き る
一節
「 女で ある こと の困 難」 を描 くマ ンガ 家 東
村ア キコ
(一 九七 五年
〜) は、 二〇
〇〇 年代 およ び二
〇一
〇年 代の 日本 を代 表す る マン ガ家 のひ とり であ る。 一九 九九 年に プロ のマ ン ガ 家と して デビ ュー した 東 村 は、 二
〇〇 一年 から ス ター トし た自 身初 の 連載 作品
『き せ かえ ユカ ちゃ ん
』( 1
)が は やく も 好調 で、 続く
『 ひま わり っ〜 健 一レ ジェ ンド
〜』
(2
)で は
、発 表媒 体を 男性 誌 に移 し たこ とで
、読 者 層の 拡大 に成 功。 続 いて
、育 児 をテ ーマ にし たエ ッセ イマ ン ガ『 ママ は テン パリ スト
』( 3) を 発表 する と、 単行 本 の総 売り 上げ が百 万 部を 超え る大 ヒ ット を 記録 した
(4
)。
『 ママ はテ ンパ リス ト』 以降 は、 マン ガを 原作 とし た映 像作 品も 制作 され るよ うに な って ゆく
。第 三四 回「 講談 社漫 画賞
(少 女部 門)
」( 二
〇一
〇年 度) を受 賞し た『 海月 姫
〜く らげ ひめ
〜
』( 5
) は、 アニ メ化 され た 後( 6)
、映 画化 され
( 7)
、 本章 で 取り 上 げる
『 主に 泣い てま す』
(8
)も ドラ マ 化さ れ てい る( 9)
。こ う して 列挙 する だけ でも
、 東村 が自 作の メデ ィア ミッ クス 展開 も含
め、 順調 に キ ャリ ア を 積み 重ね て いる 様 子が わ かる だろ う。 東 村の 作品 には
、ギ ャグ とユ ーモ アが 溢れ てい る。 彼女 の出 世作 であ る『 ママ はテ ン パリ スト
』の 大ヒ ット も、 育児 にま つわ る苦 悩を コ メ ディ タ ッ チで 描い た こと が 要因 だ と言 って いい
。同 作 では
、子 ど もが なか なか 寝て くれ ない
、断 乳 に応 じて くれ ない
、ひ どい いた ずら をす ると いっ たい わゆ
る「 育 児あ るあ
る」 と、 そ れに 振り 回さ れる
母親
(東 村自 身も 登場 する
)の 姿を コミ カル に描 いて いる が、 各エ ピソ ード は「 母子 の情 緒的 な 紐帯
」や
「役 に立 つ育 児ハ ウツ ー」 とい った もの へと 予定 調和 的に 回収 され ると いう よ りは
、た だひ たす ら育 児の 実態 を笑 いの めす べく 布置 され てい るよ うに 見え る。 育 児の 大変 さを 笑い に転 化さ せる こと で浮 き彫 りに なる
のは
「笑 わな けれ ば や って ら れな い」 ほど 大 変な 育児 の実 態で あ る。 本作 に登 場 する 東村 やほ かの 育 児マ マた ちは
、 家事 と 育 児 と仕 事 を 分刻 み の ス ケジ ュ ー ルの 中 で こ なさ な け れば な ら な いワ ー キ ング マザ ーで ある
。と くに 東村 は、 複数 のア シス タン ト を 束ね な が ら多 くの 連 載作 品 を描 か ねば なら ない マン ガ家 であ るこ とに 加え
、夫 の育 児 参 加が ほ と んど 望め な い環 境 にあ る ため
、ワ ーキ ング マザ ーの 中で も忙 しさ はト ップ クラ スだ と言 って いい
。 そ んな 彼女 たち の育 児を あえ てコ ミカ ルに 描き
、エ ンタ ー テ イン メン ト 化す る こと は
、 育児 をほ かの どん な仕 事よ りも 真面 目に 取り 組む べき
「神 聖な 仕事
」だ とす る 抑 圧的 な
価値 観か ら母 親た ちを 解放 する もの
だ。 育児 の大 変 さ を笑 っ て もよ いと す る同 作 のス タ ンス は、 育 児を 母親 の仕 事と 位置 づけ
、さ ら に母 性 本 能を 当然 のも のと して 要 請 する
「 母 性愛 神話
」へ の痛 烈な 批判 に な って いる
。子 ど もに 対し ては つね に理 性的 かつ 献身 的で
、 真に 愛情 深い 女 だけ が「 母親 合格
」 なの だと いっ た よう な価 値観 の提 示 を周 到に 避け
、 あら ゆ る 母 親が 自 分 なり の や り 方で 子 ど もと 向 き 合 おう と し てい る 事 実 だけ を 笑 いと 結び つけ つつ 活写 する 表現 は、 育児 に専 念す る母 親だ けを
「正 解」 とす る価 値観 を笑 い の力 で解 体し よ うと して いる
。 つま り、
『 マ マは テン パリ ス ト』 とい う作 品は
、 子ど も とと もに ある 喜 びは 描き つつ
、「 母性 愛神 話
」に は与 しな い。 ワ ーキ ング マザ ー を筆 頭 に
、 働 き な が ら 子 育 て に 従 事 す る 全 て の 人 々 を
「 子 育 て に 専 念 で き な い 後 ろ め た さ
」
(10
) から 解放 する 力を 持っ てい るの だ。 ワ ーキ ング マザ ーの 育児 を描 いた
『マ マは テン パリ スト
』だ けで なく
、東 村作 品の 多 くが ギャ グマ ンガ とし て高 い水 準を 保ち なが らも
、女 に生 ま れ てき たこ と で引 き 起こ さ れる 種々 の困 難と そこ から の脱 却を 描い てい る。 つ まり
、ギ ャ グマ ンガ とい う 表 層と
「 女 であ るこ との 困難
」と いう 深層 とが 分か ちが たく 結 び つい てい るの が東 村作 品 最 大の 特 徴な のだ
。作 品に よっ て「 女
」の 中身 は母
、娘
、O L
、女 のオ タク
、と いっ たよ うに 変 わっ てゆ くが
、い ずれ も突 き 詰 めれ ば「 女 であ るこ との 困難
」へ と至 る
(11
)。 とも す れば 重く なり がち なテ ーマ だが
、こ れを ギャ グが 緩 和 する こと で、 エン タ ーテ イ ンメ ン ト性 の高 い「 女 の物 語」 へ と編 み上 げら れて ゆく の だ
。も っ と言 って しま え ば
、東 村 作 品の 読者 は、 ギ ャグ マン ガを 読ん でい るつ もり で、 気 づか ぬう ちに
「 女の 物 語
」を 読 ん でい るの であ る。
『 主に 泣い てま す』 も また
「女 であ るこ との 困難
」と
、た た みか ける よう なギ ャグ と がセ ット にな っ てい る作 品だ
。本 作 で東 村が 描こ う とす る「 女」 とは
「 美女
」の こと
、 しか も「 常軌 を逸 した 美女
」の こと であ る。 以下
、『 主 に 泣い て ま す』 に おい て
、「 女
= 美女
」で ある こと の困 難が どの よう に描 かれ てい るか を見 てゆ きた い。
二節
「 不幸 美人
」に とっ ての
「不 幸」 とは 何か 本
作の 女主 人公
「 紺野 泉」 は
、東 京 の向 島に 住む 独身 女性 であ る。 年 齢は 明ら かに さ れて いな いが
、二
〇 代 後半
〜 三
〇代 前半 と い った と ころ だろ う か( 12
)。 一般 に「 美 人 は得 をす る」 など と言 うが
、泉 の場 合は 常軌 を逸 した 美女 であ るた めに
、得 をす るど こ ろか 日々 トラ ブル が絶 えな い。 なぜ なら
、彼 女を 見 た 男た ち は たい てい 一 瞬に し て恋 に 落ち
、彼 女を 自分 のも のに しよ うと 躍起 にな
り、 泉 が 振り 向 い てく れな い と知 る や暴 走 しは じめ てし まう から だ。
第一 話で は、 リク ルー トス ーツ を 着 た 泉 が と あ る 企 業 の 就 職 面 接 を 受 ける が、 面接 を担 当し た社 長に 一 目 惚れ され
、そ の場 でナ ンパ がは じ ま る。 泉は 交際 を固 辞す るが 社長 は 聞 き入 れよ うと せず
、結 局、 面接 会 場 か ら 逃 げ 出 し た 泉 を 会 社 の 外 ま で 追い かけ てき てし まう
。そ うし た 事態 に備 え、 泉 の友 人で ある 女子 中学 生の
「 つね
」が 会 社近 くで 待機 し、 泉 の娘 とい う 設定 で社 長の 前 に現 れる こと によ り よう やく 事態 は 収束 する が、 これ が
「「 う ち の母
」 作戦
」( 一 巻一 三頁
)と 呼 ば れて いる こと や、 男 の豹 変 ぶり が「 い つも のパ ター ン」
( 一 巻一 二頁
)で ある と説 明さ れて いる こと から
、こ うし た厄 介ご とが 過去 にも 何度 か( 何 度も
)起 こっ た こと が推 察さ れる
【 図1
】。 そん な泉 の美 しさ は
、つ ねに よっ て 次の よ うに 説明 され てい る。
美人 って 言っ ても そん じょ そこ らの 美人 とは 違う ぞ/ もの すご い美 人だ とん でも
ない 美人 だ超 ド級 の美 人だ
(一 巻二 三頁
) 泉
の美 しさ は
「超 ド級
」で あり
、 男た ちの 人生 を 狂わ せる もの とし て 描か れて いる
。 スト ーカ ーな らま だま しな 方で
、酷 い時 には 泉を め ぐ って 男同 士が 刃傷 沙汰 に な り、 警 察が 介入 する こ とさ えあ るの だ。 し かし なが ら、 泉 の美 貌に つい て最 も 注目 すべ きは
、 それ が男 たち だけ でな く、 泉自 身の 人生 をも 狂わ せて いる とい う点 であ る。 泉は
、美 し さが 邪魔 して まと もに 働く こと も叶 わず
、社 会の 周 縁 部で ギ リ ギリ の生 活 を送 る 貧乏 女 とし て生 きて いる
。自 分の 美貌 によ って
、ほ かな ら ぬ 彼女 自 身 の人 生が 狂 わさ れ てい る のだ
。 本 作に おけ る泉 の貧 乏ぶ りは 徹底 して いる
。仕 事も 金も ない に等 しい
。加 えて
、家 も ない
。な ぜな ら、 彼女 に惚 れた 男た ちは たい てい スト ーカ ー化 する ため
、地 元の 安ア パ ート を転 々と しな がら 暮ら すし かな い状 況だ から だ( 第一
〇話 では
、泉 の引 っ 越 し回 数 が今 年に 入っ て 一三 回目 だと 明か さ れて いる
)。 労働 意欲 があ り
、仕 事も で きな い方 で はな いの だが
( 13
)、 ど うし て も長 続 き しな い。 地 元の 寿司 屋「 柳寿 司」 で アル バイ ト をし た際 には
、彼 女に 傷の 手当 てを して もら おう と
、店 中の 男 たち が派 手 な自 傷 行為 に 走り
、店 内 が血 塗れ の大 惨事 にな った
「 向島 血の 三日 間」 事 件ま で引 き起 こし た。 こ ん な調 子で は勤 続な どで きる はず もな い。 つま り泉 は
、美 しい が ゆえ に労 働 から 遠 ざけ ら
【図 1】東村アキコ『主に泣いてます 1』
講談社、2010 年 8 月、11 頁
れる 女な ので ある
。
美人 すぎ て働 く場 所が ない のさ
/ど こで 働い ても 男に ゃ惚 れら れ女 にゃ ハブ られ
/い つも 一ヵ 月も たず 辞め るハ メに なっ ちま う( 一巻 九五 頁)
【 図2
】 つ
ねが こ う語 るよ う に、 男た ち に 惚 れら れ
、そ のこ と を女 たち に 嫉 妬 され る 泉は
、労 働 から 遠ざ け ら れ る住 所 不定 無職 の 女と して
、 社 会 の周 縁 部に 踏み と どま るよ う に し て生 き てい る。 も しも 彼女 が 自 身 の美 貌 を「 価値 あ るも の」 と 捉 え
、そ れ を活 用す る 知恵 やた く ま しさ を持 った 女で あれ
ば、 社会 の中 に居 場所 を作 り だ すこ とは さほ ど難 しく な か った だ ろう
。し か し、 泉 には
、美 し さを 武器 にの し上 がっ てい こう とい う考 え自 体 が ない
。幼 少期 の泉 は、 父親 によ って 芸 能 界入 りを 決 め られ た が、 従い きれ ずに 逃げ 出し てい るし
、 成人 して から も相 変わ らず 気弱
で、 友人 の力 を借 り な けれ ば 言 い寄 って く る男 を 追い 返 すこ とす らで きな
い。 その よう な泉 が女 優や モデ ル と して 芸 能 界で 生き て いく こ とな ど でき るは ずも ない ので ある
。ほ かな らぬ 泉自 身が
、美 しさ を持 て余 して いる 以上
、美 し さを 活用 する タイ プの 社会 参加 は望 むべ くも ない
。 自分 の美 貌に 対 する 他人 の過 剰反 応 をコ ント ロー ル で き ない 泉は
、美 貌 を封 じこ める ため
、 日常 的に コス プ レ を する
。作 中で の 彼女 は、 妖怪 の子 泣 きじ じい やプ ロ レ ス 選手 の武 藤敬 司 にな った り、 ある い は天 狗の お面 を 被 っ たり して 美貌 を 無理 矢理 封じ 込め よ うと して いる
。 そ の 姿は 極め て滑 稽で あり
、笑 い を誘 うも のだ
【図 3
】。 し か し、 あり のま ま の自 分で は目 立ち す ぎて しま い、 お か し なコ スプ レを し てい る時 の方 が人 か ら注 目さ れず
、 ま とも なコ ミュ ニケ ーシ ョン が可 能で ある とい うギ ャグ には
、男 たち を狂 わせ る ほ どの 美 貌を 自 ら が 狂う こ と でし か 封 じ 込め ら れ ない と い う 皮肉 な 現 実が べ っ た りと 張 り 付 い てい る。 度を 超し た美 人と いう 天然 の「 異形
」が
、コ スプ レと いう 人工 の「 異形
」へ と たや すく 反転 する 様子
は、 女の 美醜 とい うも のが 社 会 的に ど れ ほど 重要 視 され て いる か
、 そし て そ の こと が ど れほ ど 女 を 生き に く くさ せ て い るか を ア イロ ニ カ ル に表 象 し てい
【図 2】東村アキコ『主に泣いてます 1』
講談社、2010 年 8 月、95 頁
【図 3】東村アキコ『主に泣いてます 1』
講談社、2010 年 8 月、38 頁