イギリスにおける消費者相談機関には、公的機関と民間機関がある。民間機関の発展に はADR手続の利用が、訴訟に要する高額な弁護士費用の問題や訴訟遅延の問題、民事訴訟 の複雑さなどから政策的に推奨されたという背景がある150。また、紛争によって亀裂の生 じた人間関係が訴訟を通じてますます険悪なものになる傾向があったという事情からも
147 貿易産業省(Department of Trade and Industry )は、DTI: “A FAIR DEAL FOR ALL Extending Competitive Markets; Empowered Consumers, Successful Business” (2005) ,pp.13-15.において、消 費者は権利と義務を理解すること、不当な要求をする消費者は保護すべきではなく消費者の自己責任が重 視されることから、消費者をエンパワーすることは、情報提供であり、消費者相談機関が重要な役割を果 たすと指摘している。
148 OFT: “Consumer detriment” (2008a) これは、公正取引庁が2007年11月~2008年1月に16歳以上 の1万人に訪問調査を実施した報告書である。
149 OFT(2008a), pp.40-44.を参照。
150 ウルフ卿による民事制度改革のもとで、ADR手続の利用が奨励された。1999年4月26日に施行され た民事訴訟規則(Civil Procedure Rules 1998)には、ADR手続を奨励する裁判所の義務が規定され、司法へ のアクセス法(Access to Justice Act 1999)によってA DR機関の行う調停に対して法律扶助が適用される ことになった。
48 ADR手続の利用が奨励された151。
さらに、EU において、1998年3月に消費者紛争解決のためのADR手続に関する勧告 が出され、2002年4月19日にはグリーンペーパー「消費者紛争におけるADR」、2004年 10月22日には、消費者問題における調停(mediation)に関するEU指令が出されるなど、
消費者紛争の解決を支援するADR手続が促進された152。ここでは、こうして発展してきた イギリスの消費者相談について検討する。
(1) 公的機関
① コンシューマーダイレクト(Consumer Direct)
コンシューマーダイレクト153は、イギリス全土の消費者に対して、問題を自分で解決で きるような知識や道具や自信を与えることを目的154として公正取引庁が資金を出して、
2004年に設置された公的機関である。ここでは、電話や電子メール、ウェッブサイト等に よって、契約前の注意点、消費者の権利、苦情の申し出及び他の相談機関に関する情報提 供を行っている。消費者から受けた相談は、原則 2 営業日以内に回答し、その回答に消費 者が満足しない場合はオンブズマン等のADR機関を紹介している。事業者とのあっせんや 調停などはしていない。ウェッブサイトでは、10 種類の苦情申出文書が提供されており、
消費者は、日付、事業者名、自分の名前と連絡先、苦情内容、請求金額などを指定の場所 に書くだけで文書を作成できる155。
② 取引基準局(Trading Standards of Departments)
取引基準局は、表示や価格、計量、消費者取引、商品の安全に関する公的機関である。
多くの取引基準局では、消費者と事業者に対して無料で相談を行い156、第三者としての介 入を実践している。
ケンブリッジ州取引基準局の例をとりあげると、取引基準局は、消費者と事業者の双方 への公平な助言、行動への示唆、市民裁判手続に関する助言、刑事法違反があると考えら れる場合の調査ができる157。ウェッブサイトには、消費者に対しては、「消費者が、事業者 との苦情について満足できる結論を追及できるように広範な問題について助言する」158と
151 長谷部由起子「民間型ADRの可能性」早川吉尚・山田文・濱野亮編『ADRの基本的視座』不磨書房
(2004)、pp.138-143.を参照。
152 COMMISION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES GREEN PAPER
“On alternative dispute resolution in civil and commercial law” (2002) , pp.17-18.を参照。EUでは、
金融サービスに関する問題を扱う37のADRのネットワーク”FIN-NET”が2001年2月に開設された。EU とアイスランドとノルウェーの消費者紛争を裁判外で解決する400団体が”EEJ-NET”で組織されている。
153 http://www.consumerdirect.gov.uk/
154 DTI: “Reducing Administrative Burdens the Consumer and Trading Standards Agency Consultation” (5 July 2005), p.13.を参照。
155 http://www.consumerdirect.gov.uk/after_you_buy/making-complaint/template-letters/
156 Doyle, Margaret., Ritters , Katrina. & Brooker, Steve: “Seeking resolution –the availability and usage of consumer-to-business alternative dispute resolution in the United Kingdom” DTI(2004),pp.8.
157 http://www.cambridgeshire.gov.uk/business/trading/about/whatwedo.htmを参照。
158 http://www.cambridgeshire.gov.uk/community/consumer/info/default.htmを参照。
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書かれており、消費者が問題解決に主体的に取り組めるよう支援することが明言されてい る。事業者に対しては、「事業者と消費者の問題の未然防止を支援するために、消費者契約 において事業者に及ぼすイギリス法とEU法に関する助言をする」159、「消費者紛争が生じ た場合、情報の欠落によって生じた取引エラーを削減する目的で、事業者に対する情報提 供と研修を提供する」160と、地元事業者が消費者法などを理解するための支援をしている。
介入のひとつの形態として、地元事業者と消費者の紛争解決支援のために、無料の独立 した調停(mediation)を実践している取引基準局もある161。DTIの報告書には、レスター 取引基準局(Leicester Country Council Trading Standards)が実践する調停(mediation) について以下のように紹介されている162。
レスター取引基準局では、法律扶助委員会(the Legal Service Commission)から資 金を得て、レスター州の消費者と中小規模の地元事業者を対象に、2002年 10月に調停
(mediation)を開始した。利用料金は無料。ADR手続主宰者は、調停(mediation)の前に、
当事者に法的権利について助言する。
合意内容は、金銭賠償以外に、債務の完全履行、取引関係の合意、修理、事業者の謝 罪、代替品との交換、キャンセル、説明がある。合意内容は拘束され、裁判で強制執行 もできるが、2003年上半期では、92%の合意が守られている。それは、当事者自身が解 決方法を決定したからである。当事者への調査では、95%が満足し、今後も利用したい と回答していた。
さらに、取引基準局を支援し、消費者をエンパワーする目的で、取引基準会(Trading Standards Institute)が公的に設置されている。この機関は、取引基準局やコンシューマ ーダイレクトの相談員・事業者の消費者対応スタッフとして働く専門家としての資格を付 与し、資格取得者に必要な技法や知識の研修も行っている。資格試験の領域は、消費者保 護、契約法、リーガルシステム、アドバイス・解決・救済、農業、動物の健康と福祉、消 費者信用、公正取引(市民法・刑事法)、食品基準、知的財産、法律学、金銭アドバイス及 び製品の安全がある。研修内容は消費者法や消費者の権利などが多いが、助言や調停
(mediation)に関する研修もある163。
159 http://www.cambridgeshire.gov.uk/business/trading/services/default.htmを参照。
160 http://www.cambridgeshire.gov.uk/business/trading/services/disputes.htm参照。
161 2008年7月4日にOFTが公表したLAATSNのbest practiceでも、Carmarthenshire County Council とBedfordshire County Councilに、調停(mediation)がある。
162 Doyle, Ritters , & Brooker, (2004), pp.67-68.を参照。2003年上半期には40件の調停(mediation)が行 われ、12件で合意が成立した。
163 Fair trading (civil) training courses の一つであるIntroduction to Trading Standards, Civil Advice
Courseという5時間のプログラムの中に、消費者相談員の機能やスキルや相談機関の役割や救済方法など
が含まれている。また、4日間のメディエーションの研修もある。
http://www.tsi.org.uk/training/subjectlist.asp
50 (2) 民間機関
消費者相談を実践している民間機関には、消費者紛争に限定されない生活全体の問題を 扱う民間機関として市民助言局(CAB)がある。そして、主に消費者紛争を扱う消費者団体や 業界型ADR機関、オンブズマンがある。
① 市民助言局(Citizens Advice Bureaux 以下CABと示す)
CABは、独立した機関であり、ビジネス・イノベーション・職業技能省(Department for Business, Innovation and Skills)や 公 正 取 引 庁 及 び 法 律 扶 助 委 員 会(Legal Services
Commission)などの政府や公的団体、企業などから資金提供を受けている164。
相談は、公的給付金や借金及び消費者相談などを中心に労働問題や法的問題や差別に関 する助言を面談、電話、メールを通じて、無料で提供している。イングランド、ウェール ズ及び北アイルランドに416のCABがあり、街中やコミュニティ・センター、病院、裁判 所、警察などの3,500か所で面談相談を実践している。
相談員は、28,500人で、そのうちの21,500人がボランティアである165。田中(2004)によ れば、相談員育成トレーニングと相談員を管理するマネージャー用のトレーニングがある。
相談員育成トレーニングには、「質問」「要約」「繰り返し」「言い換え」「意味への応答」な どのアクティブリスニング、相談者が自分の状況を説明して問題点を探ることを支援して いく方法、相談者に問題解決に向かう情報を説明し相談者をより良い方向に向かわせる方 法などがある。さらに、交渉技法トレーニングがある166。また、イングランドとウェール ズでは、情報ネットワークを利用した相談員のための情報提供システムがある。CAB利用 者調査によれば、利用した相談者からの評価はよい167。
また、CAB は、公正取引庁が指定団体からの苦情を受領した後 90 日以内に理由をつけ た回答を提供しなければならないというスーパー・コンプレインツ(Super-complaints)168 を提出できる指定団体である。CABによって提出された「訪問販売」は、消費者の依頼に よって事業者が訪問した場合にもクーリング・オフが適用されるなどの法改正にも影響を 及ぼしている。
164 Citizens Advice: “Citizens Advice Annual report and account 2009/2010”(2010) ,p12.を参照。資金提 供企業には財団や銀行などがある。
165 Citizens Advice (2010),pp.3-4.
166 田中圭子「イギリスにおけるADR コミュニティ型メディエーションの現状と課題(下)~歴史、組 織体制、人材育成から見るわが国の民間型ADRへの示唆~」JCAジャーナル第51巻10号(2004)、pp.9-11.
を参照。
167 Citizens Advice: “Citizens Advice Impact report 2007/2008”(2008), p.14.によると、CABが行った利 用者満足調査では、238人のうち、80%以上が再度利用したいと答え、233人のうち、アドバイスを受け て満足したという回答が80%以上、全体の経験に満足したという回答も80%以上であった。
168 2002年の企業法(Enterprise Act 2002) において差止請求(Stop Now Orders)、スーパー・コンプレイ ンツ(Super-complaints)、消費者代理請求(Claims on Behalf of consumers)が導入された。市場について適 切な調査能力や権限のない消費者団体よりも、公正取引庁が主体となって適切な措置を講ずる方が、より 効果的な問題解決に資すると言われている。