女 マ ン ガ 」 か ら の 逃 走
一節
「 ヤン グ・ レデ ィー ス」 コミ ック にお ける
〈共 感〉 とは 何か 安
野モ ヨコ の『 ハッ ピー
・マ ニア
』は
、『 FE E L YO U NG
』( 祥 伝社
)誌 上で 一 九九 五年 八月 号 から 二〇
〇一 年八 月 号ま で、 六年 間 にわ たっ て全 六 二話 が連 載さ れた
。 書籍 化に あた って は、 二〇 一五 年現 在ま でに 祥伝 社版
(一 九九 六年 四月
~二
〇
〇 一年 一
〇月
)、 祥 伝社 コ ミッ ク文 庫版
( 二〇
〇一 年五 月~ 二〇
〇二 年 八月
)、 祥伝 社新 装版
( 二
〇〇 九年 七月
~二
〇一
〇年 一月
)の 計三 種類 が出 版 さ れて おり
、一 九九 八 年 には テレ ビ ドラ マ化 もさ れて いる
(1
)。 連 載 開 始 から 十 五 年も の 間
、 体裁 を 変 えつ つ 繰 り 返し 読 者 のも と に 届 けら れ て い る
『ハ ッピ ー・ マニ ア』 と いう 作品 を分 析・ 考察 する にあ たり
、「 少 女マ ンガ とは
〈共 感〉 をそ の基 礎に 置 くメ ディ ア」 であ り
「〈 共 感
〉こ そが 少女 マン ガ を支 えて きた エ ネル ギ ー」 であ ると する 藤本 由香 里の 指摘 を確 認し てお きた い。
少 女マ ンガ を読 んで 心動 かさ れて いる
時、 その 裏 で働 い てい る のは
「あ
、わ かる
」
とい う感 覚だ
。「 私だ けじ ゃな いん だ!
」と い う
〈何 か が 共有 され た 感覚
〉 だ。 そ
の時 に感 じる 安心 と喜 びと 開放 感。
〔/
〕そ の〈 共感
〉は
、作 者と
〈私
〉の 二者 関
係だ けで 起こ って いる わけ では ない
。「 あ、 わ かる
」「 私だ け じゃ ない ん だ
!」 と感
じる こと は同 時に
、「 他に も同 じよ うに 感じ て い る人 が い るに 違い な い」 と いう 確
信を も含 み込 んで いる
。そ の〈 共感
〉こ そ が、 少 女マ ンガ を支 えて きた エネ ルギ ー
だと 私は 思う
(2
)。 藤
本の 言葉 を 踏ま える なら ば、
『ハ ッピ ー
・マ ニア
』に もま た
、一 五年 の時 を 超え て 読者 の〈 共感
〉を 獲得 し続 ける
「何 か」 があ った とい うこ とに なる だろ う。 では
、そ の
「何 か」 とは 一体 何で あろ うか
。 そ のこ とに つい て考 える ため に、 まず は本 作品 の根 ざす 社会 的・ 文化 的土 壌 に つい て 触れ てお く必 要が ある
。「 ザ ル法 と言 われ た均 等法 だが
、こ と コ ミッ クに 関 する か ぎり
、 この 法律
が、 社会 や女 性の 意識 を仕 事に 向け させ る こ とに あ ず かっ て力 あ った こ とは 疑 いが ない
」( 3) とい う 指摘 もあ るよ うに
、 一九 八六 年の 男女 雇 用機 会均 等法 施 行は
、 女の 労働 を描 いた 作品 が浸 透・ 拡散 する 大き なき っか けと なっ た。 もち ろん
、そ れま で に女 の労 働を 描い た作 品が なか った わけ では ない が、 主人 公が バレ リー ナや 歌 手
、ス タ
イリ スト とい った 花形 職業 に就 くこ とで
「少 女た ちの 夢」 を刺 激す るも のが 多く
、「
「 職 場で 働く 女性
」を 描 いた もの では なか った
」ば か りか
「 仕事 が問 題な ので はな く、 ロ マ ンス の舞 台と して の職 場が 必要 なだ け」 であ って
「女 性が 生き てい くこ と、 成長 して い くこ とを 職業 と 結び つけ る動 きは な かっ た」
(4
)の だと いう
。 しか し、 均等 法 をき っ かけ とし て、 労 働と いう ファ クタ ーが 本格 的に 導入 され
、か つ て「 ロ マン スの 舞台
」に すぎ なか った 職場 は、 自己 実現 のた めの 場と して 機 能 しは じめ た。 すな わ ち少 女 マン ガ は恋 愛だ けで なく
「 女の 労働
」と い うテ ーマ から も読 者の
〈 共感
〉を 引 き出 すこ とが で きる よう にな った ので ある
。 そ して
「ヤ ング
・レ ディ ース
」( 5) は
、「 一九 八 六 年前 後」 の流 れに 呼応 する よう に して 登場 した マン ガの 一ジ ャン ルで ある
。二
〇代 の 女 性を 主な ター ゲッ トと す る「 ヤン グ・ レデ ィー ス
」は
、恋 愛以 外の テ ーマ を描 くこ と もで きる 柔軟 性と
( 6)
、 プ ラト ニ ック
・ラ ブか ら セッ クス まで を取 り 扱う こと がで き る間 口の 広さ によ っ て( 7)
、現 在 に至 るま で社 会の 趨勢 と切 り結 びな がら 絶え ず成 長と 進化 を続 けて いる ジャ ンル だ。 そ の「 ヤン グ・ レ ディ ース
」誌 の創 刊 時期 が九
〇年 代 前半 に集 中し てい る こと は( 8)
、 この ジャ ンル が
「一 九八 六年 前後
」 の流 れを 汲ん で いる こと をよ く示 し てい る。
『ハ ッ ピー
・マ ニア
』が 掲 載さ れて いた
『F EE L YO UN G』 も、 一 九八 九年 に創 刊さ れ た「 ヤ ング
・レ デ ィー ス」 誌 であ り、 仕 事と 恋愛 を 物 語の 中 核 に据 えた 作 品が 多 数掲 載 され てい る。 二
〇代 とは
、起 伏に 富ん だ、 ある いは 波乱 に満 ちた 一〇 年間 であ るが
、と くに 登場 人 物が
「 女+ 独身
」で あ る場 合、 進 学、 卒 業、 就職
、転 職
、結 婚、 離 婚、 出 産、 育 児な ど のイ ベン トが 次々 と発 生す るこ とに よっ
て、 ライ フ コ ース の 変 更が 起こ りや すい 一〇 年 間と なる
( 単純 比較 だが
、結 婚 や出 産と いっ たイ ベン トが
「 男+ 独身
」の 身 に起 こっ て も、 特に 仕事 を辞 める 必要 はな く、 育児 休暇 を取 る者 も極 めて 少な いた め( たと えば 国 家公 務員 の育 休 取得 率は 三% 未満 で ある
)、 ライ フコ ース の 変更 は「 女+ 独身
」 の場 合 ほど 大が かり なも のと はな らな い)
。そ う した 読者 層を メイ ンタ ーゲ ット にし てい る「 ヤ ング
・レ ディ ー ス」 ジャ ンル の作 品 群が
、〈 共感
〉の 射程 を、 恋 愛と 仕事
、さ ら には 結 婚に まで 定め てい るの は、 言う まで もな く読 者を と り まく 社会 的・ 文化 的 土壌 と 呼応 し てい るか らに ほか なら ない
。 実 際、
『F E E L YO UN G』 に 限 らず
、「 ヤ ング
・レ ディ ース
」誌 の多 くが
、仕 事 と恋 愛の 双方 を作 品の 中で 描き
、女 の登 場人 物に 仕事 と恋 愛の どち らを 取る のか
(あ る いは 貪欲 にど ちら も取 るの か) の選 択を 迫る もの と な って いる
。彼 女た ち が最 終 的に 何 を取 り、 何を 捨て るか は一 概に 言え ない が、 いず れに せよ
、往 々に して 仕事 と恋 愛の 狭 間で 揺れ 動き なが
ら、 その 先に 待ち 構え てい る結 婚 と いう ゴ ー ルに 対し 何 らか ら の態 度
表明 をす るこ とに なる
。テ ィー ンズ 向け の少 女マ ンガ が「 恋愛 の成 就ま で」 を描 けば 物 語成 立の 必要 条件 を満 たす のに 対し
( もち ろん
、そ の 先を 描く 作品 も多 数存 在 す るが
「両 思い
」に なれ ば「 必要 条件
」は 最低 限ク リア でき る)
、「 ヤ ング
・レ ディ ース
」ジ ャン ル の作 品は
、「 恋愛 の成 就 まで
」を 描い て終 わ った ので は明 らか に 足り ない
。恋 愛 に至 る 過程 だけ では なく
、恋 愛が 成就 した 後の 紆余 曲折 や、 仕事 と恋 愛の 両立
、結 婚に 向か う 道程 にも 重点 が置 かれ
、仕 事・ 恋愛
・結 婚の 三つ に対 する 態度 表明 が強 く求 めら れる の であ る。 し かし
、こ こ で気 をつ けな けれ ばな らな いの は、 仕 事・ 恋 愛・ 結 婚と いう テー マに よ って 喚起 され る読
者の
〈 共感
〉が 決 して 一 枚岩 では ない とい う こと だ
。読 者 の数
だけ
〈 共 感〉 があ るな どと いう 当た り前 のこ とを 言い たい ので はな い。 そう では なく て、 おそ ら く「 ヤン グ・ レ ディ ース
」ジ ャン ルに おけ る〈 共感
〉に は
、大 別す ると
、読 者の 現実 と 重な りあ う、 あ るい は読 者の 実生 活 に還 元で きる
、 リア ルな
〈共 感〉 と
(9
)、 読者 の 現実 と切 り離 され てい るか らこ そ安 心し て耽 溺で きる よう な、 フィ ク ショ ナル な〈 共感
〉 のふ たつ が併 存 して いる
。つ まり
、「 いま こ こ」 にい る自 分の 感 覚・ 感情 に寄 り 添う よ うな 物語 と、
「こ こで は ない どこ か」 に連 れ 出さ れた 自分 が、 現 実世 界の 諸制 約 を無 視 して 首肯
・肯 定 した いと 思え る物 語が あり
、そ の ふた つが 読者 の〈 共 感〉 の 源泉 とし て 併存 して いる と考 えら れる ので ある
。 こ こで
〈共 感〉 の二 パタ ーン を『 ハッ ピー
・マ ニア
』に 引き つけ てみ るな らば
、全 六 二話
、物 語世 界 内の 時間 にし て二 年 間で 十四 人の 男 性と 出会 い、 二度 の 不倫 を経 験し
、 九回 職を 変え た 女主 人公
「重 田加 代 子( 通称 シゲ カ ヨ)
」 の人 生 は、 あき らか フ ィク シ ョナ ルな もの であ り、 彼 女に リア ルな
〈 共感
〉を 覚 える 読者 はそ う多 くな いだ ろう
。彼 女の 恋愛 は、 個別 に見 た場 合は 現実 にあ りそ うな もの だが
、し かし
、全 体と して 見た と き、 二年 間で ひと りの 人間 に経 験さ せる には あま り に 数も 種類 も多
く、 そ の点 に おい て はリ ア リ ティ を 欠い て いる と 評 価せ ざ るを 得 ない
。「 恋 の 暴走 列 車」 10(
) と 呼 ばれ る シゲ カヨ の頭 の中 は、 つね に恋 愛の こと で一 杯だ
。詳 しく は後 述す るが
、シ ゲカ ヨが 仕 事と 恋愛 のバ ラ ンス に配 慮す るこ と は皆 無で ある
( 彼女 はつ ねに 恋愛 を 取る
)。 その 意 味で もや はり 読者 のリ アル な〈 共感
〉か らは 遠い と言 わね ばな るま い。 二〇 代の 女た ち が実 生 活 に おい て 経 験す る 仕 事 と恋 愛 の 配分 を め ぐ る苦 悩 は シゲ カ ヨ に 反映 さ れ てお らず
、し たが って シゲ カヨ の生 き方 は、 多く の読 者 に とっ て ま さし くフ ィ クシ ョ ナル な 絵空 事な ので ある
。 し かし なが ら『 ハッ ピー
・マ ニア
』に おけ るシ ゲカ ヨの 恋愛 至上 主義 を注 意ぶ かく 読 むと き、
「恋 愛か ら結 婚 へ」 とい う単 線的 な ライ フコ ース への 批 判と
、結 婚を ゴ ール に 設定 し た 恋 物語 を 量 産し て き た 少女 マ ン ガそ れ 自 体 への 異 議 申し 立 て が 息づ い て いる
点は 見逃 せな
い。 過剰 なま での 恋愛 体質 をシ ゲカ ヨ に 付与 す る こと によ っ て駆 動 する こ の物 語は
、ど こ まで もフ ィク ショ ナル であ りな がら
、し か し仕 事・ 恋 愛・ 結 婚を めぐ っ て生 起す る「 ヤ ング
・レ ディ ース
」 ジャ ンル 読者 の リア ルな 価値 観を 撃 ち、
〈 共 感〉 を 引き 出す もの とな って いる
。 本 章で は、 以下
『 ハッ ピー
・マ ニア
』の 分 析を 通じ て
、少 女 マン ガの 特性 を利 用し な がら
、「 少 女マ ンガ 的」 な恋 愛規 範を 解体 しよ うと す る 本作 品の 戦略 につ いて 考 察 する
。 さら に、 恋 に恋 する
「 少女 マン ガ的
」な 恋 愛を 繰り 返す 女主 人公 が、 そ の過 剰な 恋愛 体 質ゆ えに
、恋 愛結 婚イ デオ ロギ ーへ の疑 問を くよ う に なり
、そ の結 果と し て異 性 愛体 制 への 違和 感と いう
〈共 感〉 を読 者か ら引 き出 して いる 点に つい ても 見て ゆき たい
。
二節
「 恋愛∨
仕 事」 とい う価 値観
『ハ ッ ピー
・ マニ ア
』の 女主 人 公で あ るシ ゲカ ヨ こ と 重田 加 代子 は
、二 四 歳( 連載 終 了時 は 二六 歳) の フ リ ータ ーで ある
。本 作 冒頭 部 に は、
「女 ばっ かの 職場 を や めて
」( 一巻 一三 頁) 書 店員 とし て働 きは じめ たシ ゲ カ ヨが
、 仕事 中 に雑 誌 の占 いコ ー ナー を 読む シー ン が 描 かれ てい る。 占 い結 果を 読 み 終え たシ ゲ カ ヨは
、「 何
!?
彼 の い な い 人 大 チ ャ ン ス 到 来
!!
/ ど う し よ う ラ ブ 運が 最 高」
(一 巻 八頁
)【 図1
】 と叫 び
、そ れを バ イ ト仲 間の
「 タカ ハシ
」に た しな めら れて いる が、 こ のエ ピソ ード を見 るだ け で
、シ ゲ カ ヨが 仕事 より も恋 愛を 優先 させ るキ ャラ クタ ーだ とい うこ とが 分か るだ ろう
。
「 ヤン グ・ レデ ィー ス」 とい うジ ャン ルに おい て、 登場 人物 が仕 事・ 恋愛
・結 婚に 対 して どの よう な態 度で 臨む のか は、 その 作品 の方 向性 を決 定づ ける 要素 であ るが
、本 作 は冒 頭か らシ ゲカ ヨに おけ る仕 事と 恋愛 の序
列が
「 恋 愛∨ 仕事
」で ある こと を 明 示し て いる
。シ ゲカ ヨに とっ て大 切な のは
、あ くま で恋 愛で ある
。恋 愛の ため に三 日無 断欠 勤 して クビ を言 い渡 され れば
「こ まっ たな 今月 の家 賃( 中略
)で も いい や/ ラブ があ る から
」( 一巻 一〇 七頁
) と明 るい 顔で 言い
、 風邪 で寝 込め ば「 薬 も無 いし 買い に 行く チ カラ も
…
…
/こ う し て友 達 も
…
/恋 人 も いな い 部 屋 でひ と り くち は て る のか
…
/ うう
/ど う せ 死 ぬん だ っ たら イ ヤ な 仕事 な ん てや め れ ば よか っ た
…/ が ま ん しな い で も っ と男 にア タッ ク とか
…」
(九 巻一 八六 頁) と 愚痴 をこ ぼす シゲ カ ヨに とっ て、 仕 事は つ ねに 恋愛 の下 位 に置 かれ るべ きも の であ り、 その 価 値観 が揺 らぐ こと は なく
、「 仕事 に 生き る!
」( 二 巻九 頁) こ と を誓 って も、 そ の誓 いは す ぐに 破 られ て しま う
。ま た、
「 幸
【図 1】安野モヨコ『ハッピー・マニア 1』
祥伝社、1996 年 4 月、8 頁