の 一 生
』 論
― ―
「 娚 」 の 労 働 と 恋 愛 を め ぐ っ て
一節
見 慣れ ない 文字
=「 娚」 西
炯子
『娚
( おと こ) の一 生』 は
『月 刊フ ラワ ー ズ』
( 小学 館
)誌 上に おい て 二〇
〇 八年 九月 号か ら二
〇一
〇年 二月 号ま で、 全一 八話 が連 載さ れた 作品 であ
る。 連 載 終了 後 は『 月刊 フラ ワ ーズ
』の 増刊 号に あ たる
『凛 花』
(小 学館
)に 一
〇号
(二
〇 一〇 年) か ら一 六号
(二
〇一 二年
)ま で、 番外 編「 娚の 一生 スピ ンオ フ」 全七 話が 掲載 され た。 単 行本 化に 際し ては
、同 社の マン ガレ ーベ ル「 フラ ワー コミ ック スα
」か ら順 次刊 行が 進 めら れ、 スピ ンオ フ作 品も 収録 の上
、全 四巻 で完 結し てい る。 本 作は
、一 九八 六年 にマ ンガ 家デ ビュ ーし た西 炯子
(一 九六 六年
〜) がキ ャリ ア二 二 年目 にし て世 に送 り出 した 最大 のヒ ット 作と 言っ てい
い。 単行 本は 二〇 一三 年 時 点で 一 一〇 万部 を売 り上 げて おり
、人 気マ ンガ の指 標と な る 媒体 でも 繰り 返し 取り 上 げ られ て いる
。『 こ のマ ン ガが すご い! 二〇 一
〇』
(宝 島社
、二
〇
〇九 年一 二月
)の オ ンナ 編に お い て 第 六 位 を 獲 得 し
、『 T H E B ES T M A N G A 二
〇 一
〇
―
― こ の マ ン ガ を 読 め!
』( フリ ース タイ
ル、 二〇
〇 九年 一 二月
)で は 総合 五位 タイ を記 録し たこ とか らも
、 多く の読 者か ら支 持さ れた こと がわ かる
(1
)。
『 娚の 一生
』が こ れほ どま でに 人気 を博 した 理由 が一 体ど こに ある のか を考 える とき
、 その 理由 をエ ンタ ーテ イン メン ト性 の高 さに のみ 回収 する こと はで きな
い。 日本 の少 女 マン ガが
「現 実を 生き るた めの マニ ュア ル」 とし て 読 まれ る 側 面が ある と いう 点 を考 慮 する ので あれ ば
(2
)、 一一
〇万 部と いう 売 り上 げは
、本 作 が娯 楽と して 消 費さ れる フ ィク ショ ンで ある こと を超
え、 読者 の生 きる 現実 に ま で触 れる よう な価 値観 を 提 出し た から こそ の数 字だ と考 える べき であ り、 その 価値 観 は
、何 より もま ずタ イト ル に 掲げ ら れた
「娚
」の 文字 に象 徴さ れて いる
。 そ こで 本章 で は、 本作 のス トー リ ーを 確認 した 後
、「 娚
」 の文 字に 着目 し
、本 作に と って
「娚
」と は 誰/ 何な のか を考 察 する
。「 男」 と「 女」 を並 べ てで きる
「娚
」 の文 字 に象 徴さ れる もの は何 なの か考 察す る中 で見 えて くる のは
、本 作の ジェ ンダ ー観
、恋 愛 観、 労働 観、 人 生観 が、 シン デレ ラ・ ス トー リ ーを な ぞ るよ うな
、旧 弊 な少 女マ ンガ 的 恋愛 規範 とで も 呼ぶ べき もの を更 新 する もの だと い うこ とで ある
。 女で も男 でも なく
、
「娚
」を 描 いた 本作 は、 男 女の 恋愛
( 結婚
)を 主な テ ーマ と し てき た少 女 マン ガ の歴 史 に照 らし てみ たと き、 非常 に特 異か つ重 要な 作品 のひ とつ であ ると 考え られ るの だ。
二節
王 道少 女マ ンガ から の逸 脱
『娚 の一 生』 は、 三〇 代後 半の 女主 人公
「堂 薗つ ぐみ
」 が
「 下 屋敷 十 和
( し もや し き と わ
)」 の 葬 式を 切 り 盛 り す る と こ ろか ら は じ ま る【 図 1
】。 亡 く な っ た十 和 は
、 つ ぐ み の祖 母に あた る人 物で
、下 屋敷 邸の 女主 人で もあ る。 生 前 の十 和は
、家 庭の 主婦 とし て生 きる 一方
、著 名な 染織 家 と して も活 躍し てい た。 そん な十 和が 入院 した こと で無 人 と なっ た下 屋敷 邸に つぐ みは やっ てき た。 そし て下 屋敷 邸 で 暮ら しな がら 十和 の入 院先 へと 通い 続け
、最 終的 に十 和 の最 期を たっ たひ とり で看 取る こと にな った
。 し かし
、つ ぐみ が十 和の 看病 をし てい たこ とを
、親 戚た ち は 葬式 の席 で 彼女 に 会う ま で知 らず にい る。 第一 話の 冒頭
、つ ぐみ に向 かっ て親 戚が
「つ ぐみ ちゃ んゆ うべ 東京 か ら?
」と 声を かけ ると
「あ
…い え/ 一か 月前 から ここ にい たも んで
……
」と 答え るシ ー ンが 出て くる が
(一 巻三 頁)
、こ の会 話か ら も分 かる よう に、 つ ぐみ は東 京に い るは ず の人 間と して 認識 され てい る。 本作 にお いて
、十 和 の 家が あ る のは 鹿児 島 県を モ デル に した
「角 島県
」 とい う土 地で あり
、 つぐ みの 居住 地 は東 京都 であ る( 3
)。 その ため 東 京に いる はず のつ ぐみ が角 島で 生活 して いる こと は違 和感 を醸 成す る。 さら に、 彼女 の 滞在 がな ぜ長 期化 して いる のか とい うこ とは
、親 戚 た ちが 最も 訝し く思 う点 であ る。 と いう のも
、東 京で のつ ぐみ はキ ャリ ア系
、そ れも 相当 な「 キャ リア 系」 だか らだ
。
親戚
A:
…お 義母 さん も誰 もい ない この 家に
/ ひ とり で 一 か月 前か らい た っ てこ と よね
/会 社辞 めた のか な
親戚 B:
〝四 つ葉 電機
〟を
? まさ かあ
(一 巻七 頁) 親
戚た ちが こう 話す よう に、 つ ぐみ は「 世 界の 四 つ 葉」 と 呼ば れる
「四 つ葉 電 機株 式 会社
」の 原子 力事 業部 プロ ジェ クト 管理 課課 長と して 働い てい る。 普通 に考 え れ ば東 京 で仕 事を して いる はず の彼 女が
、角 島に 長期 滞在 し 祖 母の 看 病 をし てい る こと を 親戚 た ちが 不思 議に 思う のは 当然 だろ う。 つぐ みの 母親 は「 あの 子も 三十 路も 半ば を 過 ぎた し
/い ろい ろ考 え るこ とも ある んで し ょう ね」
(一 巻八 頁) と、 ひ とま ず静 観の 構 えを 見 せる が、 弟は
「
…… もし かし て姉 ち ゃん
/ば あち ゃ んと ここ で暮 ら す気 だっ た?
」( 一 巻一 一頁
)と 直 接つ ぐみ に尋 ね、 そ の真 意を はか ろう とす る。 し かし
、つ ぐ みの 返答 は どこ かぼ んや りと して いる のだ った
。
【図 1】西炯子『娚の一生 1』小学館、
2009 年 3 月、6 頁
…い や/ 何も 考え ず…
…/ はじ めて 長い 休み をと った んで
/気 兼ね しな くて いい
静か なと ころ にい きた いと 思っ てさ
(一 巻一 二頁
) こ
のよ うに 思 った つぐ みが 十和 に 電話 した とこ ろ
「好 きに しろ
」( 一巻 一二 頁
)と 言 われ たと いう のが
、角 島長 期滞 在の 経緯 だ。 ただ し、 つぐ みが 十和 から 家の 鍵を 預か っ たの は、 この 休暇 を取 る三 年ほ ど前 のこ とで ある
。つ ぐみ から 頼ん だの では なく
、十 和 が「 ポイ っと く れた
」( 一巻 一四 頁) のだ と いう
。そ して
、つ ぐ みが この 鍵を 使 い下 屋 敷邸 に出 入り する よう にな った タイ ミン グで
、屋 敷 の 主で ある 十和 は亡 くな り、 十和 の 死に 引き 寄せ られ るよ うに して
「海 江田 醇」 がつ ぐみ の前 に現 れる
。東 京の 大学 で哲 学 を教 えて いる とい う海 江田 は、 生前 の十 和か ら離 れの 鍵を 預か って いる
。そ して
、十 和 の葬 式に 参列 すべ く角 島に やっ てき
て、 葬式 の日 の 夜 から 下屋 敷邸 の離 れに 寝 泊 まり を は じめ る。 つ ぐみ がそ れを 知る のは
、葬 式 の翌 朝だ
。 見知 らぬ 男が 離れ にい るこ とは
、当 然 の こ と なが ら つ ぐ みを 大 い に 驚か せ る
。 海 江田 は、 十和 から 預か って いた とい う 離 れの 鍵を 見せ つつ
、こ こへ やっ てき た 理 由を 次の よう に語 る。
ぼく
/だ いぶ 昔に これ 預か って たん です
/い つで も好 きな とき に使 てえ えよ て
言う ては った ので
……
/あ
今 回は じめ てと ちが いま すよ 前に 何回 か…
…/ 今回
は角 島大 学の 友人 が秋 から 病気 療養 する こと にな った んで 代打 でし ばら く/ ほん
まは 今年 中プ ラプ ラす る予 定や った んや けど
/… 市内 にマ ンシ ョン でも 借り なあ
かん かな と思 てた んや けど
/聞 いた ら こっ から 新幹 線で 三〇 分そ こそ こや とい
うの で/ ほな こっ から 通お 思て
三 日前 電話 した ら…
(一 巻三 二頁
)【 図 2
】 ア
ップ にな った つぐ みの 驚き の表 情が 示す よう
に、 彼女 は こ の状 況を 受け 入れ られ な い。 離れ とは いえ
、見 ず知 らず の男 が同 じ敷 地内 に生 活し てお り、 その 男が 祖母 とど の よう な関 係に あっ たの かが よく 分か らな いの だか
ら、 拒否 反 応 を起 こす の も無 理 はな い
。 さら
に、 祖母 との 関係 に関 する 海江 田の 説明 が曖 昧 な こと もつ ぐみ の不 信感 を 募 らせ て ゆく
。
【図 2】西炯子『娚の一生 1』小学館、
2009 年 3 月、32 頁
…… どう 言う たら ええ やろ な…
/と にか く鍵 をも ろて る/ ここ へは はじ めて やな
い/ 君の お祖 母様 は染 色家 とし て以 前 東京 の大 学に きて はっ た/ ぼく は そこ
の学 生や った
/以 上や
(一 巻三 三頁
)
ぼく は学 生で 君の お祖 母様 は先 生/ 以上 や/ それ 以上 のこ とを
/君 に説 明す る気
はな い( 一巻 五五
〜五 六頁
) こ
のよ うに
、十 和と の関 係に つい て語 る時 の海 江 田 の口 は重 い( 十和 と 海江 田 の関 係 が詳 細に 語ら れ るの は後 にな って か らの こと であ る
)。 海 江 田が 赤の 他人 であ る こと を 理由 に下 屋敷 邸か ら追 い出 した いつ ぐみ だが
、海 江 田 に「 君 は 孫で まだ こ の家 の 相続 権 はな い/ 鍵を もろ てる とい うん やっ たら ぼく とま った く条 件は 同じ やで
」( 一 巻三 七頁
) と言 われ ると
、何 も言 い返 せな くな って しま うの だっ た。 こう して
、下 屋敷 十和 の遺 し た鍵 をき っか けに 出会 った つぐ みと 海江 田の 同居 生活 がス ター トす る。 こ の先 の展 開に おい て、 海江 田は つぐ みの こと を 愛 し、 つ ぐ みも 最終 的 には 海 江田 の 気持 ちを 受け 入れ
、ふ たり は結 婚す るこ とに なる
。こ れを
「い かに も少 女マ ンガ 的な 男 女の 恋物 語」 と断 ずる のは 容易 い。 実際
、昨 日ま で何 の関 係も なか った 他人 同士 が恋 に 落ち る物 語は 無数 に作 り出 され てき た。 とく
に、 一 見 相容 れな さそ うな 男女 が 結 ばれ る 物語 は、 はじ めに 困難 な状 況が 示さ れる 分、 スト ーリ ーに 緩急 が生 まれ
、よ り読 者の 興 味を 引く 内容 にな り、 恋愛 が成 就し た時 のイ ンパ クト も大 きい
。し たが って
、赤 の他 人 同士 で あ っ たつ ぐ み と海 江 田 が さま ざ ま な違 い を 乗 り越 え 結 婚 に至 る と いう 道 筋 だ け を取 り上 げれ
ば、 本 作を
「少 女マ ン ガの 王 道」 と 評価 する こと もで きる だろ
う。 し かし
、 つぐ みと 海江 田の 恋愛 と結 婚に は、 看過 でき ない 点が 存在 する
。そ れは
、結 婚す ると い う結 末を 迎え てい るに も関 わら
ず、 男女 が結 ばれ る こ とを 手放 しで 称賛 して い な いと い う点 だ。 詳し くは 後述 する が、 結婚 と幸 福と を直 接的 に結 びつ けな い結 末は
、シ ンデ レ ラ・ スト ーリ ー をな ぞる よう な 男女 の恋 物語 とは 相 容れ ない もの で ある し、
「少 女マ ン ガの 王道
」か らも 外れ てい ると 言わ ねば なら ない だ ろ う。 プ ロ ット 上は 男女 の出 会い か ら結 婚ま でと いう 王道 を歩 みな がら
、結 末に おい て「 結婚 を手 放し で肯 定し ない
」と い う、 ある 意味 で非 少女 マン ガ的 な思 想を 表出 させ てい るの が『 娚 の一 生
』な の で ある
。
三節
男 のよ うな 女=
「娚
」
『娚 の一
生』 とい うタ イト ルに 掲げ られ
た「 娚
」と は 一体 誰/ 何の こと な の だろ うか
。 そも そも
、娚 と いう 字は
「ネ ン
、ネ ム、 ダ ン、 ダム
、ナ ン
」と い う音 読み と「 の う、 め