ドイツ株式法における監査制度について (1)
その他のタイトル Erlauterung der Jahresabschlusprufung nach dem Aktiengesetz von 1965
著者 高柳 龍芳
雑誌名 關西大學商學論集
巻 13
号 1
ページ 52‑70
発行年 1968‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021265
52 (52)
く 研 究 ノ ー ト >
ドイツ株式法における監査制度 について (1)
高 柳 龍 芳
I 決 算 監 査 士 に よ る 決 算 監 査
ドイツにおいては,株式会社の監査に関してはすべて株式法に基いて行な われるのであり,わが国のよにう,商法に基づく監査役監査制度と証券取引 法に基づく公認会計士監査制度の二重規制を受けるようなことはない。この ドイツの株式法が, 1965年に全面的に改正されたことはつとに知られている が,現在のところ詳細な解説はまだでていない。ただ,断片的には多くの論
(1) (2)
文もでてくるようになり,また株式法草案理由書(Begriindungi:les Regierun‑
gsentwurfs eines Aktiengesetzes und eines Einfiihrungsgesetzes zum Aktien‑
gesetz
―
Begriindung zum R E ‑)や,その作成に当った委員会報告 (Deut‑scher Bundestag, 4. Wahlperiode, schriftlicher Bericht des Rechtsausschusses (12. AusschuB) iiber die von der Bundesregierung eingebrachten Entwiirfe a) eines Aktiengesetzes, b) eines Einfiihrungsgesetzes zum Aktiengesetz
―
Bericht des Abgeordneten Dr. Wilhelmi (zu Bundestagsdrucksache IV/3296)
(1) Forster, K. H., Aktienrechtsreform und Sonderpriifung, AG, 1962, 233 ff.
―
,Die JahresabschluBpriifung nach dem Aktiengestetz von 1965, Wpg. 1965, 389 ff.—,Neue Pflichten des AbschluBpriifers nach dem Aktiengesetz von 1965, Wpg.
1965, 585 ff.
Girgensohn, W., Der Aufgabenbereich des aktienrechtlichen AbschluBpriifers, Wpg. 1955, 153 ff.
Goerdeler, R., Geschaftsbericht, Konzerngeschaftsbericht und,,Abhangigkeits‑
ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳) (S3) 53
などを頼りとしながら解説を加えてみたいと思う。なお,簡単な解説書では あるが,シャープのもの (Scherpf, Die aktienrechtliche Rechnungslegung und Priifung, 1967.)を中心にした。
1.歴史的経過について
ドイツにおいても,外部の独立監査人によって決算監査を受けねばならな くなったのはかなり新しい時代になってからである。それまでは監査役とい う会社機関によって監査が行なわれていた。 1870年の株式法改正法において 始めて監査役制度が株式会社に設置されるようになった。その後1897年5月 10日の商法にこの制度は引きつがれてをり,第246条第1項後文ほ監査役に 対し「年度決算書,貸借対照表および利益配当の議案を監査し,かつこれを 株主総会に報告する」べき義務を与えている。この場合,監査役となるべき 人物は伝統的に相談役(Verwaltungsrat)と呼ばれた機関がそのまま受け継い でいた。相談役は本来株式会社の大株主であったために,監査役となっても 殆んど会計監査を実施しうる能力は持たなかったと云える。
したがって,監査役の営業監督のための能力は大きいと考えられたが,会 bericht" aus der Sicht des Wirtschaftspriifers, Wpg. 1966, 113 ff.
Karoli, R., Die Stellung des AbschluBpri.ifers nach dem kilnftigen.Aktienrecht, Wpg‑. 1964, 394 ff.
Karoli‑Tornfohrde, Zweifelsfragen zum Bestiitigungsvermerk filr den. J ahresabs‑ chluB nach neuem Aktienrecht, Wpg. 1967, 169 ff.
Klein, Aufstellung und Pri.ifung des Konzem‑abschlusses, NB 1966, 62 ff. Klinger, K., Zur Problematik der Berichterstattung iiber die Sonderpri.ifung
nach §118 Aktg, Wpg. 1957, 155 ff.
Obermiiller, W., Der Sonderprilfer im geltenden und im neuen Aktienrecht, BB 1962, 546 ff.
Schulze zur Wiesch, D., Grundsiitze ordnungsm耶igeraktienrechtlicher Ab‑
schluBpriifung, ZfB 1965, 643 ff.
(2) 政府草案 (Regierungsentwurf)及び新株式法に関する格好の手引書としては 次のものが定評がある。 Aktiengesetz,Textausgabe mit Verweis auf die Gese‑ tzesmaterialien, zusammengestellt von B. Kropff, hrsgg. vom Institut der Wirt‑ schaftspriifer, Dilsseldorf, 1965.
54 (S4) ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳)
計監査に関しては専門的補助者を使用するのが普通となった。依頼された独 立の監査人は監査を実施した結果を監査役に報告する。監査役はこの監査人
(3)
の報告に基づいて決算書監査の証明を行なっていたと云われる。すなわち,
この時代にあっては,すでに専門の監査人の活躍がみられるけれど,決算書 監査報告の署名者は監査役であったし,また,監査役の署名の方が監査人の
(4)
それよりも権威のあった時代であった。
しかし,専門家でない監査役による監査は特に大きな企業の場合,期待し うる面が少なくなり,世界的な経済恐慌の発生以来専門家による監査の要請 が強くなり, 1931年以降,監査職務は殆んど専門的監査人に委ねられるよう
(5)
になったのである。株式法の中に強制法として監査制度が導入されたのは 1931年株式法であると云われているが,この場合の独立監査人によるこの監
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査制度は米国および英国の会計士制度を手本としたものであって,米国の
・certified public accountantまたは英国の charteredaccountantに対してド イツでは, offentlich bestellte Wirtschaftspriiferと呼ばれている。
独立の監査人による監査実施は,多くの段階を経るこによって完成してゆ く。まず,私営保険企業 {privateVersicherungsuntemehmen)が1931年4月 1日以後に始まる営業年度から強制監査を実施された。監査人の選任ほ監査(7)
役によって行なわれている。この年の夏ダルムシュタット国民銀行 {Darm‑
st且dterund nationalbank)の支払停止,各会社の破産などが相ついで起っ たので,政府は1931年9月19日,株式法命令 (Verordnungdes Reichspr聡i‑ denten Uber Aktienrecht, Bankenaufsicht und Uber eine Steueramnestie v. 1931. (RGBl. ・J 1931, 493))を出して会社法の一部を改正した。この株式 法命令ほ商法諸規定の中に取り入れられてをり,特に決算監査に関する規定 が第262条に挿入され,ここに始めて決算監査士による決算書類の強制監査 制度が規定された。法は株式会社の全部に対し強制的に監査をなすことを定
(3) Karoli, Bilanzpriifung und Priifungergebnis, 1934. S. ・ 82. (4) Karoli, a. a. 0. S. 82.
(S) Scherpf, a. a./〇. s.308.
(6) Hintner, Praxis der Wirtschaftspriifung, 3. ‑Aufl., 1949, 1 ff. { 7) Scherpf, a. a. 0. S. 308.
ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳) (55) 55
めている。私営保険企業の監査の規則と違う点は,決算監査士の選任は株主 総会による (HGB第262条b項)点であった。
この専門の監査人による監査義務の実施時期については政府に一任されて いる。そして株式および株式合資会社に対してはつぎの基準にしたがって強 制監査が実施されることになった。
‑1931年9月30日以降に始まる営業年度においては資本金3百万ラィヒスマ ルク以上の会社,
‑1932年9月30日以降に始まる営業年度においては資本金5拾万〜3百万ラ ィヒスマルクの間の会社.
‑1933年9月30日以降に始まる営業年度においては資本金5拾万ラィヒスマ ルク以下の会社である。したがって1933年1,0月1日以降における営業年度の 株式会社および株式合資会社はすべて強制監査をうける対象となったのであ
ぶ。)
以上のような経過を経て, ドイツにおい、てほ,監査役監査以外に,独立監 査人による法定監査制度が,同じ株式法の下に実施されることになったので あるが,実はこの商法の監査規定については欠陥があったため,すなわち,
監査が実際に行なわれないでも年度決算書の法的効果については何ら影響を 与えうるものではなく,単に,株主からの訴えにより,決算書承認決議を法 律違反の理由で取り消すことができる (HGB第271条)にすぎなかったた
(9)
めに,現実においては強制監査は殆んど実施されなかったといわれる。
その後, 1937年に株式法の全面的改正が行なわれたのであるが,この時に 始めて,株式会社及び株式合資会社に対する強制監査が,形式的にも実質的 にも実施され,近代的監査制度の確立がみられるに到ったのである。 1937年 株式法第135条第1項によれば,決算監査士による株式法監査が実施されな かった場合には,年度決算書は無効とされるようになったのである。この規 定は1965年に改正された株式法の中にも引きつがれてをり,決算監査に関す る限りは特に大きな変化がみられず新株式法にひきつがれている。
(8)(9) Scherpf, a. a. 0. S. 309 f.
56 (56) ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳)
2.年度決算監査の目的
取締役は自己の責任において会社を指揮しなければならない。取締役は株 主より全財産を委託されて,これを自由に運営し処分し管理する権限を持っ ている。この強力な権限に対しては当然大きな責任を伴なう。すなわち委託 された財産についての運営の結果の報告である。この場合,企業が大きくな ればなる程,この報告に関しては株主,債権者のみならず,一般公共もまた 重大な利害をもつことになる。
取締役が行なう報告責任に関しては株式法(第1編第4章計算規則)が明 確に規定するところであるが,年度決算書に関する法律及び定款規定の遵守 についての監査(株式法第162条)はこの利害関係者の利害を守るために行 なわれると云われる。特に, ドイツにおいては,株式法監査は株主債権者の みならずその他企業をとりまく一般公共の利益のために行なうとする考え方
(10)
が強いようである。
株主の利害について一一経営の所有者である「株主は企業の状況がいかな る趨勢を示し,どの程度の収益をあげているかを知ることについて要求権を
(11)
持つ」。 したがって,株主は自らを守る諸規定が会社によって守られている か,秘密積立金は設定されていないか,利益処分に関する決議において不当 に株主権が侵されていないか,あるいは増資や減資等会社の状況の重大な変 化が充分に知らされているかなどを知る権利をもっている。
(12)
債権者の利害について一ー「多くの資本酸出の貯水池」としての株式会社 は経済活動において個人や少数のグループでは充足するに足らないような資 本需要の役割を果している。株式会社の営業活動には自己資本と共に他人資 本(金融上の信用のみならず商品上の信用をも含めて)をも必要とするので あるが,このような債務に対しての基本的な担保となるものはその財産であ る。会社に対し重要な信用を与えている債権者や,経常的な取引関係者は会
(10) Adler• During• Schmaltz, Rechnungslegung und Pri.ifung des Aktiengesell‑ schaft, 1938, Tz. 3 zu §. 135.
(11) Begri.indung zum RE 93 re. Sp. (12) Begri.indung zum RE 93 li. Sp.
ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳) (57) 57
社の経営状況,特に資金の流動性状況や,将来における利子返還の能力につ いて重大な関心を持つものである。
新株式法においては,計算規定が整備されてをり,例えば貸借対照表項目 規定(第151条)はより合理的に改良されて流動性測定に関しても以前に較 べて判定可能となり,種々の評価規定の整備により秘密積立金の設定も殆ん
ど不可能になったといえよう。
公共の利害について一ー株式会社をとりまく一般公共の利害関係者は全く 多様であるといえよう。まず,ここに集まる財産について考えても誠に大き
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な金額に達するのである。おそらく社会経済的観点からみて株式会社全体が 維持し管理する財産は極めて大きいといわねばならない。
さらに,株式会社の中で働く従業員の数はまた極めて大きく, ドイツの場
(14)
合,労働者の賃金及び給料の約20%が株式会社より得られているのである。
つぎに, ドイツにおいては,地方自治体,特に中小程度の市になると,株 式会社の活動そのものに依存することによって直接間接の利害を蒙る場合が 少なくなく,このような地方にあっては,市町村の行政関係から代表が株式 会社の監査役に選ばれるという。
また,この外に,現在は株式会社と何等関係を持たないものであっても,
将来出資しようとしているものにとって,年度決算書の公開とそれに伴なう 決算監査は大きな啓発を与えることになるのである。
監査役と取締役への意義について―もともと,会社の決算書に関する監 査上の最終責任は監査役にあるのである。したがって,独立監査人による強 (13) ドイツにおける株式会社の資本金額についてみると, 1964.12.31現在では株式 会社数2,541社で資本金総額は約418億D Mに達し1社平均にして約16百万D Mと なる。また1962年当時における総資産額をみると,株式会社総数1,933社の総資産 は約1,400億D Mであり,平均1社72百万D Mとなる (StatistischeJ ahrbuch 1965, 224 und 228)。
(14) 1962年において,株式会社総数1,933社が支払った労賃と給料は,社会的費用
(約22億45百万DM)をも含めると, 317億39百万D Mに達する。給与所得者の 1962年度総収入額は1,571億8千万D Mとなるので,株式会社において,その給与 所得者の20%を越える給与を支払っていることになる (StatistischesJahrbuch 1965, 230 und 558.。)
58 (58) ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳)
制監査ほ監査役の監督的役割の一部を省略することと同じになる。したがっ て,監査役ほ,決算監査士が行なった決算書監査の結果について自らの判定 を下す必要がある。
また,取締役は確定した年度決算書を株主総会に提出しなければならない。
強制監査は取締役のこの義務履行のための前提を示している。すなわち,監 査されない場合,年度決算書は確定されることがないからである。さらにこ の強制監査が行なわれることによって,取締役がいかに企業の管理責任を果 して来たかについて跡づけがなされてゆくのである。このように強制監査は 監査役の監督義務を助けるとともに,取締役の弁明の義務 (Rechenschaft‑ spflicht)を履行したことについて証明を与えるものなのである。
3.決算監査士の選任について イ 選任母体論について
選任論の種類—現在,わが国の証券取引法により行なわれている公認会 計士監査では,監査人を選任し,これと契約を結ぶのは,被監査会社の幹部 役員(主として会社の代表取締役である社長)によって行なわれているよう であり, しかも目下のところ,監査人選任についての規範は存在していない。
しかしながら,監査人は織業的専門家としての正当な注意をもって監査を 実施し,その結果を報告するに当り,最も重要な要件としての精神的独立性 を保持し公正不偏の立場を堅持せねばならないことは監査基準の示すところ である。したがって,いかなる機関が監査人を選任するのに最も適当である かということは,監査人をして精神的独立性を保持せしめる点で直接に重要 な課題となる筈である。すなわち,公認会計士監査が,企業の公表する財務 諸表の正当性の適否を判定するという社会的任務をもつようになると,社会 的制度としての批判的監査にたずさわる監査人が,どのような立場にたつ人 々により選任されるべきかという問題はけだし公認会計士監査の目的とも深 い関連をもつようになる。
そこで,監査人の選任について一般にどのような見解がとられているかを あげれば,通常考えられる選任母体論はつぎの四つとなる。
ドイツ葉式法における監査制度について(1)(高柳) (59) 59
① 株主総会選任論 R 取締役会選任論
⑧ 国家選任論
④ 委員会選任論
もちろん,この四つは一応おおまかな分類であって取締役会による選任と いっても,わが国の場合のように取締役会の決議をもって足りることになっ ていても,実際には社長が選任権をもっている場合であるとか,あるいは,
取締役会全部の決議を要するのか,その一部でよいのか,例えば非業務執行 取締役からなる監査人の選衡委員会(アメリカ)が決議する場合であるとか,
また,社長やコントローラーが選任したものに対して取締役会が承認を与え る場合であるとか具体的内容はそれぞれ異なってこよう。
あるいはさらに,これらの選任母体が互いにそれぞれの長所をとりあって 協調する組合せも考えられる。例えば,取締役より選ばれた者が監査人を指 定して株主総会が選任する(アメリカ証券取引委員会1940年勧告)方法や,
ドイツのように,少数の株主が監査人の選任に対し異議を提出した場合に裁 判所が決定をなし裁判所が監査人を選任する方法等がある。いずれにせよ,
上記四種類の選任母体論を検討することにより,公認会計士監査の社会制度 上の特質の一面を把えることが可能となろう。
株主総会および取締役会選任論—さて,株主総会が監査人の選任母体と なる方式は, ドイツおよびイギリスにおいて行なわれている。ドイツにおい ては,監査役は取締役の業務執行の監督に重点をおき,会計監査は嗽業専門 家である会計監査士をして行なわしめるのが慣行であり,イギリスにおいて は,会計士が直接監査役員に就任することによって会計監査を行なうのであ るが,両国とも,株式法ないしは会社法の定めるところにより,ともに会社 の一機関を構成するものであるとも考えることができ,会社の機関であると の観点から監査人の選任は会社最高機関の株主総会によって行なわれるので ある。
この株主総会選任論の論拠となるところは,公認会計士監査の目的が,株 主という投資家大衆の利益保護のため,財務諸表に対し会社と利害関係のな
60 (60) ドイツ株式法における監査制度について Ill(高柳)
い第三者の公正な意見を表明するにあるという以上,もしこの方法で監査人 が選任されないで,被監査会社の経営首脳部により選任されるならば,監査 人の独立性の保持は極めて不安定な状態となる。すなわち,監査人が真実で はあるが経営者に不利となるような意見の表明を行なおうとする場合に,経 営者の意志によって監査人の解任も容易に行なわれうるため,被監査会社と 監査人との間に妥協的措置の生ずる可能性ないしは危険性が存在してくるの である。
つぎに,取締役会が監査人の選任母体となる方式はアメリカやわが国など において行なわれているが,取締役会選任論の理論的根拠はつぎの通りであ る。すなわち,会社が受託した財産を運営し管理するところの第一次責任ほ すべて取締役にかかってくるのであるから,自らが果して来た管理責任を自 ら立証するとの立楊にたつのが当然であるし,また監査人の選定という権限 も全面的な経営管理の受託から生ずる当然の権利であるとするものである。
さらに,今日の企業においては,株主が高度に分散化し,株主の権利行使は 殆んど委任状によって行なわれ,株主の権利代表である株主総会といっても,
その本来の意義を失なっている現状にあっては,むしろ取締役の方が会社事 情に精通し,監査人をして十分適切に監査活動をなさしめうるとともに,会 社業務に対して取締役は一層つよく責任を感ぜざるをえぬ立場におかれると する点にある。しかし,公認会計士監査の目的が株主などの投資家大衆の利 益保護のためにあるという観点にたつときは,取締役の利害が株主など投資 家大衆の利害と直接結びつかない,というよりはむしろ相反する場合が普通 であるから,善良なる帳簿の直接の管理者である執行取締役などをも含めた 取締役会による選任論などは特に, 自己監査となる心配があり,その選定に
(15)
公正を期すことができなくなるとの理論的欠陥が存在するのである。
これに対し,公認会計士監査の目的として,監査人は証券取引委員会のた めでもなく,一般投資家大衆のためでもなく,会社のためのサービスを提供
(16)
するために監査を行なうという考え方がある。この場合,取締役は株主に対
(15) 久保田音二郎著「近代財務諸表監査」(同文館)昭和42年, 32頁。 (16) 岩田巌著「会計士監査」(森山書店)昭和29年, 202頁。
ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳) (61) 61
する責任を果すために監査人から助言,勧告をうるのが監査の目的となり,
したがって,投資家大衆の利益保護という目的は,この監査の結果を証券取 引委員会が利用することによって果されるということになる。しかし,いず れにせよ,間接であれ,直接であれ,公認会計士監査制度は投資家大衆の利 益保護を目的とする社会的制度であるという点に,株主総会選任論および取 締役会選任論は立脚しているといえる。ただ, ドイツやイギリスのように株 式法または会社法により定められた監査制度の目的には,債権者の保護も大 きな課題として含まれている以上,株主総会選任論を展開することにより,
株主以外の債権者保護をも十分可能にするとの結論はでにくいのではないだ ろうか。
国家および委員会選任論—社会制度としての公認会計士監査の目的を,
単に現在および未来の株主ならびに債権者の利益を保護するにありとするだ けでは,今日のように高度に発展をとげ,複雑な社会関係を含むに至った資 本主義制度下の企業についてはあてはまらないとする観点から生じてきたの が国家選任論および委員会選任論の立場である。
経済の発展とともに,企業の規模が大きくなるにしたがい,企業の社会的 性格は一層強くなり,ただ単に投資家の増大という側面にのみとどまること なく,広汎な異種の利害関係者が多面に亙って発生する。すなわち,投資家 をはじめ,従業員,消費者,政府,地方自治体,さらには商取引先,債権者,
関係会社に至るまでが企業をとりまく利害関係者となる。
このように異種の多面に亙る利害関係者が出現するようになると,公認会 計士監査制度は初期においてその目的とした株主および債権者の利益保護と いう性格を,更に広汎な国民各層に亙る異種の利害関係者の利益の調整とい
う機能にまで高める。
企業が社会的性格を一層深化させるにしたがい,公認会計士監査は多面に 亙る利害関係者の利益の調整を行なうという任務をもつようになる。この場 合,監査人の選任を,直接会社に関係をもつ機関が行ない,さらに,監査人 は直接会社と監査契約を結び,また会社から報酬をもらうというのでは,監 査人は客観的な意見をだすことができず,解任権を会社関係の機関に握られ
62 (62) ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳)
ることから,時には重要な基本的要件である独立性をさえ侵害される惧れが あるとの議論が生ずる。その結果,監査人は準官吏として身分設定し,でき れば監査人の報酬にしても,被監査会社の負担の形で,これを国家がプール して支払うといったような国家選任論である。以上のような目的意識からで たものではないが,形式的に云えば国家選任による監査人選定と考えられる 形態がドイツにおいてみられる。後述するが,少数株主権者の異議が認めら れた場合や株主総会が選任をしなかった場合には,監査人は裁判所によって 選任されることになるが,これも一種の国家選任論に属するであろう。
しかし,わが国のように,公認会計士監査制度の成立がアメリカに由来し,
主として,株主などの一般投資家の利益保護を目的とする法定監査制度では,
監査人と被監査会社との間において自由な契約にもとづき監査が行なわれる のがたてまえであることから,国家が監査人を選任し,かつこれに報酬を与 えるというのはその論拠が弱くなる。さらに,株主総会による選任であって も,商法による規制が全く存在しないところの証券取引法に基づくという点 で,商法の最高機関である株主総会の決議をまたず,取締役会による選任ま たは社長の選任という形に落ちつかざるをえなくなるであろう。
そこで,監査人は投資家のみならずその他多くの異種の利害関係者をもす べて含めて,それに対して企業の会計結果を報告する義務があるという国家 選任論と同じ論拠にたちながらも,これを近代監査の本質的性格に結びつけ,
監査人はこれら多くの異種の利害関係者の利害調整のための審利員として,
企業から身分的にも経済的にも独立した第三者の立場にたち,企業の経営者 が公表する年次決算書を公正不偏の態度,いわば職業的専門家としての良心 にしたがい社会的責任を果すものであるという態度をもって批判的に監査す るものであるという考えにたつときは,相交錯する多くの異種の利害関係者 に対して奉仕するという,いわばこれらの利害関係者の利害調整に奉仕する という社会的責任を負う制度であるという考え方にたつ選任論をとらえねば
(17)
ならなくなる。
すなわち,監査人はただ単に投資家のみならず,経営者,従業員,債権者,
(17), (18) 近沢弘治著「会計士監査の基礎理論」(森山書店)昭和36年, 191頁以下。
ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳) (63) 63
債務者,徴税者,銀行,消費者等の多くの異種の利害関係者の利害を調整す るための審判員的立場にたつものであるから,これらの利害関係者の中から 選ばれた代表に加うるに,さらに中立公正の判断の場にたつ学識経験者を含 めたものをもって構成される委員会形式により監査人を選任すべきであり,
この場合,監査人に支払われる監査料金もまた被監査会社からこの委員会に
(18)
対して支出しプールされた監査基金をもって支弁されるのである。以上が委 員会選任論の概略である。
しめくくり―以上,四つの監査人選任母体論について,公認会計士監査 の目的を企業をとりまく外部の利害害係者の利益の保護乃至は調整にあると いう観点に立って説明したのであるが,この外部の利害関係者をどの範囲に とどめるか,又は拡げるか,すなわち,公認会計士監査は,外部の利害関係 者のうち,どの程度のひろがりに亙って,どの程度までその利害の保護を行 ないうるか,その範囲の設定の仕方の大小によってそれぞれよってたつとこ ろの論拠が異なってくることを明らかにした。
そこで,さらに近代的資本主義制度下における企業にあって,これをとり まく外部の利害関係者とは一体どのような性格をもつものであるかというこ とについてもう少し分析してみよう。それによってさらに上記四つの選任論 の特質が理解されよう。
まず,公認会計士監査が外部の利害関係者にとってどの程度必要とされ,
どのように利用されるかという問題がある。第一に,株主層,社債権者層が 挙げられることは前述の通りである。さらに,その会社に融資を行なう債権 者,資材商品などを提供する取引先,労働力を提供する従業員をはじめ,租 税公課の徴収を行なう国家,地方自治体,商品を購入し使用する一般消費者 などの現在企業に利害を有する者の外に,この会社と将来関係を持とうと考 えている人々までも含んだ利害関係者が存在するのであるが,この広汎な外 部の利害関係者は,それぞれの立場で財務諸表を読み,それぞれの判断に基 づいてその会社と関係をもつぺきかどうかを決定する。このように財務諸表 がこの人々の意志決定のための判断資料となる限りにおいて,公認会計士監 査の有用性はいずれの利害関係者に対しても共通していると考えられる。
64 (64) ドイツ株式法における監査制度について(1)(高柳)
しかし,ここで問題となるのは,まず監査の対象となる財務諸表がどのよ うな性格をもつものであるかという点である。すなわち,財務諸表は企業資 本(他人資本と自己資本の両者)に関してその運用状態とその結果を表示し た決算報告書であり,資本持分の有効性に関する測定器であることから,資 本の提供者こそが企業資本の真の所有者ないしは出資者であり,真の利害関 係者といえる。それゆえに,株主および社債権者は上述に列記したその他の 広汎な利害関係者とはその水準において同一視することはできない。さらに 会社会計の構造は,株主と社債権者とをも同一のものとしては取り扱っては いないで,むしろそれは株主資本中心の会計であるといえよう。したがって,
(19)
近代企業の財務諸表は株主資本の持分を示すことが主題であるといえよう。
このように,外部の利害関係者の性格乃至財務諸表の本質を分析してゆけ ば,それぞれ企業に対してもつ利害得失の程度は,異種の利害関係者の立場 に応じてその深度を異にしているのであり,この利害の深度に応じて,利害 関係者をどこまで包含させるかによって,すなわち,企業の社会的な存在意 義をどこに設定するかによって,監査人選任母体の性格が決定されると考え られる。さらにまた,財務諸表の本質論に立って,企業の真の所有者が株主 であるならば,他の利害関係者の利益を保護するのが監査である,あるいは また,株主や債権者などの直接の利害関係者が商法などの法により守られて いるならば,他の間接の利害関係者をも保護するものとして監査がある,と いう意味に利害の調整を解釈するならば,その解釈が置かれた基準の設定位 置により各種の選任論が生ずるであろう。今後,公認会計士監査制度が歴史 的社会的発展の過程をたどるにしたがって,この監査人選任母体の問題は大
きな課題となってこよう。
ロ 決算監査士の選任について
総会による選任 上述したように,監査人の選任母体には四つの種類が あったが, ドイツにおいてほ,決算監査士は通常,株主総会により選任され るのである(株式法第163条)。 勿論,後述するように,一定の事情の下で
(19), (20) 久保田音二郎著同書6‑7頁。