本研究では、特に近年急増するベトナムから日本に来る技能実習生と留学生を中心に、
彼らの労働移動に対する意思決定要因や意思決定の過程を、その背景にある経済的要因や 心理的背景なども考慮しながら、実証的に明らかにすることを試みた。本章では、4 章か ら6章において得られた分析結果をもとに総合的な考察を検討したい。
1.ベトナムにおける国内移動と国際労働移動の関係性
4 章で示されたように、ベトナムにおける国内の人口移動モデルは、ホーチミン市を中 心とする東南部を重心とする重力モデルであることが明らかとなっ た。北部や中部から南 部への国内移動が活発である反面、南部から北部への移動は限定的であり、南部への人口 集中が進んでいる。ところが、ベトナム人の 国際労働移動においては、日本へ技能実習生 や留学生を送り出すことを認められている、ベトナム政府による公認送出機関の数は、ホ ーチミン市を中心とした東南部よりハノイ市を中心とした北部の方が圧倒的に多い55。つ まり、国際労働移動のための送出地はハノイ 市がベトナムの中心になっていることが考え られる。つまり、国内移動の流入先がホーチミン市を中心とする東南部であるのに対し、
国際移動の出発点(または通過点)はハノイ市を中心とする北部(紅河デルタ地域) であ るといえる。これらの事実から、少なくともベトナムから日本への労働移動に関しては、
これまで他国での先行研究において指摘されてきたような、国際労働移動の「踏み台」と しての国内移動の機能がベトナムでは作用しておらず、農村から都市へと国内移動した人 材がそのまま国際移動へ移行するといった、連続した関係ではない可能性が示された。具 体的には、
① 国際移動する人材は都市への国内移動を経験せずに農村から直接的に(または一時的 な都市滞在のみで)国際移動している。
② 国内移動した人材は国際移動するために、改めて別の都市へ移動したうえで国際移動 している。
③ そもそも国内移動する人材と国際移動する人材はまったく別の人材である 。 などの仮説が考えられる。
このうち①の場合、情報通信技術が発達した近年では、地方の農村にいても都市と同様 の水準で海外の情報に接することが可能となっていること、多くのベトナム人が農村を出
55 ベ トナ ム 政府 が デー タを 公 表 して い ない た め出 身 地別 の 技 能実 習 生数 は 把握 で きな い が 、外 国 人技 能 実習 機 構 が認 定 して い るベ ト ナム の 技 能実 習 生送 出 機関 リ スト で は 全体 の 約80% がハ ノイ 市 を中 心と し た北 部 にあ り 、 在ベ ト ナム 日 本国 大 使館 ウ ェ ブサ イ トの 日 本留 学 情報 ペ ー ジに お いて も 「留 学 仲介 業 者 が集 中 する ハ ノイ 市 で は・ ・ ・」 と の記 述 がみ ら れ るこ と から 、 技能 実 習生 ・ 留 学生 ど ちら も 北部 の ハノ イ 市 が送 出 の中 心 とな っ てい るも の と理 解 して 差 し支 え な いと 考 えら れ る。
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て国際労働移動をした結果、紹介や口コミ、インターネット等の情報を通じて、必ずしも 都市への移動を経由しなくても農村から直接的に国際労働移動が可能となっ ていることな どがその要因として考えられる。ベトナムの国内移動において、中部や南部から北部への 移動を少ないことを勘案すると、①の仮説は北部の農村からの移動がその主流になってい ると推察できる。このモデルは、渡部(2002)のタイ東北部の農村でのインタビュー調査 において紹介された、農村から直接台湾へと移動した事例と同様に、農村部に多くの先行 者が帰還することで、口コミなどのネットワーク効果による送出圧力がその背景にある可 能性が高いだろう。一方で②の仮説では、労働を目的として国内移動する流入先の都市(ホ ーチミン市を中心とする東南部)と、国際労働移動の情報収集や準備のために滞在する都 市(ハノイ市を中心とする北部)は別であるため、国際労働移動のためには、労働者が南 部から北部に再度移動したうえで、海外へ移動していることが考えられる。つ まり、国内 移動でホーチミン市に移動していた労働者が 、国際労働移動のためには再度ハノイ市へ移 動して出国していくというモデルである。例えば、Imppricia- tore and Strozza(2016)
図表 29 ベトナムにおける労働移動のイメージ
出所 : 筆者 作 成
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は、イタリアで国内外の移動を経験した労働者が再び移動する傾向が強いことを明らかに しており、ベトナムにおいても、一度国内移動した人材は国際移動のために再び移動する ことへの抵抗感が弱まっており、比較的容易に再移動が可能となっていることが推測でき る。この場合、ハノイ市がベトナムにおける海外労働移動のゲートキーパー(Gatekeeper)
的な役割を担っていると考えられる。そして最後に、ベトナムでは国内移動する人材と国 際移動する人材は別であり、両者の間には関連性が認められないという 仮説である。これ ら3つの移動人材に関する仮説に関しては、改めてより精緻な分析が必要である。いずれ にせよ、ベト ナムから 日本への国際 労働移動 に関する本研 究 の結論 においては、Amrith
(2011)で示された、フィリピンなどにおける国際移動の「踏み台」としての国内移動モ デルとは異なる結果が得られたといえ、「 国際労働移動は第三世界のあらゆる農村を巻き 込んで展開していく」(森田、1994)と指摘された、農村の余剰労働力の都市への供給シス テムにおいて、東アジア地域の先発国が必要とする労働力を獲得するために、今後はより 直接的にベトナムの農村へ手を伸ばしていくという可能性が考えられる。
このほか、国際労働移動を経験してベトナムへ帰国した労働者の帰還先は都市・農村そ れぞれに分散しているが、農村へ帰る労働者は就労しない傾向が強く、都市へ帰る労働者 は就労こそするが、日本で就業していた職種にとらわれることなく自由に職業を選択して いる傾向にあることが6章の分析から明らかとなり、帰国の前後で就業職種が分断されて いるために、国際労働移動を経験した帰国労働者を通じた本国への技能移転の実現は限定 的であるという示唆が得られた。
2.日本の外国人労働者受入政策に関する考察
本節では、本研究を通じて得られた結果をもとに、日本の外国人労働者受入政策の課題 について指摘したい。
まず第一に、日本には外国人労働者受入国として帰国人材活用の連続性、継続性が求め られる。4 章で指摘したとおり、ベトナムの国内人口移動において、日系企業を含む外資 系企業が農村における余剰労働力の誘引要因となっているのは、その高い賃金や福利厚生 の存在などが考えられた。しかし、6 章において、日本での技能実習を経験した帰国生に 対する日系企業の賃金が非日系企業に比して高くないとされる点は、自国での就業を経験 した人材に対して、適正な評価がされていない可能性が考えられた。現地の日系企業が旧 態依然とした学歴主義や年功主義に固執するあまり、帰国生の技能や経験を適切に評価で きていない可能性が考えられる。また一部の日系企業では、プロパー社員と帰国生の処遇 格差の対応に窮し、帰国生の採用を忌避する傾向がみられ、技能実習制度の理念を日本社 会全体で支えていこうとする気概が感じられないことも、今回の調査を通じて明らかとな っている。万が一、在日中に修得した技能や経験を現地の日系企業や日本人社会が十分に
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活用できておらず、送出国にある他国籍の企業がその技能等を活用しているとすれば、日 本で修得した技能や知識の第三国への流出の可能性も否定できないであろう。これらの問 題は、日本の社会や企業の国際的なマネジメント感覚が他の国々に比べて遅れていること に起因している可能性が考えられる点にある。日本国内における学歴主義や、年功序列に 基づいた人事評価制度にとらわれるあまり、海外においても貴重な人材活用のチャンスを 失っているとすれば、早急に改善されなければならない課題である。これまでローテーシ ョン型を特徴としてきた東アジア地域の国際労働移動において、これらの帰国人材の活用 や、日本をはじめとする受入国で修得した技能と同職種での現地における継続的な雇用へ の努力が、受入国・送出国双方の企業に求められる。その結果、かつての「雁行型経済発 展」と同様に、国際労働移動を通じて東アジア地域全体の経済発展が底上げされ、 最終的 には日本などの受入国にもその経済発展の果実が還元されるのではないだろうか。そして、
それらの人材の中から再び就労者として東アジア地域を移動する人材が現れることにより、
東アジア域内を移動する労働者の新たな循環モデルへと発展していくことを期待したい。
第二に、留学生の受入政策に関する課題があげられる。5 章において示されたとおり、
日本の留学生受入政策は、その数に拘ったあまり、就労を主目的とした外国人を留学生と して相当数受け入れてしまってきたのではないかとの懸念が残った。これまでの受入政策 は早急に見直しや再構築が求められ、在留資格審査の段階において真に学業を目的とした 外国人の、より厳格な選別が必要になるであろう。その際のポイントとなるのが、来日以 前の本国での学業成績である。5 章で明らかなように、留学生と技能実習生の高校時代の 学業成績において有意な差が示されなかった点や、その平均値に大きな差がなかった点 は、
これまでの在留資格審査において、学業成績に重点が置かれてこなかったことを示唆して いる。欧米各国における留学生審査においては、語学力に加えて各種留学試験や高校時代 の成績に重点が置かれているとされる。これらの政策を参考にして、単に家庭の経済力だ けでなく、学力に重点を置いた新たな審査基準を設けることで、日本が真に優秀な留学生 を受け入れ、留学生受入政策においても東アジア地域を主導していくことを目指す べきで あろう。
第三に、ベトナム戦争前後に海外に脱出した在外ベトナム人が近年になって帰国して、
ベトナムでの起業や不動産等への投資を通じて成功している状況や、先行した帰国労働者 から得る国外での収入に関する情報と、自身が住む農村部の経済状況とを比較して、ベト ナム人の国際労働移動への期待が過大に膨らんでいるのではないかという懸念が、来日ベ トナム人に対する調査を通じて感じられた。5 章において明らかになったように、技能実 習生のみならず留学生についても収入や貯金に対するモチベーションが高かったこと、技 能実習生と留学生を分ける要因が学業成績ではなく家庭環境や在日親族の存在であったこ となどから、まず日本や海外へと出国することが優先され、在留資格の選択は二の次であ