本章では3章で述べたとおり、ベトナムにおいて日本への技能実習 と留学を志している 人材は同じ、もしくは類似した背景を持つのではないのかとの仮説をもとに、両在留資格 希望者の意思決定要因を明らかにすることを試みる。
1.本分析の概要
まず、ベトナム人技能実習生と留学生の条件面の違いについて紹介しておきたい。
一般に、ベトナム人技能実習生は、ベトナム政府の認定を受けた海外労働送出 機関への 登録を通じて、日本の技能実習監理団体(協同組合や社団法人)または実習実施機関(技 能実習生の受入企業)の選抜試験を受け、合格した技能実習生が 3-4ヶ月間の日本語教育 を現地で受講する。来日後も、当初1ヶ月間は監理団体が運営する技能実習前講習を受講 することが義務づけられ、主に日本での生活に必要なルールや日本語を修得する。その後 は実習実施機関が用意する住居に住み、フルタイム労働者として勤務する。賃金は各地の 法定最低賃金が適用されることが多く、3年間(実際には技能実習前講習を除いた 35ヶ月 間)就労した後は、帰国して修得した技能を本国で活かすことが必要とされている。在留 資格申請は監理団体を通じて行なわれ、出入国在留管理局では、主に実習実施機関と実際 に技能実習生が従事する作業内容を中心に審査される。技能実習生は在留資格を得た後、
送出機関に30-50万円程度の手数料を支払ったうえで来日するが、渡航費用や日本語学習 費用はすべて日本側の負担とされており、日本での住居費用等も賃金から控除されている ことから、多くの技能実習生が手取り収入の大半を本国の家族へ仕送りをしていると考え られる。また、技能実習生には日本人労働者と同様の社会保険が付保されており、健康保 険をはじめ労働災害等への対応も日本人と同等の扱いが義務づけられている。
一方、本研究におけるベトナム人留学生とは、その大半を占めている私費留学生34を指 す。一般的に、私費留学生はまず来日後に2年間通学する日本語教育機関を本国にて選択 して応募し、その入学許可を事前に得たうえで、出入国在留管理局に在留資格申請を行う。
日本語教育機関を斡旋するのは現地の留学斡旋会社35や前節で紹介したような職業紹介セ ンターであり、来日前にこれらの斡旋機関で、ごく初級の日本語教育が実施されているケ ースが多い。実際の在留資格申請は日本語教育機関を通じて行なわれ、主に経費支弁者(多 くは留学生の両親)の経済面を中心に審査される。留学生は在留資格を得た後、留学斡旋
34 本 研究 で 取り 上 げる ベト ナ ム 人 留 学 生は 、 その 大 半を 占 め る私 費 留学 生 を指 し 、国 費 留 学生 は 対象 と して い な い。
35 こ のよ う な留 学 斡旋 会社 は 日 本向 け 留学 生 の増 加 とと も に 急速 に 拡大 し てお り 、多 く は 日本 留 学経 験 のあ る ベ トナ ム 人の 起 業に よ るも の で ある 。 不正 な 会社 も 多い こ と から 、 ベト ナ ム政 府 は近 年 に なっ て 留学 斡 旋会 社 につ いて も 技能 実 習生 派 遣会 社 と 同様 に 登録 許 可制 に 変更 し て いる 。
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機関に数万円程度の斡旋料と、日本語教育機関に初年度の授業料(通常 60-80 万円程度)
を払い、私費で航空券等を手配して来日する。来日後は、多くの日本語教育機関が自前の 学生寮や契約住居に留学生を住まわせる。授業は1日約4時間程度で、在留資格の更新の ために出席率が厳しく管理されている。留学生は、事前に出入国在留管理局の資格外活動 許可を得たうえでアルバイトが可能となるが、出入国管理法上では、その上限が週 28 時 間とされている。鈴木(2011)は、この資格外活動の存在が日本留学の誘引要因の一つで あると指摘しているが、実際には週 28 時間を超えて就労しているケースがたびたび報道 されており36、この超過労働が留学生のインセンティブとなっているのではないかと懸念 される。2 年間の日本語教育を終えた留学生は、大半が大学や専門学校の高等教育機関へ と進学するが、志甫(2015)は、ベトナム人のような非漢字圏の留学生が2年間の日本語 教育で大学進学に必要な日本語を修得することは困難であると指摘しており、実際に有名 大学へ進学が可能なベトナム人私費留学生はごく少数に限定されると考えられる。
図表 21 では、一般的な日本の技能実習生と留学生を比較しているが、収入面では両者 に大きな差はなく、明確な差となっているのは、渡航前に要する費用、来日後の収入の保 障や各種社会保険の有無、滞在可能年数、職業(アルバイト)選択の自由であると考えら れる。渡航前費用に関しては、留学生が技能実習生より高額であり、出入国在留管理局に おける査証審査においても経費支弁者の経済力に重点が置かれるが、技能実習生 では個人 属性に関する審査はほとんど実施されていない。社会保険については、技能実習生には日 本人労働者と同様の保険があるのに対し、留学生は任意の保険加入になっている。また在 留可能な期間は、留学生の場合、日本語教育機関を経て大学等を卒業後、大学等で学んだ 知識を必要とする業務に従事する場合には、就労ビザによる無期限就労が可能となるが、
技能実習生の調査時点での滞在期間は最長3年とされており、期間満了後は帰国を余儀な くされる。来日後の職業選択に関しては、留学生にはアルバイトにおける職種選択の自由
37があるが、技能実習生は渡航前に予め決められた実習実施機関や職種からの移動が原則 認められず、来日後に配属された技能実習実施機関(企業や農家等)からの離職を希望す る場合は、本国へ帰国するか、失踪して不法滞在者として就労するしかないのが現状であ る。本分析では、以上のような条件の違う両在留資格を選択するベトナム人の意思決定の 背景にある要因を明らかにすることを目指すものである。
そこで、2016年 7月と8月にベトナム北部の首都ハノイ市と同市近郊のB省、および
36 ベト ナム 人 留学 生 の 週28時 間を 超 える ア ルバ イ トに 関 す る統 計 等は 存 在し な いが 、 多 くの 日 本語 学 校在 学 中の 学生 が アル バ イト の 掛け 持 ち 等に よ り、 規 定 の 時 間を 超 過 して い る可 能 性が あ る。
37 こ こで は 、転 職 がで きな い 技 能実 習 生に 対 して 、 留学 生 は 自由 に 好き な アル バ イト を 選 択で き ると い うこ と を 指す 。
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図表 21 日本の技能実習生および留学生の条件比較
出所 : 国際 研 修協 力 機構 (2015)お よび 日 本学 生 支援 機 構(2014)をも と に筆 者 作成
南部の中心都市ホーチミン市において、来日前の留学生38および技能実習生計 389名に対 するアンケート調査39を実施した。アンケートは技能実習生送出機関および留学斡旋企業 の施設内で実施し、全対象者に対してベトナム語で主旨を説明したうえでアンケート用紙 を配布し、全員から回収した。対象とした技能実習生はすでに日本の実習実施機関または 監理団体による採用試験に合格して、2016年秋から2017年初頭に来日予定の日本語学習 中の者、留学生は2017年4月の入国に向けて準備中の同じく日本語学習中の学生である。
次に、分析に使用する変数を具体的に説明する。まず、回答者の基本属性として年齢を 設定している。次に生活習慣として、日本のアニメに対する興味、インターネット使用、
38 す でに 在 留資 格 申請 手続 中 の 技能 実 習生 に 対し て 、対 象 と なる 留 学生 は まだ 来 日が 確 定 的で は ない が 、こ れ ま での 実 績 で95%以 上の 学 生が 実際 に 来日 し てい る こと か ら 、ほ ぼ 全員 が 留学 生 とし て 来 日す る と考 え ても 差 し 支え な いと 思 われ る 。
39 実 際に 使 用し た アン ケー ト 調 査用 紙 を本 稿 の最 後 に参 考 資 料と し て添 付 した 。
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夜の外出頻度を設定した。幼少期から日本のアニメやインターネットに触れて育った環境 や夜に外出する習慣が、在留資格の選択に与える影響を明らかにするための変数である。
学業については、高校卒業時の成績40、および主要 5 科目(ベトナム語、社会、数学、理 科、英語)を好きな順に並べ、英語を 1位としたサンプルに 1をとるダミー変数を「英語 ダミー」として設定して、高校時代の成績 全般や外国語学習との親和性が在留資格選択に 与える影響を調査している。家庭環境に関しては、来日に際する借金予定の有無、日本在 住近親者の有無、家族一人当たりの所得を聞き、経済的または心理的な要因が在留資格選 択に与える影響を調査した。意欲に関しては、来日後に重要なものとして「自身の成長、
学業、収入、レジャー、健康」の5つを並べ替え、「学業」が「健康」より優先した場合に 1をとる「学業ダミー」、同様に「収入」が「健康」より優先した場合に 1をとる「収入ダ ミー」、「健康」を最重視する「健康ダミー」として設定した。また、思考 パターンや個人 の性格が在留資格選択に与える影響を知るために、貯蓄 に対する態度、質素な生活、信仰 心、学生時代の経験、スポーツなどに関する6問を設定し、「かなりそう思う」および「ま あそう思う」の肯定的な回答をしたサンプルに1をとるダミー変数をそれぞれに設定して、
自信の有無や外交的な性格が在留資格の選択に与える影響を加味した。
2.推定結果
図表22には記述統計量を、図表 23にはベトナム人留学生および技能実習生の在留資格 選択に関する推定結果を示した。
まず、基本的な属性である年齢に関しては、係数がマイナスの有意な値をとっており、
年齢の高い者が技能実習生を選択する傾向にあることを 示している。これは、留学生が現 地の高等学校卒業後すぐの年齢層41が中心となる反面、技能実習生には相応の就労経験を 求められることが多いため、全体的に年齢層が高めであることが影響していると考えられ る。
生活習慣に関しては、日本のアニメとの接触経験は 技能実習生が高く、逆にインターネ ットとの接触では留学生の方が高いとの結果が得られた。また、夜間に外出する回数は留 学生の方が少なかった。アニメ等のポップカルチャーの存在が、留学先に日本を選択する 学生にポジティブな影響を与えていると考えられたが、実際にはそうではなく、 技能実習 生より若年層の留学生にはインターネットの影響の方が強いことが考えられた。先に述べ た年齢との関係で考えると、インターネットがまだ十分 に普及していなかった時代に成長 した世代は日本のアニメを観て育ってきた が、インターネット普及後に育った若年層が中
40 ベ トナ ム では 全 国統 一の 高 校 卒業 試 験が あ るた め 、高 校 卒 業時 の 成績 は 全国 で 比較 可 能 な変 数 であ る 。 41 一 般的 に 、出 入 国在 留管 理 局 にお け る留 学 の在 留 資格 審 査 にお い て、 最 終学 歴 卒業 後5年以 上 経過 す ると 厳 し
くな る とさ れ てい る 。