以上、現在のイギリスにおける消費者相談機関の機能と、消費者支援について検討して きた。そこから、日本における消費者相談について示唆となり得ると考えられることにつ いて検討する。
(1) 相談員の対応
消費者紛争では、消費者は商品やサービスの専門的知識や法的知識が不十分であること も考えられる。その結果、消費者にとっては、紛争解決プロセスで発言の機会を確保され るだけでは合理的な判断をすることが容易ではないという状況も生じる。そのため、消費 者が提示された合意案を判断するためには、明確で理解しやすい形で専門的な助言を与え られることも重要なのである(EC委員会勧告、2001)190。
例えば、レスター取引基準局では、調停(mediation)の前に必ず、当事者に法的権利を助 言していることが、当事者にとっては、自らの要求の正当性を知る手がかりとなり、不当 な要求を抑圧することにもなると思われる。また、オンブズマンの利用者調査によっても、
187 http://www.carpetfoundation.com/oft-code-of-practice/the-code
188 http://www.motorcodes.co.uk/images/stories/documents/new_car_code.pdf
189 ISO10003の公正性のガイドラインにも当事者の参加の機会が確保されることが示されている。
190 Commission Recommendation of April 2001 on the principles for out-of-court bodies involved in the consensual resolution of consumer disputes(2001/310/EC)(17)を参照。
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Oteloに対する「知識」に関する高い満足度は、消費者が相談機関に自分の問題を考えるた
めの情報提供を期待していることがわかる。つまり、相談員には紛争領域に関する専門知 が必要であると考えられる。
しかし、単に消費者への情報提供だけが充足されればいいというものではない191。2章で 述べたように、現代社会では、消費者や事業者の特性は多様化し、消費者紛争の要素も多 様化している。そのため、カウンセリング的な対応を通じて、紛争認識の形成・変容、交 渉支援、周囲との関係性の回復・改善を図ることも必要であると考えられる192。相談者は、
相談過程を通じて、「自己意識の明確化と自己の能動感」が出現し、自分の考えに気づき、
自分の気持ちが言葉で言えるようになり、自分の納得いく考えが出てくるのである193。レ スター取引基準局が行った調停(mediation)の合意のほとんどが守られているのは、当事者 自身が解決方法を決定したからであるということは、相談者が自らの考えに気づき、妥当 な解決内容を当事者自身が考えた場合の、実効性の高さも示している。
このように消費者をエンパワーするためには、相談員は相談者との対話を通じて、相談 者の問題を受容し、共感することが大切である。Oteloに対して「自分の問題への理解」や
「自分の問題の取り扱い」に対する高い満足度は、相談員が相談者の話を傾聴し、対話を すすめていることを示していると思われる。
(2) 相談員に対するトレーニング
相談員が消費者を支援する対話を実現するには、相談員に対する相談技法トレーニング が必要であると考える。イギリスにおいて、BIOA が技法トレーニングの重要性を指摘し、
CABや取引基準局会では、相談員へのトレーニングが提供されている。また、オンブズマ ンでは、相談員への助言やトレーニングがオンブズマンによって実践されている。一方、
日本では、国民生活センターが行う消費生活相談員研修194は、現在のところ、経済・法律・
商品知識に関するものが多く、対話技法に関するトレーニングはほとんどなされてない。
このことから、日本においては、相談員には情報提供能力が重視されていると言えるのか もしれない。しかしながら、相談者をエンパワーするための相談技法に関するトレーニン グも、研修の一つとして相談員に提供されることが望まれる。
また、対話を通じて、紛争当事者をエンパワーするということで相談機関の質を評価す
191 菅美千世「地方消費者行政の活性化と消費生活相談員の資質向上を」消費者法ニュース 77(2008) 、p.8.
では、消費生活相談員も容易に情報を入手できる環境が整ってきたことを背景に、相談員が法律を振り回 し、上辺だけの相談処理をするようになり、相談者の気持ちに添った相談員ならではの処理とかけ離れて しまうことが懸念されている。
192 仲裁ADR法学会シンポジウム(2007年7月14日)「消費者紛争ADRの現状と展望」仲裁とADR第3 号(2008) 、p.115.で、山田文が、消費者紛争ADRの理論的課題の中で、業界型ADRの強化とカウンセリ ング的な対応の2つをあげている。
193 大澤恒夫『法的対話論』信山社(2004) 、p.158. において、このような相談を通じて、来談者の萎縮し ていた気持ちや過剰になっていた感情などが自律への力に変化し、問題の解決または克服のための次のス テップへの架け橋になるであろうと指摘されている。
194 毎年、国民生活センターが出している「消費生活年報」に、教育研修事業についての報告があるが、研 修内容の詳細な内容までは、公表されていない。
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るのであれば、解決率よりも、手続過程に対する利用者の満足度や公正さへの評価など、
きめ細かな評価基準を設けることが必要とされる195。日本では、自動車製造物責任相談セ ンターが、2005 年度以降毎年、利用者調査を行っている。2007 年度の調査196では、セン ターが役立ったことは、「技術的知識」58.4%、「法律知識」62.4%、「今後の交渉の進め方」
69.3%、「相手に要求できることの見当」65.9%、「話を聞いてもらってすっきりした」70.5%、
「相手に話を伝えてくれた」(話を伝えたケースのみの回答)50%という回答があった。そ して、センターの対応には 67.7%が満足したと回答されていた。このように利用者調査を 行って相談機関の質の評価を図る動きもあるが、消費生活センター等や国民生活センター の報告書では、現在のところ、利用者調査はほとんどなく、件数分析や事例のみとなって いる。利用者調査を取り入れ、現場にフィードバックしていくことも、消費者をエンパワ ーするという相談機関の質を保証するためには必要なことであろう。
(3) 消費者紛争の解決支援に求められる公正さ
消費者が相談機関を公正だと考えることは、その相談機関を利用するインセティブにな ると思われる。特に、あっせん・調停(mediation)においては、当事者が相談員の対応が公 正であると感じることが、当事者の納得のいく解決には必要であると考える。そのため、
日本においてもADR手続の公正さが重視されているが、結果の公正性についての外部評価 を採用するなど、結果への関心に焦点を当てる「分配的公正」が注目される傾向がある197。 しかしながら、消費者がADR手続が公正であると認識するためには、結果の公正さだけで なく当事者の満足感を高めるための公正さについても配慮することが重要となる198。 当事者の満足感を高める公正さとはいかなるものかを考えるには、社会心理学分野にお ける主観的公正感に関する研究199によって、結果が決定される過程の公正さであると知覚
195 和田仁孝「現代における紛争処理ニーズの特質とADRの機能理念―キュアモデルからケアもモデルへ
―」早川吉尚・山田文・濱野亮『ADRの基本的視座』不磨書房(2004)、pp.185-186.において、合意の成立 率、解決率が重視されることによって、ADR担当者に合意獲得へ向けた圧力を組織体として及ぼすことに なり、場合によっては、担当者による合意誘導、当事者の自律的対処の軽視といった傾向を生み出すリス クがあると警告されている。
196 自動車製造物責任相談センター「活動状況報告書」(2008.6)満足度調査は、2007年10月~11月と 2008年1月~2月に郵送調査を行い、データ数256名であった。
197 山本・山田(2008)、p.213.において、ADR手続結果の妥当性・公正性についての外部評価の試みが紹 介されている。また、p.214.において、相談担当者の中立性・独立性を維持するために、相談担当者の出 向先を相談者に開示すること、相談・助言内容を記録化することなどの対策が挙げられている。
198 手続的公正は、ISO(国際標準化機構)によるADR規格ISO10003:2007(E) “Quality
management-Customer satisfaction-Guidelines for dispute resolution external to organizations”におい ても必要とされている。
199 トム・R・タイラー/ロバート・J・ボエックマン/フェザー・J・スミス/ユェン・J・ホー著 大渕 憲一・菅原郁夫訳『多元社会における正義と公正』ブレーン出版(2000)、pp.51-157.において、感情と態度 に対する公正・不公正判断の影響を検討してきた3つの研究群が考察されている。また、村上史朗「公正 感と社会的規範」山本顕治編『紛争と対話』法律文化社(2007)、pp.54-73.においても主観的公正感に関す る議論が以下のように分析されている。主観的公正感には、分配的公正、手続的公正、報復的公正という 3つのアプローチがある。「分配的公正」とは、貢献度と報酬とのバランスを考慮した衡平理論(Adams,
1965)によるものであり、両当事者の結果への関心が重視される。「手続的公正」とは、結果が決定される
過程についての公正さを意味している(Thibaut & Walker, 1975、Leventhal, 1980、Tyler & Lind, 1992)。
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された「手続的公正」が紛争解決プロセスに対する当事者の満足に寄与するという見解200が 有益であると考える。タイラー(1996)は、紛争の解決についての合意は、紛争解決の過程で 生じる話し合いの中から生まれるという見解を提示し、紛争中、相手の見解との必要性に ついて話し合い、考慮したことを通じて、ある特定の解決が公正だと、両当事者の態度が 共通の感情に収束すると述べる201。そして、実証研究により、人々が意思決定過程の公正 さを評価することを指摘し202、人々の満足には「手続的公正さ」の影響が大きいことを示 唆し、人々は発言権を伴う手続をより公正であると判断する203と指摘している。
CCAS において当事者の参加の機会を確保する行動基準が多いことは、消費者紛争の解 決支援には、消費者が発言する機会を確保されることが重要であることを示唆していると 考えられる。ただ、消費者紛争の特質を考慮すれば、単に消費者の発言の機会を増やすだ けではなく、消費者が手続実施者や専門家から助言を得られるという制度も必要である。
そのため、相談員は、商品やサービスの専門的知識や事業者の状況を消費者に助言しつつ、
消費者の発言の機会を確保し消費者を尊重するプロセスが公平性を高めることにつながる と思われる。
このような相談員の行動基準を確立することは、相談機関を利用しようとする消費者に も相手事業者にとっても、紛争解決の支援となることだと思われる。さらに、行動基準を 策定する際や更新・運用する際に、消費者行政担当機関や消費者団体などと協働すれば、
消費者の視点が反映されることにつながる。こうして構築された行動基準は、消費者団体 や消費者行政担当機関などの利害関係者からも支持される明確な行動基準となり、それが 示されることにより、手続に関する当事者の理解を深め、当事者に信頼ある手続であると 認知されるであろう。
(4) 相談機関の連携
消費者は、事業者と交渉する前や自主交渉中に、行政機関のコンシューマーダイレクト や取引基準局、民間機関のCABや消費者団体Which?に相談することができる。また、CAB は、各地に設置されているCABのみならず、街中やコミュニティ・センター、病院などで 面談相談を実施し、消費者が相談しやすい状況を作ることに貢献している。
消費者がコンシューマーダイレクトから得た情報を活用しても解決に結びつかない場合
「報復的公正」とは、規則違反に対して制裁が必要か、またどの程度厳しい制裁が適切かを問題とする概 念である(Boeckmann & Tyler, 1996)。報復的行為によって逸脱行為を否定し、集団の価値観や秩序を回復 すると解釈できる。
200 在景子、大渕憲一、今在慶一郎「第三者介入による消費者問題の解決:手続き的公正に関する実証研 究」社会心理学研究 第 19 号第 2 号(2003)、日本社会心理学会、pp.144-152.において、消費者相談の実 証研究の報告がなされている。そこでは、相談者は、相談員の丁寧さにより地位の尊重を、自分の発言量 の多さによりコントロール感を強く知覚し、介入手続きが公正であったと評定した結果、満足感が促進さ れると指摘されている。
201 タイラー/ボエックマン/スミス/ホー著 大渕・菅原訳(2000)、pp.89-122.を参照
202 トム・R・タイラー「紛争解決に関する心理学的展望」棚瀬孝雄編著『紛争処理と合意』ミネル・ヴァ 書房(1996)、pp.245-257.を参照。
203 タイラー/ボエックマン/スミス/ホー著 大渕・菅原訳(2000)、p.116.参照。