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早稲田大学大学院社会科学研究科
博士学位申請論文審査要旨
申 請 学 位 名 称 博士(学術)
申 請 者 氏 名 澤 智恵
専 攻 ・ 研 究 指 導 地球社会論専攻 比較文化・比較基層文化研究指導
論 文 題 目 日本の知識人と記紀神話
Japanese Intellectuals and Japanese Myth
審査委員会設置期間 自 2010年10月14日
至 2011年 2月10日
受理年月日 2010年10月14日
審査終了年月日 2011年 2月10日
審査結果 合 格
審査委員
所 属 資 格 氏 名
主 任 審 査 員 社会科学総合学術院 教 授 池田 雅之
審 査 員 社会科学総合学術院 教 授 古賀 勝次郎
審 査 員 社会科学総合学術院 教 授 内藤 明
審 査 員 東京大学教養学部 大学院総合文化研究科
教 授 黒住 真
2 博士(学術)学位申請論文審査要旨
澤 智恵『日本の知識人と記紀神話』
1.本論文の主題
本論文は、日本の記紀神話について、知識人による解釈の系譜という視点から考察し、
記紀神話のもつ意義を明らかにしようと試みた研究である。がんらい、記紀神話研究の アプローチとしては、文学・民俗学・考古学・歴史学・神話学等々、さまざまの学問領 域が存在している。それは、これら各学問領域の基礎知識なくしては十分に理解するこ とができないほど、記紀神話が複雑な側面をもっているといえるからである。
しかし、本論文は、これら従来の学問領域の枠にはとらわれず、神話研究の専門家で はない4人の知識人の記紀解釈を比較対照するという独創的な手法によって、横断的か つ包括的な視点から記紀神話の本質に迫ろうとした、意欲的な論考である。
申請者がこのような視角を選択したのは、日本の思想史において、重大な転換期が訪 れるたびに、記紀神話が大きな役割を果たしてきており、それゆえ、思想史的な視点か らの記紀研究が極めて重要であるという認識にもとづいている。
和辻哲郎によれば、日本文化は重層的であるという。そうであるとするならば、神話 が象徴する文化の基層は、現代に生きる我々のなかにも脈々と流れ続けているはずであ る。世界の淵源を語る神話をどう受け止め、解釈するかによって、解釈する側の世界観・
生命観もまた明らかにされる。
古事記・日本書紀という、史料の乏しい時代のテクストがどのようなものであったか を、「客観的に」検証しようとすることは、いうまでもなく非常に重要で興味深い試み である。だが、テクストそのものを研究することよりも、それがわれわれの意識の内に どのように受け止められ、思想的に何をもたらしたのかを、個別的・主観的な思想から 学ぶことのほうが、はるかに意味をもつ場合もあるのではないかと申請者は問いかける。
「普遍は特殊に於てのみ普遍であり得る」(和辻哲郎)からである。
記紀に関しては、これまで数多くの研究がなされてきた。しかし、それらは記紀のテ クスト解釈をめぐる議論や、特定の思想家に関する研究の一環としてなされたものが大 多数である。日本の思想史における記紀解釈の系譜という視点からの研究については、
残念ながらまとまったものがほとんどないといってよい。そういった意味では、本論文 は記紀神話研究の盲点をついた業績といえる。
本論文では、近代から現代にかけて、日本の思想界に大きな影響を与えた4人の知識 人の記紀解釈論を取り上げている。ここに、神話学の専門家を含めないのは、幅広い分 野について思索し、言論活動を行っていた知識人が、とくに記紀研究へと関心を深めて いく過程を重視するからである。彼らを記紀へと導いたものは何か、そして彼らが記紀 に見たものは何かを検証することによって、その時々に記紀が日本の思想、日本の文化
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や社会に与えてきた影響を明らかにしようと申請者は試みる。
研究対象の知識人の選択にあたっては、主として、①日本の思想史上、大きな影響を 与えたこと、②記紀、とくに神代について詳しく研究していること、③その記紀研究が、
各人の研究全体において重要な位置を占めていること、以上3つの条件が考慮された。
これらの条件のもと、近代から現代までを一つの流れとしてみるうえで連続性のある顔 ぶれとして、津田左右吉・和辻哲郎・丸山真男・河合隼雄の4人の知識人が研究対象に 定められた。各人が「なぜ記紀研究にいたったのか」「いかなる視点に立脚して記紀を 解釈したのか」「記紀をどう読み、そこに何をみたのか」、という3点を議論の主軸とす る。
2.本論文の構成
はじめに
第1章 合理的批判の登場 ―津田左右吉―
第 1 節 実証主義者の記紀解釈
1.記紀研究への道 2.古事記と日本書紀 3.古事記における政治的作為 4.神代史の三つの中心
5.津田史観における記紀評価 第2節 「作為説」と比較神話学
1.比較神話学への取り組み 2.ヨーロッパ神話学と津田左右吉 3.日本の比較神話学と津田左右吉 4.「作為説」の原形 第3節 たび重なる補筆・改稿の思想史的意義
1.補筆の謎 2.神話学の転回 3.外来思想としての神話 4.津田は「時代遅れ」だったのか 5.津田事件と評価の転換 第2章「保守派」と「進歩派」の再解釈 ―和辻哲郎と丸山真男―
第1節 国家統一の物語 ―和辻哲郎―
1.記紀研究への道 2.文芸作品としての古事記 3.宗教的権威による国民の統一 4.祀られる神と祀る神、神命の通路
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5.人格神と不定の神 6.湯浅泰雄『和辻哲郎』における批判 7.記紀と倫理思想 第2節 近代主義者と古代神話 ―丸山真男―
1.記紀研究への道 2.原型的思考様式 3.歴史意識の「古層」
4.「古層」から「執拗低音」へ 第3章 現代社会と個人の神話 ―河合隼雄―
第1節 世界と個人をつなぐ物語 1.記紀研究への道 2.河合の神話観 3.最初のトライアッド 4. アマテラス 5.スサノヲ 第2節 日本神話の中空構造
1.国譲りの構造分析 2.均衡とゆりもどし 3.中空均衡構造と中心統合構造 第3節 日本神話の隠された神「ヒルコ」
1.日本神話とヒルコ 2.中空均衡構造とヒルコ 3.片子の悲劇 4.現代日本の課題と神話 5.個人の神話という可能性
おわりに
参考文献
3.本論文の概要
第1章では、記紀の文献批判を本格的におこなった津田左右吉の記紀解釈をとりあげ る。津田は、記紀を徹底的な実証主義・合理主義の立場から検討し、神代史の物語は歴 史的伝説ではなく、政治的目的から作為された物語であると批判したことで知られる歴 史家である。
まず第1節においては、津田がいかにして記紀を相対化し、テクスト批判を試みたか を分析する。津田は、「神代史の物語は、歴史的伝説として伝わったもので無く、作り 物語である」としたが、この解釈の背景には進歩主義・歴史主義・国際主義からの視点
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が色濃く見られることを指摘する。とくに、津田の記紀解釈には、比較神話学の知見が 活かされていることが明らかになる。
続く第2節では、津田と比較神話学の関係性を検討する。津田の解釈の根拠を探るた めに、申請者は早稲田大学所蔵の津田文庫の外国語文献を調査し、その蔵書の状況から、
かれがよく比較神話学を研究していたことを明らかにする。これらの検討作業によって、
従来、あたかも津田独自の見解であるかのように捉えられがちであった、いわゆる「作 為説」が、じつは当時最新の比較神話学の知見を駆使した成果であったことが判明する。
申請者はさらに、津田の記紀解釈は、基本的に比較神話学の先駆者であった高木敏雄の 意見をなぞったものであることをつきとめる。このことは、「神話学に理解がなかった から作為説を唱えたのだ」と短絡的に受けとめられやすかった、津田の思想の再評価を 促す重要な指摘であるといえる。
第3節では、津田のたび重なる補筆・改稿が思想史的にいかなる意味を持つかについ て検証する。津田は記紀解釈に関して補筆・改稿を頻繁に行ない、関連の著作を次々と 刊行したが、申請者はその表現上の変化について、先行研究者である家永三郎の見解に 異を唱える。津田の補筆・改稿の大きな特徴として、大正10年頃を境に、文化人類学 の用語が取り去られていることが看取されるのだが、これは世界の、そして日本の神話 学が進化論的・歴史主義的パラダイムに基づく19世紀型神話学から、構造主義・反歴 史主義的パラダイムに基づく20世紀型神話学へと転換した時期と符合する点に申請者 は着目する。歴史家津田の記紀解釈における表現上の変化に、当時の趨勢に対するかれ の違和感を読みとることができるのである。これらの補筆・改稿の経緯を丁寧に追って いくことによって、津田が「神話」という概念をあくまでも外来思想として捉えていた ことが解明される。そして、津田のたび重なる補筆・改稿には、神話という外来思想を どのように受容するかという、近代の思想家につきつけられた大きな課題に対し、津田 がいかに真正面から取り組んでいたかを表わす、思想的格闘の軌跡が示されていること が明らかにされる。
第2章では、「保守派」和辻哲郎と、「進歩派」丸山真男がいかに記紀を再解釈したか について議論される。
第1節においては、まず、和辻哲郎が津田の記紀解釈に対する反発から記紀研究を深 めていく過程を追う。そして、彼が国家統一の物語として記紀を読んでいたことを明ら かにする。和辻にとって、記紀とは、国民国家の統一と、国民の全体性から押しだされ てくる神聖な王としての天皇の権威の両方を示す物語であったのである。和辻は記紀に 登場する神々を、①祀る神、②祀るとともに祀られる神、③祀られるのみの神、④祀り を要求する祟りの神、の四種類に分類する。そして、祀る神の尊貴性の根拠が、つねに 背後から与えられるものであるとする。
本節ではさらに、和辻の記紀解釈がいかに西洋思想の影響を受けたものであるかを解 明する。祭祀王としての天皇の役割については、フレーザーの影響が明らかに認められ
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る。また、「不定の神」「神命の通路」論は、デュルケームの宗教社会学から着想を得た ものと見ることができる。これらの事実を確認するために、申請者は法政大学図書館所 蔵の和辻の蔵書における書き込みを調査した。デュルケームの和辻への影響については これまでたびたび言及されてきてはいたが、記紀の具体的な解釈にもとづく検討はあま りおこなわれてこなかったので、本稿における指摘は重要なものであると思われる。
そして和辻は、記紀に記述された「罪」の観念から、われわれの倫理思想の萌芽を見 出すのである。和辻の記紀解釈からは、近代化の流れのなかで失われつつあった、伝統 的共同体への愛惜と郷愁が読みとられる。和辻にとって、記紀は国家や倫理に関わる出 発点であり、同時に帰着点でもあったのではないかと申請者は指摘する。
第2節では、近代主義者の丸山真男が、いかに古代神話研究に入っていったかをまず 検証する。丸山もまた津田と同じように、明治維新に関する研究から遡って記紀研究へ と入っていったのだが、その主張は津田よりも「保守派」の和辻と共通するものがあっ たことが明らかになる。
丸山が記紀に日本人の思考様式の原型を見出すに当たって重視したのが、わが国の地 理的な位置とそれに関連した日本の「風土」であった。これは、かれが助手時代に文学 部で受講していた和辻の議論から強く影響を受けたものと見ることができる。また、丸 山が原型的思考様式から見出した、三つの行動価値基準、①集団的功利主義、②心情の 純粋性、③活動・作用の神化のいずれも、和辻の記紀解釈に源を見出すことができるの である。さらにいうならば、そもそも丸山の古層論自体が、和辻の指摘した日本文化の 重層性に大きく示唆を受けたものということができるのである。「保守派」和辻の記紀 解釈は、意外にも「進歩派」丸山真男に受け継がれていたということが本節において指 摘される。
さらに本節では、丸山が歴史意識の古層に見出した三つの基底範疇「なる」「つぎ」
「いきほひ」、すなわち「つぎつぎとなりゆくいきほひ」について検討する。この議論 は、日本人の基本的思考のなかに、自然生成的な力にゆだねる発想があるとするもので ある。もしそうであるならば、丸山が啓蒙していた西洋的自我の獲得、個の確立との関 係はいかなるものとなるか、これは果して自己矛盾とはならないのかという、丸山の思 想の根幹にかかわる疑問を申請者は提起する。
第3章では、臨床心理家の河合隼雄の記紀解釈をとりあげる。河合は、欧米において 取得した心理療法の手法を日本人にそのまま適用できないことから、西洋的自我と日本 人の自我のありようが違うことを経験的に発見する。その相違を探る手段として、集合 的意識の産物と捉えられる神話研究を選択するのである。
第1節では、河合の捉える、世界と個人をつなぐ物語としての神話の機能について検 証する。心理学的立場から日本の昔話を数多く研究してきた河合は、物語とは、いろい ろな面でわれわれと周囲を「つなぐ」はたらきを持っているという。それに対して、科 学は人と対象を「切り離す」特性を持つ。河合の記紀論は、人と世界をつなぐ「神話の
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知」をいかに復権していくかが大きなテーマとなる。記紀に登場する神々を分析するこ とによって、世界のはじまりとしてのトライアッド、太陽の女神としてのアマテラス、
トリックスターのスサノヲ、そして出雲系から天孫系への国譲りなどの物語から、いっ たいわれわれが何を学ぶことができるかについて論じる。
第2節においては、神々の構造を分析することによって浮かび上がってくる、日本の 社会や文化、そして日本人の心の深層にみられる「中空均衡構造」について検証する。
「中空均衡構造」とは、その名の通り「中心が空」の構造が日本文化の深層にあるので はないかという、大胆な議論である。このような「無為」の中心をもつ日本神話の「中 空均衡構造」と、一神教世界の「中心統合構造」の比較論など、政治・経済をはじめグ ローバルな活動を余儀なくされる現代人が深い示唆を受ける部分の多いことを本節で は議論する。
第3節では、中空均衡構造におさまりきれなかった神としての「ヒルコ論」をとりあ げる。この議論は、河合の没後、2009 年に出版された著作によって詳細が明らかにな った、新しい論点である。
ヒルコは男性の太陽神と見ることもできるが、結局、足の立たない子どもとして葦の 船に乗せて流し去られてしまう神である。河合はここに、中心統合的な神が中空均衡構 造から排除される構図を読みとるのである。そして河合はこのヒルコを日本の昔話に登 場する片子の悲劇と重ね合わせる。河合自身も、自らを中空構造からはみ出した片子な いし鬼っ子として位置づけていた。このヒルコ(片子)の問題によって、日本社会の中 空均衡構造が完成型の安定したモデルではなく、大きな欠陥を内包していることが示さ れる。このヒルコをどうやって日本社会に帰還させるかが、我々に課せられた課題であ ることを指摘する。
「おわりに」では、本論文全体の内容を総括し、本研究の知見から何が得られたかが 議論される。まず、一連の記紀解釈の流れが、四人のもつ個性に彩られながらも、底流 においては世界的な思想の流れと一致していることが指摘される。そして、これらの記 紀解釈の系譜を追うことによって、日本独自の問題が浮かび上がってくることが示され る。その問題とは、①日本社会・日本人の心の基本的構造、②日本の近代化における西 洋的自我の確立、の二つに集約される。
①については、不定の、大いなる力への信仰が日本人の心的基礎に根付いているので はないかという点が指摘される。このような信仰が、和辻の「不定の神」論、丸山の「古 層」ないし「執拗低音」、河合の「中空構造」に表現されているのではないかと申請者 は論じる。日本では、ギリシャなどのヨーロッパ社会とは異なり、「神々の交代」が起 らなかったこと、つまり、非人格的な力への信仰が、人格を持った唯一神にとって代わ られることがなかったことが大きな特徴ではないかと申請者は指摘する。
②については、日本人の自我とは、もともと全体的調和の構造を持っているのではな いかという点が議論される。にもかかわらず、近代化の動きに従って、西洋的自我の確
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立が叫ばれたことにより、伝統的共同体は崩壊してしまった。その結果、自分をとりま く世界との関係性が喪失され、それが現代日本社会の病理を招いているのではないかが 考察される。このような課題を克服するにあたって、世界と自分との根本的な関係をと らえなおすための神話の役割が見直されるべきなのではないかと申請者は主張する。今 後、「個人の神話」という新しい視点が、より重要性を増していくのではないかという 展望が示される。
4.評価
まず、本論文は、社会科学研究科における博士論文審査新制度の第一号となる研究で あるが、短い期間で執筆されたにもかかわらず、学術雑誌に掲載された4本の研究論文
(うち3本が査読付き)および2回の学会発表を含むという、着実な論文である。博士 号取得の迅速化という本研究科の方針と一致する形で、申請者が地道な努力を重ねてき たことは高く評価すべきである。
そして本論文は、従来の学問領域の枠にとらわれず、横断的な視点から記紀神話の本 質と文化的意義を捉えようとした、きわめて学際的な価値の高い、独創的でダイナミッ クな論考であるといえる。議論の視点は包括的でありながらも、たとえば津田左右吉お よび和辻哲郎の蔵書の書き込みを一冊一冊丹念に調査するというような地道な作業に 基づいており、実証的で堅実な研究であることは評価に値する。
さらに、本論文は、単なる記紀神話研究にとどまらず、現代社会の問題点への考察と いう広がりを持った点において、社会科学という領域にも貢献する価値を持った業績と いえる。
審査委員会および公聴会においては、審査員全員が本論文を博士学位論文としての水準 を満たすものと評価したうえで、いくつかの問題点と「望蜀の感」を表明した。
第一に、津田左右吉の章について、津田の本来の専門は中国思想であったのだから、中 国思想と記紀解釈との関係にももっと踏み込むべきではなかったかという指摘がなされた。
これに対して、申請者からは、津田の記紀関連の著作においては中国に関する言及が多く なされてはおらず、かれの神話解釈の方法論としては、専らヨーロッパ神話学が用いられ ていたことから、議論の焦点をヨーロッパ神話学と日本の神話学に絞ったという説明がな された。
第二に、四人の知識人の思想を追っていく過程のなかで、もっと申請者自身の記紀神話 解釈を鮮明に打ち出してもよかったのではないかという意見が出された。
第三に、本論文の議論を、日本の歴史の流れのなかで位置づけるという試みがもっとな されてもよかったのではないかという指摘があった。その際に、本居宣長や平田篤胤、折 口信夫など、記紀研究において重要な役割を果たした他の研究者にも詳しく言及すれば、
さらに厚みのある論文になったものと思われる。
以上二点の問題については、論文の完成度を高めるための、自覚的な禁欲の結果という
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側面もある。これらは、今後のさらなる研究の発展によって十分に克服できる問題であり、
本論文の意義と価値を大きく損なうものではないと考えられる。
以上を総合的に判断した結果、本審査委員会は、本論文が博士(学術)の学位を授与す るに値するものと認め、ここに推薦する。
2011年1月20日
審査委員
主任審査員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 池田 雅之 審 査 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 経済学博士 早稲田大学 古賀勝次郎 審 査 員 早稲田大学社会科学総合学術院教授 内藤 明 審 査 員 東京大学教養学部・大学院総合文化研究科 博士(学術)東京大学 黒住 真