ル バ イ ン ド
」
一節
労 働意 欲の 希薄 な女 主人 公 日
本の 一九 九〇 年代 は「 女の 労働
」を めぐ る理 想 と 現実 に さ まざ まな 変 化が も たら さ れた 十年 であ った
。 変 化の きっ か けと なっ たの は、 一 九八 六年 に施 行 され た男 女雇 用機 会 均等 法で ある
。 同法 を出 発点 とし
て、 九〇 年代 に入 ると ジェ ンダ ー の 平等 へ向 けた 取り 組み が よ り具 体 的な かた ちで 本格 化し てい った
。久 場嬉 子は
「雇 用 や 労働 をめ ぐる ジェ ンダ ー 平 等問 題 への 視点 の深 まり が見 られ
、政 策的 対応 や法 制度 的 取 り組 み に も新 しい 展 開を 見 せて い る」 こと の証 左 とし て、
「な かで も代 表的 な もの とし て、 労働 基 準法 の改 正を 伴 う改 正 男女 雇用 機会 均等 法( 一 九九 七年
、一 九 九九 年施 行) と
、男 女 共同 参画 社会 基本 法が 成 立( 一九 九九 年
)し てい る」
(1
)こ とを 挙 げて いる
。こ の よう に、 九〇 年代 は 性別 分 業的 社会 シス テム から の脱 却が
、法 整備 のレ ベル で目 指さ れた 時代 だっ た。 法 整備 によ って 労働 のあ り方 が変 化し はじ めた とい う事 実に 対し
、マ ンガ も ま た無 関 心、 無関 係で はい られ なか った
。と くに
、少 女マ ンガ とい うジ ャン ルが
「現 実の
〈私
〉 やそ の周 りの
〈 世界
〉を
、ど う 解釈 する か」
(2
)を 問題 と し、 現実 に対 応す る ため の マニ ュア ルと して の側 面を 持つ 表現 媒体 であ る以
上、 労働 環境 の変 化と いう 現 実 が作 品 に反 映さ れる こ とは 不可 避と さえ 言 える だろ う。 藤 本由 香里 も、
「コ ミッ クに 登 場す る 職業 の変 遷」 が「 敏感 に世 の中 の動 きを 反映 して いる
」と 指摘 した 上で 次の よう に述 べ てい る。 かつ
ての 少女 マン ガに おい てヒ ロイ ンの 職業 とい えば
、ま ず、 女 優、 歌 手、 モ デル
、
作家
、漫 画家
、デ ザ イナ ー、 バレ リー ナ、 そ して 実 業団 の スポ ー ツ選 手
、と いう と
ころ に相 場は 決ま って いた
。そ れに オー ソド ッ ク スな と こ ろで 先生 と 看護 婦 が加 わ
れば
、ま ずパ ーフ ェク トで ある
。つ まり
、か つて の少 女た ちに とっ て「 お嫁 さん
」
以外 のと ころ で夢 を持 とう とす れば
、先 生・ 看 護 婦と い う 女性 の二 大 伝統 職 業を 除
いて
は、 並外 れた 個性 と才 能で 勝負 する
〝選 ば れ た〟 女 性 にな る以 外 に道 は なか っ
た、 とい うこ とに なる
。〔
/〕 そ れ が、 七〇 年 代 後半 にさ しか かっ て、 ス タ イリ ス
トと いう 職業 が登 場し てき たあ たり から
、情 勢 は 微妙 に変 化し はじ める
。フ ラワ ー
アレ ンジ メン トや イン テリ アコ ーデ ィネ ータ
ー、 それ に ウ イン ドー デ コレ ー ター と
いっ
た、
〝才 能〟 とい うよ り〝 セン ス〟 で勝 負 す る職 業 が 選択 肢に 加 わり は じめ る
ので ある
(中 略)
。〔
/〕 しか し、 な んと い って も 画 期的 だっ た の は、 一 九八 六年 の
男女 雇用 機会 均等 法施 行以
降、 会社 勤め のご く 普 通の O L が仕 事に 頑 張る 姿 を描 い
た作 品が 登場 して きた こと であ る。 ザル 法と 言 わ れた 均等 法だ
が、 こ とコ ミ ック に
関す るか ぎり
、こ の法 律が
、社 会や 女性 の意 識 を 仕事 に向 けさ せる こと に あ ずか っ
て力 あっ たこ とは 疑い がな い。
( 3
) 藤
本の 指摘 を裏 返せ ば、 一九 八六 年以 前の 少女 マ ン ガに おい て「 社会 や 女性 の 意識 を 仕事 に向 けさ せる
」こ とは さほ ど重 要視 され てい な か った とい うこ とに なる だ ろ う。 言 い換 える なら
、 八六 年以 前は
、労 働 が作 品の メイ ン テー マに 据え られ る こと は少 なく
、 多く の場
合、 労働 は主 人公 の恋 愛模 様を 彩る ため の 小 道具 で し かな かっ た とい う こと だ
(4
)。 同 様の 指摘 は米 沢嘉 博に よっ ても なさ れて いる
。米 沢は
、少 女マ ンガ が「 職場 を舞 台 に、 働く
「少 女」 を描 き始 めた
」こ とを 論じ るに あた り、 職場 を「 恋と 青春 を展 開さ せ る新 しい 舞台
」と し なが らも
「 舞台 以上 の意 味を 持た なか った
」と 位 置づ け「 話 の中 心 は「 職場 の恋 愛
」で あっ た」 と述 べ る( 5)
。八 六年 以前 の少 女 マン ガに 描か れ た「 女 の労 働」 がい かに 扱い の小 さな もの であ った かを 鑑み れば
、男 女雇 用機 会均 等 法 の登 場 が与 えた イン パク トが どれ ほど 大き なも ので あっ たか が窺 い知 れよ う。 本 章で 取り あげ る『 脂 肪と 言う 名の 服を 着て
』の 作 者・ 安 野モ ヨコ は、 少 女マ ンガ に 描か れる 労働 が恋 愛に とっ ての 小道 具で しか なか った 時代 を経
て、 労働 を 通じ て 登場 人 物の 自己 実現 を描 き出 そう とす るに 至っ た「 一九 八 六 年前 後」 の流 れに 呼 応す る かの ご とく
、学 園を 舞 台と した ラブ コメ か ら、
「 女 の労 働」 を描 い た物 語へ と作 品 テー マを 変 えて いっ たマ ンガ 家だ
(6
)。 一 九九 六年 から
『 週刊 女 性』
(主 婦と 生 活社
)誌 上 で連 載 が開 始さ れ、 後 に単 行本 化さ れた
『 脂肪 と言 う名 の 服を 着て
』( 7) は、 そ れま で学 園 もの を手 がけ てい た安 野が はじ めて OL を主 人公 にし た作 品で ある
。し かし
、こ の作 品 で安 野が 主人 公 に採 用し たの は
、「 一 九八 六 年前 後」 の世 相 をダ イレ クト に反 映 した 女 では なく
、企 業の 一般 職に 従事 する OL
、し かも
、労 働を 通じ た自 己実 現な ど考 えた こ とも ない よう なO Lで あっ
た。 働く こと に何 の意 義 も 見出 そ う とし ない 主 人公 の 態度 は、 九〇 年代 の少 女マ ンガ にお ける
「労 働と いう テー マの 質的 変化
」に 照ら せば
、い うま で もな く「 退行
」 であ る。 少女 マン ガ の登 場人 物が 働 くこ とで 何か をつ か み取 ろう とし
、 本気 で出 世や 自立 を望 み、 仕事 のた めに 恋愛 を犠 牲 に する こと さえ あっ た状 況下 で、 さ した る目 標も なく 働き
、食 べる こと ぐら いし か興 味 の ない 地味 な人 物を 主人 公 と した こ とは
、あ まり に分 かり やす い「 退 行」 であ るが ゆえ に、 かえ って 違和 感を 醸成 する
。こ うし た主 人公 を登 場さ せる こと
は、 安野 自身 の労 働 に 対す る無 関心 を即 座に 意 味 する も
ので はな い。 む しろ
、安 野 の労 働に 対す る関 心は 以 前 から あっ た。 た とえ ば
、安 野は 二
〇〇 五年 に受 けた イン タビ ュー の中 で『 ハ ッピ ー・ マ ニア
』連 載 時( 一 九九 五年
~二
〇
〇一 年) の自 分に つい て次 のよ うに 語っ てい る。
働い てい る人 って 職種 がぜ んぜ ん違 って も、 わ り とみ ん な 同じ こと を 考え る んだ な
とい つも 感じ てい たん です ね。 そ うい うこ とも
『 ハッ ピー
・マ ニ ア』 の 中で 描き た
かっ たん だけ
ど、 シ ゲタ
(※
『 ハ ッピ ー・ マ ニア
』の 女 主 人公
―― 引 用者 注
)は
「 仕
事が 続か ない
」と いう キャ ラで もあ った ので
、あ の話 には 盛り 込め なか った
。だ か
ら今 回は
、一 所懸 命目 の前 の仕 事に 集中 して い る 女性 を 描 こう と最 初 に決 め たん で
す( 8)
。 こ
の発 言を 読む 限り
、九
〇年 代な かば には 安野 の 中 に労 働を テー マと する こ と への 関 心が 芽生 えて いた こと が分 かる
。し か しな がら
、二
〇
〇四 年に
『 働き マン
』の 連 載を 開 始す るま で、 安 野作 品に
「一 所懸 命 目の 前の 仕事 に 集中 して いる 女性
」、 す なわ ち、 労 働を 通じ た自 己実 現を 目指 す主 人公 は登 場し ない
。そ れど ころ か、 労働 意欲 がど れほ ど ある のか 怪し い 恋愛 狂の フリ ー ター や一 般職 のO L が登 場し てい る のだ
(9
)。 一九 九
〇年 代の 安野 作 品に おい て、
「一 所懸 命目 の 前の 仕事 に集 中し て いる 女性
」を 描 きた い とい う意 欲が スト レー トに 表出 され なか った
「ね じ れ
」を 一 体 どの よう に 考え れ ばよ い のだ ろう か。 本 論で は、 以 下『 脂 肪と 言う 名の 服を 着て
』の 分 析を 通じ て、 安 野モ ヨコ 作品 に描 か れた 労働 の問 題系 につ いて 考察 する
。九
〇年 代に お い て労 働 意 欲が 希薄 な 主人 公 を登 場 させ るこ との 効果 につ いて 考察 する こと を主 たる 目的 とし つつ
、社 会の 趨 勢か ら 無関 係 でい られ ない 少女 マン ガと いう メデ ィア が、 社会 か ら 何を 吸収 し、 社会 にど う 還 元し 得 るの かに つい ても 見て ゆき たい
。
二節
闘 争と 連帯 の「 ダブ ルバ イン ド」
『 脂肪 と言 う名 の服 を着 て』 の 主人 公 であ る「 花 沢の こ」 は、 ひ とり 暮ら しを しな が ら会 社勤 めを する 一般 職O Lで ある
。四 人家 族の 次女 とし て生 まれ
、幼 いこ ろ か ら食 べ るこ とに 執着 があ り、 体型 はつ ねに 肥満 気味
だ。 美 少 女だ った 姉と 比較 され な が ら育 っ たせ いか
、性 格 は控 えめ で目 立た な い。 幼い 頃か ら ずっ と「 デブ
」「 ブス
」と 言 われ 続 け、 人間 関係 に つい ては 苦労 が多 い が、 恋人 はい る
。「 物 産」 に 勤め るエ リー ト サラ リ ーマ ン「 斉藤
」と の 交際 は、 高校 時代 から 八年 も続 いて いる
(な お、 斉 藤と の交 際年 数
から 推察 する に
、の この 年齢 はお よ そ二 三歳 から 二 五歳 の間 であ る
)。 斎 藤 のよ うな エ リー トと 長い 間付 き合 って いる とい う点 を除 くと
、本 当に
「地 味で 暗い 女」 とい った 風 情だ が、 彼 女自 身は
「そ れな り の仕 事 と男
」( 10
)を 持 って い る 現状 に満 足 して い る様 子で ある
。し かし
、そ んな のこ に、 同僚 の「 橘マ ユミ
」が 目を つけ たこ とで
、彼 女の 人 生は 大き く変 わっ てゆ く。
物語 の舞 台は
、の この 勤め 先が 大半 を占 めて いる
。 し か し、 本 章冒 頭 で 述べ たよ う に
、仕 事 によ る 自己 実 現 の類 は 描か れ な い。 の こに 関 して 言 え ば、 そも そ も 仕事 に よる 自 己 実現 とい う 目 標を 掲 げら れ るだ け の 余地 が 残さ れ て いな いの だ
。 たと え ば、 職 場で の の こは
、 男の 社 員 から いき な り
「花 沢
/コ ピ ーと っ てこ いよ 遅い んだ よ/ ブタ め!
」( 九〜 一
〇 頁) と 罵 ら れた り
、係 長 か ら「 花沢 く ん
/君
人 の話 聞い て ん の?
/ ハイ だ け 言っ てり ゃ い いっ て もん じ ゃな いん だ よ?
/ 大体
君 自分 の 思っ て るこ と もハ ッ キリ しな い よう じ ゃ/ も うい い
!!
仕事 し てく れ さっ さ と
!!
」( 二 五〜 二 六頁
)と 怒 鳴ら れ たり し てい る
【図 1】
。 その よ うな 扱い を受 けな けれ ばな らな いほ ど彼 女が 無能 であ ると いう より
は、 地味 で 自 己主 張 がな さそ うだ とい うイ メー ジの せい
で、 必要 以上 に 負 の感 情 を ぶつ けら れ やす い と言 っ た方 が正 しい
。仕 事以 前の 問題 とし て、 まず 職場 の 人 間に 自 分 の存 在を 認 めて も らう こ とす ら叶 わな いの が彼 女の 日常 なの であ る。 こ うし た労 働環 境に 対し
、な んら かの 改善 もし く は 抵抗 を試 みよ うと いう 意 思 がの こ には ない
。こ れも 仕事 によ る自 己実 現に あら かじ め 挫 折し て い るこ との 証 左と な って い る。
「 ブ タめ
!」 とい う 暴言 を吐 いた 社員 に 対し
、目 を合 わせ る こと なく 背を 向 けた ま まの 彼女 が考 えて いた
のは
「男 の人 でた まに すご く 嫌 悪感 をぶ つけ てく る人 が い る/ 何 か悪 い こ と をし た の かも し れ な いけ ど 身 に覚 え が な くて
/ で も べ つ に 気に し な い の あた し昔 から そ うだ から
」( 一〇 頁) とい う こと であ った し、 係 長の 叱責 にも
、 頭の 中 で「 あた しが お とな しい から っ て当 たり やが って
…
…」
( 二 五頁
)と 思い はす る が、 口 答え はし ない
。の こ は、 自 身に ふり かか るあ らゆ る 理 不尽 を「 べ つに 気に し な い」 と い うひ と言 で処 理す るキ ャラ クタ ーと して 読者 の前 に現 れる
。O Lが 登場
し、 職 場 を舞 台 とす る物 語で あり なが
ら、 仕事 を通 じた 成長 とい う テ ーマ は周 到に 排除 され て い るの で ある
。 で は、 この 作品 が描 き出 そう とし てい るも のは 一 体 何な のか
。そ れは 一般 職 O Lた ち の作 り出 すコ ミュ ニテ ィの 実態 だ。 本論 では それ を「 一般 職コ ミュ ニテ ィ」 と呼 ぶこ と
【図 1】安野モヨコ『脂肪と言う名の服を着て
[完全版]』祥伝社、2002 年 8 月、25 頁