JKA23-104
報告書
(平成 23 年度電動自転車の環境適応型安心安全支援制御補助事業)
平成 24 年 3 月慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科
村上俊之
JKA23-104
事業内容についての問い合わせ先 慶應義塾大学 理工学部 システムデザイン工学科 村上俊之研究室 〒223-8522 横浜市港北区日吉3-14-1 教授 村上俊之 E-mail: [email protected] URL: www.fha.sd.keio.ac.jpJKA23-104
はじめに
本報告書では,財団法人JKAの補助を受けて実施した「平成23 年度電動自転車の環境 適応型安心安全支援制御補助事業」の研究成果をまとめたものである.近年では,少子高 齢化に伴い高齢者にもやさしい社会システムの整備が強く望まれている.特に,社会コミ ュニティ形成の基礎となる高齢者のための安全な移動機器システムの開発に大きな関心が 寄せられている.現在においても,小型電気自動車,シニアーカーをはじめとして,高齢 者のために特別な仕様や機能を付加した移動機器が開発されている.しかしながら,安全 性やコストを考えると必ずしも十分なものとなっていない.そこで,本研究課題では電動 自転車の更なる高機能化目的したヒューマンインターフェイスシステムの開発を行い,安 全性ならびに操作性の向上を行うことで,自転車より安全性が高く,また小型電気自動車 よりも安価な移動機器の実現を目指している. 本研究課題では,自転車のハンドル支援を行うにあたって,ハンドル操作部にステアバ イワイアシステムを導入している.ステアバイワイアシステムとは,二つの電動機を同期 制御することによって,仮想的な機械シャフトを電気的に実現するものであり,人のハン ドル操作と実際のステアリング操作を分離して扱うことが可能となる.また,ペダルの駆 動に電動機を設置することで,パワーアシスト支援が可能としている.本研究では,走行・ 路面状態に応じたハンドル支援およびパワーアシスト支援を行うことで,環境適応型の安 全安心支援制御を実現する.提案するアルゴリズムは環境を含めた人車一体制御の概念と もなり,本研究課題ではマン・マシンフュージョン制御とも呼ぶ.そこで,電動自転車の 走行安定性を向上させる操作支援制御を実現するため,マン・マシンフュージョン制御の 基本アルゴリズムを構築しその評価を行っている.マン・マシンフュージョン制御では, 自転車の走行状態(特に走行速度)を含めた環境状況に基づいて,ステアリングおよびペ ダルの操作支援を行うものである.また,走行・路面状態に依存しない安定化制御と人の 操作入力の適切な融合をはかるものとなっている.これら機能の有効性を検証するにあた って,自転車に各種センサを搭載した計測システムを構成し,構築したマン・マシンフュ ージョン制御アルゴリズムを用いた自転車の走行実験をおこなっている.特に,環境適応 型の自転車走行の安全安心支援制御(自転車の低速,静止状態での外部外乱に対してロバ ストな制御)を確立している. 本報告書では,上記内容に関する詳細を示し,得られた研究成果を総括している.本研 究課題は,研究協力員として村上俊之研究室大学院生 梅本恭平君,小牟田清俊君,鈴木健 君 , 奥 村 勇 治 君 よ り 多 大 な る 協 力 を 得 て い る . ま た , 大 学 内 展 示 会 出 展 (KEIO TECHNO-MALL 2011)では,大学院生 河村琢郎君,鈴木大也君を中心に展示会準備をお 願いした.さらに,本報告書は本研究課題の中心テーマを扱っている学部4年生 市戸達也 君の研究を中心にまとめたものであり,同君には研究の総まとめをお願いしている. 最後に,上記の研究協力員に深く感謝の意を表したい.JKA23-104
KEIO TECHNO-MALL 2011 での展示風景
JKA23-104
はじめに
本報告書では,財団法人JKAの補助を受けて実施した「平成23 年度電動自転車の環境 適応型安心安全支援制御補助事業」の研究成果をまとめたものである.近年では,少子高 齢化に伴い高齢者にもやさしい社会システムの整備が強く望まれている.特に,社会コミ ュニティ形成の基礎となる高齢者のための安全な移動機器システムの開発に大きな関心が 寄せられている.現在においても,小型電気自動車,シニアーカーをはじめとして,高齢 者のために特別な仕様や機能を付加した移動機器が開発されている.しかしながら,安全 性やコストを考えると必ずしも十分なものとなっていない.そこで,本研究課題では電動 自転車の更なる高機能化目的したヒューマンインターフェイスシステムの開発を行い,安 全性ならびに操作性の向上を行うことで,自転車より安全性が高く,また小型電気自動車 よりも安価な移動機器の実現を目指している. 本研究課題では,自転車のハンドル支援を行うにあたって,ハンドル操作部にステアバ イワイアシステムを導入している.ステアバイワイアシステムとは,二つの電動機を同期 制御することによって,仮想的な機械シャフトを電気的に実現するものであり,人のハン ドル操作と実際のステアリング操作を分離して扱うことが可能となる.また,ペダルの駆 動に電動機を設置することで,パワーアシスト支援が可能としている.本研究では,走行・ 路面状態に応じたハンドル支援およびパワーアシスト支援を行うことで,環境適応型の安 全安心支援制御を実現する.提案するアルゴリズムは環境を含めた人車一体制御の概念と もなり,本研究課題ではマン・マシンフュージョン制御とも呼ぶ.そこで,電動自転車の 走行安定性を向上させる操作支援制御を実現するため,マン・マシンフュージョン制御の 基本アルゴリズムを構築しその評価を行っている.マン・マシンフュージョン制御では, 自転車の走行状態(特に走行速度)を含めた環境状況に基づいて,ステアリングおよびペ ダルの操作支援を行うものである.また,走行・路面状態に依存しない安定化制御と人の 操作入力の適切な融合をはかるものとなっている.これら機能の有効性を検証するにあた って,自転車に各種センサを搭載した計測システムを構成し,構築したマン・マシンフュ ージョン制御アルゴリズムを用いた自転車の走行実験をおこなっている.特に,環境適応 型の自転車走行の安全安心支援制御(自転車の低速,静止状態での外部外乱に対してロバ ストな制御)を確立している. 本報告書では,上記内容に関する詳細を示し,得られた研究成果を総括している.本研 究課題は,研究協力員として村上俊之研究室大学院生 梅本恭平君,小牟田清俊君,鈴木健 君 , 奥 村 勇 治 君 よ り 多 大 な る 協 力 を 得 て い る . ま た , 大 学 内 展 示 会 出 展 (KEIO TECHNO-MALL 2011)では,大学院生 河村琢郎君,鈴木大也君を中心に展示会準備をお 願いした.さらに,本報告書は本研究課題の中心テーマを扱っている学部4年生 市戸達也 君の研究を中心にまとめたものであり,同君には研究の総まとめをお願いしている. 最後に,上記の研究協力員に深く感謝の意を表したい.目 次
1 序論 3 1.1 研究背景 . . . 3 1.1.1 自転車の歴史 . . . 3 1.1.2 自転車の利点 . . . 3 1.1.3 自転車の欠点 . . . 5 1.2 本研究の目的と提案するシステム . . . 6 1.2.1 従来研究の概要と本研究の目的 . . . 6 1.2.2 多自由度ステア・バイ・ワイヤ . . . 7 1.3 本論文の構成 . . . 8 2 自転車のモデリング 9 2.1 座標系と各部の名称 . . . 9 2.2 自立機能 . . . 11 2.3 自転車の運動方程式 . . . 14 2.3.1 前輪系の運動方程式 . . . 14 2.3.2 車体の運動方程式. . . 14 2.4 自転車の速度 . . . 16 3 マスタのモデリング 18 3.1 マスタシステム . . . 18 3.2 マスタハンドルの運動方程式. . . 19 3.3 ボールねじの運動方程式 . . . 20 4 オブザーバ設計と同定試験 22 4.1 外乱推定オブザーバ(DOB)[19] . . . 22 4.2 反力トルク推定オブザーバ(RTOB)[20] . . . 24 4.3 マスタにおける同定試験 . . . 26 4.3.1 重力項の同定 . . . 27 4.3.2 摩擦項の同定 . . . 28 4.3.3 加速度試験 . . . 29目 次 4.4 キャンバ角外乱オブザーバ(CADO)[12] . . . 30 5 制御系設計 32 5.1 従来手法 . . . 32 5.1.1 線形制御による姿勢安定化 . . . 33 5.1.2 マスタシステム . . . 34 5.1.3 自転車システム . . . 37 5.2 提案手法1 . . . 37 5.2.1 非線形制御による姿勢安定化 . . . 39 5.2.2 マスタシステム . . . 42 5.2.3 自転車システム . . . 43 5.3 提案手法2 . . . 44 5.3.1 バックステッピング法を用いた姿勢安定化 . . . 45 5.3.2 マスタシステム . . . 48 5.3.3 自転車システム . . . 49 5.4 提案手法における速度調整 . . . 50 6 シミュレーション 52 6.1 パラメータの設定 . . . 52 6.2 シミュレーション内容 . . . 52 6.3 シミュレーション結果と考察. . . 54 6.3.1 シミュレーション1,2の結果と考察 . . . 54 6.3.2 シミュレーション3,4の結果と考察 . . . 58 7 3Dシミュレータ検証実験 63 7.1 マスタ実験システム . . . 63 7.2 3Dシミュレータ検証実験概要 . . . 65 7.2.1 操作性の評価指標. . . 65 7.2.2 安定性の評価指標. . . 66 7.2.3 検証実験内容 . . . 67 7.3 旋回時の傾きϕ . . . . 68 7.4 検証実験結果と考察 . . . 69 8 実験 82 8.1 電動自転車実験機 . . . 82 8.2 実験方法 . . . 84 8.3 実験結果と考察 . . . 84 9 結論 88 参考文献 90
第
1
章
序論
1.1
研究背景
1.1.1
自転車の歴史
自転車の歴史を見てみると,昔から人々に親しまれてきた乗り物であることがわかる.自転車 の原型は,ドイツ人のドライス男爵により1813年に発明され,当時は足で直接地面を蹴って走る 乗り物であった.現在のようにペダルをこぐ機構は,1839年にイギリス人のマクミランがペダル で後輪を回す装置を発明したことが起源とされている.その後自転車の開発改良が進み,1885年 にイギリス人のスターレーが作成したローバー号が,現在の自転車の原型とされている.この乗 り物は,後輪駆動で,前後輪が同じサイズを持ち,速く走れるが転びにくいなどの特徴がある.[1] 現代においても,自転車は私達の生活においてとても身近な乗り物で,街を歩いてみれば自転 車を1台も見ずに過ごすのはとても難しい程である.自転車がそれだけ身近な乗り物である背景 にはいくつかの利点が存在する.1.1.2
自転車の利点
1つ目は利便性である.これは自転車の機動性の高さにも関係する話である.現在の日本の主 な移動手段である自動車が4輪なのに対し,自転車は2輪であるため小回りが利き,また小型の 形状のおかげで狭い路地を通ることも可能である.そのため,自動車の渋滞や通勤通学時間の電 車のラッシュ回避に利用されたり,郵便配達や出前,警察のパトロールといった業務用途におけ第1章 序論 Fig. 1-1: 電動自転車出荷台数推移 る活躍も見せる.また,健康意識の高まる今日ではエクササイズとしても利用する人も多い.更 に,日本社会を大きく揺るがした2011年3月に起きた東日本大震災の際にも自転車は活躍し,非 常時の移動手段としても見直されている.近年の科学技術の進歩により,自転車の利便性を更に 高めているのが,モータ付きで体への負荷を軽減できる電動アシスト自転車の存在である.Fig. 1-1に電動アシスト自転車の国内出荷台数の推移を示す.10年連続の増加で,2010年の電動アシ スト出荷台数は38万台となっている.[2] ここからもわかるように,その高い利便性により,電動 自転車は社会に広まっている. 2つ目の利点は環境に負荷をかけない乗り物である点である.近年世界的に問題となっている 地球温暖化を背景に,自動車は排気ガスを出さない電動式へと移行を進めている.そのため,そ もそも燃料が不要な乗り物である自転車は,環境に負荷をかけない乗り物の最たる例だと言える. 実際,地球温暖化の進行を食い止めるため,日本の運輸部門における二酸化炭素排出量の半分を 占めるといわれる自家用車に代替する都市交通手段として,日本の保有台数約8500万台である自 転車の活用を推進することを目的に活動している組織も存在する.[3] 3つ目の利点は自転車が単純な機構の乗り物であるという点である.単純な機構であるために, 自動車などに比べメンテナンスや維持が容易に行える上,安価である.そのため,自転車好きの 人の中には趣味で自分好みのパーツに改造して楽しむ人もいる.更にその単純な機構のため,電 動自転車は電動車椅子や電動自動車といった他の電動移動手段に比べ安く済む. これらの利点から自転車は,今後も私達の生活に深く関わり広く利用されていくと考えられる.
第1章 序論
1.1.3
自転車の欠点
利点の多い自転車だが,2輪であるために不安定な乗り物であるという重大な欠点がある.そ のために自転車に乗れない人も存在するのも事実であり,また,自転車は事故の原因となること も多い.Fig.1-2に交通事故全体の推移を示し,Fig.1-3に自転車事故の推移を示す. 交通事故 全体で見れば,平成16年に過去最悪を記録した発生件数も6年連続で減少しているにも関わらず, 全体に占める自転車事故の割合は漸増しており,平成22年には20.9%と4年続けて2割を超えて いる.[6]これにより交通事故において自転車の関わる事故がどれほど多いかがわかる.この事故の 一要因として,自転車が低速であるほど不安定になるという特性が挙げられる.例えば,買い物 をしてかごに重い荷物が乗っている状態で走り出す際などは,転倒の恐れが高まる.また,ゆっ くり走ろうとしている時ほど,ふらつきやすくなる.このことからも,自転車を低速で安定化さ せるのは困難であることがわかる. つまり,交通事故全体で見れば減少傾向にある今日でも,自転車事故の割合は増加傾向にあり, 特に低速において自転車の安定性を高めることは求められるている課題である. Fig. 1-2: 交通人身事故の推移[4]第1章 序論 Fig. 1-3: 自転車事故の推移[5]
1.2
本研究の目的と提案するシステム
1.2.1
従来研究の概要と本研究の目的
自転車の安定化に関する過去の研究として,1960年頃から近藤ら[7]によって二輪車の安定化の 研究が進んだ.1971年には,Sharp[8]が二輪車をモデル化することに成功した.この研究で2輪 車の直進安定性を議論するためには,操舵角,車体の横滑り,車体の方位角,キャンバ角の4自 由度が必要であることが示された.このモデルを基に二輪車の研究は進んだが,複雑なSharpの モデルではオートバイなどの高速で走行する二輪車の研究が多かった.しかし,2000年代に入り, 田中ら[9],仁木ら[10] はSharpのモデルよりも簡易な自転車モデルを提案し,重心移動を用いな いハンドル制御のみによる自転車の姿勢安定化を成功させた.しかし,これらの研究は一定速度 以下の低速領域では成功していない.そこで,山口ら[11]は自転車の非線形モデルを用いたハンド ル制御を行い,低速領域での姿勢安定化を成功させた.最近では,河村ら[12]がキャンバ角方向の 外乱を推定するオブザーバを提案し,城内ら[13]はスライディングモード制御により,低速走行時 の更なる安定化手法が示された. しかし,これらの研究はハンドルに人の入力を入れていない自動制御のみによる自転車の安定 化である.よって,運転者の意思を反映させることはできず操作性に欠ける.人の入力と自動制第1章 序論 御を融合させた過去の研究としては,井内ら[14]の研究が存在する.しかしここでは,自転車の駆 動を人がペダルをこぐことによって行っており,速度について明記されていない.そのため,低 速での安定性は不明確である. また,河村ら城内らの研究では自転車の速度は一定であるが,本研究では速度を変化させて車 体前後方向の加速度を生み出すことにより,更なる安定化を目指す.自転車の速度が変化してい る研究の例としては,Schwabら[15]による自転車モデルから,Andreoら[16]が線形パラメータ変 動状態フィードバック制御による自転車の安定化手法を示している.しかしこれは,実験環境に より速度が単調減少しているだけで,安定性を向上させる働きはしていない. そこで本研究では人の入力と自動制御を融合させることで,低速走行における操作性と安定性 の向上を目指す.そのために,多自由度ステア・バイ・ワイヤという新しいシステムを導入し,人 の入力によりハンドル操作だけでなく,速度調整も可能にすることで更なる操作性と安定性の向 上を図る.
1.2.2
多自由度ステア・バイ・ワイヤ
本研究で提案する多自由度ステア・バイ・ワイヤを導入するにあたり,ステア・バイ・ワイヤ (Steer-By-Wire:SBW)の説明をする. ステア・バイ・ワイヤとは,ステアリングの操作をFig.1-4に示される従来の機械的な機構の 接続から,Fig.1-5に示されるように機械的な接続がなくても,電気信号を送ることで同様の効 果を実現するものである.このシステムは既に民間航空機には実用化されている技術で,近年の 自動車には安全運転支援を目的として導入が始まっている.[17]このことから,ステア・バイ・ワ イヤが多方面に応用可能であることがわかる.自動車に導入する場合の利点の内,以下の利点が 自転車においてもあてはまる.[18] • 高いステアリングレイアウトの自由度 • 制御により操舵アシストが容易 • 自転車運動性能とハンドル操作性の独立設計可能第1章 序論
Power-Steering
Power-Steering
Fig. 1-4: 従来のステアリング機構Upper-Actuator
Lower-Actuator
Upper-Actuator
Lower-Actuator
Fig. 1-5: Steer-by-Wireシステム つまり,環境から受けるハンドルへの影響と,人からの入力を分離できることが,自転車にス テア・バイ・ワイヤシステムを適用する大きなメリットである.このような利点から,本研究では このシステムを自転車に導入しようと考えた.導入するにあたり,自転車の構造に合わせて,人 が操作する部分を新たに作製した.これをマスタと呼ぶ.そのマスタへの人の入力を電気信号に より自転車へと伝えることで,ステア・バイ・ワイヤの自転車への適用を実現する.また,マス タの自由度をハンドル旋回による1自由度だけではなく,ボールねじを利用することにより,走 行速度指令も入力できる多自由度ステア・バイ・ワイヤにすることが,本研究における提案シス テムの特徴である.1.3
本論文の構成
本論文の構成を以下に示す.第2章では,自転車の運動方程式の導出を行い,モデル化する.第 3章では,マスタ部分のモデル化を行う.第4章では,制御系設計で用いるオブザーバについての 説明を行う.第5章では,提案する多自由度ステア・バイ・ワイヤシステムを用いた制御系につ いて説明する.第6章では,シミュレーションにより提案手法の有効性を検証する.第7章では, スレーブ3Dシミュレータに基づいたマスタ実機による検証実験結果を示す.第8章では,実機を 用いた実験結果を示す.最後に第9章で結論を述べる.第
2
章
自転車のモデリング
本章では,本研究で扱う電動自転車のモデル化を行う.2.1
座標系と各部の名称
Fig.2-1∼Fig.2-3に本論文で用いる自転車のモデルと,座標系および各部のパラメータを示 す.自転車の前後方向をX軸,横方向をY 軸,垂直方向をZ軸とした.Gは車体全体の重心,Gf は前輪系の重心を表す.前輪系とは,ハンドル,フロントフォーク,前輪をひとつにまとめたもの である.動力学に用いるパラメータを,Table 2.1に示す.キャンバ角ϕ,操舵角θは,それぞれ, Fig.2-1∼Fig.2-3に示す回転方向を正方向とした. G h L 2 L L1 f G r 3 L f Z X Vω
aθ
G h L 2 L L1 f G r 3 L f Z X Vω
aθ
Fig. 2-1: 自転車の側面図第2章 自転車のモデリング
Z
Y
G
φ
Z
Y
G
φ
Fig. 2-2: 自転車の後面図 2 L 1 LY
X
ψ
θ
L
2 L 1 LY
X
ψ
θ
L
Fig. 2-3: 自転車の上面図 Table 2.1: 動力学パラメータ 名称 記号 単位 車体全体の質量 M kg 前輪系の質量 m kg ホイールベース L m 後輪接地点からの重心位置 L1 m 前輪接地点からの重心位置 L2 m トレール L3 m 重心高さ h m 車輪半径 r m 前輪系重心Gfとハンドルの回転軸の距離 f m キャスタ角 a deg 車体に関する慣性モーメント IX kgm2 ハンドルの回転軸に関する慣性モーメント Ih kgm2 車輪の回転軸に関する慣性モーメント If kgm2 キャンバ角 ϕ deg 操舵角 θ deg 自転車の方位角 ψ deg 自転車の速度 V m/s 車輪の回転速度 ω rad/s第2章 自転車のモデリング
2.2
自立機能
自転車は走行時,その構造上様々な物理現象が発生する. それらの現象により,自転車自体で 転倒を防ぐ機能を自立機能と呼ぶ.本来不安定な乗り物である自転車だが,車体全体の重心が接 地線の真上にあれば,倒れることなく走行することができる.ここで接地線とは,Fig.2-3の点 線で示される前後輪の接地点を結んだ線のことである.自転車が傾いた時は,傾いている方向に ハンドルを回すか,接地線をずらすことができれば転倒しない.自転車は人の巧みな操作と物理 現象の発生によって,安定に走行することができる乗り物なのである.本節では,自転車に発生 する物理現象がその走行にどのような影響を与え,自立機能が働いているのかを説明する. 前輪系の重量効果 Fig.2-1から分かるように,前輪系の重心Gf はハンドルの回転軸よりも距離f だけ前方にあ る.そのため自転車が傾くと,Fig.2-4,2-5で示すように車体の垂直方向に重力の分力が生じ, ハンドルの回転軸には(2.1)式で表されるトルクTf rontが発生する.これを前輪系の重量効果とい う.ここで,gは重力加速度である.このトルクは,傾いている方向にハンドルを回そうとするの で,重量効果は自立機能として働くことがわかる. Tf ront= f mg sin ϕ (2.1)Z
Y
fG
φ
φ
sin
mg
Z
Y
fG
φ
φ
sin
mg
Fig. 2-4: 重力の分力(自転車の後面図) fG
mg
sin
φ
frontT
f
fG
mg
sin
φ
frontT
f
Fig. 2-5: 発生するトルク(前輪の上面図)第2章 自転車のモデリング ジャイロ効果 Fig.2-6は,走行中の前輪を表している.進行方向をx′軸,車輪の回転軸をy′軸,ハンドルの 回転軸をz′軸とする.前輪が角速度ωで回転している時,車体が角速度ϕ˙で傾いたとする.する と,ハンドルにはz′軸まわりに(2.2)式で表される右まわりのモーメントTgyroが発生する.この ような現象をジャイロ効果の,特にプレセッション効果と呼ぶ.この現象も傾いてる方向にハン ドルを回すので,自立機能として働く. Tgyro = Ifω ˙ϕ (2.2)
ω
φ
&
x
′
y
′
z
′
X
gyroT
ω
φ
&
x
′
y
′
z
′
X
gyroT
Fig. 2-6: ジャイロ効果(前輪) サイドスラスト効果 Fig.2-7のように,自転車が傾くと接地点では進行方向と垂直な方向に力Fが発生する.この 力をコーナリングフォースという.コーナリングフォースによって,接地点が傾いている方向に押 されるので,自転車が起き上がる.この効果をサイドスラスト効果という.旋回時にはこのコー ナリングフォースと遠心力がつり合って走行している.第2章 自転車のモデリング
F
Z
Y
G
φ
F
Z
Y
G
φ
Fig. 2-7: コーナリングフォース(自転車の後面図) トレール効果 Fig.2-1でわかるように,前輪の接地点はハンドルの回転軸よりもトレールL3だけ後方にあ る.前輪の接地点にはFig.2-8のF で表されるコーナリングフォースおよびFig.2-9のF′で表 される走行抵抗が働いている.接地点において,前輪が進行方向に対しすべり角bで回転していた とすると,これらの分力が,ハンドルの回転軸からL3sin aだけ離れた地点に働くため,(2.3)式 で表すトルクTtrailが発生する.これをトレール効果という.ここで,コーナリングフォースF, 走行抵抗F′はそれぞれキャンバ角ϕ,車輪の回転角ωに比例すると仮定し,その係数をキャンバ スラスト係数Ct,摩擦係数µとした. Ttrail = Ta+ Tb= (F cos b + F′sin b)L3sin a
= (Ctϕ cos b + µω sin b)L3sin a (2.3)
走行抵抗は自転車の速度が速くなるほど大きくなるので,トレール効果は高速時に大きなトル クを生む.つまり,ハンドルのぶれを防ぎ,自転車の直進安定性を高めている.
第2章 自転車のモデリング
X
a
L sin
3F
b
aT
X
a
L sin
3F
b
aT
Fig. 2-8: トレール効果(コーナリングフォース)a
L sin
3X
b
'
F
bT
a
L
3sin
X
b
'
F
bT
Fig. 2-9: トレール効果(走行抵抗)2.3
自転車の運動方程式
本節では,自転車を前輪系と車体に分けて運動方程式を導出する.2.3.1
前輪系の運動方程式
ハンドルへの入力トルクをτ,操舵角方向に加わる外乱をTdisとする.自転車に働く物理現象 は前節で取り上げたものを考慮すると,前輪系に関する運動方程式は(2.4)式のように表される.Ihθ¨ = τ + Tf ront+ Tgyro− Ttrail− Tdis (2.4)
2.3.2
車体の運動方程式
Fig.2-2から,自転車の車体は倒立振子とみなすことができる.つまり,このラグランジュ方 程式を解くことによって,キャンバ角に関する運動方程式を導出することが可能である.なお本 研究では,車輪の横すべりは起きないと仮定した. (2.5)式に自転車全体の重心の運動エネルギーK,(2.6)式に位置エネルギーUを示す. K = 1 2 ( IXϕ˙2+ M ˙y2+ M ˙z2 ) (2.5) U = M gh (cos ϕ− 1) (2.6) ˙ y,z˙はY 軸,Z軸方向に対する車体全体の重心の速度を表し,それぞれ(2.7),(2.8)式のように なる.ここでy˙bはキャンバ角の変化を考慮しない時のY 軸に対する車体全体の重心の速度を表す.第2章 自転車のモデリング この詳細については後述する. ˙ y = y˙b+ h ˙ϕ cos ϕ (2.7) ˙ z = h ˙ϕ sin ϕ (2.8) ラグランジュ関数Lは(2.9)式で表されることから,これを解くことにより,キャンバ角ϕに関す るラグランジュ方程式は(2.10)式となる. L = K− U (2.9) d dt ( ∂L ∂ ˙ϕ ) −∂L ∂ϕ = −Ifω ( 2 ˙ψ + ˙θ ) (2.10) (2.10)式の右辺はジャイロ効果により発生するトルクである.これより,キャンバ角ϕに関する 運動方程式(2.11)式を得る. ( IX + M h2 ) ¨
ϕ− Mgh sin ϕ + Mh cos ϕ¨yb = −Ifω
( 2 ˙ψ + ˙θ ) (2.11) ここでy¨bについて説明する.Fig.2-10に自転車の上面図を示す.yf,yr,yaはそれぞれXw 軸から前輪接地点,後輪接地点,車体全体の重心Gまでの距離を表している.xについても同様 にYw軸からのそれぞれの距離を表している. 重心位置と前後輪位置の間には次の関係がある. ya = L1yf + L2yr L (2.12) xa = L1xf + L2xr L (2.13) 前後輪の速度に関してはそれぞれ次の関係がある. ˙ yf = V sin (ψ + θ) (2.14) ˙ yr = V sin ψ (2.15) ˙ xf = V cos (ψ + θ) (2.16) ˙ xr = V cos ψ (2.17) 自転車の方位角ψと操舵角θには次の関係がある. ˙ ψ = V L sin θ (2.18)
第2章 自転車のモデリング 2 L 1 L w
Y
wX
ay
ψ
θ
L
fy
ry
fx
rx
ax
by
L2 1 L wY
wX
ay
ψ
θ
L
fy
ry
fx
rx
ax
by
Fig. 2-10: 自転車の上面図 ここで,方位角ψは微小であるとして,上述の関係式を用いると,y¨bは(2.19)式で表される. ¨ yb = y¨acos ψ− ¨xasin ψ = L1 L ˙ V sin θ + V 2 L2 (L1cos θ + L2) sin θ + L1 L V ˙θ cos θ (2.19) (2.18),(2.19)式を(2.11)式に代入すると,車体の運動方程式は(2.20)式で表される.A ¨ϕ = B sin ϕ− C ˙θ − D sin θ − Tϕdis (2.20)
A = IX + M h2 (2.21) B = M gh (2.22) C = M hVL1 L cos θ cos ϕ + Ifω (2.23) D = M h cos ϕL1 L V + M h˙ V2 L2 (L1cos θ + L2) cos ϕ + 2Ifω V L (2.24)
2.4
自転車の速度
本研究では,自転車の速度を調整できるようにする.よって本節では,本研究における自転車 の速度V について説明し,そのモデリングを行う.第2章 自転車のモデリング Fig. 2-11: 後輪実機 Fig. 2-12: 後輪モデル Fig.2-11のように後輪に駆動用モータを取り付けることにより,車輪を回転させている.モー タと後輪にはそれぞれギアが取り付けられ,チェーンでそれらをつないでいる.よって,モータの 回転に応じて後輪が回るという機構である.Fig.2-12が簡略化したモデルであり,ここからモー タギアの運動方程式は(2.25)式のように表すことができる. Jmθ¨m= τm− τmdis (2.25) ここで, Jm は駆動用モータの回転軸に関する慣性モーメント, θm は駆動用モータの回転角度を表 す.また, τm は駆動用モータの出力トルク, τmdis はモータに加わる外乱を表す.モータに加わる
外乱τmdis には,回転軸の摩擦やモデル化誤差が含まれている. Fig.2-12におけるθbicは自転車後
輪の回転角度を表わしており,自転車が前に進む図の矢印の向きを正とする.よって,車輪半径r と,モータと後輪のギアの歯数Zw,Zbicを用いることで,車輪の回転速度ω,自転車の速度V は 以下の関係式より導かれる. θbic = Zw Zbic θw (2.26) ω = θ˙bic (2.27) V = rω (2.28)
第
3
章
マスタのモデリング
本章では,本研究で提案する多自由度ステア・バイ・ワイヤシステムにおけるマスタのモデル 化を行う.3.1
マスタシステム
Fig. 3-1: 本研究で製作したマスタ Fig. 3-2: ボールねじ 本研究の実験および3Dシミュレータで使用するマスタをFig.3-1に示す.製作したマスタの 概要は,自動車用のハンドルにモータを取り付け,それをボールねじのテーブルの上にアルミフ レームなどを用いて設置したものである.Fig.3-2に本研究で使用したボールねじを示す.マス タ製作にあたり,操縦者が自転車に乗っている感覚に近づけるため,ハンドルを斜め上向きに設 置するという工夫を行った.自動車用のハンドルにした理由は,ステア・バイ・ワイヤが多方面第3章 マスタのモデリング に応用可能であるという利点を考慮したからである.このマスタシステムが自転車以外に,高齢 者向け電動車両であるシニアカーなど,他の移動車にも将来的に適用できることを見込んでいる.
3.2
マスタハンドルの運動方程式
本節では,マスタシステムにおいて旋回動作により人の入力を受ける,マスタハンドルについ ての運動方程式を導出する.ステア・バイ・ワイヤシステムでは,ハンドルとステアリングギヤ を接続するステアリングシャフトの機械的な連結がなされていない.Fig.3-3に本研究における ステア・バイ・ワイヤシステムの概略図を示す.ただし右にハンドルを旋回させる,図の矢印の向 きを正とする.Fig.3-3より,マスタハンドルの運動方程式は以下のように表すことができる.Jmθ¨m= τmhum+ τmmot− τmdis (3.1)
ここで,Jm はマスタハンドル用モータの回転軸に関する慣性モーメント,θm はマスタハンドル 角度を表す.また,τmhum は運転者の操舵トルク,τmmot はマスタハンドル用モータのトルクを表し ており,τmdis はモータに加わる外乱を表す.モータに加わる外乱τmdis には,回転軸の摩擦やモデ ル化誤差が含まれている. 自転車ハンドルの運動方程式については,前章の(2.4)式で述べた通りである. Fig. 3-3: 本研究におけるステア・バイ・ワイヤシステム
第3章 マスタのモデリング
3.3
ボールねじの運動方程式
本節では提案する多自由度ステア・バイ・ワイヤシステムにおいて,マスタに前後方向の自由 度をもたせる働きをするボールねじについて説明し,運動方程式を導出する. Fig.3-4にボールねじのモデルを示す.ただしハンドルを前進させる,図の矢印の向きを正と する. そもそもボールねじとは,モータとカップリングで繋がれたスクリューが回転をすることで, ナット部分にあるボールがFig.3-5に示されるように転がり,回転運動を直線運動に変換し,テー ブルの位置を動かすものである.Fig.3-4より,モータに関する運動方程式は(3.2)式のように表 すことができ,テーブルに関する運動方程式は(3.3)式のように表すことができる.Jbθ¨b = τbhum+ τbmot− τbdis (3.2)
Mbx¨b = Fbhum+ Fbmot− Fbdis (3.3)
ここで,Jb はボールねじ用モータの回転軸に関する慣性モーメント,θb はスクリューの回転角度 を表す.また,τbhum は直線運動から変換した運転者の操舵トルク,τbmot はボールねじ用モータの トルクを表しており,τbdis はモータに加わる外乱を表す.モータに加わる外乱τmdis には,回転軸 の摩擦やモデル化誤差が含まれている. 一方,Mbはテーブルにかかる質量,xbはテーブルの位置を表す.Fbhum は運転者の力,Fbmot は回転運動から変換したモータからの力,Fbdis は摩擦などの外力を表す. Fig. 3-4: ボールねじモデル図 Fig. 3-5: ナット部分
第3章 マスタのモデリング しかし,ボールねじはスクリューの回転θb に応じて,テーブルの位置xbが決まる.ボールね じのリード(1回転あたりの移動量)lb,直動力Fb,効率η,回転トルクτbを用いて,回転運動か ら直線運動への変換式は(3.4),(3.5)式の関係になる. xb = lb 2πθb (3.4) Fb = ητb 2π lb (3.5) 本研究ではこの効率ηは1であると仮定した.よって,(3.4),(3.5)式の関係により,(3.2),(3.3) 式から,ボールねじの運動方程式は以下のように表される. Mb lb2 4π2θ¨b = F hum b lb 2π + τ mot b − τbdis (3.6)
第
4
章
オブザーバ設計と同定試験
本章では,制御系設計で用いる外乱推定オブザーバ(DOB)[19],反力トルク推定オブザーバ (RTOB)[20],キャンバ角外乱オブザーバ(CADO)[12]について説明する.また反力トルク推定 オブザーバ(RTOB)については同定試験も行う.4.1
外乱推定オブザーバ(
DOB
)
[19] 本研究ではモータの加速度制御を行う際,外乱を推定するために外乱推定オブザーバ(DOB) を適用する.したがって本節では,外乱推定オブザーバの設計方法について,自転車ハンドルへ の適用を例に説明する.使用した外乱推定オブザーバのブロック線図をFig.4-1に示す. Fig. 4-1: 外乱推定オブザーバ第4章 オブザーバ設計と同定試験 操舵角の角加速度参照値θ¨refとハンドル軸に関する慣性モーメントIhの積がトルク参照値τref となる. τref = Ihθ¨ref (4.1) それぞれの制御系では理想的な操舵角加速度応答が得られると仮定して設計しているため,設計 通りの角度応答を得るには,理想的な操舵角加速度応答を得る必要がある. ハンドル軸に関する慣性モーメントの真値をIt hとすると,その運動方程式は以下のようになる. Ihtθ = τ¨ − τload (4.2) モータには内部干渉トルク,摩擦トルクなどさまざまな負荷がかかり,これらをまとめたものを負 荷トルクτloadとした.ただし,2章で示したような自立機能に関する物理現象は負荷トルクに含 まれる.また,慣性モーメントの真値Iht とノミナル値Ihに誤差∆Ihがあると仮定した場合,運 動方程式は以下のようになる. (Ih+ ∆Ih) ¨θ = τ − τload (4.3) Ihθ¨ = τ − τdis (4.4)
ただし,τdisは外乱トルクを示し,負荷トルクτloadと変動トルク∆Ihθ¨を用いた以下の式で表さ
れる.
τdis = τload+ ∆Ihθ¨ (4.5)
ここで,外乱トルクτdisは以下のように推定される. ˆ τdis = Kg s + Kg τdis (4.6) = Kg s + Kg ( τ− Ihθ¨ ) (4.7) = Kg s + Kg τ + K 2 gIh s + Kg ˙ θ− KgIhθ˙ (4.8) 加速度の応答はエンコーダからの情報を微分することにより求めるが,ノイズの影響を抑えるた め,カットオフ周波数Kgのローパスフィルタ(LPF)を用いる.このように推定された外乱トル
第4章 オブザーバ設計と同定試験 クτˆdisをトルク参照値τref に加えた値をモータに出力させる. τ = τref + ˆτdis (4.9) 次に,推定された外乱トルクτˆdisをフィードバックする効果について検討する.(4.9)式に(4.7) 式を代入すると,以下の式を得る. τ = τref + Kg s + Kg ( τ − Ihθ¨ ) (4.10) ⇐⇒ τ = ( 1 +Kg s ) τref− KgIhθ˙ (4.11) (4.11)式を(4.4)式に代入すると,以下のように変換できる. Ihθ =¨ ( 1 +Kg s ) τref − KgIhθ˙− τdis (4.12) ⇐⇒ (Ihs + KgIh) ¨θ = (s + Kg) τref − sτdis (4.13) ⇐⇒ θ =¨ 1 Ih τref − 1 Ih s s + Kg τdis (4.14) (4.14)式より,外乱トルクτdisはカットオフ周波数Kgのハイパスフィルタ(HPF)を通した形 でシステムに影響することがわかる.理想的には,カットオフ周波数Kgの値をできるだけ大きく とることにより外乱の影響を完全に消去でき,本研究で扱っているシステムではKgの値を十分大 きくできるので,外乱はほぼ除去される.したがって,τref からθ¨までの伝達関数は(4.15)式の ように表されるため,τref を(4.1)式のように定めることにより,(4.16)式が成り立ち,モータの 加速度θ¨を加速度参照値θ¨refに時間遅れなしで一致させることができる. ¨ θ τref = 1 Ih (4.15) ¨ θ = θ¨ref (4.16)
4.2
反力トルク推定オブザーバ(
RTOB
)
[20] 本研究では人の入力と自動制御の融合を目的としている.人の入力τhum m を制御系に入れるため には人の入力情報を得る必要がある.また,モータにDOBを導入しているため,人の入力τhum m も外乱とみなされ,DOBによって補償されてしまう.そこで,本研究では人の入力情報を得る手 段として挙げられる反力トルク推定オブザーバをマスタハンドルに適用する.第4章 オブザーバ設計と同定試験 Fig. 4-2: 反力トルク推定オブザーバ 反力トルク推定オブザーバはDOBを基に構成されている.DOBは内部干渉トルク,外乱トル ク,摩擦トルクを推定する.これに対して反力トルク推定オブザーバは,外乱トルクのみを推定す ることを目的としている.そこで外乱オブザーバで得られた値からモデルから,得られる内部干 渉トルク,摩擦トルクを取り除くことで外乱トルクすなわち反力トルクを推定することができる. したがってマスタハンドルへの人の入力トルクは(4.17)式で推定される. ˆ τmhum= grt s + grt (τm− JmNθ¨m− D ˙θm− F − τint) (4.17) ここで,マスタハンドルモータの慣性モーメントの真値をJmとし,ノミナル値をJmN とする. また,grtは反力トルク推定オブザーバのカットオフ周波数,τintは内部干渉トルク,Dは粘性摩 擦係数,Fはクーロン摩擦である. Fig.4-2に反力トルク推定オブザーバのブロック線図を示す. 内部干渉トルク,摩擦トルクは同定試験を行うことで求めることができる.同定試験の方法に ついては次節で述べる.
第4章 オブザーバ設計と同定試験
4.3
マスタにおける同定試験
マスタのモータは,反力トルク推定オブザーバにより推定された運転者の操作トルクτˆmhumが フィードバックされる.反力トルク推定オブザーバを用いる際,モータの有するパラメータはそ の真値が必要であり,それらは推定トルクの精度に大きく影響する.そのため,各パラメータの 真値を求める同定試験を行う必要がある.同定試験時,モータの制御に構成されているDOBで推 定されるˆτmdis を同定用パラメータとして用いる. ハンドルモータに加わる外乱は次のように表される. τmdis= (Jm− JmN) ¨θm+ D ˙θm+ F + τmgrv (4.18) ここで,τmgrvは重力により発生する外乱トルクである.本来なら内部干渉トルクにはコリオリ・ 遠心トルクなども含まれているが,本論文ではこれらの影響が重力項に比べて十分に小さいとし, これらの項を無視する. 以下,同定試験の手順を述べる.まず,一度目の等速度試験により,重力項を同定する.任意 の角速度において等速度試験を行った場合に,DOBによって推定される外乱トルクの挙動をFig. 4-3に示す.重力トルクは正弦波もしくは余弦波で表されることは周知であるため,Fig.4-3の振 幅が重力項を表しているといえる.したがって,一度目の同定試験を行うことで,重力項を同定 することができる.さらに,二度目の等速度試験により,摩擦項を同定する.この時,モータを Fig. 4-3: 等速度試験結果例第4章 オブザーバ設計と同定試験 等速で回転させるためθ¨i= 0 となり,慣性変動の影響無しとみなせることから,一度目の等速度 試験によって同定した各関節における重力項を推定外乱から差し引くことで,推定外乱トルクは 摩擦項のみを含み以下のように表される. ˆ τmdis= D ˙θm+ F sgn( ˙θm) (4.19) したがって,この状態で様々な速度において等速度試験を繰り返し,近似を行うことで粘性摩擦 係数Dとクーロン摩擦F を同定することが可能となる. そして最後に加速度試験を行い,モータ軸周りの慣性モーメントJmを同定する.
4.3.1
重力項の同定
0.3rad/secの角速度指令値に対して制御を行い,等角速度試験を行った.そして角速度制御に おける角度,DOB出力値データをサンプリングタイム10msecで採取した.同定結果をFig.4-4に示す.ただし,ハンドルの位置はFig.4-5の状態を初期位置として行った. ここから,重力項は以下のように推定される. 重力項 τmgrv = 0.075 sin θ (4.20) Fig. 4-4: 重力項同定試験 Fig. 4-5: ハンドル初期位置
第4章 オブザーバ設計と同定試験 Fig. 4-6: 摩擦項同定試験 Fig. 4-7: 摩擦モデル
4.3.2
摩擦項の同定
前節において同定された重力項を推定外乱から差し引き,様々な角速度指令値に対して等角速 度試験を行い,摩擦項の同定を行った.そして角速度制御における角速度,オブザーバ出力値デー タをサンプリングタイム10msecで採取し,1000の標本の平均値を求めた.同定結果をFig.4-6 に示す.グラフの傾きが粘性摩擦係数Dを,切片がクーロン摩擦Fを表しているため,摩擦項は 以下のように推定される. 摩擦項 D+= 1.3408, F+ = 0.9144 (4.21) D− = 1.2774, F−=−0.9866 (4.22) これらのパラメータは角速度が0の時,クーロン摩擦F の符号が急に切り替わることで,摩擦 補償の際にチャタリングが起きる可能性がある.そのため,角速度が0の近傍では摩擦項が0と なる不感帯を持つようFig. 4-7のようにモデル化する. ここで確認のため,重力項の同定の際と同じく0.3rad/secの角速度指令値において等角速度試 験を行い,求められた重力項と摩擦項を差し引いたオブザーバの値をFig.4-8に示す.この結果 から,求められた重力項と摩擦項の値が妥当であることが確認できる.第4章 オブザーバ設計と同定試験 Fig. 4-8: 等速度試験結果例
4.3.3
加速度試験
次にモータの慣性モーメントの同定試験について述べる.先の等速度試験により得られた重力 項と摩擦項を用いて次の同定用オブザーバを構成する. ˆ τmdis= grt s + grt ( τm− JmN − D ˙θm− F sgn( ˙θm)− τmgrv ) (4.23) モータが等角速度で回転しているときに速度ステップ入力を与えると,この同定用オブザーバは (4.24)式に示す慣性変動のみを推定する. ˆ τmdis= (Jm− JmN) ¨θm (4.24)加速度試験の同定結果をFig.4-9に示す.ここでは,時刻10sにおいて,0.3rad/secから0.8rad/sec
へとステップ指令を与えた.角速度が変化するときにJm− JmN ̸= 0であるため,τˆdis が変動し ていることがわかる.Fig.4-9 から,モータ軸周りの慣性モーメントJm の真値は次のように計 算される. Jm = JmN + 1 ˙ θm(t1)− ˙θm(t0) ∫ t1 t0 ˆ τmdisdt (4.25) ここで,t0,t1はステップ指令が加わることにより変動したオブザーバの値の変動開始時間と終了 時間である.本試験では(4.25)式より,次のようにモータ軸周りの慣性モーメントが求められた.
第4章 オブザーバ設計と同定試験 Fig. 4-9: 加速度試験結果 慣性モーメント Jm = 0.090 (4.26)
4.4
キャンバ角外乱オブザーバ(
CADO
)
[12] 本節では,キャンバ角外乱オブザーバ(CADO)について説明する. DOBはモータへのトルク参照値と角速度応答からモータに加わる外乱を推定する.そのため, 自転車のキャンバ角方向のようなモータの付いていない受動関節に関しては用いることはできな い.そこで,本研究ではキャンバ角の角速度応答,角度応答と操舵角の角速度応答,角度応答か らキャンバ角方向の外乱を推定することを考える. まず,キャンバ角方向の運動方程式は(2.20)式より,(4.27)式で表される.A ¨ϕ = B sin ϕ− C ˙θ − D sin θ − Tϕdis (4.27)
ここで,Tϕdisは搭乗者を含むキャンバ角方向に加わる全ての外乱を表す.ラグランジュ方程式を 用いて求めた数値解の慣性Anを用いると,(4.27)式は(4.28)式に変換される.ただし,重力項B および走行速度に依存する非線形項C,Dを外乱とみなさずにオブザーバを設計する. Anϕ¨ = B sin ϕ− C ˙θ − D sin θ − { Tϕdis+ (A− An) ¨ϕ }
第4章 オブザーバ設計と同定試験 キャンバ角方向の外乱およびモデル化誤差を表すT˜ϕdisは,(4.28)式とローパスフィルタを利用す ることで以下のように推定可能である. ˆ Tdis = Kca s + Kca { Tϕdis+ (A− An) ¨ϕ } = Kca s + Kca {
−Anϕ + B sin ϕ¨ − C ˙θ − D sin θ
} = Kca s + Kca { KcaAnϕ + B sin ϕ˙ − C ˙θ − D sin θ } − KcaAnϕ˙ (4.29) ただし,KcaはCADOにおけるカットオフ周波数を表す.
CADOのブロック線図をFig.4-10に示す.CADOは,キャンバ角の角速度,角度応答と操舵 角の角速度,角度応答からモデル化誤差を含めたキャンバ角方向の外乱を推定することが可能で あることから,重力や摩擦などの外乱だけでなく,質量変動や重心移動の影響も補償できる.自 転車は人が乗ることを考慮すると,厳密なモデル化が困難であるため,CADOはその点で非常に 有効である.
第
5
章
制御系設計
本研究においては,マスタハンドルに人の入力を行い,その情報を電気信号を用いて自転車ハ ンドルに伝えるステア・バイ・ワイヤシステムを提案手法と呼ぶ.それに対して,マスタハンドル が存在しない従来の自転車において,自転車ハンドルに人が入力するものを従来手法と呼ぶ.そ こで本章では,線形制御による姿勢安定化に人の入力を融合させることで仮想的に従来手法の状 況をつくり出す制御手法を紹介する.その後,自転車の低速走行における安定性と操作性の向上 を目指した多自由度ステア・バイ・ワイヤによる提案手法を2通り説明する.提案手法の自転車 速度調整に関しては本章4節でまとめて示す.5.1
従来手法
本節ではPD制御を用いた姿勢安定化にRTOBにより推定した人の入力を融合させた従来手法 ついて説明する.従来研究の自転車ではマスタが存在せず,安定化制御により自動で動くハンドル を直接人が操作していた.よって本研究では,姿勢安定化制御の指令値をマスタハンドルにフィー ドバックし,マスタハンドル角と自転車ハンドル角を同期させることで仮想的にそれを実現して いる.また,従来手法ではマスタによる速度調整はできないので,自転車の速度V は一定として いる. 従来制御系全体のブロック線図概要をFig.5-1に示す.以下の各小節において詳細を説明する.第5章 制御系設計 Fig. 5-1: 従来手法
5.1.1
線形制御による姿勢安定化
本小節では,従来の線形制御における姿勢安定化制御について述べる.従来手法では,ゲイン 調整が容易であるという利点からPD制御が用いられた. キャンバ角ϕに関する運動方程式(2.20)式において,速度が一定の状態で,キャンバ角ϕと操 舵角θが微小であるとしてモデル式の線形化を行うと,(5.1)式を得る. A ¨ϕ = Bϕ− E ˙θ − F θ (5.1) E = M hV L1 L + Ifω (5.2) F = M hV 2 L + 2Ifω V L (5.3) ここで,以下のようにキャンバ角応答に基づく操舵角指令値θcmdを生成する.Kp,Kvは正のゲ インである. θcmd = Kp(ϕ− ϕcmd) + Kv( ˙ϕ− ˙ϕcmd) (5.4) ϕcmdはキャンバ角指令値,ϕ˙cmdはキャンバ角速度指令値である.操舵角θが指令値θcmdに一致 すると仮定し,(5.4)式を(5.1)式に代入すると,ϕcmdからϕまでの伝達関数(5.5)式が得られる. ϕ ϕcmd = EKvs2+ (F Kv+ EKp) s + F Kp (A + EKv) s2+ (F Kv+ EKp) s + (F Kp− B) (5.5) (5.5)式より,固有振動数ωnと減衰比ζは以下の式によって表される. ωn = √ F Kp− B A + EKv (5.6) ζ = F Kv+ EKp 2ωn(A + EKv) (5.7)第5章 制御系設計 よって,所望の固有振動数ωnと減衰比ζを設定することで,以下の式によりゲインKp,Kvを一 意に定めることができる. Kp = ωn2(A + EKv) + B F (5.8) Kv = BE + ωn2AE− 2ζωnAF 2ζωnEF − F2− ωn2E2 (5.9) ここで,ラウスの安定判別法を用いると,(5.5)式が安定であるためには以下の条件を満たさなけ ればならないことがわかる. Kp ≥ B F (5.10) (5.10)式に(5.8),(5.9)式を代入することで,以下の条件式が得られる. 0 ≤ AF2− BE2 = A ( M h1 L+ 2 If rL )2 V4− B ( M hL1 L + If r )2 V2 ( ∵ω = V r ) = V4− γV2 (γ > 0) ⇐⇒ V ≥ √γ (5.11) γは自転車のパラメータから計算によって決まる正の定数である.よって線形制御では速度V =√γ 以下では不安定になることがわかる. また,(5.4)式からは,角度指令値θcmdしか得られないが,ここでは以下のように角速度指令 値θ˙cmdは角度指令値θcmdを微分し,角加速度指令値θ¨cmdは角速度指令値θ˙cmdを微分すること によって得る. ˙ θcmd = d dtθ cmd (5.12) ¨ θcmd = d dt ˙ θcmd (5.13) この線形制御による姿勢安定化制御のブロック線図をFig.5-2に示す.
5.1.2
マスタシステム
本小節では,従来手法におけるマスタシステムについて説明する.第5章 制御系設計 インピーダンス制御 RTOBにより得られた人の入力の推定値τˆhumは,仮想的なインピーダンス特性で構成される 二次フィルタを用いることで,位置・速度・加速度の3つの次元の参照値に変換される. 人の入力の角加速度参照値θ¨humref はは仮想インピーダンスを通じて(5.14)式で得られる. ¨ θrefhum = 1 Jm
(ˆτhum− Dmθ˙refhum− Kmθhumref ) (5.14)
ここでJm,Dm,Kmはそれぞれ任意に設定した質量,粘性,弾性の仮想インピーダンスゲイン
である.
人の入力の角速度参照値θ˙refhum,角度参照値θrefhumは,角加速度参照値を積分するすることでそ れぞれ以下のように得られる. ˙ θhumref = ∫ ¨ θrefhumdt (5.15) θhumref = ∫ ˙ θrefhumdt (5.16) インピーダンス制御のブロック線図をFig.5-3に示す. 仮想インピーダンスゲインの設定
ここでは仮想インピーダンスゲインDm,Kmの設計方法について述べる.τˆhumからθrefhumま
での伝達関数は(5.17)式で示される. θhumref ˆ τhum = Jms 2+ D ms + Km Jm (5.17) Fig. 5-2: 従来手法の姿勢安定化
第5章 制御系設計 Fig. 5-3: インピーダンス制御 (5.17)式より,固有振動数ωmと減衰比ζmは以下の式によって表される. ωm = √ Km Jm (5.18) ζm = Dm 2√JmKm (5.19) よって,所望の固有振動数ωmと減衰比ζmを与えることで,以下の式によりDm,Kmが定まる. Dm = 2ζmωmJm (5.20) Km = ωm2Jm (5.21) 連続軌跡追従制御系 人の入力と姿勢安定化制御を融合するために用いる連続軌跡追従制御系について説明する. DOBによりモータの加速度制御が実現される.そのため連続軌跡追従制御系では,位置,速度 をフィードバックしても応答を遅れなく一致させることが可能であるため,加速度,速度,位置 を連続的に制御することが可能になった. ここでは,連続軌跡追従制御系に必要な3つの次元の参照値は,姿勢安定化の指令値と,イン ピーダンス制御により変換された人の入力の参照値を合わせたものとする. よって,マスタハンドルモータへの角加速度参照値θ¨ref は(5.22)式のようになる.ただし,K1, K2は正のゲインである. ¨
第5章 制御系設計 Fig. 5-4: 従来手法におけるマスタシステムのブロック線図 マスタシステムのブロック線図をFig.5-4に示す.
5.1.3
自転車システム
本研究においては,自転車ハンドルモータに関する制御を自転車システムと表現する. 従来手法では本来,人が自転車に乗ってハンドル操作を行うが,本研究においては自転車は無 人状態でマスタを遠隔操作する.そこで,マスタハンドルの角度応答値を微分し,(5.23)式のよ うに連続軌跡追従制御系にすることで,マスタと自転車を同期させる.これにより,仮想的に従 来手法のような自動制御されたハンドルを直接操作する状況をつくる. ¨θref = θ¨resm + Dh( ˙θmres− ˙θ) + Kh(θresm − θ) (5.23)
自転車システムのブロック線図をFig.5-5に示す.
5.2
提案手法
1
従来手法の問題点として,人が操作するハンドルと姿勢を安定化させようとするハンドルが同 一であるため,人の操作が適切でない場合,転倒の恐れが高まるという点が挙げられる. 姿勢を安定化しようと自動で動いているハンドルにとって,人の旋回を目的としたハンドル操 作は,安定性を悪化させる.第5章 制御系設計 従来研究において自転車が倒れずに旋回することができる[14]理由は,実際に人が乗って体重 移動によりバランスをとっているためであると考えられる.しかし,本研究では人が自転車に搭 乗せず,無人状態で自転車を遠隔操作している状態なので体重移動によりバランスをとることや 旋回を補助することはできない. よって,人の操作が直接自転車ハンドルに影響する従来手法では,人の操作ミスが原因で倒れ やすいと考えられる. そこで提案手法1では,ステア・バイ・ワイヤの利点である,環境から受ける影響と人の入力 を分離できるという点を活かすことを考えた.マスタハンドルでは人の入力を推定することに専 念し,自転車ハンドルではその推定した人の入力を考慮しつつ姿勢安定化を目指す. これにより,マスタで推定した人の入力が大きすぎた時には,インピーダンスゲインを調整し, 自転車ハンドルへ人の入力を伝達しないという切り替えが可能となる.自転車のハンドル位置と マスタのハンドル位置がずれていると危険である.そこで,マスタにおいても自転車ハンドルの 角度を完全に追従するようにした. また,自転車ハンドルにフィードバックする姿勢安定化制御部分についても,従来の線形制御 に対し,提案手法1ではリアプノフ安定定理による非線形制御とCADOを組み合わせることで, 安定性の向上を図る. 提案手法1の制御系全体のブロック線図をFig.5-6に示す.以下の各小節において詳細を説明 する. Fig. 5-5: 従来手法における自転車システムのブロック線図
第5章 制御系設計 Fig. 5-6: 提案手法1
5.2.1
非線形制御による姿勢安定化
ここでは,提案手法1における姿勢安定化制御について説明する.従来の線形制御による安定 化では,(5.11)式で示したようにある速度以下では自転車は不安定になる.そこで,運動方程式 を線形化せずリアプノフの安定定理により制御入力を決定する手法を用いる. リアプノフの安定判別法 ここでは,非線形システムの安定性の判断基準として有効なリアプノフの安定判別法について 説明する. まずリアプノフの安定定理とは,(5.24)式で表される非線形システムの平衡点x = 0の安定性 に関するものを例に挙げると,以下のように示される.ただし,V (x)はスカラ値関数である. ˙ x = f (x) (5.24) (a) V (x) > 0, V (xe) = 0 (b) V (x)は時間微分可能で,V (x) < 0(x˙ ̸= xe) 上記のような条件を満たす関数V (x)をリアプノフ関数という.リアプノフの安定定理を用いるこ とで,微分方程式を解くことなく安定性を議論することができる.第5章 制御系設計 しかし,V (x) = 0˙ を満たす(x)が存在する場合,リアプノフ関数の候補がリアプノフ関数にな らない場合がある.そこで,以下に示すラ・サールの定理を用いてリアプノフの安定定理を拡張 する. ˙ x = f (x) , f (xe) , x(0) = x0 のシステムにおいて,以下の条件を満たすスカラ関数V (x)がxe の近傍で存在すれば,xeは局所漸近安定である. (a) V (x) > 0, V (xe) = 0 (b) V (x)は時間微分可能で,V (x)˙ ≤ 0(x ̸= xe) (c) ˙V (x) = 0を仮定したときに,微分方程式の解がx(t) = xeのみである ラ・サールの定理を用いることによって,V (x) = 0˙ を満たすxが存在する場合においてもリアプ ノフの安定定理を用いて安定制御入力を決定することが可能となる. リアプノフの安定定理に基づいた漸近安定化制御 非線形制御による姿勢安定化にCADOを組み合わせた制御方法について述べる. リアプノフ関数の候補V1 を(5.25)式のように定める.姿勢を一定に保つことを考えているた め,平衡点はϕ = ϕcmd,ϕ = 0˙ とした. V1 = 1 2A ˙ϕ 2+1 2Kϕ ( ϕ− ϕcmd )2 (5.25) ただし,Kϕは正のゲインである.V1の時間微分V˙1は,前章の(4.28)式を用いると(5.26)式のよ うになる. ˙ V1 = A ˙ϕ ¨ϕ + Kϕ ( ϕ− ϕcmd ) ˙ ϕ = ϕ˙{B sin ϕ− C ˙θ − D sin θ + Kϕ ( ϕ− ϕcmd)− ˜Tdis} (5.26) ここで,入力はθ˙で与えられるとし,(5.27)式を満たしているとする.ここでKϕ˙は正のゲインで あるとする. ˙ θcmd = 1 C { B sin ϕ− D sin θ + Kϕ ( ϕ− ϕcmd ) + Kϕ˙ϕ˙− ˜Tdis } (5.27)