想 を 超 克 す る ヒ ロ イ ン
一節
ふ たつ の『 東京 ラブ スト ーリ ー』
「 赤名 リカ
」 と「 永尾 完治
」、 出自 も性 格 もま るで 異な る男 女 の出 会い と別 れ を描 い た『 東京 ラブ スト ーリ ー』 に は、 マン ガ版 とド ラマ 版が 存在 する
。柴 門ふ み( 一 九五 七 年〜
)に よる マン ガ版
『 東京 ラブ スト ーリ ー』 は、
『 ビッ クコ ミッ クス ピリ ッツ
』( 小 学 館) 誌上 で一 九 八九 年一 月九 日号 か ら一 九九
〇年 一
〇月 八日 号ま で連 載 され
、そ の後
、 単行 本化
・文 庫化 され てい る。 柴 門ふ みに よる マン ガ版 を原 作と して 制作 され た、 ドラ マ版
『東 京ラ ブス トー リー
』 は、 一九 九一 年一 月七 日か ら三 月一 八日 まで の一 ク ー ルに わた って 全一 一話 が フ ジテ レ ビ系 列の
「月 九
」( 1
) 枠で 放映 され た。 坂 元裕 二( 一九 六七 年
〜) が脚 本を 手 がけ た ドラ マ版 は、 平均 視聴 率二 二・ 九%
、最 高視 聴率 三二
・三
%( 最終 話) を記 録す る大 ヒ ット 作と なり
、 鈴木 保奈 美演 じる
「 リカ
」と 織田 裕 二演 じる
「カ ンチ
」 の恋 の行 方は
、 多く の人
々、 と くに 若 い女 性 の注 目 を 集め
、「 月曜 の 夜 の街 から O L が姿 を 消し た
」( 2
) とま で言 われ るほ どだ った
。放 送当 時の 視聴 者の 熱狂 につ いて は、 中野 翠に よ る 次の 文 章が 参考 にな るだ ろう
。
女 性誌 やテ レビ 雑誌 は今
、リ カの 話で 持ち 切り だ。 最終 回は 三二
・三
%と いう 高
視聴 率の フジ テレ ビ・ ド ラマ
「 東京 ラブ スト ー リ ー」 の ヒロ イン
、赤 名リ カ の話 で
ある
。〔
/〕 雑 誌に 寄 せら れ た視 聴 者や
、女 性 ライ ター たち の意 見を 読ん でい ると
、
一様
に、 鈴木 保奈 美演 じた とこ ろの 赤名 リカ と い うキ ャ ラ クタ ーに 強 力な 一 体感 を
持っ てい る。 リカ は勝 ち気 で、 いち ずで
、打 算や かけ ひき ので きな いま っす ぐな
、、
、、 女、
の子 だ。 こう いう 女の 子像 が圧 倒的 支持 を受 け た
。準 ヒ ロ イン で有 森 也実 演 じた と
ころ の関 口さ とみ は思 いっ きり 反発 をか って しま った よう
だ。 こち ら はだ い ぶ違 っ
て、 はか なげ で、 しと やか で、 湿っ ぽい
。「 わ か りや す い 女ら しさ
」 の持 ち 主な の
で、 男 にも てる
。( 中略
)〔
/
〕多 く の女 たち は テ レビ を見 て い る間 は リカ に一 体 感
を燃 やし ても
、現 実に はさ とみ のよ うに 生き てい る。 自分 に正 直に 生き る(
=女 の
子の 大好 きな 言葉 だ) リカ を応 援し てい ても
、現 実に はさ とみ のよ うに
「わ かり や
すい 女ら しさ
」を 演 じる
。嫌 い な女 を演 じる のだ
。も ち ろん
、そ の ほう がラ クだ か
ら。
〔/
〕取 り 入 れる のは
、リ カの
、い や鈴 木 保 奈美 ち ゃ んの ファ ッ ショ ン やし ぐ
さや 口調 だけ
。ラ クそ うな 場所 から けっ して 動か ず、 ひた すら タナ ボタ 式の 幸運
を念 じる
(ゆ えに 女性 誌か ら占 いペ ージ は消 滅し ない
)( 3
)。 中
野は
、視 聴 者が リカ に対 する
「 強力 な一 体感
」を 持 って いた と指 摘し てい る。 そ し て、 リカ を応 援し たり
、リ カと 一体 化す るこ との 副作 用と して
、彼 女と は正 反対 のキ ャ ラク ター であ るさ とみ に「 反 発
」し て しま うが
、そ の 実
、現 実 の視 聴者 は、 リカ では な くさ とみ のよ う な「 わか りや すい 女 らし さ」 を演 じ
「ラ ク」 をし て生 き てい ると いう
。 つま り視 聴者 は、
「 自分 に正 直に 生き る」 リカ を「 理 想 像」 の 位置 に据 え置 く一 方
、「 わ かり やす い女 らし さ」 を演 じる さと みの よう な「 ラ ク」 な生 き方 を「 現実
」と し ては 選 択し
、し かし そ れゆ えに さと みを 嫌 悪す る。 これ は 一種 の同 族嫌 悪 であ る( 4)
。だ と すれ ば、 ド ラマ 版『 東 京ラ ブス トー リー
』が 視 聴者 に要 請し たの は、 リ カと いう 理想 と さと みと いう 現実 に視 聴者 自身 が引 き裂 かれ るこ とだ った と言 えよ う。 ド ラマ 版『 東京 ラブ スト ーリ ー』 は、 九〇 年代 の文 化的 事象 を語 る際 に必 ずと 言っ て いい ほど 取り 上げ られ る作 品で ある が、 前述 の通 り
、フ ィク シ ョン とし て 消費 す るだ け では 終わ れな い「 引き 裂か れの 経験
」を とも なう 作品 であ った こと が、 放映 が終 わっ て から 二〇 年以 上 経過 した 現在 もな お
「ト レン ディ ド ラマ
」( 5
) の代 表作 とし て 注目 さ れ続 ける 所以 では ない だろ うか
。後 に続 く「 月九
」ド ラマ 群に 大き な影 響を 与え たと い う意 味で も、 本作 の持 つ力 を小 さく 見積 もっ ては なら ない だろ う( 6)
。
『東 京ラ ブス トー リー
』の 人 物関 係は
、マ ン ガ版
・ド ラ マ版 とも にお おむ ね以 下の よ うに なっ てい る。 愛媛 から 東京 にで てき たば かり の新 人サ ラリ ーマ ン、 永尾 完治
(通 称
「カ ンチ
」) は、 二三 歳
。入 社先 で出 会っ た 赤名 リカ は、 ほぼ 初 対面 の段 階で カ ンチ を いた く気 に入 り、 半ば 強引 に交 際を スタ ート させ る。 帰国 子女 のリ カは
、自 由奔 放で 生 命力 に溢 れて いる
。彼 女は 天真 爛漫 な性 格そ のま ま に
、持 て る 愛情 の全 て をカ ン チに ぶ つけ るが
、彼 に は長 い間 片想 いし 続け てい
る「 関口 さと
み」 と いう 女が いる
。さ と みは
、 カン チと 同じ 高 校に 通っ てい た同 級 生で ある
。中 野 も指 摘し てい たよ う に、
「 わ かり や すい 女ら しさ
」の 持ち 主―
―美 人で 性格 のい
い、 い わ ゆる やま とな でし こタ イ プ
―― だ が、 実家 がラ ブホ テル を経 営し てい たた めに
、ク ラ ス メイ ト か らい じめ ら れた 経 験が あ るな ど、 い くぶ ん複 雑な メン タリ ティ の持 ち主 でも ある
。同 じ く彼 らの 同 級生 で ある
「三 上健 一」 は
、地 元 の資 産家 であ る両 親と の間 に確 執 を 抱え る医 学生
。一 見
、明 る い性 格 のよ うに も見 える
が、 家族 愛を 知ら ない がゆ えに 不 毛 な女 遊 び に走 って し まう と いう 影 の部 分も 持っ てい る。 カ ンチ
、三 上、 さと みの 三人 は高 校時 代よ く一 緒に 遊ん でい たが
、そ れは あく まで 気 の置 けな い友 人と して のか かわ り合 いで あり
、恋 愛 関 係に は発 展せ ぬま ま卒 業・ 成 人し た。 やが て上 京し たカ ンチ は、 先に 上京 して いた さと みと 三上 に再 会す る。 幼稚 園教 諭
とし て働 くさ とみ にま たし ても 心惹 かれ てゆ くカ ンチ だが
、さ とみ はカ ン チを い い人 だ と思 いつ つも
、勉 強も せず 女遊 びば かり して いる 三 上 のこ とが 気に かか って い る のだ っ た。 そし て三 上は
、女 にだ らし ない くせ に、 密か にさ とみ のこ とを 思い 続け てい る。 主 な登 場人 物は リカ
・カ ンチ
・さ とみ
・三 上の 四人 であ り、 カン チ、 三上
、さ とみ の 三者 間で 繰り 広げ られ る恋 愛と
、カ ンチ とリ カの 恋 愛 模様 が 同 時並 行的 に 描か れ るこ と で物 語は 前進 して ゆく
。 ド ラマ 版に 関し て言 えば
、や はり リカ のキ ャラ ク タ ーが 大ヒ ット を決 定づ け た こと は 疑い 得な い。
「ね え、 セ ック スし よ!
」と い うセ リフ に代 表さ れ るよ うに
、思 っ たこ と をは っき り言 うリ カの キャ ラク ター
は、 帰国 子女 で あ ると いう 設定 も相 まっ て 非 常に 鮮 烈だ
。
『 東京 ラブ スト ーリ ー』 で、 赤名 リカ がカ ンチ に「 ねえ
、セ ック スし よ!
」と 言
った 瞬間
、〝 従順 でお しと やか であ るべ し〟 と い う古 風 な やま とな で しこ 像 はぶ ち
破ら れた
。そ れ以 降、 九〇 年代 のド ラマ は、 常に 女性 の自 立と 葛藤 の歴 史を 描い て
きた と言 える
(7
)。 こ
うし た雑 誌記 事も ある よう に、 地方 から やっ て き たカ ンチ にと って
、自 由 奔 放な 帰 国子 女で ある リカ は、 最初 に出 会っ た「 個性 的 な女
」で ある だけ でな く、 自立 した
「 都 会の 女」 であ り、 その 意味 でカ ンチ とリ カの 恋物 語は
、都 会/ 地方 の邂 逅と 別離 の物 語 でも ある と言 える
。 し かし
、カ ンチ はリ カの 強引 とも 言え るア プロ ー チ を受 け 入 れ恋 人同 士 にな る もの の
、 同郷 出身 かつ 良妻 賢母 タイ プの さと みを 忘れ るこ とが でき
ない
(幼 稚園 教 諭と い う職 業 もさ とみ の良 妻 賢母 イメ ージ を強 化 する もの だ)
。リ カが 体現 す る都 会の 鮮烈 さ
、あ る いは 子ど もの よう な純 粋さ に目 を奪 われ なが らも
、さ とみ が体 現す る地 方の 安 心 感、 あ るい は母 親の よう な優 しさ に心 惹か れて しま うの であ る。 ド ラマ 版が 大き な反 響を 呼ん だこ とは
、一 般読 者 向 けの 雑誌 記事 だけ でな く
、同 作を 取り 上げ た学 術論 文が 存在 する こと から も見 て取 れる
。た とえ ば、 和田 茂俊
「故 郷の 喪 失と 仮構
、ま た は虚 構と いう 営み につ いて
―― 太宰 治・ 伊 東静 雄・ 谷 川俊 太郎 と『 東 京 ラブ スト ーリ ー』
――
」( 8) で は、
「 ねえ
、セ ック ス しよ う
」と い う、 カン チに とっ て は「 理解 しが た いほ ど直 截な 言い か た」 を根 拠に
、「
〝自 分 から セッ クス を求 め る自 立 した 女性
〟」 ある いは
「〝 男性 に代 わっ て恋 愛の 主導 権を 握る 現代 女性
〟」 とい った 枠 組み をリ カに 当て はめ るの は誤 りで あり
、む し ろ彼 女は
、別 の 女性
( さと み
)に 心惹 か れて いる カン チに
「心 理的 な負 担を かけ まい とす る気 遣い
」の 発露 とし て「 異性 にと っ
ては 冗談 と感 じら れる か、 自分 を相 手に 投げ だす 情 熱 を持 たず
、〝 大人 ど うし の つき あ い〟 を し よ うと い う 申し 出
」 と しか 受 け 止め ら れ な いよ う な 言葉 を 投 げ かけ る こ とで
「多 層的 なメ タ・ コ ミュ ニケ ーシ ョン の場
」を 生 み出 して しま う「 羞 恥す る人
」な の だ と指 摘し てい る
。カ ンチ に対 して 真 剣で ある がゆ え に、
「 ねえ
、 セッ クス しよ う
」と 言 い、
「 恋 心が 本気 では な いこ と、 ゲー ムに 過 ぎな いこ とを
」を 告 げて しま うリ カ と、 そ うし た「 気遣 い」 に対 し鈍 感な カン チの 間に 出来 する
「こ とば によ るコ ミュ ニケ ーシ ョ ンの 困難
」こ そ が、
『東 京 ラブ ス トー リ ー
』を 貫い てい るの だと 和田 は結 論づ けて いる
。 ま た、 山根 真理
、木 内 祐子
、松 原知 香、 張 美花 によ る 研究 ノ ート
「九
〇年 代の メデ ィ アに 描か れた ジェ ンダ ー―
―ド ラマ
「東 京ラ ブス トー リー
」の 分析 を通 して
――
」( 9
) では
、『 東京 ラブ スト ー リー
』が 中国 で一 九 九〇 年代 後半 に放 映 され たこ とに 鑑 み、 本 作を
「日 本の ジェ ンダ ーイ メー ジの
「輸 出」 とそ の意 味に つい て考 察す る一 事例 とな り うる 作品
」と し た上 で、 さと みと リ カの 行動 に着 目 し、
「 近 代的 ジェ ンダ ー秩 序 に合 致 した 女性 であ るサ トミ と、 そこ から 離脱 した リカ
」が 対照 的に 描か れて いる と 指 摘し て いる
。し かし その 一方 で、 リ カに は「
「 欲 望の 主 体」 とし ての 面を 見せ るが
、「 欲 望の 客 体」 の面 を完 全 に脱 却し ては おら ず
」、 男 に 抱か れる
、男 の活 動 を支 える とい っ た、 客 体性 を強 く感 じさ せる 場面 もま た描 かれ てい ると 述べ
、リ カを
「全 く新 し い 女性 像と い うよ りは
、新 しい 女性 に変 化し つつ ある 女性
」と 位置 づけ てい る。 こ れら の論 文に 共通 する のは
、リ カが 新し いヒ ロ イ ン像 を体 現し てい ると い っ た、 一 面的 な評 価に 対す る異 議申 し立 てで ある
。カ ンチ た ち 上京 組と 対比 させ るこ と で
、リ カ が地 縁を 持た ず に育 った 帰国 子女 で ある こと や、
「セ ック ス
」と いう 言葉 を気 軽 に口 に でき るほ ど自 由奔 放な 女で ある こと ばか りが 強調 され るが
、彼 女の 言動 を子 細 に 検討 す ると
、男 に尽 くし
、男 を立 てる 女の 姿が 見え てく ると いう のが 彼ら の主 張で ある
。そ し て、 この 主張 は、 ドラ マ版 とマ ンガ 版を 比較 検討 する こと で、 さら にそ の妥 当性 を高 め るも のと 思わ れる
。と いう のも
、マ ンガ 版で はリ カ の 抱え る 矛 盾―
―近 代的 なジ ェン ダ ー観 に 対 す る反 発 と 忍従 の 間 で 引き 裂 か れる 様 子
―
―が よ り 明 確に 描 か れて い る か ら だ。 し かし なが ら、 ドラ マ版 への 注目 度の 高さ と比 べ る と、 そ の 原作 であ る マン ガ 版へ の 注目 度は あま りに も低 いと 言わ ざる を得 ない
。四 巻 組 の単 行 本 が二 五〇 万部 を 売 り上 げ たと いう 事実 が ある にも かか わら ず
、マ ンガ 版を 重 点的 に論 じる 批評
・ 論考 は少 ない
。 しか し、 だか らと いっ てマ ンガ 版が ドラ マ版 に劣 る か と言 えば
、決 して そ んな こ とは な い。 マ ンガ 版は ドラ マ版 の原 作で あり
、両 者 は地 続き の関 係に ある
。し た がっ て、 マ ン ガ版 だけ が批 評・ 論考 の対 象か ら外 され る正 当性 は な く、 マ ン ガ版 にも 多 くの 見 るべ き 点が ある と思 われ るし
、ド ラマ 化さ れる に当 たっ て 捨 象さ れた 事柄
が、 こ の作 品 の重 要