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博士学位申請論文審査要旨

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Academic year: 2021

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(1)

早稲田大学大学院社会科学研究科 

博士学位申請論文審査要旨 

 

申 請 学 位 名 称  博士(学術) 

申 請 者 氏 名  森下  俊一郎 

専攻・研究指導  政策科学論専攻  管理技術論研究指導  論 文 題 目  顧客志向経営の本質とその構造の解明 

Analysis of the Essentials and Structure of Customer-Oriented Management   

審査委員会設置期間  自  2009年  2月12日      至  2009年  9月25日   

受理年月日    2009年  2月12日   

審査終了年月日    2009年  9月25日   

審査結果    合  格   

審査委員 

  所  属  資  格  氏  名 

主任審査員  社会科学総合学術院  教授  常田  稔  審査員  社会科学総合学術院  教授  野口  智雄  審査員  社会科学総合学術院  教授  佐藤  紘光  審査員  社会科学総合学術院  教授  土方  正夫 

審査員  明治大学商学部  教授  山下  洋史 

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博士(学術)学位申請論文審査要旨

森下俊一郎  『顧客志向経営の本質とその構造の解明』

1.  論文の主題

  顧客志向経営(Customer Oriented Management)の重要性が経営学研究者の間で認識され るようになったのは、ドラッカーが1956年の著作で事業の目的は顧客の創造であるとし顧 客尊重の重要性を指摘したことを契機としていると言われている。以来、レビット、コト ラーらを経て、多くの経営学研究者が顧客志向経営のあり方を研究してきており、特に、

マーケティング論、消費者行動論等の分野には優れた研究が数多く見られる。一方、経営 の実務の世界においても、1970 年代の終わりから 1980 年代初めにかけて市場の飽和と自 由化が進み、それまでに取られて来た製品・サービスの差別化戦略に行き詰まりが生じ始 めたことを受け、顧客志向経営の重要性が認識されるようになり、多くの企業が顧客尊重 を経営の根幹として掲げ、顧客志向経営を目指すことを標榜している。

しかしながら、顧客志向経営ということばは、実は、はなはだ曖昧な概念であり、論者 によってその定義も多様で研究内容も研究者によってばらばらである。従って、現在のと ころ、顧客志向経営は経営学において統一的な研究方向もしくは確定した分野を形成して いるとは言い難い。また、実務界においても、顧客志向経営ということばの意味の多様さ からその実践の仕方も企業により多様である。さらには、顧客志向経営を企業業績を高め るための手っとり早い経営手法(経営ツール)と捉えている企業もある。研究論文の中にも そのように論ずるものが見られる。顧客尊重という概念は経営のひとつのあり方としての 理念であるから、それは目的として措定されるべきものであっても、手段として措定され ることはあってはならないはずである。

本論文は、顧客志向経営が顧客尊重の理念に立脚したものであるならば、研究すべき主 題は、顧客志向経営によって如何に利益を上げるか(how)ではなく、顧客志向経営は経 営のひとつの姿として如何にあるべきか(what)であるとし、顧客志向経営を実用的な経 営手法としてではなく、学問的な研究対象として捉え、実際の企業における経営行動を定 性・定量の両側面から厳密に分析することにより顧客志向経営の本質とその構造を明らか にしようとするものである。

2.  論文の構成

  本論文は、30行×40字(1頁相当)、全268頁(目次を除く)、約21万7千字(目次 を除く、脚注・参考文献を含む)で構成されている。目次は、以下のとおりである。

- 目次 - 

 

序章.本研究の背景と目的………1   

1 章. 顧客志向経営研究の潮流と課題 

はじめに………・6  1-1.顧客志向経営への注目………・7  1-2.顧客満足/価値の測定と経済分析(顧客満足と業績との関係)………・12 

(3)

1-2-1.品質と業績 12 

1-2-2.離反顧客削減と新規顧客獲得のコスト 14  1-2-3.従業員満足と収益性 15 

1-2-4.顧客満足と顧客ロイヤリティ 16  1-2-5.顧客価値モデル 18 

1-3.顧客満足やロイヤリティ向上のための経営手法………19  1-3-1.苦情処理 20 

1-3-2.顧客のセグメンテーション 20  1-3-3.マス・カスタマイゼーション 22  1-3-4.IT戦略 24 

1-3-5. ワン・トゥ・ワン・マーケティング/CRM 24  1-3-6.顧客の経験 27 

1-3-7.現場の従業員 29 

1-3-8.経営者のリーダーシップ 30 

1-4.経営戦略としての顧客志向経営………32  1-5.主要先行研究の整理と課題の提起………35  本章のまとめ………38   

2 章. 顧客志向経営の実践事例からの仮説構築 

はじめに………40  2-1.ヒューレット・パッカード社と HP Way………40 

2-1-1. HP  Way 41 

2-1-2. 日々の業務での HP Way の実践 48  (1) MBO (Management By Objective) 49 

(2) MBWA (Management By Wandering Around) 49  (3)オープン・ドア・ポリシー(Open Door Policy) 50 

2-2. HP と顧客志向経営………51  2-2-1. HP Way における”顧客” 51 

2-2-2. 製品品質から経営品質へ 52  2-2-3. HPにおける品質の再定義 54 

2-3. 顧客志向経営の展開………57  2-3-1. カスタマ・ライフサイクル・モデル 57 

(1)興味と検討  58  (2)選択と購入 58 

(3)納入と設置(最初の 30 日間) 58  (4)学習と使用 59 

(5)破棄と再購入 59 

2-3-2.知識の共有とフィードバック 59  (1)トップダウンアプローチ 60 

(2)ボトムアップアプローチ 62  2-3-3. 調査と評価 63 

(4)

2-4. HPにおけるマス・カスタマイゼーション………65  2-4-1.製品デザインのモジュール化 65 

2-4-2.製造プロセス・デザインのモジュール化 66  2-4-3.サプライ・チェーン・デザインのモジュール化 67 

2-5.オペレーショナル・エクセレンスを目指して………68  2-6. HPの事例から導出される顧客志向経営のフレームワーク………・69  本章のまとめ………72   

3 章.ベストプラクティス企業における顧客志向経営の事例研究 

はじめ………73  3-1.事例研究対象企業の概要とケーススタディの先行研究………73 

3-1-1.アスクルの事業概要と先行事例研究  74  3-1-2.ベネッセの事業概要と先行事例研究  77  3-1-3.デルの事業概要と先行事例研究  81  3-1-4.花王の事業概要と先行事例研究  83 

3-1-5.ザ・リッツ・カールトン・ホテルの事業概要と先行事例研究  86  3-1-6.スターバックスコーヒーの事業概要と先行事例研究  89 

3-1-7.先行事例研究の要約  92 

3-2. ベストプラクティス企業における顧客志向経営の実態………93  3-2-1.アスクル株式会社における顧客志向経営の実態  93 

3-2-2.株式会社ベネッセコーポレーションにおける顧客志向経営の実態  103  3-2-3.デルにおける顧客志向経営の実態  109 

3-2-4.花王株式会社における顧客志向経営の実態  119 

3-2-5.ザ・リッツ・カールトン・ホテルにおける顧客志向経営の実態  130  3-2-6.スターバックスコーヒーにおける顧客志向経営の実態  135 

3-2-7.本節の要約と小括  138 

3-3.ベストプラクティス企業における顧客志向経営の KJ 法による整理………142  3-4. ベストプラクティス企業から抽出される顧客志向経営の要件………・・144 

3-4-1.”理念の共有化”における顧客志向経営の要件  144  (1)経営者のリーダーシップによると理念へのコミット  144  (2)顧客サービス志向の人材採用 145 

(3)顧客尊重の理念を基にした教育研修 146  (4)顧客満足を反映した人事考課と報酬制度 148  (5)従業員満足の重視 148 

(6)現場の従業員への権限委譲 149  (7)現場主義の企業風土や組織 150  (8)顧客視点による組織体制 151 

3-4-2.”理念の具現化”における顧客志向経営の要件 152  (1)顧客ニーズの把握 152 

(2)顧客との双方向コミュニケーションの重視 153  (3)IT システムによる情報やデータの共有 154 

(5)

(4)顧客満足や顧客価値の指標化と管理 155  (5)顧客ニーズの製品やサービスへの反映 156  (6)他社との効率的な業務提携 157 

(7)優れたオペレーション・システム 157  3-4-3.本節の要約と小括 159 

3-5.アンケート調査の結果と考察………・・161 

本章のまとめ………・・164 

補論.顧客志向経営の実践企業へのインタビュー………・165 

  4 章. アーカイブ・データによる顧客志向経営の定量分析  はじめに………172 

4-1.顧客志向に関わる定量分析の先行研究………172 

4-2.分析に用いるアーカイブ・データ………173 

4-3.アーカイブ・データにおける顧客志向経営の記述統計分析………175 

4-4.顧客志向経営と企業業績との相関分析………177 

4-5.顧客志向経営行動に対する因子分析………178 

4-5-1.直交解による因子分析(バリマックス回転・主因子法)179  4-5-2.斜交解による因子分析(プロマックス回転・最尤法) 180  4-5-3.因子分析結果の比較と考察 181  本章のまとめ………・184 

  5 章. アンケート調査による顧客志向経営の構造分析と診断チェック・リストの開発  はじめに………・185 

5-1.企業経営における定性的概念の定量的指標化の例………・186 

5-1-1.企業経営の指標・評価モデルの例 186   5-1-2.顧客満足度 187   5-1-3.顧客満足総合企業ランキング等 187   5-1-4.企業総合評価モデル(PRISM,CASMA, WORLDʼMOST ADOMIRED COMPANIES 500) 188   5-1-5.バランスト・スコアカードにおける評価尺度 190   5-1-6.マルコムボルドリッジ賞における評価尺度 191   5-1-7.顧客・市場志向度診断尺度(SOCO,MKTOR,MARKOR) 192  5-1-8.先行研究の検討 193  5-2. アンケート調査の概要と結果………・・195 

5-2-1.アンケート調査票の設計 195  5-2-2.アンケート調査の実施 196  5-2-3.アンケート調査の基本的な統計分析 197  5-2-4.各質問項目と企業業績との相関分析 198  5-3.顧客志向経営を測定するための尺度の開発………・200 

5-3-1.アンケート調査結果の因子分析 201  5-3-2.抽出された因子の解釈 202 

5-3-3.下位尺度の構成 204   

(6)

5-3-4.合成尺度の構成 206  5-3-5.全体尺度の構成 208 

5-3-6.専門家による評価による構成された尺度の妥当性の検討 209  5-3-7.一般顧客による評価データからの尺度の妥当性の検討 212  5-3-8.顧客志向経営のフレームワークの妥当性に関する定量的検証 213  5-3-9.構成された尺度による顧客志向経営と業績との比較 214 

5-4. 顧客志向経営の簡易版診断チェック・リストの開発………215 

5-4-1. 顧客志向経営に対する簡易尺度の構成 215  5-4-2.顧客志向経営を診断するチェック・リストの考案 217  5-4-3.顧客志向経営の企業類型 219  5-4-4.顧客志向経営の診断チェック・リストを用いた事例 222  本章のまとめ………・227 

  6 章.結論と今後の課題  6-1.各章の結論………・229 

6-2.本研究の成果………・234 

6-3.本研究の結論………・236 

6-4.今後の研究課題………・238 

  結びにかえて………・240 

  参考文献………・242 

付録………・……256  3.  各章の概要

  本論文の概要は以下のとおりである。

序章.本研究の背景と目的

  序章では、本論文の出発点としての研究の背景と研究の目的を述べる。

1970年代の終わりから 1980 年代初めにかけて市場が企業主導型から顧客主導型に転換 し、企業において顧客志向経営が注目されるようになった。しかし、顧客志向経営という ことばが曖昧なため、どのような経営が顧客志向経営なのか企業の実務家にも、実は、き ちんと把握されているわけではない。一応、顧客を尊重した経営であるとの解釈が基盤に あるにしても、その捉え方は多様である。実務家の中には高度な情報処理技術によって顧 客の購買行動を分析し製品やサービスを提供することこそが顧客志向経営であると解釈す る者もあるし、地域の顧客と密着し家族ぐるみのつきあいを続ける経営が顧客志向経営で あると解釈する者もある。また、顧客尊重の理念を掲げた企業が顧客の信頼を失墜するよ うな不祥事を起こしてしまった事例も多々ある。してみると一体何が顧客志向経営で何が 顧客志向経営ではないのかとの疑問が生ずる。

顧客志向経営とは、企業の利益を確保するために、顧客の満足度を高めることであると の解釈も存在する。このような解釈は、顧客尊重を念頭においてはいるものの、顧客志向

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経営をあくまでも利益追求の手段、顧客満足管理の一方法として捉えていると言わざるを えない。顧客志向経営が真に顧客満足を目指すものならば、利益を上げるための経営手法 を顧客志向経営と解釈することには疑問が生ずる。企業とは社会に貢献し株主・従業員・

顧客を含めたさまざまなステークホルダーの利害を調整する場であるとの考え方がある が、それからしても、顧客志向経営を利益追求の手段とすることは根本的に間違いである と言わざるをえない。

一方、経営学の分野でも顧客志向経営はさかんに研究され、多くの優れた研究成果が現 れているが、それら先行研究の中にも顧客志向経営を経営の単なるツールと見做すものが 少なくない。顧客志向経営を研究の対象とする場合、それをツール(手段)として間接的 に捉えるのではなく、それを目的と考え真正面から直接的に捉えるべきではないか。さら に、先行研究の中には1社もしくは数社の事例から得られた知見を安易に一般化し、あた かも普遍的な法則であるかのように論じている例もある。いやしくも、顧客志向経営を学 問的対象として研究しようとするならば、科学的態度をもってそれに対峙し、科学的方法 と科学的手続きによってアプローチすべきではないか。

以上の問題意識を背景とし、本論文では、第1に顧客志向経営の本質を明らかにし、第 2に顧客志向経営の要因とその構造を学術的に明らかにし、第 3に顧客志向経営を実現す るために行うべきことを明らかにすること研究目的とする。よって、この研究はあくまで も顧客志向経営のwhatに関するものであって、howに関するものではない。

1章 顧客志向経営研究の潮流と課題

  本章では、顧客志向経営の先行研究をレビューする。

  レビューに先立ち、顧客志向経営の定義を概観したところ、それらが実に多様性である こと、研究者によって研究の着眼点も著しくが異なることが明らかとなった。

1950年代のドラッカー、1960 年代のコトラーらの先駆的研究を経て、1980 年代のアル フレッド、ゼンケらによって顧客の重要性が確立される過程が明らかにされた。それらの 研究では、業績の優れた企業の特徴として顧客への志向を見いだし、好業績企業が重視し ている顧客を意識した経営が顧客志向経営であると捉えている。しかし、その捉え方は概 念的であり、顧客の重要性を理念的に説いただけであって、実証を伴うものではない。

1990年代に入ると、バゼル、ゲイルらによって購買データから顧客の視点での製品やサ ービスへの評価・満足と企業業績との関係を統計学的(定量的)に明らかにする研究が現 れた。さらに、サッサーらによって従業員満足→従業員ロイヤリティー向上→生産性向上

→顧客満足→顧客ロイヤリティー向上→収益性向上という“サービス・プロフィット・チ ェーン”なるフレームワークが提示され、ブラットバーグ、アンダーソンらによって精密 な経済分析から顧客重視の経営は企業業績を高めることが実証された。これらの研究では、

顧客志向経営を企業業績と顧客満足・顧客ロイヤリティーを関連づける経営として捉えて いる。しかし、これらの研究は顧客志向経営を利益追求の手段として捉えるあまり、顧客 志向経営の本質である顧客尊重の考え方が欠落していると言わざるをえない。また、これ らの研究は本来顧客の購買行動の研究であって、企業の経営行動そのものの研究ではない。

このような流れを受け、1990年代には、顧客満足・顧客ロイヤリティーの向上のための 具体的な手法が開発されるようになった。例えば、サッサー、ヘスケットは苦情処理の具 体的な方法論を展開し、ウッタル、デビッドウは顧客セグメンテーションの概念を提示し、

(8)

バイン、ビクターらはマス・カスタマイゼーションの方法を提案した。これらの研究では、

顧客志向経営が企業業績向上のために顧客満足・顧客ロイヤリティーを獲得することであ ると捉えられ、顧客志向経営があくまでも経営の手段としてしか考えられていない。また、

研究方法的にも、1社もしくは数社の事例データから経営手段としての顧客志向経営の有 効性が確認されているのみであるという方法論(技術論)的問題が残る。

1990年代後半から 2000年代にかけて、上記の手法は、次第に、ベイソン、シーボルト の提唱するIT戦略やペッパー、ロジャースの提唱するワン・トゥ・ワン・マーケティン グのような戦略的色彩を帯びるようになった。トレーシー、ウィセーマは企業が顧客と隣 人のような関係を築き顧客の生涯にわたって価値を提供する能力をカスタマー・インテマ シーと名付け、グラティとオールドロイドはこれを具現化するための3本の柱からなる経 営戦略を提示した。これらの研究では、顧客の視点から経営を行うための全社的な戦略が 示されている。しかし、その定量的な検証はなされていない。

以上を鳥瞰すると、顧客志向経営研究の潮流を一葉の表として体系化することができる。

さらに、理念であるはずの顧客志向経営が多くの先行研究で手法として論じられ、その 概念が曖昧もしくは不明確であり、明確な定量的研究であってもその対象が顧客の購買行 動であって企業の経営そのものではない、定性的研究で見いだされた知見の定量的検証が なされていない、等の問題点もしくは課題を提起することができる。

2章 顧客志向経営の実践事例からの仮説構築

  本章では、優れた顧客志向経営を行っているとされている企業の実践事例を概観するこ とによって、顧客志向経営の構造を見いだすことを目的とする。

  事例として取り上げた企業は、米国系IT企業のヒューレット・パッカード社(以下、

HPと略記する)である。同社はいくつかの研究書において顧客志向経営に優れた企業の 事例として採り上げられ、また、「最も信頼される企業ランキング」で世界2位、テクノ ロジー・サービス・サポート企業における「顧客満足ランキング」で世界1位になる等、

顧客志向経営に優れた企業として定評がある。それ故に、同社に対する学術的ケース・ス タディーも多く、その経営を分析するための客観的データが豊富な企業である。本論文の 著者は同社に17年間在籍しており、この章の分析は著者の経験から得られた知見を基にし ている。ただし、分析の客観性と従業員としての守秘義務から、記述はすべて公開資料で の裏付けと引用が得られるものに限ることにする。

  HPでは、創業当初から人間の尊重と信頼を基にした顧客重視の経営理念があり、それ はHP Wayとして表現されている。このHP Wayは、日々の業務の中で実践され、経営管 理においても、従業員各自の達成目標はその方法については個人の創意工夫に委ねられる というMBO(Management By Objective)、マネージャーが現場に出向き様々な従業員と コミュニケーションをとる慣習としてのMBWA(Management By Wandering Around)、

マネージャーがいつでも従業員の相談に応ずるための間仕切りのないオフィスの確保とい うOpen Door Policy等が実現している。HP Wayを顧客に向けて実践するためには、HPで は「HPが成功してきた根底にあるのは、顧客のニーズに答えるための努力である」とし、

品質という考え方を製品品質から経営品質に広げ、それを企業全体の最適化とプロセス全 体の質を高める経営と捉える。その上で、顧客が製品やサービスを選択してから破棄する までの間の包括的な体験をTCE(Total Customer Experience)として捉え、TCEの知識を社

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内全体で共有し、トップダウンとボトムアップの双方向からTCEサイクル全体に渡って顧 客ロイヤリティーを高めるためのプログラム(TCEプログラム)を企画・運営している。

このTCEプログラムの実践のために、製品デザインのモジュール化、製品プロセス・デザ インのモジュール化、サプライ・チェーン・デザインのモジュール化が図られ、顧客ニー ズに合った製品・サービスを提供することを可能にしている。

  以上を要約すると、HPは人間の尊重と信頼による顧客重視の経営理念(HP Way)を基 底にし、経営トップがその理念を社内外にコミットし、その理念をMBO、MBWA 、Open Door Policy等によって全社に浸透させている。すなわち、HPには顧客尊重の経営理念を 従業員や組織に浸透させる企業慣習が存在する。これは、「理念の共有化」ということば で表現できる。同時に、HPは顧客重視の経営理念(HP Way)を具現化するために、顧客 の各TCEサイクルにおいて顧客満足・顧客ロイヤリティーを指標化してそれに基づく目標 設定・施策実施を行い、顧客志向の経営戦略をトップダウンとボトムアップの双方向から 展開し、製品・サービスを効率よく生産し提供する仕組みが機能している。すなわち、H Pには顧客尊重の経営理念を実現するための仕組みが存在する。これは、「理念の具現化」

ということばで表現できる。当然ながら、「理念の共有化」がよりよくなされているなら ば、顧客志向経営もよりよくなされるであろう。しかし、「理念の共有化」がいくらうま くいっても、「理念の具現化」が実現されていなければ、顧客志向経営はよりよく実現さ れるとは言い難い。「理念の共有化」と「理念の具現化」が同時に果たされるとき(両者 が合成されるとき)、はじめて顧客志向経営はよりよく実現するはずである。

  そうしてみると、顧客志向経営とは、顧客尊重の経営理念を基点とし、「理念の共有化」

と「理念の具現化」という2つのベクトルの合成ベクトル(和ベクトル)であると考える ことができる。本論文では、この考えを顧客志向経営を概念的に把握し分析するための基 本的な枠組み(フレームワーク)と捉え、本論文における基本仮説として定立する。ただ し、このフレームワークは、仮説として提示されたものであってその存在および妥当性が 実証されたものではない、HP1社の実態分析から導出されたものであって多くの企業に 普遍的に当てはまるとの保証はない、事例研究から主観的に措定されたものであってデー タ分析から客観的に同定されたものではない、との問題点を指摘しなければならない。

3章  ベストプラクティス企業における顧客志向経営の事例研究

  本章では、顧客志向経営のベストプラクティス企業6社の事例を分析し、その経営実態 から顧客志向経営のフレームワークの妥当性を定性的に検討し、逆に、フレームワークの 存在を前提とするとき、ベストプラクティス企業の経営実態からいかなる顧客志向経営の 要件が抽出できるかを検討する。

  事例研究に先立ち、文献等で顧客志向経営のベストプラクティス企業としてしばしば採 り上げられている企業30社を抽出してフィージビリティスタディを行い、特に顧客志向経 営に優れており、かつ、質量ともに十分な資料が公開され客観的で公正な分析が可能と判 断される企業6社を抽出した。次に、これら6社に対する先行研究をサーベイし、先行研 究で語られている6社がいずれもそれぞれ明確な顧客尊重の経営理念を持ちその経営が顧 客志向であると言いうることを確認した。

こうした準備の下に、6社の経営の実態の資料を分析し、具体的な経営行動からそれぞ れの経営理念を抽出した。抽出された理念は,「お客様のために進化する」、「一人ひと

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りのお客様に“こうなりたい”をお手伝いする、よく生きている社員がよく生きる顧客を 支援する」等表現に相違はあるものの、いずれも顧客尊重を謳ったものであることが確認 された。次に、それぞれの経営の実態を詳述し、そこから顧客志向経営の実践であると判 断される事実を抽出して整理・分類した。この整理・分類作業から、ベストプラクティス 企業における顧客志向経営の実践は顧客尊重の理念を「理念の共有化」と「理念の具現化」

の2つの面から実現していることが確認できた。さらに、抽出した顧客志向経営の実践実 例を改めてばらばらに分解しそれぞれを一文に表現し直し、得られた約50の表現に対して KJ法を適用して整理・分類を試みた。その結果、KJ法で言うところの“島”として「理 念の共有化」と「理念の具現化」に相当するものが表出していることが確認できた。以上 によって、ベストプラクティス企業の顧客志向経営は顧客尊重の理念に基づき「理念の共 有化」と「理念の具現化」の概念によって捉えられることが確認できた。よって、前章で 仮説として提示した顧客志向経営のフレームワークの妥当性は、主観的かつ定性的である が、肯定的に確認された、もしくは、少なくともベストプラクティス企業の顧客志向経営 をこのフレームワークで語っても矛盾は生じないということが確認されたと結論できる。

以上の作業によってベストプラクティス企業における顧客志向経営が本論文で仮定した フレームワークによって把握・分析できることが確認されたので、今度は逆に本フレーム ワークの存在を仮定したときに、ベストプラクティス企業の経営実態から「理念の共有化」

と「理念の具現化」に対応する要件としていかなる概念が抽出できるかを検討した。その 結果、「理念の共有化」における顧客志向経営の要件として経営者のリーダーシップによ る理念へのコミット、顧客サービス志向の人材の採用等の8要件が抽出され、「理念の具 現化」の要件として顧客ニーズの把握、自社と顧客との双方向コミュニケーションの重視 等の7要件が抽出された。その抽出作業を受けて、ベストプラクティス企業はこれらの要 件を実際に実践しているか否かを確認するため、改めて資料に当たりそれらを整理して表 にまとめることにより、ほとんどの企業が実践している要件、半数程度で実践している要 件、あまり実践されていない要件に分類できることが分かった。ただし、公開されている 資料で要件の実践状況が様々であるのは、資料からは読み取れなかった、もしくは、資料 には公開されていなかったものが存在するとの可能性が考えられる。そこで、これらの要 件をもとにしてアンケート調査票を作成し6社に送付した。その結果、5社から回答が得 られ、それらの分析結果から、「理念の共有化」に関しては従業員満足、経営者の理念へ のコミットに関する項目の得点が高く、「理念の具現化」に関しては顧客満足の定量的管 理、オペレーショナル・エクセレンスの得点が高く、これらが概ねベストプラクティス企 業において実践効果があったと考えられ、顧客のコミュニティからのフィードバックは平 均得点が低くかつ標準偏差も大きく、各社での実践状況に隔たりがあることを見出された。

さらに、各社の得点を平面上にプロットすることにより、ベストプラクティス企業の経営 実態が「理念の共有化」と「理念の具現化」を成分とするベクトルと考えると、いずれも 良好な領域に位置することが確認された。これらのことから、仮説としてのフレームワー クは、顧客志向経営の実態を分析するための有用な道具となりうると結論することができ る。

本研究の過程で、著者はたまたま居酒屋およびイタリアンパスタ等の飲食店舗を運営す る企業の経営スタッフから顧客志向経営の実態を聞く機会を得た。そこにおいては、本フ レームワークを用いてインタビューを構成することにより顧客志向経営の実態を効率的に

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引き出すことができることが確認できた。そこで、これを本章の補論として付け加える。

4章  アーカイブ・データによる顧客志向経営の定量分析

  日本能率協会経営革新研究所は、1991 年「第13 回当面する企業経営課題に関する実態 調査」と題するアンケートを実施し、その結果をアーカイブ・データとして公表している。

この中には、顧客志向経営に関するものと見做すことが可能な20項目の質問が含まれてい る。そこで、本章ではこのデータを用いて、多くの先行研究で論じられている顧客志向経 営と企業業績の間に相関関係があるか、本研究で仮定したフレームワークは定量的にその 妥当性が示されるか、フレームワークにおける「理念の共有化」と「理念の具現化」はど のように概念化されるか、を統計学的方法論によって検討する。

先ず、データの平均値および標準偏差の分析によると、本調査対象企業においては顧客 の重要性が認識されているものの、具体的な顧客志向経営の実践状況には企業間で相当の 違いがあることが見いだされた。

各質問項目と年間売上、経常利益、売上高成長率、経常利益成長率との相関係数を求め てその結果を検定することにより、各質問(企業行動)と企業業績の間には顕著な相関関 係を認められないことが明らかになった。この事実は、第一に企業業績に影響する要因は 多数・多様であり、もし顧客志向経営が企業業績の要因であるにしても、それは数ある要 因のうちの一つにすぎないと考えるべきこと、第二に顧客志向経営が企業業績を向上させ るにしても、それは一連の要因の連鎖の最先端において向上を生起させると考えるべきこ とから説明できると考えられる。

  さらに、これらのデータに対して2通りの因子分析を試みた。直交解による因子分析(バ リマックス回転・主因子法)によっては2つの因子が抽出され、質問内容から、それぞれ

「顧客の意見を反映させた独自の製品・サービス」、「顧客重視の人材と組織体制」と解 釈された。また、斜交解による因子分析(プロマックス回転・最尤法)によっては3つの 因子が抽出され、それぞれ「差別化した製品・サービス」、「顧客重視の人材と組織体制」、

「顧客の意見を収集、製品・サービスへ反映させる仕組み」と解釈された。両者の解釈の 意味上の比較を行うと、直交解による因子分析から得られた第2因子は斜交解による因子 分析の第2因子に対応し、直交解による因子分析から得られた第1因子は斜交解による因 子分析から得られた第1、第3因子を合成したものに相当する(前者の第1因子質問内容 が後者の第 1、第 3 因子質問内容に殆ど一致する)ことが明らかとなった。さらに、各因 子の意味内容を詳細に解釈すると、直交解による因子分析からの第1因子(もしくは、斜 交解による第 1、第 3因子)はフレームワークの「理念の具現化」に相当し、直交解によ る因子分析からの第2因子(もしくは、斜交解による因子分析による第2因子)はフレー ムワークの「理念の共有化」に相当することが分かった。以上から、第2章で提示した顧 客志向経営のフレームワークの妥当性が定量的に確認されたと結論することができる。た だし、本アーカイブ・データは必ずしも顧客志向経営そのものを調査する目的のものでは なく、質問項目数も20と十分なものではないことに注意しなければならない。

5章  アンケート調査による顧客志向経営の構造分析と診断チェック・リストの開発   本章では、前章を準備として、顧客志向経営に特化した質問を十分な数用意し、それに よるアンケート調査を実施し、そのデータを分析することにより、顧客志向経営実践と企

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業業績との間の相関関係を再確認し、顧客志向経営を定量的に把握するための尺度を開発 し、尺度を用いて顧客志向経営のフレームワークの妥当性を定量的に検証し、尺度を手が かりに顧客志向経営を構成する下位概念とその特徴を明確にし、尺度を応用した顧客志向 経営の成熟度を評価するための実用的な診断チェック・リストを開発し、診断チェック・

リストの実用性を確認することを目的とする。

  先ず、企業経営における定性的概念の定量的指標化に関する6つの優れた先行研究をレ ビューし、それぞれの概要・長所・短所を分析した。その結果、これらの先行研究は顧客 志向経営の成熟度を測定する指標の開発を目的とするものではないが、本研究における尺 度開発の参考にはなるとの結論が得られた。

  次に、先行研究(1 章)、HP社の事例研究(2章)、ベストプラクティス企業の事例 研究(3章)、アーカイブ・データ分析(4章)、および、日本経営品質賞の質問項目等 を参考にして、56の質問項目を構成した。これを企業担当者が10分以内で回答できる40 質問項目に絞り、さらに大学院生を対象としたシミュレーションから質問項目の表現を答 えやすい形に洗練させ、5段階評価のリッカートスケール・アンケート票を完成させた。

アンケート対象企業は、約3700社の上場企業から発送可能な数を約1000社と見込んで第 1 次的に 940 社をランダム・サンプリングし、これに『日経ビジネス』誌の「CSR(消費 者の視点)」および『週間ダイヤモンド』の「顧客満足度総合ランキング127社」におけ る企業を加え、重複するものを除いて1049社をアンケート対象企業とした。アンケート票 は、対象企業の総務・広報部門の担当者宛に2007年7月に郵便配付し郵送回収した。最終 的な有効回収数は 191 社(有効回収率 18.1%)であった。分析は、すべて SPSS11.0J for Windowsを用いて行った。

  基礎記述統計量を算出してみると、「経営理念に顧客重視の考え方が明確に記述されて いる」の平均得点が4.67と群を抜いて高く標準偏差は0.599と最も小さいことから、いず れの企業も顧客尊重の理念を掲げ顧客志向経営を重視する姿勢を示していると判断でき る。

  各質問項目と企業業績(売上、営業利益、経常利益、利益、一株益、ROE、ROA)との 相関分析から、いくつかの顧客志向経営行動と企業業績との間には統計的に有意な相関関 係が見られるものの、その相関係数は総じて小さく、特に顕著な相関関係があるとは言い 難いことが分かった。従って、顧客志向経営と企業業績とを直接的・短絡的に結びつけて 顧客志向経営を礼賛するいくつかの先行研究の危険性を指摘することができる。

  次に、アンケート調査データから顧客志向経営を定量的に表現・測定するための尺度を 構成することを目的として、できうる限り厳密な因子分析を適用することにした。先ず、

データに天井効果もしくはフロアー効果がみられる4つの質問項目を分析対象から外し、

因子間にある程度以上の相関が想定されることから斜交解による因子分析を採用し、最尤 法・プロマックス回転により固有値1.0 以上の因子を抽出し、8因子を得た。固有値1以 上の因子を因子解釈に用いる例が多いが、これは必ずしも厳密な方法ではないので、本論 文では固有値のスクリープロットを求め、その傾斜から判断して第4因子までを因子解釈 の対象とした。解釈すべき質問項目は、多くの研究で用いられている因子負荷量が 0.400 以上のものとした。以上の準備のもとに因子解釈を行った結果、第1因子「顧客視点の人 事組織」、第2因子「顧客満足やニーズの管理」、第3因子「顧客視点の経営戦略」、第 4 因子「顧客満足への担当責任」と解釈された。これらの因子におけるクローンバックの

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α係数を求めてみると、0.7928〜0.9366 であり、これらの因子が下位尺度を構成する上で 妥当なものであることが保証された。そこで、第1、第2、第3、第4因子からなる尺度を x1、x2、x3、x4とし、各尺度の構成要素を各因子における質問項目、各尺度の尺度得点をそ れぞれの質問項目のリッカート尺度得点の合計として4つの下位尺度を構成した。すると、

顧客志向経営は定量的には4次元斜交空間x1−x2−x3−x4で表現できることになる。

  次に、第1因子「顧客視点の人事管理」と第4因子「顧客満足への担当責任」を合わせ て考えると、これは顧客志向の人材や組織を整える人事管理を行い顧客満足に対する責任 を負うことによって顧客尊重の理念を全社で共有しようとすることがその内容であると考 えられる(これらの因子を構成する質問内容もそのようなものである)。よって、これら の因子を合成すると、顧客志向経営の「理念の共有化」という合成概念になると解釈でき る。同様に、第2因子と第3因子を合成すると、「理念の具現化」という合成概念になる。

そのように考えると、x1、x2、x3、x4における下位尺度得点をa、b、c、dとすれば、「理念 の共有化」はx1−x2−x3−x4空間においてx1=a、x2=0、x3=0、x4=dを成分とするベクト ルs=(a,0,0,d)で表現できることになる。同様に、「理念の具現化」はベクトルe=(0,b,c,0) で表現できる。また、eおよびsの尺度得点は、それぞれのベクトルのノルムと解釈すべき である。かくして、合成尺度「理念の共有化」=s、合成尺度「理念の具現化」=eが得ら れたことになる。以上をもとにして、x1−x2−x3−x4空間においてベクトルeとのs和r=e+s

=(a,b,c,d)を求めると、ベクトルrは「理念の共有化」と「理念の具現化」を合成して全体 としての顧客志向経営を定量的に表現したものであると解釈することができる。これを全 体尺度と呼ぶことにする。当然、rの尺度得点はそのノルムと考えるべきである。

  以上によって構成された下位尺度、合成尺度、全体尺度の妥当性を検証するために、著 者、大学教授(経営科学専門)、大学院生(経営科学専攻)、実務家(会社社長)からな る4名(いずれも顧客志向経営にある程度以上精通している)がアンケート回答企業 191 社(実名を明記)から顧客志向経営を実際に行っていると考えられる企業を選出し、3名 以上から選出された企業26社を「顧客志向経営実践企業」と定義し、それ以外の165社を

「その他の企業」と定義して、両者の尺度得点を比較した。その結果、すべての尺度に対 する得点平均の差の t 検定結果が両者間で有意(1%水準)となった。さらに、『日経ビ ジネス』誌の「顧客満足ランキング企業」をアンケート回答企業から抽出したところ 29 社あったので、これらの企業と「その他の企業(162 社)」について、尺度得点平均の差 の t 検定を行ったところ、やはり1%水準で有意となった。これらの事実から、構成され た尺度は「顧客志向経営実践企業」と「その他の企業」、もしくは、「顧客満足ランキン グ企業」と「その他の企業」を切り分ける良い指標となっていることが確認された。

  この結果を受けて、2章で提示した顧客志向経営のフレームワークと5章で構成された 顧客志向経営の尺度とを比較した。すると、両者は、明らかに、一対一に対応している。

よって、提示したフレームワークの妥当性は肯定的に検証されたと結論づけてよい。注意 すべきことは、2章で提示したフレームワークは主観的・定性的に構成されたものであっ て概念的分析にのみ活用可能なものであるのに対して、5章で構成された尺度は客観的・

定量的に構成されたものであって操作的分析に適用可能なものであるということである。

  構成された尺度と企業業績(売上、営業利益、経常利益、利益、一株益)との相関係数 を求めたところ、両者の間の相関はそれほど顕著ではないことが明らかとなり、本尺度は 企業における顧客志向経営の成熟度を測定する指標にはなるが、企業業績を測定する適切

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な指標にはならないと判断される。

  同様の相関分析から、「理念の共有化」の下位概念“顧客満足への人事組織”と“顧客 満足への対応責任”は業績との相関が殆どなく、「理念の具現化」の下位概念“顧客満足 やニーズの管理”と“顧客視点の経営戦略”は業績とある程度以上の相関があることが明 らかとなった。また、「理念の共有化」の概念は属人的、模倣困難、暗黙知的、深層的、

intangible、「理念の具現化」はシステム的、模倣容易、形式知的、表層的、tangible等のそ れぞれ特徴を持ち、概念的には対照的であるが、定量的には両者の間に一定の相関関係が あることが明らかとなった。従って、両者の相乗効果が良い顧客志向経営を生むと考えら れる。

  このようにして構成された尺度は理論的にきわめて厳密なものである。しかし、その尺 度得点を求めるためにはノルムを計算しなければならず、企業実務家にとってはいささか

面倒で実用的とは言い難い。そこで、実用的・簡易な尺度を構成することとし、尺度 e、s 、rの尺度得点を、それぞれ、下位尺度得点の単純和とする簡易尺度を構成し、この

簡易尺度も先の項と同様な検定を行うことにより妥当なものであることを確認した。さら に、実用性の観点からは、因子解釈に用いた因子負荷 0.400 以下の質問においても 0.400 に近いものは活用可能と判断し、それらの質問項目を加え、同様な簡易尺度を構成してそ の妥当性を確認した。以上をもとに、「理念の共有化」に関する質問8項目、「理念の具 現化」に関する質問10項目、計18項目の質問からなる顧客志向経営の診断チェック・リ ストを開発した。また、開発されたチェック・リストを理論的に検討し、顧客志向経営の 成熟度を4つのタイプ(バランス型、体制先行型、仕組み先行型、要改善型)に類型化し た。これにより、チェック・リストでの評価結果から評価対象企業がどの類型に属するか を位置づけ顧客志向経営に優れた企業へと改善して行く道筋の手がかりを与えることがで きる。さらに、ある企業の社長に本診断チェック・リストによる自社の自己評価を実施し てもらい、その結果のインタビューから、本チェック・リストが一定以上の実用性を持つ ことが確認された。ただし、この確認は1例のみに基づくものであるので、注意を要する。

6章  結論と今後の研究課題

  本章では、本研究における結論、研究の成果、今後の課題が述べる。

  1章では、顧客志向経営に対する主要先行研究をレビューし学説史的に検討することに よって、この分野を鳥瞰的・体系的に整理することができた。2章では、ある企業の顧客 志向経営の実態を調査することにより、そこから顧客志向経営を把握・分析するための概 念的なフレームワークを導出できた。3章では、顧客志向経営のベストプラクティス企業 6社のケース・スタディから具体的な経営行動を抽出・整理・分類し、それによって2章 で導出した顧客志向経営のフレームワークの妥当性を定性的に確認し、かつ、逆にフレー ムワークを使用して具体的な経営行動を分析しそこから顧客志向経営に必要な要件を概念 化することができた。4章では、アーカイブ・データに対する統計分析を実施し、顧客志 向経営の実態と企業業績結果とには必ずしも高い相関関係がないことを見出し、また、同 データに因子分析を実施し、そこからフレームワークの妥当性が支持されることを見出す ことができた。5章では、アンケート調査を実施してそのデータを分析し、そこから顧客 志向経営に特化した質問項目と企業業績の間には高い相関関係がないことを見出し、さら に、同データに因子分析を実施し、その結果から顧客志向経営を定量的に評価・測定する

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ための操作的尺度を構成し、その尺度から仮説としてのフレームワークの妥当性を厳密に 検証し、その尺度が企業業績を測定するためには不向きであるが顧客志向経営の成熟度を 測定するためには適切であることを確認し、顧客志向経営の下位概念の特徴を明らかにし、

その尺度の簡易化を図り顧客志向経営の実態を評価してその改善に役立てるための実用的 な診断チェック・リストを開発しその一定の実用性を確認することができた。

  以上をまとめ、結論として、顧客志向経営の本質は、顧客尊重の経営理念を組織および 従業員に浸透させる「理念の共有化」、および、製品・サービスという価値を顧客に提供 する仕組みを機能させる「理念の具現化」の2つのアプローチを着実に実践する経営であ る、と言うことができる。

  本研究の今後の課題としては、理論面では、因子分析は必ずしも常に安定した結果をも たらすものではないことから、さらなるアンケート調査を実施し因子分析を繰り返すこと によって仮説の検証を確実なものにして行くこと、実用面では、診断チェック・リストの 実用性の検討が1社のみであったことから、今後ともその試用・改良を重ね実用性を高め て行くこと、の2点を挙げることができる。

4.  論文に対する評価

  以下は、各審査員から示された本論文に対する評価、指摘、批判の要約である。

  序章に関しては、顧客志向経営は売上向上のための手段ではないとして研究を出発させ ているが、研究の目的が鮮明であり、そのような研究はあまりないためオリジナリティが 認められるとの評価があった。その一方で、経営学の分野では顧客志向経営を手段と考え ることがむしろ主流であり、また、手段ではないと言い切ることも必ずしもできないので、

手段であるか否かはその考えが正しいか否かではなく立場の相違と捉えるべきであり、本 論文はある一つの立場に立ってのものであると言うべきであるとの指摘があった。

  1章に関しては、120 を超える文献をよく渉猟し、それらの本質を抽出している、特に この分野を鳥瞰し体系化した研究はあまり見られないので、経営学説史的にも意義のある 成果であるとの評価があった。その一方で、収集された文献にやや古さが目立つ、この分 野では特に重要な位置を占めるコトラーへの言及に深みが欠けているとの批判があった。

  2章に関しては、主観的・情緒的な記述になりがちな自分の勤務する企業に対して公開 されたデータのみから客観的な事例研究を行い、論理的に無理なく仮説の導出に到ってお り、結論にも説得力があるとの評価があった。その一方で、3章との重複部分が多いので、

記述の仕方に工夫をすることが望ましかったとの指摘があった。

  3章に関しては、事例の実態をよく浮き彫りにしている、また、それによるフレームワ ークの妥当性の主張にも説得力があるとの評価があった。その一方で、記述の冗長性が目 立つ点が気になったとの指摘があった。

  4章に関しては、他者によって与えられたアーカイブ・データに対する統計分析である ことは問題だが、5章への準備と捉えると重要な意味を持つ章と認めることができるとの 評価があった。その一方で、顧客志向経営と企業業績との間には顕著な相関が見られない との見解に強い疑問が呈された。両者の間の関係性を認めることが殆どの経営学関係の研 究で当然の前提とすらなっているという現実からすると、この見解はあまりにも性急であ る、相関行列をよく見ると相関係数は小さいとは言え統計的に有意なものもあり、顧客志 向経営と企業業績の間にはある程度の関係があると認めるべきではないか、あるいは、相

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関係数が小さいからこそさらに深い考察を進めるべきではないか、との批判である。

  5章に関しては、調査・分析・推論の過程が厳密であり、従って、得られた結論は説得 力に富むものであり、方法論(技術論)的にも興味ある結果を残しており、また、この分 野におけるこのような研究は殆ど見当たらず、きわめてオリジナリティに富むものである との評価があった。その一方で、斜交解による因子分析を実行しているが、応用科学であ る経営学におけるモデルはシンプルなものが望ましい、直交解による因子分析も試みるべ きではなかったかとの指摘があった。また、本章においても、顧客志向経営と企業業績と の間に相関はないとしているが、やはりその結論は疑問であるとの批判があった。

  6章に関しては、全体をよくまとめており、今後の課題も納得のいくものであるとの評 価があった。その一方で、本論文の経営学もしくは経営哲学に対する位置づけとその発展 への貢献をきちんと指摘するべきであったとの批判があった。

  全体を通じては、顧客志向経営の本質に腰を据えて取り組んだ姿勢が良い、全体のバラ ンスが取れた論文である、構造の解明を深く押し進めた力作であり技術論的にも興味深い、

論文としてのオリジナリティが認められる、等の評価があった。

  本論文に関して、最も批判と議論が集中したのは、顧客志向経営と企業業績の関係に対 してであった。それに関して、著者から、データ上両者に高い相関関係が認められないの は企業業績に関係する要因は顧客志向経営の他に多数ありうること、一般に経営の実践か ら業績までには長い要因の連鎖がありうることが原因と考えられる、従って、顧客志向経 営を実践することによって顧客満足の向上や新規顧客の獲得等の連鎖が生じ、またそれら の要因間に相乗効果が生まれることによって中・長期的には企業業績に貢献して行くだろ うと思うとの見解が表明され、審査員もこの見解に一応納得した。しかし、企業業績に関 係する要因が多いならば、単回帰分析だけではなく重回帰分析も行うべきであった、タイ ムラグを前提とした回帰分析も行うべきであった、それらは今後の研究課題とすべきであ る、との指摘があった。これに対して、著者はそのような分析にはすぐにも取りかかりた いと考えていると回答した。また、顧客志向経営と企業業績の間に顕著な相関はないとの 統計分析結果が出たが、これは当初の顧客志向経営は経営のツールではないとの考えを支 持する結果であると考えるかとの質問があり、著者は一応そのように思うと回答した。

  一人の審査委員から、顧客志向経営の重要性は確かに認める、それが重要であることは 実は誰でも認めることであろう、にもかかわらずそうでない経営をしている企業が存在す るのは何故かとの根本的疑問が呈された。これに対して、著者からは、企業経営者は短期 的利益上げることが要求され短期的成果を出さざるを得ないことがその原因と思うとの回 答がなされた。同審査委員は、短期的視点から顧客志向経営の方向を取らないという考え には同意できるが、さらに考えると、顧客志向経営を進めるためにはコストがかかる、従 って短期的財務諸表をよくすることが難しくなり顧客志向経営から離れざるを得なくなる のであろう、経営者によっては長期的財務諸表には効果が出るに違いないとの信念からコ ストがかかってもそれを進める経営者もあるだろうとの見解が示された。さらに、同審査 員から、長期的に見た場合、顧客志向経営は業績の変動を小さくする効果が期待され、そ れが投資家の要求する資本コストの低下に結びつく可能性があるとの指摘がなされ、著者 からは今後の重大な研究課題として受けとめるとの回答があった。

  別の審査委員からは、本論文で開発されたものは顧客志向経営は何かという分析モデル、

および顧客志向経営の現実はどのようになっているかという評価モデルであって、顧客志

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向経営をいかに行うかというデザイン・モデルではないないので、今後そこに踏み込んだ モデルを開発することが望ましいとの指摘がなされ、著者から実務家としてその方向の研 究には大いに興味があるとの回答がなされた。

  以上は審査委員から出された評価、指摘、および批判の要約であるが、全体として本論 文を見た場合、いくつかの問題点が散見されるが、それらは逆に言えば、今後の研究課題 の萌芽と言うべきもので本論文の今後の発展性への期待と言うことも可能であり、同時に、

この分野における類似論文が殆ど見られないことから本論文は学問的オリジナリティに富 むものである、との評価が審査委員全員に一致した見解であった。

従って、本論文は経営学、特にマーケティング論、消費者行動論、管理技術論等の分野 の進歩に一定以上の貢献をなすものであると言いうるだろう。また、本論文は著者の実務 家としての経験に基づく洞察と学徒としての研鑽に基づく分析とがよく融合したものであ り、本研究科の教旨に沿うものであるとも言いうるだろう。

5.  結  論

  以上の審査の結果、審査委員は全員一致で、本論文の著者が博士(学術)の学位を受け るに値するものと認める。

2009年7月24日

審査委員

主査  早稲田大学教授      常田  稔       早稲田大学教授      野口  智雄       早稲田大学教授      佐藤  紘光       早稲田大学教授      土方  正夫       明治大学教授    工学博士(早稲田大学)、商学博士(明治大学)    山下  洋史  

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