環境微粒子中核物質同位体比迅速分析法の開発
環境微粒子中核物質同位体比迅速分析法の開発
Development of rapid analysis of environmental
particle sample containing nuclear materials
2015 年 1 月
名古屋大学大学院 工学研究科 量子工学専攻
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要旨
原子力利用の世界的な広がりに対し、核物質の平和利用、兵器転用防止が重要な課 題として挙げられ、核不拡散・核セキュリティ・保障措置の取り組みは重要な位置付 けを担っている。中でも、国際原子力機関(IAEA)では原子力に関する検認活動で ある保障措置の一環として環境試料分析を行っている。これは、査察対象施設の壁や 床などを専用の布で拭き取り採取された試料を分析することで、原子力活動により環 境中に漏洩した核物質を測定し、未申告活動の発見に繋げるものであり、特に個々の 微粒子について分析を行うパーティクル分析では、小さいものでは試料粒径が 1 μm 未満の微粒子の分析が行われている。 パーティクル分析では、多数の微粒子の中から核物質を含有する微粒子を探し、さ らにウランやプルトニウムの同位体比を分析することで核物質の起源や目的を調べ る必要があるため、分析は大別してスクリーニングと同位体分析に分けることが出来 る。現在、スクリーニングに固体飛跡検出器を用いたフィッショントラック(Fission Track : FT) 法 を 、 同 位 体 分 析 に 表 面 電 離 型 質 量 分 析 (Thermal Ionization Mass Spectrometry : TIMS)を用いた FT-TIMS が特にサブマイクロメートル微粒子への感度 が高く有効な手法として適用されているものの、試料操作が煩雑であり、分析に多く の時間を要するため、より迅速で効率的な分析が求められている。そこで、本研究では原子核乾板を用いたスクリーニング及び事前評価と、レーザー 共鳴イオン化質量分析法(Resonance Ionization Mass Spectrometry : RIMS)を用いた同 位体分析による迅速分析法を提案・開発した。ここで、スクリーニングに用いる原子 核乾板は、荷電粒子の3 次元飛跡を記録・読み出し可能な固体飛跡検出器であり、飛 跡の形状から荷電粒子の情報を得ることが可能である。そこで本研究では、プルトニ ウムから放出されるα 粒子と、熱中性子照射により生じる核分裂片を記録し、これら の比を読み出すことでプルトニウム同位体比を評価する事前評価法の開発を行った。 また、RIMS は原子のエネルギー準位間に相当する波長のレーザー光を入射するこ とにより、選択的に励起・イオン化し、質量分析により同位体比分析を行う手法であ り、前処理なしに同重体干渉を抑えた分析が可能になる。さらに、単原子化にレーザ ーアブレーション等を使用することで、試料の選択を容易にすることができる。一方、 高精度・高確度な分析では、質量差別効果等の補正が必要であるが、本研究では試料 操作の手間を省き、核種によらない補正が可能な補正法として、システムのパラメー ターの変動との相関を利用する逐次補正法の開発を行い、核物質分析への適用性を評 価した。 本論文は全5 章から構成され、以下に各章毎の要約を記す。
2/5 第1 章 序論 本章では、本研究の背景、目的及び本論文の構成について述べる。保障措置におけ る環境試料分析法の位置付けと、現在使われている分析法について概説し、課題とし てサブマイクロメートル微粒子分析の迅速化・効率化が必要であることを挙げた。さ らに、原子核乾板の概説と、RIMS の課題について述べ、これらの技術を用いたスク リーニング及び事前評価と同位体分析による迅速分析法を提案し、同位体比の確度 10%未満かつ既存の FT-TIMS 法とくらべて迅速であることを目標値とした。 第2 章 環境微粒子中核物質同位体比迅速分析法の原理 本章では、第1 章で提案した迅速分析法について、より詳細な分析手法について述 べた。分析手順はFig. 1 に示すように、原子核乾板によるスクリーニングおよび事前 評価により兵器級プルトニウムを発見し、優先的にRIMS で同位体比分析を行うこと で測定の迅速化・効率化を目指す。プルトニウムは、ウランの燃焼により生成される が、燃焼度が大きくなるにつれ 240Pu 存在比が増加し、プルトニウムグレードが低下 する特徴を持つ。特に240Pu 存在比が 7%未満であり、主要な同位体が239Pu となるも のは兵器級プルトニウムと区分され、保障措置上重要であり、早期発見が可能になる ことで効率的な分析が期待できる。また、この時α 粒子は239, 240Pu からの放出が主で あり、核分裂片は239Pu が主である。そこで、FT と αT の比から求まる評価値 R240を 定義し、使用済燃料組成データベースSFCOMPO に登録されている Pu 同位体比に適 用し、評価値が 240Pu 存在比と相関が あることを確認した。さらに、プルト ニウム生成後、241Pu の崩壊により α 崩壊核種である241Am が増加し、評価 値に与える影響を求めたところ、評価 値は総じて大きくなる傾向がみられ、 また適切な閾値を設けることで兵器 級・燃料級・原子炉級プルトニウムを 過小評価することなく評価が可能で あることを示した(Fig. 2)。同様に、微 粒子中にプルトニウムとウランが混 在している場合の評価値の変化を求 め、235U が熱中性子と相互作用するこ とで発生するフィッショントラック の増加により評価値が小さくなるこ とを確認した。 Fig. 1 迅速分析法フローチャート
3/5 また、RIMS の核物質含有微粒子への 適用性を検討した。特に、粒径1 μm の PuO2 の場合、レーザーアブレーション やイオンスパッタリングによるパルス 原子源と、パルスレーザーの組み合わせ による高イオン化効率と、高輸送効率・ 高検出効率の質量分析計により収率 1% が得られた場合、1 試料あたり 20 分程 度で分析が可能であることが見積もら れた。 第3 章 原子核乾板を用いた事前評価法の開発 本章では、原子核乾板を用いたα 粒子飛跡(Alpha Track : αT)読み出しによる基礎実 験と、モデル計算により事前評価法に関する検討を行った。基礎実験では、近年開発 された3 種類の原子核乾板 (OPERA フィルム、Neutron Gamma Image TrAcker (NGITA) 乾板、Nano Image Tracker (NIT)) にウラン鉱石から作った試料より放出される α 粒子 を記録させ、断層像自動撮影システムと、飛跡読み取りアルゴリズムにより自動解析 を行った。また、試料のα 線スペクトル測定値を使い、原子核乾板に入射する α 粒子 のエネルギーを粒子・重イオン輸送計算コードPHITS により計算し、イオン飛程シミ ュレーションソフトSRIM で得られたエネルギーと飛跡長の関係から飛跡長分布を求 めた。実験値と計算値を比較した所、NIT から読み出した飛跡の分布が最も計算値と 一致しており、14 μm 以上で良い一致を見せた(Fig. 3)。一方、プルトニウムから放出 される5.1 – 5.5 MeV の α 粒子が NIT 中に記録する飛跡の長さは 25 – 28 μm であり、 核分裂片はHeavy Fission Fragment と Light Fission Fragment の平均値でそれぞれ 14 μm、 16 μm であることから、NIT に事前評価法への適用可能性があることを示した。 モデル計算では、微粒子から放出され る荷電粒子が作る飛跡を模擬し、記録し た飛跡数と読み出し可能な飛跡数の関係 を求め、そこから事前評価可能なPu 含有 量について検討した。14 μm の飛跡では 300 本記録させると読み出しが飽和し、α 粒子の照射期間を10 日間、熱中性子フル エンスを6×1013 cm−2とすることで、~130 fg の兵器級プルトニウムの評価が可能で あることを示した。 Fig. 3 NIT 中 αT 飛跡長分布 Fig. 2 240Pu 同位体比 η240と評価値R240
4/5 第4 章 RIMS を用いた高精度同位体比分析のための補正法の開発 本章では、微量核物質の高確度分析のため、RIMS における逐次補正法の開発を行 い、核物質への適用性を検討した。逐次補正法はイオン計数とレーザー出力等複数の パラメーターの相関から、システムの変動による影響を補正する計数補正と、共鳴波 長の同位体シフトによる、同位体毎のイオン化効率の違いが、レーザー波長の変動に より受ける影響を補正するイオン化効率補正からなり、後者を行うためには、試験試 料の測定の前もしくは後に、同位体比既知の標準試料を使ってイオン化効率の波長依 存性を測定する必要がある。 計数補正の基礎実験として、磁場セクター型質量分析計を用いたRIMS においてイ ッテルビウムの測定を行い、2 色 2 段イオン化スキームにおけるレーザーの照射タイ ミング差によるイオン化効率の変化をモデル化し(Fig. 4)、またレーザー出力と組み合 わせた計数補正が有効であることを示した。 さらに、逐次補正の実証実験として、飛行時間型質量分析計を用いたRIMS におい て、チタンおよびジルコニウムの1 色 2 段イオン化による同位体比測定を行い、レー ザー出力と実験室の気圧をパラメーターに用いた計数補正と、離調周波数を使ったイ オン化効率補正により、チタンにおいては最大の誤差を11.1%から 1.65%に(Fig. 5)、 ジルコニウムでは3.02%を 1.18%に低減させた。 また、現在報告されているRIMS のウラン・プルトニウムへの適用例では、同位体 比の測定において10%以上の誤差が見られるが、複数本のレーザーによる多色多段イ オン化への適用に向けた課題があるものの、逐次補正法では核種に依らない補正が可 能なため、ウラン・プルトニウム分析における確度~10%の見込が得られた。 Fig. 4 照射時間差とイオン電流 Fig. 5 補正による誤差の変化 第5 章 結論と今後の展望 本章では、本研究のまとめと、今後の展望について述べる。前章までに開発した内 容により、逐次補正法による核物質含有微粒子試料の分析において、事前評価法によ
5/5 る~130 fg の兵器級プルトニウム評価と、RIMS による同位体比分析による確度 10% 未満の見込みが得られた。また、分析全体に要する時間として、微粒子数 60 個の測 定において、FT-TIMS 法で 21 日と見積もられるところを、迅速分析法により 14 日に 短縮可能と見積もられた。 今後の展望として、事前評価法においては、原子核乾板中に記録されたαT・FT の 弁別読み出し及びプルトニウムグレード評価の実証と、RIMS においては、レーザー アブレーション等の適用や複数のレーザーを用いた場合における逐次補正法の適用 と、ウラン・プルトニウムの高確度分析の実証により、迅速分析法を実証し、環境試 料分析の迅速化に繋がることが期待される。
目次
第1 章 序論 ... 1 1.1 保障措置環境試料分析の現状 ... 1 1.2 核物質含有微粒子試料分析法と課題 ... 3 1.2.1 走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型X 線分光法 (SEM-EDX) ... 3 1.2.2 フィッショントラック法 (FT 法) ... 4 1.2.3 二次イオン質量分析法 (SIMS) ... 5 1.2.4 表面電離型質量分析法 (TIMS) ... 7 1.2.5 分析における課題 ... 7 1.3 原子核乾板における荷電粒子分析 ... 9 1.4 レーザー共鳴イオン化質量分析法 (RIMS) ... 12 1.4.1 原理と特徴 ... 12 1.4.2 補正法と課題 ... 13 1.5 本研究の目的と本論文の構成 ... 15 参考文献 ... 17 第2 章 環境微粒子中核物質同位体比 迅速分析法の原理 ... 23 2.1 迅速分析法の概要 ... 23 2.2 アルファ・フィッショントラック比によるPu グレード評価法 ... 26 2.2.1 基本原理 ... 26 2.2.2 モデル計算による使用済み核燃料中Pu の適用性検討 ... 29 2.3 RIMS を用いた微粒子分析に関する検討 ... 35 2.4 まとめ ... 37 参考文献 ... 38 第3 章 原子核乾板を用いた事前評価法の開発 ... 39 3.1 原子核乾板によるアルファ粒子飛跡読み出し基礎実験 ... 39 3.1.1 改良型原子核乾板 ... 39 3.1.2 実験体系 ... 41 3.1.3 アルファ飛跡読み出しアルゴリズム ... 45 3.1.4 実験結果及び考察 ... 48 3.2 微粒子から放出された荷電粒子に起因する飛跡の計算モデル ... 53 3.2.1 計算モデルの概要 ... 53 3.2.2 飛跡読み出しと事前評価に関する考察 ... 553.3 まとめ ... 59 参考文献 ... 60 第4 章 RIMS を用いた高確度同位体比分析のための補正法の開発 ... 61 4.1 逐次補正法の原理と特徴 ... 61 4.2 磁場セクター型RIMS を用いた基礎実験 ... 64 4.2.1 実験体系 ... 64 4.2.2 実験結果 ... 67 4.2.3 レーザー照射時間差に関するモデル化 ... 71 4.2.4 イオン計数補正の適用 ... 74 4.3 飛行時間型RIMS における逐次補正法の実証実験 ... 78 4.3.1 実験体系 ... 78 4.3.2 実験結果 ... 84 4.3.3 逐次補正法の適用 ... 92 4.4 核物質同位体比の高確度分析に関する検討 ... 98 4.4.1 ウランの共鳴イオン化基礎実験 ... 98 4.4.2 ウラン・プルトニウムに対する補正の適用性検討 ... 100 4.5 迅速分析法の性能評価 ... 101 4.6 まとめ ... 103 参考文献 ... 104 第5 章 結論と今後の展望 ... 106 5.1 結論 ... 106 5.2 今後の展望 ... 108 謝辞 ... 109 本論文を構成している発表論文 ... 110
1
第
1章 序論
1.1 保障措置環境試料分析の現状 近年の原子力利用の一例として、世界の一次エネルギー源としての原子力の 割合は2011 年時点で 5.1%となっている。これは現在主流である化石燃料の割合 に比べると特別大きな値ではないが、化石燃料資源を巡る国際競争や地球温暖 化対策のため、原子力発電量は増加傾向にある [1] 。こうした中、2011 年 3 月 に発生した福島第一原発事故の後、国内では原子力発電量が減少し、ドイツ等 では脱原発の動きが活発化したものの、2013 年にイランで初の商業炉が運転を 開始したため原子力発電利用国は30 ヶ国となり、2013 年 12 月 31 日現在で建設 中の原子炉は71 基、計画中の原子炉はさらに 92 基に及んでいる [2]。特に中国、 ロシア、インドでは高速増殖炉を建設・計画中であり、この他にも使用済み核 燃料の再処理や廃棄物処理に関する研究等が行われている。 原子力利用が世界的に広がる一方で、放射性物質や、核燃料物質であるウラ ン・プルトニウムに関する不正取引や盗難・紛失といった事件が継続して生じ ている。国際原子力機関(IAEA)の不正取引データベース(ITDB)によると、1993 年から2013 年までに保障措置参加国から報告された放射性物質や汚染物質が関 わる事件は全部で2477 件あり、そのうち濃縮ウラン・プルトニウムが関わる不 正取引は 16 件存在している [3]。核物質が不正に兵器転用され、もしそれがテ ロ行為等に用いられることがあれば、甚大な被害が生じることは容易に想像が 可能であり、核不拡散・核セキュリティ・保障措置の取り組みにより不正利用 を防止し、核物質の平和利用を保つことが重要である。 中でもIAEA の保障措置は、核物質の転用防止のための検認活動を行っている。 かつては査察の頻度や立ち入り可能な場所に制限があり、国内制度の制定・維 持を義務付けていたが、1991 年にイラクが保障措置協定違反を犯したのをきっ かけに、IAEA 理事会は保障措置の強化・効率化の検討を行い、1997 年には IAEA の権限を強化するモデル追加議定書を採択した。これにより強化された内容の 一例として、情報の疑義及び不一致、あるいは未申告活動がないことの確認の ための立ち入り検査を行う補完的なアクセス(Complementary Access)が可能にな った [4]。 こうした追加議定書の内容を踏まえた保障措置(統合保障措置)における検 査の 1 つとして、環境試料分析が未申告活動の発見に有用な手段として重要な 役割を果たしている。これは、原子力活動中に漏洩した極微量の物質が、装置 や施設の壁・床、さらに土壌・草木に付着し、これを環境試料として採取・分2 析することでその物質の起源や施設の使用履歴を解析するという手法である [5]。特に、240Pu の存在比が 7%未満のプルトニウムと、235U の存在比が 93%以 上のウランは兵器級の核物質と分類されており [6]、また241Pu と 241Am の比に より精製された年代を知ることが出来る。解析結果はデータベースとしてまと められ、試料の評価や、国や施設毎の傾向の調査が行われている。 環境試料分析では、Fig. 1.1 に示す綿製の布もしくはセルロースで査察対象施 設の壁・床・装置などを拭きとって得られたスワイプ試料を分析している。ス ワイプ試料の分析は、布を処理し、布全体に含まれる U・Pu の分析を行うバル ク分析と、布に付着した個々の微粒子を取り出しU・Pu・Am の分析を行うパー ティクル分析に大別することができる。特にパーティクル分析では粒径0.1~10 μm の微粒子を扱うが、こうした微粒子は空気の流れや人の活動により移動しや すく、完全に除去するのは困難なため保障措置上重要な試料となる [7]。一方で 環境中に存在する過去の核実験のフォールアウトと混同しないよう大掛かりな クリーンルームを必要とし、高感度で試料選択が可能な分析手法が必要になる。 Fig. 1.1 試料採取用の布
3 1.2 核物質含有微粒子試料分析法と課題 環境微粒子試料の分析において、スワイプ試料中には施設の一般的な埃が多 く含まれ、効率的な分析のためには核物質を含む微粒子試料のスクリーニング が必要であり、その後試料 1 つ 1 つの同位体比分析が行われる。現在、環境微 粒子試料分析に用いられている主要な手法として、スクリーニング手法に走査 型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope : SEM)・エネルギー分散型 X 線分光 法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy : EDX)、フィッショントラック(Fission Track : FT)法、二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry : SIMS)が あり、同位体比分析法には SIMS と表面電離型質量分析法(Thermal Ionization Mass Spectrometry : TIMS)が選択されている。以下では、これらの主要な技術に ついて概要と課題を述べる。 1.2.1 走査型電子顕微鏡・エネルギー分散型 X 線分光法 (SEM-EDX) SEM は電子源から放出された電子(一次電子)ビームを収束させて成形した 電子プローブを利用し、真空チャンバー中に導入された試料に対し、その表面 を二次元走査することで、試料から放出される二次電子、後方散乱した一次電 子、X 線等を測定する手法である [7, 8, 9]。特に、後方散乱電子は、試料中の元 素の原子番号が大きくなるにつれ強度が増す傾向がある。さらに、走査時に放 出される特性X 線もまた原子番号に依存することから、SEM に X 線分光計を取 り付けることで、より詳細な試料中の元素情報を得ることが可能になる。X 線 分光計は、その仕組みにより半導体検出器とマルチチャンネルアナライザ (MCA)を使うエネルギー分散型 X 線分光法(EDX)と、分光結晶と比例計数管から Fig. 1.2 ウラン微粒子を撮影した SEM 画像 [7]
4 なる波長分散型X 線分光法(WDX)に分けられ、WDX では検出感度やエネルギー 分解能が良く、定量分析が可能であるのに対し、EDX では短時間での測定が可 能という特徴を持つ。 保障措置における微粒子試料のスクリーニングでは自動解析により、散乱電 子を使った測定を用いてFig. 1.2 に示すようなコントラストが高く重い元素が含 まれる粒子を見つけ出し、その後EDX でスペクトルを解析し、ウランやプルト ニウムを含む微粒子を特定する。同時に粒径、形状、その他の構成元素や、正 確な位置情報を取得し、SEM 内、もしくは光学顕微鏡下でのマイクロマニピュ レーションによる試料操作や、SIMS での測定に繋げる。 本手法では同位体比の分析が不可能であるが、SEM を使った分析の例として、 WDX による元素の定量分析により、Am/Pu 比を求めて年代測定を行う手法も開 発されている [7, 8]。 1.2.2 フィッショントラック法 (FT 法) フィッショントラック法(FT 法)は、固体飛跡検出器による重荷電粒子測定の 原理を利用したスクリーニング手法である。固体飛跡検出器は、雲母、ガラス、 プラスチックといった固体中に重荷電粒子が入射した際に損傷(潜像飛跡)が 形成されるのを利用し、これを化学薬品でエッチングすることで飛跡を拡大し、 光学顕微鏡による測定を可能にする。β 線や γ 線に対して不感であり、重宇宙線 粒子の測定やウランの自発核分裂を利用した年代測定等に用いられている [10]。 FT 法では、固体飛跡検出器上に配置した微粒子試料に原子炉から放出される 熱中性子を~1015 cm−2程度照射し、235U や239Pu の誘起核分裂を起こさせ、核分 裂片を記録し、分析する手法である。検出器や試料の操作にはいくつか手法が あり、一例として、ポリカーボネート(Lexan シート)を検出器として、一度試料 を含ませて溶解し、フィルムに成形することで4π 方向の飛跡を記録する方法や [11, 12, 13, 14, 15]、コロジオン薄膜中に試料を含ませ、ポリカーボネート上に設 置して 2π 方向の飛跡を記録する方法 [16]、雲母 [17]やコロジオン [18]を検出 器として扱う方法などが開発されている。照射後のエッチングは検出器によっ て NaOH や HF を使い、手法に合わせて温度や時間を調整する。飛跡の一例を Fig. 1.3 に示す。 熱中性子の照射のために原子炉を使用するため、試料の輸送のための日数や、 スタッフの手配が必要であるが、核物質に対して高い検出感度を持っている。 また、本手法では基本的に微粒子中の核物質の有無の情報しか得ることが出来 ないが、エッチング時間の制御や [15, 19]、SEM を用いた試料粒径測定と FT の
5 比から235U の濃縮度を評価する手法 [15, 20]が開発されており、また、アルファ スペクトロメトリーを組み合わせることで 240Pu/239Pu を測定する手法や [21]、 FT 記録後に CR-39 を用いた α 粒子飛跡(Alpha Track : αT)検出を行うことでプル トニウム含有微粒子を選択的に発見可能であるといった報告 [22]がされている。 1.2.3 二次イオン質量分析法 (SIMS) SIMS は、高真空下でイオンビーム(一次イオン)を試料に照射し、試料表面 からスパッタリングにより放出される粒子のうち、二次イオンを磁場セクター とマルチコレクター検出器からなる質量分析計や、飛行時間型質量分析計に導 入して分析する手法である [7, 8, 23, 24, 25]。イオンビームには、一般に keV オ ーダーの Ar+、Ga+、Cs+、O2+、O−が用いられ、これをプローブとすることで微 小領域の分析が可能であり、収束の程度により測定領域を変化させることが出 来る。特に高空間分解能SIMS である Nano SIMS 50L (Cameca Co. Ltd)では最小 で 50 nm 以下の高空間分解能を持つ。また、イオンビームによる破壊分析によ って、深さ方向の分析や、試料表面を走査することにより2 次元・3 次元分析が 可能である。 ただし、同位体比分析においては、試料中に含まれる同重体元素や分子も同 時にイオン化してしまうため、従来のSIMS では同重体干渉による影響が生じて しまう。一例として、U の分析時における同重体には Table 1.1 がある。このた め、試料の組成や要求確度によってはLarge Geometry (LG)-SIMS と呼ばれる、 質量分析計の大型化により、質量分解能を高めたものが用いられる [7]。この LG-SIMS により質量分解能を 3000 程度まで高めることで、他の元素の同位体 (238U と 238Pu 等)や水素化物(235U と 1H234U 等)を除く同重体の影響を除くことが
6 でき、高確度な分析が可能になる。ただし、LG-SIMS は 1 基あたりの価格が 350 万ユーロと非常に高価であるため、設備の増設は容易ではない。またピコグラ ム以下のウラン試料に対しては、水素化物の同重体干渉により 236U の測定に制 限があるが [26]、一方で試料及び支持材(固体飛跡検出器)の灰化により水素 化物の影響を抑えたという報告がある [27]。 SIMS を試料のスクリーニングに用いる場合、自動解析により同位体マップを 作成し、測定対象となる粒子を定める。この時、ウラン微粒子に関しては Automated Particle Measurement (APM)ソフトが開発されており、数百ナノメート ルの微粒子の発見が可能であることが報告された [28]。その後、同位体比分析 において、ビームを収束させて対象試料のみをイオン化し、試料が枯渇しきる まで測定が行われる。この時、1 μm の試料 1 つを分析するのにおよそ 30~60 分 を要する [7]。 Table 1.1 ウランの同重体と分離に必要な質量分解能( [26]を改変) Isotope Interference MRP (M/ΔM) 234U 208Pb26Mg 2864 207Pb27Al 2802 206Pb28Si 2613 92Mo94Mo16O 3 958 138Ba32S16O 4 1272 116Sn118Sn 985 48Ti 2138Ba 975 235U 208Pb27Al 2741 207Pb28Si 2580 92Mo95Mo16O 3 953 117Sn118Sn 982 116Sn119Sn 984 48Ti49Ti138Ba 968 1H234U 48490 236U 208Pb28Si 2566 92Mo96Mo16O 3 947 118Sn 2 974 116Sn120Sn 977 48Ti50Ti138Ba 953 182W54Fe 1496 1H235U 38152 238U 206Pb16O 2 2752 208Pb30Si 2372 94Mo96Mo16O 3 929 95Mo 216O3 936 92Mo98Mo16O 3 938 118Sn120Sn 964 182W12C 216O2 2112 182E56Fe 1419 50Ti 2138Ba 930 238Pu 194470
7 1.2.4 表面電離型質量分析法 (TIMS) TIMS は、フィラメント表面に試料を設置し、フィラメントに電流を印加して 抵抗加熱を生じさせることで試料を蒸発・イオン化し、ここで生じたイオンを 質量分析計に導入して測定する手法である [24, 25]。質量分析計には、主に磁場 セクターが使われ、高い収率が必要な場合はマルチコレクターが使用される。 また、フィラメントを 2 つ配置して、一方で蒸気化、もう一方でイオン化を行 うダブルフィラメント方式を用いることが多い。安定したイオン化が可能で、 高精度かつ高確度な分析が可能である。 フィラメントに含まれる不純物の影響を避けるため、微量のウランの分析で は高純度のレニウム製フィラメントが使われる。1 つの試料を測定するのに 1 つ のフィラメントが必要であり、測定には1~2 時間を要するが [29]、SIMS と同様 にTIMS においても同重体干渉の影響が避けられない。近年、化学的前処理法の 開発 [30]や、連続昇温法による Pu と U の同時測定法が開発されている [31]。 1.2.5 分析における課題 実際の環境微粒子試料分析では、FT 法と TIMS を組み合わせた FT-TIMS [11, 14, 17, 18, 32]や SEM-EDX と SIMS を組み合わせた手法 [33, 34, 32]が、日本原子力 研究開発機構を始め各国で用いられている。また、高感度かつ効率的な分析の ためFT-SIMS [27]や SEM-TIMS [30, 35, 36]の開発や、レーザーアブレーション-誘導結合プラズマ質量分析法(Laser Ablation – Inductively Coupled Plasma – Mass Spectrometry : LA-ICP-MS)による同位体比分析手法 [29, 37, 38]が検討されてい るが、同重体干渉の抑制と、試料操作の簡便化は重要な課題である。 特にサブマイクロメートル粒子の分析においては、スクリーニングにおいて 最も感度のよいFT 法と、精度・確度に秀でた TIMS を用いた FT-TIMS が注目さ れているが、今後の原子力利用の広がりにより査察対象や試料の増加が予想さ れ、同程度もしくはそれ以上の感度・精度・確度を有しつつ、より迅速かつ効 率的な分析が可能な手法が求められる。特に、スクリーニング時に同位体比の 評価をすることで、保障措置上重要となる兵器級核物質を扱った未申告活動の 早期発見が可能になり、また、個々の試料操作を減らすことが可能であればそ れだけ分析時間の短縮に繋がる。これらに加え同位体比の要求確度は粒径及び 含有量に応じてTable 1.2 の様になっている。 以上の要点をまとめると、サブマイクロメートル粒子に対し、 ・スクリーニング時における同位体比事前評価
8 ・試料操作の簡略化を含めた測定の迅速化 ・同位体比測定時における同重体干渉の抑制を含めた要求確度の達成 が分析の課題として挙げられる。 Table 1.2 同位体比の要求確度 [32] 測定対象 要求確度 235U/238U ≤ 1% for 10 ng of U ≤ 1% for 1 μm particle of UO2 ≤ 10% for 1 μm particle of UO2 (~5 pg of U) 240Pu/239Pu ≤ 10% for 5 pg of Pu
9 1.3 原子核乾板における荷電粒子分析 原子核乾板は、荷電粒子の飛跡を三次元的に記録・読み出しが可能な固体飛 跡検出器である。一般的な写真の感光乳剤と類似のもので、ゼラチン中に多量 のハロゲン化銀(主に AgBr)を含ませた乳剤をプラスチックフィルムやガラス板 に塗布したものである [39, 40, 41, 42, 43]。一般にその表面は~0.5 μm 程度のゼ ラチンでコーティングされ、また光に対しても感度が有るため、アルミフィル ム等の遮光材でパッキングした上で使用される。 原子核乾板中に荷電粒子が入射すると、ハロゲン化銀分子の電子と相互作用 を起こし、粒子のいくつかを活性化させ潜像を形成する。これを還元剤で現像 することで金属銀に変化し、光学顕微鏡での読み出しが可能になる程度にまで 結晶粒子が成長する。現像の後に、未現像のハロゲン化銀を溶解して取り出す 定着が行われ、水洗、乾燥後に飛跡の読み出しが可能になる。潜像は原子核乾 板の種類や、環境の温度や湿度といった要因により徐々に消えてしまうが、現 像後は飛跡を半永久的に残すことが可能である。 飛跡はサブマイクロメートルレベルの高い空間分解能を持ち、粒子の質量や エネルギーに固有なエネルギー損失dE/dx により、飛跡の長さや銀粒子密度(濃 さ)が変化する。原子核乾板が十分に厚い場合、粒子は原子核乾板中で全エネ ルギーを失うため、飛跡を読み出すことで粒子の種類とエネルギーを分析する ことが可能である。一例として、比エネルギー損失と銀粒子密度の関係をFig. 1.4 に、エネルギーと飛跡長の関係をFig. 1.5 に示す。また、現像で銀粒子が成長す
Fig. 1.4 原子核乾板 NTB3(曲線 I)と NTA(曲線 II)における比エネルギー損失
10 るためにはdE/dx が閾値以上の値を持つ必要があり、ハロゲン化銀粒径の調整に より、この閾値を制御することで、β 線のような低 LET 放射線の感度を抑制す ることが可能である。また、飛跡の読み出しには光学顕微鏡を用い、焦点位置 を調整することで三次元的な読み出しが可能である。この他、放射線計測器と して時間分解能がなく、測定後に現像時間を要するといった短所があるものの、 電源等がいらないためシンプルな構成で測定が可能であり、安定で信頼性が高 く、長期間の測定が可能という利点を持つ。 過去にパイオン、ケイオン、ハイペロン、反陽子の検出に用いられ、個人線 量計や磁気スペクトログラフの検出器への適用が期待されたものの、飛跡の読 み出しの煩雑さから、工学応用への適用は困難であった。しかし、近年の画像 処理技術の向上により、高速な読み出し装置が開発され、原子核乾板の有用性 が見直されている。一例として、τ ニュートリノの検出を行った Direct Observation of the NeUtrino Tau (DONUT) [44]実験や、ニュートリノ振動を検証する CERN Hybrid Oscillation Research apparatUS (CHORUS)実験 [45]、Oscillation Project with Emulsion tRacking Apparatus (OPERA)実験 [46]では大量の原子核乾板が用いられ た。OPERA 実験において使用された OPERA フィルムにおいては、最新の乳剤
11 製造技術により原子核乾板に改良が加えられ、作成から時間が経過して環境中 の放射線の飛跡を多く含む原子核乾板に対し、一度飛跡を消去するリフレッシ ュ機能も開発されている [47]。 また、原子核乾板を利用した福島第一原発の炉心のミューオンラジオグラフ ィーが開発されており [48]、この他にも、高速中性子が原子核乾板内の水素と 反応し、反跳陽子飛跡が記録されることを利用し、数 keV 中性子場のフラック ス測定や、高 γ 線バックグラウンド下の中性子測定により、核燃料集合体未臨 界度測定への適用が期待されている [49]。今日のこうした応用を支えている自 動読み取り技術として、OPERA 実験の解析に European Scanning System (ESS)が 読み出し速度20 cm2/h を [50]、Super-Ultra Track Selector (S-UTS)が 72 cm2/h を達 成しており [51]、目視での読み出しに比べ約 1~2 万倍高速と言われている。
12
1.4 レーザー共鳴イオン化質量分析法 (RIMS)
1.4.1 原理と特徴
レーザー共鳴イオン化質量分析法(Resonance Ionization Mass Spectrometry: RIMS)は、試料を蒸発・単原子化させ、そこに対象原子の電子準位間のエネルギ ー差に相当する波長を持ったレーザー光を照射し、選択的に原子を共鳴励起・ イオン化させ、質量分析計により分析する手法である [24, 25, 52]。電子準位は 元素に固有であるため、単色性の優れたレーザーを用いることで元素選択的な イオン化が可能であり、原理的に化学的前処理による試料の分離を行うことな く、同重体干渉の抑制が可能である。 共鳴励起・イオン化には 1 本以上のレーザーを必要とする。中間準位を介す ることで元素選択性を持ち、さらにエネルギーを受けイオン化ポテンシャルを 超えることでイオン化する非共鳴イオン化や、イオン化ポテンシャルより僅か に高い位置に存在し、寿命の短い自動イオン化準位を介してイオン化するか、 イオン化ポテンシャルより僅かに低いリュードベリ準位を介し、電場や遠赤外 線によりイオン化する方法がある。非共鳴イオン化を用いる場合は、最低 1 本 のレーザーでイオン化させることが可能であるが、断面積が小さいため効率的 なイオン化には高出力なレーザーを必要とし、試料中の他の元素もまたイオン 化してしまう要因になる。このため、元素選択性を高め効率的なイオン化を行 うには 2 本以上のレーザーを用いることが多い。これらのイオン化のイメージ をFig. 1.6 に示す。また、CW レーザーに比べてパルスレーザーの方が高い光子 密度を実現でき、相互作用確率が向上するが、複数のパルスレーザーを用いる Fig. 1.6 共鳴イオン化の概念図 [63]
13 場合、タイミングを同期させる必要がある。また、電子準位は同位体毎に僅か な差があるため(同位体シフト)、複数の同位体を同時にイオン化するためには GHz オーダーの広い線幅のレーザーを用いる必要がある。同様の原理から、線 幅が数MHz 程度のレーザーを用いることで、同位体選択的なイオン化を行うこ とも可能である。 試料の原子化では、代表的なものとして抵抗加熱による連続した蒸気化と、 レーザーやイオン銃を使ったパルス的な方法がある。抵抗加熱では、フィラメ ントによる原子化の他、キャビティ内で加熱・蒸気化し、共鳴イオン化レーザ ーを照射して効率を上げる方法がある [53]。また、パルス的な原子化ではレー ザー脱離(レーザーアブレーション) [54, 55, 56, 57, 58]、イオンスパッタリン グ [56, 57]といった手法が用いられ、特にイオンスパッタリングで放出された中 性原子をイオン化する手法は、レーザーポストイオン化もしくはレーザー二次 中性粒子質量分析法(Laser-Secondary Neutral Mass Spectrometry: Laser-SNMS)と 呼ばれる。 RIMS により超高感度な分析が可能であり、検出下限は 10−15 ~ 10−18 g と言 われており [25]、アルゴンヌ国立研究所のレーザー脱離やスパッタリングを使 ったCHARISMA、SARISA ではそれぞれ収率 0.5~1.5%, ~25%を達成している [59]。また、核物質の分析では、スパッタリングを用いたウランの分析において 収率9×10−4を評価しており [60]、フィラメントを用いた原子化による実験によ り、プルトニウムの収率4×10−5、検出下限106 atom (0.4 fg)が報告されているが [61]、これらはイオン化効率やイオンの輸送効率の改善により高効率化が可能で あると考えられる。 さらに RIMS は核物質の分析の他に、地球外物質の分析 [56]や、環境中のト レーサー分析 [54, 55]、高速炉の燃料損傷時におけるタグガス分析への RIMS 適 用 [62]等に応用・開発されている。 1.4.2 補正法と課題 RIMS を用いた高精度・高確度な分析のためには、他の質量分析法と同様に質 量差別効果やシステムに起因する系統誤差の補正が欠かせない。質量差別効果 の一例として、蒸気化にあたり軽い同位体から選択的に蒸発することや、質量 に応じてイオンの輸送効率が変化することが挙げられる。また、RIMS の原理に 関わるものとして、同位体の奇偶効果によるイオン化効率の違いがある。原子 番号と質量数が共に偶数の場合はその核種は核スピンを持たないが、いずれか が奇数の場合は核スピンを持ち、電子の全角運動量のカップリング(I-J カップリ
14 ング)により電子準位に超微細構造が現れる。このため原子番号が偶数の原子の うち、偶数質量数の同位体は1つの遷移しか持たないのに対し、奇数質量数の 同位体はが複数の遷移をもち、両者の間でイオン化効率に差が生じる。50Sn に 関する研究では、線幅の広いレーザーを用いた場合においても、レーザー強度 が小さければ波長に対して奇偶効果の影響を受けやすいことが報告されている [64]。これは、92U や94Pu の測定においても同様の影響が予想される。 こうした効果を補正し、同位体比を真値に戻す補正法がいくつか開発されて おり [65, 66, 67]、RIMS に適用可能なものとして以下が挙げられる。 ・内部補正法 対象原子のうち、同位体比が既知の安定同位体が 2 つ以上ある場合、それら の同位体比測定値と真値の差から同位体の質量差別効果の傾向を求め、測定対 象となる同位体比を補正する手法である。標準物質を必要としないため、測定 時間の短縮が可能である。一例として、ストロンチウム同位体比の分析では、 安定同位体である86Sr と88Sr の同位体比を常に一定とし、87Sr の同位体比分析に おける補正等に用いられる。 ・ダブルスパイク法 2 つの同位体からなり、さらにその同位体比が既知であるスパイク試料を使い、 スパイク試料添加前後の未知試料同位体比を測り、その変化を調べることで同 位体比を補正する。一例として、ウラン同位体比分析における 233U-236U ダブル スパイク等がある。 ・比較法 同位体比が既知の標準試料を、未知試料測定の前後に測定し、真値との差か ら同位体毎の補正係数を求め、試験試料の同位体比を補正する手法である。標 準試料の入手が可能であればどのような元素にも適用することが可能である。 上記の補正法について、微粒子中のウラン・プルトニウムへの適用を検討し た場合、これらの元素は同位体比が既知の安定同位体が存在しないことから、 内部補正法の適用は困難である。また、スパイクの添加による補正は、個々の 試料操作の煩雑化を招くため、迅速化の面で不適であると判断できる。さらに、 比較法では試料測定中のレーザー波長等システムの変動による影響を扱うこと が出来ず、システムの安定性に依存するという短所がある。このため、極微量 のウラン・プルトニウムを迅速かつ高確度に測定する補正法が必要である。
15 1.5 本研究の目的と本論文の構成 世界的な原子力の利用の増加に伴い、IAEA 保障措置における査察対象施設と 分析が必要な環境試料が増加していくことが予想される。また、迅速かつ効率 的な分析手法が確立されることにより、より多くの分析が可能になれば、査察 対象や試料採取を増やし、未申告活動の早期発見、兵器転用の防止に繋げるこ とが可能になる。特に、これまでFT-TIMS 法での分析でしか対応できなかった サブマイクロメートル微粒子の迅速分析が可能になれば、保障措置の強化に繋 がる。 そこで本研究は、サブマイクロメートル微粒子を対象とした保障措置環境試 料分析の迅速化・効率化のための分析法の開発を目指し、原子核乾板と RIMS を用いて、スクリーニング時における事前評価法と迅速かつ高確度な同位体比 分析法を行う迅速分析法を新規に提案・開発する。特に、RIMS においては、超 ウラン核種に対応可能な補正法の開発を行うことで、確度 10%未満を満たし、 また全体の分析にかかる時間がFT-TIMS 法に比べ短縮できることを目標とした。 本研究の位置付けをFig. 1.7 に示す。 本論文は 5 章で構成される。第 1 章では保障措置環境微粒子分析に用いられ ている技術と課題について述べ、スクリーニング時の事前評価の必要性、同位 体比分析時における同重体干渉抑制による高精度化、分析の迅速化・効率化が 必要であることを述べた。その上で、本研究で用いる原子核乾板と RIMS につ いて概説し、ウラン・超ウラン核種に対する補正法の課題を挙げ、本研究の位 置づけを説明した。 第 2 章では原子核乾板を用いた事前評価法と RIMS による同位体比分析から なる迅速分析法の原理を説明した。さらに、事前評価法についてFT と αT の比 からプルトニウムグレードの評価が可能であることを、使用済み燃料中のプル トニウム同位体比を用いたモデル計算により示し、経年及びウランの混入とい った条件においてグレードを過小評価することのない適切な閾値を求めた。ま た、核物質含有微粒子試料の迅速分析に向けた RIMS システムについて、測定 時間や試料の下限量について検討した内容を述べた。 第 3 章では原子核乾板を用いた基礎実験及びモデル計算で得られた知見につ いて述べた。基礎実験では、ウラン鉱石試料から放出される α 粒子を原子核乾 板に照射・記録し、本研究で開発したαT 自動読み出しアルゴリズムによって得 られた飛跡長分布と、試料の α スペクトルから計算された分布を比較し、事前 評価法に適用可能な原子核乾板を選定した。モデル計算では、微粒子から放出 される荷電粒子が原子核乾板に記録される状況をモデル化し、読み出し飛跡数 が飽和する状況を求め、事前評価可能なプルトニウム含有量について検討した。
16 第 4 章では RIMS を用いたウラン・超ウラン元素の高確度分析のため、シス テムのパラメーターの変動とイオン計数の相関から測定値を補正する逐次補正 法について原理を説明し、基礎実験及び実証実験によって有用性を示した。さ らに、ウランの 2 色 3 段共鳴イオン化の実証と、逐次補正法の核物質への適用 性を検討し、最終的に本研究が検討・実証した内容から、迅速分析法の性能評 価を行った。 そして、第 5 章では本研究の結論と、実試料を用いた迅速分析法の実証のた めの今後の展望についてまとめた。 Fig. 1.7 研究の位置付け
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22
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23
第
2章 環境微粒子中核物質同位体比
迅速分析法の原理
2.1 迅速分析法の概要 サブマイクロメートル微粒子の分析に有用なFT-TIMS 法は、高感度な測定が 可能であるが、試料操作が煩雑であり、測定に多くの時間を要するという短所 があり、プルトニウムに関する事前評価もまた確立していない。そこで、核物 質を含有する微粒子分析の迅速・効率的な分析のため、本研究は原子核乾板を 用いたプルトニウムグレード事前評価と、RIMS による同位体比分析からなる迅 速分析法を新規に提案した。分析のイメージをFig. 2.1 に、フローチャートを Fig. 2.2 に示す。 プルトニウムは、240Pu の同位体比から Table 2.1 に示すように分類が可能であ り [1]、原料となるウランを低燃焼度の状態で取り出した場合兵器級プルトニウ ムが得られるが、燃焼度が上がるにつれプルトニウムは兵器利用に適さない燃 料級、原子炉級になる。原子核乾板を用いたプルトニウムグレード事前評価法 は、核物質含有微粒子のスクリーニングと同時に、原子核乾板に記録された飛 跡の読み出しからプルトニウムのグレード評価を行い、兵器級プルトニウムを 早期に発見し、優先的に同位体比分析を行うことで測定の効率化に繋げる。事 前評価を行うためには、FT 法と同様にコロジオン薄膜等を使って微粒子試料を 十分に間隔を開けて支持した上で、それを原子核乾板に設置し、原子炉から放 出される熱中性子を照射する。これにより、熱中性子との誘発核分裂により生 Fig. 2.1 迅速分析法24 成される核分裂片飛跡と、α 崩壊により放出される α 粒子がそれぞれ FT、αT と いう形で同時に記録される。その後、原子核乾板を現像し、自動読み取り装置 を使って飛跡の読み出しを行う。この時、1.3 節で述べたように、α 粒子と核分 裂片の阻止能の違いにより、飛跡の濃さや長さが異なることを利用して αT と FT が弁別して読み出され、次節で述べるグレード評価法により FT と αT の比か らプルトニウムグレードを評価する。また、詳細は3.2 節で述べるが、プルトニ ウム含有量が等しい場合、飛跡数は兵器級<燃料級<原子炉級となる傾向があ Fig. 2.2 迅速分析法フローチャート Table 2.1 Pu グレード [1] プルトニウムグレード 240Pu 存在比 スーパーグレード < 3% 兵器級 < 7% 燃料級 7 – 19% 原子炉級 19%<
25 るため、微粒子粒径の制限により最大のプルトニウム含有量を制限した場合、 兵器級プルトニウム起因の飛跡が十分に読み出せる条件であっても、燃料級・ 原子炉級では弁別読み出しが困難なほど密に飛跡が記録される場合が生じうる。 この時、飛跡の読み出しが困難なほど試料周辺の飛跡密度が高い場合は、その 飛跡の元となる試料は非兵器級であると判断可能である。したがって、Fig. 2.2 に示すように、試料の粒径を制限した上で、記録された飛跡数が多く読み出し が困難な場合は非兵器級プルトニウムとして評価、読み出しが可能な場合はFT とαT の比からプルトニウムグレードを評価し、兵器級の疑いのある試料は優先 的にRIMS による同位体比分析を行う。 核物質含有試料のスクリーニング感度としては、FT 法と同様に熱中性子誘起 核分裂片の記録・読み出しを行うため、同程度の感度が期待できる。さらに、 FT 法ではウラン濃縮度を評価するのに、SEM による粒径の測定や、エッチング 時間を変えて飛跡の観察を繰り返し行うなどの操作が必要であり、プルトニウ ムグレードを評価するのにαT と FT を記録・読み出しを行うための異なる種類 の固体飛跡検出器や異なる現像条件が必要であるのに対し、原子核乾板を用い ることでFT と αT を一度の現像で可視化し、読み出すことが可能になり、分析 時間の短縮に繋げることが出来る。 RIMS での分析では、微粒子試料の原子化にレーザーアブレーション(レーザ ー脱離)やイオンスパッタリングを用いることで、試料ステージ上の任意の試 料を原子化することが可能になる。さらに、RIMS の特徴である元素選択性によ り、試料の化学的前処理を行うことなく同重体干渉を回避できるため、試料を 支持材(コロジオン薄膜等)に含まれたままの状態で試料を導入することが可 能になり、TIMS で必要としていた個々の試料に対するマイクロマニピュレーシ ョンや、同重体干渉抑制のための前処理といった試料操作を行うことなく分析 が可能になり、分析時間の短縮が可能である。より詳細な RIMS のシステムや 微粒子試料への適用性は2.3 節で述べる。
26 2.2 アルファ・フィッショントラック比による Pu グレード評価法 始めにαT と FT の比から求めることの出来る240Pu 同位体比の評価値を導出す る。その後、使用済み核燃料中のプルトニウム同位体比の値を用いて評価値と 実際のグレードの関係を求め、グレード評価のための閾値を設けた上で、本評 価法によりプルトニウムグレードを過小評価することなく評価可能である事を 示す。 2.2.1 基本原理 プルトニウムの性質を活かし、原子核乾板に記録されたαT と FT の比からグ レードを評価する。プルトニウムは、ウランの中性子捕獲を起因として生成さ れ、Fig. 2.3 及び Fig. 2.4 に示すように、原子炉内でウランの燃焼により、初期に おいて238U を原料として核兵器の原料となる239Pu が増加し、その後中性子捕獲 や崩壊を繰り返して 240Pu を始めとする他のプルトニウム同位体が生成される。 主要なプルトニウム同位体の性質をTable 2.2 に示した。 プルトニウム含有微粒子に熱中性子を照射すると誘起核分裂反応が生じ、こ の時、通常Heavy Fission Fragment (HFF)と Light Fission Fragment (LFF)の 2 つの 核分裂片が放出される。このため、Pu 原子数を N、熱中性子フラックスを φ、 熱中性子照射時間をtirrad、238242Pu の同位体比をそれぞれ η238、η239、η240、η241、 η242、熱中性子誘起核分裂断面積をσ238、σ239、σ240、σ241、σ242とすると、プルト ニウム起因の核分裂片の数TFは次式のように表すことが出来る。
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28 Table 2.2 238-242Pu 同位体の性質 [2] [3] 238Pu 239Pu 240Pu 241Pu 242Pu 半減期 (y) 87.7 24110 6563 14.35 3.733×105 α 崩壊率 100% 100% 100% 0.00245% 100% 自発核分裂確率 1.85×10−7% 3.0×10−10% 5.75×10−6% 2.4×10−14% 5.54×10−4% 熱中性子誘起 核分裂断面 (barn) 17.77 747.4 0.036 1012.3 0.00244 α 線エネルギー (MeV) 5.499 (70.91%) 5.456 (28.98%) 5.358 (0.105%) 5.157 (73.3%) 5.144 (15.1%) 5.106 (11.5%) 5.168 (72.8%) 5.123 (27.1%) 5.021 (0.0852%) 4.896 (83.2%) 4.853 (12.2%) 4.798 (1.2%) 5.042 (1.02%) 4.900 (77.5%) 4.856 (22.4%) 4.754 (0.098%) 𝑇𝐹 = 2𝑁𝜑𝑡𝑖𝑟𝑟𝑎𝑑(𝜂238𝜎238+ 𝜂239𝜎239+ 𝜂240𝜎240+ 𝜂241𝜎241 + 𝜂242𝜎242) (2-1) この時、自発核分裂による影響は十分に小さいため無視できるとした。一方、 原子核乾板上に時間tmeasだけ設置していた時に放出されるPu 起因の α 粒子の数 をTα、238242Pu の崩壊定数を λ238、λ239、λ240、λ241、λ242、α 崩壊率を κ238、κ239、κ240、 κ241、κ242とすると以下のように表すことが出来る。 𝑇𝛼 = 𝑁𝑡𝑚𝑒𝑎𝑠(𝜂238𝜆238𝜅238+ 𝜂239𝜆239𝜅239+ 𝜂240𝜆240𝜅240 + 𝜂241𝜆241𝜅241+ 𝜂241𝜆241𝜅242) (2-2) プルトニウム同位体比はその生成過程により、η239 > η240 >その他のプルトニウ ム同位体となり、核分裂片は239Pu 起因のものが支配的となる。また、α 崩壊に 関しては、λ241κ241とλ242κ242がλ238κ238、λ239κ239、λ24κ240に比べて数桁低く、238Pu, 239Pu, 240Pu による寄与が支配的となる。さらに、κ 238、κ239、κ240が 100%である ことを考慮すると、TF、Tαは以下のように書きなおすことが出来る。 𝑇𝐹 ≈ 2𝑁𝜑𝑡𝑖𝑟𝑟𝑎𝑑𝜂239𝜎239 (2-3) 𝑇𝛼≈ 𝑁𝑡𝑚𝑒𝑎𝑠(𝜂238𝜆238+ 𝜂239𝜆239+ 𝜂240𝜆240) (2-4) これら2 式を用いて、TαとTFの比をとると、試料毎に異なる未知数である N を消すことが出来る。