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消費者相談の複合的な役割
―消費者紛争の多様性と相談員の役割モデル―
熊本大学大学院社会文化科学研究科
2010
年度 学位論文人間・社会科学専攻 交渉紛争解決学領域
宮園 由紀代
2
目次
1章 はじめに ... 4
2章 消費者相談とその解決のための法規範 ... 7
1.
消費者相談の定義 ... 7(1)
手続の種類による消費者相談の定義 ... 7(2)
相談機関による消費者相談の定義 ... 92.
消費者相談の内容 ... 113.
当事者の特性と消費者紛争の要素 ... 15(1)
当事者の特性 ... 16(2)
消費者紛争の要素 ... 194.
法規範に基づく解決 ... 223章 日本における消費者相談の機能 ... 25
1.
当事者支援における消費者相談の機能 ... 25(1)
消費者への被害救済付与 ... 26(2)
消費者の自律支援 ... 272.
消費者相談の目的の変遷 ... 293.
消費者相談手続 ... 31(1)
手続の種類 ... 32(2)
手続の方法 ... 394章 イギリスの消費者相談 ... 47
1.
消費者相談機関 ... 47(1)
公的機関 ... 48(2)
民間機関 ... 502.
消費者支援 ... 54(1) BIOA
のガイドライン ... 54(2) Otelo
利用者の満足度調査 ... 55(3) CCAS
による自主行動基準 ... 573.
日本への示唆 ... 58(1)
相談員の対応 ... 58(2)
相談員に対するトレーニング ... 59(3)
消費者紛争の解決支援に求められる公正さ ... 60(4)
相談機関の連携 ... 613
5章 相談員に期待される役割 ... 63
1.
消費者相談と法律相談、心理的カウンセリングの隣接 ... 63(1)
法律相談の概観 ... 64(2)
心理的カウンセリングの概観 ... 66(3)
消費者相談の概観 ... 69(4)
消費者相談と法律相談や心理的カウンセリングの位置づけ ... 732.
メディエーターとしての相談員 ... 75(1)
評価型(Evaluative) ... 78(2)
対話促進型(Facilitative) ... 79(3)
あっせんにおける相談員の役割モデルの検討 ... 826章 相談員に必要な技法 ... 86
1.
消費者への被害救済付与のための技法 ... 87(1)
相談の入口 ... 87(2)
問題の明確化と助言 ... 88(3)
あっせん・調停(mediation) ... 892.
当事者の自律支援のための技法 ... 89(1)
相談の入口 ... 90(2)
問題の明確化と助言 ... 90(3)
あっせん・調停(mediation) ... 913.
相談員の資格制度とトレーニング ... 92(1)
資格試験 ... 92(2)
相談員へのトレーニング ... 957章 結語 ... 107
引用・参考文献 ... 109
4
1章 はじめに
消費者契約をした後に、「自分には必要がないと感じた」、「期待していた内容とは違った」、
「商品に不具合があった」、「製品事故にあった」、「高額な解約料金を提示された」などの 問題に直面することがある。2008 年
10
月に内閣府大臣官房広報室が行った「消費者行政 の推進に関する世論調査」1によれば、「この1、2
年くらいの間に購入した商品や利用した サービスに不満を持ったことがある」と答えた者は29.3%であり、そのうち、
「どこかに相 談した」と答えた者が22.5%であった。その際の相談先(複数回答)は、「購入者、利用先、
勧誘員」をあげた者が
73.0%で、
「メーカー」が22.1%と、多くが当事者間での問題解決を
図ろうとしている。そして、事業者に苦情を申し出る前や、消費者と事業者の当事者間で 問題解決ができない場合に、専門的な第三者の助言や支援を期待する消費者も存在する2。 前述した世論調査では、行政機関に相談するのは、「消費生活センター」7.4%、「国・地方 公共団体相談窓口(国民生活センター、消費生活センターを除く)」2.5%、「国民生活センタ ー」1.6%であり、民間機関では「業界団体」2.5%、「弁護士」0.8%であった。このような 相談機関を利用する際には、相談機関が「自分の言いたいことを十分に言わせてくれた」ことや「丁寧に説明してくれた」ことが相談者の満足感につながる3。
消費者相談において、相談員は相談者の話を十分に聴き、丁寧な助言や支援を心がけて いるが、現実の相談対応は相談員の経験に依拠するところが大きい4。筆者自身の相談員と しての経験では、契約取消のための法的要件を訊き取ろうと焦っている際には、相談者が 益々感情的になることや、丁寧に助言した相談者から何度も「どうすればよいか」と相談 されることがある。一方、時間をかけて相談者の「心」を聴き、相談者と協働して問題解 決を考えることができれば、相談者自身が前に進もうと行動し、生き生きとした強さを持 つことがある。このような相談者から「自分の行動への助けになった」と感謝の言葉をい ただく時には、相談者の自信に満ちた姿を感じとることができる。この時、消費者は被害 を救済してもらう対象とは異なる特質をもつことが感じられる。
1 内閣府大臣官房政府広報室「消費者行政の推進に関する世論調査」(2008年10月調査) 母集団 全国 20歳上の者 3,000人 調査時期 2008年10月16日~10月26日 調査員による個別面接聴取法 調査 実施機関 中央調査社 有効回収数 1,853人
2 佐藤岩夫「専門機関相談行動の規定要因」樫村志郎・武士俣敦編『現代日本の紛争処理と民事司法② ト ラブル経験と相談行動』東京大学出版会(2010)、pp.66-68.において、法使用行動調査の結果を基に、今後、
専門機関への相談ニーズがより一般化・普遍化していく可能性が示唆されている。
3 阿部昌樹「専門的支援機関に対する利用者の評価」樫村志郎・武士俣敦編『現代日本の紛争処理と民事 司法② トラブル経験と相談行動』東京大学出版会(2010)、pp.73-97.では、「結果に基づく評価」と「期待 に基づく評価」について考察されている。そこでは、法使用行動調査の結果から、「言いたいことを十分に 言わせてくれた」、「効率的に応対してくれた」、「丁寧に説明してくれた」ことが利用者の満足度に影響を 及ぼしていることが指摘されている。また、応対が効率的であることや説明が丁寧であることが、法律や その他の専門知識の有無よりも、有益性の評価に強い影響を及ぼしていることも指摘されている。
4 消費者庁 制度ワーキング・グループ「地方消費者行政の充実・強化に向けた課題」(2011年1月)、p.20.
では、消費生活相談員には、相談の実践の中で積み上げられた経験に裏打ちされた聴き取りや説得、事業 者との交渉といった技能が必要とされていることが指摘されている。
5
このような消費者の多様化は、社会の変化と共に生じてくる。社会の法化と市民社会の 成熟化によって、紛争当事者は私的自治に基づき、紛争を抑圧し合意を強制しようとする 支配的な力や社会的な力に抵抗しながら、主体的な「納得のいく解決」を求めるようにな ってきた5。そうであれば、消費者紛争が、当事者が主体的に紛争を解決しようとする機会 へとつながる可能性があるといえよう。
現在の消費者相談は、消費生活センター等が実践する「消費生活相談」6が、主な役割を 担っている。そのため、消費者は、不公正な勧誘や契約を行う事業者によって侵害された 消費者の権利を回復し、被害を救済されるべき弱者であるという認識が消費者相談の前提 となる。そこでは、消費者紛争は弱者である消費者と悪質業者の紛争であると捉えられが ちである7。そして、消費者の被害を救済するために相談員には法的知識が重要視され、消 費者の自律を支援することは副次的なものとして認識される。それは、公益的な側面や政 策的必要性によれば理に適うものであるといえるだろう。けれども、現代では、主体的な 解決を望む消費者やコンプライアンス経営を重視する事業者も存在し、このような特性を 持つ当事者間においても消費者紛争は生じるのである。
相談者にとって、真に満足のいく相談であるためには、専門機関がどのように情報を伝 え、どのように介入するかという具体的な方法が、相談者のニーズによって決定されるこ とが重要である。そこで、当事者の視点に基づいて消費者相談を考慮すれば、消費者保護 を前提にして相談者に助言を与え、事業者に解約等を求めてあっせんするというコンサル テーションの色合いが強い従来の消費者相談では担いきれない広範囲に及ぶ消費者相談が 必要になってくるのではないだろうか。そのような広範囲な相談を実践するためには、行 政機関による消費生活相談だけでなく、業界団体や消費者団体によって担われる民間型も 包括して消費者相談を捉えることが必要であると考える。
以上のような問題意識のもと、本論文では、消費者紛争が多様化した現在の状況を考慮 し、相談員の実践知を高めるために、当事者の視点から消費者相談を理念的に位置づけ、
消費者への被害救済付与と自律支援という複合的な役割を明らかにすることを目的とする。
そして、消費者相談の理念を理解した上で、相談員の実践知を高めるために必要な技法や トレーニング、相談機関と弁護士との連携について考察する。
そこで、本論文では、まず、
2
章で消費者相談を手続の種類と相談機関によって定義する。そして、現在の消費者相談の内容を国民生活センターの年次報告書を基に考察する。消費 者と事業者の特性については、民法分野による先行研究を参考にして検討する。消費者紛
5 吉田勇「日本におけるADRの可能性―『納得のいく解決』を求めて―」熊本法学113 熊本大学法学会 (2008)、pp.232-233.を参照。
6 行政によって担われる消費者相談は、一般に、消費生活相談と呼ばれている。例えば、村千鶴子「地方 自治体における消費生活相談の意義と役割―消費者庁の設置で何が求められるかー」国民生活センター (2010)を参照。
7 例えば、熊本県消費生活センターがウェッブサイトで公開しているパンフレット10種類のうち、8種類 が悪質商法に関するものである。また、平成22年5月26日の朝日新聞 夕刊 全国版では、「闘う相談 員」という見出しで兵庫県但馬生活科学センターの相談員の話が掲載されている。
6
争の要素については、法社会学の視点で考察された先行研究と、裁判外紛争処理機関
(Alternative Dispute Resolution 以下 ADR
と示す)の報告書などを基に検討する。さらに、消費者紛争の解決に対する法規範を当事者の視点によって捉え直すことにする。
3
章では、国民生活審議会や消費者委員会の議論を基に、日本における消費者相談の機能 について検討する。その上で、現在の消費者相談の手続を消費生活センター等によって実 践されている相談の枠組みで明確にする。相談には、電話相談、面談相談、文書・メール 相談と異なる方法があるが、相談手順を示す文献や相談員の研修等では、方法の違いによ る対応については、これまであまり触れられてこなかった。しかし、相談の方法の違いは、相談員の当事者支援の対応に大きく影響すると思われる。そこで、それぞれの方法の特質 を考慮して消費者相談の現状を明らかにしようと試みる。
4
章では、日本における消費者相談の課題に関する示唆を得るために、イギリスの消費者 相談について考察する。ここでイギリスの消費者相談を参考にするのは、イギリスにおい ては、消費者相談の目的が消費者のエンパワメントであることと、行政機関だけでなく民 間機関による消費者相談の実績があること、消費者被害の算出に消費者の感情的側面も考 慮されていることからである。考察にあたり、規制当局によって発表された資料や、相談 機関の年次報告書、消費者法やADR
手続に関する先行研究などを参考にする。そして、
5
章では、消費者相談と隣接領域の先行研究や筆者の相談員としての経験を基に、消費者相談の理念を考察する。まず、助言については、リーガル・カウンセリングと心理 的カウンセリングの理念を組み入れ、消費者相談における助言の特質や専門性を明らかに したい。そして、あっせん・調停(mediation)については、欧米で展開されている調停
(mediation)の理念を組み入れ、当事者の特性や紛争内容、相談機関の体制に応じた相談員
の役割モデルを提示する。6
章では、5 章で明らかにした相談員の役割を担うために必要な技法について考察する。それらの技法が相談員の資格試験によって確保されるかどうかについて、イギリスの資格 制度と比較検討しながら考察する。その上で、トレーニングの必要があると考えられる技 法を明らかにし、リーガル・カウンセリングや調停(mediation)分野におけるトレーニング を参考に、消費者相談員の実践知を高めるためのトレーニングを提示する。
7
章は、本論文のまとめとして、当事者のニーズに適した相談、当事者の納得のいく解決 を支援するような相談を実践できるための、相談員の役割や相談環境及び他機関との連携 について考察する。7
2章 消費者相談とその解決のための法規範
消費者紛争を抱えて相談する消費者や、これから相手事業者に苦情を申し出ようとする 消費者からの相談を受けた際の消費者支援について考察するには、消費者相談の内容や要 素を検討し、消費者相談が扱う問題を明らかにしなければならない。その上で、法規範に 基づいた消費者紛争の解決について当事者の視点から捉え直すことにする。
1. 消費者相談の定義
本論文で検討の対象とする消費者相談の定義を、手続の種類と相談機関によって示す。
(1)
手続の種類による消費者相談の定義消費者相談が扱う問題を検討するには、消費者相談の定義を明確にしておかなければな らない。紛争解決手続は、手続主催者の介入の積極性および手続結果の効力に応じて、① 相談・助言、②調整型手続(あっせん・調停)、③裁定型手続(仲裁)の
3
つに大別される。一般に、①の相談・助言は、相談員が一方当事者である相談者のみに助言を提供し、相対 交渉その他の方法での解決を促す「相談」として捉えられ、第三者が当事者の合意形成を 促進する場合は、「相談」ではなく、「あっせん・調停」として類型化される。
ADR
法に規定される調整型手続は、当事者間の話し合いを促進し、解決案を提示するな ど、強制力を伴わずに、第三者として解決を支援するあっせんや調停とされており、第三 者が一方当事者に交渉・解決のための助言や援助を与える相談(純粋型)や、両当事者間 の単なる取次ぎを行う事実上のあっせんである相談(応用型)は含まれない8。また、調停については、「紛争当事者が、手続主宰者(調停人)による仲介等の援助を得 ながら、解決合意の成立を目指す自主的な手続」であると定義され(山本・山田、2008)、事 実の解明とそれに対する調停規範の適用によって実体的に適正な判断がなされる調停判断 説と、当事者の任意の合意こそが調停の本質であるとする調停合意説の立場がある9。ここ でいう調停が主に司法型調停として位置づけられる従来の日本型調停ではなく、欧米で展 開される調停(mediation)であれば、相談・あっせんと連続性をもつ(吉田、
2006)
10ものであ る。消費者相談の実務においては、一般的には「相談」と定義される手続は「助言」に該当 し、助言も含めて、当事者双方の和解成立を目指し、相談員が相手事業者と連絡を取り、
8 山本和彦・山田文『ADR仲裁法』日本評論社(2008)、pp.6-10,18-28.にADRの定義やADRの分類が記 述されている。
9 山本・山田(2008)、pp.128-140.に、調停の定義と理念が示されている。
10 吉田勇「紛争解決システムの競合と連携」吉田勇編『法化社会と紛争解決』成文堂(2006)、pp.39-41.
を参照。ここで、吉田は、合意による自主的な紛争解決が調停においていかにして可能かが問われた結果、
mediationの基本的な理念と技法が注目されると指摘している。
8
消費者と事業者に相互の主張を取り次ぐあっせんや、両当事者と相談員の三者で話し合い をするあっせん・調停(mediation)という調整型手続も「相談」として理解されている11。
図
2-1
は、裁判外における第三者関与による合意促進を目指す解決手続と本論文で定義す る消費者相談を示したものである。第三者の関与形態
両当事者と接触 一方当事者の
み接触
合意形成の促進手段 その他
判断提示のみ 判断提示以外でも合意形成促進
合意成立が見込まれない場合の
和解勧試
第三者が相当と認
めれば判断を提示
裁定 調停 あっせん 相談 相談
消 費 者 相 談
図
2-1: 裁判外における第三者の関与による合意促進の解決手続と消費者相談の定義
(司法制度改革推進本部「総合的な ADR 制度基盤の整備について―ADR 検討会に おけるこれまでの検討状況―」参考資料 7(2003 年 7 月)を参考にして、筆者作成)
以上のように、消費者相談は、一般的に言われる「相談」と「あっせん・調停(mediation)」
を包括した手続である。さらに、問題を抱えた消費者が、相手事業者に苦情を申し出て紛 争になる前もしくは、これから事業者に苦情を申し出ようとする前に相談する場合と、既 に事業者との間で紛争をかかえた消費者が相談する場合の両方を含んでいる。
11 山本・山田(2008)、pp.25-29.に紛争解決手続の種類が定義されている。ここでは、特に相談担当者・助 言者が相手方当事者と交渉し和解の仲介をする消費者紛争ADRにおいて、相談担当者が比較的党派的であ り、ADR手続実施者の役割とコンフリクトするおそれがあることが指摘されている。また、濱野亮「日本 型紛争管理システムとADR」早川吉尚・山田文・濱野亮『ADRの基本的視座』不磨書房(2004)、pp.51-55.
においても、法的知識を双方に提供しながら、一方当事者からの申し立て、言い分を相手方に伝えれば話 がまとまるという発想では、当事者の納得を得られないケースが多いことや、手続的公正さを欠いている と批判されている。
9
消費者相談に「相談」と「あっせん・調停(mediation)」が包括され、助言をした相談員 と同じ相談員があっせんを行う際には、相談員は、あっせんを考慮しながら相談者の話を 聴き、助言を行っている。また、あっせんは、相談者の自主交渉で解決しない場合に、相 談員が事業者に電話をかけ交渉することから始まるが、この時は事業者の話を相談者へ伝 え、同時に助言も行う。そのため、助言とあっせんは、切り離せない連続したものである といえよう。
(2)
相談機関による消費者相談の定義消費者と事業者の間に生じた民事紛争を、ここでは消費者紛争と呼ぶが、その解決を第 三者が支援する
ADR
手続を実践する機関には、行政が介入する行政型、事業者団体や消費 者団体や弁護士会等が介入する民間型、裁判所で行われる民事調停などの司法型がある。このうち、消費者からの相談を受けている機関は、行政機関と民間機関である。
従って、本論文でいう消費者相談は、行政機関と民間機関によって実践されている「相 談」と「あっせん・調停(mediation)」であると定義する。図
2-2
は、消費者相談を実践す る機関を示したものである。消 費 者 相 談
司法型 行政型 民間型
民事調停 国民生活センター 業界団体
特定調停 消費生活センター等 消費者団体
消費者苦情処理専門委員会 士業団体
図
2-2:ADR
機関と消費者相談機関 (筆者作成)現在、消費者が利用できる行政の消費者相談機関には、市町村の消費者相談窓口、都道 府県消費生活センター等及び国民生活センターがある。2009年に制定された消費者安全法 によって、市町村で消費生活相談を行うこと、都道府県には消費生活センターの設置が義 務づけられた12。具体的には、市町村は、苦情相談・苦情処理のあっせん、情報収集・提供、
都道府県との情報交換等が規定されている。また、都道府県には、苦情相談・苦情処理の あっせんのうち広域的な見地を必要とするものへの対応、専門的な知識及び技術を必要と する調査・分析、広域的な見地から消費者安全の確保に必要な情報収集・提供、市町村と の情報交換等が規定されている13。
また、消費生活センター等では、合意が成立しない場合に、公正かつ速やかな解決を図 るために、弁護士等の専門家を中心とする合議機関を設置して、そのあっせん・調停に委
12 消費者安全法10条を参照。
13 消費者安全法8条を参照。
10
ねる制度を条例により設ける自治体が多い。その名称は、消費者苦情処理委員会、消費者 被害救済委員会、消費者苦情審議会など様々であるが、相談事案を審議し判断して、解決 案を当事者双方に提示する制度である14。
さらに、
2008
年には国民生活センターADRが設置された。ここで扱われる紛争は、その 解決が全国的に重要であるものとして内閣府で定める「重要消費者紛争」であるため、全 ての消費者が自由に利用できるものではないといえるものの、質的量的に重要な紛争類型 について積極的な試みがなされている。行政型相談機関は、2009年
4
月1
日現在では、週4
日以上開所、専門的知識・技能を有 する者(消費生活相談員)の配置など消費者安全法上の基準を満たす「消費生活センター」が 全国で501
か所設置されている。その他にも、消費者安全法上の基準は満たさないものの「相談窓口」として住民にサービスを提供する機関が
1,010
か所あり、行政の消費生活相 談の窓口は、合計すると1,424
か所ある15。このように、行政機関における消費者相談の拡 充が目指されている。次に消費者相談が実践されている民間機関についてとりあげる。民間型
ADR
機関には、業界団体、弁護士会などの士業団体、消費者団体がある。その設立には、消費者法によっ て要請された機関や裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR 法)の影響によっ て設置された機関がある。
まず、消費者法の要請によって設置された民間型
ADR
機関についてとりあげる。1995 年に施行された製造物責任法の参議院と衆議院の付帯決議では、裁判外紛争処理体制の整 備・充実強化が提示され、PL
センターと呼ばれる業界型ADR
機関として14
機関が設置さ れた16。また、2009 年の金融商品取引法、銀行法、保険業法等金融関連法の改正によって 金融ADR
制度が導入され、2010
年10
月1
日より金融機関に対し、金融庁によって指定さ れた指定紛争解決機関7
機関17との契約締結が義務付けられた。以上のような業界団体が実践する消費者相談の利点として、①事業者の紛争解決手続へ の応諾、②結果についての事業者の尊重義務、③消費者の費用負担の軽減、④商品・サー ビスの品質機能等に関する高い専門性が考えられる18。
そして、2007年
4
月1
日から施行されたADR
法の影響によって設立された機関には、14 鈴木美雪『消費者政策 消費生活論 第4版』尚学社(2007)、pp.288-290.を参照。ここでは、この制度 を活用している自治体が少ないことと東京都の消費者被害救済委員会の活動が紹介されている。
15 消費者庁企画課『ハンドブック消費者2010』(2010)、pp.19-20.を参照。
16 現在のところ、医薬品PLセンター、化学製品PL相談センター、ガス石油機器PLセンター、家電製 品PLセンター、自動車製造物責任相談センター、住宅リフォーム・紛争処理支援センター、消費生活用 製品PLセンター、生活用品PLセンター、日本化粧品工業連合会PL相談室、防災製品PLセンター、
プレジャーボート製品相談室、玩具PLセンター、日本塗料工業会PL相談室、建材・住宅設備PL相談 室が設置されている。
17 現在のところ、生命保険協会、全国銀行協会、信託協会、日本損害保険協会、保険オンブズマン、日本 少額短期保険協会、日本貸金業協会がある。
18 消費者トラブルをめぐる紛争解決機能の在り方に関する研究会「消費者トラブルをめぐる苦情処理・紛 争解決機能のあり方」内閣府(2003年3月)、p.18-20.を参照。
11
士業団体や消費者団体
ADR
機関がある19。現在、認証ADR
機関のうち、消費者相談を扱 う機関には、商品や契約類型を限定した特定の紛争を扱う機関と、民事に関する紛争を広 く扱う機関とがあり20、その数は37
機関である。特定の紛争を扱う機関として、特定商取引法に関する紛争を扱う「社団法人 日本消費 生活アドバイザー・コンサルタント協会(NACS)Consumer ADR」がある。また、業界型機 関には、商品の欠陥に関する紛争を扱う「家電製品
PL
センター」や「自動車製造物責任相 談センター」、留学に関する紛争を扱う「留学協会」、ブランド品に関する売買契約紛争 を扱う「日本流通自主管理協会」、金融商品に関する紛争を扱う「証券・金融商品あっせ ん相談センター」、共済契約に関する紛争を扱う「日本共済協会」などがある。そして、士業団体には、県土地家屋調査士会などがある。
民事に関する紛争を広く扱う機関には、県弁護士会、県司法書士会、県行政書士会など がある。その他、ADR法による認証を受けていない県弁護士会にも
ADR
として活動して いる機関がある。以上、本論文で考察する消費者相談は、行政機関と民間機関によって実践される「相談」
と「あっせん・調停(mediation)」であると定義したい。次に、実際の消費者相談の内容や 消費者紛争の要素について、相談機関の報告や裁判例などによって明らかにしたい。
2. 消費者相談の内容
これまで述べたように相談機関の数は、民間機関に比べて圧倒的に消費生活センター等 の行政機関が多く、苦情を感じた消費者が相談する機関としても行政機関が利用されるこ とが多い。そのため、日本における消費者相談は、行政機関がその多くを担っていると考 えられる。そこで、消費者相談の内容の検討に際し、国民生活センターが収集している消 費生活相談の苦情情報のデータベースである
PIO-NET(全国消費生活情報ネットワーク・シ
ステム) を基にした年間報告書を参考にする。2008
年度21では、「契約内容・解約」についての相談が80.1%と圧倒的に多く、次に「販
売方法」に関するものが38.9%と多い。アフターサービス、販売時の接客態度、クレーム
処理などに問題がある「接客対応」に関する相談の割合は全体の10.5%であるが、 5
年前の2
倍以上になっている22。実務上は、接客対応や販売方法、表示、品質の問題により解約を 望む場合にも「契約内容・解約」がマークされ、販売時の接客態度に問題があると考えら れる場合は、「販売方法」にマークされる。そのため、「契約内容・解約」や「販売方法」19 国民生活審議会「国民生活における安全・安心の確保策に関する意見」(平成19年6月4日)、p.14に おいて、民間型ADR機関に対して、ADR法の認証を受けるなど質の充実に向けた支援を行うとして、紛 争解決機能の充実があげられている。
20 認証ADRの現状については、高松宏之「ADR認証制度の現状」法律のひろばVol.63/No.9(2010)、
pp.12-20.に詳細が記されている。
21 国民生活センター『消費生活年報 2009』(2009)、pp.10-41.を参照。
22 国民生活センターから提出された報道資料「2009年度のPIO-NETにみる消費生活相談の概要」
(2010.8.4)でも、接客対応が12.7%と増加している。
12
へマークをつけることが多くなるという事情を考慮すれば、統計上の数字以上に接客対応 の問題が大きいことも予測される。このような現場の事情を考慮すれば、消費者と事業者 の人間関係に関する苦情が多くなっているともいえるであろう。
次に、「相談内容とその特徴」と「相談内容別分類」を基に、消費者相談の類型化を試み る。まず、「相談内容とその特徴」を表
2-1
に示す。表
2-1: 2008
年度の上位商品・役務別に見た相談の特徴(国民生活センター『消費生活年報 2009』pp.38-39.より筆者が抜粋して作成)
商品・役務等 主な相談内容 特 徴
1
電話情報サー ビス①不当請求②インターネット③電子商取引④ポルノ・風俗⑤無 断契約⑥強引⑦高価格・料金⑧無料商法⑨プライバシー⑩電 子広告
出会い系サイト、身に 覚えのない情報料金 の請求
2
サラ金・フリー ローン①多重債務②金利・利息③自己破産④不当請求⑤クレジットカ ード⑥返金⑦高価格・料金⑧信用性⑨法律違反⑩保証人
多重債務、利息の過 払い
3
商品一般 ①不当請求②無断契約③強引④債権回収業者⑤身分詐称⑥ プライバシー⑦虚偽説明⑧信用性⑨電話勧誘⑩訴訟架空請求
4
オンライン情報サ ービス①不当請求②インターネット③ポルノ・風俗④電子商取引⑤高 価格・料金⑥無断契約⑦電子広告⑧無料商法⑨強引⑩未成 年者契約
アダルトサイト、出会 い系サイト
5
賃貸アパート・マンション
①保証金等②解約③修理代④返金⑤契約書・書面⑥高価格・
料金⑦不当請求⑧クレーム処理⑨説明不足⑩補償
敷金返還や原状回 復など
6
健康食品 ①解約②サイドビジネス商法③信用性④効能・効果⑤返金⑥高 価格・料金⑦電話勧誘⑧クーリング・オフ⑨薬効うたう⑩強引マルチ取引やサイド ビジネス商法など、
効能効果
7
エステティック サービス①倒産②解約③返金④約束不履行⑤連絡不能⑥高価格・料 金⑦クーリング・オフ⑧痩身⑨強引⑩次々販売
倒産に関する解約や 返金
8
生命保険 ①説明不足②解約③家庭訪販④クレーム処理⑤契約書・書面⑥返金⑦信用性⑧契約変更⑨他の接客対応⑩約束不履行
説明不足や解約、ク レーム対応
9
自動車 ①解約②クレーム処理③解約料④約束不履行⑤返金⑥早期故 障⑦新車⑧説明不足⑨インターネット⑩高価格・料金品質・機能
10
新聞①家庭訪販②解約③強引④景品付販売⑤クーリング・オフ⑥無 断契約⑦契約書・書面⑧長期契約⑨クレーム処理⑩判断不十 分者契約
強引な勧誘
11
移動電話サー ビス①高価格・料金②説明不足③解約料④クレーム処理⑤不当請 求⑥インターネット⑦解約料⑧他の接客対応⑨契約変更⑩価 格・料金
携帯電話サービス料 金、説明不足、解約
13
12
修理サービス ①高価格・料金②修理代③家庭訪販④説明不足⑤クレーム処 理⑥補償⑦見積もり⑧機能故障⑨約束不履行⑩解約衛生設備や自動車 の修理など
13
クリーニング ①補償②クレーム処理③ドライクリーニング④紛失⑤しみ⑥変 色⑦伸縮⑧他の接客対応⑨風合⑩避け・亀裂衣服紛失や、クリー ニングの品質、補償
14
ふとん類 ①家庭訪販②高価格・料金③解約④クーリング・オフ⑤強引⑥ 販売目的隠匿⑦次々販売⑧虚偽説明⑨SF 商法⑩返金家庭訪販、SF 商法、
高額
15
アクセサリー①解約②高価格・料金③アポイントメントセールス④強引⑤返金
⑥クーリング・オフ⑦虚偽説明⑧ダイヤモンド⑨次々販売⑩販 売目的隠匿
アポイントメントセー ルスなど
16
化粧品類 ①解約②サイドビジネス商法③返金④信用性⑤クーリング・オフ⑥電話勧誘⑦高価格・料金⑧皮膚障害⑨インターネット⑩強引
マルチ取引やサイド ビジネス商法、皮膚 障害。
17
分譲マンショ ン①電話勧誘②強引③解約④利殖商法⑤保証金等⑥返金⑦説 明不足⑧クレーム処理⑨補償⑩家庭訪販
電話勧誘による執拗 な勧誘、利殖商法
18
宝くじ ①DM 広告②当選商法③カナダ④信用性⑤中華人民共和国⑥ オーストラリア⑦プライバシー⑧法律違反⑨強引⑩虚偽説明海外宝くじの DM の 信用性
19
電話関連サー ビス①電話勧誘②解約③説明不足④強引⑤信用性⑥家庭訪販⑦ 不当請求⑧クレーム処理⑨契約書・書面⑩価格・料金
固定電話の通話料な ど、解約や説明不足
20
役務その他サ ービス①信用性②電話勧誘③解約④二次被害⑤不当請求⑥家庭訪 販⑦高価格・料金⑧インターネット⑨プライバシー⑩返金
各種アンケート調査 や耐震診断サービス などに関する信用性
21
携帯電話機 ①クレーム処理②解約③説明不足④早期故障⑤交換⑥機能故 障⑦故障頻発⑧修理代⑨補償⑩インターネット機器の故障のクレー ム対応、説明不足
22
リースサービ ス①解約②高価格・料金③虚偽説明④家庭訪販⑤職場訪販⑥ 約束不履行⑦説明不足⑧契約書・書面⑨強引⑩信用性
事務機器のリース、
自営・自由業者
23
損害保険 ①説明不足②補償③クレーム処理④解約⑤他の接客対応⑥返 金⑦契約書・書面⑧信用性⑨約束不履行⑩契約更新説明不足や解約、返 金
24
プロバイダ ①解約②インターネット③電話勧誘④説明不足⑤クレーム処理⑥不当請求⑦連絡不能⑧無料商法⑨強引⑩返金
説明不足
25
医療サービス ①施術不良②高価格・料金③説明不足④返金⑤他の接客対応⑥クレーム処理⑦解約⑧補償⑨他の傷病・症状⑩信用性
美容医療などの施術 不良、高額な費用
表
2-1
の主な相談内容から、相談された商品や役務の背景をみることができる。まず、消 費者の被害者性が強くみられる相談について考察する。電話情報サービスやオンライン情 報サービス、商品一般は、「不当請求」や「架空請求」など犯罪性が強い相談であるといえ14
るだろう23。また、新聞、アクセサリー、分譲マンションなどは事業者の「強引さ」が推測 できる。「虚偽説明」というキーワードが付与されたふとん類やアクセサリーなどは、特定 商取引法に基づく規制当局による行政処分につながる可能性も考えられる。
そして、電話情報サービス、オンライン情報サービス、賃貸アパート・マンション、健 康食品、エステティックサービス、移動電話サービス、修理サービス、ふとん類、アクセ サリー、化粧品、リースサービス、医療サービスなど、多くの相談に「高価格」という問 題が存在することがいえ、消費者の経済的回復の必要性がうかがわれる。
次に、消費者と事業者の関係に起因する相談について考察する。生命保険や損害保険、
移動電話サービス、電話関連サービス、携帯電話機、プロバイダ契約には、「説明不足」が みられる。これらの契約は、ほとんどの消費者が契約している一般的な契約であるものの、
契約の複雑さや新規性のために、消費者にとって容易には理解しにくいことが推測される。
さらに、「クレーム処理」は、賃貸アパート・マンション、生命保険、自動車、新聞、移動 電話サービス、修理サービス、クリーニング、分譲マンション、電話関連サービス、損害 保険、プロバイダ、医療サービスなど多くの相談にみられる。これは、消費者紛争が生じ、
当事者間では解決できない状態であり、消費者と事業者のコミュニケーションの失敗や信 頼関係の崩壊に起因するものと考えられる。
次に、表
2-2
に「相談内容別分類」を示す。分類の項目は、国民生活センター「消費生活年報
2009」による。
表
2-2:2008
年度の相談内容分類ごとにみた上位商品・役務(国民生活センター『消費生活年報 2009』pp.32-33.より筆者が抜粋して作成) 安全・品質 価格・料金 表示・広告 取引 接客対応
1
クリーニング サラ金など 電話情報サービス 電話情報サービス 賃貸アパート2
自動車 電話情報サービス サラ金など サラ金など クリーニング3
賃貸アパート 賃貸アパート オンライン情報 商品一般 生命保険4
修理サービス オンライン情報 宝くじ オンライン情報 自動車5
携帯電話機 修理サービス 健康食品 賃貸アパート 移動電話サービス6
健康食品 移動電話サービス 商品一般 健康食品 サラ金など7
新築工事 自動車 教養・娯楽サービス エステティック 修理サービス8
パソコン エステティック 化粧品類 生命保険 携帯電話機9
化粧品類 プロパンガス 他の内職・副業 自動車 商品一般10
婦人洋服 ふとん類 菓子類 新聞 損害保険11
医療サービス 健康食品 エステティック 移動電話サービス プロバイダ12
戸建住宅 アクセサリー 飲料 ふとん類 新築工事13
菓子類 生命保険 募金 アクセサリー パソコン23 国民生活センター『消費生活年報 2004』(2004)、p.8.において、架空請求を発信する業者は、犯罪者 といってよいと言及されている。
15
14
家具類 商品一般 自動車 分譲マンション 医療サービス15
調理食品 医療サービス 修理サービス 化粧品類 エステティック「安全・品質」は「安全・衛生」と「品質・機能・役務品質」のいずれかが問題となっている もの、「取引」は「契約・解約」と「販売方法」のいずれかが問題となっているものを指す。
表
2-2
から、相談の背後にある社会的状況について考察する。「安全・品質」に関する相 談は、クリーニングや自動車、賃貸アパート・マンション、修理サービス、携帯電話など をはじめとして、消費者に普及している商品・サービスである。これらの商品・役務の安 全と品質が確保されないならば、消費者は安心して暮らすことができないともいえる。そ のため、安全や品質に関する相談は、消費者個人への影響のみならず、社会的影響が強い 相談であることがいえる。「表示・広告」においては、菓子類や飲料などの日常品があがっている。欺瞞的な表示 がなされると、消費者は適切な判断ができなくなる可能性が高い24。そのため、表示や広告 に関する相談も社会的影響の強い相談であるといえるだろう。表示については、景品表示 法等の規制が存在し、また、健康食品や化粧品、エステティックサービスなどの表示は薬 事法も適用されるため、規制当局による行政処分も想定される。
そして、「接客対応」について考察すると、賃貸アパート・マンション、生命保険、損害 保険、自動車、移動電話サービス、プロバイダ、エステティックサービスなどは、消費者 と事業者の継続的反復的取引関係があると思われる。このような場合は、契約関係を続け つつ紛争解決に取り組むことや、相談終了後も関係が継続することも想定される25。
以上のように消費者相談の内容について、相談された商品・役務と
PIO-NET
で付与され たキーワード、相談内容別分類を基に考察した。その結果、ここでは、消費者相談の内容 は、①犯罪性が強い相談、②法に基づく規制当局による行政処分につながる可能性のある 相談、③消費者の経済的回復の必要性がある相談、④消費者にとって理解しにくい契約に 関する相談、⑤消費者と事業者の関係性に関する相談、⑥継続的反復的取引関係がある相 談、⑦社会的影響が強い相談があり、これらは単独の相談ではなく、複合的な内容として 存在すると考える。3. 当事者の特性と消費者紛争の要素
これまで検討した消費者相談の内容は、消費者紛争が生じる前段階も消費者紛争が生じ
24 正田彬『消費者の権利 新版』岩波新書(2010)、pp.70-90.において、消費者がその商品・サービスにつ いて正確に認識するのは不可能であるため、消費者には事業者に対して、商品・サービスについて正確に 表示させる権利が必要となると指摘されている。そして、特に、消費者の安全を確保するための表示の重 要性が示唆されている。
25 北川善太郎『消費者法のシステム』岩波書店(1980)、p.293.において、消費者紛争の特色について、継 続的反復的取引がビジネスの世界では原則であり、その関係の前提・基礎となり、その存続(または消滅)
を規定する諸要因が紛争の問題を検討し、適切な解決の途を探る上で無視しえない役割を果たしていると 指摘されている。
16
ている段階も含んだものである。相談員の役割は、消費者紛争が生じた場合に、いかに当 事者を支援するかということが重要となってくるため、消費者紛争について明らかにする ことも必要である。ここでは、まず、消費者紛争の当事者である消費者と事業者の特性に ついて検討する。
(1)
当事者の特性① 消費者の特性
私法の領域では、消費者の情報力不足や交渉力不足という事業者と消費者の非対称性か ら、消費者の自由の阻害、商品・契約の不完全・不公正、回収困難な消費者被害が生じる と考えられている26。このような消費者と事業者の力の格差の存在は、消費者基本法に明記 され、消費者契約法や特定商取引法、割賦販売法などの消費者法の前提となっている。
消費者と事業者の力の格差が生じる背景は、民法の研究において多くの論者によって語 られている。情報については、商品・サービスの発展に伴い、消費者の持つ情報が常に陳 腐化していることや、消費者は当該商品やサービスの専門家ではないことなど(加賀山、
1994)
27から、情報が事業者の側に偏在している状況にあることが指摘される(大村、2003)
28。そして、交渉力についても消費者は弱者の地位にあると考えられている。それは、事業 者は販売方法について専門的技能を持ち、相手事業者によってあらかじめ定められている 契約内容に沿って事業者側の勧誘がなされるため、消費者が年齢や知識、社会的経験にお いて事業者より優れているとしても、事業者の申出を吟味する必要な時間と比較検討する 上で必要な情報を与えられていない(長尾、1992)からである29。
さらに、消費者は、射幸心や虚栄心や非科学性などに起因する心理的な弱点を持ってお り30、宣伝広告やセールス技術などの外部的な影響を受けやすい(大村、2003)31。また、消 費者は「生身の人間」であるために、生命や健康侵害、生活環境侵害への危険性があると いえ、人格権や人格的利益を侵害されることがある32。また、経済的な損失であっても、消 費者の生活に与える影響は深刻である33。
以上のような状況により、消費者は保護される存在にあると考えられている。それ故、
26 大村敦志『消費者・家族と法』東京大学出版会(1999)、pp.12-28.を参照。
27 加賀山茂「わが国の消費者保護の実態と問題点」森泉章・池田真朗『消費者保護の法律問題』勁草書房 (1994)、p.45.に消費者保護の必要性として消費者の特性があげられている。
28 大村敦志『消費者法』有斐閣(1998)、p.20を参照。
29 長尾知助『消費者私法の原理―民法と消費者契約―』有斐閣(1992)、pp.74-76.に、事業者の相手方の弱 者性として消費者の特性が指摘されている。
30 第一次国民生活向上対策審議会答申では、以上の3つの理由により、消費者保護が必要であると記載さ れている。
31 大村(1998)、p.20.を参照。
32 吉田克己「市場秩序と民法・消費者法」現代消費者法 No.1 民事法研究会(2008)、pp.76-78.において、
消費者法における人間像として、市場秩序において保護される消費者と市場秩序を守る消費者について言 及されている。そこでは、消費者は「弱者」であるわけではなく、「生身の人間」であるから保護されるの であると指摘されている。
33 日本弁護士連合会『消費者法講義』日本評論社(2004)、pp.18-19.には、消費者の特性として、①供給者 と消費者の格差、②消費者の弱さ、③消費者の負担転嫁能力の欠如の三点が指摘されている。
17
消費者は、公正な第三者の介入により、被害の救済を受けるべき存在であるといえるので ある。
しかしながら、最近の論考では、消費者は保護される存在のみではないという見解もあ る。一つには、消費者は弱者であるばかりではないという見解である。この見解では、消 費者には、賢く合理的判断のできる消費者像と、弱く合理的な判断ができない消費者像が ある(中田、2009)と捉えられる34。また、事業者と消費者間の情報格差に付け込んだ攻撃的 な勧誘によってもたらされる心理的な影響から、賢く合理的な消費者も消費者紛争を抱え る(村本、2009)35ことが少なくないことも考えられる。
他の見方は、消費者を取り巻く状況から消費者の特性を捉え、消費者が「相手事業者よ り弱い」から「保護」するのではなく、「自己決定が阻害される」ため「自己決定可能とす るような条件整備」をすべきである(谷本、2000)36という見解である。消費者と事業者の情 報格差のもとで自己決定の基盤を奪われているという現状を克服し、支援を得て自己決定 の主体になろうとする消費者は、「自律のために支援を要請する個人」である(吉田、
1999)
37 と考えることができるのである。このような特質をもつ消費者は、紛争の解決にあたって も、主体的に解決することを望み、そうできる支援を期待しているのではないだろうか。こうした視点は、司法制度改革推進部事務局
ADR
検討会(2002年4
月15
日)のヒアリン グにおいても、消費者側の意見として表明されている38。以上のように、消費者相談機関に 自分の問題の解決を全面的に委ねたいと思う消費者ばかりではなく、自分で解決したい、自分の納得いく解決を目指したい39という消費者も存在すると考えられる。ここに、自律へ の支援を求める消費者像があると思われる。
また、社会の変化により、継続性を重視する新たな契約類型が増加(内田、2001)40してい る。その結果、債務不履行や不当勧誘があったからといって、契約を解消するわけにはい かず、なるべく契約関係を維持しながら、紛争解決を図ることを望む場合も増えていると 考えられる。このような継続的関係を重視した契約は、当事者の信頼が基礎にあることも
34 中田邦広「契約の内容・履行過程と消費者法」現代消費者法 No.4 (2009)、pp.26-27.は、消費者像の 二極化を指摘する。
35 村本武志「実務から見た民法改正と消費者法」現代消費者法 No.4 民事法研究会(2009)、pp.38-45.で は、事業者の不当な勧誘の中で、消費者が合理的に注意を払う行動が取れないことも多いことを指摘し、
不招請勧誘の禁止や、クーリング・オフ制度の拡大を提言している。
36 谷本圭子「民法上の『人』と『消費者』」磯村保・今西康人・右近健男・大島俊之・田中克志・西村峯裕・
湯浅道男『民法学の課題と展望』(2000)、pp.73-92.では、保護される存在としての消費者に対して批判的 見解が述べられている。
37 吉田克己「民法学における『人間像』の転機―総論・近代から現代へ」法セミ529号(1999)、pp.34-51.
を参照。
38 司法制度改革推進本部事務局「ADR検討会 第3回議事録」(2002)、pp.20-23.において、全国消費者 団体連絡会の田中圭子により、消費者問題の拡大や意見の多角化の中で、消費者が主体的に解決すること へのニーズがあることが示唆されている。
39 吉田勇「日本社会に対話促進型調停を定着させる二つの試み(一)」熊本法学116号(2009a)、p.174.では、
対話促進型調停が納得のいく解決に適合的な手続であるといえ、社会的条件の一つとして、市民社会の成 熟化に伴い、紛争当事者には自分で解決したい、自分の納得いく解決を目指したいという思いが強まって いることが指摘されている。
40 内田貴『契約の時代 日本社会と契約法』岩波書店(2001)、pp.22-24.を参照。