虚血性心疾患患者における冠血行再建術後の 虚血改善と SYNTAX score と
予後の関係性について
日本大学大学院医学研究科博士課程 内科系循環器内科学専攻
中野 未紗
修了年 2019 年
指導教員 依田 俊一
目次
1. 概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 2. 緖言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 3. 研究目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 4. 研究方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・16 5. 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 6. 総合考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・22 7. 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 8. 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 9. 表・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29 10. 図・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・36 11. 図説・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 12. 引用文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・48 13. 研究業績・・・・・・・・・・・・・・・・・・53
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【目的】
虚血性心疾患患者に対して心筋血流 SPECT(single-photon emission computed tomography)における虚血指標と冠動脈造影(coronary angiography: CAG)による解剖 学的重症度を冠血行再建術前後で評価し、予後との関係性について検討すること。
【対象と方法】
2004年 10 月から 2015年 5 月の間に日本大学板橋病院にて、安静時201Tl-負荷 時 99mTc-tetrofosmin dual isotope 心筋血流 SPECT を施行し、5%以上の虚血を確認 後、CAG が施行され、American Heart Association (AHA)分類で冠動脈に 75%以上 の有意狭窄病変を有し、血行再建術後慢性期に心筋血流 SPECT と CAG を再検す ることが出来た 293 例を対象に1年以上の予後追跡調査を行った。除外基準は 20 歳未満の患者、肥大型・拡張型心筋症の患者、重症弁膜症の患者、重症心不全の患 者、冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting: CABG)の既往のある患者とし、
追跡期間中のエンドポイントは、心臓死、非致死的心筋梗塞、不安定狭心症と規定し た。
SPECT 血 流画 像 は 20 分 割 5 段 階 評 価に てス コアリ ングし 、summed stress score(SSS)、summed rest score(SRS)、summed difference score(SDS)を算出して虚血の 定量評価を行い、CAG画像からSynergy between Percutaneous Coronary Intervention with Taxus and Cardiac Surgery (SYNTAX) score を算出して解剖学的重症度評価を 行い、冠血行再建術後の虚血改善と SYNTAX score と心血管イベント発症との関係 性について検討を行った。
【結果】
追跡期間中に25例(8.9%)に心血管イベント発症を認め、内訳は心臓死が2例、非 致死的心筋梗塞が 3 例、不安定狭心症が 20 例であった。多変量解析の結果、冠血
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行再建術後のSYNTAX score (residual SYNTAX score) とSPECT画像における負荷 時と安静時の集積欠損点数の差 (ΔSDS%) が、独立した心血管イベント発症予測因 子として抽出された。ROC(receiver operating characteristic)解析により、心血管イベント 発症を予測するresidual SYNTAX scoreの至適 cut-off値は 12、ΔSDS%の至適 cut- off値は5%と算出された。Residual SYNTAX score 12とΔSDS% 5%による4区分で のカプランマイヤー解析の結果、residual SYNTAX scoreが12未満でΔSDS%が5%
以上改善した群は、residual SYNTAX scoreが12以上でΔSDS%が5%以上改善しな かった群と比較して有意に予後良好であった(p<0.0001)。
【結語】
虚血性心疾患患者の冠血行再建術後の心血管イベント発症予測において、心筋 血流SPECTよる虚血改善とresidual SYNTAX scoreを組み合わせた評価は有用であ った。
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2. 緒言
はじめに
2018年の世界保健機関(World Health Organization: WHO)の報告によると、世界 の死亡原因の第1位は虚血性心疾患であり[1]、また日本人の死因統計によれば、
動脈硬化性疾患(心血管系疾患及び脳血管障害)による死亡は、悪性腫瘍による死 亡と並んで大きな割合を占め、死因の約 30%に及んでいる[2]。高血圧症、脂質 異常症、糖尿病は心血管イベントを発症させる危険因子であることは広く知ら れているが、日本において戦後の食生活を含む生活習慣の欧米化により、これら の生活習慣病を有する患者総数は年々増加傾向である。さらに最近の研究によ り、これらの危険因子が重複するメタボリックシンドロームでは心血管イベン トの発症率がさらに増大することが指摘された。生活習慣の是正や喫煙率の低 下、新規薬剤の導入や虚血性心疾患に対する経皮的冠動脈形成術(percutaneous transluminal coronary angioplasty: PTCA)の技術革新により、虚血性心疾患による 心血管イベント発症率は改善を認めたものの、いまだに死亡総数は日本全体に おいて7万人を超えている[2]。心血管イベントは患者の生活の質(quality of life:
QOL)を低下させ、また社会的にも医療費や介護の面で国民の負担を増加させる。
心血管イベント発症の一次予防となる生活習慣の是正や、正確に疾病を診断し、
適切な治療を行うことに加え、疾病再発を防ぐための二次予防が重要な課題で ある。
冠循環について
心臓は1日に約10万回の収縮・拡張を繰り返しながら、約7000Lの血液を全 身に供給する。心筋に血液を灌流している血管を冠動脈といい、大動脈基部のバ ルサルバ洞から左右の冠動脈が起始し、左冠動脈は左冠動脈主幹部を経て左前 下 行 枝(left anterior descending coronary artery: LAD)と 回 旋 枝(left circumflex
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coronary artery: LCX)に分岐する。LADは前室間溝に沿って心尖部に向かい、左
心室の前壁、心室中隔及び心尖部の心筋を灌流する。LCX は左房室間溝に沿っ て左心室の後側壁方向に向かい、左心室の側壁、後壁の心筋を灌流する。右冠動 脈(right coronary artery: RCA)は右房室間溝を通り、左心室後側壁及び心尖部方向 に向かい、右心室全体、左心室の下壁及び心筋興奮刺激伝導系である洞結節や房 室結節を灌流する。
冠動脈は心外膜側を走行しながら直径1mm以下の小動脈となって直角に心筋 層内に入り、さらに小冠動脈、細冠動脈、毛細血管前細動脈、終末細動脈、毛細 血管へと移行する。正常な心臓には1mm2あたり約2000本以上の毛細血管が存 在しており、日常ではその 70%が機能している。動脈血液中の酸素濃度が低下 した場合に、普段機能していない毛細血管も機能し、虚血に対応する。毛細血管 から移行した小静脈は毛細血管細静脈を経て細静脈となり、大部分は冠静脈洞 を経て右房に還流する。
冠循環は、大量の血液供給(安静時約1mL/g/min)を必要とし、また他臓器と比 較して動静脈酸素分圧差が大きいことが知られている。しかしながら、他臓器 への分配血液量の低下を防ぐために心臓への血液供給は心拍出量の5%と必要 最小限に抑えられており、冠血流供給が制限されると心筋は容易に虚血に陥 る。また冠循環は脳循環と同様、多少の灌流圧の変動にかかわらず、冠血流量 を維持する自動調節能を有しており、安静時では冠動脈の狭窄度が80%以上に 進行した場合に冠血流量が低下し始める。
虚血性心疾患とは
虚血性心疾患は、狭心症や心筋梗塞などの心筋虚血を来す病型の総称であり、
心筋の酸素需要に対して、それに見合う酸素を供給できなくなった冠不全の状 態である。冠動脈硬化の進展は種々の動脈硬化危険因子(高血圧、糖尿病、脂質
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異常症、肥満、喫煙など)によって血管内皮障害が生じ、血中の低比重リポ蛋白 (low-density lipoprotein: LDL)が動脈壁に取り込まれ、活性酸素により酸化LDLに 変化することから始まる。酸化LDLを処理するために血液中のリンパ球や単球 などの炎症性細胞が内皮下に浸潤し、マクロファージへと変化して酸化LDLを 貪食し、泡沫細胞に変化すると、種々の炎症性サイトカインを産生する。これら により、さらなる炎症性細胞の集簇と泡沫化が促進され、また中膜平滑筋細胞の 内膜への遊走と増殖、およびコラーゲンやプロテオグリカンなどの細胞外マト リックスの増生が促進され、粥腫が形成される。粥腫の進展により冠動脈内腔の 狭小化をきたし心筋虚血を生じ、狭心症を発症する。粥腫が破綻すると、露出し た内膜膠原繊維を中心に血小板が粘着、凝集して血栓を形成し、冠動脈を閉塞し て心筋梗塞を発症する。狭心症は安定狭心症、不安定狭心症及び冠攣縮性狭心症 に分類される。胸部症状の誘因や頻度が数か月にわたり変化しないまたは軽快 する傾向にあるものを安定狭心症といい、発作の誘因が変化し、頻度が増すなど の増悪性変化を認めるものを不安定狭心症という。不安定狭心症は心筋梗塞へ の移行の可能性が高く、厳重な管理を要する。冠攣縮性狭心症は冠動脈の攣縮を 原因とする疾患であり、動脈硬化による器質的狭窄を原因とする安定狭心症、不 安定狭心症とは発症機序が異なる。また心筋梗塞のうち、発症から24時間以内 のものを急性心筋梗塞(acute myocardial Infarction; AMI)、24時間以上経過したも のを亜急性心筋梗塞(recent myocardial infarction; RMI)、1か月以上経過したもの を陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction; OMI)という。急性心筋梗塞と不安定 狭心症に心臓突然死を含めた急性心筋虚血を呈する症候群を急性冠症候群とし て一括され、発症から冠血流再開までの時間が患者予後に大きく影響するため、
的確な診断が重要である(図1 A、B)。
虚血性心疾患の診断
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虚血性心疾患では心筋虚血に伴い、労作時呼吸困難や胸部圧迫感・絞扼感など の胸部症状が出現する。しかしながら心筋が虚血に陥った直後から胸部症状が 出現するわけではない。心筋が灌流低下により虚血に陥るとまず虚血心筋部位 の壁運動異常がおこり、続いて心電図上の虚血性変化や不整脈が生じ、その後胸 部症状が自覚される(図2)。虚血性心疾患の非発作時には特異的な身体所見は乏 しく、心電図や心エコー上の壁運動異常、血液生化学検査での異常を認めること は少ない。そのため、負荷検査を行い、検査時に胸部症状発現の有無や心電図・
画像上の虚血性変化の有無を確認する必要がある。
虚血性心疾患の診断には血液検査、心電図、心臓超音波検査などの基本的な検 査の他に、心臓核医学検査、CTCA(computed tomographic coronary angiography)、 心臓MRI(magnetic resonance imaging)などの非侵襲的検査と、冠動脈造影(coronary
angiography: CAG)や左室造影などの侵襲的検査がある。一刻も早く治療を要す
る急性心筋梗塞や不安定狭心症である場合を除き、通常は非侵襲的検査から施 行を検討する。
非侵襲的検査
近年の画像診断の進歩によって循環器疾患の非侵襲的診断法の重要性は高ま り、多くの疾患や病態において画像診断法は大切な役割を果たしている。
虚血性心疾患の診断には心筋虚血所見を捉えることが必要であり、非侵襲的検 査としては運動負荷心電図や、冠動脈狭窄を証明するCTCA、虚血心筋を明らか にする心臓MRI、放射性同位元素を用いた心筋血流SPECT(single-photon emission computed tomography) などがある。
運動負荷心電図は運動負荷により心電図に虚血性変化が見られるか評価する 方法であり、心筋が虚血に陥るかを判定するものである。運動負荷の方法には、
トレッドミル法が汎用されており、被験者はトレッドミル上を走行し、予想最大
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心拍数(220-年齢)の85%となる目標心拍数到達をもって検査を終了する。心筋虚
血の診断は、負荷時の胸部症状出現の有無と心電図変化により判定する。感度、
特異度はそれぞれ約 70%、75%程度とされており[3]、虚血性心疾患の存在診断 のみならず、冠血行再建後のフォローアップや冠動脈疾患患者における非心臓 手術の術前検査、心臓リハビリテーションなどにも用いられる。
CTCAは経静脈的に造影剤を投与してCT撮像を行い、冠動脈の器質的狭窄を 判定する検査法である。冠動脈内に造影剤が還流して血管内腔を描出し、狭窄度 の評価のみならず、冠動脈壁のプラークの存在や性状を把握することができる。
撮像中の呼吸や心拍の変動は画質不良の原因となり、また冠動脈に高度石灰化 を有する患者では冠動脈狭窄の判定が困難となる場合がある。冠動脈狭窄の診 断精度は陰性的中率が97-99%と高く[4]、非典型的な胸痛や運動負荷心電図の結 果が不確定な場合などのスクリーニングとして多く利用される。狭窄度評価に はSociety of Cardiovascular Computed Tomography(SCCT)分類が広く用いられ、プ ラークの性状により非石灰化プラーク、混合型プラーク(非石灰化優位プラーク、
石灰化優位プラーク)、石灰化プラークの4群に分類し、狭窄度を正常・プラー クなし、25%未満の狭窄、25%以上 50%未満の狭窄、50%以上 70%未満の狭窄、
70%以上99%以下の狭窄、閉塞の6段階で評価する。
心臓MRIは磁場の中に存在する原子核に電磁波を充てると共鳴を起こす現象 (nuclear magnetic resonance)を利用して心臓や血管の断層画像を作る検査である。
磁気を利用しているため、ペースメーカなど体内に金属を有する患者には施行 できない。心疾患患者では冠動脈ステントが留置されていることが多いが、2007 年のAHA/ACC (American College of Cardiology)ガイドラインでは、薬剤溶出ステ ント(drug eluting stent: DES)に関しては留置直後から1.5テスラや3テスラのMRI 検査を実施しても安全性に問題ないとされている[5]。心臓MRIには様々な撮像 方法があり、シネMRIでは骨や空気の影響を受けず、任意方向の撮像断面にお
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ける心臓の空間解像度の高い動画像を撮像し、正確な収縮能や局所運動を把握 できる。造影剤を静注し、10分ほど経過してから撮像する遅延造影MRIでは心 筋梗塞患者における心筋バイアビリティを評価したり、無症候性心内膜下梗塞・
小 梗 塞 を 検 出 し た り す る こ と が で き る 。 冠 動 脈 MRA(magnetic resonance
angiography)では冠動脈狭窄を評価でき、その診断精度は CTCA に劣るものの、
放射線被曝を伴わない、造影剤の投与不要、冠動脈石灰化の影響を受けない、な どの利点がある。
心筋血流SPECTとは
心臓核医学検査は非侵襲的な生理的画像診断法であり、虚血性心疾患の診断、
重症度評価、治療方針の決定、リスク層別化および予後予測に豊富なエビデンス を有するモダリティである。心筋血流SPECTによる虚血評価はAHA/ACC/ASNC (American Society of Nuclear Cardiology)のガイドラインや日本の心臓核医学検査 ガイドラインにおいて高く推奨され、虚血診断のゴールデンスタンダードとし て広く用いられている[6-8]。
放射性同位元素(radioisotope: RI)を経静脈的に投与し、心筋細胞内に取り込ま れた RI の原子核より放出される放射線エネルギー(γ 線)をシンチカメラで検出 し、画像処理を行うことで心筋血流イメージを構築する。心筋SPECTでは心筋 特異性の高いRI製剤が使用され、心筋血流イメージングでは201Tlや99mTc、心 筋代謝イメージングでは 123I-BMIPP、心筋交感神経機能イメージングでは 123I- MIBGが選択される。これらのRI製剤を投与することで心筋血流や心機能、心 筋代謝を評価でき、他の非侵襲的検査と比較しても感度80-90%、特異度85-95%
と高い診断精度を有する[6-9]。心筋血流SPECTでは心筋虚血の診断だけでなく、
心筋のバイアビリティ評価や[10]、心電図同期による左室自動辺縁抽出プログラ ム(quantitative automated gated SPECT analysis: QGS)により収縮能や拡張能の評価
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も可能である[11]。また心筋血流SPECTでは心筋の灌流低下を判定できるため、
心機能変化や心電図変化、症状出現より以前に心筋血流の異常を最も早期に検 出できる[12]。
心筋血流SPECT製剤について
心筋血流イメージング製剤には、代表的なものとして 201Tl、99mTc-tetrofosmin があり、これらは高い心筋特異性を有し、心筋血流量(予備能)を反映し、また心 筋細胞膜の生理的反応により生存心筋内に取り込まれるため、冠血流予備能の 低下をもたらす動脈硬化性病変の有無と程度を評価できる。臨床的にはこれら2 剤の虚血診断精度は同等とされる[12]。
201Tl は水溶性の陽イオンであり、経静脈的に投与されたのち、心筋細胞膜の
Na-K ATPaseに依存した能動輸送により心筋細胞に取り込まれ、投与後 5-10 分
後に安静時像の撮像が可能となる。再分布現象を有するため、1回の静注で負荷 時像と安静時像の撮像が可能である。半減期は 72.9時間と長く、被ばく軽減の 観点から大量投与が困難(74-111MBq に制限)で、かつ低エネルギー核種(70-
80KeV)であることから吸収や散乱によるアーチファクトの影響を受けやすく、
画像解像度は低い。心筋負荷試験後3-4時間後に後期像・再分布像を撮像して心 筋虚血を評価したり、24 時間後に撮像して心筋バイアビリティを評価したりす ることが可能である。
99mTc-tetrofosmin は脂溶性の陽イオンであり、経静脈的に投与されたのち、拡
散により心筋細胞膜を通過し、心筋細胞内に取り込まれる。半減期は約 6 時間
であり、600-1110MBqの高用量投与が可能であり、明瞭な画像が得られるため、
心電図同期による左室機能解析に適している。再分布現象は認めないため、負荷 像と安静時像では個別に投与する必要があり、心筋バイアビリティの評価には 適さない。
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各製剤の放射線被ばく線量は、201Tlは1.7mGy/37MBq(5.1mGy/111MBq)、99mTc- tetrofosmin は 0.14mGy/37MBq(2.8mGy/740MBq)であり、本製剤を使用した検査 に伴う副作用(皮膚発赤、嘔気、血圧低下、気分不快等)の発生率は10万人に1.3
人(0.0013%)と報告されており、極めて安全性の高い検査といえる[13, 14]。
心筋血流SPECT負荷試験の方法
当院では安静時に 201Tl、負荷時に 99mTc-tetrofosmin を投与する 1 日法の dual isotopeプロトコールを採用している。(図3)
検査の前処置として、検査当日よりカフェイン摂取と各種血管拡張薬内服を 中止する。後述する薬剤負荷試験で使用するアデノシントリプトファンはカフ ェイン摂取により冠動脈拡張作用が阻害されてしまうことがあり、また血管拡 張薬内服下では薬剤負荷試験における安静・負荷時の血管拡張の差が十分に得 られないためである。検査当日は、投与した放射性医薬品が食事摂取により肝臓 や腸管に集積して画質が劣化するのを防ぐため、絶食で検査を開始する。
まず201Tl(111MBq)を経静脈的に投与して安静時撮像を行った後、心筋負荷試験
(運 動 負 荷 ・ 薬 剤 負 荷 ・ 併 用 負 荷)を 行 う 。 そ の 際 、 最 大 負 荷 時 に 99mTc- tetrofosmin(740MBq)を経静脈的に投与し、負荷終了後30分から60分後に負荷像 を撮像する。虚血性変化の検出感度は運動負荷試験と薬剤負荷試験において同 等であり、被験者の運動耐容能に合わせて最適な負荷方法を選択する。
Dual isotopeプロトコールは安静時に血流追従性が良く、再分布現象を有する
201Tlを使用し、負荷時に画像解像度が高く、心電図同期に適した高用量の99mTc-
tetrofosminを使用するため、他のプロトコールと比較してスループットが良く、
虚血の検出や心筋バイアビリティ評価に優れた方法であり、当院では2004年か ら同プロトコールを用いて検査を行っている[15-19]。
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撮像方法
当院では、低エネルギー高分解能コリメーター装備の3検出器型SPECT装置 (Canon Medical Systems Corp. GCA9300A)で撮像を行い、撮像データは64×64画 素の360 度連続収集により構築している。SPECT画像再構成法はフィルター逆 投影法(filtered back profection: FBP)で行い、前処理フィルターは butterworth filter(201Tl cut-off frequency 0.42 cycle/cm, 99mTc-tetrofosmin cut-off frequency 0.44 cycle/cm)、再構成フィルターはRamp filterを使用している。
読影方法
心筋血流SPECT画像は左室心筋全体を20セグメントに分割し[20]、それぞれ
の領域について心筋集積欠損の程度を集積濃度により視覚的に 5 段階で評価し ている。集積濃度が正常であれば0点、軽度低下は1点、中等度低下は2点、高 度低下は3点、欠損していれば4点として、5段階の重症度評価を行う[15]。安 静撮像時の集積欠損点数の総和はsummed rest score(SRS)、負荷撮像時の集積欠 損点数の総和は summed stress score(SSS)で表される。SRS と SSS の差である summed difference score(SDS)を算出し、これを心筋虚血量としている。SRS、SSS、 SDSはそれぞれ、20セグメントの最大スコアである80で除して、SRS%、SSS%、 SDS%に変換し、心筋虚血を定量評価することが可能である。当院での心筋血流
SPECT 画像による視覚的な心筋虚血のスコアリングは、2 名の読影医師で行っ
ており、両者の心筋虚血量(SDS)の判定はCohen’s Kappa係数0.92と高い一致性 を示している。左室心機能は16分割心電図同期撮像を行い、QGS ソフトウェア
® (Cedars-Sinai Medical Center, Los Angeles, CA, USA)を用いて解析し、負荷時と 安静時の左室容量、左室収縮能及び拡張能を自動算出し、左室壁運動異常の有無 を視覚的に評価している。
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冠血行再建術後の心血管イベントと心筋血流SPECTの虚血指標との関連 冠血行再建術後の虚血改善と心血管イベント発症との関係性については、米 国 に お け る COURAGE 試 験(Clinical Outcomes Utilizing Revascularization and Aggressive Drug Evaluation trial)[21] のサブ解析で検討された。治療前後で心筋血
流SPECTを行った後、心臓死、非致死的心筋梗塞、不安定狭心症の発症をエン
ドポイントとし 5 年間の予後追跡が行われ、治療前後で虚血改善量を表す ΔSDS% (治療後SDS%-治療前 SDS%) が5%以上改善を認めた群は非改善群と 比較して5年以内の予後が有意に良好であることが報告された[22]。日本人の虚 血性心疾患患者においては、当院の先行研究で後ろ向きに同様な検討を行い、治 療前後でΔSDS%が 5%以上改善を認めた群は非改善群と比較して 3年以内の予 後が有意に良好であることを報告した[16]。また我が国の多施設共同研究である Japanese Assessment of Cardiac Events and Survival Study (J-ACCESS)4研究では 前向きに同様な検討を行い、治療前後で ΔSDS%が 5%以上改善を認めた群は非 改善群と比較して3年以内の予後が有意に良好であることが報告された[23]。こ れらの報告から、予後改善には治療により ΔSDS%で 5%以上の改善が必要とな るため、治療前のSDS%が5%以上であることが、冠血行再建の適応としてふさ わしいと考えられた。
侵襲的検査
虚血性心疾患の侵襲的検査として、CAGが診断に用いられる。CAGでは大腿 動脈、上腕動脈、橈骨動脈などよりカテーテルを挿入し、大動脈を経てバルサル バ洞より起始している左右冠動脈に造影剤を注入してレントゲン透視画像によ り冠動脈狭窄を評価する。CAGでは冠動脈狭窄の部位や形態、病変長の視覚的 評価が可能であるが、冠動脈の器質的狭窄が機能的狭窄と必ずしも一致するわ けではない。
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冠動脈狭窄の評価とSYNTAX score
冠動脈病変の重症度は罹患病変枝数や部位により評価される。一般にLMT病 変や三枝病変のうち LAD 病変を含むものは重症度が高いことが知られており、
また同じ責任冠動脈であっても近位部病変ほど重症度が高い。慢性完全閉塞 (chronic total occulusion: CTO)病変の場合には隣接血管から十分な側副血行が供 給されているか否かが心筋障害度を左右する重要な因子となる。これらをふま え、冠動脈狭窄の形態による解剖学的重症度をスコア化したものに Synergy between Percutaneous Coronary Intervention with Taxus and Cardiac Surgery (SYNTAX) scoreがある。SYNTAX scoreはSYNTAX試験において、血行再建術 を必要とする虚血性心疾患患者に対し PCI と冠動脈バイパス術(coronary artery
bypass graft: CABG)のどちらが適しているかを検討するために開発され、PCIを
実施する立場から客観的に冠動脈病変の形態的重症度を評価したものである [24]。左右どちらの冠動脈が優位支配であるか、病変枝数及び病変数、CTO病変 であるか、分岐部病変であるか、大動脈からの分岐直後の病変であるか、病変は 屈曲しているか、病変長、石灰化の有無、血栓の有無、びまん性狭窄病変である かに着目し、冠動脈病変の重症度を定量化する。図4にSYNTAX scoreの具体的 な算出方法を示す。SYNTAX score による冠動脈病変の重症度判定は European Society of Cardiology(ESC) や European Association for Cardio-Thoracic
Surgery(EACTS)のガイドラインにおいて広く推奨されている[25]。
冠血行再建術前後のSYNTAX score評価と予後との関連
虚血性心疾患患者の治療戦略において冠血行再建術の有用性は確立しており、
すべての虚血枝に対する完全血行再建を目標とするが、PCIの技術が向上した今 日においても多枝冠動脈疾患を有する患者に対して完全血行再建を行うことは 困難である。不完全血行再建が予後に与える影響についてGenereux らは、冠血
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行再建術前の SYNTAX score (baseline SYNTAX score)及び冠血行再建術後の SYNTAX score (residual SYNTAX score)を 算 出 し 、 完 全 血 行 再 建 指 標 と な る residual SYNTAX scoreがPCI後 1年以内の短期予後予測に有用であると報告し た[26]。さらに Farooq らは、不完全血行再建となった患者の residual SYNTAX scoreを1以上4以下、5以上8以下、9以上の3分位に分け、心臓死、非致死的 心筋梗塞、脳卒中の発症および、すべての冠血行再建の施行を心血管イベント発 症の定義とした場合、residual SYNTAX scoreが9以上の患者群ではPCI後5年 以内の心血管イベント発症率が有意に高く、長期予後に強く関連することを報 告した[27]。
以上のようにresidual SYNTAX scoreと心筋血流SPECTにおけるΔSDS%は冠 血行再建術後の心血管イベント発症予測において重要な予後予測因子と考えら れるが、これらの組み合わせにより心血管イベント発症リスクを詳細に検討し た報告はない。このため我々は、日本人の虚血性心疾患患者における冠血行再建
術後の residual SYNTAX score とΔSDS%と心血管イベント発症との関係性に主
眼をおいた本研究を計画した。
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3. 研究目的
本研究は、心筋血流SPECTにて虚血を認める虚血性心疾患患者に対してPCI を施行し、治療後慢性期に心筋血流 SPECT とCAG を再検し、治療後の虚血改
善量と CAG における SYNTAX score と予後との関係性を検討するものである。
本研究は、日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査委員会の承認(2014.9.27 RK-140912-3)を得て行った。
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4. 研究方法
対象と方法
2004 年 10 月から 2015 年 3 月までに当院で、安静時 201Tl-負荷時 99mTc- tetrofosmin心電図同期心筋血流SPECT(1stSPECT)を施行し、5%以上の虚血を確認 後、冠動脈造影検査(1stCAG)が施行され、AHA 分類で冠動脈に 75%以上の有意 狭窄病変を有し、冠血行再建術(経皮的冠動脈バルーン拡張術、ベアメタルステ ント挿入術、薬剤溶出性ステント挿入術)が施行され、血行再建術後慢性期に心 筋血流SPECT(2ndSPECT)と冠動脈造影検査(2ndCAG)を再検することが出来た293 例を対象とし、1 年以上の予後追跡調査を行った。1stCAG の結果から baseline SYNTAX score, 2ndCAGの結果からresidual SYNTAX scoreをそれぞれ算出した(図 5)。
20 歳未満の患者、肥大型心筋症もしくは拡張型心筋症の既往のある患者、
NYHA III以上の重症心不全の患者、重症弁膜症を有する患者、1stSPECT で虚血
量が5%未満の患者、SYNTAX scoreの算出ができないCABGの既往のある患者 は対象から除外した。
予後の追跡は現在通院中の患者はカルテの記録を参照し、現在通院していな い患者には全例に日本大学医学部附属板橋病院 臨床研究審査委員会の承認を 得たアンケートを送付し調査を行った。293例中、追跡期間内に調査脱落した13 例を除いた280例(追跡率96%)を予後解析対象とし後ろ向きに解析を行った。
心筋血流SPECT画像の評価方法
SPECT血流画像は左室心筋全体を20分割し、各々のセグメントを0~4 点の
5 段階で視覚的にスコアリング評価を行い、SSS、SRS、SDS を算出した。各欠 損スコアは 20 セグメントの最大スコアである 80(4×20)で除して、SSS%、 SRS%、SDS%に変換し、1stSPECTと2ndSPECTのSDS%の差からΔSDS%を算出
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して虚血改善量を評価した。16分割心電図同期SPECT画像はQGS ソフトウェ ア®を用いて解析し、負荷時と安静時の左室拡張末期容積(left ventricular endo- diastolic volume: LVEDV)、左室収縮末期容積(left ventricular endo-systolic volume:
LVESV)、左室駆出率(left ventricular ejection fraction: LVEF)を自動算出した[15]。
SYNTAX scoreの算出
CAGはJudkins法に則って行い、AHA分類に基づいて冠動脈の形態を視覚的
に評価した。内径1.5mm以上で内腔に50%以上の狭窄度を有する個々の冠動脈 病変に対して、SYNTAX score calculatorを用いてスコアリングを行い、合計スコ アからSYNTAX scoreを算出した。(http://www.syntax score.com)
予後の追跡
全例、2ndCAG施行後1年以上、中央値(四分位範囲)で24.4(16.2-43.3)月の予後 追跡を行った。追跡期間中の心臓死、非致死的心筋梗塞、不安定狭心症を本研究 のエンドポイントと規定した。心臓死は心筋梗塞死、不整脈関連心臓死、心不全 死とし、非致死的心筋梗塞は心電図上のST上昇または心筋逸脱酵素の上昇を伴 うもの、不安定狭心症は24時間以内に発症し増悪する胸痛で緊急入院となった もので、心電図上の ST 上昇と心筋逸脱酵素の上昇を伴わないものと定義した。
2ndCAG 時の追加 PCI を含む予定された PCI は心血管イベント発症には含めず、
予後の追跡を継続した。予後の追跡調査において明確にエンドポイントと判断 できない場合は「非イベント群」とした。
統計学的解析
正規分布の連続変数は平均値と標準偏差で示し、非正規分布の場合は中央値 と四分位範囲で示した。連続変数の2群間の比較は独立t検定、カテゴリー変数
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の2群間の比較はχ2検定を用いて行った。SPECT血流画像から得られた虚血指 標、QGSソフトウェアにより得られた左室機能、SYNTAX score及びCTO病変 数の冠血行再建術前後の比較は Paired t 検定を用いて行った。単変量解析には Cox 比例ハザードモデル、多変量解析には Cox 比例ハザードモデル・ステップ ワイズ選択法を使用した。Receiver operating characteristic ( ROC )解析から算出し た心血管イベント発症予測におけるΔSDS%及び residual SYNTAX score の至適
cut-off値を用いて、カプランマイヤー解析を施行し生存時間分析を行った。至適
cut-off 値により 4 区分した冠動脈病変の特徴と核医学指標の多群間比較は
Analysis of variance(ANOVA)検定を用いて行った。すべての統計学的処理により
算出されたp値が 0.05 未満の場合を統計学的に有意であると判定した。すべて の統計は、MedCalc software Version 17.9.7(Mariakerke, Belgium)を用いて解析を行 った。
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5. 結果
患者背景
対象患者の受診時臨床診断は労作性狭心症(n=145)、心筋梗塞後狭心症(n=54)、 無症候性心筋虚血(n=94)であった。冠血行再建術の内訳は、経皮的冠動脈バルー ン拡張術が 4.3%、ベアメタルステント挿入術が 11.8%、薬剤溶出性ステント挿 入術が 83.9%であった。1stSPECT から 1stCAG までの期間の中央値(四分位範囲) は 0.8(0.4-1.4)月、1stCAG から冠血行再建術までの期間は 0.1(0.0-0.2)月、冠血行 再建術から2ndSPECTまでの期間は7.3(5.5-9.4)月、2ndSPECTから2ndCAGまでの 期間は 1.5(0.5-5.0)月、1stSPECT から 2ndSPECT までの期間は 8.9(7.2-12.4)月であ った。
予後解析対象例280例中、追跡期間内に 25例(8.9%)の心血管イベント発症を 認め、その内訳は心臓死が2例、非致死的心筋梗塞が3例、不安定狭心症が20 例であり、心血管イベント発症までの期間は中央値(四分位範囲)で14.1(6.3-26.5) 月であった。心血管イベント発症と非発症群の2群間での患者背景の比較を表1 に示す。心血管イベント発症群において、1枝病変患者は有意に少なく、冠血行 再建の既往を有する患者比率は有意に高値であった。心血管イベントを発症し た25例中、1stCAGで完全血行再建が行われた患者は13例であり、2ndCAGでPCI 施行部位のステント内再狭窄を認めた8例を含む16例に再冠血行再建が施行さ れた。2ndCAG で再冠血行再建を行った患者比率は心血管イベント非発症群と比 較して有意に高値であり、2ndCAGで完全血行再建が行われた患者は8例であっ た。一方、心血管イベント非発症の 255 例中、1stCAG で完全血行再建が行われ た患者は181例であり、2ndCAGでPCI施行部位のステント内再狭窄を認めた43 例を含む 90 例に再冠血行再建が施行され、2ndCAG で完全血行再建が行われた 患者は55例であった。
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冠血行再建術前後の冠動脈病変重症度の推移
心血管イベント発症群と非発症群における虚血指標と左室機能、SYNTAX
score 及び CTO 病変の冠血行再建術前後での推移を表 2 に示す。心血管イベン
ト発症群ではこれら全ての因子において冠血行再建前後で不変であったが、心 血管イベント非発症群では SRS%を除く全ての因子において冠血行再建術前後 で有意な改善を認めた。
心血管イベント発症予測因子
心血管イベント発症予測因子を単変量 Cox 比例ハザードモデルを用いて解析 した結果、冠血行再建術後の SDS%(p=0.0071)、ΔSDS%(p=0.0018)、冠血行再建 術 後 の 負 荷 時 左 室 駆 出 率(p=0.0179)、 冠 血 行 再 建 術 後 の CTO 病 変 の 有 無 (p=0.0004)、baseline SYNTAX score(p=0.0031)、residual SYNTAX score(p<0.0001)、 ΔSYNTAX score(p=0.0010)が心血管イベント発症予測因子として抽出された(表 3)。 以 上 か ら 多 変 量 Cox 比 例 ハ ザ ー ド モ デ ル を 用 い て 解 析 し た 結 果 、 ΔSDS%(p=0.0317)とresidual SYNTAX score(p<0.0001)が独立した心血管イベント 発症予測因子として抽出された。図 6 に多変量解析から得られた心血管イベン ト発症予測因子の組み合わせによる global χ2 値の変化を示す。心血管イベント 発症の予測精度を示す global χ2 値は臨床背景では 4.7、臨床背景+ ΔSDS%では 15.4、臨床背景+ΔSDS%+residual SYNTAX scoreでは32.2となり、積み重ねによ り予測精度が有意に向上することが示された(p<0.01)。
SYNTAX scoreとΔSDS%による心血管イベント発症予測
ROC解析から得られた、心血管イベント発症を予測するresidual SYNTAX score の至適cut-off値は12 (感度68%、特異度80%)であり(図7-A)、冠血行再建術後 の虚血改善量であるΔSDS%の至適cut-off値は5% (感度68%、特異度69%)であ
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った(図7-B)。
Residual SYNTAX scoreによる心血管イベント発症予測
ROC解析から算出したresidual SYNTAX scoreの至適cut-off値12で区分した カプランマイヤー解析の結果(図8)、residual SYNTAX scoreが12未満の群は12 以上の群に比較して有意に予後良好であることが示された(p < 0.0001)。
Residual SYNTAX scoreとΔSDS%による心血管イベント発症予測
Residual SYNTAX scoreとΔSDS%の至適cut-off値で患者を4群に分け、冠動脈 病変の特徴、虚血領域、冠血行再建治療の特徴、心血管イベントの特徴について比 較検討した(表4)。Group1 は residual SYNTAX scoreが12 未満かつΔSDS%が 5%
以上改善した群、Group2はresidual SYNTAX scoreが12未満かつΔSDS%が5%以 上改善しなかった群、Group3はresidual SYNTAX score12以上かつΔSDS%が5%以 上改善した群、Group4はresidual SYNTAX scoreが12以上かつΔSDS%が5%以上 改善しなかった群である。この4区分でのカプランマイヤー解析の結果(図9)、Group1 が最も予後良好で、Group4 は最も予後不良であり、Group1 と Group4 の予後には有 意差が認められた(p<0.0001)。Group1 は他の群と比較して、1 枝病変患者が多く、虚 血標的血管に対する完全血行再建が行われている患者が最も高率であった。Group2 は比較的予後良好な群であり LAD を責任病変としない多枝病変の患者が高率であ
った。Group3 は比較的予後不良の群であり RCA を責任病変とする多枝病変の患者
や冠血行再建術後に非責任病変の CTO が残存する多枝病変の患者が高率であっ
た。Group4 は LAD を責任病変とする多枝病変や責任病変の CTO を複数有する患
者が高率であった。PCI施行部位のステント内再狭窄および2ndCAG時で再冠血行 再建が行われた患者は Group1、2 と比較して、Group3、4 で有意に高率であった (p<0.0001)。
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6. 総合考察
本研究は日本人の虚血性心疾患患者において、冠血行再建術後の虚血改善と
residual SYNTAX scoreと予後との関連を心臓核医学に基づいて検討した報告である
Residual SYNTAX score が 12 未満かつ ΔSDS%が 5%以上改善した群は residual
SYNTAX score が 12 以上かつ ΔSDS%が 5%以上改善しなかった群と比較して有意
に心血管イベント発症率が低いことが示された。多変量解析結果から、ΔSDS%と
residual SYNTAX scoreが独立した心血管イベント発症予測因子であり、これらの至適
cut-off値を組み合わせることで心血管イベント発症リスクの層別化が可能であった。
冠血行再建術後の予後の違いについて
本研究では冠血行再建術後のSYNTAX scoreと虚血改善と予後との関係を明らか にするため、residual SYNTAX score とΔSDS%の至適cut-off値により患者を 4群に 分けて、予後の違いについて詳細な検討を行った。Group1 と 2 は予後良好であり、
Group3は比較的予後不良、Group4は最も予後不良群であり、Group1とGroup4の予 後には有意差を認めたが、Group3とGroup4の予後には有意差を認めなかった。この 理由として各Groupの症例数に隔たりがあり、Group3とGroup4は共に症例数が少な いことが原因として考えられた。さらに各 Group の冠動脈病変の特徴、虚血領域、冠 血行再建治療の特徴を比較し、心血管イベント発症との関連について検討したところ、
1 枝病変や多枝病変の割合、責任病変の冠動脈支配、虚血標的血管に対する完全 血行再建率、CTO 病変残存率、PCI 施行部位のステント内再狭窄および 2ndCAG での再冠血行再建率の違いが認められ、これらの違いが各 Group の心血管イベント 発症率に影響したことが考えられた。総じて、治療標的となる血管の複雑性、LAD を 含む責任病変、ステント内再狭窄が冠血行再建術後の予後を悪化させる因子と考え られた。しかしながら、residual SYNTAX scoreが高値となる、複数のCTO病変を有す る多枝病変患者に対して、すべての虚血枝に完全血行再建を行うことは極めて困難
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であり、血行再建に加えて至適薬物治療を十分に行う事が重要である。Group3、4 で は PCI 施行部位のステント内再狭窄を高率に認めたが、この理由として Group3、4 ではCTO病変や複雑病変が多く、難易度の高いPCIが行われているため、ステント 内再狭窄を来しやすく、ステント内再狭窄から不安定狭心症を発症するケース が認められた。また Group3、4 では 2ndCAG 後に再冠血行再建が高率に行われて いたが、これらはステント内再狭窄病変に対する再血行再建の比率が高いことが 原因として考えられた。Residual SYNTAX score が高い CTO 病変や複雑病変で は、ステント内再狭窄などにより治療後慢性期に虚血が残存しやすく、2ndSPECT 時の慢性期虚血量が多くなることが予後に影響すると考えられるため、こうした 患者ではCABGを含めた治療方針を検討すべきであると考えられた。
ΔSDS%と予後の関連について
冠血行再建術後の虚血改善指標である ΔSDS%と予後との関連については既に報 告されており、米国における COURAGE 試験のサブ解析において、治療前後で
ΔSDS%が 5%以上の改善を認めた群は非改善群と比較して 5 年以内の予後が有
意に良好であることが報告された[22]。日本人の虚血性心疾患患者においては、
当院の先行研究や我が国の多施設共同研究であるJ-ACCESS4研究において検討 が行われ、同様に治療前後で ΔSDS%が 5%以上改善を認めた群は非改善群と比 較して3 年以内の予後が有意に良好であることが報告された[16, 23]。本研究結 果においては、ROC解析でΔSDS%のAUC は0.684とやや低値であったが、心 血管イベント発症の有無をリファレンスとしているため、高値とはなりにくく、
臨床上の意義はあるものと考えられた。本研究においてもΔSDS%の至適cut-off 値は5%と既報と同様な結果が得られたことから、ΔSDS%を5%以上改善させる ことが、冠血行再建治療を行う際の目標値として推奨され、その達成により予後 改善に寄与することが考えられた。