女 マ ン ガ の 王 子 様 像 を め ぐ っ て
一節
弱 体化 する シン デレ ラ・ スト ーリ ー 日
本の 少女 マン ガは
、も うず いぶ ん前 から
「白 馬に 乗っ た王 子様
」は いな いと いう こ とに 気づ いて いる
。社 会的 地位
・財 力・ 美貌 に恵 まれ た男 に女 が選 ばれ 愛さ れる こと が
「唯 一の 正解
」で はな くな って きて おり
、ま た、 その
「唯 一の 正解
」に 没頭
・心 酔で き ない ほど
、読 者を 取り 巻く 現実 がシ ビア にな って きて いる とも 言え る。 シン デレ ラ・ ス トー リー は、 確 実に 弱体 化し てい る。 そ して
、シ ン デレ ラ・ ス トー リー の弱 体化 と呼 応 する よう にし て、 少女 マン ガの 王子 様像 は多 様化 し
、読 者の 恋 愛規 範に ゆ さぶ り をか け てい るよ うに 見え る。 シ ンデ レラ
・ス トー リー が現 在進 行形 で弱 体化 し て いる こと の一 因と して
、一 九七
〇 年代 末の 日本 にお ける ウー マン リブ 興隆
と、 一九 八 六 年の 男女 雇用 機会 均等 法 施 行は 無 視で きな い。 社会 運動 や国 家に よる 法整 備と 少女 マ ン ガが 近接 して いる こと は、 藤本 由 香里 によ る先 行論
(1
)を 足が かり とし てす でに 述べ た通 りで ある
。国 家に よる 法整 備 は( 実情 はと もか く) 女の 働き 方を 大き く変 える か も しれ ない とい う期 待感 を 醸 成す る もの であ り、 そう した 文化
的・ 社 会 的土 壌は 間違 い な くウ ー マ ンリ ブが 作 り出 し たも の だっ た。 女の 働き 方が 変わ れば
、女 の愛 し方
/愛 され 方が 変わ り、 やが て女 の人 生そ の もの が変 わる
―― そん な期 待感 が少 女マ ンガ に持 ち込 まれ た時
、非 力な 女が
「白 馬に 乗 った 王子 様」
(権 力・ 経 済力
・美 貌に 恵ま れ た男
)に 選ば れ 愛さ れる こと を幸 福 な結 末 とす るシ ンデ レラ
・ス ト ーリ ーは
、弱 体 化を 余儀 なく され た。 別 の言 い方 をす れば
、女 たち の社 会進 出に とも なっ
て、 愛と 経済 を男 に依 存 す るこ とだ けが 女の 幸せ だ と は言 え なく なっ てき たの だ。 深 見じ ゅん
『悪 女( わる
)』
( 2
)は
、均 等法 への 期待 感を 描い た典 型的 な作 品で あ る。 同作 は、 親の 縁 故で 一 流商 社に 就 職し た「 下等 な コ ネで 入社 し た コ」
(一 巻二 一頁
) で ある
「 田中 麻理 鈴
」が
、落 と し 物 を 拾 っ て く れ た 名 も 知 ら ぬ 男
「 T・ O」 に ひと 目 惚れ し【 図 1】
、 彼 を捜 し 出す ため に 出世 を目 指 す と いう 物 語だ
。同 じ 会社 に在 籍 し て いる と いう こと 以 外、 なん の 情
【図 1】深見じゅん『悪女(わる) 1』
講談社漫画文庫、1998 年 11 月、31 頁
報 もな いT
・O と再 会し
、好 きだ と 告 げる ため
、麻 理鈴 は今 のま まで は い けな いと 感じ るよ うに なる
。な ぜ な ら、 社内 報を 見せ て欲 しい と頼 ん だ だけ で「
…… 社内 報な んて いら な い で し ょ
/ 自 分 の 立 場 わ か っ て な い んじ ゃな い」
(一 巻四 九頁
)と 言 われ てし まう お茶 汲み OL のま まで は、 T・ O に繋 が る情 報 さ え手 に入 れ られ な いか ら だ。 さら に、 麻 理鈴 の上 司で ある
「峰 岸」 が「 出 世し たく ない
?/ なん でも 好き なこ と でき るわ よ/ 会社 の人 事も 思い のま ま/ ぜー たく のし 放題 でき るわ よ」
(一 巻六 一頁
)
「出 世し て/ ぜー たく して
/お いし いも のは 食べ 放題 好き な男 は選 び放 題」
( 一 巻六 九 頁) と数 度に わ たっ て 麻理 鈴 をけ し か ける
。麻 理鈴 が飛 びつ くの
は「 人 事も 思 い のま ま」
「男 は選 び放 題」 の 部分 だ。 出 世す れば
、T
・O を手 に入 れる こと がで きる かも しれ な いと いう 希望 が、 麻 理鈴 を仕 事に 向か わせ る。 自 分が 人事 部長 にな って T・ O を「 セ ク レタ リー
」や
「 婿」 に指 名す る「 壮 大な 職 権 乱用
」を
「う ふ/ 悪く ない
」( 一 巻六 三頁
) と妄 想す る麻 理鈴 にと って
、仕 事の 成功 は恋 愛の 成 功 へと ねじ れる こと なく 繋 が って い る【 図2
】。 出 世す るこ とを 決め た麻 理鈴
は、 異動 を繰 り返 す 中 で会 社と いう 組織 がど の よ うな も のか を学 んで ゆく
。彼 女の 見聞 きす る会 社の 実態 は
、単 に彼 女 の恋 物語 を 彩る た めだ け に存 在す るの では ない
。会 社組 織が 徹底 した 男社 会 で ある とい う厳 しい 現実 を 見 つめ な がら
、彼 女は 働い てい る。 しか しな がら 同作 は、 その 男社 会に あっ ても 未来 への 希望 を 捨て ずに 働き 続け る女 たち の姿 もま た描 いて いる
。た と えば
、作 中
、麻 理 鈴は
「 能力 が あり な が ら 結婚 や 育 児で 退 職 し た者
/ 技 術を 身 に つ けて ク ラ スア ッ プ し たい 者
/ そう いう 女性 が登 録し 研修 を受 け働 くと ころ
」( 一〇 巻 七 八頁
)で あ る「 レデ ィス シ ンク タ ンク
」に 出向 にな るが
、こ の「 レ ディ スシ ンク タン ク」 は、 働 く女 たち を男 社会 から 解 放す る可 能性 のあ る場 所と して 描か れて いる
。レ デ ィ スシ ンク タン クに 所属 する 女た ち が、 女の 労働 力は 男に 奉仕 する ため にあ るの では な い と訴 えた り、 仕事 の ため に 愛す る 人か らの プロ ポー ズを 断っ た過 去を 語る シー ンは
、会 社の 中で 女が 蒙る 不利 益 や 性差 別 を生 々し いま でに 活写 して いる が、 現状 を憂 える だけ でな く、 レデ ィス シン ク タ ンク の よう な組 織の 力に よっ
て、 いつ かこ んな 時代 が終 わ る こと を 願 う気 持ち も また 同 時に 描 かれ てい
る。 そし てそ こに はヒ ロイ ンの 恋物 語を 脇 に 置い てで も女 の労 働の 理想 と現 実 を見 つめ よう とす る作 者の 意志 が強 く感 じら れる
。 ロ ール プレ イン グゲ ーム
(R PG
)を 模し た『 悪 女( わる
)』 は
、麻 理鈴 にク リア す
【図 2】深見じゅん『悪女(わる) 1』
講談社漫画文庫、1998 年 11 月、63 頁
べき ステ ージ と敵 キャ ラク ター を用 意し
、最 後に 宝物 を授 けて 終わ る。 ステ ー ジ と敵 キ ャラ は、 会社 での タス クや 厄介 な上 司、 宝物 は、 出世 によ って 得た エリ ート 社員 の肩 書 きと
、愛 する T・ O であ る。 これ が本 物の RP Gで あれ ば、 主 人 公は 男の 勇 者 で、 最 後 は美 しい お姫 様と の結 婚で 終わ ると ころ だが
、同 作 で は男 女が 逆転 して いる
。し かし な がら
、男 を主 人公 に据 えた RP Gと 決定 的に 異な る の は、 麻 理 鈴が ふつ う のO L から バ リキ ャリ へと 変身 する まで のプ ロセ スが
、世 界の 平 和 を守 るた め( 悪者 を 懲ら し める た め) では なく
、あ くま で自 分自 身の 幸福 を追 求す る た めの 主体 的な 選択 の連 続 と して 描 かれ
、し か もそ の選 択が 主体 的に 男を 選び 愛す る幸 せへ も繋 がっ てい ると い う 点だ
。『 悪 女( わ る)
』に は、 仕 事も 恋愛 も手 に入 れよ うと す る 貪欲 な女 への 肯定 感が ど の ペー ジ にも 満ち てい る。 仕 事と 家庭 の二 者択 一で 悩む 女に
「 両方 でい いん です
よ」
( 一 一巻 三 五頁
)「 恋愛 も結 婚も 仕事 も/ ぜー んぶ でき るの が レ ディ スシ ンク タン クで す よ
」( 一 一巻 三八 頁) と麻 理鈴 は言 う。 こ うし たポ ジテ ィブ さは
、均 等法 への 期待 感「 だけ
」が あり
、実 情を 知っ て落 胆す るこ との ない 時代 にの み許 され た「 つか の間 の明 るさ
」な の かも 知れ ない が、 そう だと して も、 恋愛 にお いて は 男 に選 ば れ 愛さ れる 女 の受 動 性を 退 け、 労働 にお いて は男 たち を支 える だけ のお 茶汲 み O Lを 卒 業 する スト ー リー が 読者 に 与え た希 望は 決し て小 さく ない だろ う。
『悪
女( わる
)』 とほ ぼ同 時 期に 連 載 され てい た 柴門 ふ み『 東 京 ラブ スト ーリ
ー』
( 3) も
、基 本的 には 女主 人公
「 赤名 リカ
」 が 仕事 と恋 愛を 主体 的に 選択
・遂 行 する 物語 であ る。 麻 理鈴 と 同 じ様 に、 リ カも ほぼ ひと 目惚 れに 近い 状況 で、 自 分か ら男 に 恋 をす
る【 図3
】。 ただ
し、 リ カが 恋 し た後 輩サ ラ リ ーマ
ン「 永 尾 完治
( カン チ)
」は
、T
・O の よう な エ リー トサ ラ リ ーマ ン で はな い。 リ カの 後輩 にあ たる 新人 サラ リー マン であ る。 さ ら に 付け 加え るな ら、 野 暮っ たい 地方 出身 者で あり
、驚 く ほど 優 柔 不断 な男 でも ある
。カ ンチ
は、 か つて の同
級生
「関 口さ とみ
」 への 恋心 をう やむ やに した まま リカ と交 際を はじ め、 最後 には リカ と別 れ、 さと みを 選 ぶ。 し かし
、さ と みと 交際 して いて も、 心 のど こか でリ カを 気に して いる カン チは
、呼 び出 され れば また 会い に行 って しま うな
ど、 交際 相 手 をひ とり に決 めら れな い 男 とし て 描か れて いる
。 だ が、 リカ がカ ンチ のよ うな 優柔 不断 な男 を選 んで しま える こと 自体
が、 男 に 選ば れ 愛さ れる 女か らの 脱却 を意 味し てい ると も言 えよ
う。 結婚 に繋 がら ない かも 知 れ ない 男 と恋 愛す る自 由を リカ は謳 歌し てい る。 カン チと の 交 際も そう であ るし
、勤 務 先 の社 長 であ る「 和賀
」と 不 倫し て い た時 も、 彼女 は「
「愛 し て」 って 言っ ただ け。 まさ かそ れ
【図 3】柴門ふみ『東京ラブストーリー 上』
文春文庫、1998 年 11 月、38 頁
で家 族捨 てる なん て思 いも しな かっ た。
/「 愛し て」 って 言葉 が男 にと って そん なに 重 いと は思 わな かっ た…
……
」( 上巻 二六 九頁
)と 言 い、 和 賀に 要求 した のは 愛だ けだ っ たと 語る
。リ カは
、和 賀と の不 倫に 対す る後 ろめ たさ も感 じて いな い代 わり に、 彼の 家 庭を 壊そ うと いう 目論 見も ない のだ
。リ カの 恋愛 は、 純粋 であ るか らこ そ、 男た ちに と って は脅 威で ある
。事 実カ ンチ は守 って やり たく な る よう な弱 さを 持た ない リ カ を最 終 的に 持て 余し てし まう
。 同 作に おい てカ ンチ がさ とみ を選 ぶ結 末は
、東 京 を 体現 する 先進 的な リカ を 捨 て、 同 郷出 身か つ良 妻 賢母 タイ プの さ とみ に回 帰す る男 の 後進 性を その まま 表 現す るも のだ
。 リカ は、 一時 は、 男を 立て 男に 尽く す女 であ ろう とし たも のの
、最 終的 には 男の 愛と 経 済力 に依 存す るこ とな く、 ひと りで 生き てい くこ とを 決め る。 カ ンチ と別 れ た後
、帰 国子 女で あ るリ カは 得意 の 語学 で稼 ぐこ と に決 める
。こ の時
、 リカ のお 腹に は、 和賀 との 間に 事故 的に でき た子 ど も がい るが
、彼 女は 和 賀か ら の経 済 的援 助を 辞退 して
、子 ども とふ たり で生 きて いく こ と 道を 選ん でい る。 男の 経済 力に 依 存し ない 生き 方は
、リ カ の主 体性 がこ の先 も変 わら ない こと を予 感さ せる
。愛 す る男
( カ ンチ
)の 愛も
、愛 し てく れる 男( 和賀
)の 経 済的 援助 も 受け ず
、シ ング ルマ ザー とな る こと を選 んだ リカ の恋 愛は
、確 かに 悲恋 かも 知れ ない
。し かし
、男 の愛 と経 済力 に依 存 しな い女 を描 いた
『 東京 ラブ スト ーリ ー』 は
、恋 愛と 労 働に おけ る女 の主 体性 を 是 認し
、 シン デレ ラ・ スト ーリ ーの 先を 行く 作品 であ ると いう 意味 で、 非常 に高 い完 成 度 を誇 っ てい る。
『 悪女
(わ る
)』 から およ そ一
〇年 後の 九〇 年代 後半
、安 野モ ヨコ
『 ハッ ピー
・マ ニ ア』
(4
)が 登場 する
。こ の頃 には
、ジ ェン ダー の平 等に 向け た取 り組 みが
、さ ほど 女 の労 働環 境を 改善 して はく れな いと いう 諦念 が支 配的 なも のと なっ てい
た。 均等 法に よ って 改善 する かに 思わ れた コー ス別 人事 制度
は、
「形 式的 には
、ど ちら のコ ース も男 女 両方 に開 かれ てい るも のの
、基 幹的 業務 に従 事し
、部 長等 の 管 理職 にま で 昇進 で きる 可 能性 を持 つ総 合職 を、 女性 が選 択す るこ とは 陰に 陽に 拒否 され
、女 性に は定 型的
・補 助 的業 務を 担当
し、 転勤 がな い代 わり に昇 進も 係長 ク ラ スま で と いう 一般 職 を勧 め る企 業 が多 いと いう 現実
」に ぶつ かっ てい たし
、「 過去 にお いて 女性 が登 用さ れな かっ たと い う累 積的 経緯 や、 家庭 にお ける 性別 役割 分担 が、 女性 を管 理職 から 遠ざ ける 要因
」と な って いた ため
、女 性管 理職 排除 の構 造は 依然 とし て 強 固だ った
( 5)
。つ ま り、 麻理 鈴 のよ うな 働き 方は
、ご く一 部の 女に だけ 許さ れた 夢 物 語だ とい うこ とが 明ら か に なっ た ので ある
。し かも
、九
〇年 代の 日本 では バブ ルが 崩壊 し、 いわ ゆる
「失 われ た一
〇年
」 がは じま って いた
。働 く女 だけ でな く、 多く の人 々 に とっ て将 来に 希望 が持 て な い時 代 がは じま って いた ので ある
。