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監査の本質の理解について

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(1)

644   第36巻第5号   

監査の本質の理解について  

−JO∂−−・  

森  

、Ⅰは じ め に  

人々が監査を理解する立場またほ観点は,必らずしも同一・であるとほ限らな   い。たとえば,昭和38年皮の日本会計研究学会の滞3鱒会における統一山論題  

「財務監査と経営監査」の議論においても,このような問題の存在ほ戯着であ  

(l.)  

った。すなわち,そこ紅おいてある論者は,監査の性格を規定するのは監査の   目的や客体でほなく,監査主体の独立性であるといい,またある森者は監査の   性格の差は監査目的から生じるものと主張し,さらにある論者は監査の性格の   差ほ目的によるのでほなく,監査を行なう場合の立場またはナブローチの差に  

よるものであるとする。   

また,監査とほ−・体何であるか紅ついても必らずしも明確に・されていないよ   うである。たとえば,R.G.ブラウンほ.,かれの論文において,監査の歴史を   検討すること紅よって,監査の目的および技術が時代につれて変化していく状   況が理解できるとする。すなわら,監査の目的は不正の摘発から財政状態につ   いての報告の適正性の決定へと移行し,また監査技術においても,精査から内   部統制組織を考慮した試査へ変化し,かつこのような目的と技術の変化におけ  

(,2)  

る関連がとらえられている。そこにおいては,各時代において:目的および技術   を異紅する多くのものが同じように監査として見られているわけである。それ   では,それらすべてのものを統・−Lして監査として一理解しているのはどのような   根拠に基づいているのであろうかという問題が迫ってくるであろう。  

(1)「日本会計研究学会第22回大会の焦点」,『企業会計』,昭和38年7月,108へノ109ぺ−   

汐。  

(2)R.G Brown, ChangiムgobjectivesandTechniques AccountingRevirew,October   1962,pp 696〜703   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(2)

645   監査の本質の理解紅ついて   一武〃−−   

このように考えてくると,多くの監査の理解方法ほ.,相互にどのような関連   をもち,さらにそれらの理解方法は監査の統一・的要素とどのよう紅結びつくか  

ということを明らかにすることが必要である。そこで,本稿は,このような意   図の下紅一つの試論を展開するものであるが,こ.れは.さき紅発表した拙稿の会  

(3)  

計監査職能論の続論またほ.展開となるであろう。  

ⅠⅠ行為による理解  

よくいわれることであるが,監査の語源には2つの流れを見ることができる。  

すなわち,監査を意味する言葉としての英語のAuditおよび仏語ゐAudition   は,どちらもラテン語の「聞く」という動詞のAudiIe紅由来している。それは   古い時代の監査が関係者の陳述を聞くこと紅よって行なわれていたという事情   に基づくものと考えられる。牽た,独語およびスペイン語の監査を意味する語   Revisionは,ラテン語の「再び見る」という意味の語Revisereに由来してい  

る○ これほ監査が,他人の行なった行為の結果を見て調べることであったこと   紅基づいている。このような監査の語源に見られるような監査行為の特徴は,  

英国の初期の監査にそのまま見ることができる。すなわら,リトルトンは英国   の初期の監査をつぎの2っの形態に分けることができろとしている。第1の監   査形腰は,政府官吏の行なった財務活動の結果を市民の代表者が公開的紅聴取   するものであり,第2の監査形態は,荘園紅おける家族的吏員の財務上の貴任  

(4)  

を明らか紅する差引勘定を荘園内部の吏員が検索するものである。   

ここにおける監査の理解方法は,監査とよばれる行為自体紅よって,監査を   理解する方法である。具体的行為による理解は,それが客観的事実に基づいて   いるので,明確かつ具体的である。   

このような監査の理解方法は,現代の監査理論のなかにも見ることができ   る。たとえば,マクツおよびジャラフは,監査公準の第1として,「財務諸表   および財務的資料は検証可能(verifiable)である」という基本的前提が必要   ほ)拙稿「会計監査の職能に関する一試論」,『層川大学経済論凱,第35巻第1号。  

(4)AC・Littleton,Accounting Evolut071tO19〇〇,pp 263〜264,片野−・郎訳377ぺ−i7。   

(3)

646   簡36巻 第5弓   

ーJりご−  

(5)  

であると主張して−いる。この公準の意味するところは,財務琴表および報告書   における多くの表示ほ,それが検証できるものであることを示す手続がとられ  

(6)  

るまでは,真実の意味をもつものとして承認されないということである。換言   すれば,財務諸表はその表示の適正性を立証できるものでなければならないと   いうこと.である。そ・して,この前提から,証拠の理論,換証の手続,監査にお  

(7)  

ける確率論の適用,監査人の責任の限界が導かれる。このようなマクツおよび   ジャラフの籍卜公準ほ.,なによりもまず監査を検証行為として−とらえたところ   から導かれたものと.考えられる。それ故に,マクツおよびジャラフはつぎのよ  

うにのぺるのである。「この検証は多くの形態をもっている。すなわち,それ   はときにほ内部監査スタッフによって行なわれる手続および資料の継続的な監   査であり,ときには独立監査人の年次監査であり,またあるときは連邦歳入局   の調査である。どのような形態セあれ,検証の重要性および事実はよく承認さ  

(8)  

れている。」このように監査理論の展開は,監査という事実行為の認識よ/り出   発する。   

したがって,監査の定義は一・般に.このような方法によって行なわれる。たと   えば,AICPAの会引用語委員会ほ,「監査とほ,記録の正否を確かめ,財務諸   表軋ついての意見を表明する目的をもって,公共団体,会社,個人などの帳簿,  

(9)  

証愚書頬その他の記録を検査することをいう」上している。   

しかし,われわれとしてはこのような定義で十分であるとは思わない。監査   とよばれる行為に基づくものとするならば,監査行為をより一層分析して,監   査行為に独白の要素を摘出することが必要である。何故ならば,そのような要   素によって監査行為とそうでないものとの選別が,はじめて可能となるからで   ある。これほ概念形成におけるオぺレーショナルアプローチの問題であり,マク  

ツおよびレヤラフは,プリッ汐マンの所説を引用してつぎのようにのぺている。  

(5)R K・叫autz and HAlShaIaf,ThePhilosobh.y ofAudiiing,pl42 

(6)′∂∠d.,p43  

(7)′∂よd.,p41  

(8)〃粛.,p44  

(9)AICPA,Acβ∂〝乃〜よ〝g rβγ調よ卯Jog.γ,p・17 

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(4)

監査の本質の理解について  −J〃J一   647  

すなわち,オペレ−ショナル・アプローチに.よる概念には2つの要件が必要であ   る。その第l要件は,それが−・雑の行為(Operation)を含むことであり,第   2要件は.,その行為が独自なものであることであり,それ故に行為の違いが概  

(10)  

念の違いを示すのである。   

監査行為の独自性は,たとえ.同じよ.うに見え.る行為であっても,その一・方を   監査とし,他方を監査でないとするものであり,これをわれわれは監査行為甲   本質的要件とする。監査は,その語源からも導かれるように,なによりもまず   なんらかのものを調べるとか検証するという行為に関するものとして理解でき   ることを明らか紅した。しかしながら,言鳳べるとか検証するという行為自体   ほ,監査以外にも多くのものぉ見かけることができるものである。たとえば,  

自検とか験算とかほ,検証行為としては監査に類似するにしても,それほ監査   とよぶことはできないものである。その検証行為が監査とよぴうるものとなる   ためには,まず第1軋,検証行為に第三者性という要件が加えられなけれはな   らない。換言すれほ,検証行為が被検証者以外の第三者によって担当されるこ   とである。これは通常独立性とよはれるものである。われわれほ.より積極的   に,監査の本質的要件として検証行為の第三者性を規定するのである。   

監査の本質的要件の第2として:,われわれは検証行為にスタッフ性の要件を   備えることを要求する。換言すれば,監査は支配・命令関係のライン系列に.おけ  

る換証行為ではなぐて,助言勧告関係のスタッフ系列における検証行為である   ということである。この本質的要件は,監査としての検証行為と,支配者また   は管理者がその命令に従う部下に対して行なう監督としての検証行為とを区別   するのに重要である。もしも,ライン系列において監督が十分な効果を発揮で   きるならば,監査が入って行く余地ほ.ない。ライン系列において,監督が十分   な効果を発揮できないという限界を認識するところに,スタッフとしての監査  

(11)  

が生ずるのである。  

uo)RK.Mautz and HA・Sharaf,OPCitu,p66 

仙 監査職能のスタッフ性として,拙稿前掲論文で若干展開を試みた。前掲稿18〜22ぺ−   

ジ。   

(5)

第36巻 第5弓   648   

ーーノ〃J−  

以上のように,監査という検証行為は,第三者性とスタッフ性と紅よって,  

独自なものとして理解することができる。   

なお,ここで監査の批判性紅ついて.若干ふれておくことが必要セあろう。と   いうのほ,往々にして批判性が監査の独自性を示すものであるかのように.考え  

られる傾向があるからである。とくに,会計の建設的性格に.対比させてその批   判性が指摘されることが多い。その限りでは,その見方ほ間速いでほないにし  

て.も,批判性を監査の本儲的要件とすることほ疑問である。成程,すべての検   誰行為に・とって批判性がその基本的性格であるが,その検証行為を監査とする   独自的要件ではなル、。その意味でほ,批判陸ほ本質的要件以前のものであると   いえる。われわれとしては,批判的性格をもつ検証行為が,第三者性とスタッ  

フ性の2っの要件を備え.たとき,監査とよびうるように概念が独自のものとな   ると考えるのである。  

皿 行為の対象,主体および適用形態による理解  

行為は,その対象,主体および適用形態を必要とするのほ当然である。それ   故に,監査に対する理解喀,行為の諸要素によって,より厳密な限定を与えら   れる。  

1 行為の対象【こよる理解   

監査行為は,当然にその対象を与えられねばならない。現実に存在するか否   かを論外にして,監査を理念的に解すれば,情報の監査と実体の監査とに分け   ることができるであろう。情報を監査の対象にするとは,情報の信頼性を検証   することであり,現実紅おいては,情報のうちでもとく紅会討が主としでとり   あげられている。この点に関連して,マクツおよびレヤラフは,現代の監査が   財務諸表の監査より一渉進んで,社会の必要とする情報の監査への未来図を描  

しⅠ二)  

いているのほ,興味のあることである。   

つぎに,実体を監査の対象にするとは丁さきの情報の基礎をなす経営活動,経   u2)R KMautzandHA Sharaf・ゆCii。,pp171〜200l拙稿「現代証券市場と監査職能   

の展開」,㌻香川大学経済論叢』第35巻第5号。   

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(6)

649   監査の本質の理解に.ついて   −−点火トー  

営組織,経営管理などの妥当性および良否を検証するものである。これは経営   監査として内部監査に.おいてとりあげられているが,実体の監査ほ,いろいろ   な場合を考えることができるので,内部監査に限らない。たとえば会計士のマ   ネージメント・サービスとか,コンサルタントの経営診断なども実体の監査で   あるといえる。情報の監査と実体の監査とは,監査の対象の贋的差異に基づく   ものであるが,実際においては両者は密接に関連している。すなわち,実体の   監査には情報の信頼性が必要であり,したがって実体の監査は情報の監査を前   提としなけれほならない。また,情報の監査は実体の監査によ、って−影響をうけ   る。というのほノ,実体の監査によって経営の活動,舶織,管理が改沓されること  

(1$)  

が期待され,それによっで情報の信頼性も高まることが期待されるからである。   

さらに,情報の監査であれ,実体の監査であれ,監査の対象の範囲の限定に   よって種々の監査の類型をうることができる。たとえば,会計監査では,一米国  

(14)  

式分類として,精密監査,貸借対照表監査,財務諸表監査があげられる。また,  

財務諸表監査を一腰的目的の監査として基準にとれぼ,完全な範囲に及ぶもの〝  

を全般監査,少しでも範囲が制限されたものを制限監査とすることもできる。  

われわれとしてこは, 監査の範囲は監査の目的とか期待される効果によって規定   されるのが当然であるので,監査の目的が無限に・考えられれば,無限の監査類   型が生じると考える。なお,実体の監査でも同様のことがいえる。たとえば,  

経営監査では,職能別に,生産監査,業務監査,財務監査に分けることもでき  

l1う)  

れば,別の観点から経営制度監査と経営能率監査とに分けることもできる。   

また,監査の対象がどのような経営体に属するものであるかによって,各産   共毎の監査を考えることができるし,さら紅監査の対象の性質,たとえば同じ  

財務諸表であ  っても,それが決算のために作成されたものであるのか,あるい  

n3)久保田音二郎博士ほ,公認会計士の財務諸表盤査と内部監査の最も展開された段階の    経営監査との関連を解明されたさいに,経営監査紅おける業繋偏劫の改善が,会計記録   

を よりイ言頼できるようにすることを指摘されている。久保田音二郎稿「経営監査と財務    監査との関連性」,『会計』,昭和38年10月,20〜21ぺ−ジ。  

u4)AIW Johnson,Principles ofAudi ting,p 5‖  

は昂 古川栄一・,『内部統制組織』,226ぺ−ジ。   

(7)

650  

第36巻 第5号   

_.7(フ6−  

は合併とか破産のように特別の目的のために作成されたものであるか紅よっ  

し1t;、  

て,夫々別の監査を理解することができる。   

このように.,監査行為の対象をどのように規定するか紅よって,理解される   ペき監査が限定されるのである。  

2 行為の主体による理解   

行為は,それを担当する主体または機関を必要とする。それ故に,監査主体   の要件が監査を理解する手掛りになるであろう。監査人が,企業の内部のもの   であるか,あるいは外部のものであるかによって−,監査が分類されることがあ   る。すなわち,内部監査人紅よる監査を内部監査とし,外部監査人による監査   を外部監査として理解する。しかし,主体が単に・企業の内部のものでぁるか外   部のものであるかということは,監査を理解する1っの視点を与えるだけで,監   査についての全体的な理解を与えない。このような理解からえられることは,  

どのような場合の監査には内部監査人が用いられることが多く,どのような場   合に外部監査人が用いられることが多いかということ,およびその理由につい  

でであろう。   

つぎに,監査の主体が公務員であるか,私人であるかによって,公監査と私   監査に分類される。公監査とは,国家またほ地方自治体が法規に基づいて,公   務員を監査人として行なう監査であり,銀行法による銀行監査および地方鉄道   業法に.よる監査ほこれに属する。私監査は,私人による監査であり,それ故に  

り丁\  

自由意志によって監査人を選ぶことができる。この分類の性質上から明らかで   あるように.,ある監査が公監査に属するか否かは,全く現行の法規がどう規走   されているかにかかっている。したがって,このような理解においては,より   一層の掘り下げが必要である。たとえば,株式会社の監査紅おいて銀行に.つい   てはなぜ公監査しなければならないのか,すべて私監査であっていけないのか,  

さらに,逆にすべての会社.が公監査となる可能性が将来あるのかなどといった  

㈹ 久保田音二郎,『近代財務監査』,4ページ。  

仕切 野本悌之助,げ監査通論』,44・}45ぺ−ジ。   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(8)

ーJ∂7− 

監査の本質の理解について   651   

(】8)  

問題の分析が必要であろう。  

さらに,監査人が職業的監査人であるか,あるいほ素人であるかによって,  

専門家監琴(auditbyexpert)と素人監査(amatureaudit)とに・区分するこ   とができる。このような分類が,英国の監査制度の発展の理解紅おける重要な  

(19)  

ポイントであるととについてほ,別稿で指摘したころである。いうまでもな   く,監査軋ついての専門的能力をもたないものによる監査ほ,被監査者に対す   る単なるチ・エックとして,心理的効果と偶然的な効果以上を期待するこ・とほ全   く不可能である。それ故に.,監査に合理的な効果を期待しようとすれば,監査   紅ついての専門的能力をもつものによって−担当されることが必要である。監査   の歴史ほそのような経過を示し,そうでないような場合にほ監査は.形式的なも   のに.堕してしまっている。   

ところで,監査主体の相違によって,監査の性質が変わるという見解がある。  

すなわち,近沢博士ほ・,監査の分類において,監査の目的をとっても,また監   査の容体をとっても,結局奄効な基準とほなりえず,むしろ監査主体の羞異か  

ら監査の実質的差異が生じるとして,つぎのようにのべておられる。「多くの   利害関係者の利害調整濫ついての適否に焦点をおく監査上の独立性,いわば独   立的監査としての権威性という立場から見るときほ,監査主体に立脚した区分  

(20)  

の方がはるかに近代監査の理論にかなったものであると考える。」   

われわれは,監査の主体の資格,技能あるいほ.地位の如何紅よって,監査の   目的の有効な遂行の程度,たとえば監査の信頼性とか効果に差異が生じること   は認めるのであるが,それほ監査の性質を変えることのできる要粛であるとは  

思わない。監査の性質は,監査に与えられた目的によって規定写れる。それ故   に,監査目的はそれにもっとも適した監査行為をその手段として選ばなければ  

伍8)この間題庭ついては,米国の銀行監査紅ついて若干論じたことがある。拙稿「米国に    おける銀行監査について」,『香川大学経済論叢.』,第36券第2号。  

㈹拙稿,「英国における限定監査報告苔の背景」,『会計』,昭和34年12月。山桝忠恕著  

『監査制度の展開「旦,28ぺ−ジ。  

(鋤 近沢弘治稿「財務監査および経営監査の理念一独立性との連関において−」,  

『一会計』,昭和38年12月,27べ」−ジ   

(9)

■†垂−il−トト⁝〜−⁚−−il−⁚⁚■−已−IL−■1㌻−芦;・〜⁚÷1i′・卜−−−﹁⁝■−ぎー一旦−!1−i−−−−−!−1三−トーー⁚−1−■ざ−−⁚−L︻lli■÷ニヽ  

第36巻 第5弓   652  

−加喝⊥  

ならない。したがって,監査行為に監査目的にもっとも適した対象,主体,適   用形態が与えられることが,監査目的の有効な達成のために・必要である。その   関係は,つぎのように図示することができる。  

監  査  対  象  

ーー→l監  査  主  体  

監査の適用形態  

3 行為の適用形態による理解   

監査は,監査行為が実施に移されるときの具体的な適用形態の差異紅よって   も区分することができる。たとえば,ジィクレ−監査論は.,監査行為の方式に   よる種類として,継続監査(continuousaudit)と期末監査(periodicalaudit)と   の2つに分けられるものとし,両者には夫々の長所および短所があるので,理  

t21)  

想的な監査(id甲Iaudit)は・この2っの方式を結合することであるとしている。  

被監査企共の事情というものほ千差万別であるとすれば,非常に様々な適用形   態が実情であるに二.速いない。しかしながら,監査行為の適用形態の特徴をもっ  

て監査を類型化して,たとえばジィクレ・−・のように,経緯監査と期末監査の2   つに分けて,その長所および癌所を論じることは,夫々の監査の技術的構造を   解明するの紅有意義である。しかしながら,監査行為がどのような適用形態を   とる紅しても,それほ監査の目的とか性質を変えるものではない。監査行為   は,その技術的な構造において,目的を効果的に達成できるかどうかという点   において,目的の達成に制約を加.え.るものであっても,目的自体を規制するも   のでほない。   

それ故紅,′監査行為の適用形態によって監査を理解しようとすることほ,夫   el)Law工enCe RDicksee,Auditing,1951,pp30〜1   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(10)

−JO9−・・  

監査の本質の理解について    653  

々の適用形態の長所および感所を分析することによって,特定の監査目的にと   ってどのような技術構造を備えた監査行為の適用形腰が最も有効であるかを判   断す・るのに役立っであろう。しかし,このような監査行為の適用形態の理解ほ,  

必らずしも監査目的の理解に結びつかないで,監査行為の技術構造の理解に留   まることのあることに注意しなければならない。  

ⅠⅤ 職能による理解  

監査とよはれるものは,時代および国を異にすること紅よって,また産業の   種類によって,さらに.ほ企業毎の特殊な事情に.よって,その現象形態は非常に   様々である。これらの様々の形態において現われるすべての監査に・基本的に共   通する要素こそが,それらすべてを監査として統一・し,かつそれらすべてを監  

(22)  

査として成立させるものと考えねばならない。こ.のような時代および場所をこ   えて存在するすべてのものに共通する基本的要素を本質とし,このような本質   把握方法に職能論がある。この方法においてほ.,特定領域における全体関連的  

(23〉  

意味の理解によって職能が把握される。この職能論による本質把握方法の会計   監査に対する適用の試みに/ついてほ,不十分であるがサーでに行なったところで  

(24)  

ある。ここでは,監査全般について,同じような試みをのべてみたい。なお,  

ここで注意しておきたいのは,職能論によって把握される職能は,時代および   場所を超越したすべてのものに共通する要素であるので,非常紅抽象的な職能   であって具体的職能ではないということである。   

ある行為が,「職能といわれるがためには,単独なる活動又は作用ではなく,  

それが全体の上において一億の位置を占め,そ.こにおいて全体との関連の下に 

(25)  

−・定の機能を担当する関係が存在せねばなら」ない。それ故に、,監査人の活動   がその関連する経営体,または社会という全体的立場から見て,どのようなは  

(2辺 ここにのべられた基本的思考は,大泉行雄博士の職能論からえられたものである。大    泉行雄,『経済生活の本質』,177′・一178ページ。  

㈹ 大泉行雄,前掲苔,179〜180ぺ−ジ。  

錮 拙稿,「会計監査の飯能に関する−・試論」『香川大学経済論捌夢35巻第1号。  

佗5i大泉行雄,前掲苗,180ぺ・−汐。   

(11)

654   第36巻 欝5号   

・−エ叱トー  

たらきを行なうものであるかというそ・の意味を理解しなけれはならない。   

−・般に合理的な行為は,それが意謂的であると無意識的であるとを問わず,  

計画,執行,統制の3っの段階を含むといわれる。このことは、単にl個人の   行動について当てはまるばかりではなく,多くの人々の努力を集めて−・定の目   的を達成するために結成された協同絶轍体としての経営体についても,同じこ   とがいえる。1個人においてほ,その3っの段階の調整について−はあまり困難   な問題ほなく,むしろ多くの人々の活動を目標に向って細線せねばならない協   同組織体紅とっては,この3っの段階の合理的な調整は蚕安かつ困難な問題で   ある。協同組繚体の秘結は,そ・の経営体の目的である職能の委譲においては,  

まず執行的職能は他の計画的職誰および統制的職能よりもより大きい割合で委   譲され,討画的職能および統制的強能ほその結果としてより大きな割合で委譲   者に留保されることになる。職能の委譲によって,要談者にほ被委譲者に対し   て委譲した計画,執行,統制の各職能の合理的な遂行を確保する監督的職能が   発生する。このような職能の委譲の過程の累積によって階層化が進み,協同組   織は成長して行く。この組織の成長に伴なう階層の増大は,置営体のトップと   下部との間の物理的かつ組線的距離を大きくし,したがって−トップにおける計   画および統制職能と下部における執行職能との問にギャップを生ぜしめ,職能   の間紅合理的な循環過程が保たれ難くする。このような困難ほ,階層化の増大   隼よって,委譲者の被委譲者に対する監督が不十分になることに原因する0そ  

こで,ライン系統において行なわれる監督職能の限界を補ない,経営体の目的   を達成するために,計画,執行,統制の各職能が合理的な循還過程を構成する  

ようにはたらくスタッフ職能が現われる。これを監査職能とする。これは,経   営体という特定領域における監査の全体関連的な意味である。もしも,職能の   委譲を経営体の組繊をこえて社会の利害関係者に拡張して考えれば,利害関係   者をも含めた社会的組織における監査の全体関連的意味をとらえることができ   る。監査の職能は,そこにおいても同じように,委譲者の被委譲者に対する監   督職能を補佐するスタッフ職能であり,そのような関係において,計画,執行,  

統制の各職能の合壇的な循還を確保するものである。   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(12)

監査の本質の理解に、ついで   −Jノブ−   

655  

このような監査の職能の理解においては,統制的職能との差異を強調する。  

すなわち,統制的職能を監査と同じように解するときほ,自己統制も監査にな   り,またすべての直接的監督も監査になって−しまう。われわれはこのような見   解をとらない。監査ほ監督職能のスタッフ化であり,監督職能は委譲した職能の   すぺてに対して行なわれ,当然に計軌執行,統制の3らに対して行なわれる。  

ただ,実際においては,委譲の過程において,執行的職能がより大きい割合で   委譲されるので,監督職能においても執行的職能に対する監督が大部分にな   る。そこで監督職能と統制職能とほ非常な類似性を示すことになる。しかしこ   職能の委譲ほ執行的職能に限られるものではなく,より少ない割合ででほあ   っても,計画および統制の各職能についても行なわれるので,監督職能と統制   職能との区別ほあくまで見失なわれるぺきでほない。したがって,また,監督  

職能のスタッフ化としての監査職能と統制職能との差異を認識しなければなら       慮■  

ない。  

■_  とのよう紅して把捉された監査の職能というものは,極めて抽象化されたも  

のであるといえる。それほ職能論の本質把握方法としての性格から,当然に結   果するものであることば明白である。何故ならば,それは具体的に現象する現   実の監査から,すべての様々な具体的特徴を捨象してしまって,その後に残っ   たものをすべてに共通する基本的要素としてとらえたからである。しかし,こ   の基本的要素としでの監査の職能ほ,すべての監査に多くの具休的な特徴を具   現させる源泉である。すなわち,抽象的な監査の職能ほ,多くの潜在的に可能   な作用力を備えている。それ故に,それに具体的な時代と場所を与えられると   き紅は,その事情に応じて,.監査は様々の現われ方をする。そこにおいて,監   査ほ一定の利益またほ.効果を与えることができ,それによって監査は多くの利   用目的と結びつく契機が与えられる。このような具体的状況における監査紅つ   いてほ,それに関係する人々の監査に対する意識をたずねることが重要である   のほ後述するところである。  

Ⅴ 目的による理解   

(13)

第36巻 第5号  

−JJ2−−   656   

監査ほ,それ紅与えられた目的によって理解することができる。ここに監査   の目的とほ.,具体的状況紅おいて,監査の基本的職能がもつ可能的な作用力が   利用される目的をいう。   

ここで,i7ヨンソンが監査の目的(purpose)および目標(objective)につい   て,若干参考となる見解をのべているのでとりあげてみる。ジ′ヨンシソは,ま   ずはじめに,公共会計職業の観点から,監査をつぎのように定義する。監査   は,1)財務諸表が,依頼人のある会計期間中の営業成績およびその期末の財   政状態を適正に表示しているかどうかを確かめ,2)継続的に適用された一・般に   認められた会計原則にしたがって適正に作成されて−いるかどうかについての責   任ある文書の意見を表明する目的で,依顧人の帳簿およびその他の記録を検査  

(26)  

することである。これはわれわれがまえに指摘したような,監査人が監査として   行なう行為による理解に属するものということ為;できる。   

さらに,ジョンソンは,監査の目的を職業的な監査業務が利用される用途を   吟味するこ.とによって明らかにしようとする。かれらほ,監査の用途として一っ  

(27ノ  

ぎのようなものをあげて−いる。  

(1)経営者が,独立的かつ有資格の監査人の意見において,ある会計期間中   の営業成績およぴその期末の財政状態を適正紅表示する財務諸表を作成するよ  

う紅するために,企業会計は監査される。それは.企業の経営担当者,現在また   ほ将来の株主,現在または将来の債権者および投資家,社債発行受託者,証券   取引委員会およぴその他の政府機関などの利害関係者集団が,企業の財務諸表   に関心をもって−いるからである。  

(2)企業,慈善団体,金融機関または非営利団体の基金の独滋的監査が,すべ   ての基金が適正に管理されていることを,利害関係者に.保証する目的で行なわ   れることがある。  

(3)つぎのような場合に,財務的事実を確定するために/監査が用いられる。  

それは,会社の合併,更生,清算,営業の譲渡,財務的紛争の解決,パーートナ・一    価)AW・.Tohnson,タグ・∠〝Cゴ〆βS〃/■A勃離崩搾g,p1  

椚」撒d.リpp2〜4   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(14)

監査の本質の理解濫ついて   −・Jノ3   

657  

シップ契約のような損益の割当のとりきめ,火災損失の決定の場合のように.契   約によって要求される財務諸表の作成,公益事業会社紅おけるような料金の事   件などのような場合である。  

(4)公共会計士は,専門的能力と独立的監査に基づいて,つぎのようないろ   いろな事項について経営者に助言を与えることができる。それは,会計組織め   十分性,内部牽制および統制組織の有効性,所得税申告書および税務計画・利   益計画の諸手続・財務的傾向の意義,会計原則の特定企業への適用,貨幣価値   変動に‥おける会封的評価の意義などである。  

iyヨンソンは,その後で,今日の監査の一・般的目標(generalobjectives)とし  

(28)  

て,つぎの4っのことをあげている。  

(1)財務諸表の適正性について尊門的意見が表明できるように,十分に企業   会計を監査すること。  

(2)誤謬を摘発すること。  

(3)不正を摘発すること。  

(4)経営者に助言を与えること。   

そ・して汐ヨソソンほ,これらの目標鱒うちで(1)の目標がもっとも主要なもの   であるが,これら4っの目標ほすべての良好な監査紅含まれるものであるとし    ている。   

このようなジョンソソの監査の定義,目的および目標についての理解は,わ   れわれの立場からすればどのように.解釈することができるであろうか。汐ヨツ  

ソンにおけるこのような監査の定義は,監査行為に着目したもので,もっとも   普通の定義の仕方であることほ,まえ.にものべたとおりである。つぎに,ジョ  

ンソンが監査の目的として一説明しているものほ,監査の具体的な利用目的を考   えており,われわれの監査の目的の理解と同じである。さらに,ジョンソソの   あげている監査の目標の性格を吟味すると,それは監査が具体的に利用される  

\  

場合に,一・般的に認識することのできる監査行為の目標である。これをわれわ  

ほ81Jゐ≠d.,pp.4〜5   

(15)

658   第36巻 第5号   

−■・■・・一ノノーJ−−  

れの表現で言いかえれは,抽象的にとらえられた基本的要素としての監査の職   柁がもっている潜在的な作用力の−・般的表現であるということができる。   

また,ジィクレー監査論(1951年版)では,監査の目標(ob−ject)として,(1)  

不正の摘発,(2)技術的誤謬の摘発,(3)原則の誤謬の摘発の3つをあげ,監査の   利益(advantages)として,L>ヨンソソのあげた監査の目的の説明に類似した内  

(29)  

容をのべて−いる。このような理解については,われわれの考え方において,つ   ぎのように整理することができる。基本的な監査職能から,種々の可能な作用   力が現われるが,この作用力の夫々の面を一・般的に表現したのが,監査行為の  

目標とよはれるものである。そして,ある日標をもった監査行為が,具体的な   情況において実施されるとき,そこに具体的な結果を生じる。そのような具体   的な結果は,監査の利益またほ.効果として認識される。ある関係者が,ある具   体的状況におい1て,この監査の利益のあるものを実現するため紅,監査行為の   実施を決定するときは,その監査の利益ほ監査の目的として−認識されなければ  

なぢ ない。ノこ.のような監査の利用目的は,具体的状況において,具体的効果を   期待しているものである。   

しかし,実際においては,監査の目的ほそれはど容易に理解されるものでほ   ない。そこに実施されている監査の目的を明らかにするためにほ,その監査行   為の実施を決定した関係者の意図を探ることが必要である。しかし,現実に存   在する監査行為は,1つの監査制度として現われる。そのような制度において   ほ.,多くの利害関係者の意志が綜合されているのが通常であるので,夫々の利   害関係者の意志まで分析して行くことが必要になる。   

以上の所論を整理すれば,監査の職能と目的との関係は,つぎのようになる′  

であろう。  

作用力   行為目標  

なお,1っの問題として,監査の目的において,基本的目的と従属的目的と   佗9)L.RDicksee,Obcit.,pp27〜29   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(16)

監査の本質の理解について  

659    ーユノ5・−  

紅分けられることがある。たとえば,AICPAのステートメント箱30号ほ,出   番終表監査の基本的目的ほ,財務諸豪の表示の適正性に・対する意見の表明であ  

り,その従属的目的は不正の摘発であると,つぎのようにのべている。「 通常   の監査を実施する場合に,独立監査人ほ不正が存在するかもしれないという   可能性をしっている。すなわち,財務諸表は私消およびその他の類似の不正,  

経営者による故意の不正表示,またほその両方の結果として,間違った表示が   行なわれるかもしれない。独立監査人は,どのような不正であっても,もしもそ   れが十分に重大であれば,財務諸表の表示の適正性に.対する意見に影轡するか   

もしれないということ,および−・般に認められた監査基準に準拠して行なわれ   る監査ほ,この可能性を考慮することを認識する。しかしながら,財務諸表に   対する意見の表明に関する通常の監査は,私消およぴそ・の他の類似の不正の発  

見を結果するかもしれないが,不正の摘発を基本的または特別の目的としてお   らず,かつその目的のため紅依存されえ.ない。同じように,経営者の故意の不   正表示の発見ほ,通筒の監査の目的により密接に結びついているのが常である   けれども,このような監査はその発見を保証するために依存されえない。不正   摘発の失敗に対する独立監査人の責任(その芸任は依頼人とその他のものとで   相違する)は,このような失敗が,一一・般に認められた監査基準の非準拠から明  

(30) 確に生じたときに.のみ生じる。」   

このステートメソ†の見解は,つぎのように解釈することができる。基本的   な監査職能から生じるいくつかの作用力が,監査行為の実施においてもたらす   利益の1っを利用することを決定すれば,それは監査の目的として基本的目的   である。そこで,この基本的目的が有効かづ合理的に達成できるような監査行   為の対象,主体および適用形態が頒定される。このような監査行為は基本的目   的によって規定されるものではあるが,監査行為ほそのような限界をもちつつ  

(30)AICPA,Sfαfβ∽β邦≠.=摘ノ拍動≠童形gタγ・〃C飢わ〃・β〟030,pp40〜41り拙稿「財務諸表監査    における独立監査人の責任と職能」,『香川大学経済論讃拙策36巻第2号,111〜114ぺ−   

∴、   

(17)

660   第36巻 第5号   

,・・・・〃(i  

も,同時にいくつかの利益またほ効米を与え.ることができる。したがって−,こ   のような従属的目的は,基本的目的が命ずる監査イ㍉為と矛盾しない肺肝でのみ   達成せられるという限界をもつ。この限界を除去するには,その従属的目的を   独立の基本的目的にまでひき上げて,2っもしくほそれ以上の基本的目的を設   定しなけれほならないであろう。   

なお,以上の議論においては,その論議の対象として桐務諸表監査をとりあ   げた部分が多かったのであるが,その基本的主張はすべての監査に適用さるれ  

ものとして,論じていることに注意されたい。このことほ,本稿の他の部分に   ついても同様である。  

ⅤⅠ制度による理解  

まえ.にものべたように,監査の目的は,人あるいは人々の意志によって一決定   される。それ故に,監査制度は人あるいは人々の意志によって形成せられ,か   つ維持される。監査制度とは,ある具体的状況紅おいて監査行為が具体的目的   のために利用されることについて,−・定の矧詞の利害関係者の間に認識が成立  

し,かつ監査の結果が利害関係者のある関係の処理のために使凧されるという   状況が,反覆かつ維持されることである。   

このような監査制度ほ,当然に,一・定の時代および社会な・背景にし,かつ−・  

定の具体的状況虹基づくものである。したがって,監査を制度紅よって理解す   ることは,時代,国および企業毎紅,非常に様々の監査をとり扱うこ.とになる   ので,夫々の監査の差異またほ特徴の分析および比較を行なうのに便利であろ   う。   

ところで,監査制度紅おける監査の目的ほ,どのようにして理解することが   できるであろうか。第1に,それは監査の目的を決定するものほ誰であるかを   理解することによって−えられる。たとえば,経営者が監査の目的を/決定してい   ると考えられるときは.,経営者の意図を探ることによって,監査の目的を理解   することができる。それは,従業員の不正摘発のためであるかもしれないし,  

あるいは/銀行よりの借入れのためであるかもしれないし,さらには証券市場よ   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(18)

監査の本贋の理解について   ー・一一JJ7州  

661  

りの資本調達を容易にしようとするためであるかもしれない。このように,監   査の目的を決定するものの意志が個別的に′辿れる場合に.ほ問題は.ないが,現実   の監査制度ほそれはど単純なものではなく,多くの人々の意志が複雑に・からみ   合っていて,分析するのが非常に困難になっている。たとえば,株式会社の決   算財務諸表の監査について  ,その監査人の選任が株主総会によって決定された  

という事情をとらえて,株主が監査の目的の決定者であるとしても,現実の株   主の意志決定には,投資相談業や財務分析家およびそ・の他のものの意志が入り  

\こ;†1  

こんでいるという具合である。   

そこで,こ.のような第1の理解方法に届ける分析が困難であるとすれば,第   2の理解方法ほどのようになるであろうか。それは,第1の理解方法とは逆   に,現実のある監査制度にどのような期待がかけられて・いるかを考察し,それ   によって監査の目的を理解する方法である。すなわち,その監査面皮の背選に  

どのような社会的,経済的事情があり,かつどのような利害関係者が存在し,そ  れらが監査にどのような期待をかけているかを認識するのであり仁逆に監査制   度はそのような期待を目的として自覚して,その期待紅応えるようにしなけれ   ほならない。たとえば,会封士監査においては,それほ人的業務に依存するの   で,監査制度に対する期待は,主として職業的監査人に対する期待として現わ   れる。   

マクツ・ジャラフほ,監査公準というものを考えているが,その1っとして,  

(こミご)  

「独二立L監査人の職業的地位ほ,それに相瓜する職業的義務を課す」という公準   なあげているが,監査人の職業的地位が社会的に認識されれはされるはど,監  

査人がより多くの点任をひきうけるようになってきた事情を示すもので  ,これ   はわれわれがここに.のべたような理解の方法を支持するものであろう。ここに  

おいて−,われわれは,誰が監査目的を決定しているかを理研するよりも,むし   ろ監査制度にどのような期待がかけられているかを理解する方が,より有意義  

(31)R KhMautz and H小 ASharaf,OPCii・,PP176〜185拙稿,「現代証券市場と監査    職能の展開」,ト香川大学凝瀦論叢,第35巻第5号。  

(32)R KMautz and H.ASharaf,OPCii.,p・墾2,p50.   

(19)

662  第36巻 第5弓  

一山鳩∴一  

であると考える。何故ならば,たとえ当初はある特定の関係者が監査の目的を   設定すること紅よって監査制度が形成されたとしても,・−一旦.その存在がその他   の関係者または社会に.よって認識されるようになれほ,それはそ・の特定の関係   者の意志からは独立した存在となり,さらにより多くの他の関係者または社会   の期待をひきうけるものとなるからである。したがって,監査を制度に・よって  理解することは,より広範かつ総合的な社会的,経済的分析を必要とするであ   ろう。   

こ.のような議論は,単に外部監査についてばかりではなく,内部監査に・つい   ても全く同じよ.うに,当てはまるであろう。たとえば,ある内部監査がら 経営   者によって会計⊥の不正および誤謬の摘発を目的として設定されたとしても,  

その経営内における内部監査機関の地位から,それに・対する期待,たとえば業   務監査またほ経営監査の期待が生れてくるかもしれない。それは.,内部監査が   経営者の監督職能の限界をスタッフ的に補佐しようとしている立場から考えれ   ば,当然にありうることである。もしも,内部監査にこのような期待がかけら   れるとするならば,その技術的構造と矛盾しないかぎりにおいて,やがて.その   期待を内部監査の目的として自覚せねほならなくなる。  

ⅤⅠⅠむ  す  び  

以上のように,監査の本質の理解にほ種々の方法が存在するこ.とを指摘する   とともに.,夫々の理解の間には−・定の関連性があることを明らかにした。この   ような議論は,夫々の理解がどのような立場軋基づくものであるかを確かめる   のに.必要であり,したがってまた夫々の立場に固有の限界があることがそれ牢  

よって明らかにされるであろう。われわれとしては,単に従来の各種の思考を   整野するにとどまろうとするものでほなくて,より砧極的に,われわれの主張   として,すべての監査の理解の中心に基本的な監査の職能をおき,夫々の理解   を体系づけようと試ろた。勿論,本稿において,その日的が完全に達成された   とするものでほなく,意に満たない点も多いので,今後のより一個の精鉱を期  

する次第である。   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(20)

663   監査の本贋の理解に.ついて  

−・−JJジ  

(開記) この拙なき小文を学恩深き故須崎正義先生の御霊前化ささげ,先生  

の御冥福をお祈り申し一上げたい。   

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