博士学位申請論文審査要旨
申 請 者 氏 名 堀江 正伸
申 請 学 位 名 称
専 攻 ・ 研 究 指 導 地球社会論専攻 国際協力・平和構築論研究指導
論 文 題 目 国内避難民に対する人道支援の枠組みに関する考察 博士(学術)
スーダン・ダルフール紛争下の国内避難民キャンプ社会を事例として
A New Perspective on the Framework of Humanitarian Assistance for Internally Displaced Persons
A Case Study of an Internally Displaced Persons' Camp in the Darfur Conflict, Sudan
論 文 副 題
堀江正伸「国内避難民に対する人道支援の枠組みに関する考察
-スーダン・ダルフール紛争下の国内避難民キャンプ社会を事例として-」
Ⅰ.本論文の目的と意義
本学位論文では、「国内避難民も難民同様に国際社会から人道的支援を受けるべきである」
という従来からの考え方(仮説)の再検証を目的としている。つまり、急増する国内避難民
(Internally Displaced Persons: IDP)に対する人道的支援のあり方を難民(Refugee)との 比較研究を行うことでその共通点と相違点を明らかにする一方で、先行研究がほとんどない「国 内避難民の生活と国内避難民社会の実態とはいかなるものか」を明らかにすることでIDP支 援への在り方を再検証することを目的としている。筆者は3年間国連職員として人道支援に従 事したスーダン・ダルフール紛争下のIDPキャンプでの参与観察に基づくエスノグラフィー を利用し、事例分析で得られた成果を含めた実証的な研究を行っている。
本学位論文は大きく4つの論点から構成されている。第1の論点は、難民とIDPの置かれ ている立場の相違である。まず難民問題は第一次世界大戦後に注目を浴び、その後第二次世界 大戦より難民が急増する。1949 年には国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)が設立され、
翌年の 50 年には難民の保護を担当する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が設立された。難 民は 51 年の「難民の地位に関する条約」、その地理的、時間的制約を取り除いた 67 年の「難 民の地位に関する議定書」の2つの国際的な規範に基づき保護されている。換言すれば、「迫 害の恐怖から逃れるために、国境を越えて避難した人々」の保護対象として難民は位置づけら れた。
それに対して、本論文の主要対象であるIDPは「避難を強いられているが、自国内で避難 している人々」、つまり「国境を越えないが、避難を強いられている人々」である。このよう なIDPは特に、東西冷戦終結後の「新しい戦争」(M・カルドー)の出現で急増することにな る。しかしながら一方で、IDPには難民のような国際的保護に関する条約も、UNHCRの ような保護担当機関も存在しない。むしろ、「国境を越えない」避難民であるがゆえに、内政 不干渉原則に基づく国内問題として扱われている。
その結果、IDPを救済するうえで、いかに「国家主権原則」(内政不干渉原則)を乗り越 えられるのかが問われた。実際は、人道支援レジームや人権レジームの形成に基づく国際人道 支援システムを導入することで、まずはIDP問題解決が国際公共財であるという認識を持つ 戦略を提示している。この流れで 1998 年にはIDP問題担当国連事務総長代表が国連人権委員 会に『国内強制移動に関する指導原則』を提出し、現在に至るまでIDPの支援、保護に関す る規範として、人道支援従事者の拠り所になっている。
第2に、人道支援レジームを形成する国際機関間の関係である。すでに述べたがUNHCR は難民の保護を担当する国際機関であるが、IDPの急増を踏まえて、UNHCRを含めた国 連人道支援機関(国連食糧農業機関、国連開発計画、国連人口基金、国連人間居住計画、国連 児童基金、国連世界食糧計画、世界保健機関)、また世界銀行、各国援助機関、赤十字国際委 員会(ICRC)、非政府組織(NGO)などのシスタム外の人道支援機関の連携を深めた機関間常設
委員会(IASC)が 1991 年 12 月に国連総会決議(46/182)で設置された。
さらに、国連本体から国際人道支援システム全体の調整を担当する国連人道問題調整事務所
(OCHA)と国連国内避難民人権特別審議官もIASCメンバーになった。そこで、本論文の第 2の論点は、国際人道支援システム(あるいは国際人道支援レジーム形成)における人道支援 アクター間の主導権争いの問題である。難民の保護を担当していたUNHCRと他の人道支援 機関の主導権争い、国連本体からIASCに参加し、同システム全体の調整を掌るOCHAと 他機関との職務上の棲み分けなどの問題が背景にある。それは国際人道支援システムが人権を 背景にして人道支援の必要性を国際社会に認識させることに成功したにもかかわらず、上記人 道支援アクターの各自治をめぐる争いを背景に「移動する」と「移動しない」など支援のカテ ゴリー化やラベル貼りが行われることに繋がった。その結果、再び国家主権(内政不干渉原則)
が再確認されることになり、依然としてIDPの支援条件は上記指針で留まる理由にもなった ことを指摘する。
第3の論点は、国際人道支援アクターのIDP支援に対する方法論の問題である。「人権」
中心アプローチに基づく「保護」の概念の登場で、2005 年改革に基づく「クラスター・システ ム」が導入された。通常、人道支援システム内の各アクターはそれぞれの特色を背景にクラス ター(業務群)主導機関を担う。しかしその一方で、上記「保護」概念を背景にした保護クラ スターが生まれたことで、ほとんどすべての活動内容が保護クラスターに含まれるという各ク ラスター間の役割を不明瞭化する問題を引き起こした。その結果、保護クラスターの主導機関 であるUNHCRがIDP問題でもイニシアティブを執ることになる。しかしその一方で、何 よりも救済されるべき被災者の支援のニーズに合致しない事例が増大することになる。換言す れば、人道支援システム内外のアクター間に混乱を引き起こしている現実を踏まえ、クラスタ ー制度の機能の課題と限界を論じている。
第4の論点は、上記第1から第3の論点を踏まえて、筆者が国連職員として 2008 年から3年 間人道支援従事者として参与観察を行った事例研究から出された問題である。対象地域は、ス ーダン・ダルフールのモルニIDPキャンプである。モルニIDPキャンプは 2003 年から始ま ったダルフール紛争で約 7 万人の避難民が集まって出来たキャンプである。このキャンプでの 3年間での人道支援従事者としての参与観察を通じて筆者は従前のIDP分析に新たな視点を 提供する。
詳細は第3章と第4章に譲るが、まずIDPキャンプは難民キャンプとは異なり、UNHC R主導で受け皿をつくるわけではなく、自然発生的に避難民が安全な場所を求めてキャンプを 形成することである。つまり、後追いで人道支援が開始される。その結果、IDPがキャンプ をつくる以前にもすでに住民が生活を送っている場所である場合も多い。モルニIDPキャン プにおいても元来は 4600 人程度の村が存在していた。IDPの流入で元の人口の 10 倍以上が 同地に集まったことになる。
筆者はIDP社会を理解するうえで、いくつかの視点を示唆する。つまり、外部者としての 人道支援がIDPキャンプ内の社会階層、キャンプ周辺の人々との関係、受益者同士の関係な どの社会関係に関与することで様々な社会変容を引き起こしている点である。筆者は従来の援 助を通じた主従関係の見方に対して、むしろ人道支援がIDPキャンプ社会にどのような影響 を及ぼしているかという内側からの視点から見た人道支援の在り方を重視した。例えば、ID
Pは生活のすべてを人道支援に依存しているわけではなく、彼らの構成する社会は極めてダイ ナミックな動きを有している点である。端的に言えば、彼らの一部は社会変容を通じてキャン プ内で新たなビジネスを行い、あるいは従前からのビジネスを継続し、紛争加害者との妥協の 中で、依然として避難をしない者との様々な連携を模索するなど、まさにダイナミックな生き 方を展開しているのである。
IDPをめぐる都市部避難民に関する論考は散見されるものの、本学位論文のように、ID Pキャンプ内での詳細な分析と考察は管見の限り見当たらない。実際、IDP問題専門家が出 版した著書においても筆者の論考が引用されているほどである。確かに、第3章と第4章の参 与観察に基づくIDPキャンプ内での社会変容分析と考察は本学位論文のもっとも優れたオリ ジナリティを有するものである。しかし他方で、本論文の構成は、まずしっかりとした先行研 究分析を行っている点である。さらには国際関係論をはじめとする関連分野における学問的成 果を十分に取り入れている意味でも本学位論文の学術的価値は高いものと言える。
Ⅱ.本論文の構成
本論文は序章、第 6 章(終章)を含め、全 7 章から構成されている。また、目次、参考文献 等を含めると 259 頁からなる。序章から第 2 章までにおいては、研究の背景・意義、研究課題 の設定、研究の方法、現在までのIDP支援・保護をめぐる議論の整理と本論論文の分析枠組 みを提示している。第 3 章、第 4 章は、スーダンにおけるダルフール紛争下に形成されたID Pキャンプでのフィールド・ワークの成果を論じている。続く第 5 章ではフィールド・ワーク の結果を分析し、第 6 章においてはIDP支援とその保護に対する今後の在り方に対する提言 をおこなっている。
序章 国内避難民への人道支援
-研究の背景と意義-
第1節 本論文の問題意識
第2節 本論文で使用する主要用語の解説 第3節 本論文の構成
第4節 国内避難民問題に対する先行研究の類型化
第5節 本研究においてエスノメソドロジーを志向する意義 第6節 本論文における研究の意義と独創性
第7節 本論文の残された課題と批判の顧慮 第1章 人道支援、平和構築と国内避難民
-東西冷戦終結以前-
第1節 人道支援の歴史的流れ 第2節 人道支援への期待 第3節 人道支援への懸念
第4節 紛争に対する支援現場からの視点 第5節 国内避難民と人道支援
第2章 国内避難民問題への国際的取り組み
-ポスト冷戦期の新たな潮流-
第1節 国内避難民問題をめぐる概念、規範、国際法的発展 第2節 国内避難民支援への概念と規範の整備から生まれた概念 第3節 国内避難民問題に関する制度的発展
第4節 現行の国際的国内避難民支援と保護の枠組みに関する再考 第3章 国内避難民キャンプ
-事例:スーダン・ダルフール地方モルニ国内避難民キャンプ-
第1節 国民国家建設をめぐるスーダンの特殊性と複雑性 第2節 ダルフール紛争の背景分析
第3節 モルニ国内避難民キャンプの現状分析 第4節 第3章の小括
第4章 新しい食糧支援
-プロジェクト・ドキュメンテーション-
第1節 事例プロジェクト1:粉挽きバイチャー・プロジェクト 第2節 事例プロジェクト2:学校給食プロジェクト
第3節 第4章の小括
第5章 国内避難民への人道支援を振り返って 第1節 第1次元の課題:主権国家と人権
第2節 第2次元の課題:人道支援による新しいラベル 第3節 第3次元の課題:クラスター制度の曖昧性
第4節 支援、保護に関する規範、制度の整備に対する仮説の検証 第5節 今後検討されるべき問題
第6章(終章) 国内避難民支援に向けた展望と課題
第1節 人道支援機関の役割とドナー国の協力について 第2節 国内避難民社会を修復、再構築する人道支援へ 第3節 人道支援を通じた平和教育の可能性
第4節 結びにかえて 第5節 今後の課題 参考文献
付録 『国内強制移動に関する指導原則』
おわりに(謝辞)
Ⅲ.本論文の概要
【序章】国内避難民への人道支援―研究の背景と意義―
序章においては、まず「難民」、「国内避難民」、「国内避難民キャンプ」など本論文で頻 繁に使用される語句についての整理と解説を行っている。また、「国内避難民問題」、「国連 人道支援機関」、「国際人道支援システム」といった本論文の鍵となる語句の定義付けを行っ ている。次に、本論文の構成について整理している。序章では、既述の語句説明の他、論文構 成、先行研究の類型化、研究方法について整理している。
研究方法であるが、まず現在までのIDP問題の国際的規範とそれに関わる先行研究を「国 内避難民問題研究の理論」と捉えた。そのうえで、理論形成が立脚した仮説を再検証するとい う方法を採用している。仮説の検証には、実際の国内避難民社会で行なった参与観察の結果で あるエスノグラフィー(第 3 章、第 4 章)を使用した。
【第1章】人道支援、平和構築と国内避難民-東西冷戦終結以前-
第1章においては、人道支援、平和構築といった本論文と関連の深い概念の整理を行なうと ともに、東西冷戦終結以前のIDP問題についても分析する。なぜならば、IDPは東西冷戦 終結の 1990 年代初頭より急増したものの、実は 1990 年代以前から存在しており、彼らに対す る支援、保護も程度の問題はあれ、すでに行われていたことが文献やデータより明らかになっ ている。例えば、国連児童基金(UNICEF)や世界食糧計画(WFP)の成立は 1990 年以前であり、
彼らの受益者の多くは今日でいうIDPであったのである。
しかしながら、1980 年代には、既に国内避難民の支援、保護には限界があるということが既 に露見していた。その限界とは、国内避難民問題は文字通り「国内」の問題であり、国際的な 支援、保護は、内政不干渉の原則より困難な場合があるということである。この問題を本論文 では「主権国家の壁」と表現している。
「主権国家の壁」の問題は、国内避難民が難民と同様の国際的支援、保護を享受できないと いう問題を生起した。難民には、難民条約という国際法が存在し、また彼らを専門的に保護す る国連機関である国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が存在する。他方、国内避難民には支援、
保護のための国際法や専門機関はないのである。
【第2章】国内避難民問題への国際的取り組み-ポスト冷戦期の新たな潮流-
東西冷戦終結後にIDPが急増した背景には、カルドーのいう「新しい戦争」、つまり民族、
文化、言語、エスニシティの相違に成因した国内紛争の増加があった。しかし、ほとんどのI DPを生み出している国内紛争には、当該国家の関与があることは見過ごすことのできない点 である。そこに、「主権国家の壁」が立ちはだかった1つの原因が見られる。つまり、極論す れば、国家が自らIDP問題を生み出していると同時に、国際社会からのIDPの支援、保護 を、内政不干渉原則を盾に拒む場合が多発したのである。
第 2 章においては、国際社会が「主権国家の壁」に対してどのように突破口を切り開いたの かを、規範面、制度面という二つの側面から分析している。
まず規範面では、①人間の安全保障の概念、②国連人権委員会が中心となって作成した規範 である『国内強制移動に関する指導原則(Guiding Principles on Internal Displacement)』、
③国際法協会による議論と宣言、④国際人道支援システムが取り組んだ『国内避難民の恒久的 解決の枠組み(Framework on the Durable Solutions for Internally Displaced Persons)』
を取り上げ、それら規範の背景について分析を加えている。さらに、それらの規範作成の過程 で派生的に生まれた「保護」と「責任としての主権」という概念についても検討している。「保 護」「責任としての主権」という概念は、やがてIDP問題や人道支援といった枠組みを越え、
国家という概念や国際社会のあり方の問題にまで広がりを見せたからである。
次に制度面では、IDP問題に対処するために国連が行なった 3 回の改革について検討して いる。国連の改革は、1991 年、1997 年、2005 年にそれぞれ行われた。それら改革の過程は、既 述の「保護」という概念、つまり人権という視点を通して人々をどのように保護するのかとい う視点が、IDP問題への取り組みを介して人道支援全体に浸透していく過程でもあった。
現行の人道支援システムは、直近の 2005 年改革を反映したものであり、クラスター制度と呼 ばれる制度に代表されている。クラスター制度とは、設立の時期、政治的背景を異にする各人 道支援機関が協働するための制度である。究極的には、人道支援全体を一元管理する制度とし
て提案されたが、自立性、独立性を重んじる各人道支援機関の反対もあり、制度管理者である 国連人道問題調整事務所(OCHA)の権限は提案時よりも低いものとなっている。
また、第 2 章では、国内避難民支援、保護に関して作られた上記の規範や制度を整理し、既 存の理論が立脚している仮説を三つ抽出した。それらは、①国内避難民は難民と類似しており、
相違は国境を越えた否かである、②人権という概念は、「主権国家の壁」を乗り越えるために 有効である、③人道支援機関は協働できるという3点である。
【第3章】人道支援、平和構築と国内避難民
第3章は、実際のIDPキャンプにて行った参与観察(フィールド・ワーク)に基づくエス ノグラフィーである。フィールド・ワークは、スーダンにおいて 2003 年より現在まで継続して いるダルフール紛争下に形成されたモルニIDPキャンプにて 3 年間(2008 年 6 月-2011 年 5 月)行なった。
まず、ダルフール紛争と関連の強いスーダンという国の成り立ちと、ダルフール紛争の原因 を整理した。分析では、ダルフール紛争の背景が、国際社会で一般に捉えられているような「農 耕民対遊牧民」「アラブ人対アフリカ人」という単純な構図でないことを明らかにしている。
次に、実際のIDP社会を考察し①人道支援が、既に弱体化している「伝統的統治システム」
にさらなる変更を加えている、②敵同士とされている民族同士は、実は何世紀にも渡って共生 ともいえる関係を築いていた。しかし紛争、それに続く人道支援は、両者間の溝を深めている、
③味方同士とされるIDPキャンプ内の民族は、決して一枚岩的な関係を築いていない、④I DPは、国境を越えていないがために元来の社会関係の一部を継続しており、それがIDPキ ャンプにおける急速な社会変容の一因となっている、⑤IDPの移動により、彼らとの関係の 上に生活基盤を築いていた人々も、移動の有無に関わらずIDPと同様の脆弱性を経験してい る、⑥IDPの中には、不透明な将来への備えとして従前の社会関係を保持し、敢えて難民と ならずにIDPとなっている人々もいるなどの点を明かにした。
【第4章】
第 4 章は、IDPキャンプで実施された二つの人道支援プロジェクトに起因して生じた社会 変容の記録である。二つのプロジェクトは、ともに食糧支援の範疇で行われたものである。一 つ目の粉挽きバウチャー・プロジェクトは、人道支援からも影響を受けていたIDP社会内の 政治社会環境の変化を受けて失敗例となった。2 つ目の学校給食プログラムは、住民側からの再 三の要請に援助機関が応えたもので、保護者、コミュニティ、スーダン政府地方自治体職員と いった幅広い社会層を巻き込むことで成功例となった。
これら二つのプロジェクトの考察より、人道支援においても開発支援と同様の視点、つまり トップ・ダウンでなくボトム・アップの視点が有効であることが明らかとなった。さらに、紛 争や長引くIDPキャンプでの生活により弱体化した民族間の関係は、人道支援により復旧、
再構築することができる可能性を提示した。
【第5章】
第 5 章においては、第 3 章、第 4 章で観察した事項を①主権国家と人権、②人道支援による
ラベル化、③クラスター制度の曖昧性という三つの次元で整理している。
一つ目の次元では、ダルフールの人びとにとって「国家の意味するところ」が曖昧であるこ とや、多くの紛争においては国民の人権保護において第一義的な責任を負うとされる国家が主 たる加害者であることから、国家に第一義的な責任を求める人権に基づくアプローチは「主権 国家の壁」を突破するには力不足であることを指摘している。
二つ目の次元では、人道支援が人びとを無意識のうちにラベル化し、そのことがどのように して国内避難民の社会関係に影響をおよぼしているかを考察した。
三つ目の次元においては、クラスター制度に保護、人権といった概念が入り込んでしまった ために、クラスター制度で折角明確化した各人道支援機関の役割が再度曖昧なものとなった点 を指摘した。保護、人権といった概念は包括的であり、全ての人道支援分野を内包してしまう からである。
第 5 章では、以上の三次元の分析を基に、第 2 章で提示した仮説の検証も行なっている。ま ず、難民とIDPが類似しているという仮説に対しては、実際のIDP社会の変容は、難民社 会のそれと異なる部分もあるということを明かにしている。また、IDPを難民と同様の視点 で捉えることにより「移動の有無」が焦点となり、移動しなかった人々との支援、保護がおざ なりになっているばかりか、人々との間の溝を深めているということを指摘している。さらに、
国境という概念を活動条件に持つ難民の保護をIDPへ応用しようとする試みは、IDP問題 における「主権国家の壁」をより鮮明なものとする結果を招いた。
第二に、人権を基礎とした支援、保護の有効性について、特に東西冷戦後に発展した欧米の 自由主義に発端を持つ民主・人権レジームがダルフール社会に持ち込まれた時に生ずる問題を 提起した。まず、国際社会は、国家に変わって受益者に人権を付与できない点をあげている。
また、紛争以前の人権への理解が場所ごとに異なるため、普遍的な概念である人権を全ての場 所にそのまま適用することは難しい場合が多々ある。さらに、IDP問題に国家を第一義的責 任者とする人権の概念が持ち込まれたことで、冷戦終結以前に各人道支援機関が既に行ってい たIDPへの人道支援において、「主権国家の壁」を高くしてしまった可能性を指摘している。
人権を基礎とすることによって、国家の責任論が浮上するからである。
第三に、人道支援機関の協働システムの検証である。設立背景の異なる人道支援機関によっ て構成されていた国際的人道支援の枠組みを、人道支援の必要性によって再編することにより、
本来あるべき姿へと近づける提案をした。しかしながら、人道支援に出資される国際的資金の 一元管理という本来の提案が各人道支援機関の反対により実現していない点やドナー国間の協 調不足が、時間の経過とともに変化する人道的ニーズに応えきれないという問題を残している 点を指摘した。
【第6章】
第 6 章では、第 5 章で行なった分析を基に、今後のIDP問題政策に対して提言を行なって いる。まず、人権に変わるアプローチとして、脆弱性によるアプローチを提案している。それ は、第 5 章で指摘した通り、人権という概念が実はさほど普遍的なものでなく、それをもって
「主権国家の壁」を突破することはできないからである。しかし、脆弱性によるアプローチで は、人道支援機関が活動する個々の社会の情報を広く共有することが必須となる。一方、人道
支援機関の中には、彼らの活動に直結する分野の社会的データ収集を行っている機関もある。
既に具体的な支援、保護に関する情報の共有化という面で成果をあげている OCHA は、各人道支 援機関が持っている社会に関する情報のとりまとめや、共有化が行えないだろうか。
また、人道支援を、時間の経過とともに変わりゆく人道的ニーズに対応したものとするため には、国際的な資金管理を OCHA が一元的に管理し、時々のニーズに適合した活動への出資を図 ることが有効であると考える。資金の一元管理に関し、各人道支援機関の同意を得ることには 困難が伴うことが予想される。しかし、発生する人道危機ごとに OCHA を中心としたチームを組 織し、構成員を各人道支援機関よりの出向者とすることで各人道支援機関の政策決定への影響 力を保つなどの工夫は可能であろう。
最後に、人道支援の具体的な活動への提言を行なっている。人道支援は、国際社会、ドナー 国、受益国といった上層部と、受益者社会といった基層部分を横断的に活動しているという特 性を持っている。その特性を生かして、人道支援を介して紛争により弱体化した受益者社会の 人々との関係性を修復、強化するような支援を行なうことが可能であろう。そのためにも、既 述したような、受益者社会の背景、変化などに関する情報の収集が不可欠である。さらに、そ の情報を基に、人道支援をボトムアップ・アプローチへ転換する必要がある。
これらの考察を基に、本論文では1例として草の根レベルの平和教育を人道支援活動ととも に行なうことを提唱している。平和教育は、国連教育、科学、文化機関(UNESCO)が既に行な っているが、現在の履修方法は主に先進国における教育の場での使用を想定している。既存の 履修方法を、紛争の影響を受けたIDP社会やその周辺の子供達を対象に行えるよう調整する 必要がある。さらに、実際に教育を行なう人道支援機関職員、保護者や教員が、その場所の特 性に合うように履修方法を見直しながら平和教育を行なうなどの工夫は可能であると考える。
以上のような考察を基に、本論文は、IDPへの人道支援は、受益者社会への視点を持つこ とや、国際人道システムがその協働を一層強固なものとすることによって、残存する幾つかの 問題に対応できるという結論を導き出している。
Ⅳ.公聴会における質疑応答の概要
2016 年 1 月 29 日に行われた公聴会の主な質疑応答は、以下の通りである。
(○審査委員による質疑、◎筆者による応答)
○現在、国際社会の国内避難民(IDP)の議論は「脆弱性」に移っている。Affective Population と言われるように、影響を受けたコミュニティーを取り込むような、より広いカテゴリーが提 唱されていることに対して、現場経験からどう思うか。
◎Affective Population は、IDP&ホスト・コミュニティーとも呼ばれている。きちんと理 解しないと、現場で勤務している人間が混乱し、これまでと同様の問題を起こしてしまう。Do Not Harm も、理論は分かったが応用に問題があったために現場が混乱した。脆弱性については、指 摘の通りであるが、これからは、脆弱性に基づいた人道支援や、脆弱性とリベラリズムや民主 主義との関係が研究されるべきと考える。また、これらがどのように繋がっているのかという 研究が必要である。さらに、脆弱性に焦点が当たっても、地域ごとに対応されなければ、現在 の支援と同様の問題を引き起こす。そのためには、脆弱性や他の要因を理解するうえでの人道
支援機関による地元社会に関する情報収集が必要である。
○3・11 震災で被災した人の話で、避難所にいた人は情報が可視化されて援助が受けやすいが、
当人は自宅が半壊して被災したために、援助へのアクセスが途絶えた。緊急事態の中で、情報 収集をどこまで実施できるかという問題がある。人権という概念だけでは国家主権の壁を突破 できないと指摘しているが、その背景に「力(パワー)」がなければ、ガイドラインを作成し ても実現しない。2010年の国際政治を見ると、人権の遵守に対する力が衰退している。ア メリカの国力低下や国際秩序の維持の難しさが叫ばれる中で、条約やガイドラインを作成して も効果がないのではと思うが、どう考えるか。
◎現在、right base approach の考えの下、人道支援が人権レジームの中に取り込まれている。
しかし一つの異なる動きとして、世界人道サミットを挙げたい。2016 年 5 月に開かれる当サミ ットの重要な目的の 1 つは、人道の普遍性を再確認することである。シリア問題を中心として、
人道と人権の境目がなくなってしまったという意識があり、新人道主義という流れが存在して いる。そこから、初めて人道支援に焦点を当てた議論を行おうという試みが始まった。NGO や一 般人、国家からの意見を募り、まとめていこうとしている。世界の新しい動きと思っている。
○IDPをめぐる人道支援の在り方を論じる時に、国境を越えてないから支援できないという 国家主権の問題と、国連憲章と世界人権宣言や難民条約との関係性が非常に緊張する。当該国 家の承認がなくても国際公共問題として捉えることで、国際社会が関与できる問題であり、介 入をめぐる保護という視点から、どのようなプレーヤーがどう展開していったのかについて、
本論文のテーマとして不可分であったはず。この点にもっと目を向けるべきではなかったか。
◎2008 年から人道支援に携わったが、当初は自然災害に遭った国内避難民を支援していた。そ の後、ダルフールに移動し、紛争による国内避難民問題を知ることになった。背景にどんな政 治性を帯びているのかを理解し始めるきっかになった。博士課程での研究を通じて、IDP問 題や人道支援がいかに国際政治と結びついているのか改めて理解した。特に、外交問題と人道 支援は密接に関係しており、今後はさらに研究を進めたいと考えている。今回の博士論文の成 果は、事例研究を通じて、人道支援と国際政治の強い結びつきを明らかにしたと考えている。
○クラスター・アプローチを否定するものではなく、どう活かしていくのかに今後の課題があ る。どう進めていくのか、特にUNHCRとの関係で意見を聞いたい。
◎UNHCRは、難民保護が目的であり、難民支援は目的ではない。つまり、難民に物品を配 布することはしない。しかし、活動を拡大する中で、いつしか難民にビニールシートを配って いる。UNHCRは、難民関係の支援については非常に能力が高い。難民登録の方法は、ID Pにも応用できる。難民支援活動にUNHCRは不可欠である。しかし他方で、現場の役割を 整理するために、クラスター・アプローチが作られ、主要援助機関の重複が整理された。また、
ドナー国の協力が重要である。ドナー国がクラスター・アプローチを理解することが求められ ている。そうでないと、WFPにビニールシートを配れと言われてしまうことになる。
○人道的介入は、国際政治を背景にした軍事色の強いものである。そこで、シリアやイエメン
の問題を対テロとか、軍事介入やパワーの行使の文脈で捉えるべきではないか。
◎学位論文とは別に、価値観外交に基づく人道支援の問題について投稿した。積極的平和主義 の文脈では、ODAの中に人道支援が入っているが、それを切り離すことはできないのかとい うことを論じている。国際社会では、パワーに対抗できなかったという反省があり、世界人権 サミットでも論じられたように、人権とは切り離して人道に戻る必要があるという潮流が生ま れている。日本は、依然として国益を背景に人権で支援を主張する。世界では、国際人権法で はなく、国際人道法に戻る必要があると考えている。国が承認しなくても、国家内の赤十字は 活動していいとの考え方である。この考え方を拡大させる必要があるのではないか。
○人権は、政治的に、パワーとの関係の中で利用される。経済制裁をどう捉えるかも、人権法 ではなく、人道法の中で確認するべきという指摘がある。人道を、いかにパワーの問題から切 り離してやっていくのか。
◎まず「保護」が何を指すのか明らかにする必要がある。UNHCR保護官の意見も場所が変 わると変わってしまう。定義を確認する必要がある。つまり、人権ではない保護がある。それ は、広義の人権を指している。例えば、食糧支援をしているときに、弱者への配慮があるかと いう問題に対して、UNHCRが口出すことではない。WFPが弱者への配慮をすれば良いの であり、そこに「保護」とうい概念を持ちだして議論する必要はない。一方で、イエメンの空 爆に対して、空爆を避けるべき地域を連合国に伝えたのは、保護クラスターの成果であり、非 常に有意義な活動と考える。保護クラスターは、上層での「保護」に目を向けるべきで、国家 が一元的な責任を負うことに関して現場で追求しても仕方ない。
○本論文の中で、第 3 章が学術的に非常に重要な貢献をしているし、様々な示唆に富んでいる。
確かに、WFPによる食料援助が人命をつないだが、WFPに出口戦略はなかったのか。外部 の援助は必要だが、自立を促す援助はできなかったのか。
◎現在、自助努力を支援する援助はタブー視されている。理由は、自助努力を支援することは、
IDPがそこに定着することを認めてしまうことになるからである。IDPはあくまで一時的 に滞在しているという存在でなければならない。しかし現実には、帰還しないことはほぼ明確 である。帰還しないという選択肢を与えるために、そして脆弱性を弱めるために、農業支援の ようなことを積極的にやるべきと考える。出口戦略については、援助を物からお金にすること を実施した。WFPはお金を与えて、IDPが自分達でそのお金を食料に変えられれば、支援 が効率化できると考える。しかし、モルニIDPキャンプでは、これまでWFPが導入してき た方法ではうまく機能しなかった。それは、特権階級による抵抗だった。現在、現金をベース とした出口戦略は、ドナーレベルで流行している。決して受益者がお金を求めたから始まった のではない。とにかく、後付けで出口戦略を考えても機能しないので、始めから考えることが 重要である。またドナー国が、食料援助を好む理由は、受益者が毎日目にする国旗が末端まで 浸透するからである。人道支援は、ドナーとの協力関係が必須である。もっと踏み込んで言え ば、外交と人道支援の関係が、出口戦略には必要なのではないか。
○ザンビアでアンゴラ難民の調査をしたとき、自宅付近に畑を作って作物を収穫していた。国
によって、食料援助が行われたり、自助努力へのプロジェクトがあったり、ばらつきがあるの か。UNHCRは農具や漁網を支給している。
○土地の所有権との関係で、キャンプ付近に畑を耕すことは、ホスト・コミュニティーは受け 入れるのか。
◎指摘の通り、問題が発生する。人道支援の失敗事例もあるので、地元社会を観察する必要が ある。しかし、興味深い事例もある。ホスト・コミュニティーにとって、IDPは安い賃金で 入手できる貴重な労働力になっている。彼らを雇用して、食料だけではなく、商品作物の栽培 を開始する例もある。こういう事象に対して、国際社会はどこに支援するべきなのかが問題に なる。
○難民になることを選択しない人々が増加していると本論文に書かれていたが、現地の治安状 況が改善しているということか。
◎少数民族が帰還した理由は、自分達で行っている遊牧民との交渉がうまくいっているからで あった。また、PKOが展開し、農地のパトロールを開始していたこともある。ナイジェリア 軍、ルワンダ軍のパトロールが治安改善に寄与した役割は大きいと考える。
○帰還民が増加するような支援をすることが重要ではないか。
◎UNHCRのガバナンスという柱の中で、遊牧民のリーダーと話し合ったり、海外の警察官 を派遣して、UNDPの枠組みの中で現地の警察に指導したりという活動は実践されている。
○本論文を読むと、難民に対する支援の在り方が、IDPに応用されているという大きな流れ がある。国際社会の現実は、国境が低くなっている一方で、高くなっている地域もある。特に 中東では、国境の領域が不鮮明になっている。では、IDP問題から逆に難民に対する教訓は ないのか。社会経済的な側面を考えたときに、IDPの経験が難民に寄与することはないのか。
◎今後の研究課題としたい。
Ⅴ.総合評価
(1) 着眼点、方法、内容、結論等におけるアイディア、独創性
本論文の意義は、一般の研究者がアクセスしにくいダルフール紛争下の国内避難民キャンプ で実際の国内避難民(IDP)を「ソフトターゲット」として調査研究対象に選択したことである。
また、丁寧な参与観察に基づく実務を通じた貴重な研究である点で独創性が高いと評価できる。
さらに、IDPに関する類書が少ない中で、国際関係、難民関係など必須の文献を網羅して、
IDP問題の論点を整理した点でも高く評価できる。
(2)論文のテーマ設定の妥当性、重要性
本論文は、IDPに関する先行研究が少ない中で、まず国内避難民(IDP)問題の論点を整理 した点で重要である。IDPに対する人道支援が有する有益な側面を指摘する一方で、有害で ある側面も考察した。また、人権に焦点を当てることで過度に人道支援の敷居を高め、国家の 警戒心を高めたことを分析した。さらに、IDPというカテゴリーを過度に強調したことによ
り、そのカテゴリーから漏れた人々が発生した点も明らかにした。事例研究を基に、移動がで きない人や、ホスト・コミュニティーの存在に対する着目が薄れたことも指摘している。これ ら問題点を指摘した点で、本研究の妥当性と重要性は高いと考える。
(3)テーマに応じた論文の構成の妥当性
第 1 章で人道支援の歴史的流れを踏まえ、国際社会における人道支援の見方が整理されてい る。難民問題とIDP問題との共通点と相違点を人道支援の流れの中で分析・考察している。
第 2 章では、ポスト冷戦期の新しい人道支援の潮流を分析している。特に、IDP問題に関す る国際社会の人権や人道支援の枠組みを国際規範の流れから分析している。第 3 章と第 4 章で は、本論文の貴重な参与観察に基づく事例研究を行い、併せて第 1 章や第 2 章におけるIDP 問題の分析枠みにフィードバックさせる考察が含まれており、論文構成の妥当性は高いと考え る。
(4)先行研究のサーベイをふまえた専門分野における貢献度
すでに述べたが、難民研究に関する先行研究の多さに比べ、IDP問題の文献は東西冷戦後 に国際社会から注目された点で少ない。したがって、国際関係論、平和構築論、国際協力論、
国際人権論、難民関係などの関連文献を利用した分析枠組みを基に、フィールド・ワークを加 味してIDP問題を考察している。言うまでもなく、本学位論はIDP問題の貴重な先行研究 として今後同問題を研究するうえで貴重な研究成果となり、学会への貢献度は高いと考える。
(5)データや資料に裏付けられた実証性
関連分野における文献研究をはじめ、筆者が人道支援従事者としての利点を生かし、参与観 察に基づくフィールド・ワークで得られた第一次資料、さらには国連職員として得られた第一 次資料などが駆使された論文として、その実証性は高いと考える。
(6)論旨展開における論証力、説得力
第 1 章、第 2 章で、人道支援の歴史的流れと国際社会が提起した規範を踏またうえで、第 3 章と第 4 章で、人道支援従事者として得られた貴重なIDPキャンプでの参与観察が展開され ている。また、それらの参与観察を踏まえて国際社会が提起してきた国際規範との合致点と離 反する問題点を明らかにしていることで、論旨展開における論証力と説得力を高めていると考 える。
(7)専門用語や概念に使い方における正確さ、妥当性、充分性
本論文では国際関係論、国際協力論、平和構築論、国際人権論、難民関係など重要なキーワ ードに関しては、序章のなかで項目を設けており、専門用語やその概念に関する説明を行って から本論での議論を展開している。
(8)引用の仕方、注の付け方、資料の利用の仕方、文献リストの作り方における正確さ、妥 当性、充分性
引用、注の付け方、資料の利用や文献リストの作り方も丁寧に行われている。
(9)社会科学研究科の独自性から要請される学際性、実践性
すでに述べたように、本論文はまず第 1 章と第 2 章では、国際関係論、国際協力論、平和構 築論などの分析枠組みを踏まえて論点を明確し、第 3 章や第 4 章では、フィールド・ワークに 基づく参与観察、エスノメソドロジーなど社会学や文化人類学の手法も取り入れている。本論 文では、学際性や実践性が十分に読み取れる内容になっている。
(10)論文全体としての卓越性
繰り返しになるが、IDP問題の先行研究が少ない中で、本論文の同分野での果たす学問的 貢献度は非常に高いと考える。また、関連分野における参考文献も非常に充実しており、この 点でも高い評価が得られる。
Ⅵ.残された課題
最後に、本学位論文における残された課題に言及しておきたい。筆者自身も指摘しているが、
まず本論文のもっとも重要な第 3 章と第 4 章の事例研究の場所がダルフール紛争下のモルニI DPキャンプが中心である点である。1 つのキャンプの参与観察をもってIDPとIDPキャン プ社会の問題点を指摘することは難しい。つまり、IDPキャンプが抱える問題の一般性を高 めるためには、さらなる事例が求められる。また、同様に調査時の時間的制約も指摘されるし、
参与観察者の客観的立場の問題もある。
次に、上記点に関連するが、IDP問題の国際政治と国内政治の関係性である。国境を越え た難民問題に比較して、IDP問題は難民問題との類似性が高い一方で相違性もある。例えば 難民は可視性が高い一方で、IDPは国内にいる点で可視性が低い場合も多い。難民はUNH CRが難民キャンプを予め設定する場合が多いが、IDPは様々な場所へ避難することで必ず しもIDPキャンプに収まらない(筆者も指摘している)。そうなると、IDP問題をいかに 今後研究していくのか、IDPキャンプを選択しない避難民(都市避難民など)の課題があり、
今後多様化するIDP問題に対応する新たな枠組みが重要になっていくと思われる。
しかしながら、本論文の評価は審査委員一同が認めるように、国内避難民問題における「I DPとIDP社会の実態」を明らかにした点で大きな学問的功績として評価できる。残された 課題はむしろ今後の研究課題として期待するものである。
以上を以って、論文審査、公聴会での質疑応答に鑑み、審査委員一同躊躇なく評価が一致し、
本論文の著者が「博士」(学術)の学位を受けるに値すると判断した。
審 査 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 多賀 秀敏 審 査 員 早稲田大学社会科学総合学術院准教授 博士(政治学) 早稲田大学 奥迫 元 審 査 員 成蹊大学文学部国際文化学科教授 Docteur en Droit Public ナンシー第二大学 墓田 桂