大阪市立大学大学院創造都市研究科
博士学位論文
ベトナム人の労働移動と就労に関する意思決定
-国内移動、日本での在留資格、帰国後の就労に着目して-
(Decision Making of Vietnamese in Labor Migration and Employment
: Focus on Internal Migration, Eligibility in Japan and Jobs
after Returning Home)
2020 年 3 月
大阪市立大学大学院創造都市研究科 創造都市専攻国際地域経済研究領域
D12UD508
論文要旨
1.論文名 : ベトナム人の労働移動と就労に関する意思決定
-国内移動、日本での在留資格、帰国後の就労に着目して-
2.氏 名 : 西川 直孝
日本の労働市場は、少子高齢化の進展による生産年齢人口比率の低下により、慢性的な 労働力不足となっており、近年その傾向はいっそう強まっている。2019 年 4 月には、労働 力不足を要因とした新たな在留資格「特定技能」を創設し、積極的な外国人労働者受け入 れへと舵を切り始めたことで、国民の関心を集めている。中でも、かつての中国人に代わ り、来日するベトナム人労働者が急増しているのが近年の特徴とされる。 ところで、人の移動は財や資本・技術など他の経営資源と違い、各人のライフサイクル や経済的、文化的要因等に基づいた意思によって、移動するか否かの決定がなされている と考えられる。つまり、人の移動を研究する際には、その背景にある意思決定 の要因を幅 広く理解することが求められるといえる。そこで本研究は、急増する来日ベトナム人労働 者の意思決定に焦点を当て、そのプロセスを理解することを通じて、日本の外国人労働者 受入政策に関する新たな知見を提示することを目指す。 具体的には、先行研究において国 際移動する労働者は事前に国内移動を経てから出国するケースが多いとされていることか ら、本研究の分析対象を「国内移動・国際移動(来日)・帰国」の 3 つの段階における意思 決定に設定し、ベトナム人のそれぞれの労働移動における意思決定の要因やそのリンケー ジを実証分析によって明らかにする。 はじめに、序章では日本において外国人労働者が増加し た背景や来日ベトナム人労働者 の現状について述べ、問題の所在について言及する。 次に、1 章ではベトナムの歴史的背景や人口構成、経済発展の状況、国内・国際労働移 動の進展について紹介する。ベトナムにおいて市場経済化や経済発展が進展した のは 1990 年代以降であり、その前後の国内・国際労働移動の変化を中心に論じる 。 2 章では、「国内移動・国際移動・帰国」のそれぞれに関連する先行研究と日本の外国人 労働者受入政策について紹介する。まず国内移動については、伝統的な農村・都市間の労 働移動モデルを中心に、次に国際移動については、東アジア地域の国際労働移動に関する 先行研究、特に主要な労働者送出国であるフィリピンやインドネシアに関する研究を中心 に示す。そして帰国に関する先行研究については、東アジア地域での先行研究が限定的で あるため、主に欧米を対象とした帰国労働者に関する研究を中心に示す。そのうえで、こ れまでの日本の外国人労働者受入政策の推移を論じ、それぞれの労働者 に関連した先行研 究についてもレビューする。 3 章では、本研究で使用する分析方法について示す。本研究は、先に述べた労働移動の 3段階におけるベトナム人の意思決定について、複数の説明変数からなる多変量データを統 計的に分析する手法を採用する。そのため、実際の分析で使用する 3 つの理論モデルと使 用するデータに関する情報を紹介する。 4 章では、まずベトナム人の国内移動に関する意思決定要因を取り上げる 。ここでは、 ベトナム統計総局が発表するベトナム各省間の移動人口と各省のマクロデータをもとに、 ベトナム人が国内移動を意思決定する要因について、重力モデルをベースとして トービッ トモデルを用いて推定する。分析の結果、ベトナムの国内移動は 失業率の影響を受けず、 期待賃金が高い外国企業の比率が高い省への移動が促進され ている一方で、農業生産性の 高い省からの移動は少ないことなどが明らかとなった。 5 章では、来日前のベトナム人技能実習生と留学生に対するアンケート調査を通じて得 られたデータをもとに、それぞれの在留資格を選択した意思決定要因 について、プロビッ トモデルを用いて推定する。分析の結果、技能実習生と留学生の間で学力的な有意差は明 らかとならず、むしろ家庭の経済状況や在日近親者の有無が在留資格 選択に影響を与えて いる結果が得られ、日本の留学生受入政策の 課題が示された。 6 章では、日本の製造業で 3 年間の技能実習を修了して、ベトナムへ帰国後数年経過し た元技能実習生への電話インタビュー調査を通じて得られたデータをもとに、帰国後の就 業選択と製造業での就業継続の決定要因をプロビットモデルを用いて、収入を規定する要 因をヘキットモデルを用いて二段階推定を行なう。分析を通じて、送出国への技能移転を 理念としている技能実習制度にもかかわらず、帰国生の過半数が非就労または製造業以外 で就労しており、技能移転の実現は限定的であることが示された。また、収入に関しては、 来日前の学歴の影響を受ける一方、在日中の技能実習で得られた技能水準等の影響は必ず しも大きくないことが示唆された。加えて、現地日系企業における元技能実習生の収入は 他企業と比べて相対的に高くないことも明らかとなった。 7 章では、4 章から 6 章の各考察において論じた概念を組み合わせた総括的な検討 を行 ない、ベトナムにおける国内移動と国際労働移動の関係性や日本の外国人労働者受入政策 の課題、そして 2019 年に創設された「特定技能」の在留資格が来日外国人労働者に与える インパクトについて論じる。 そして終章では、これまでの考察をベースに、東アジア地域 の国際労働移動の課題と将 来像を提示する。具体的に、この地域の国際労働移動は送出国と受入国で事前に就労職種 や就労期間を事前に指定した覚書等を締結して、期間満了後は本国に帰国する有期ローテ ーション型の労働移動が主流とされるが、政府機関を通じたフォーマルな 移動においても 労働者自身が多額の手数料を支払う等の課題が認められている。そのため、他の経営資源 と同様、人の移動に関する制度的な経済統合への進化の必要性について論じる。そのうえ で、これまでの研究との違いや本研究独自の貢献、残された課題について言及する。
論文構成(目次)
序章 はじめに ... 1 1.研究の背景 ... 1 2.問題の所在 ... 4 3.研究の目的と意義 ... 7 4.研究の対象 ... 8 5.構成の紹介 ... 10 第1章 ベトナムの経済発展と労働移動の進展... 12 1.ベトナムの経済発展と人口構成 ... 12 2.ベトナムの工業化と農村・都市間労働移動の進展 ... 16 3.ベトナム人の国際労働移動の展開 ... 18 第2章 先行研究と日本の外国人労働者受入政策 ... 22 1.国内労働移動に関する先行研究 ... 22 2.東アジア地域の国際労働移動に関する先行研究 ... 25 3.移住労働者の帰国後や技能移転に関する先行研究 ... 27 4.日本の外国人労働者受入政策の推移 ... 27 5.日本の外国人労働者に関する先行研究 ... 31 第3章 本研究の分析方法 ... 34 1.ベトナム国内の労働移動 ... 34 2.来日ベトナム人の在留資格選択 ... 36 3.ベトナム人技能実習生の帰国後の就業と収入 ... 39 第4章 ベトナムにおける国内移動の意思決定要因 ... 42 1.本分析の概要 ... 42 2.推定結果 ... 46 3.考察 ... 50 4.小括 ... 52 第5章 ベトナム人技能実習生および留学生の在留資格選択要因 ... 53 1.本分析の概要 ... 53 2.推定結果 ... 56 3.考察 ... 59 4.小括 ... 60 第6章 帰国技能実習生の就業選択と収入の決定要因 ... 62 1.本分析の概要 ... 622.推定結果 ... 63 3.考察 ... 70 4.小括 ... 71 第 7 章 各分析を通じた総括的結論 ... 72 1.ベトナムにおける国内移動と国際労働移動の関係性 ... 72 2.日本の外国人労働者受入政策に関する考察 ... 74 3.新たな在留資格「特定技能」が与える影響 ... 76 終章 おわりに ... 79 1.東アジア地域の国際労働移動に関する議論 ... 79 2.これまでの研究との違い ... 81 3.今後の研究課題と展望 ... 82 引用・参考文献一覧 ... 83 (参考資料)① 技能実習生用アンケート用紙(日本語) ... 94 (参考資料)② 留学生用アンケート用紙(日本語) ... 96 (参考資料)③ 技能実習生用アンケート用紙(ベトナム語) ... 98 (参考資料)④ 留学生用アンケート用紙(ベトナム語) ... 100 (参考資料)⑤ 電話インタビュー調査内容(口頭確認用) ... 102
図表目次
図表 1 日本の外国人労働者数の推移(1993 年-2018 年) ... 2 図表 2 日本の主要国籍別外国人登録者数の推移 ... 3 図表 3 東アジア地域における労働移動の一般的なイメージ ... 8 図表 4 在日ベトナム人の在留資格内訳(2017 年末) ... 9 図表 5 ベトナム人技能実習生数と留学生数の推移 ... 9 図表 6 ベトナムの一人当たり GDP と経済成長率の推移 ... 14 図表 7 ベトナムの人口推移 ... 15 図表 8 ベトナムの男女別人口ピラミッド(2018 年) ... 15 図表 9 ベトナムの都市人口比率の推移 ... 16 図表 10 2012-16 年ベトナムの派遣先別海外労働者数(上位 15 か国) ... 20 図表 11 Lewis Model ... 23図表 12 Harris Todaro Model ... 24
図表 13 日本の在留資格別外国人労働者の総数(2018 年 10 月末) ... 30 図表 14 重力モデルのイメージ図 ... 34 図表 15 ベトナムの年平均国内移動人口比較(1995-99 年と 2005-09 年) ... 43 図表 16 ベトナム国内の地域間人口移動の概況(2011 年 4 月 1 日から 2012 年 4 月 1 日) ... 43 図表 17 ベトナム地域別全図 ... 44 図表 18 ベトナムの人口流入先と流入元の上位 5 省(2011-12 年) ... 46 図表 19 記述統計量(ベトナム国内移動) ... 47 図表 20 推定結果(ベトナム国内移動) ... 48 図表 21 日本の技能実習生および留学生の条件比較 ... 55 図表 22 記述統計量(在留資格選択) ... 57 図表 23 推定結果(在留資格選択) ... 58 図表 24 電話インタビュー調査の概要 ... 63 図表 25 記述統計量(帰国技能実習生) ... 64 図表 26 推定結果(就業選択) ... 66 図表 27 推定結果(製造業就業) ... 67 図表 28 推定結果(収入) ... 69 図表 29 ベトナムにおける労働移動のイメージ ... 73
1
序章 はじめに
1.研究の背景 生産年齢(15-64 歳)人口が 1995 年をピークに一貫して減少を続けている日本では、全 人口に占める生産年齢人口の割合においても減少の一途を辿っており、労働力人口減少社 会となっている。この間、日本政府は女性や高齢者の労働力を動員する政策を推進してき た一方で、並行して外国人労働者の受け入れに関する検討が進められてきた。そもそも戦 後の日本社会では、その高度経済成長期においても外国人労働者の数が大きく増加するこ とはなかった。日本政府は1990 年に施行された改正出入国管理法において、「専門的技術 的外国人労働者の受入を促進し、非熟練外国人労働者の受け入れはしない」との方針を初 めて明確に打ち出したが、同時に、3 世までの日系人とその配偶者を実質的に無条件で受 け入れるとしたため、この時点で初めて本格的な非熟練外国人労働者の流入が始まること となったのである。加えて、1993 年に創設された外国人技能実習(当初は研修)制度によ って、中国をはじめとする東アジア各国から技能実習生が日本の労働市場に参入してくる ことになった(津崎、2017)。この制度は、実質的には非熟練外国人労働者の受入制度であ ったが、「開発途上国への技能移転を通じた国際貢献のための制度」との建前1を掲げて、 受入職種や在留期間を拡大しながら、25 年以上経過した現在もなお、その受入規模の拡大 が継続している。また、2008 年には日本政府が「外国人留学生受入 30 万人」という目標 を掲げて留学生の受入を強力に推進したことによって、留学生の資格外活動という形のア ル バ イ ト 労 働 力 が 都 市 部 の 飲 食 業 や 宿 泊 業 な ど の サ ー ビ ス 産 業 を 中 心 に 活 用 さ れ て きた (鈴木、2011)。そしてここ数年、これら「技能実習」と「留学」という 2 つの在留資格に おいて、ベトナム人の増加が顕著となっている。厚生労働省(2019)によると、2018 年 10 月末時点の国内のベトナム人労働者数は約32 万人に達しており、中国人(約 39 万人)に 次ぐ2 位の規模となっている。また増加率では、前年比 31.9%で国籍別の 1 位とされ、労 働力人口減少社会の日本において、ベトナム人労働者の重要性が急速に高まっているとい える。ところが、このような来日する外国人労働者 、特にベトナム人労働者に関する実証 的な研究は、言語の問題をはじめとして、来日前や帰国後の生活状況まで考慮した場合に 必要とされる時間的な制約などから、なかなか進展してこなかった。そこで本研究では、 日本社会の現状や日本の外国人労働者受入政策を踏まえたうえで、来日するベトナム人労 働者について、現地調査などを通じてその実態を把握し、得られた結果を通じて日本の外 国人労働者受入政策の現状や課題に関する示唆の提示を試みるものである。 1 技 能実 習 制度 を めぐ る建 前 と 実態 に つい て は、3 章で詳述する。2 最初に、日本の外国人労働者受入に関する歴史に触れておく。図表1 は、1993 年以降の 日本の外国人労働者数の推移を示しているが、その数は 1990 年代以降、2008 年の世界金 融危機前後も一貫して増加を続け、同時期に急速に減少した日本人の高卒就職者を補完ま たは代替する役割を担ってきた(井口、2009a)とされる。このうち、労働移動の自由が認 められた日系人労働者は、より良い就労条件を求めて移動した結果、自動車産業の集積地 などにおいて集住化して日本人労働者を代替する労働力として機能した反面、労働移動が 制限された技能実習生は、日本人労働者が不足する、いわゆる 3K 産業や過疎地における 第一次産業などにおいて、日本人労働者を補完する労働力として機能してきた。一方、都 市部の宿泊業や飲食業などでは、留学生によるアルバイト労働力が活用され、近年の日本 における外国人労働者は、日系人労働者に加えて、技能実習生と留学生という、本来は就 労を主目的としていない2 つの在留資格の人材が中心となって発展しているという特徴を 持っている。 図表 1 日本の外国人労働者数の推移(1993 年-2018 年) 出 所: 厚 生労 働 省「 外 国人 雇用 状 況報 告 」( ~2006 年)・ 厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況」 (2008 年~)をもと筆者作成(2007 年のみ調査実施されず) そして、この間に突発的に発生した労働力需要についても、これらの政策の条件を 時限 的に緩和するなどして対応し、例えば、東日本大震災の復興事業や 2020 年の東京オリン ピック・パラリンピック関連施設建設の労働力需要に際しては、技能実習の修了生が帰国 せずに就労を継続できるような在留資格を創設して、労働力不足 の問題が顕在化すること
3 をなんとか回避してきた。ところが、2010 年代後半に入ると、医療や介護の分野など、こ れまでの制度では対応しきれない新たな職種においても深刻な労働力不足の状態に陥り、 本格的な非熟練外国人労働者受入の議論が起こることとなった。そして、2019 年の改正出 入国管理法において、1990 年以来の「非熟練外国人労働者の受入はしない」とした方針を 撤回して、労働力不足を理由とした、非熟練外国人労働者受入のための新たな在留資格「特 定技能」を創設し、東アジア地域の各国と事前に二国間協定を締結したうえで、非熟練外 国人労働者の受入に初めて公式に門戸を開くことになった。しかし一方で、日本の外国人 労働者受入政策においては、開発途上国への技能移転を建前としている技能実習生や、学 業が本分である留学生を実質的な労働力として活用していることの矛盾に対して、国内外 から批判を受けるという課題を長年抱えてきた。また、この分野に関する研究 においても、 これらの政策上の矛盾から様々な制約を受けてきたために、なかなか深化できないという 課題が存在してきた。しかし、労働力不足が顕在化している現在の日本社会において、外 国人労働者受入の実態に関する研究や議論が重要なテーマであることは明らかであり、そ の重要性は年々高まっているといえる。 次に、現在の日本の外国人労働者の状況について概観しておく。まず、図表2 には国籍 別の外国人登録者2数の推移を示した。図表で示されたとおり、日本に在住する外国人とい えば、概ね東アジア地域の人材がその大半を占めてきた。1980 年代以前は、戦前・戦後の 歴史的経緯から韓国・朝鮮人がその大半を占めたが、その後は中国人が大幅に増加してい 図表 2 日本の主要国籍別外国人登録者数の推移 出所 : 法務 省 「出 入 国管 理 」 をも と に筆 者 作成 2 図 表2 で示されているのは外国人労働者数ではなく、外国人登録者数であることに留意されたい。
4 く。 1990 年代になると、先に述べたとおり、戦前に南米やフィリピンなどに移民として移住 していた日系人子孫の就労が解禁されたことにより、日系二世・三世の数が急激に増加し た。そして、2010 年以降になるとベトナム人が増加しはじめ、特にここ数年はその数が急 増している。約14 億人の人口を抱え、地理的にも日本に近い中国と比較すると、ベトナム の人口は1 億人以下で、かつ東南アジアに位置し日本との距離も相応にあることから、決 して有利な条件が揃っているとはいえない。にもかかわらず、近年急増しているベトナム 人労働者の来日の背景には、どのような要因があるのかを明らかにすること は相応の意義 があるものと考えられる。本研究では、在留外国人の大半が同じ東アジア 域内の出身者で 占められているという、在日外国人の特徴を理解したうえで、近年特に急増している来日 ベトナム人を研究の対象として取り上げ、これまで明らかにされなかった増加の背景につ いて分析を試みる。 2.問題の所在 前節で述べたとおり、現在の日本において外国人労働者、特にベトナム人労働者は重要 な労働力として機能しており、その重要性は年々高まっている。ところが、外国人労働者 に頼るこのような状況は、東アジア地域の他の外国人労働者受入国でも同様であり、外国 人労働力の安定的かつ持続的な受入は、今後の各国の重要な経済・社会政策の一つとなっ ていくと考えられる。また、外国人労働力に関する研究においては、その送出・受入に関 する政策の理解はもとより、実際に労働移動する外国人労働者の意思決定過程を理解して おくことも重要になると考えられる。ところが、すでに述べたとおり、これまでこの分野 に関する研究には様々な制約があり、なかなか進展しないという課題が存在してきたので ある。 ここで、東アジア地域の経済発展と人の移動に関する概要に目を転じてみる。第二次大 戦後の東アジア地域の経済発展は日本が先導役となり、次に NIES 諸国、そして ASEAN (東南アジア諸国連合)諸国と、それぞれの国が順送りに工業化を進展させてきたことか ら「雁行型経済発展」(小島、2003)などといわれてきた。東アジア地域の経済発展は、単 に欧米からの技術や経営資源の移転によって進んだわけではなく、域内で工業化の先発国 から後発国に技術や経営資源が移転されることによって、地域全体の工業化の進展を より 促進してきたという特徴がみられた。その結果、東アジア各国で工業化の進展とともに所 得水準も大きく伸長して、東アジア地域に多くの高所得国および中所得国が誕生した。ま た同時に、東アジア域内での分業化や貿易の相互依存も広がりを見せ、特に 2000 年代以 降は、それまでのASEAN 自由貿易地域(AFTA)に加えて、ASEAN と日本・韓国・中国 の各国との自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の締結が進んでおり、東アジア
5 地域の経済発展の実態は、制度的な経済統合の段階へと展開されつつあるといえる 。とこ ろが、これら東アジア地域の工業化や分業化の進展、経済統合に関する先行研究において、 「ヒト・モノ・カネ」の三大経営資源のうち、モノやカネに関する議論は深化してきたも のの、ヒト(人)に関する議論、特に域内の人の移動に関しては 、長年インフォーマルな ものも多かったというこの地域の特徴もあって、研究テーマとして取り上げられにくいと いうネガティブな状況があった。しかし、情報技術の進化によって誰もが容易に海外の情 報にアクセスできるようになっていること、東アジア地域で格安航空会社(LCC)の台頭 が進んだことにより他国への渡航費用が大幅に低下していること、等の理由から 、この地 域における人の国際的な移動は急速に進行している。特に、国際的かつ労働を目的とした 移動(以下、国際労働移動という。)においては、専門的労働者のみならず、非熟練労働者 についても急速に拡大しているとされる。 これまで、東アジア地域の非熟練労働者による 国際労働移動というと、インフォーマルセクターの労働者のイメージが強かったが、近年 はフォーマルセクターにおいても非熟練労働者の移動が世界で最も顕著に増加している地 域の一つ(IOM、2017)とされる。また、移動の増加に伴って、東アジア各国の外国人労 働者受入政策や送出政策は激しく改変されており、今後も暫くはこの傾向が継続する もの と推測されている。そして、この現象は域内の国際労働移動の問題にとどまらず、各国の 労働市場に対しても大きな影響を与えており、国内の産業間や地域間の労働移動とも密接 に関連していることが考えられる。例えば、国内の労働市場に吸収余力が発生すると、国 際労働移動に対する圧力が弱まるという相反関係(トランほか、2015)にあることが考え られ、域内の国際労働移動を論ずる際には、送出国・受入国それぞれの労働市場や国内移 動も含めた、多角的な視点からの分析を要すると考えられるのである。 続いて、東アジア地域各国の労働市場を概観してみる。日本、韓国、台湾の先発3 ヵ国 はすでに高所得国の水準に達しており、これらに加えて 、シンガポールやマレーシアなど 一部のASEAN 諸国においては、すでに国内の労働力需給のミスマッチ、特に非熟練労働 者や低賃金労働力不足の問題に直面している。先発 3 カ国ではこれまでに、資本集約的産 業へのシフトや労働節約的技術の積極的な導入等を通じて、 労働力不足の問題に対応を試 みてきたものの、それでもなお不足する労働力については、東アジア地域の他国から受け 入れて対応してきた。また、一部の ASEAN 諸国においても同様の対応3が取られている。 これらの東アジア地域のフォーマルな国際労働移動の特徴は、送出国と受入国の政府間で 事前に締結された覚書や、受入国における特定のプログラムの下で、受入国での就労職種 を事前に指定するなどの「二国間協定」による制度構築が中心となっている点である。ま た労働者の送出国は、受入国での社会統合や市民権の付与までは要求しないといった点に 3 例 えば 、 タイ で は2000 年代以降不法入国した外国人労働者に労働ビザの支給を進めており、現在では隣国のミ ャン マ ーや カ ンボ ジ アか ら100 万人以上の外国人労働者を受け入れている。
6 ついても、欧米諸国における移民とは異なる東アジア地域の国際労働移動の特徴といえる。 つまり、欧米の国際労働移動とは異なり、東アジア地域では送出国への帰国を前提とした 「ローテーション型」(旗手、1993)や「循環型」(平野、2018)などと呼ばれる移動が主 流となっているのである。また、依然としてインフォーマルな労働移動も多いとされるう えに、政府機関を通じたフォーマルなチャネルによる労働移動の場合であっても、 労働者 自身が送出国において手数料の名目で高いコストを負担しているという課題がある点も、 この地域の国際労働移動の特徴とされてきた。一方で、労働者受入国側の特徴としては、 日本をはじめとする受入国の多くで、少子高齢化の進行による若年労働力不足が進んでお り(李ほか、2018)、加えて国内労働力の需給ミスマッチの問題から、各国とも外国人労働 者の受入職種の拡大や在留期間の延長等の規制緩和的な政策が採られているという点があ げられる。現在のところ、労働力不足を要因とした新たな在留資格の創設や在留期間延長 の政策は、日本だけでなく東アジア地域の他の高所得国においても同時的に採用されて お り、特に 2010 年以降は韓国や台湾などを中心に積極的な外国人労働者受入政策へと舵が 切られている。つまり、将来的には東アジア地域で各国が域内の外国人労働者を争奪する 状況へと進展していくことが懸念されるのである。そのうえ、これまで東アジア地域の主 要な労働者送出国であった中国は、急速な経済発展の結果、外国人労働者受入国へと転換 していくことが考えられ、東アジア地域の非熟練外国人労働者は大幅な供給不足となって いく可能性も推測される。また、現在の主要な労働者送出国であるベトナムやインドネシ アにおいても、2040 年代以降には高齢化が進行し(小峰ほか、2007)、送出国内の余剰労 働力が減少して海外への労働者送出圧力が弱まっていくことが予想されるという懸念も存 在する。ところが、このように多くの課題や懸念の存在にもかかわらず、先述したように、 東アジア地域における人の移動、特に非熟練労働者の国際的な移動に関する先行研究は必 ずしも活発であったとはいえなかった。そもそも、労働者はそれぞれが 自身のライフサイ クルを持っており、モノやカネと違って、自らのライフサイクルに基づいた 自らの意思で 移動や就労の是非を決定する。また、外国人労働者を自国へ入国させるか否かという、受 入国の国家としての意思(政策)も存在するうえ、二国間協定による労働移動が主体とな っている東アジア地域では、労働者を派遣するかどうかという送出国としての意思(政策) も存在する。そのため、東アジア地域の人の移動を理解する際には、送出国の政策にも配 慮することに加え、実際に移動する労働者の意思決定過程を理解しておくことが、将来に わたって安定的かつ持続的に貴重な外国人労働力を確保していくためにも重要であること は明らかであろう。そこで本研究では、これらの状況を理解したうえで、近年特に急増し ている来日ベトナム人に焦点を当て、彼らの労働移動や 就労に関する意思決定要因を定量 的に明らかにすることを通じて、日本の外国人労働者、ひいては東アジア地域の国際労働 移動に関する新たな知見の提示を目指すものである。
7 そして本研究の最終的な目標として、戦後の東アジア地域において技術や資本が先発国 から後発国に移転することを通じて地域全体の経済発展を促してきた経緯を踏まえ、東ア ジア域内を労働移動した労働者が先発国で修得した技能や知識を後発国へと移転させるこ とによって、東アジア地域全体の経済発展に貢献するという、国際労働移動を通じた新た な東アジア地域における経済発展モデルの可能性についても検討したい。 3.研究の目的と意義 前節で述べたとおり、本研究は来日ベトナム人の意思決定要因を明らかにすることを通 じて、東アジア地域の国際労働移動や就労に関する意思決定モデルの一端を明らかにする ことを目指すものである。一般的に、現代文明社会においては自国内での移動の自由が認 められており、自国内を移動する労働者は、物理的な距離や経済的または社会的な要因な どを踏まえて、労働者の自由意思によって移動している。このうち、国内の労働移動では、 高い賃金や雇用の機会を求めて農村から都市への労働移動が主流とされてきた。一方で、 国際的な労働移動は、自国内の都市への移動で得られる賃金以上の高賃金がその主要な移 動動機であるのが一般的とされ、移動距離や経済的・社会的な要因、文化的な背景、移動 先での職種や待遇、在留可能期間などを考慮した労働者の意思に加えて、両国の送出・受 入政策の影響を大きく受けていることが指摘されてきた。そのうえ、東アジア地域におけ る国際労働移動の特徴である有期のローテーション型労働移動の場合、移動は一方通行で はなく、受入国から送出国へと帰国する移動もあり、この場合、労働者は帰国後に移動先 で就労していた職種と同様の職業に就くのか、帰国後は都市または農村のどちらに 住むの か、等の意思決定がなされることになる(図表3 参照)。そして、これらの国内移動と国際 移動の2 つの労働移動と帰国後の生活などは、個別に独立した意思決定ではなく、それぞ れが密接に影響し合っていることも考えられる。しかし、これまで東アジア地域を移動す る労働者、特に来日する外国人労働者の意思決定や帰国後の状況に関する先行研究は、研 究対象者へのアプローチが困難なこともあり、なかなか有効な調査が実施されてこなかっ た。しかし、東アジア地域の経済発展において、帰国した労働力の活用は、技術や資本と 同様に重要な経済資本の一つであると考えられる。つまり、東アジア地域の労働移動を論 ずるうえにおいて、移動する労働者の意思決 定を理解することは、送出国はもちろんのこ と、受入国である日本などにとっても、その政策運営上きわめて重要な課題であり、この 点において本研究には相応の研究意義が認められると思われる。 これまでの日本や東アジア地域の国際労働移動に関する先行研究と比較した本研究の特 徴は、第一に、送出国内の移動、来日、帰国後の3 段階の移動における労働者の意思決定 を包括的に取り上げているという点である。第ニに、主にアンケート調査やヒアリング調 査などのミクロデータと、マクロデータを用いて、意思決定を実証的に分析している点で
8 図表 3 東アジア地域における労働移動の一般的なイメージ 出所 : 筆者 作 成 ある。第三に、これらの意思決定要因の分析結果をもとに、日本の外国人労働者政策の現 状と課題について言及する点である。一般的に、労働移動は、社会学、心理学、経営学な どの多様な学問分野の研究対象となってきたが、本研究では経済学の枠組みを使い、来日 する外国人労働者の意思決定要因を分析することを通じて、労働者の送出国の経済発展に 与える影響への示唆と、日本の外国人労働者受入政策の課題を考察しつつ、最終的に東ア ジア地域における国際労働を通じた人材育成のモデル提示を目指すという特徴を持ってい る。 4.研究の対象 本研究では、来日するベトナム人を主な研究対象とするが、ここで、現在の在日ベトナ ム人の状況について概観しておく。図表4 では、2017 年末時点の在日ベトナム人の在留資 格別の割合を示している。ここで、在日ベトナム人全体の 75 %が技能実習と留学の在留 資格で滞在していることが明らかであるが、この数字は他の主要な在日外国人の出身国4と 比較すると突出して高く、在日ベトナム人の特徴として、その多くが技能実習制度や留学 生のアルバイトを通じて、日本の労働力不足の業界における労働力として活用されている ことが考えられる。このような状況の要因として、他の主要国と比べて、永住者や定住者、 4 技 能実 習 生と 留 学生 が全 在 留 外国 人 に占 め る比 率 は、 例 え ば中 国 では 全 体 の 27.6%、フィリピンでは 10.7%し かみ ら れな い 。
9 家族滞在、日本人の配偶者などの、身分や 地位に基づく在留資格の保有者がベトナム人に 少ないことがあげられる。一般に、日本に中長期間滞在する予定の外国人が初めて来日す 図表 4 在日ベトナム人の在留資格内訳(2017 年末) 出所:法務省「出入国管理」 2018 年版をもとに筆者作成 図表 5 ベトナム人技能実習生数と留学生数の推移 出所 : 法務 省 「 出入 国 管理 」 をも と に筆 者 作 成
10 る際の、いわば入り口となる在留資格が技能実習や留学であり、その先に結婚や就職等、 各人の個別事情に応じた在留資格への変更が行われる。つまり、在日ベトナム人は現在の ところ、ここ最近に来日したニューカマー5が中心であるという特徴を持っていると考えら れる。また、図表 5 では 2012 年以降のベトナム人技能実習生数と留学生数の推移を示し た。図表から明らかなように、双方ともその数はここ数年で急増しており、労働者として の両者が日本社会に与えている影響が増していることは明らかであろう。本研究では、在 日ベトナム人の大半を占める技能実習生と留学生を主な分析対象として取り上げ、来日ベ トナム人の労働移動に関する意思決定要因の分析を通じて、東アジア地域の国際労働移動 に関する新たな知見を明らかにしたい。 5.構成の紹介 本論文の構成は以下のとおりである。 まず、1 章では、研究対象とするベトナムの経済発展と労働移動について説明する。最 初に、ベトナムの歴史的な背景と人口構成の特徴について言及する。 特に、ベトナム戦争 以降の社会主義政策と人口構成の状況に焦点を当てる。次に、1986 年の政策転換後の経済 発展の状況と、経済発展に伴う農村と都市間の人口移動の拡大について紹介し 、特に首都 ハノイ市と南部の大都市ホーチミン市の経済発展と人口増加について詳述する。そして最 後に、ベトナム人の国際労働移動について、ベトナム戦争以降の 政策転換前後の状況を中 心に、歴史的な要因や背景、その特徴について紹介する 。特に、社会主義政策下における 旧ソ連や東欧諸国への労働者送出と、政策転換後の東アジア地域への労働者送出への移行 について説明する。 2 章では、労働移動に関する先行研究について紹介する。労働を目的とした人の移動に ついては、大きく国内移動と国際移動に分けられるが、まず国内の移動について、主に農 村から都市への労働移動に関する先行研究 やモデルについて述べる。次に、国際的な労働 移動について言及するが、国際的な労働移動は古くから欧米では非常に重要な研究テーマ であったことから、欧米での先行研究やモデルを中心に言及する。その後で、東アジア地 域における労働移動に関する先行研究を述べ、最後 に、日本の外国人労働者受入政策の推 移を紹介したうえで、各々の外国人労働者に関連した先行研究を紹介することとする。 3 章では、本研究で使用するモデルについて言及する。本研究では、ベトナム人の国内 移動とベトナム人の国際労働移動、具体的には来日する技能実習生および留学生、 そして ベトナムへ帰国後の技能実習生の、3 つの労働移動における意思決定要因を対象として分 析する。本章では、これら3 つの移動に関する分析で使用するモデルを、これまでの先行 5 1980 年代 以 降に 来 日し た 中国 人や 日 系人 を 総称 し てニ ュ ー カマ ー と呼 ん でい た が、 ベ ト ナム 人 は近 年 のニ ュ ー カマ ー と考 え られ る 。
11 研究で示されてきた考え方を交えて紹介する。 4 章では、ベトナム人の国内移動に関する意思決定の分析として、ベトナム各省間の人 口移動を決定している要因について、ベトナム統計総局などが発表しているベトナム全63 省の省間移動人口データと各省別マクロデータを用いて分析する。主に、ベトナム人が国 内移動の可否や、移動先を決定する際のプッシュ要因について明らかにすることを試みる。 5 章では、近年急増している来日ベトナム人について、来日前の在留資格「技能実習」 と「留学」の希望者を対象に、なぜそれぞれの在留資格を選択するに至ったかの意思決定 要因に関して現地で実施したアンケート調査結果を用いて分析する。主に、両在留資格選 択者の属性や家庭環境の違い、来日後の関心 事項に焦点を当てる。 6 章では、技能実習生として来日して 3 年間の技能実習を修了し、ベトナムへ帰国した 元技能実習生の、本国での就業選択に関する行動や収入を決定している要因について、帰 国後数年程度経過した帰国者を対象とした電話による聞き取り調査の結果を用いて、その 要因を明らかにすることを試みる。特に、帰国後に就労するかしないかの決定要因や、就 労した際の収入の決定要因を、個人の属性や在日中の技能実習環境から分析する。 7章では、4 章から 6 章において分析して得られた結果を総合的に検討し、ベトナムに おける国内移動と国際労働移動の関係性や、来日以前と帰国後のベトナム人の意思決定に 関する総括的結論と日本の外国人労働者受入政策の課題、そして 2019 年 4 月に新たに創 設された新たな在留資格「特定技能」が、来日外国人労働者に与えるインパクトなどにつ いて考察する。 そして終章では、これまでの来日ベトナム人に関する分析を通じて得られた知見をもと に、東アジア地域における国際労働移動全体の課題と将来に向けたインプリケーションの 提示を試みるとともに、これまでの研究と本研究との違いや、残された研究課題などに言 及する。
12
第1章 ベトナムの経済発展と労働移動の進展
本章では、ベトナムの経済発展や人口増加、それに伴う労働移動の発展について紹介す る。特に、ベトナム人の都市への労働移動および国際労働移動が発展していく歴史や背景 を中心に述べる。 1.ベトナムの経済発展と人口構成 本節では、まずベトナムの経済発展に至る近代以降の歴史的な背景に触れておく。 ベトナム最後の封建王朝であったグェン王朝時代の 1858 年に突如フランス軍が中部の 都市ダナン沖合に現れ威嚇したことに始まり、1884 年の甲申条約でベトナム南部 6 省が フランスの支配下におかれたことから、フランスによるベトナムの被植民地政策が始まっ た。しかし、実態は当時の首都フエのあった中部や北部も含めて、すでにベトナム全土が フランスの支配下におかれていたともされる(トラン、2010)。そのような状況下で、フラ ンスに対するベトナム愛国者による抵抗運動が相次ぎ、当時、欧米の列国に対抗できる力 を見せ始めていた日本から近代化を学ぼうとする東遊(ドンズー)運動が 1905 年に始ま った。この運動はフランスの強い弾圧により失敗に終わるが、この時の民主社会の建設や 経済発展に関する目標は1920 年以降の民族解放運動に継承されることとなる。 1920 年代に入ると、それまでの民族解放に加えて、マルクスやレーニンの思想を取り入 れた社会的革命が重視され始めた。その中で最も影響力を保持したのが、後の国家主席ホ ー・チ・ミンであった。彼は、民族解放と共産主義を融合させ、祖国を植民地主義から解 放させることと、無産階級を解放させることを同時に目指した。 第二次世界大戦が終戦し た1945 年には、8 月革命によって独立を宣言して連合政府を樹立し、ベトナムの民族主義 の高揚を見せた。 ところが、その後もフランス軍との戦闘は 1954 年に勝利するまで継続した。この戦闘 において、ベトナムは中国から少なからず支援を受け、その際に毛沢東思想の影響も同時 に受けた(トラン、2010)とされる。そして、戦後のジュネーブ協定によって北緯 17 度 線で南北に分断され、ホー・チ・ミンが率いるベトナム労働党が指導する北ベトナム民主 共和国と、米国の支援の下に南部の都市サイゴン(現在のホーチミン市)に政権を置くベ トナム共和国が対抗することとなる。北部のベトナム労働党 では、民間企業の没収や資産 家階級への弾圧を進めた結果、共産主義を恐れた多くの知識人が南部へと移住することと なった。つまり、当初は救国運動の手段として共産主義を利用してきた民族解放指導者は 、 統治の初期こそ民族主義を堅持していたが、1950 年代からは中国の毛沢東主義の影響も 受けて、革命精神を強化した結果、階級闘争に傾いていくこととなった といえる。 1960 年代に入ると、祖国統一を目的とした北ベトナムと、米国の支援を受けた南ベトナ13 ムの間で内戦が発生し、戦況は熾烈を極めることとなる。そして、米国の撤退を受けて 1975 年に戦争が終結し南北統一が実現されると、ベトナム労働党は自信を持ち、ベトナム共産 党と名称を変えて、北ベトナムの首都であったハノイに政権を置いて、それまでに進めて きた社会主義システムを全国的に展開してい くこととなった。その主な特徴は、第一に、 共産党が社会、経済、文化を指導する。第ニに、経済活動は中央集権的指示の下で計画的 に進める。第三に、生産手段は国営企業や合作社に所有される。第四に、産業構造は海外 との分業ではなく自己完結型となる。さらに、冷戦下における国防強化の観点から重工業 の発展が重視されることとなった。ところが、これらの政策おいて南北間の民族的な和解 は軽視され、南部の旧制度における官僚や将校に対して社会主義・共産主義への忠誠を強 制したことによって、1970 年代末には実質的に経済は破綻し、国民の生活は困窮を極める こととなった。その結果、南部出身者を中心に多くの政治難民が生まれ、その多くが最終 的に米国やオーストラリアへと移住することとなる。これらの在外ベトナム人(越僑)6の 存在は、後述するベトナム人の国際労働移動の意思決定に少なからず影響を与えているこ とが考えられる。 そして、1986 年の第 6 回共産党大会において、ドイモイ(刷新)と呼ばれる市場経済へ の移行を政策決定したことで、ベトナム共産党は大きな 路線変更を開始する。ドイモイ政 策の特徴は、社会主義社会の実現を一時棚上げし、経済の回復や発展を優先した点にある。 1990 年代に入ると、多くの東欧諸国の共産党が解体され、旧ソ連を構成してきた国々が独 立したことにより、理念の変更を余儀なくされたベトナム共産党は、従来のマルクス・レ ーニン主義に加えて、新たにホー・チ・ミン思想を定めた。それは、いわゆるホー・チ・ ミンが唱えた道徳に関する思想ともいえる内容であった。これと同時に、ベトナム政府は 本格的な社会主義型市場経済の導入を推進することとなった 。 その後、1990 年代半ばからは外国資本による投資が始まったことで、ベトナムは急速に 経済発展していく。外国からの投資とともに、かつて難民として海外へ脱出していた 在外 ベトナム人の帰国も段階的に進み、彼らによる投資もベトナムの経済発展を後押しするこ ととなった。図表 6 が示すとおり、1997 年のアジア通貨危機の影響により一旦は経済成長 スピードが鈍ったものの、2000 年代に入ると、ベトナム共産党は「社会経済 10 カ年計画」 において2020 年の「工業国化7」・「近代化」を新たな国家目標に掲げて、経済発展のアク セルをより踏み込むこととなり、工業化の進展を推し進めるともに一人当たり GDP も急 速に伸長していく。具体的には、2020 年に「GDP に占める鉱工業およびサービス業の割 合を 85%以上」、「農業労働人口を 40%以下」などの数値目標を設定したことにより、農 6 在 外ベ ト ナム 人 の詳 細は 、 本 章 3 節 にお い て詳 説 する 。 7 工 業国 化 に関 す る具 体的 な 規 定は な いが 、 一般 に 工業 の 付 加価 値 生産 額 が農 業 のそ れ を 上回 る 状態 の こと を 指す とい わ れて い る。
14 村から都市、農業から他の産業への労働移動が広がりを見せていくとともに、年平均経済 成長率も毎年6%以上のスピードを維持して現在に至っている。また 2018 年以降は、米国 と中国の間で貿易摩擦が発生したことにより、中国にある生産拠点の主要な移転先として ベトナムが注目を集めており、引き続き今後もこの経済成長スピードは維持されていくも のと考えられる。 図表 6 ベトナムの一人当たり GDP と経済成長率の推移 出所 : 世界 銀 行ウ ェ ブサ イ ト をも と に筆 者 作成 次に、ベトナムの人口構成について紹介する。 まず、図表7 はベトナムの 1980 年以降の人口推移を示した。1975 年に終結したベトナ ム戦争では、軍民合わせて300 万人以上の人的被害を出した(古田、2018)とされており、 ベトナム全体の人口にも大きな影響を与えた。しかし、戦争終結後は一貫して人口が増加 しており、1980 年以降だけですでに 78%も人口が増加している。現在のベトナムの人口 は約9,800 万人で、ASEAN ではインドネシア、フィリピンに次いで 3 番目の規模となっ ている。また、国際移住機関(IOM)の予測によると、2020 年代前半にベトナムの人口は
15
図表 7 ベトナムの人口推移
出所 : ベト ナ ム統 計 総局 ウ ェ ブサ イ ト 、IOM ウェブサイト(2030 年、50 年予想のみ)をもとに筆者作成
図表 8 ベトナムの男女別人口ピラミッド(2018 年)
16 1 億人を突破し、2050 年には 1 億 1,500 万人にまで達するとされる。図表 8 では、ベトナ ムの人口ピラミッドを示した。この図表では、男女ともに現在25-29 歳の世代が最も人口 が多いことがわかる。1990 年代半ば以降、ベトナム政府は人口抑制と貧困解消を目的に緩 やかな出生抑制策をとっており、近年になってピラミッド型の人口構成が崩れていたが、 2000 年代以降は、1980 年代生まれの世代が出産期に入ったことにより、近年は再びピラ ミッド型を構築し始めている。 2.ベトナムの工業化と農村・都市間労働移動の進展 2000 年代に入り、工業国化を国家目標に掲げたベトナムであるが、それ以前は国際的に 見れば「生産性の低い農業国」と位置づけられてきた。その要因は、1 人当たりの耕地面 積が小さく、余剰労働力を多く抱えていることにあった。ドイモイ政策以前のベトナムで は、農業生産は合作社や人民公社による集団生産体制が取られ、土地などの生産手段の集 団所有や国家による農産物の買い取りがあったため、労働者の生産意欲は向上しなかった。 2000 年に民間企業の発展促進を目指した新しい企業法と外資導入法が発効すると、工業、 サービス部門を中心に民間企業で就労する労働者が急速に増加していく。そして、これが 図表 9 ベトナムの都市人口比率の推移 出所 : ベト ナ ム統 計 総局 ウ ェ ブサ イ ト を も とに 筆 者作 成
17
農村にあった余剰労働力を吸収する動きを見せることとなった。図表 9 には、ベトナムの 全人口に占める都市人口比率の推移を示した。これによると、1990 年以降、一貫して都市 人口の比率は上昇を続けており、都市への人口流入が進んでいる。しかし、2013 年の世界 銀行IBRD(International Bank for Reconstruction and Development)の調査によると、 ベトナムの都市人口比率(32.31 %)は ASEAN 加盟国の中でカンボジアに次いで 2 番目 に低く、アジアの中でも最も農村人口比率の高い国の一つであったことから、歴史的に み れば、ベトナムには都市への人口集中が緩やかという特徴があった。実際に、現在でもハ ノイ市やホーチミン市の中心部から1 時間ほど車を走らせれば、のどかな田園風景が一面 に広がり、農民が手作業で農業を行なっている風景を目にすることができる。 現在、すで にハノイ市は約800 万人、ホーチミン市は約 880 万人の人口を抱える大都市となっている が、伝統的に農業国であったベトナムでは、依然として都市化率が近隣諸国と比較して低 く、都市化の進展とともに一人当たり GDP が急速に増加してきたといえる。しかしなが ら、ここ15 年間で 10 %以上も都市化が進行する状況はいささか急激であり、「過剰都市 化」(over-urbanization)という状態に陥って、都市インフォーマルセクターや貧困層の 増大、スラム化の進展、交通渋滞、河川や大気汚染などの環境汚染を引き起こすことが 懸 念されている(経済産業省、2008)。米国や EU が採用している大気汚染度を示す AQI(空 気質指数)の基準による調査では、ハノイ・ホーチミン両都市の大気汚染度は、ASEAN 域 内ですでにインドネシアの首都ジャカルタに次ぐ水準にまで進行していることが明らかと なっており、今後も大気汚染の進行が懸念される。また、大泉(2009)では、一般的に都 市化率と経済発展は相関関係にあるとされるものの 、都市化の急速な進展は、農村におけ る若年労働人口が急激に不足することによって、農村・都市間の所得格差の是正を困難に することが指摘されている。本研究では、これらの先行研究において示された懸念にも配 慮したい。 ところで、ベトナムは 1954 年のジュネーブ協定から 1975 年の内戦終結時まで南北に 分断されていたわけだが、米国の支援を受けていた南ベトナムの首都であったサイゴン市 (現在のホーチミン市)は、当時の東南アジアを代表する大都市の一つとして発展してい た。南北統一後は北ベトナムの首都であったハノイ市に統一国家の首都が置かれたものの、 ホーチミン市もそれまでの都市基盤をベースにして発展を続けたため、北部と南部に二大 都市が併存するという、この規模の国家としては珍しい機能分散が実現している。加えて、 その国土は南北に細長く、西側は山脈、東側は南シナ海に囲まれているため、開発途上国 でよくみられる、単純な首都周辺への人口一極集中というモデルではなく、南北の大都市 に分散して人口が移動しているという特異な人口移動モデルが考えられる点が特徴といえ る。二大都市を有している国としては、例えばマドリードとバルセロナという二大都市 を 持つスペインがあるが、両都市間の距離は600 km 程度と比較的近距離である一方、ベト
18 ナムの両都市間の距離は直線でも約 1,100 km 以上離れており、この点においても、ベト ナムの国内人口移動や国内労働移動を分析することは、他国ではあまりみられないベトナ ム固有の人口移動モデルを明らかにできる可能性が考えられる。 3.ベトナム人の国際労働移動の展開 1975 年の南北統一後のベトナムにおける国際労働移動というと、当初は政府による非 熟練労働者の海外派遣が中心であった。南北統一後の 1978 年に、旧ソ連主導の経済相互 援助会議(COMECON)に加盟したベトナムは、同じく加盟国のキューバと同様に、貴重 な温暖国として農産物の域内輸出が期待された。加えて、ベトナムは当時から豊富な若年 人口を抱えていたことから、慢性的な労働力 不足にあった旧ソ連や東欧の先進社会主義国 (東ドイツ、ブルガリア、チェコスロバキアなど)との間で締結された労働協力協定に基 づき、労働者を送り出す役割を担ってきた。つまり、この当時から労働力の輸出はベトナ ムにおける主要産業のひとつとして国内で認識されていたといえる。その目的は、表面的 にはベトナム人労働者の技能向上とされていたものの、実質的には受入国側の労働力 不足 とベトナム側の余剰労働力に対する雇用の創出、そしてこれらの国々に対する貿易赤字の 存在等があげられる。その派遣手法は、ベトナム労働省が相手国政府と事前に派遣する労 働者の職種、人数、賃金等の条件について交渉を行い、 その協定に基づいて、派遣労働者 の渡航手続きまで一貫して責任を負った(小高、2000)とされ、この制度において 1980 年 から90 年までの間に約 30 万人のベトナム人労働者が海外へと派遣された。 この間、1986 年にドイモイ政策への路線変更が公になると、労働者の海外派遣について も、従来の雇用創出や労働者の技能向上に、新たな目的として国家予算のための外貨獲得 や労働者の収入増加が加えられ、この分野の拡大は長期的に重要な経済戦略と位置づけら れることとなった。そして派遣の拡大とともに、これらの労働協力業務は分権化されてい くこととなり、各省庁傘下の経済組織などが直接担当する制度へと転換 が進んだ(石塚、 2012)。しかし、1990 年以降のソビエト連邦の崩壊や東欧諸国の体制転換により、最終的 にこれらのベトナム人在外労働者は帰国し、これらの国への派遣は停止された。 1991 年になるとベトナム政府は労働力輸出事業をライセンス制とすることを決定し、 労働省の許可を受けた送出機関(当初は主に国営企業)が、海外市場の開拓、労働者の採 用、派遣前の教育訓練、派遣中の管理等を担当することとなった。また、海外へ 送り出さ れる労働者自身が、送出機関に対して派遣手数料や保証金を納付することとなり、ベトナ ムの市場経済化の進展とともに、労働者派遣事業は企業が主体となる経済活動へと変化す ることとなった。同時に、労働者の派遣先は、1980 年代の東欧諸国から台湾や日本、韓国 の北東アジアや中東諸国へと変化し、これまでの労働省による派遣と比較すると、その規 模は徐々に拡大していった反面、労働者が支払う手数料などの高額化も同時に進行した。
19 一方、台湾や日本、韓国などの受入国では、ベトナム人労働者が就労先から逃亡して不法 就労する事案が徐々に増加するようになり、ベトナム側の送出機関は受入国での逃亡防止 を目的として、労働者の出国前に高額な保証金を徴収するようになっていく。しかし、こ の保証金の高額化は、結果的に労働者が受入国に入国した後の収入に対するプレッシャー をより高めてしまうこととなり、逆により条件の良い職を求めて、不法就労を助長してし まうという悪循環を招いた。そこで、これらの問題に対処するために受入国側で様々な対 応策が採られた。例えば、韓国では 2004 年から送り出し、受け入れともに両国政府が窓 口を担う「雇用許可制」を導入し、1980 年代以前にあった政府による派遣に近いシステム へと再転換した。また日本では、2010 年に国内法で「技能実習生やその親族から入国前に 保証金を徴収することを禁止する」などの規定を策定して対処した。その一方で、ベトナ ムでは 5 年に一度の共産党大会において 1990 年代以降毎回、労働力輸出に対する言及が なされるようになり、この政策がベトナム政府や共産党の重要施策に位置付けられている ことが明確となって、海外労働者派遣事業に対するポジティブな戦略が強力に推進された。 現在、ベトナムにおける労働力輸出は、「工業国化」「近代化」という国家目標に貢献し、 派遣先国との友好関係の強化に貢献できる人材の育成という、長期的戦略として重要視さ れており、同時に、派遣先国(市場)の多様化と競争力の向上、労働者の権利保護を国家 方針として掲げて発展している。 図表10 には、2012 年から 16 年までに各国に派遣されたベトナム人労働者数を示した。 これによると、近年のベトナム人の派遣先は一貫して台湾が首位となっている。また、こ の間、台湾・日本・韓国の上位 3 ヵ国の順位は不動であり、この 3 ヵ国がベトナムにおけ る海外労働者派遣の中心国であるといえる。一方で、同じ ASEAN 域内のマレーシア・ラ オス・カンボジアへの派遣は近年急速にその規模を縮小させており、上位3 ヵ国への依存 度がより上昇しているのが特徴である。そもそも同じインドシナ半島に位置する隣国のカ ンボジアやラオスへの派遣は、インフラ開発支援を目的とした公的な労働者派遣が中心で あったが、近年は中国の進出によってベトナムの役割は縮小しているという背景があった。 また、もう一つの主要派遣先であった中東 では、2010 年から 2012 年にかけて、いわゆる 「アラブの春」と呼ばれる反政府デモを主とした騒乱の影響を受け、派遣先としてのベト ナム人労働者の支持を失っており、影響が比較的少なかったサウジアラビアにおいても、 その派遣規模はあまり成長していない。その結果、近年の派遣先の約 80 %以上が北東ア ジアの先発 3 ヵ国となっているのがベトナムの海外労働者派遣の特徴といえる。つまり、 ドイモイ政策以前の東西冷戦時代は旧ソ連や東欧諸国が中心であった派遣先が、ドイモイ 政策以降の 30 年間で北東アジア 3 ヵ国へと変化しており、海外労働派遣の分野において もドイモイ政策による大きな路線変更がなされたといえる。特に、2016 年には北東アジア 3 ヵ国への労働者派遣が全体の約 86%を占めており、その割合は今後もますます上昇して
20 図表 10 2012-16 年ベトナムの派遣先別海外労働者数(上位 15 か国) 出所 :IOM(2017b)pp.22-23 いくことが見込まれる。 最後に、ベトナム人の国際労働移動において忘れてはならないのが、ベトナム戦争 の終 戦時や戦後に難民として海外に脱出した、いわゆる在外ベトナム人(越僑)の存在である。 このうち一部の人々は、漁船などの小船に乗って難民として海外へ逃げ出した「ボートピ ープル」と呼ばれた。彼らはいわゆる「インドシナ難民」として、 現在はその多くが米国 やカナダ、オーストラリア、フランス、日本などで定住しており、その後に呼び寄せた家 族も含めると、その数は約 400 万人(ベトナム外務省ウェブサイト)とされる。彼らは、 ベトナム統一後の南ベトナムにおける体制変更の過程において、経済活動を制限されたり、 迫害を受ける恐れがあったりしたことを要因として母国を棄てた政治難民であったため、 厳密には国際移動した労働者とは呼べないものの、その多くは受入国において非熟練労働 者として就労を始めて、現在では経済的に成功を収めている者も少なからずいるとされる ことから、これもベトナム固有の国際労働移動モデルの一つとして配慮しておく必要があ
派遣先
2012
2013
2014
2015
2016
合計
1
台湾
30,533
46,368
62,124
67,621
68,244
274,890
2
日本
8,775
9,686
19,766
29,810
39,938
107,975
3
韓国
9,228
5,446
7,242
6,019
8,482
36,417
4
マレーシア
9,298
7,564
5,139
7,454
2,079
31,534
5 サウジアラビア
2,360
1,703
4,191
4,125
4,033
16,412
6
ラオス
6,195
4,860
200
-
1
11,256
7
カンボジア
5,215
4,250
50
-
-
9,515
8 マカオ(中国)
2,304
2,294
2,516
493
266
7,873
9
UAE
1,731
2,075
831
286
616
5,539
10
アルジェリア
38
158
547
1,179
3,885
3,885
11
リビア
645
1,201
1,005
-
-
2,851
12
カタール
105
206
850
455
702
2,318
13
キプロス
1,699
143
56
43
34
1,975
14
イスラエル
210
141
484
268
250
1,353
15
ベラルーシ
-
403
774
91
14
1,282
78,336
86,498
105,775
118,628
125,838
515,075
97.5
98.1
99.0
99.2
99.6
98.8
15ヵ国合計
全体に占める割合(%)
21 ろう。また近年では、受入国で生まれ育った難民二世がベトナムへ帰国して、起業者とし て成功するケースも散見されはじめている。そして、これらの在外ベトナム人に、海外派 遣労働者を加えた国外からの本国送金は2010 年以降になって急増しており、2018 年には 年間189 億 USD(約 2 兆 1,000 億円)の過去最高額にまで達している8。この額は、現在 のベトナム政府にとって、FDI(海外直接投資)、ODA(政府開発援助)とともに大きな外 貨収入源となっている。この在外ベトナム人による本国送金はベトナムに残った親族への 経済的援助の役割を担っており、これらの在外ベトナム人による 送金の増加も、ベトナム 人の国際労働移動に対するポジティブな印象を拡大させている大きな要因の一つと考えら れる。 8 2019 年 1 月 25 日付現地の Tuổi Trẻ 新聞記事による。
22