 ぎな い( 10
)。 あ るい は川 原和 子の
『人 生の 大切 なこ とは おお むね
、 マン ガが おし えて くれ
た』
( 二
〇〇 九年
)も
、少 女 マ ンガ を 多 数取 り上 げ た作 品 論で あ るが
、「 女 の労 働」 を 描い た作 品に つい て割 かれ てい るの は、 全 体 の六 分の 一 で ある
( 11
)。 少女 マン ガに おけ る「 女の 労働
」は
、時 代と とも にま すま す無 視で きな いテ ーマ とな っ てい くこ とが 予想 され るが
、現 時点 で同 テー マを 集 中 的に 扱 っ た研 究は か なり 手 薄だ と 言わ ざる を得 ない
。 し たが って
、本 論 では
「 女の 労働
」を 描 いた 少女 マン ガ作 品に 注目 する こと で、 少 女 マン ガが
「女 の労 働」 と いう テー マを いか に描 いた か( 描か なか った か) を
、よ りは っ きり と少 女マ ンガ 史の 中に 跡づ けて ゆき たい
。
三節
安 野モ ヨコ と「 女の 労働
」 本
論は
、一 九七
〇年 代後 半
〜 二〇 一〇 年 代 まで の 少女 マン ガ 作品 に おけ る「 女の 労働
」 につ いて
、文 学研 究の 立場 から 分析
・考 察す るこ とを その 主眼 とし てい るが
、論 の中 心 を担 う作 家と して 安野 モヨ コ( 一九 七一 年〜
)を 取り 上げ たの には
、次 のよ うな 理由 が ある
。 第 一に
、彼 女 がテ ィー ンズ 向け の 少女 マン ガか ら
、成 人女 性向 け の「 女子 マン ガ」
、 ある いは 成人 男性 向け のマ ンガ まで
、実 にさ まざ ま な 媒体 で作 品を 発表 して い る とい う こと だ。
「複 雑化
・あ い まい 化」 す る少 女マ ンガ の時 代を ほか なら ぬ安 野自 身が 現在 進 行形 で生 きて いる
。さ らに
、こ れだ けジ ャン ル越 境的 であ りな がら
、い ずれ の作 品も あ くま で「 少女 マン ガ性
」を 帯び てお り、 しか もそ のこ とに 作家 自身 が自 覚的 であ ると 思 われ ると いう 点に おい て、 サン プル とす るに 相応 しい 作家 だと 考え た。 第 二に
、安 野が さま ざま な作 品の 中で 繰り 返し
「女 の労 働」 を描 き続 けて いる マン ガ 家で ある とい う こと も、 本論 のテ ー マに 添う もの で ある
。編 集者
(『 働 きマ ン』
)や
、 一般 職O L(
『 脂肪 と言 う 名 の服 を着 て』
)、 ある い はフ ァ ッ ショ ンモ デ ル(
『 ジェ リ ー イン
ザ メ リィ ゴー ラウ ンド
』) など
、女 主 人 公た ち の 職業 選択 が 多岐 に わた っ てい ると いう 点も
、分 析対 象と して 適切 であ ると 考え た。 本論 では 取り 上げ る 余 裕を 持 たな いが
、『 な かよ し』
( 講談 社) 誌 上で 連載 され てい た『 シュ ガシ ュガ ルー ン』
( 二
〇〇 三〜
〇七 年) も
、小 中 学生 をメ イン ター ゲッ ト と する
「 魔法 少女 もの
」で あ りな が ら、 そ こに
「 女の 労働
」と い うテ ーマ を潜 ませ てい る。 ヒ ロイ ンで ある ふた りの 魔法 少
女は
、人 間で いう と一
〇歳
(小 学五 年生
)だ が、 魔界 の次 期女 王( クイ ーン
)の 座を か けて
、人 間界 でよ り多 くの
「 ハー ト」
( 魔 法で 結 晶化 さ せた 人 間の 感 情) を 獲得 する べ くバ トル を繰 り広 げる
。言 うま でも なく これ
は、 魔 界 での 職 業 選択 をめ ぐ る少 女 たち の 戦い であ り、 修行 と称 して 人間 たち から 回収 する
「ハ ート
」は
、労 働 によ る 対 価( 貨幣
) と相 似関 係に ある
。す な わち
『 シュ ガシ ュガ ルー ン』 に は、 未 成年 の少 女た ちに 労働 を 通じ た自 己実 現と は何 かを 考え させ る仕 掛け があ るの だ。 以 上の よう な理 由か ら、 本 論は
「 安野 モヨ コ論
」と し ての 側面 も有 する が、 二
〇〇
〇 年代 に入 って から
、少 女マ ンガ に関 する 論考
・批 評は
、安 野と 共に 語ら れる こと の多 い 岡崎 京子 をよ り熱 心に 取り 上げ てい る。 先ほ ど挙 げた 杉本 章吾
『岡 崎京 子論
少 女マ ン ガ・ 都市
・メ デ ィア
』( 二〇 一二 年) の ほか に
、椹 木 野衣
『平 坦な 戦場 でぼ くら が生 き 延び るこ と 岡崎 京子 論』
( 二
〇〇
〇年
、二
〇一 二 年 に新 版刊 行)
、ば るぼ ら『 岡崎 京 子の 研究
』( 二〇 一二 年) な どの まと まっ た著 作が ある こと や、 二
〇一 五年 一月 から 世 田谷 文学 館に おい て初 めて かつ 大規 模な
「岡 崎京 子 展
」が 開 催 され るこ と から も 岡崎 作 品へ の注 目度 の高 さは 明ら かで あろ う。 岡崎 がこ れほ ど熱 心に 取り 上げ られ るの は、 彼 女が 高度 資本 主義 にお ける 恋愛 と経 済を 描く こと に長 けた 作家 だか らで ある
。作 品の 多 くが バブ ル期 に描 かれ てい ると いう こと もあ り、 消 費 社会 に お ける 女た ち の 様態 が活 写 され たテ クス トは
、多 くの 論者 を刺 激し てや まな い
。そ の一 方 で安 野は 岡崎 と の 共通 項 を持 つ作 家で ある よう に語 られ なが
らも
(彼 女が 岡 崎 のア シス タン トを して い た 過去 も この 共通 項を 強化 する もの とな って いる
)岡 崎ほ ど熱 心に 論じ られ ては こな かっ た。 そ れは
、安 野作 品が 経済 や消 費よ りも
、そ れ を支 える
「労 働」 を描 いて いる こと が、 岡崎 作品 と比 較し た時 に「 射 程の 狭さ
」と し て捉 えら れ て しま う か らか も知 れ ない
。し か し、 それ は大 きな 誤解 であ ると 言わ ねば なら ない
。む し ろ その
「射 程 の狭 さ
」こ そ が、
「 労 働」 とい うテ ーマ への 執着 とも 呼ぶ べき 関心 の深 さと なり
、そ れが テク スト に 反 映さ れ るこ とで 現代 日 本に おけ る「 女 の労 働」 の内 実を 描 き得 てい るの で あり
、そ のこ とは
、 日本 の少 女マ ンガ 研究 にお いて 注目
・評 価さ れる べき こと であ る。
働い てい ない こと を否 定す るつ もり はな いん だけ ど、 ただ
、働 かな いこ と に それ ぞ
れの 事情 があ るの と同 じよ うに
、働 いて いる 人 も また そ れ ぞれ の事 情 の元 に 働い て
いる んだ とい う現 実を
、マ ンガ で き ちん と伝 え た かっ た。
( 中略
)「 ガ リガ リ働 い
て何 が楽 しい の?
」み たい な意 見も 世の 中に は あ ると 思う んだ けど
、私 は 声 を大 に
して
「 楽し いよ
!」 と 言い たい です ね。 働 くっ て楽 しい こと だと 思い ま す
、生 き る
って こと だと 思う から
( 12
)。