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オーストラリヤの会計監査の制既および理論について我が国  

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(1)

は じ め に  

オーストラリヤの会計監査の制既および理論について我が国  

にほはとんど紹介されていない︒オーストラリヤの会計監査   をとり上げることにどれほどの意義があるかということである  

が︑単虹オーストラリヤの会計監査の事情の紹介として会封監   奄の制度的特徴︑理論の発展段階︑監査技術の特殊性等を論じる  

ことも興味のあることであろうが︑更に歴史的かつ法律的に英  

国の強い影響の下にあるオーストラリヤが近年における米国α   会計監査の理論および実務の発展の成果な受け入れてとのよう   な会計監査の制度および理論︑冥務を発展させようとしている  

かほ大きな興味がある所である︒このような問題の論究は次の   機会に譲るとして︑本稿ではオーストラリヤの監査基準ともい  

うべき﹁職業的監査業務の仙般原則に関する声明書︵Statement  

Ont訂Geme邑Pr−nC色es︒fPrOfessiOコa︸Auditi扁Practice︶   を簡単に桁介し︑吟味することにしたい︒   

オーストラリヤ勅許会割士協会はこの﹁職業的監査業務の仙   般原則に関する声明書﹂を一九五山年に作成して公表し︑叫九  

オーストラリヤの監査基準   研究ノート  

オーストラリヤの監査基準  

森   五四年軋ほその改訂版を出している︒これほ米国におけるアメ   リカ公認会計士協会︵AICPA︶ の公表した﹁叫般に認めら  

れた監奄義準︵General−y Accepted Audi︻ing Standards︶﹂と  

同じ性質のものである︒オーストラリやの職業会計士である   R・A・アイリソシュほこ√の米国の監査基準について次のよう  

に説明している︒﹁この貴賓な文書︵米国の監査基準1筆者註︶  

は厳密な尺度を設けないでその目的を表明するものである︒そ  

れは専門的判断の必要性を否定するものでほなくて︑判断を行  

使する場合その判断が経験によって裏づけられ︑かつ知的なも  

のであり︑最高瞳の専門的水準の性格を備えていることを確保  

することを目的としている︒この文書の必要性ほ現代の監査に  

ほ機械的な手続が少なくて︑知識および分析的思考な必要とす  

る払い領域のあることから生じたのである︒﹂そしてーオースーラ  

リヤにおいてほこのような必要醇が山九五一年に明確に認めら  

れ︑声明書が公表きれたのである︒次に声明書を仙九五四年の  

改訂版に従って説明する︒聞この声明書の条文疫ついてほ次の  

苔を参照した︒ROna−d AJr−各︸A已山tin禦−貿声  

て職業的監査業務の一般原則に関する声命書  

この声明書ほ︵A︶序論︑︵B︶財務諸家の性格と監査人の着  

任︑︵C︶監査およぴその方法についてのW般原則︑︷D般原  

則の実際的適用に分けられ︑各部分は更に細かい項目に分けら  

れており︑全部の項目には連続番号がつけられ︑全部で二十仙  

︵七四七︶ 八州   

(2)

軍三十三巻 第六号  

項目が列挙されている︒  

︵A︶ 序   

この序論の部分にはこの声明書の根本目的および性格が述べ  

られている︒   

先ず第一頓においては声明苔の根本目的が明示される︒即ち  

この声明書はオーストラリヤ勅許会計士協会が職業会計士の行  

なう監査について岬般に承認された原則と考えるものを公表し  

たものであることが明らかにされる︒それは単なる個人的見  

解︑或は特定の団体の主張を表明したものでほなく︑叫般的に  

承認されて社会的に基準と考えられるべきものを表明したもの  

と考えられねばならない︒   

第二項はこの声明書が対象としている企業を示す︒即ちこの  

声明書は株式会社を対象とするものであって︑法的に監査を強  

制されていない個人企濃︑組合企業︑商社などについて行なわ  

れる監査の範闘紅ついてほ夫々経営者との契約条件によって種  

々相違する性質のものである︒   

第三項はこの声明書の述べる酔皿査の山般原則と監査人を規制  

する法規との関係を述べている︒即ちオースーラリヤの監査に  

対する法律の規制ほ巾の広いものであるので︑敢m査の仙般原則  

を樅威あるものとして︑かつ明確に述べる必要がある︒それは・  

たとえ監査の一般原則というものが変らないでも︑監査の山厳  

原則が権威あるものとして︑かつ明確紅表明されなかった坂合   ︵七四八︶ 八二  

紅は︑法律の規制ほ巾の広いものであるので︑実際界において  

様々の監査実務が行なわれるおそれがあるからである︒   

第四項では監査の二畷原則と監査手練との関係が説明せられ  

る︒この声明書の作成者である委員会は監査の山般原則と監査  

手続との区別を明確に行なっている︒即ち監査の刷般原則ほ全  

ての監査が行なわれる場合の基礎と考えられるものであり︑監  

査手続ほ実際に監査を行なう場合に諸々の山般原則を適用する  

のに必要な詳細な手続である︒この声明書では山般に承認され  

た酔皿査の原則のみな述べ︑詳細な監査手続は述べていない︒そ  

れほ監査手続は非常紅数の多いものであり︑場合々々によって  

非常に相違するものであるからである︒   

第五項では監査のこ墾塀則と人的基準との関係が述べられ  

る︒監査が有効に行なわれたか否かということおよび財務諸表  

軋ついての意見が価値のあるものであるかどうかということ  

ほ︑監愛人の人的基準および監香の実際紅あたって一般原則を  

適用する際の監査人の専門的能力とによって決定されるのであ  

る︒従って監査人は監査を行なうために必要である十分な経験  

と学識を持たねばならないと同時に︑監査業務においてほ常に  

慎重な注意および公平楯を保ち︑かつ啓門的技能を発輝しなけ  

ればならない︒  

︵B︶ 財務諸表の性格と監査人の責任  

この部分においては監査のm般原則を述べるための前提とし   

(3)

て必要な財務藷表の根本的性質を論じ︑それより監査人の買任  

の限界についての理論に導いている︒更に財務諸表に関する法  

律の見方に対して監査の本暫よりする批判を行なっている︒   

第六項でほ監査の鱒原則を論じる前に︑財務諸表の重要性  

を認識するとともに︑財務諸表がもつ固有の限界を認識するこ  

とが必要であると述べている︒   

第七項では財務諸表が歴史的性閻のものであり︑経営者の主  

観的判断を含むものであることを明らかにし︑それと監査との  

関連を述べている︒財務諸表は歴史的な性質のものであり︑か  

つ財務諸表の作成はコンベンション︑評価︑更に取締役および  

その部下の判断等の諸要素に大きく影響されるのである︒それ  

に対して監査人がどういう態度をとるべきかといえほ︑取締役  

をほじめ経営者の判断が健全なものであり︑その判断が誠実か  

つ合理的なものであって︑その結果として財務諸表が完全かつ  

適正な表示を行なっていることを既査によって確めることが出  

来た歩合にはその判断を承認してもよいが︑そうでない場合に  

は承認してはならないのである︒   

第八項は監査人は財務諸表の証明を行なうものでほなくて︑  

財務諸表について報告嵩を作成することを目的とするものであ  

ることを明らかにしている︒即ち前項において述べられたよう  

に桐務諸表ほ本質的に絶対的啓実の表示を行なおうとしている  

ものでほなく︑又そうしようとしても不可能なものである︒従  

って監査人が財務諸表の絶対的事実の証明を行なうものでない  

オーストラリヤの監査基準   ことほ明白である︒逆に監査人ほ財務諸表の会社の状態の表示   が適正なものであるか否かについての報告沓を作成しようとす   るものである︒   

第九項ほ監査に対する法律の規程と監査の本質との関係を述  

べている︒法律では監査人は報告書の中で監査人の意見とし  

て︑財務諸表ほ﹁会社の状態の寅実︑かつ正確な表示︵a tr完  

and cOrr2Ct5eW Ot訂stat20f t訂.cOmpany・s affairs﹀  

etc.︶﹂を行なっているか否かについて述べることを要求してい  

る︒しかしながら財務諸表は本質的意味において︑又それが召  

する限界の故に絶対的意味の正確性を持たないのであるから︑  

このような法律の要求に監査人は応えることは出来ない︒監査  

人が行なおうとしていることほ財務諸表を作成する際に採用さ  

れた会計処理の方法が健全なものであるか否か︑その会封処理  

の方法が毎期問継続的に適用されているか否か︑更に財務諸表  

の表示が適正であるか否か等の問題に対して仙般に認められた  

会計原則に従って財務諸家が作成されているか否かについて意  

見を表明することである︒   

軍九項でほ監査の範囲についての董任が述べられている︒監  

査人は報告畜の内に表明した意見を立証し︑かつ基礎づけるた  

めに必要な全ての手続をとって監査を行なわねばならない︒も  

しも監査人が誠実に判断して必要であるよりも縮少した範囲の  

監査を行なうときには監査人はその責任を免れることは出来な  

い︒そして英国紅おける劇八九五年のロンドン︑アンド︑ゼネ  

︵七四九︶ 八三   

(4)

第三十三巻 第六号  

ヲルパンク事件の判決文の内︑次の文言を引用し︑その意見は  

オーストクリヤの監査においても脈本的に正しいものであると  

している︒   

﹁監査人ほ誠実でなければならない︒即ち監査人は自分自身  

が良夫であると確信していないことを証明してほならない︒そ  

して証明しようとすることが頁実であると確信するためにほ合  

理的な注意を払い︑かつ技能を十分に発煤して監査しなくては  

ならない︒特別な場合における合理的注意というのは各場合の  

状況によって決るものである︒疑惑のかげが全然坐しないよう  

な場合には非常に少しの検査だけで合理的かつ十分であり︑実  

際の場合紅は実務家は任意に少数の事例を選び出してその正否  

を碓め︑その結果によ?て他の同じょうなものの正否を推定し  

ている︒しかしながら疑惑か埠じたような場合にはより多くの  

注意が必要なことは明らかである︒しかし疑惑がある場合紅お  

いてさえ監査人ほ合理的注意を払い︑かつ技能を発輝すること   以上の義務はないのである︒兇に又監査人が監査を遂行するた  

め軋ほ特別の知識が必要であると判断するとき紅は専門家の意  

見を求め︑それを依り所にしても過当である︒﹂  

︵C︶ 監査およびその力法を支配する一般原則  

この部分ではこの声明書の本論として監査の叫般原則が述べ  

られる︒即ち監査の仙般原則ほ歴史的にほ根本的な変化を生じ  

ていないがハ監査の藍点が精細監査より試査へ移行したこと︑  

監査は株主保離を目的とするが︑その効果紅は眼界があるこ   ︵七五〇︶ 八四  

と︑監査と従菓員或ほ経営者の不正の摘発との関係︑監査の範  

囲の決定︑内部統制組織︑試査の問題等がとりあげられる︒   

第十劇項ほ監査の鵬般原則における重点の変化をのべる︒近  

代企業の発展および複雑化にも拘わらず︑健全な監査手続の計  

画と実施に関する一般債則ほ歴史的紅ほ根本的な変化を生じて  

いない︒しかしながらそこにほ監査の箋点の推移が生じたので  

ある︒従来は監査を行なう前に内部統制組織の紫傭︑逆用を吟  

味しないで紋切り型の精細監査が行なわれていたのであるが︑  

現在は学識および技能が必要である原則の監査紅大部分が変っ  

てしまったのである︒   

第十二項でほかかる監査の重点の推移と株主保護の効果とが  

述べられる︒即ち近代の酔血査にょって行なわれるので︑財務諸  

表の全部が正確であることを保証するものでほ決してない︒監  

査ほ株主の保護を目的として法律によって設けられた保護手段  

であるが︑全く完全な保護手段でほない︒もしも完全な保護手  

段を目的とするのであれほ︑血会計期間に生じる全ての取引を  

非葡に精細に照合しなければならないであろう︒従ってそのよ  

うなことは特別の場合を除いてほ費用が大きすぎて得られる効  

果によって倍うことができない︒監査人としては誠実な意見を  

表明するために必要な検査ほ︑費用或ほ受取る報酬り額の如何  

な問わず必らず実施しなければならない︒しかし監査人はそれ  

を無思慮に行なうべきでほなくて︑監査を計画し︑実施する場  

合紅ほ内部統制組織を十分に吟味しなければならない︒もしも   

(5)

内部統制組織が満足なものであると判断したときには無意味な  

程に精細な照合を制限することは依演者にも︑又監査人自身紅  

も有利なことである︒   

第十三項には監査の目的は財務諸表の表示の適正悼蔽ついて  

意見を表明することであり︑不正の摘発の本来の貴任は経営者  

の側にあるのであるが︑不正の摘発の役割をもつ内部統制組織  

に対して監査人ほそれを吟味し︑欠点があればそれを指摘す㌃  

式任をもたねばならな・いことが述べられている︒法梓によって  

要求される監査の主要目的は財務諸表が﹁真実かつ正確な表  

示﹂を行なっているかどうかについて意見を表明することであ  

り︑そして報告畜において意見を表明出来るように監査の範臨  

を決定して検査を行なうことである︒従業員の不正の摘発はこ  

の監査の主要目的からすれば副次的なものであるが︑監査人は  

内部統制組織が大きな誤謬および不正を摘発することができる 

ように整備されているかどうかを吟味しなけれほならない︒も  

しも不正が生じていたのに監査人がそれを摘発できなかったと  

きに︑監査人に監査の範囲の決定︑或は監査の実施において過  

失がなかったときには法律上の茸任ほない︒もしも監査人に過  

失があったとき紅は責任の追求を受けるのであるが︑しかし会  

社の蟄産の保全に対する主たる法律的京任ほ取締役にあり︑会  

社白身の内部統制組織が不正の早期繍発のためには最も効果の  

ある手段であることが強調されるべきである︒監査人が行なう  

監査ではその性質上内部統制と同じような早期の摘発を行なう  

オーストラリヤの監査基準   ことはできないが︑内部統制組織の有効性の検討とか︑不正の   生じるおそれのある欠陥について経営者に対して直接に行なう   注意等によって不正の予防の役割を果すことができるのであ   る︒   

欝十四項でほ監査の性格および範助ほ会社の会討処理の方法  

および内部統制組織に対する監査人の評価によって決定せられ  

ることが明らかにせられる︒それほ前項で示されたように従業  

員の不正の早期摘発に対しては会社の内部に設定されている内  

部統制組織が大きな効果をもっているのであるから︑外部の会  

計士が監査するときにほ最初に内部統制組織が竃効なものであ  

るかどうかを吟味しなければならない︒その内部統制組織に対  

する監査人の評価の結果と︑会社が財務諸表を作成する際に採  

用する会計処理の方法が健全なものであるかとうかによって監  

査人の行なう監査の性格と範蝕が決ってくる︒従?耳監査人の  

内部統制組織に対する評価は監査計画にとって重要なものであ  

る︒   

第十五項ほ内部統制組織の意義について説明しでいる︒会社  

の内部統制組織が十分に整備されており︑かつ有効に運営され  

ているかどうかということは重要なことである︒全ての会社に  

とって資産の保全および収益︑費用を管理するために或る程度  

の内部統制組織を設定し︑運用することが必要である︒内部統  

制組織はその仙部分として諸々の日々の営業取引の正確性を確  

かめ︑又不正を防止するように会計職員が精細な照合を行なう  

︵七五⊥︶ 八五   

(6)

第三十三巻 第六号  

ことによヶて構成されているが︑内部統制組織の有効性は主と  

して仙人の従兼良が或る営巣取引のほじめから終りまでの全部  

を取り扱うことのないように職務の分割を注意して行なうこと  

によってえられると説明している︒この説明では内部統御組織  

は基本的には内部牽制組織によって構成されるが︑それに内部  

監査諜が加えられたものと理解していると考えられる︒   

貸十六項には内部統制組織と監査との闘係が述べられてい  

る︒監査人が会計帳簿および財務諸表の正確性を立証するため  

にどこまで内部統制組織に依存することができるかというこ  

と︑および詳細な記帳とか補助資料をどの程皮まで照合すべき 

であるかということは内部統制組織に対して監査人が下した評・  

価によって決定される︒このような依存関係に基づいて︑監査  

人が内部統制組織の仕事に重接して監査を行なうことは不必要  

である︒しかし監査の実施で行なう試査は内部統制組織の仕事  

の部分を横断的に照合するのである︒そして監査人は内部統制  

組織が健全であるか否かを吟味し︑かつ組織の磯能が適正であ  

るか否かを確かめなければならないのである︒   

第十七項でほ内部統制組織と試査の粘度との関係が述べられ  

る︒詳細な諸取引の会計記録をどの程眩まで精細に照合すべき  

かについてほ固定的な規則というものはない︒内部統制組織の  

有効性に依存する監査忙おいてほ内部統制組織の良否を考慮し  

なければならない︒従って通常の場合には会社の内部統制舶織  

が全て健全に立案され︑かつ能率的に運営されていれほいる   ︵七五二︶ 八六  

程︑詳細な攻引を照合する必要ほより二層少ないのである︒反  

対ぬ内部統制組織の範囲が制限されている場合にほ試査の手続  

は内部統制の効果の及ぶ範細の記録に限られねぼならない︒オ  

ーストラリヤにおける小規模会社の多くほ効果的な内部統制組  

織をもっていないが︑監査がもっている固有の限界というもの  

を忘れたときに簸じるかも知れない保証していないような安全  

性の印象を与えないようにしなけれはならない︒しかしたとえ  

会社が小規模であ?ても内部統制組織の機能と監査の横能とが  

調整され︑協働して株主を保護するものであることを経営者に  

明確紅示すことが重要である︒   

第十八項でほ試査にょる監査の問題が述べられている︒精細  

監査に代る試査においてはサンプルの選択の問題と︑このサン  

プルに含まれている諸取引をどの程度に照合すべきであるかと  

いう問題がある︒それに対してほ個々の監査人の専門的な技能  

および判断によって決められねばならない︒或る特別の会計取  

引群が当該年度中の諸取引の過当なサンプルとして選ばれた場  

合の照合の仕方と程度は年荘中の諸取引に対して行なわれるも  

のとして過当なものでほない︒即ちサンプルとして採択された  

諸取引に対してほ種々の観点から精細に監査しなければならな   ︒   

第十九項では監査手練の適用は監査人の意見を支持するため  

鱒十分広範なものであることが要求されている︒即ち実際的に  

諸々の監査手続ほ選択的であり︑そして精細な照合を全取引に   

(7)

適用しなくてもよいが︑その監査手続は適正な結論を出し︑か  

つ確信するに至るために十分広範なものでなければならない︒  

吏紅内部統制組織が効果的紅運営ざれているか否か︑及び全体  

としての財務諸表の信漑性について意見を表明するために十分  

なものでなければならない︒  

︵D︶ ︹般原則の実際的通用  

この部分では監査の劇般腐別の実際の適用における問題が述  

べられる︒   

第二十項紅ほかかる仙般原則と個々の会計士が監査の実施に  

当って行なう専門的判断との関係が説明される︒即ち前述され  

た職業会計士が行なう監査紅ついてのこ堅原則ほ個々の会計士  

の専門的判断を拘束するものではかく︑判断の白由と岬致する  

ものである︒又オーストラリヤの各州の会社法の下で行なわれ  

る監査の全ての面紅適用できるものである︒   

第二十副項には﹁般原則と監査の実施との関係が述べられ  

る︒監査の基本的目的は健全な基礎をもつ意見を表明すること  

であり︑それ紅おいて監査の一般原則に従わねばならない︒︻  

般原則は監査手続軋よって得られる証拠の性質および範臨を規  

制するものである︒  

二︑監査仙般原則の吟味  

オーストラリヤの監査叫般原則を吟味する紅ほそれが手本紅  

オーストラリヤの監査基準   ull   したと月られる米国の監査基準と比較するのが一番車近な方法   であろう︒米国のいわゆる山般に認められた監査基準を簡単伝   説明すればそれほ大きく二つの部分に分けられる︒肇仰の部分   ほ人的基準或は一般基準と呼ばれるものであって︑それは劇般   紅承認された正規の監査手続が過当な経験をもつ人により専門   的技能が発輝きれて適用されるべきことを要求するものであ   る︒それ紅刈して第二の部分ほ監査の実施および監査の報告の   基準であり︑監蜜手擁によって得られるべき証拠の性質および   聴観を規制する監査の根本的原則である︒前者ほ人的な基準で   あり︑個々の監査人の業務の尺度を意味する︒後者ほ手続的基   準であり︑監査手続の採択の場合の広範な諸員的に関するもの   である︒かかる監査基準の記述においては手続的基準が実施基   準と報告基準との二つに分けて記載され︑仙般基準︑実施基   準︑報告基準の三つ紅よって構成される形式になっている︒   

劇般基準では餞二侶讐忙おいて監査は監査人としての十分な技  

能的経験および学識をもつ人によって行なわれるべきであると  

せられる︒第二項忙おいては監査に関する全ての事項に対して  

精神的儲皮において独立性を監査人が保持すべきことが蟄求さ  

れる︒第三項では監査の実施および報告醤の作成において正当  

な職業的注意を払うべきことが要求される︒   

実施基準で盟竺項において監査業務は十分に計画されねば  

ならないこと︑および補助者があるとき紅は適当に監督しなけ  

れほならないことが規定される︒第二項では依存するための基  

︵七五三︶ 八ヒ   

(8)

/  

第三十三巻 第六骨  

礎として︑および監査手続を制限する試査の範囲を決定するた   

めに内部統制を調査し︑かつ評価すべきことが要求される︒第  

三項でほ財務諸表に対する意見の表明のための合理的な基礎と  

して十分な証拠資料を実査︑立会︑質問および確認などによっ  

て求めるぺきことが規定せむれる︒   

報告基準では竃二項において報告書ほ財務諸表が山般に承認  

された会計原則に従って作成されているかどうかについて表明  

すべきであるとしている︒第二項では報告由振会計原則が当期  

と前期とを通じて継続的に遵守されているか否かを表明すべき  

であると述べている︒第三項では財務諸表の表示が合理的かつ  

十分でなければ報告沓でその旨表明すべきことを要求してい  

る︒葬四項では報告酋には全体としての財務諸表に対する意見  

を表明するか︑或は意見の表明を拒絶する旨かのとちらかを記  

載すべきことが要求される︒   

このような米国の監査基準と比較して見ると先ず大きな特徴  

としていえることは︑オーストラリヤの監沓般原則は基準と  

して︑或は應則として純化が足りないということであろう︒監  

査血般原則が社会的基準として劇般に承認されるためには可成  

の桂皮において簡潔化という意味で純化が必要であり︑叉基準  

日体の意味お 

オーストラリヤの監査山般原則は基準としての純化が足りな  

いということから米国の﹂般に承認された監査基準とは相当紅  

違った体系のものになっている︒オーストラリヤの監査叫般原   ︵七五四︶ 八八  

則は今見て釆たように序論︑財務諸表の性格と監査人の式任︑  

監査およぴその方法の叫般原則︑劇般原則の実際的適用によっ  

て構成されているが︑この体系は米国の監査基準の血般基準︑  

実施基準︑報告基準の体系と相当に内容の異なるものとなって  

いる︒米国の監査基準の個々の内容から見ればオーストラリヤ  

の監査劇般原則ではそれはばらばらにされていろいろな部分に  

入れられたものになってしまっている︒そのため紅米国の監査  

基準で主張されている蕾点がここでほ不明瞭紅なってしまって  

いるぅ例えば米国の監査基準の三つの事項︑即ち学識能力およ  

び経醸の要件︑精神的独立性の妻件︑および正当な職業的注意  

の要件等はオーストラリヤの監沓二般原則においては序論とい  

う監査⁝般原則の根本的性格および目的を示す︑いわば声命沓  

の趣旨の説明の部分の第五項で綜括的に︑﹁監査人ほ十分な経  

験および学識をむたなければならない︒そして常に厳格な公平  

性をもち︑かつ注意を払って専門的技能を発輝しなければなら  

ない﹂と述べているのである︒このような記叔の形式にょって  

は米国の監査基準におけるような人的基準の重視の圭張を行な  

っているという印象を受け取ることほできない︒薮に米国の監  

査基準における報告基準の内容はオーストラリヤの監査州般原  

則でほ二般的啓蒙の意義をもつ第二の財務諸表の性格および監  

査人の責任について述べた部分の第九項で法律の監査報告書に  

対する要求と監査報告書の本質との関係を説明した箇所にその  

二軍分として含まれているだけである︒ここで監査人ほ監査報   

(9)

告蓄において財務諸表の作成に際して採押.された会計処理の方  

法の腱全性︑会計処理方法の継続性︑および財務諸表の孝ホの  

黄英性および公正性等を山般に謎められた会計原則匿照して監  

査人の意見を表明するものであると述べている︒これ咋米国の  

報告基準の内容を意味するものであるが︑やはりオーストラリ  

ヤの監査劇般原則全体から見れぼ米国の報告基準が主張せんと  

していると同じウエイトで強調しているものと理解することは  

できない︒   

更にオーストラリヤの監査仙般原則の本論である監査および  

その方法の叫般版別の部分でほ米国の監査基準の人的基準︑実  

施基準︑報告基準といった体系はとられておらず尊ら監査の実  

施に関するものだけで構成されて︑人的基準および報告基準に  

あたるものを含んでいない︒即ち監査の範囲の決定は内部統制  

組織の有効性紅対する監査人の評価に依存することが第十四項  

紅︑試査の程度が同じく内部統制粗放の評価によって決定され  

ることが罪十六項︑常十七項に︑財務諸表の信親性についての  

意見を表明するためには十分は範観に監査手続を適廟すべきで  

あることか第十九項に述べられている︒この部分は米国の監査  

基準の実施基準に比較して啓窮的な説明の項目が多く含まれて  

いるため紅基準としての主張の重点的表示の意義ほ小さいもの  

になってしまっている︒そして叉監沓般臆別の本論の部分で  

人的基準および報告基準をとりあげていないが故紅監査仙般原  

則の重点は実施基準にあるもnのと理解される結果になるであろ  

オーストラリヤの監査基準   う︒   

オーストラリヤの監査一般原則の主要な特徴はこれまで述べ  

てきたような米国の監査基準との体系の相違にょって理解され  

るように︑・その主張せんとする重点に差があるということであ  

る︒第鮒にこの声明畜が主眼としていると思われるのほ礼会の  

人々︑特に財務諸表および監査報告書の読者である株主の啓蒙  

ということである︒これほ主として声明書の第二の部分の﹁財  

務諸衣の性格と監査人の義任﹂においてとりあげられている︒  

即ち財務諸表の機能には固有の限界というものがある︒それは   財務諸表はコンペンレヨン︑評価︑および主観的判断を含むも  

のであって絶対的事実の表示でほないということである︒従っ  

て監査は財務諸表の証明な行なうものではなく︑財務諸表の適  

正性について意見を表明することを目的とするものである︒そ  

してその意見の表明の基礎となる監査の実施においてほ合理的  

注意を払い︑かつ専門的技能を発輝すれは︑それ以上の貨任ほ  

監査人にほないのである︒このような第二の部分の外に︑第三  

の﹁監査およびその方汝の仙般原則﹂の部分にも多くの啓蒙的  

事項が含まれてい.る︒例えほ第十⁝項で監査が紋切り型の精細  

監査より専門的技能および学識を必要とする政則の監査に詣点  

が移行したことを説明し︑第十二項では監査が内部統制如拙蔽  

依存する試査にょって行なわれるために株主保護としてほ限界  

をもつものであることを明らかにし︑第十三項でほ従業員の不  

正の摘発は会社の内部組織の問題であり︑職業会計士の行なう  

︵七五五︶ 八九   

(10)

第三十三巻 第六号  

監査の主たる目標でほないと述べられ︑弟十五項でほ内部統制  

組織の意義および構成が説明され︑第十八填では試査の意義か  

説明を行なっているが如きである︒このように多くの啓蒙的事  

項を含んでいるのはこの声明書が関係者の啓蒙に重点をおいて  

いるために原則として純化が不完全になったためてぁろう︒   

第二にこの声明書が臼的としているのは法律の監査に対する  

見方と監査理論との調整であろう︒これほ第二の部分の﹁財務  

諸表の性格と監査人の安住﹂において社会一般に対する啓蒙と  

同時に法律の見方紅対する監査理論の立場を主張しているもの  

と考えられる︒即ち財務諸表の本質において監査は証明を行な  

うものでほないので︑法律ほ監査報告書において財務諸表が会  

社の状態の頁突かつ正確な表示であるか否かを表明すべきこと  

を要求しているがこれは不可能なことであり︑監査報告酋では  

財務諸表の作成においての会計処撃方法︑継続性︑表示等につ  

いて二淑に承認された会計原則に推して意見を表明することが  

できるだけであることが第九項で強調される︒又序論の部分の  

第三項にも法律との関係が述べられる︒即ち法律による監査人  

に対する規制は巾の広いものであるために種々の監査実務が行  

なわれるおそれがあるので︑監番二般股則を明確かつ梅威的に  

表明する必要があると述べている︒このようにこの声明書は法  

倖の監査に対する見方に対する監査理論の立場を社会的に明確  

にし︑相互の関係を調整する意図をその岬部としているように  

思われる︒  

︵七五六︶ 九〇   

第三にこの声明畜が主眼としていると思われるのほ監査人と  

tての職業会計上に監査の蓮占右膝調的に示すことである︒即  

ちこの声明書において専ら強調されているのは米国の監査基準  

でいえほ監査実施基準匿鴨するものである︒従ってこの声明書  

の本論である﹁監査およびその方法についての⁝般層別﹂の部分  

には前述のよう佐多くの啓蒙的説明の事項を含むものの︑殆ん  

ど全部監査の実施に関する問題ばかりが説明されているのであ  

る︒そして又監査の英施についての叫般的原則を述べる場合に  

も現代の監査が従米の紋切り型の精細監査より内部統制組織に  

依存する試査にょる監査に推移したことを強調するのに殆んど  

全ての項目が使用ぜれている︒これほ村会両般の関係者を啓蒙  

するためということは勿論︑同時に監査人としての職業会計士  

に現代の財務諸表監査においてはどういう点な垂細して監査な  

実施しなければならないか︑従来の監査とほどういうように変  

ったかと︑いう監査の実施における重点を強調的に示す意図が大  

きいと考えられる︒しかし啓蒙部分を多く含んでいるために監  

査の実施基準としては純化の不完全なものである︒又実偏基準  

としても不完全な部分がある︒例えば米国の監査基準の監査の  

計画性の基準および証拠資料の充分性の基準等は内部統制組織  

の重視の背後紅かくれて明確でほない︒   

吏にこの声明書ほ第四番日の部分として 般原則の実際的  

適用﹂をあげているが︑ここでほ序論と同じように監杏一般庶  

別の意義を説明しているようにも思われるが︑序論は一般関係   

(11)

者全部紅対して意義の解説の意味が強いが︑この実際的適用の  

部分では主に職業会計士に対して牡血盆山般峻別の連用の問題な  

説明することを意図していると思われる︒それ故に第二十項と  

してこの監査一般原則は職業会計士の専門的判断の自由なわ使  

と何等矛盾するものではないことが表明されているが︑これは  

この監憲二般原則の個々の職業会計士が批血査人となる場合紅完  

全な受容を期待するものであろう︒そして磁後に職業会計士が  

行なう監査の実施にとって監査血般原則が如何なる関係がある  

かが説明されるのである︒即ち監査の基本自的は刑務諸表の健  

全姓につレて根拠ある意見を衷映することであり︑監査鱒股  

則はそのためにとられる監査手続虹よってえられる証拠の性質  

および範囲を規制するものであることが明らかにされる︒  

む  す  び  

綜括的にいえば以上述べたようにオーストラリヤの監査山般  

原則の声明憲は特別の主眼点を主張するために基準としての純  

化︑体系化が過れて︑米国の監査基準のような基準としての主  

張の明確化を欠くものとなっている︒即ち監客般原則でほ人  

的基準および報告基準の内容に属するものが実施基準の内容め  

ものと同じウエイトにおかれておらず︑又⁝犬旛基準に属するも  

のも啓衰的部分が鮨少されて基準としての盗点を明確化する必  

要がある︒このような不完全な点があるものの︑オーストヲリ  

ヤにおいて職業会計士の行なう監査についてその原則的なもの  

オーストラリヤの監査基準   が社会的基準として形成されるべく仙歩を踏み出したものとし   てその意表ほ大きいであろう︒本稿では監査一般原則の声明書   についての表面的な吟味のみ紅留っているが︑次の機会にほオ   ーストラリヤにおける会計監査の社会経済的背景および会計監   査の理論の発展等と減速させて本質的な吟味な行なわねばなら   ないと思っている︒  

︵七五七︶ 九山   

参照

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