1.ベトナム国内の労働移動
本分析では、ベトナム国内の人口移動を決定している要因を明らかにすることを目指す。
一般的に、人口の地域間移動を分析するモデルとしては、いわゆる重力モデルが多く用い られてきた。19 世紀後半に、Ravenstein(1885)はニュートンの引力法則を人口移動に 適用して、任意の2都市間の人口移動の規模は両都市の人口規模と両都市間の距離によっ て決定されると指摘した。
図表 14 重力モデルのイメージ図
出所 :Ravenstein(1885)を も とに 筆 者作 成
図表14において、円の大きさはX・Y・Z各都市の人口規模、矢印の長さは各都市間の 距離、矢印の太さは人口移動量を示している。ここでは、X-Y都市間の人口移動が最大と なり、Y-Z都市間の人口移動が最小となる。
このモデルが示す数式は以下のとおりである。
𝑀𝑖𝑗 = 𝑓[(𝑃𝑖 × 𝑃𝑗)/𝐷𝑖𝑗]
ここで、iとjはそれぞれ流出元と流入先を示し、Mijは地点iから地点 jへの移動者数、
Pi と Pjはそれぞれ地点 iと地点 j の人口、Dijは移動費用の代理変数である両地点間の距 離を表しており、人口移動する人数は、流出元・流入先それぞれの人口と、両者間の距離 によって規定されると考えられてきた。
本分析では、Greenwood(1997)および Bodvarsson and Van den Berg(2013)で示さ
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れた以下の重力モデルの拡張モデルを用いて分析する。
このモデルで、YiとYjがそれぞれ地点iと地点 jの経済規模の代理変数である一人当た り実質所得を表している。Xiと Xjはそれぞれ地点iと地点jの社会経済変数ベクトルを示 し、εijは誤差項を表している。このモデルでは、距離が人口移動のネガティブ要因となる 一方で、流出元と流入先の人口規模および経済(所得)規模が大きいほど移動が促進され
(Greenwood、1997)、β1<0、β2>0、β3>0、β4>0、β5>0となる。なお、本モデル ではすべての変数についてその対数をとっている。これは、分析において「弾力性が一定 である」という前提のモデルを仮定していることによる。ここでは、社会経済変数ベクト ルにベトナムの省レベルのデータを投入して、ベトナムの国内人口移動のパターンと意思 決定要因をマクロデータから明らかにすることを目指す。
本分析では、ベトナム統計総局(GSO:General Statistics Office)が刊行している「2012 年4月1日時点の人口動態と家族計画調査」(The 1/4/2012 Time-Point Population Change
And Family Planning Survey)における「2011-2012年国内居住地変更人口」のデータ
を被説明変数として用いる。このデータは、2011年 4月 1日から2012年 4月 1日までの 1 年間にベトナム全 63 省間で居住地登録を変更した移動者数のクロスセクションデータ であり、63×62=3,906 のデータで構成されている。ところが、このうち 2,334のデータ において移動者数が0とされるため、移動者数0を打ち切り(censored)データとみなし たトービットモデル(Tobit Model)を用いて分析を行う。また、すべての変数について対 数をとるが、移動者数0のデータは対数がとれないため、あえて全てのデータに1を加え て対数をとる手法を採用する11こととする。
本 分 析 で 用 い る 説 明 変 数 に は 、 ベ ト ナ ム 統 計 総 局 が 刊 行 し て い る 2013 年 統 計 年 鑑
(Statistical Yearbook of Vietnam 2013)、2012年家庭生活水準調査(Data Results of the Vietnam Household Living Standard Survey 2012)、2012年事業所センサス(Results Of The 2012 Establishment Census)、2012年労働雇用調査報告(Báo Cáo Điề u Tra Lao Đo ng Viề c La m Na m 2012)、2012年 9月 30日時点省別学生数調査(So Ho c Sinh Pho Tho ng
Ta i Thờ i Điề m 30/09 Pha n Thềo Đi a Phường)のデータから、被説明変数と同時期である
11 あ えて 実 数で 分 析す る方 法 も 考え ら れた が 、等 分 散性 の 観 点か ら 不適 当 と判 断 した 。 ij
jn m
n jn in
m
n in
i j
i ij
ij
X X
Y Y
P P
D
M
j
+ +
+
+ +
+ +
+
=
= −) ln(
) ln(
) ln(
) ln(
) ln(
) ln(
) ln(
ln ) ln(
1 1
5 4
3 2
1 0
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2012年の人口構成、経済、企業、雇用、海外直接投資(FDI)、生活環境、教育、工業、農 業に関連した省別データを集めた12。なお、少数民族比率のみ 2009年の国勢調査時のデー タしか入手できなかったため、2009年人口・住居センサス(Pha n Tí ch Ca c Chí Tiề u Chí nh Tư To ng Điề u Tra Da n So Va Nha ờ Viề t Nam Na m 2009)のものを利用している13。
説明変数の選択にあたっては、1 章で述べたベトナムの歴史的な背景を考慮し、人口移 動に影響を与える可能性があると類推される 変数を採用している。また実際の人口移動と のタイムラグやバイアスを最小化するため、短期的な特殊要因の影響を受けにくいデータ を中心とし14、各変数間の多重共線性にも配慮した。このほかにダミー変数として、隣接 する省間を移動するデータに「隣接地ダミー」、首都ハノイ市を中心とする紅河デルタ地域 とホーチミン市を中心する東南部地域間を行き来するデータに、それぞれ「北部→南部ダ ミー」と「南部→北部ダミー」、北中部沿岸および中部高原地域から紅河デルタ、東南部に 移動するデータに、それぞれ「中部→北部ダミー」、「中部→南部ダミー」を設定した。こ れは、近距離の省間移動の動向や二大都市地域間相互の移動状況、二大都市に挟まれた南 北に細長い中部地域からの移動者がハノイ市とホーチミン市のどちらを選択する傾向にあ るのかを把握することを目的としている。
2.来日ベトナム人の在留資格選択
本分析では、序章や 2章において指摘した日本の外国人労働者受入政策を踏まえて、来 日する予定のベトナム人若年者のうち、技能実習生 と留学生を希望する人材の意思決定要 因を明らかにするものである。「開発途上国等の青壮年労働者への技能等の移転を図り、そ の国の経済発展を担う人材育成を目的とする」とされる外国人技能実習制度における技能 実習数は近年急激に増加しており、2018年末時点で28万人を超えているとされる。一方、
2008年に「留学生 30 万人計画」を策定し、大学等と連携して社会のグローバル化を目指 している日本へと来日する留学生の在留者数は、2018年5月の時点で29.9万人となり、
当初に掲げた「2020年を目途に30万人」の目標をほぼ達成した状況にある。技能実習生 は、技能実習という名の実質的な就労活動を通じて日本の技能を修得するものとされるが、
グェン(2013b)で指摘されるように、そのほとんどが本国より高い賃金を志向した出稼 ぎ労働者として考えるべきであろう。また志甫(2015)は、留学生が技能実習生では就労 できないサービス産業における貴重な労働力として機能している側面を指摘しており、学 業が本分とはいえ、留学生もパートタイム労働者としての一面を有して いるといえる。つ
12 基 本的 に すべ て の説 明変 数 で2012年 中 の暦 年 デー タ や平 均 デー タ を採 用 して い るが 、 一 部デ ー タに お いて 被 説明 変 数と 若 干の タ イム ラ グ が生 じ てい る もの が ある こ と には 注 意を 要 する 。
13 3年 のタ イ ムラ グ があ るが 、 デー タ の性 質 上、 こ の間 に 大 きな 変 化は な いも の と考 え ら れる 。
14 実 際の マ クロ デ ータ と人 口 移 動と の 間に は 相応 の タイ ム ラ グが 生 じる と 考え ら れる が 、 各デ ー タの タ イム ラ グ は一 様 では な いた め 、本 分 析 では タ イム ラ グの 問 題は 考 慮 せず 、 原則 と して 同 期間 の デ ータ を 使用 し てい る 。
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まり両者は、建前では技能や学問を修得するのがその目的とされているが、現実的には日 本社会を支えている労働者としての性格を持ち合わせているという類似点がある。また、
両者は所属機関の存在が在留資格の基礎となっている15中長期間滞在する外国人の半数近 くを占めており、どちらもその大半がアジア国籍であり、中でも近年ベトナム人の比率が 急速に伸長している点でも類似している。 序章で示したように、在日外国人に占めるベト ナム人のシェアは、ここ数年で急速に増加しており、国内の労働市場におけるベトナム人 の重要性は高まっているといえよう。ところで、急増しているベトナム人 技能実習生と留 学生であるが、元来、技能実習生は技能実習という名の就労活動 、留学生は学業というま ったく異なる目的で来日しているため、両者を目指す人材は異なる特質を持っているで あ ろうと推察できる。しかしながら、ベトナム南西部メコンデルタ地域にあるA省省都の公 立職業紹介センター16では、日本の技能実習生プログラムを紹介する「労働力輸出情報」
という同じ看板上で、「日本で学びながら働く」という名目の日本留学プログラムが紹介さ れており、実際に同看板の前で技能実習と留学のどちらを選択するか思案するベトナム人 学生が存在していた。また、ベトナムの技能実習生送出 機関の多くは、日本向けの留学斡 旋事業も手掛けていることも確認されている。これらの点から、ベトナムで両者を志して いる人材は同じ、もしくは類似した背景を持つのではないのかとの仮説が得られた。
A 省職業紹介センター「労働力輸出情報」看板
注 )2016年4月筆 者 撮影 ( 職業 紹 介セ ンタ ー にお い て日 本 留学 が 斡 旋さ れ てい る 。)
15 所 属機 関 の存 在 によ らな い 在 留資 格 とし て は、「 永住 者 」や 「定 住 者」、「 日本 人 の配 偶 者 等」 の 身分 ・ 地位 に も とづ く 在留 資 格が あ る。
16 筆 者 は2016年4月 に実 際 にA省の 職 業紹 介 セン タ ーを 訪 問し て いる 。