す る フ ァ ッ シ ョ ン / フ ィ ク シ ョ ン
一節
『 リボ ンの 騎士
』と 異性 装マ ンガ の系 譜 日
本に おけ る
「ス トー リー 少女 漫 画の 第一 号」
(1
)で あり
、 少女 マン ガジ ャ ンル の
「起 源」 とも 言わ れる 手塚 治虫
『リ ボ ンの 騎 士』 は、 天 使の いた ずら によ っ て「 男 の心
」 と「 女の 心」 を 持つ こと にな っ た少 女「 サフ ァイ ヤ
」を 主人 公と する 物 語で ある
。『 リ ボン の騎 士』 研 究に おい ては
、こ れ まで 主と して サフ ァイ ヤが
「 性別 越境
」す る キャ ラ クタ ーで ある こと が議 論の 対象 とな って きた
。た とえ ば、 藤本 由香 里は
「少 女マ ンガ の 歴史 が、 両性 具有 と共 に始 まっ たと いう こと は特 記さ れて よい
」と した 上で
、次 のよ う に述 べて いる
。
サフ ァイ ヤは
、男 から 女 へ
、女 か ら男 へと めま ぐる しく 変化 する こと にな るの だが
、
それ が興 味深 いこ とに ここ では 純粋 に〝 心〟 の問 題だ けの 話な のだ
。た と え ば一 度
サフ ァイ ヤが 魔女 から
〝女 の心
〟を 抜き とら れた 際、
「 この 国の 掟で は王 子 なら ば
王位 につ ける はず
」と
、追 放さ れた 王城 に堂 々凱 旋す る場 面が ある が、 こ こで
、困
った 大公 側が サフ ァイ ヤの 性別 を確 かめ るた めに 使う 手段 は、 なん と「 占い
」な の
であ る!
成 人し た今 なら 笑っ てし まう とこ ろだ が、 当時 は、
「 身 体は どう した ん
だ、 身体 は!
」な どと いう 疑い は露 ほど も持 たな かっ た。 子ど もの 性意 識と はそ れ
ぐら いの もの だと もい えよ う。 だが 一 方 で、 こ こで 手塚 治虫 が問 題に して いる のは
、
セッ クス では なく て、 まご うこ とな くジ ェン ダ ー
、そ し て 性自 認だ と いう こ とは 強
調し てお きた い。
(2
) ま
た、 押 山美 知子 は、
「サ ファ イヤ の容 姿に 施さ れた ジェ ンダ ー表
象」 に注 目 し、
「〈 性 別越 境〉 を繰 り 返す
〈男 装の 少女
〉 とい う複 雑な 設 定を 備え たサ ファ イ ヤの 容姿
」は
、 そ の 顔 の 造 形 が「 概 し て 男 性 と して の
〝 知 情 意
〟 を表 象で きな い」 ため
「〈 性別 越 境〉 が 表層 的 な レ ベ ル に 留 めら れ
、 男 性 性 の
〈内 面
〉 化 に ま で 到達 しな
い」 こ とを 指 摘し
、「 サフ ァイ ヤ の〈 性 別 越 境
〉 は
、 戯画 的 に 誇 張 さ れ た規 定 の ジ ェ ン ダ ー
・ コ ー ド を部 分 的 に 組 み 替 える と い う
、 記
【図 1】手塚治虫『リボンの騎士 1』
講談社、2009 年 10 月、19 頁
号的 かつ 表層 的レ ベル の変 化に よっ て表 象さ れた 点に 大き な特 徴が ある
」と 結 論 づけ て いる
(3
)。 さ らに 岩下 朋 世は
、『 リボ ンの 騎士
』に お ける
「性 別越 境
」モ チー フの 描 かれ 方に つ いて
、「 既存 のジ ェン ダ ー規 範に 対す る批 評 とし て解 釈す る立 場 を」 を「 ひと ま ず遠 ざ ける
」と して い るが
、「 女性 とし て生 まれ な がら 普段 から 男装 し
、社 会的 にも 男 性と し て振 る舞 う、 男 性性 と女 性性 を兼 ね 備え た存 在」 で ある サフ ァイ ヤ につ いて
、「 両性 の 間を 往還 する サフ ァイ ヤの
「 性別 越境
」的 な 性格 は
、物 語を 牽引 する 重要 な 要 素」
(4
) であ ると 評価 して いる
。 い ずれ の先 行 研究 も、
「性 別越 境」 する 女 主人 公に 何ら かの 形 で言 及し てい る
。こ う した 傾向 を踏 まえ た上 で、 本章 では
、同 作に おけ るサ ファ イヤ の「 性自 認」 や「 内面
」 とい った
「性 別 越境
」に かか わる
「 内部
」の 事象 が
、何 より もま ず異 性 装と いう
、「 外 部」 の事 象に おい て表 現さ れる こと に改 めて 注目 した い。 サフ ァイ ヤが
、男 女双 方の 性
/生 を生 きる 様子 は、 彼女 が身 につ ける もの によ っ て 実に 雄弁 に語 られ てい る。 生後 間 もな いサ ファ イ ヤに とっ ての 異性 装 は、
「 男 の子 のお もち ゃ」 を 身の 回り に置 く こと で ある
【図 1】
。十 五歳 を すぎ た頃 から は「 男 の服 と剣
」を 身に つ ける こと によ っ て王 子 とし ての 勤め を果 たす 一方
、時 折「 あ ま色 のカ ツラ
」と 大 きな リボ ンが あし らわ
れた
「 女 の服
」で 変装 し
、他 国の 王子 と恋 愛 した りも する
。 この よう に、 サフ ァ イヤ の性 別は
、 つね にフ ァッ ショ ンの 別と して テク スト 上に 現れ るの であ る。 サ フ ァ イ ヤ お よ び 彼 女 の 秘 密 を 知 る 近 親 者 が フ ァ ッ シ ョ ン に よ っ て 彼 女 を 男 に 仕 立 て 上 げ
、周 囲の 人間 を欺 こう とす るの と同
様、 周 囲 の 人間 もま た、 服 装に よっ てサ ファ イヤ の性 別 を 判断 しよ うと する
。た とえ
ば、 閲 兵式 に参 列 し たサ ファ イヤ を見 た衛 兵た ちが
、彼 女 を見 て こ んな 風に 騒ぐ シー ンが ある
。
衛兵 A: おい
見 ろよ
/な んだ か変 じゃ ない の/ 王子 さま 女の 靴は いて るぜ
衛兵 B: ほん とに 女の 靴だ
衛兵 C: おか しい な/ どう した
/ま ちが いだ ろ( 一巻 二九 頁)
【 図2
】 衛
兵た ちが
「女 の靴
」に つい て語 り合 うこ のシ ーン は、 サフ ァイ ヤの 男性 性を 担保 す るも のが 衣服 で ある こと を端 的に 示 して いる
。ま た
、作 中、
「 ブ ラッ ド」 とい う 海賊 が サフ ァイ ヤの 本当 の性 別に 気が つく が、 彼は サフ ァイ ヤに 宝石 でも 花束 でも なく
「す こ
【図 2】手塚治虫『リボンの騎士 1』
講談社、2009 年 10 月、29 頁
し フリ ルが 派手 だけ どき れい
」( 一巻 三四 二 頁
) な ドレ スを プレ ゼン トし てい る【 図 3】
。こ う し た 例 を 見 て も
、こ の 作 品 が 衣 服 と性 別 に 強 い 関 係 性を 付与 して いる こと が分 かる
。だ とす れば
、
『 リ ボ ン の 騎 士』 と は
「 性 別 越 境」 と い う モ チ ー フ を
「 フ ァ ッシ ョ ン の 物 語
」 とし て 描 き 出 し た 作品 だと 言え よう
。
「 スト ーリ ー少 女漫 画の 第一 号」 で ある
『リ ボン の騎 士』 が 異 性装 を描 き
、ジ ェン ダ ーと いう 深層 をフ ァッ ショ ンと いう 表層 にお いて 展開 した とい う前 提に 鑑み ると
、本 章 で取 り上 げる 安野 モヨ コ『 ジ ェリ ー イン
ザ メ リィ ゴー ラウ ンド
』( 5) は
、『 リ ボ ンの 騎士
』を 原 初と する
「 異性 装を 描い た少 女マ ンガ
」の 系 譜上 に布 置さ れる べき
「 フ ァッ ショ ンの 物語
」と して 読む こと がで きる
。 本 作に は、
「男 の子
」 にな りた いと いう 願 望を 持つ 一六 歳の 少 女「 四倉 ミリ
」 と、 そ の姉
「モ モ」 と いう
、双 子 の きょ うだ いが 登場 する
。ボ ー イッ シュ な外 見の ミリ は
、男 装の ファ ッシ ョン モデ ルで あり
、い かに も女 性的 な モ モは
、男 の肉 体を 持 ちな が ら女 に なり たい と願 う女 装の ファ ッシ ョン モデ ルで ある
。つ まり
、ミ リは 妹= 女、 モモ は兄
= 男だ が、 異性 装に よっ て見 た目 上の 性別 が入 れ替 わ っ てい るの だ。 ふた り のキ ャ ラク タ ー設 定は
、『 リボ ンの 騎 士』 にお いて サフ ァ イヤ ひと りが 引き 受 けて いた ファ ッ ショ ン とジ ェン ダー の結 びつ きや せめ ぎ合 いを
、ふ たつ の 人 格に 再配 分し たも のと 評 価 でき る。 さ らに
、『 リ ボン の 騎士
』に お いて サフ ァイ ヤが 行っ てい た異 性装
が、 男 女の
別を
「 鎧 兜と ドレ ス」 に代 表さ せる よう な、 ある 意味 単純 か つ 記号 的 な もの であ っ たの に くら べ
(6
)、
『 ジェ リー
イ ン ザ メリ ィゴ ーラ ウン ド
』で は、 掲載 誌『 C UT iE
』が フ ァッ ショ ン誌 だっ たと いう 事情 とも 相ま って
、作 品 中 に描 かれ るフ ァッ ショ ン の 様態 が
『リ ボン の騎 士』 より もず っと リア ルで 複雑 化し てい る点 も見 逃せ ない
。た とえ ば、 作 中に 登場 する
「ト ッカ
」や
「ジ ル・ スチ ュア ート
」と いっ たア パレ ルブ ラン ド名
、あ る いは
「タ ンナ チュ レー ルブ ラン
」( 化粧 下地
)「 ダリ ッ シ モ」
( 香水
)と いっ た商 品 名は
、 作者 の想 像の 産 物で はな く、
『C UT iE
』 の中 で実 際に 紹介 さ れる 可能 性が あ る実 在 のも のだ
。そ して
、ミ リや モモ が現 実の 読者 と同 じく
、あ るい はプ ロの ファ ッシ ョン モ デル とし て読 者を 先導 する よう にし て各 種ア イテ ムを 身に つけ るこ とは
、リ ア リ ティ の 追求 によ るフ ィク ショ ン性 の低 減を 引き 起こ して いる
。言 い換 えれ ば、 実在 す る ファ ッ ショ ンア イテ ムを 身に つけ るこ とに よっ て生 起す るリ アリ ティ
が、 本作 を フ ィク ショ ン のく びき から 解き 放つ 可能 性を はら んで いる とい うこ とだ
。フ ィク ショ ナル な 人 物が 実 在の 商 品 を 身に つ け るこ と で
、 作品 世 界 はわ た し た ち読 者 の 生き る こ の 世界 と 一 種の
【図 3】手塚治虫『リボンの騎士 1』
講談社、2009 年 10 月、344 頁
「地 続き
」と なる
。 実 在の 商品 を登 場さ せる こと のリ アリ ティ につ いて は、 いく えみ 綾( 一九 六四 年〜
) の作 品が
「〝 日常 の一 部と して の恋 愛〟 をリ アリ テ ィ たっ ぷり に描 いて
」い る こ とに 関 して
、南 信 長が
「 ここ でい うリ アリ ティ とは
、ス ト ーリ ーで はな く、 登 場人 物た ちの フ ァッ ショ ンや 会話
、小 道 具な ど、 デ ィテ ール 描写 につ いて のこ とだ
。九
〇 年代 以降
、デ ィテ ール のリ ア リテ ィな しに はマ ン ガも 成立 しづ ら くな って きた
」( 7) と述 べ てい る が、 一九 九六 年か ら連 載が 開始 され た『 ジェ リー
イ ン ザ メリ ィゴ ーラ ウン ド』 に つい ても 同様 の指 摘が あて はま るだ ろう
。リ アル な 流 行・ 風 俗 をト レー ス しつ つ 少女 マ ンガ とい うフ ィク ショ ンを 成立 させ るこ とが 重要 とな るに した がっ て、 作 品中 に 実在 の ブラ ンド 名や ファ ッシ ョン アイ テム が登 場す るよ うに なり
、少 女マ ンガ の「 ファ ッシ ョ ンカ タロ グ化
」が 進ん だの であ る。 た だし
、安 野作 品に 描か れる ファ ッシ ョン
は、 た だ 今日 的 な リア リテ ィ を保 つ ため だ けに 存在 する ので はな
く、 必ず と言 って いい ほど そ こ にジ ェ ン ダー の問 題 を介 在 させ て いる
( 8)
。『 ジェ リー
イ ン ザ メリ ィゴ ーラ ウン ド』 も また
「 恋と おし ゃ れ のメ リ ィゴ ーラ ウン ド
・コ ミッ ク!
」( 9) とい う キャ ッチ コピ ーに よ って 読者 に明 る い恋 物 語の イメ ージ を届 けな がら
、そ の 一方 で、 か つて 手 塚 が『 リ ボン の騎 士』 で描 い たよ う な、 ファ ッシ ョン とジ ェン ダー の結 びつ きや せめ ぎ 合 いを 強 く 感じ させ る 作品 に なっ て いる
。 そ もそ も安 野作 品に
は、 ファ ッシ ョン や美 容に ま つ わる 安 野 自身 の実 体 験を 描 いた エ ッセ イ マン ガ
『美 人 画報
』シ リ ーズ
( 10
) や
、男 子 高校 生 が「 モテ る
」 ため にエ ス テ へ通 い つ め
、服 装 や 髪形 に 次 々 と手 を 加 えて は 失 敗 を繰 り 返 すコ メ デ ィ タッ チ の 作品
『花 とミ ツバ チ』
( 11
)な ど があ り、 そ れら の作 品は
、フ ィク シ ョン で あ れノ ンフ ィ ク ショ ンで あれ
、「 めか す
」「 装う
」と い った 行為 が、 誰
/何 のた めに 行わ れる のか とい う 問い へと 収斂 して ゆく
。や はり
、安 野に とっ てフ ァ ッ ショ ンは 今日 的な リア リ テ ィを 保 つた めだ けに 存在 して いる ので はな いの だ。 こ のよ うに
、安 野の マン ガに は、 グラ フィ ック
(描 画) とス トー リー
(物 語) とい う マン ガの 基本 構成 要素 だけ でな く、 グラ フ ィ ック の 発展 型と し ての フ ァッ ショ ン( 衣服
) とい
う「 第 三の 構成 要素
」が 描 き込 まれ てい るこ とが 分か
る。 そ して 本章 では
、こ の「 第 三の 構成 要素
」で ある ファ ッシ ョン に注 目し なが ら『 ジェ リ ー イ ン ザ メリ ィゴ ー ラウ ンド
』を 分 析す る。 異性 装を 行 うミ リと モモ の 物語 が、
『 リ ボン の騎 士』 の 系譜 上 にあ りな がら も
、「 読 者 の生 きる 現実 世界 と どの よう に切 り結 ぶ のか
」と いう そ の一 点 にお いて 大胆 に変 奏さ れて いる こと
や、 その 変奏 が 作 品の フィ クシ ョン 性を 相 対 化す る よう 読者 に要 請し てい るこ とな どに つい て見 てゆ きた い。