<論説>工場法と安全運動--岡実における職工保護の思想
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(2) 近畿大学法学. 第51巻第2号. りを 与 えて い る。 以 下 で は、 まず 職 工(工 場 労働 者)を 保 護す べ き だ と主 張 す る 岡 の 論 理 的根 拠 が 職 工 は 「 弱 者 」で あ る とい う認 識 にあ る こ と を示 した 上 で 、「弱者 」 と して の職 工 を保 護 ・救 済 す る 具体 策 と して、 岡 が 工 場 法 の 制 定 ・施 行 に 尽 力す る と とも に、 安 全 運 動 の推 進 に も協 力 を惜 しま な か っ た こ と を論 じ な が ら、 岡 にお いて 工 場 法 と安 全運 動 が 互 い に 密接 不 可 分 な 関 係 にあ った こと を 明 らか にす る。 特 に、 窮 民 化 した 職 工 を救 済 し、 窮 民 予備 軍 と して の職 工 が 窮 民 化 す る の を防 止 す るた め の救 貧 ・防貧 対 策 が、 ま さ に 工場 法 の 施 行 と安 全 運 動 の 双 方 に課 せ られ た 共 通 の 目的で あ っ た こ とを 示 し、 岡 に お け る 工 場 法 と安 全 運 動 の思 想 的 な 結 び つ き を 明 らか にす る。. 1「 弱 者 」 と して の 職 工 保 護. 労 働 災 害 の 原 因 につ いて は、 か つ て は労 働 者 自 身 の不 注 意 に求 め る考 え 方 が 支 配 的 で あ り、 そ れ ゆ え、 不 注 意 の結 果 で あ る と され た労 働 災 害 の 責 任 も、 労 働 者 自 身 が 負 う の が 当然 視. な い し は、 仕 方 の な い こ とだ と. され た 。 つ ま り、 労 働 災 害 の損 失 は、 そ の原 因 を招 い た とされ る労 働 者 自身 が 負 担 す べ き だ とす る考 え方 が 当時 は一 般 的 で あ っ た(4)。 た とえ ば1922年(大. 正11年)に. 発 表 され た 菊 池 寛 の小 説 「 火 華 」(5)は 、. こ う した 状 況 を 生 々 し く描 写 して い る。 そ こで は、 労 働 災 害 に遭 って 片 腕 を 失 っ た 職 工 の 鉄 造 が 会 社 の 対 応 に不 満 を持 ち1支 配 人 に直 談 判 す る場 面 が 、 次 の よ う に描 か れ て い る 。. 支 配 人 は 、 鉄 造 の す さ ま じい 権 幕 を 見 る と、 鋭 鋒 を避 け るや う に、 「ま あ。 そ こへ か け給 へ 。 君が 合 点 が 行 くや う に、 話 す か ら。」 一24(87)一.
(3) ▼1∼ 一一. 工場 法と安 全運 動 支 配 人 は、 さ う云 つ て 、 自分 も腰 をか け なが ら、 鉄 造 に も椅 子 を す すめた。 「 慰 籍 料(6)に不 足 が あ る と云 ふ 君 の 云 ひ 分 だ が ね 。 そ ん な こ と を云 へ ば、 此 方 だ つ て 云 ひ 分 が あ る んだ 。 君 は工 場 へ 来 て 、 二 月 と働 い て ゐ な いだ ら う。 会 社 のた め に何 の働 き も して ゐな い の だ。 そ の 上 に、 病 院 へ 、 三 月 近 く も入 院 した のだ らう。・ そ の 費用 だつ て 、 三 百 円や 四 百 円 にな つ て ゐ るん だ か らね 。 君 と云 ふ も のが 、 負 傷 した た め に、 会 社 は 可 な り損 害 を受 けて ゐ るん だ 。」 「ぢ ゃ、 俺 が怪 我 を した の は、 酔 興 にや つ た と云 ふ ん で す か 。」 鉄 造 は 、残 つ て ゐ る 一 本 の 手 が 、ぶ る ぶ る 頭 へ る や うな 怒 を 感 じた 。 「いや 、 さ う は云 は な い。 が 、 負 傷 の 原 因 は、 君 の 過 失 だ か らね 。 明 に、 君 の 過 失 だ か らね 。 機 械 は 、 人 問 を傷 け るや う に出 来 て ゐな いん だ か らね 。 は は は は は 。 君 が 、 注 意 して 居 れ ば、 向 うか ら飛 び 付 いて 来 る もの ち や な い ん だ か らね 。 は は は は は 。 これ が 、 金 剛 砂 の砥 石 が 破 裂 した た め に 負 傷 した な ど云 ふ の な ら、 問 題 は 別 で 、 責 任 は、 会 社 に も あ る ん だ が 。 君 の は 君 の 不 注 意 で や られ た ん だ か ら。」(菊 池 1994:708、. 傍 点 引用 者 、 一 部 表 記 を改 めた 。 以 下 同。). 上 記 文 中 に あ る よ うに 、 会 社 側 は 労 働 災 害 が 労 働 者 自身 の 不 注 意 によ っ て 起 き た の で あ る か ら、 そ の 責 任 は 会 社 に は な い と 説 明 して い る。 鉄 造 は、 この説 明 に納 得 しな か っ た が、 小 説 の別 の 場 面 で も 、応 対 した 事 務 員 に、 「 君 〔 鉄造. 引 用 者 注 。 以 下 〔 〕 内 は 引用 者 に よ る注 を示 す 。〕が 、. 負 傷 した の を災 難 だ と思 つ て 、 あ き らめ る ん だね 」(菊 池1994:706)と. 語. らせ て い る。 つ ま り、 も し本 人 に も 責任 が な い とす れ ば、 そ れ は 「災 難」 と して 納 得 す る他 な い と い う ので あ る。 いず れ の考 え方 にせ よ、 会社 が恩 恵 と して 、 少 額 の 見 舞 金 な ど を支 給 す る こ とが あ った にせ よ、 会社 の 責任 一25(86)一.
(4) ㌦ 二:.S. 近畿大学法学. 第51巻第2号. はな い と い う 当時 の一 般 的 な 社 会 状 況 を、 この 小 説 の 一 場 面 は 如 実 に 示 し て い る。 しか しな が ら、 そ の一 方 で 、 この 小説 が 描 いて い る大 正 期 の 日本 社 会 に お いて 、 こ う した 労 働 災 害 の処 理 を め ぐ る基 本 的 な枠 組 み が、 ま さ に 大 き く変 わ ろ う と して いた 。 具 体 的 に い え ば、 故 意 ま た は過 失 が な け れ ば 責 任 は 問 わ れ な い とす る 過 失 責 任 の 原 則(民 法 第709条)が. 、労働 災害 に関 し. て 根 本 的 な 修 正 が 図 られ よ う と して い た。 す な わ ち、 責 任 論 に関 して 、 た と え労 働 災 害 の原 因が 労 働 者 自 身 の 不注 意 に あ る場 合 で も、 そ の結 果 を労 働 者 に負 担 させ る ので は な く、 使 用 者側 に負 担 させ るた め の政 策 的 立 法 措 置 が と られ る こ と とな っ た。 これ は 工場 法 第15条 と して 結 実 した 。 また 、 これ に関 連 す る原 因論 で は、 多 くの場 合 n. にお いて 労 働 者 自身 の不 注 意 に労 働 災 害 の原 因 を求 め る と い う一 般 的傾 向 が 疑 問 視 され 、 そ の 不 注 意 の背 後 に あ る真 の原 因 の発 見 とそ の除 去 と い う 予 防 対 策 に向 か う こ と にな った 。 これ は工 場 法 第13条 に具 体 化 され た。 しか しな が ら、 こ う した 責 任 論 の 根 本 的 な 転 換 を図 るた め に は、 工 場 法 の 立 案 者 た ち は 、 過 失 責 任 の 原 則 に例 外 を認 め る何 らか の合 理 的 で 説 得 力 の あ る 理 由 を見 出 す 必 要 が あ った 。 工 場 法 の立 案 ・制 定 に直 接 携 わ っ た農 商 務 官 僚 の 岡 が 求 め た 理 由 こそ 、「 弱 者 」と して の職 工 と い う在 り方 で あ っ た。実際. 岡 は 、 これ につ いて 次 の よ う に説 明 す る。. 単 純 ナ ル 個 人 主 義 若 ハ 契 約 自 由 ノ主 義 ヨ リ之 ヲ見 ル トキ ハ 、 職 工 力 業 務 二 因 リテ 負 傷 シ疾 病 二 罹 リ又 ハ 死 亡 ス ル コ トア ル モ 、 其 ノ死 亡 ノ原 因 ニ シ テ 工 場 主 ノ故 意 又 ハ 過 失 二 因 ル ニ 非 サ ル 限 リ、 工 場 主 二 於 テ 何 等 賠 償 的 ノ給 付 ヲ為 ス ヲ要 ス ル モ ノニ 非 サ ル ナ リ。 之 レ理 論 ノ示 ス 所 ナ リ ト錐理 論 ト実 際 トハ 甚 シク 相 背馳 シ、 事 実 二 於 テ 職 工 ハ 工 場 主 二 対 シ対 等 ノ個 人格 トシ テ 自 由意 思 二 依 リ契 約 ヲ為 シ得 ル モ ノニ 非 ス 、 一26(S5)一.
(5) 工場法 と安全運動 換 言 ス レハ 法 律 上 ハ 兎 モ 角 経 済 上 二 於 テ 職 工 ハ 著 シ ク、 弱 者 ノ位 置 二 在 ル モ ノナ ル ヲ以 テ 、 就 職 ノ初 二 当 リテ 正 当二 其 ノ欲 ス ル 所 ヲ以 テ 工 場 主 ヲ要 約 シ 得 サ ル ヲ例 トス 、 特 二 外 国 二 於 ケ ル カ 如 ク労 働 者 ノ組 合 モ 無 ク 、 又 婦 女 幼 少 年 職 工 ノ多 数 ナ ル 我 国 二 於 テ ハ 、 職 工 ト工 業 主 ト ノ契 約 関 係 ハ 地 主 ト小 作 人 又 ハ 家 主 ト借 家 人 トノ間 二 於 ケ ル ヨ リモ 尚 一 層 ノ 自 由 ヲ欠 くク モ ノア リ。(岡1917c:249-250). つ ま り、 形 式 上(法 律 上)は. と もか く、 実 際 上(経 済 上)の 関 係 にお い. て は 、 職 工(工 場 労 働 者)は 著 し く 「 弱 者 ノ位 置 」 に あ る の で 、 対 等 な 契 約 を 結 ぶ こ との で き る 社 会 的 立 場 に な い 「労 働 者 ヲ保 護 セ サ ル ヘ カ ラス 」 (岡1917c:1151)と. 岡 は論 じた ので あ る。. そ れ で は、 岡 は、 「 弱 者 」 と して の 職 工 を保 護 す る た め の 具 体 的 な 施 策 と して何 が 必 要 だ と考 え て い た の で あ ろ うか。 これ に つ い て 、 岡 は 「 職工 保 護 ノニ 大 眼 目ハ 職 工 ノ使 用 ト工 場 設 備 ノ取 締 二 在 リ」(岡1917c:544) と い う。 端 的 に い え ば 、 「 職 工 ノ使 用 」 と は就 業 制 限 や 扶 助 義 務 な ど を 指 し、 「 工 場 設 備 ノ取 締 」 とは 労 働 災 害 防 止 対 策 の こ とで あ る。 そ して 、 こ の職 工 保 護 の 目 的 を 達 成 す る た め に 制 定 さ れ た の が 、 他 な らぬ 工 場 法 で あ った 。 そ こ に お いて は、 「 婦 女 幼 少 者 ノ酷 使 」(岡1917c: 210)を. 禁 止 ・制 限 し、 成 人 男 性 に つ いて は 「 業 務 二 習 熟 セ ル 職 工 ヲ永 ク. 其 ノ 工 場 二 勤 続 セ シム ル」(岡1917c:209)た. め に、 労 働 災 害 を予 防 し、. も し労 働 災 害 が 起 き た場 合 に は、 そ の補 償 を企 業 に負 担 させ る とい う内容 が 盛 り込 まれ た 。 と く に、 労 災 予 防 につ い て は工 場 法 の第13条 に、 ま た 労 災 補 償 につ いて は 同法 第15条 に次 の よ う に規 定 され た。. 第十三条. 行 政 官 庁 ハ 命 令 ノ定 ム ル 所 二 依 リ工 場 及 付 属 建 設物 並 設 備. 力 危 害 ヲ生 シ又 ハ 衛 生 、 風 紀 其 ノ他 公 益 ヲ害 ス ル 虞 ア リ ト認 ムル ト 一27(84)一.
(6) .,..<:,. 近畿 大学 法学. 第51巻第2号. キ ハ 予 防 又 ハ 除 害 ノ為 必 要 ナ ル 事 項 ヲ工 業 主 二 命 シ 必 要 ト認 ム ル ト キ ハ 其 ノ 全 部 又 バ ー 部 ノ使 用 ヲ 停 止 ス ル コ トヲ得 第十五条. 職 工 自己 ノ重 大 ナ ル 過 失 二 依 ラ ス シ テ 業 務 上 負 傷 シ 、 疾 病. 二罹 リ又 ハ 死 亡 シ タ ル トキ ハ 工 業 主 ハ 勅 令 ノ定 ム ル 所 二 依 リ本 人 又 ハ 其 ノ遺 族 ヲ扶 助 ス ヘ シ. 工 場 法 の 内 容 は、 結 局 の と こ ろ、 緩 や か な 規 制 に と ど ま ら ざ る を得 な か っ た にせ よ、 工 場 法 の 制定 ・施 行 は 「弱 者 ノ位 置」 に あ る 労 働 者 を 保 護 す る 方 向 へ 向 か わ せ る 制 度 的 枠 組 み と して 重 要 な 第 一 歩 を 印 した と い え る。 しか し、 また 同時 にa女 性 や 年 少 者 を保 護 す る と と も に 労働 市 場 の 中 核 か ら排 除 す る こ とで 、 女 性 を補 助 的 な就 労 形 態 あ る い は家 事 労働 へ 追 い や り、 年 少 者 を就 学 に専 念 させ る傾 向 を促 す こ と に も な っ た。 そ の 結 果、・ ・ ます ます 成 人 男 性 を 中心 に据 えた 近 代 的 労 働 形 態 が 、 工 業 化 社 会 の 一 層 の 進 展 に と もな い、 浸 透 し定 着 して い く こ と にな った 。 実 際 、 工 場 法 が 制定 され た 当時 は、ま だ 女 性 労 働 者 の 割 合 が 高 か った(職 工 数 の 男 女 比 は 約4: 6)が 、「 大 正 ノ新 時 代 二 入 リ我 工 業 界 力 破 天 荒 ノ大 飛 躍 ト大 変 遷 ヲ為 サ ム トス ル 」(岡1917c:1149)状. 況 が 生 まれ 、 と く に第 一 次 大 戦 を契 機 に重 化. 学 工 業 が 発 展 を遂 げ る と、 男 性 労 働 者 の割 合 が 増 加 し始 め た 。 岡 は、 こ の 点 につ いて 次 の よ う に い う。. 工 場 法 施 行 後 〔… 〕 我 国 ノ工 業 状 態 力 近 時 一 大 変 遷 ヲ経 ツ ツ アル ノー 事 ナ リ。 由来 我 国 工 業 界 ノ最 モ 顕 著 ナ ル 現 象 ハ 我 国 二 於 テ ハ 繊 維 工 業 ヲ主 トシ女 工 力 其 ノ大 部 分 ヲ 占メ タ ル ニ 在 リ。 然 ル ニ 今 ヤ 此 ノ形 勢 ハ 著 シ キ 変化 ヲ呈 シ機 械 工 業 及化 学 工 業 等 新 ナ ル 工 業 ノ勃 興 急 激 ナ ル ヨ リ男 工 ノ数 漸 ク 多 キ ヲ加 ヘ ン トス 〔… 〕。(岡1917c:1147). 一28(83)一.
(7) 一 r . て 一7 一 7- . 工場法 と安全運動 こ う した 重 化 学 工 業 の 進 展 と と も に 男性 労 働 者 の比 重 が 増 す 中(7)、機 械 化 さ れ た 工 場 設 備 を 備 え た 工 場 で の 労 働 災 害 が 多 発 し始 め た 。 こ う した 状 況について、岡は、. 工 場 労 働 者 ノ就 業 中 不 慮 ノ災 害 二 罹 リ為 二 身 体 ヲ傷 害 シ 、 一 時 的 若 ハ 永 久 的 二 労 働 能 力 ヲ 失 ヒ甚 シ キ ハ 遂 二 死 二 至 ル 者 、 若 ハ 就 業 後 幾 モ ナ ク 諸 種 ノ疾病 二 冒 サ レ工 場 ヲ去 リ又 ハ 死 亡 ス ル 者 年 々 幾 万 人 ノ多 キ ニ 達 ス ヘ シ、 此 等 ハ 戦 争 二依 ル 死 傷 者 ノ如 ク 世 人 ノ耳 目ヲ 讐 動 ス ル コ ト 多 カ ラ ス ト錐 、 実 ハ 平 和 的 生 産 戦 争 二 於 ケ ル犠 牲 者 ニ シ テ 最 モ 同 情 ヲ 寄 ス ヘ キ モ ノ ニ属 ス。(岡1917c:784). と述 べ 、 こ の 「平和 的 生産 戦 争 二於 ケ ル犠 牲 者」 対 策 を 打 ち 出 す 必 要 を 痛 感 して い た。 1917年(大. 正6年)と. い う年 は、 日露 戦争 な ど に よ っ て死 傷 した 軍 人 お. よび そ の遺 家 族 に対 す る貧 困救 済 策 と して、 軍 事 救 護 法 が 制定 一 翌年一. 施行 は. され 、「弱 者」と して の戦 争 犠 牲 者 を公 的 に扶 助 す る道 が 本格 的 に. 開 か れ た 年 で あ る。 こ の制 度 の必 要 性 は 日露 戦 後 か ら久 しく 叫 ば れ て い た と こ ろで あ るが 、 第 一 次 大 戦 の最 中、 戦 意 喪 失 な ど を危 惧 す る 政府 が 「国 民 士 気 の 振 作 を 図 ら ん とす る趣 旨 で 」(山 崎[1931]1982:336)、. よ うや. く法 制 化 に踏 み 切 った と い う経 緯 が あ る。 岡 が 論 じて い る 当時 の 日本 で は、 社 会 意 識 の上 で 、 戦 争 の犠 牲 に よ って 貧 困 に 陥 っ た 社 会 的 弱 者 と と も に、 工 場 労 働 者 も ま た 社 会 的 弱 者 と して 人 々の 目 に映 り始 め て いた 。 つ ま り、 国 家 の 戦 争 にお いて 生 じた 犠 牲 者 は 国 家 が 公 的 に扶 助 す べ き で あ る の と同 様 、 企 業 の 生 産 にお いて 生 じた 犠 牲 者 は 企 業 が扶 助 す べ き で あ る とす る 考 え 方 こそ 、 岡 にお いて 、 当然 の 論 理 的 帰 結 で あ っ た。 ま た1こ. う した 社 会 的 弱 者 を 国 家 や 社 会 が 保 護 し救 済 す 一29(82)一. 司.
(8) 近畿大学法学. 第51巻 第2号. る義 務 を 負 うべ き だ とす る社 会 福 祉. た だ し、 当 時 は 用 語 上、 「社 会 福. 祉 」 よ りも 「 社 会 事 業 」 が 一 般 的 で あ った. の考 え 方 も、 少 しず っ 社 会. に浸 透 し始 め て いた 。 こ の 意 味 で、 工 場 法 は 福 祉 国 家 化 す る 過 程 に お い て 社 会 に 顕 在 化 した 「弱 者 」 で あ る職 工 を 保 護 ・救 済 す べ き だ とす る考 え 方 の 上 に 立 っ て 制 定 され た もの で あ る。 岡 は、 ま さ に こ の福 祉 思 想 を工 場 労 働 につ いて 具現 化 した の だ と いえ る。 以下では、岡の 「 弱 者 」 と して の職 工 保 護 の思 想 を、 まず 工 場 法 につ い て 、 次 に安 全 運 動 につ いて 、 さ らに具 体 的 に検 討 して い く。. 2工. 場 法 に お け る救 貧 と防 貧. 岡 実 は 、 著 書r工 場 法 論 』 の 中で 、 工 場 法 制 定 の 目的 を次 の よ う に説 明 す る。. 工 業 二 伴 フ危 険 ハ 之 ヲ予 防 ス ル ヲ得 可 シ、 然 レ トモ 之 ヲ絶 無 ナ ラ シム ル コ トヲ得 ス 、 左 レハ 職 工 力 業 務 上 負 傷 シ又 ハ 疾 病 二 罹 リタル トキ 之 二 或 ル 程 度 ノ扶 助 ヲ与 フル ハ 工 業 主 ノ 当二 為 ス ヘ キ 所 ニ シテ 工 業 ノ経 営 二 伴 フ避 クヘ カ ラサ ル 損 失 ト看 倣 ス 可 キ モ ノナ リ。 然 ル ニ 工 業 主 中 何 等 ノ扶 助 ヲ為 サ ス 此 ノ種 業 務 上 ノ損 失 ヲ職 工 自身 、 又 ハ 職 工 ノ親 族 友 人 其 ノ他 一 般 ノ公 共 経 済 二 転 嫁 セ シム ル カ 如 キ 者 ア リ不 当 ト謂 ハ サ ル ヲ得 ス 、 若 シ此 ノ転 嫁 ニ シテ 行 ハ レサ ラ ンカ 無 告 ノ窮 民 ヲ増 加 ス ル ノ因 トナ ル ノ ミナ ラス 、 労 働 者 ハ 予 メ危 険 多 キ 又 ハ 衛 生 上 有 害 ナ ル 工 場 ノ労 働 ヲ忌 避 シ工 業 ノ発 達 ヲ妨 クル カ 如 キ 結 果 ヲ来 ス ノ虞 ナ シ トセ ス 。 其 ノ他 職 工 ノ誘 拐 ヲ防 止 シ、 不 正 ノ周 旋 業 者 ヲ制 裁 シ、 職 工 ノ雇 入 解 雇 二 伴 フ弊 害 ヲ未 然 二 防 キ 徒 弟 ノ収 容 及 就 業 等 二 関 シー 定 ノ規 則 一30(81)一.
(9) 工場法 と安全運動 二 従 ハ シム ル カ 如 キ ハ 、 工 業 ノ振 興 二 伴 ヒ其 ノ必 要 益 々増 大 スヘ キ ヲ 以 テ 工 場 法 ノ制 定 ハ 洵 二 時 運 ノ急 須 二 応 ス ル モ ノ ト謂 ハ サ ル ヲ得 ス。 (岡1917c:211). こ こ で 岡 は 、 ま ず 、 「工 業 二 伴 フ 危 険 」 にっ い て、 労 働 災 害 を絶 無 に は で き な いが 、 予 防 は 可 能 だ と した 上 で 、 労 働 災 害 に対 す る手 当て を工 業 主 が 責 任 を も って 行 な うべ き だ と述 べ る。 当時 、 工 業 に従 事 す る こ と は危 険 な こ とで あ り、 そ れ ゆ え工 場 で の労 働 災 害 は 不 可 避 だ とす る認 識 が 一 般 的 で あ った 。 しか し、 岡 は、 こ の危 険 を 減 少 さ せ 予 防 す る こ と は 可 能 だ と い う。 これ に は 岡 の 確 信 が あ った 。 実 際. 岡 は、 具 体 的 な 罹 災 率 や 罹 病 率 に 関 す る 統 計 数 値 を 挙 げ、 そ れ らが. 「本 邦 工 場 二 於 ケ ル モ ノハ 外 国 二 比 較 シ テ 高 キ 」(岡1917c:243)と. 結論. し、 そ の 改 善 の 具 体 策 を 工 業 主 に提 言 して い る。 た だ し、 こ の労 働 災 害 を 予 防 す る とい う考 え 方 は 、 先 に述 べ た よ う に、 工 場 法 第13条 と して 実 を結 ん だ が 、 そ れ に実 行 力 を 持 た せ る こ とは 当分 の 間 、 見 送 られ た た め 、 岡 は 安 全運 動 に 期 待 を 寄せ ざる を 得 な か った 。 この 点 につ いて は 、 次 節 で 改 め て 取 り上 げ る。 他 方、 労 働 災害 を 予 防 す る 措 置 を 講 じて も、 な お 絶 無 にで き な い労 働 災 害 の 手 当 て を、 ど うす る か とい う点 につ い て 、 岡 は 上 記 引 用 文 申 にあ る よ う に、 「 工 業 ノ経 営 二 伴 フ 避 クヘ カ ラ サ ル 損 失 ト看 倣 ス 可 キ モ ノ」 で あ っ て、 「 扶 助 ヲ 与 フ ル ハ 工 業 主 ノ 当 二 為 ス ヘ キ 所 」 だ とす る。 な ぜ な ら、 機 械 に つ い て は、 そ の修 理 は 工 業 主 の 負担 で行 な うの に、 同 じ く工 場 で 生 産 に 関わ って い る職 工 に つ い て負 担 しな い とな る と筋 が 通 らな い と、 岡 は 次 の よ う に議 論 を展 開す る。 す なわ ち、. 夫 レ職 工 ハ 工 業 主 ニ ト リテハ 之 ヲ 生産 用 具 ノ ー種 ト看 倣 ス ヘ キ モ ノナ 一31(80)一.
(10) 近畿大学法 学. 第51巻第2号. リ、 機 械 二破 損 ヲ生 ス レハ 工 業 主 ノ負 担 二 於 テ 之 ヲ修 繕 ス ル ハ 当然 ナ リ、 然 ル ニ 無 償 ニ テ 収 容 シ タ ル 職 工 二 対 シテ ハ 、 〔… 〕 速 ニ ー 定 ノ制 度 ヲ立 テ テ職 工 ノ病 傷 死 二 対 シ 、 扶 助 ノ義 務 ヲ負 担 セ シム ル ハ 妥 当ナ リ ト信 ス。(岡1917c:251-252). そ して 、 工 場 法 第15条 が 規 定 す る扶 助 の 具体 的 内容 に つ い て はiさ 「勅 令 」(工 場 法 施 行 令 第4条 場 法 と 同 じ く1916年(大. らに. か ら第20条 ま で)で 具体 的 に定 め 、 これ は 工. 正5年)9月1日. に施 行 き れ る こ と とな っ た。. こ う して 工 場 法 が 定 め る工 場 で働 く職 工 の労 働 災 害 補 償 に っ い て は 、 た と え職 工 の 過 失 が 原 因 で あれ 、 「 重 大 ナ ル 過 失 」 が 原 因 で な い限 りは、 工 業 主 が そ の 義 務 を 負 う こ とが 法 律 上 、 明 記 され る に至 っ た 。 こ れ に関 し て 、 職 工 の過 失 を原 因 とす る場 合 で も、 そ の 責任 を工 業 主 に負 わ せ る理 由 を、 岡 は 次 の よ う に説 明 して い る。. 工 業 主 力 如 何 二 周 到 ナ ル 注 意 ヲ以 テ 危 険 予 防 其 ノ他 一 般 工 場 二 関 ス ル 施 設 二 力 ヲ尽 ス モ 、 工 場 二 於 ケ ル ー 切 ノ危 険 ノ原 因 ヲ除 去 スル コ トヲ 得 ル モ ノニ ア ラス 、 而 シテ 職 工 力 如 何 二 細 心 ノ注 意 ヲ為 シテ 其 ノ業 務 ママ. ニ従事スルモ長時問二互 〔 亙 の 誤 植 か 〕 リ長 年 月 ヲ通 シテ 或 ハ 単 調 無 味 ナ ル 労 働 二 従 事 シ、 或 ハ 粉 塵 、 瓦 斯 若 ハ 蒸 気 ノ為 空 気 ノ汚 染 セ ル 室 内 二 於 テ 作 業 シ、 或 ハ 過 激 ニ シテ 冒 険 的 ナ ル 労 務 二 服 ス ル ニ 当 リテ ハ 時 二 注 意 ヲ怠 ル コ トナ キ ニ 非 ス 、 又 冒 険 ヲ敢 ス ル ニ 非 サ レハ 仕 事 ノ進 行 ヲ 期 シ 難 キ 場 合 ナ キ ニ 非 サ ル ヘ シ。 換 言 ス レハ 或 ル 程 度 ノ過 失 ト冒 険 トハ 工 業 上 二 於 ケ ル 已 ム ヲ得 サ ル 凶 事 トシテ 之 ヲ認 容 セ サ ル ヘ カ ラ ス 、 凡 ソ 工 場 二 於 ケ ル 大 小 ノ災 害 ニ シ テ 職 工 ノ過 失 二 因 ラサ ル モ ノハ 甚 タ 稀 ナ リ、 故 二 職 工 二 過 失 ア ル ノ故 ヲ以 テ 工 業 主 二 扶 助 ノ義 務 ナ シ トセ ハ 職 工扶 助 ノ法規 ハ 其 ノ効 果 ノ大 半 ヲ失 ヒ名 有 ツ テ 実 ナ キ ニ 至 ル 一32(79)一.
(11) 一. 一 π一. 工場法 と安全運動 ヘ シ 、 〔… 〕。(岡1917c:610-611). 岡 は、 こ う して 労 働 災 害 にお ける 過 失 責 任 を職 工 にで は な く、 工 業 主 に 負担 させ る 道 を 開 い た。 これ に よ っ て、 そ れ ま で 官 立 工 場 で の 職 工 や 民 問 の 炭 鉱 労 働 者 な ど一 部 の 労働 者 に 限 られ て い た 労 災 補 償 につ い て 、 これ によ り、 一 般 の 工 場 労 働 者一. た だ し、 常 時使 用 す る 職 工 が15人 未 満 の 工 場 で 働 く労 働 者 な ど、 適. 用 除外 とされ た労 働 者 も少 な か らず い た. は 、 労 働 災 害 にお いて 扶 助 を. 受 け る こ とが で き る よ うに な っ た。 しか し同時 に、 こ う した 工 業 主 へ の 労 災 補 償 の 義 務 化 は 、 被 災 労 働 者 の 「 無 告 ノ窮 民 」 化 を 防 ぎ、 さ らに ま た 、 危 険 で 有 害 な 工 場 労 働 を 国 民 が 忌 避 して 工 業 の発 達 が 阻害 され な い よ うに す る た め で もあ っ た 。 た とえ ば 、 岡 は次 の よ う に い う。. 職 工 ハ 固 ヨ リ窮 民 二 非 ス、 然 レ トモ経 済 生活 上 予備 、 後 備 トモ 謂 フヘ キ 財 産 上 ノ余 裕 少 ナ キ弱 者 タル ハ 疑 フ ヘ カ ラ ス、 工 業 主 タ ル 者 〔… 〕 工 場 生 活 ヲ為 ス 者 ノ 中 ヨ リ断 シ テ窮 民 ヲ社 会 二 出 ス コ トナ カ ラ ンコ ト ヲ期 ス ヘ キ ナ リ。(岡1917c:949). 岡 の 考 え で は、 職 工 が 直 ち に窮 民 とい うわ けで はな いが 、 「 過 度 ノ労 働 」 で 健 康 を 損 な い、 「工 場 設 備 ノ不 完 全 」 や 「 操 業 上 ノ注 意 ヲ 欠 ク」 こ と に より 「 不 慮 ノ災 害 ヲ被 リテ 終 身 救 治 ス ヘ カ ラ サ ル 不 具 者 ト為 ル 者 勘 カ ラ ス 」(岡1917c:209)と. い った 現 実 理 解 で あ った 。. す で に19世 紀 末 に、 在 野 で は、 松 原 岩 五 郎 のr最 暗 黒 之 東 京 』(1893年) や 横 山 源 之 助 のr日 本 之 下 層 社 会』(1899年)な. どが 貧 困 問 題 をル ポ ル タ ー. ジュ して い た が 、 政 府 が 「 窮民」や 「 細 民 」 な ど の生 活 困 窮 者 につ いて 本 一33(78)一.
(12) 近畿大学法学. 第51巻 第2号. 格 的 な社 会 調 査 に 乗 り出す の は1910年 代 に 入 っ て か らで あ る 。 実 際 、1911 年(明 治44年)に. 内務 省 に よ っ て実 施 され た 「細 民 調 査 」 が 最 初 だ と され. て い る(加 瀬1983:72-73)。. つ ま り、1910年 代 に は 、 貧 困 問 題 が 政 府 の. 取 り組 むべ き政 策 と して強 く意 識 さ れ 始 め た こ とを 物 語 っ て い る 。 岡 は、 こ う した 状 況 の 中 で 、職 工 の窮 民化 に つ い て 、次 の よ う に述 べ る。. 是 ヲ社 会 政 策 上 ノ見 地 ヨ リ見 ル モ 労働 者 ノ生 計 上 唯 一 ノ資 料 ト為 ル モ ノハ 、 身体 ノ健 康 ト修 得 シ タ ル職 業 トニ シ テ、 彼等 ハ 父 祖 ノ遺 産 ア ル ニ 非 ス親 戚 知 人 ノ頼 ルヘ キ モ ノア ル ニ非 ス 只、 健康 ナ ル 身体 ヲ労 役 シ テ 衣 食 住 ノ計 ヲ為 ス ノ外 他 二其 ノ途 ナ キ ヲ常 トス、 是 ヲ以 テ心 身 ノ健 康 ハ 労 働 者 二 取 リテ ハ ー 層 緊切 ナ ル 生存 条 件 ニ シ テ 若 シ 之 二 欠 ク ル所 ア ラ ン カ、 彼 等 及 彼 等 ノ妻 子 ハ 窮 民 ノ伍 二 入 ル ノ外 ナ キ モ ノナ リ、 是 ヲ以 テ 労 働 者 ノ健 康 ヲ保 全 スル ハ 独 リ彼 等 ヲ保 護 ス ル所 以 ノ ミニ 非 ス シテ 国 家 ノ繁 栄 進 歩 ヲ期 ス ル カ為 必 要 ナ ル コ ト トス若 シ之 ヲ 放 任 セ ン ママ. カ 国 家 ハ 多 額 ノ経 費 ヲ投 シテ 多 数 ノ貧 民 ヲ救 助 セ テ 〔 サ の誤 植 か〕 ル 可 カ ラサ ル ニ 至 ラ ン。(岡1917c:254-255). こ こ に明 確 に述 べ られ て い る よ う に、 労 働 災 害 に対 す る手 当 て の必 要性 は 、 労 働 者 保 護 と い う 目的 に と ど ま らず 、 「国 家 ノ繁 栄 進 歩 」 とい う別 の 目的 によ って も支 え られ て いた 。 な ぜ な ら、 工 業 主 が 被 災 労 働 者 を扶 助 し な けれ ば 、 窮 民 の 増 加 は 最 終 的 に公 的 扶 助 な ど の国 家 財 政 の負 担 増 に跳 ね 返 る か らで あ る 。 また 、 岡 は 、 次 の よ う に も い う。. 大 凡 国 家 富 源 ノ酒 養 ハ 潤 沢 ナ ル 資 本 ノ適 当ナ ル 投 下 ト、 健 全 ニ シテ 持 久 力 ア ル 熟 練 労 働 者 ノ富 謄 ナ ル 供 給 トヲ以 テ 其 ノ最 大 要 件 トス 、 然 ル ニ 従 来 我 国 富 ノ増 進 ヲ説 ク者 労 働 供 給 ノ余 リニ 豊 カ ナ ル コ トヲ誇 称 ス 一34(77)一.
(13) 工場法 と安全運動 ル ト共 二 、 資 本 ノ 供 給 ヲ ー 層 容 易 ナ ラ シ ム ル ノ必 要 ノ ミ ニ 重 キ ヲ置 キ 、 健 全 ニ シ テ 持 久 力 ア ル 熟 練 労 働 者 ヲ保 護 養 成 ス ル ノ方 面 二 於 テ ハ 比 較 的 之 ヲ寛 仮 シ タ ル 傾 ナ キ ヲ 得 ス。(岡1917c:254). こ こ で 岡が 述 べ る 「 健 全 ニ シ テ持 久 力 ア ル熟 練 労 働 者 ヲ保 護 養 成 ス ル 」 こ と と は、 岡 の別 の言 葉 で い え ば 「労働 力 ノ保 全 」 で あ り、 労 働 者 の 生活 のた め に も、 国 家 の経 済 発 展 の た め に も必 要 で あ る とす る。 さ ら に、岡 は 職 工 保 護 の も う一 っ 理 由 と して 、公 衆 衛 生 の 観 点 を挙 げ る。. 加 之 労 働 者 ノ健 康 ハ 直 接 二 国 民 一 般 ノ健 康 二 影 響 ヲ及 ホ ス ヲ以 テ 国家 衛 生 ノ基 礎 ハ 之 ヲ労 働 社 会 二 置 カ サ ル 可 カ ラス 、 夫 ノ各 種 ノ伝 染 病 力 先 ツ 労 働 社 会 二 発 シテ 然 ル 後 一 般 二 伝 播 ス ル 事 実 ハ 此 ノ理 ヲ説 明 シテ 余 リア ル モ ノナ リ。(岡1917c:255). す な わ ち、 別 の言 葉 で い え ば、 労 働衛 生 を 確 立 す る こ とが 、 一 般 国 民 の 公 衆 衛 生 を確 立 す る こ とに な る の だ とい う。 以 上で 見 て きた よ うに、 岡 に お い て職 工保 護 とい う政 策 の 目的 は 、 窮 民 の増 加 に よ って 国 家 財 政 が 悪 化 す る の を 防 ぐ こ とだ け で な く、 労 働 力 の 浪 費 に よ って 国 家 の経 済 発 展 も阻 害 され 、 労 働 者 の傷 病 に よ っ て 国 民 全体 の 健 康 に悪 影 響 を及 ぼす こ と を食 い止 め る こ と に も あ った 。 これ らは、 す べ て 「 国 家 ノ繁 栄 進 歩 」 「国 富 ノ増 進」 「 国 家 衛 生 ノ基 礎 」 に関 わ る 国家 的 問 題 で あ り、 国 に と って 看 過 で き な い大 問 題 で あ った 。 した が っ て 、 労 働 者 保 護 の 目的 は 、 単 に 「 弱 者 」 保 護 と い う人 道 主 義 的 な 観 点 か ら だ け で な く、 さ ま ざ ま な 国 家 的 利 益 を 達 成 す る こ と に も あ っ た。 しか しな が ら、 逆 に い え ば 、 こ う もい え よ う。 つ ま り、 岡 は 、 労 働 者 保 護 の 目的 を 国 家 的 利 益 の 中 で 位 置 づ け る こ とに よ っ て 、 労 働 者 を 個 人 と 一35(76)一.
(14) 近畿大学法学. 第51巻第2号. して 保 護 ・救 済 す る の で は な く、 む し ろ労 働 者 全 体 の 公 的 な 位 置 づ け を示 す こ とに よ り、 労 働 者 保 護 の 説 得 的 な 根 拠 を見 出 そ う と した と いえ る。. 3防. 貧 としての安全運動. 前 節 で 論 じた よ うに 、労 働 災 害 の 責任 論 に 関 して は、1911年(明 に 制 定 さ れ 、1916年(大. 正5年)に. 治44年). 施 行 をみ た 工 場 法 の 第15条 が 、 「職 工. 自己 ノ重 大 ナ ル過 失 二依 ラ ス シ テ 業 務 上 負 傷 シ、 疾 病 二 罹 り又 ハ 死 亡 シ タ ル トキハ 工 業 主 ハ勅 令 ノ定 ム ル 所 二 依 リ本 人 又 ハ 其 ノ遺 族 ヲ扶 助 ス ヘ シ」 と規 定 し、 さ らに 同 時 に施 行 さ れ た 勅 令(工 場 法 施 行 令)の 第4条 か ら第 20条 に お い て 「職 工 又 ハ 其 ノ遺 族 ノ扶 助 」 が 具 体 的 に定 め られ た こ とで 、 1916年 に は 制 度 的 な枠 組 み が 一 応 は 整 っ た 。 これ は 、労 働 者 に対 す る 救 貧 制 度 と して 位 置 づ け る こ とが で き る。 しか し、 他 方 、 労 働 災 害 の原 因 論 に 関 して は、 工 場 法 の 第13条 が 「行 政 官 庁 ハ 命 令 ノ定 ムル 所 二 依 リ工場 及 付 属 建 設物 並 設備 力危 害 ヲ生 シ 又 ハ 衛 生、 風 紀 其 ノ他 公 益 ヲ害 ス ル虞 ア リ ト認 ム ル トキハ 予 防 又 ハ 除 害 ノ為 必 要 ナ ル 事 項 ヲ工 業 主 二 命 シ必 要 ト認 ム ル トキハ 其 ノ全部 又バ ー 部 ノ使 用 ヲ停 止 ス ル コ トヲ得 」 と規 定 した も の の、 こ こに い う 「 命令」. 結 局、1929. 年(昭 和4年)の. して 出 さ れ. る. 「 工 場 危 害 予 防 及 衛 生 規 則 」(内 務 省 令)と. は直 ち に制 定 され な か った 。 しか し、 これ は、 労 働 者 に対 す る い わ. ば防 貧 制 度 で あ り、 防 貧 な き救 貧 と い う在 り方 は、 岡が い み じ く もい うよ う に、 制 度 上 の 「 欠 陥 」 で あ った 。 岡 は 、 この 「 欠 陥 」 につ いて 次 の よ う に い う。. 而 シテ我工場法ハ其 ノ第十三条二於テ工場設備 ノ改善 ヲ強要 スヘ キ概 括的規定 ヲ存スル ノミニ シテ本条二基 ク設備命令ハ未 タ発布セ ラルル 一36(75)一.
(15) 一. 工場法 と安全運動 コ ト無 ク、 只僅 カ ニ 工場 設 置 ノ認 可 又 ハ 許 可 、 汽機 汽 罐 ノ取 締 其 ノ他 特 殊 ノ工 業 二 関 ス ル庁 府 県 令 ノ存 ス ル ア ル ニ過 キ ス 、 又 専 門 家 ニ シテ 自家 ノ研 鑛 若 ハ 実 地 経 験 ノ結 果 ヲ公 ニ ス ル モ ノ甚 タ 砂 ク 、 工 業 主 中 之 二 関 シ其 ノ範 ヲ 示 ス モ ノ亦 甚 多 カ ラ ス、 是 レ余 輩 力 現 代 工 業 ノー 大 欠 陥 トシ テ最 モ遺 憾 二堪 ヘ サ ル所 ナ リ。(岡1917c:787-788). す な わ ち、 「 本 条 〔工 場 法 第13条 〕二基 ク 設備 命 令 ハ 未 タ 発 布 セ ラル ル コ ト無 」 き結 果 、 工 場 設 備 の安 全 上 の取 締 りは 当 分 の 間、 見送 られ る こ と と な った 。 これ につ いて 、 岡 は次 の よ うに説 明 して、 労 働 条 件 の よ うな 「形 式 的 ノ取 締 」 と異 な り、 災 害 予 防 は 「 実 体 上 ノ取 締 」 で あ り、 そ れ ゆ え 困 難 さが つ き ま と う と指 摘 す る。. 工 場 ノ設 備 二 関 ス ル 実 体 上 ノ取 締 二 付 テ ハ 工 場 ノ採 光 、 換 気 、 除塵 、 危 害 予 防 装 置 等 衛 生 並 除 害 ノ為 二 施 設 ヲ要 ス ル モ ノ多 キ カ故 二、 若 シ 其 ノ取 締 方 法 ニ シテ 厳 二 失 セ ンカ 巨額 ノ資 本 ヲ 固定 セ シ メ工 業 主 ノ利 益 ヲ害 ス ル コ ト大 二 、 而 カ モ 之 力 取 締 ノ緩 二 流 レンカ 職 工 ノ 身体 生命 ヲ危 ク シ其 ノ健 康 ヲ害 ス ノ恐 ア リ。(岡1917c:785-786). つ ま り、 工 場 設 備 に安 全 対 策 を 施 す よ う強 制 ・指 導 す る こ と は、 経 済 的 負 担 が 過 大 で 工 業 主 の 利 益 を 大 き く損 ね る こ と にな り、 しか し他 方 で 、 こ の ま ま だ と職 工 の 身 体 生 命 健 康 を害 す る 恐 れ が あ る と い う ジ レ ン マ に陥 る 。 そ こで 、何 らか の 具体 的 な安 全衛 生 基 準 を 定 め る べ き で あ る が 、「 其ノ 標 準 ヲ 定 メ 難 ク 、〔 … 〕各 種 ノ工 業 二 対 シ テ 取 締 ノ準 則 ナ キ ヲ以 テ 工 場 設 備 二 関 ス ル 実 体 上 ノ取 締 ノ 困難 ナ ル ハ 我 国 二於 テ 殊 二 甚 シ キ モ ノ ア リ」(岡 1917c:787)と. い う複 雑 な 様 相 を呈 して い る の で、 当 面 は 「 漸 進 主 義」(岡. 1917c:545)で. 対 処 しっ っ、 今後 研 究 を 進 め る べ き だ と岡 は 主 張 す る 。 一37(74)一.
(16) 近畿大学法学. 第51巻 第2号. そ もそ も岡 の 認 識 で は 、 工 場 法 第15条 が 定 め る救 貧 制 度 と して の扶 助 義 務(労 働 災 害 補 償)と 工 場 法 第13条 が 定 め る 防 貧 制 度 と して の 安 全 対 策 (労働 災 害 予 防)は 、 いわ ば 車 の 両輪 の 関係 に あ っ た。 す な わ ち 、 「 労働 条 件 二 関 ス ル モ ノ」 と 「危 害 、 疾 病 又 ハ 公 害 ノ予 防 等 ノ如 ク工 場 ノ設 備 二 関 ス ル モ ノ」 は 「 恰 カ モ 車 ノ両 輪 ノ如 ク鳥 ノ両 翼 ノ如 ク等 シ ク必 要 ニ シテ 欠 ク ヘ カ ラサ ル 」(岡1917c:785)関. 係 にあ る と岡 は い う。. ま さに 、 車 の 両 輪 の ひ とっ と して 必 要 不 可 欠 な 工 場 の 安 全 対 策 を促 し、 この 「欠 陥」 を埋 め 合 わせ る もの と して 岡 が 期 待 を 寄 せ た もの こそ 、1913 年(大 正2年)ご. ろ に 始 ま っ た 民 間 の 安 全 運 動8)一. それは、労働者の不. 注意 の 背後 に あ る、 よ り根 本 的 な 労 働 災 害 の 原 因 を 発 見 し、 そ れ を取 り除 こ う とす る社 会運 動 で もあ っ た. に 他 な らな か っ た。. しか も、 岡 は、 この安 全運 動 に 法 令 の 未 整 備 を 補 う役割 の み を 期 待 した わ けで は な い。 岡 は、 災 害 予 防 が 法 令 の 制 定 だ け で は 十 分 に 達 成 で き な い こ とを よ く認識 して い た の で あ り、 そ れ ゆ え 次 の よ うに い う。. サ レハ 将 来 我 国 工業 ノ経 済 状 態 其 ノ他 諸 般 ノ事情 ヲ斜 酌 シ 、 漸 ヲ追 ヒ テ 適 当ナ ル 改 良 ヲ 加 へ 欧 米 諸 国 二 比 シ 特 二 多 数 ナ ル 工 場 災 害 ヲ除 去 シ、 工 場 疾 病 者 ヲ減 少 セ シ ム ル コ トニ付 一般 ノ注 意 ヲ喚 起 セサ ル ヘ カ ラ ス、 而 シテ 是 レ単 二 法 律 ノカ ノミ ヲ以 テ 克 ク スヘ キ ニ非 ス、 工 業 主 ハ 勿 論 専 門 学 者 ノ努 力 並 一 般 国 民 ノ 自 覚 二 侯 ツ ヘ キ モ ノ 甚 タ 多 シ。 (岡1917c:788). こ の よ う に、 岡 は、 「単 二 法 律 ノ カ ノ ミ ヲ以 テ 克 クス ヘ キ ニ 非 ス 」 とす る労 働 災 害 予 防 が 効 果 的 に実 行 され るた め に は、 法 の整 備 に加 え、 工 業 主 や 専 門 家 の 「努 力」、 ま た 一 般 国 民 の 「自覚 」 が 必 要 だ と考 え て いた 。 と りわ け 、 次 に引 用 す る よ う に、 岡 は 当事 者 一38(73)一. と く に工 業 主. の意 識 改.
(17) 工場法 と安 全運 動 革 が 必 要 で あ る と感 じて いた 。. 蓋 シ法 律 制 度 ノ如 何 二 拘 バ ラス 工 業 主 力 危 険 予 防 ノ必 要 ヲ 自覚 シ、 自 ラ其 ノ方 法 ヲ 研 究 シ 且 之 ヲ 実 際 二 利 用 ス ル ハ 危 害 予 防 ノ実 効 ヲ挙 ク ル ニ 於 テ 欠 ク ヘ カ ラ サ ル 要 件 ナ ル コ トハ 既 二 述 フ ル 所 ノ如 シ。 近 年 米 国 二 於 テ 諸 種 ノ大 会 社 力 従 来 二 於 ケ ル 如 ク徒 ラ ニ 生 産 高 ノ 多 カ ラ ン コ トヲ欲 シ テ 入 命 ノ損 傷 ヲ考 慮 セ サ ル ハ 単 二 人 道 二 反 ス ル ノ ミナ プ ロダ クシ ョン フア ス ト. ラス 事 業 ノ 経 営 上 却 テ 不 利 ナ ル コ トヲ 自 覚 シ、 生 産 第 一 主 義 ヲ 捨 テ セ フ チ フア ス ト. 安 全 第 一 主 義 ヲ 採 ル ニ 至 リ タ ル ハ 最 モ 悦 フ ヘ キ 現 象 ナ リ トス。(岡 1917c:792、. ル ビ原 文). 岡 が 関 与 した 「安 全 第 一 協 会 」 の 安 全 運 動 は 、 ま さ に 「 工場危害予防及 衛 生 規 則 」(9)が 施 行 され る まで の問 、工 場 主 に法 律 上 、義 務 づ け られ て いな か っ た安 全 対 策 を 普 及 ・推 進 さ せ 、 主 と して 工 業 主 の 安 全 意 識 を 啓 発 す る 意 義 を 担 っ て い た。 と同 時 に 、上で 引用 した よ うに、「法 律 制 度 ノ如 何 二 拘 バ ラ ス 工 業 主 力危 険 予 防 ノ必 要 ヲ 自覚 」 す る こ と こそ が 労 働 災 害 予 防 の 必 要 不 可 欠 な 条 件 で も あ っ た。 つ ま り、 岡 に よ れ ば 、 労 働 災 害 予 防 は 、 法 令 の 整備 に よ る 上 か らの(官 の)取 締 りだ けで な く、 いわ ば下 か らの(民 の) 自発 的 な協 力 と一 体 と な っ て 成 し遂 げ られ る性 格 の も の で あ っ た 。 工場 法 施 行 の 責任 官 庁 で あ る 農 商務 省 商 工 局(工 務 局)の 局 長 を 務 め て い た 岡 に と っ て も、 こ の安 全運 動 は、 岡 の構 想 した 防 貧 対 策 と して の 意 義 が あ っ た。 しか も、 工 場 法 第13条 が 予定 す る 「 命 令」 の 公 布 ・施行 の 目処 が 立 たな い 中で 、 岡が 描 く工 場 法 の理 念 を 半減 させ な い た め に 、安 全運 動 の役 割 に期 待 した 部 分 は少 な くな か っ た と思 わ れ る。 実 際、 岡 が安 全運 動 に積 極 的 に協 力 し、 講 演 や 寄 稿 な ど の支 援 を惜 しま なか っ た の も、 工場 法 と安 全 運 動 を 、 い わ ば 「 車 ノ両 輪 ノ如 ク 」(岡1917c:785)不 一39(72)一. 可分一体 の.
(18) 、㌦認. 近畿大学法学. 第51巻第2号. もの と して 認 識 して いた か らで あ る。 つ ま る と こ ろ、 安 全 運 動 は法 令 の不 備 を補 う形 で 登 場 し、 工 場 法 実 施 責 任 者 で あ る 岡 は 、 これ を積 極 的 に利 用 した と い え るだ ろ う⑩(次 表 参 照)。. 労働災害 の補償(救 貧) 1916年 (大正5年). 工 場 法 第15条. ・同施 行 令. 労働災害の予防(防 貧) 工 場 法 第13条 の み. 工場主の扶助 義務化 (1917年 工場 での安 以 降、安全運 全対策 の推進) 動による 1929年 (昭和4年). 1917年4月. に安 全 第 一 協 会 に よ る 安 全 運 動 が 誕 生 を 告 げ た の は 、 ま さ に. 時 宜 に か な っ て い た。 岡 は 、 こ う した 状 況 につ い て 次 の よ う に述 べ る 。. 此 ノ聞 〔r工場 法 論 』 の初 版 を刊 行 した1913年(大 法 が施 行 さ れ た1916年(大. 正5年)ま. 正2年)か. ら工 場. で の 問 〕 我 国 ノ工 業 ハ 駿 々 トシ. テ其 ノ歩 ヲ進 メ、 工場 及職 工 ハ 日二 月 二 其 ノ数 ヲ 増 加 シ タ リ ト錐 。 多 数 ノ工 業 主 ハ 依 然 「生産 第 一」 ヲ 旨 トシ 労 働 時 問 ヲ適 度 二 制 限 シ 、 又 ハ 工 場 ノ設 備 ヲ完 全 ニ シ テ 「 安 全第 一」 ノ 主 義 ヲ 実行 ス ル ハ 即 チ 根 底 二 於 テ 其 ノ工 場 ノ 生産 能 率 ヲ 多大 ナ ラ シ ム ル所 以 ナ ル コ トニ 着 目シ タ ル 者 甚 タ砂 ク、 従 テ 既 二 公 布 セ ラ レタ ル 工場 法 ノ 明 文 二準 拠 シ タ ル 新 施 設 トシテ ハ 何 等 見 ル ニ 足 ル ヘ キ モ ノ ナ カ リシ ナ リ。(岡1917c:自 (第 二)1-2). 一40(71)一. 序.
(19) 一 工場法 と安全運動 この 一 文 はr工 場 法 論 』 の 初 版(1913年10月)に 訂 増 補 第 三 版(1917年9月)で. はな か った も ので 、 改. 追 加 され た 自序(第 二)の. 中で 述 べ られ た. もの で あ る。 岡 は 、 この 新 た に付 け加 え た 序 文 の 中 に、 当時 、 流 行 し始 め た 「安 全 第 一 」 とい う言 葉 を 、 す か さず 採 り入 れ 、 安 全 重 視 の 生 産 こそ 、 生 産 能 率 が 向 上 す る こ とを 強 調 した 。 こ こ に い う 「 安 全 第 一 」 と い う言 葉 は 、 ア メ リカ 合 衆 国 で の 安 全 運 動 にお い て 用 い られ て いた ス ロー ガ ンで あ る"SafetyFirst"を. 、 内 田嘉 吉 が1916年8月. 際 に 用 い た 言 葉 で あ る(堀. に新 聞紙 上 で 日本 に紹 介 した. 口2002a:135)。. 実 は、 岡 が 「 安 全 第 一 」 とい う新 語 を 用 いて 序 文 を 追 加 した 改 訂 増 補 第 三版 が 刊行 さ れ た の は1917年9月 日の 日付 で 書 か れ て い る. ち な み に、 この 序 文 は1917年8月19. で 、 そ の 直 前 の1917年4月. には 、 岡 は 安 全 運. 動 を担 う民 聞 団体 「 安 全 第 一 協 会 」 の 設 立 総 会 に招 か れω、 「 安全第一は生 産 第 一 な り」 との演 題 で 講演 を行 な っ て い る。 安 全 第 一協 会 は現 在 の 中 央 労 働 災 害 防 止 協 会 の 先駆 け 的 な 団 体 で 、1917 年 に 内 田嘉 吉(1866-1933年)と. 蒲 生 俊 文(1883-1966年)ら. によ って 設 立. され た。19ユ6年 の 工場 法 施 行 の 直後 に、 労 働 災 害 を 防 止 す る 運 動 に取 り組 み 始 め た安 全 第 一 協 会 の活 動 は、 工場 法 の 制定 ・施 行 に 関 わ り、 また 工 場 法 が そ の 目的 の ひ とつ とす る職 工保 護 を推 進 しよ う とす る 農 商 務 省 の 官 僚 で あ る 岡 に とって 、 ま さ に 力強 い 民 問 か らの支 援 に他 な らな か っ た 。 この 意 味 で 、 内 田や 蒲 生 ら安 全第 一 協 会 の メ ンバ ー は、 い わ ば 民 間 の 工 場 監 督 官 と して 活 躍 した と い っ て よ い。 と こ ろで 、岡 自身 、安 全 第 一-協会 の 設立 総 会 に お け る講 演 の 中 で 、「 私は 唯 今 商 工 関 係 の事 務 に従 事 致 して 居 ります 為 に、 最 も安 全 第 一 と云 ふ事 に 関 係 の あ る立 場 に居 る ので あ ります 」(岡1917b:1)と. 述 べ て い る よ う に、. 岡が 安 全 第 一 協 会 と関 係 を もつ こと は極 めて 自然 な 成 り行 き で あ っ た⑫。 また 、 岡がr工 場 法 論 』 の 中で 力説 す る生 産 第 一 のた め の安 全 第 一 とい 一41(70)一.
(20) 近畿大学法学. 第51巻 第2号. う考 え 方 は 、 安 全 第 一 協 会 の 場 で も再 論 され て い る。 一 つ は、 安 全 第 一 協 会 の 機 関 誌r安 全 第 一 』 創 刊 号 で あ る第1巻 第1号(1917年4月)に. 寄稿. した 「工 場 と安 全 第 一 」 と い う論 文 で あ り、 も う一 っ は、 上 で 述 べ た 安 全 第 一 協 会 の 設 立 総 会 にお け る 「 安 全 第 一 は 生 産 第 一 な り」 と い う演 題 の講 演. 機 関 誌r安 全 第 一 』 第1巻 第2号(1917年5月)所. 収. で あ る。. ま ず 、 講 演 の 申 で 、 岡 は 次 の よ う に述 べ る 。. 品 質 の 向 上 及 生 産 の 増 加 と謂 ふ 積 極 的 の 点 か ら見 て も又 材 料 の 浪 費 を 防 ぎ 悲惨 な る 工 場 災 害 を 予 防 す る と謂 ふ 消 極 的 の 見 地 か ら考 へ て も工 場 の 安 全 設 備 の 攻 究 は極 め て 肝 要 で あ る 。 〔…〕 安 全 第 一 は 生 産 第 一 で あ る と謂 ふ こ とは 洵 に 大 な る 真 理 で あ る 。(岡1917b:9). ま た、 「 工 場 と安 全 第 一 」 にお いて も、 岡 は、 「災 害 の 予 防 と能 率 の 増 進 とは、 実 に 緊 密 な る 関係 が あ る」(岡1917a:15)と. 述べ、安全な労働環境. を 整備 す る こ とで労 働 者 の作 業 能 率 の 向 上 に つ な が り、 そ の 結 果 、 工 場 の 生産 能 率 の 向 上 と収 益 の増 大 に 至 る とい う。 そ の 論拠 は 実 証 的 な もの で は な いが 、事 実 観 察 に よ り、い くつ か の 説 得 的 な 理 由 を列 挙 す る も ので あ る。 た と え ば、 労 働 災 害 の発 生 は職 工 の死 傷 を招 き、 そ の 埋 め 合 わ せ に 新 た に雇 い入 れ た新 入 りの職 工 は作 業 に熟 練 して い な い の で必 然 的 に 作 業 能 率 が 低 下 す る と い う理 由や 、 ま た労 働 災 害 の発 生 は他 の職 工 の心 理 的 不 安 を 惹 起 し、 そ れ が 作 業 能 率 の減 退 を 引 き起 こす とい う理 由 を挙 げ る。 い ず れ にお いて も労 働 災 害 は作 業 能 率 を低 下 ・減 退 させ る こ とが 予 測 され る ので 、 生産 能 率 を 上 げ る(生 産 第 一)た. め に は、 労 働 災 害 を 防 ぐ手 立 て を しな け. れ ばな らな い(安 全 第 一)、 とい う理 屈 で あ る 。 す な わ ち 、 岡 は い う。. 〔… 〕 労 働 能 率 の増 進 と災 害 の 予 防 と は唇 歯 輔 車 の 関 係 が あ る。 何 と 一42(69)一.
(21) 工場法 と安全運動 なれ ば工 場 に は屡 々災 害 が 惹起 せ られ て、 職 工 が 死 傷 す れ ば 之 を 補 充 す る為 め に職 工 は絶 へ ず 移 動す る、 従 而 訓練 が 不 十 分 な る か ら して 能 率 を最 高 に発 揮 す べ き熟 練 職 工 は得 られ な い。 の み な らず 最 初 に 述 べ たが 如 く災 害 の起 つ た 当座 は 一般 職 工 の心 は 非 常 な る 恐怖 に 襲 は れ て 甚 しい動 揺 を来 た し、 能 率 は減 退 し工場 の秩 序 は 乱 れ 勝 で あ る。 又 縦 ひ災 害 は起 らな い にせ よ機 械 の危 険部 分 は安 全 装 置 を 欠 い て 居 れ ば 、 職 工 の心 は危 害 の予 防 に 半注 がれ て居 る か ら して、 作 業 に 対 して 熱 中 努 力 す る こ と が 出 来 な い。 従 て 能 率 の 増 進 は 達 せ ら れ な い。(岡 1917a:20-21). こ こ で の 説 明 に 当 た り、 岡 が 引 き 合 い に 出 し て い る の は 、 テ イ ラ ー の 科 学 的 管 理 法 で あ る。 岡 は 、 「米 国 のrデ. ラ ー』 が 其 の 名 著 学 理 的管 理 法 に於 て. 『ヱ フ イ シ エ. ン シー 』 の増 進 と謂 ふ こ と を唱 導 して 以 来 、 我 国 に於 て も、 能 率 問題 は大 分 喧 し く な つ て 来 た 」(岡1917a:20)と. 述 べ 、 ま た 、 「数 年 前 よ り我 国 の. 工 業 界 に 於 て 労 働 能 率 の 増 進 と 謂 ふ こ と が 大 分 問 題 と な つ て 来 た 」(岡 1917b:9)と. 語 って い る が 、 実 際. 1856-1915)の. 著 書r科 学 的 管 理 法 』(The.PrinciplesofScientificManagement,. 原 著1911年. 刊 行)は. 、1913年(大. テ イ ラ ー(Taylor,FrederickWinslow,. 正2)年. にr学. 理的事業管理法』 という. 題 名 で 星 野 行 則 に よ っ て 翻 訳 さ れ 、 崇 文 館 か ら 出 版 さ れ て い る が 、 日本 に お い て 能 率 増 進 運 動 が 普 及 し て い く き っ か け を 作 っ た と さ れ るU3)。 岡 もr工. 場 法 論 』 改 訂 増 補 第 三 版 で 新 た に追 加 した 本 文 で 、 そ の一 節 を. 「 学 理 的 工 場 管 理 法 」 に割 き、 大 き な 関 心 を 示 した 。 た とえ ば 、 岡 は、 次 の よ う に い う。. 万 事 に掛 け て 進 取 的 独 創 的 な る 米 国 の 工 業 界 で は 、 既 に此 の点 に着 眼 一43(68)一.
(22) 近畿大学法学. 第51巻第2号. し安 全 技 師 な る 専 門 家 が 輩 出 し労 働 能 率 の 増 進 には 是 非 共 工 場 の安 全 装 置 か ら研 究 解 決 して 行 か な けれ ば な らぬ と先 鞭 を付 けた の は甚 だ 慧 眼 達 識 と云 は ね ば な らぬ 。 米 国 等 の 実 例 に徴 す る に工 場 に於 て 災 害 予 防 の 為 め に 安 全 装 置 を 設 置 す る こ とは 職 工 保 護 と云 ふ よ り も、 寧 ろ労 働 能 率 を 増 進 し工 業 主 の 利 益 を 増 加 せ ん とす る 動 機 か ら行 はれ て 居 り、 其 の 結 果 は 傭 者 被 傭 者 共 に甚 しい 幸 福 を 享 有 して 居 る の で あ る。 (岡1917a:21). しか しな が ら、 岡 は 、 ア メ リカ は 職 工 の 保 護 よ り も能 率 増 進 によ って 工 業 主 の利 益 増加 を 図 る た め に 工 場 で の 災 害 予 防 に 努 め 、 結 果 と して 、 職 工 も幸 福 を享 受す る にせ よ 、 工 業 主 が 期 待 す る 水 準 以 下 の 職 工 に対 して 「自 然 ノ淘 汰 」(岡1917c:917)を. お こな う姿 勢 に は 批 判 的 で あ っ た 。. つ ま り、 岡 は、 日本 で の 工 場 経 営 者 の 目的 が 単 に 「利 益 を 挙 げ 」 る こ と だ けで な く、「弱 者 た る 職 工 を 保 護 愛撫 す る と謂 ふ 独 特 な る 情 誼 美 風 」が 存 在 し、 「 独 特 な る 仁 慈 」 を も っ て 「職 工 を保 護」 す る こ と も 目的 で あ る と して 、 次 の よ う に主 張 す る。. 我 国 に於 て は工 業 家 は必 しも利 益 の み を 目的 と して 工 業 を 経 営 す る に 非 ず 、 傍 ら経 済 上 の弱 者 た る職 工 を保 護 愛 撫 す る と謂 ふ独 特 な る情 誼 美 風 が 存 在 す る。 余 は我 国 の工 業 家 に対 して 一方 に於 て は独 特 な る 仁 慈 を以 て 職 工 を保 護 す る為 め、 又他 方 に於 て は 堅実 な る利 益 を挙 げ 事 業 の 繁 栄 を 策 し 国 富 の 増 進 を計 らん が 為 に所 謂 安 全 第 一 主 義 を 実 行 し、 工 場 災 害 を 絶 滅 せ ん こ と を 希 望 し て 已 ま な い 次 第 で あ る。(岡 1917a:21). も っ と も、 岡 によ れ ば、 日本 にお け る安 全 第 一 主 義(工 場 災 害 予 防)は 一44(67)一.
(23) 工場法 と安全運動 「 国 富 の 増 進 」 に もつ な が る も ので 、 職 工 の 保 護 、 工 業 主 の 利 益 増 加 お よ び 国富 の増 進 とい う労 働 者 ・企 業 ・国 の 誰 もが満 足す る もの だ とい う。 した が って 、 岡 に とっ て、 安 全 第 一 を 図 る こ とは、 単 に 労 働 者個 人 あ る い は一 企 業 の問 題 で はな く、 国家 的課 題 で も あ っ た。 こ こに、 岡 の 人 道 主 義 的 側 面 で はな く、 官 僚 の面 目躍 如 た る側 面 なく. 4福. 決 して 侮 蔑 的 な意 味 で は. が 現 れ て い る。. 祉行政の誕生 と工場法. 岡 は 工 場 法 の 制 定 ・施 行 と並 ん で 、 安 全 運 動 一 わ な か っ た とは い え. そ の 中心 的 な 役 割 を担. に も加 担 した 。 そ れ は 、 先 に論 じた よ う に、 安 全. 運 動 が 工 場 法 を 補 完 す る 役 割 を 担 っ た た め で あ り、 労 働 災 害 の 補 償 と予 防 が 車 の 両 輪 の 関 係 に あ る と、 岡 が 位 置 づ け て い た た め で あ る 。 こ こ に、 工 場 法 の 生 み の 親 とも い え る 岡 の 工 場 法 制 定 の 理 念 を 見 出 す こ とが で き る 。 遡 れ ば、 工場 法 制定 の 出 発 点 は 、 農 商 務 省 が 内 務 省 か ら分 離 独 立 した 年 の 翌 年1882年(明 を経 て 、1911年(明. 治15年)に. 始 ま る(岡1917c:2)。. 治44年)の. 流 れ 、1916年(大 正5年)の. それ以来、紆余 曲折. 工場 法 の 制定 に 至 る ま で30年 近 くの 年 月 が. 施 行 に至 る ま で30年 以 上 を経 過 す る こ と とな っ. た。 1901年(明. 治34年)に. 農 商 務 省 に 入 り、 「明 治 三 十 六 年 九 月 工 務 課 長 ト. ナ リ 爾 来 今 日二 至 ル マ テ 工 場 法 ノ 制 定 及 実 施 二 参 与 ス ル コ ト実 二 十 有 四 年 」(岡1917c:金. 井 序3)を. 運 ヲ担 フ」(岡1917c:自. 費 や して き た 岡 は 、 「 其 ノ施 行 ノ事 二 従 フ ノ幸. 序(第 二)3)こ. と に もな っ た。 ま さ に そ れ は感 無. 量 だ っ た に違 い な い 。 工 場 法 の 産 み の 親 と も い うべ き 岡 は 、 日本 の 工 場 法 制 定 の 経 緯 を 振 り 返 っ て 、そ の 目的 が 職 工 保 護 に あ り、そ れ が 政 治 的 利 害 を超 え た 、 「 純正ナ 一45(66)一.
(24) 近畿 大学 法学. 第51巻 第2号. ル 労 働保 護」 とい う人 道 主 義 的 な もの で あ っ た こ とを 、 次 の よ う に強 調 し て い る。. 本 邦 二於 ケ ル 工場 法 制 定 ノ必 要 ハ 主 トシ テ 政 府 及 学 者 二 依 リテ 提 唱 セ ラ レタ ル モ ノ ニ シ テ、 此 ノ 間何 等 労働 者 又 ハ 其 ノ団 体 ノ交 渉 ス ル モ ノ ア ル ナ ク、 又本 問題 ハ嘗 テ 政 治 上 ノ党 派 問 題 トシ テ 取扱 ハ レタ ル コ ト ナ ク 、 純 正 ナ ル 労 働 保 護 ノ意 義 二 於 テ ー 貫 シ タ ル コ ト。(岡1917c: 136-137). しか しな が ら、 岡が 的 確 に指 摘 して い る よ う に、 こ の 「 純 正 ナ ル 労 働保 護 」 の背 後 に は、 す で に論 じた よ う に、 当時 の 日本 の 国家 的利 益 が 存 在 し た こ と も事 実 で あ り、 こ の点 につ いて 、 岡 は、 次 の よ う に い う。. 〔…〕 工 業 な る も の は 、 最 早 や 今 日は 単 に国 を 富 ま す と云 ふ 上 に於 て 奨 励 鼓 吹 す るの み な らず 、 一 面 に於 て は国 を護 る、 護 国 と 云ふ 事 の 上 か ら 申 し ま して も、 必 要 欠 く可 か ら ざ る一 つ の事 業 とな つ た ので あ り ます 。 即 ち 今 回 の 戦 争 〔 第 一 次 世 界 大 戦 〕 が 新 ら し く其 事 を 証 明 した 如 く、 戦 線 にあ つ て は 兵 士 が 働 き 、 後 方 に在 つ て は工 業 が 活 動 す る即 ち 戦 時 に戦 士 の 動 員 をす る と共 に、 工 業 に も動 員 を行 ふ 、 即 ち有 名 な 大 工 業 大 動 員 、 此 事 を 以 て 列 国 と相 対 峙 す る と云 ふ 事 が 最 も顕 著 に今 回 の 欧 州 戦 乱 に 於 て 現 はれ て 居 る の で あ り ます 。 最 早 や 一 国 を 富 ま し、 並 び に 護 国 の 上 か ら して 工 業 の 発 達 は 止 む べ か ら ざる も の と した な らば、 此 工 業 を 益 々安 泰 な る 地 盤 の 上 に、 最 も危 険 よ り遠 ざか つ て 居 る 仕事 と して 、 一般 の 人 士 の 喜 ん で 工 業 に従 事 す る と云 ふ 事 に迄 工 業 の位 地 を 高 め る事 が、 即 ち 国 を富 ま し、 国 を 護 る 上 よ り して 、 甚 だ 必 要 な る事 柄 と して現 はれ て 来 た 事 と存 じま す。(岡1917b:1-2) 一46(65)一.
(25) 工場法 と安全運動 す な わ ち、 工 業 の発 展 は 「 国 を富 ます 」 と い う経 済 上 の観 点 か らだ け で な く、 「国 を 護 る」 と い う国 防 上 の 観 点 か らも 必 要 で あ り、 そ れ ゆ え に 工 場 で の仕 事 を人 々が 忌 み 嫌 う よ うな 危 険 な も ので はな く、 人 々 が喜 ん で従 事 した い と思 うよ うな も の に変 えて いか ね ばな らな い、 と い う。 そ して 、 岡 は、 よ り踏 み 込 ん で 、 一 層 明 確 に次 の よ う に述 べ る。. 方 今 ノ国 家 ハ 勇 将 猛 卒 ノ ミ ヲ以 テ 防 衛 ス ル コ トヲ得 ス 、 必 スヤ 其 ノ背 後 二 巨 大 ナ ル 富 ノ存 在 ス ル コ トヲ必 要 トス 、 仮 令 幾 百 千 万 ノ貌 琳 幾 百 万 噸 ノ艦 瞳 ヲ有 ス ル モ 戦 線 ノ背 後 二 於 テ 之 ヲ支 持 ス ヘ キ 工 業 アル ニ 非 サ レハ 国 防 ノ 目的 ハ 之 ヲ達 ス ル ヲ 得 サ ル ナ リ。 〔 … 〕 工 業 ハ 国 富 ヲ増 進 ス ル ノ ミナ ラス 之 ヲ以 テ 国 ヲ護 リ之 ヲ以 テ 国 ヲ興 ス ノ要 具 タ リ トセ ハ 、 吾 人 ハ 其 ノ害 ノ大 ナ ル ヲ知 ル ト共 二 飽 ク迄 其 ノ助 長 発 達 ヲ 図 ラサ ル ヘ カ ラス 。 彼 ノ制 服 ヲ着 シ銃 砲 ヲ堤 ケ テ 調 練 ヲ為 シ ツ ツ アル 兵 士 ノ ミカ 国 防 ノ責 二 任 ス ル ニ 非 ス 、 吾 人 ハ 工 場 ヲ以 テ 平 和 ノ兵 営 ト為 シ、 工 業 主 ヲ以 テ 平 和 戦 ノ将 帥 ト為 ス ナ リ、 是 レ単 二 平 和 ノ時 二 於 テ 然 ル ノ ミナ ラス 、 有 事 ノ時 二 於 テ 特 二 然 リ トス 、 果 シテ 然 ラバ 職 工 ハ 事 実 二 於 テ 「護 国 ノ民 」 二 外 ナ ラサ ル ナ リ。(岡1917c:573-574). 工 場 は 「平 和 ノ兵 営 」 で あ り、 工 業 主 は 「 平 和 戦 ノ将 帥 」 で あ り、 職 工 は 「護 国 ノ民 」 で あ る 、 と い う。 ま さ に総 力 戦 の時 代 を背 景 に した 正 確 な 洞察である。 岡 は 、 ま た 次 の よ うに もい う。. 〔 … 〕 職 工 ハ 機 械 ト異 リ容 易 二 之 ヲ解 雇 シ 無 償 又 ハ 僅 少 ノ 費用 ヲ 以 テ 新 規 ノ者 ヲ 補 充 ス ル コ トヲ得 ル ヲ以 テ 、 工 業 主 モ 遽 二 職 工 待 遇 ノ改 善 ヲ 迫 ラ ル ル コ ト鮮 シ 、 然 レ トモ 斯 ノ如 キ ハ 国 民 ノ母 タ ル ヘ キ 婦 女 及 人 一47(64)一.
(26) 近畿大学法学. 第51巻第2号. 生 ノ発 育 期 二 在 ル 幼 少 者 ノ健 康 ヲ害 シ、 終 生 又恢 復 ス ル ノ期 ナ キ 心 身 上 ノ欠 陥 ヲ生 セ シ ムル ノ ミ ナ ラ ス、 延 イ テ其 ノ悪 影 響 ヲ後 世 二 波 及 シ 軍 国 トシテ 健 全 ナ ル 壮 丁 ヲ招 募 スル コ ト能 ハ サ ル カ如 キ事 実 ヲ 我 国 二 現 出ス ル コ トア ラバ 工 業 ノ勃 興 モ 輸 出貿 易 ノ伸 張 モ却 テ 国本 ヲ危 ク ス ル ノ素 因 ト為 ル ヘ シ。(岡1917c:210-211). こ の一 文 に は、国 防 上 の 目的 意 識 が 一 層 明 確 に現 れ て い る。 つ ま り、「 軍 国 」 を強 く意 識 して の職 工 保 護 で あ り、 「 軍 国」 の た め の工 場 法 制 定 で あ る 一 面 が 読 み 取 れ る。 した が って 、「 純 正 ナ ル 労 働 保 護 」と い う 岡が 掲 げ る工 場 法 の 人道 主 義 的 な 目的 は、 実 は、 「 国 富 」 とい う国 家 の経 済 的 利 害 とい う一 段 上 の 目的 に よ って 再 び 位 置 づ け られ 、 最 終 的 に は 、 「 護 国 」 や 「軍 国 」 と い う国 防 的 利 害 によ っ て 支 え られ て い た 。 もっ と も、 これ に よ っ て 、 人 道 上 の 理 由か ら岡 が 工 場 法 制 定 に尽 力 した 意 義 が 失 わ れ る こ とに は な らな い が 、 工 場 法 が 「純 正 ナ ル 労 働 保 護 」 と い う人 道 上 の 理 由 の み か ら制 定 され た わ け で は 決 して な い 。 ま さ に国 家 全 体 を 見 渡 す 位 置 に い る 官 僚 の 立 場 か ら、 工 場 法 制 定 に関 与 した こ と を示 す も の で あ る。 ま た 見 方 を 変 え れ ば、 岡 は 、 工 業 主 と職 工 との 問 に 発 生 した 社 会 的 ジ レ ン マω を解 消 す る手 立 て と して 工 場 法 を導 入 した と も い え る。 つ ま り、 工場 法 施 行 前 は、 工 業 主 も職 工 も 安 全 に 対 す る 対 策 や 配 慮(協 力)を 払 い た くな い と い う 傾 向(非 協 力)を 示 して い た 。 な ぜ な ら、 工 業 主 に と っ て は 、 安 全 設 備 の導 入 や 安 全 対 策 は 費 用 負 担 が 生 じ る た め で あ り、 職 工 に と って は、 安 全 な作 業 を心 が け て い る と作 業 能 率 が 下 が り受 け 取 る賃 金 に も影 響 し たか らで あ る。 しか し、 そ の結 果 、 工 業 主 に とっ て は 労 働 災 害 発 生 に と もな う生 産 能 率 の低 下 や 諸 費用 の発 生 な どを 、 ま た 職 工 一. 娼(63)一.
(27) 工場法 と安全運動 に と って は 被 災 によ る 失 業 や 自分 自身 の 心 身 の損 傷 な ど を、 そ れ ぞ れ リス ク と して 引 き 受 け ね ば な らな か った 。 社 会 全体(国. 家)が 工 業 主 や 職 工 の そ れ ぞ れ の 活 動 や 行 為 を 自 由放 任 に. 任 せ る の で あ れ ば と もか く、 福 祉 国 家 的 色 合 い を 帯 び て く る と、 工 業 主 と 職 工 との 問 の私 人 聞 で発 生 した 労 働 災 害 を 放 置 す る こ とが 困 難 にな って く る。 なぜ な ら、 被 災 した 労働 者 が 自立 して 生活 で き な い とす れ ば 、 最 終 的 に は 、 国 が 生 活 困 窮 者 を何 らか の 形 で 救 済 しな くて は な らな い か らで あ る。 当時 、 日本 で は、 工 業 の発 達 と と もに 労働 災 害 件 数 は 必 然 的 に増 加 傾 向 を示 し、 貧 困 の 問題 が 社 会 問題 化 して い た。 労働 災 害 は、 ま さ に政 府 が 対 策 を 打 つ べ き 課 題 と して 人 々 の 目 に 映 り始 め て い た 。 ま た、 政 府 の姿 勢 も、 自 由放 任 社 会 か ら福 祉 社 会 へ 転 換 しっっ あ っ た。 た とえ ば、 象徴 的 な 事 柄 で 示 せ ば、 戦 前 、 厚 生 省 は福 祉 行 政 の官 庁 と して1938年(昭 に設 立 を見 た が 、 そ の起 源 は1917年(大 局救護課. 正6年)に. 設 置 され た 内務 省地 方. の ち 、 内 務 省 社 会 局 を経 て 、 厚 生 省 へ 発 展. 救 護 課 長 で あ った 田子 一 民(1881-1964年)が. 和13年). に あ る。 初 代. 、 「も と も と、 救 護 課 は軍 人. 遺 家 族 や 傷 病 兵 の 救 護 を 目的 と して 新 設 され た ので は あ った が 、 わ た しは これ を き っか け と して 、 一 般 の 社 会 福 祉 のみ な らず 、 更 に進 ん で 労 働. 保. 険 の 方 面 にま で 、 そ の 政 策 を発 展 させ よ う と考 え た 」(田 子1970:149)と 語 っ て い る よ う に、 救 護 課 が 設 置 され た1917年(大. 正6年)は. 、象徴的な. 意 味 で 、日本 の 福 祉 国 家 の 幕 開 け とい え る で あ ろ う⑮。 また 、救 護 課 は、の ち に 社 会 局 へ 発 展 す る 過 程 で 、 農 商 務 省 が 管 轄 して い た 工 場 法 関 係 の事 務 を 吸 収 す る 点 か らも 、 工 場 法 制 定 の 背 景 に、 福 祉 国 家 の 姿 を 見 る こ とが で き る。 工 場 法 制 定 を促 した 当 時 の 社 会 状 況 に お い て 、 国 家 とい う社 会 全 体 の 視 点 か ら見 た と き1社 会 の 一 部 を構 成 す る 「工 場」 が 自己 の 利 益 増 加 の み を 一49(62)一.
(28) 近畿大学法学. 第51巻第2号. 追 求 す る あ ま り、 社 会 全 体(国 家 お よ び 国 民)が 不 利 益 を被 る とい う状 況 が 顕 在 化 した と い え る。 この社 会全 体(国 家 お よ び 国 民)が 被 る 不 利 益 を 解 消 す る に は、 直 接 の被 害 者 で あ る労 働 者 自身が 立 ち 上 が らな い(あ る い は、 立 ち 上が れ な い)と す れ ば、 も う一方 の被 害 者 過 ぎな いが. 間接 的 な被 害 者 に. で あ る 国が 規 制 に乗 り出す 以 外 に道 は な か っ た。 実 際、 産. 業 界 は 、 こ の 問 題 に つ いて 概 して 後 ろ 向 き の 姿 勢 を と り続 け た か らで あ る。 ま さ に、 この 問 題 に国 家 的 視 点aspから決 着 を つ けよ う と した動 き が 工 場 法 の制 定 で あ り、 そ の制 定 に 尽 力 した 一 人 が官 僚 の 岡 実 で あ っ た。. お わ り に. 1910年 代 の 日本 で は、 社 会 的 「弱 者」 と して の職 工 とい う認 識 が 広 が り 始 め た。 農 商務 省 の官 僚 で あ っ た 岡実 は、 これ に 対 して職 工 保 護 の 必 要性 を強 く感 じ、 工 場 法 の 制定 お よ び施 行 で応 え よ う と した。 そ の 際 、 岡 が 足 掛 か り と した の は、 弱者 救 済 とい う人道 主 義 的理 念 で あ っ た。 しか しな が ら、 この理 念 に 力 を 与 え る た め に、 なぜ 弱 者 と して の 職 工 を 救 済 しな けれ ば な らな い の か とい う点 に つ い て社 会 が納 得 す る 説 明 を しよ う とす れ ば、 別 の観 点 か らの根 拠 づ け を必 要 と した。 岡 は 、 職 工 を 個 人 と して 救 済 す る 人道 主 義 的観 点 に よ っ て だ け で は な く、 む しろ 国 民 と して救 済 す べ き だ とす る公 的 な側 面 を 強調 す る こ とで、 工 場 主 と職 工 との 私 人 間 の 関係 に 国家 が 介 入 す る 論拠 を 見 出 した。 これ に よ り、 職 工 が 労働 災害 に遭 っ た場 合 に、 工 業 主 に 対 し最 低 限 の 補 償 義 務 を負 わ せ る こ とに道 を 開 き、 ま た、 労働 災 害 の 予 防 に 取 り組 む べ き こ とも規 定 と して盛 り込 ま れ た。 た だ し、 労 働 災 害 の 予 防 に つ い て の 義 務 化 は、 工 場 法 施 行 に遅 れ る こ と13年 目に、 よ うや く実現 す る こ と とな り、 この 間、 民 間 の安 全 運 動 が代 替機 能 を果 た した。 岡 は、 この 安 全 運 動 に法 一50(61)一.
(29) 工場法 と安全運動 の不 備 を埋 め合 わ せ る効 果 を期 待 し、 側 面 的 に協 力 ・支援 した の で あ る。 当時 、 窮 民 予 備 軍 た る職 工 が 就 業 中 に事 故 や 疾 病 に か か り失 業 した 場 合 に は、 直 ち に生 活 困 窮 者(窮. 民)に 陥 って しま う とい う職 工 の 置 か れ た 不. 安 定 な 社 会 的 立 場 が 浮 き彫 りにな りつ つ あ っ た。 そ れ ゆ え、 た とえ職 工 の 不 注 意 に よ る労 働 災 害 で あ った と して も、 工 業 主 にそ の扶 助 を義 務 づ け な い とす れ ば、 最 終 的 に は らば. も し生 活 困 窮 者 を放 置 す べ きで な い とす る な. 政 府 が 公 的 な 扶 助 で 被 災 労 働 者 や そ の家 族 ・遺 族 を支 え る以 外 に. 方 法 は な か った 。 結 果 的 には 、 貧 弱 な が ら も救 貧 制 度 と して 存 在 して いた 憧 救 規 則(1874 年 の 太 政 官 達)の 内 容 を 充 実 させ る 方 向 で は な く、 む し ろ 自助 努 力(工 場 主 に よ る あ る 程 度 の 職 工 救 済 お よ び 職 工 自身 の 受 忍)と 防 貧(工 場 設 備 の 安 全 化 と職 工 の 安 全 教 育)に 、 そ の 解 決 策 を 求 め る こ と とな った が 、 生 活 困 窮 者 を救 済 す べ き だ とす る 理 念 が 社 会 に浸 透 して い く こ とを 食 い止 め る こ とは で き な か っ た。 そ してi主. と して 工 場 主 に 自助 努 力 を 促 し、 職 工 を. 保 護 ・救 済す る た め の 工 場 法 制 定(救 貧)と 労 働 災 害 の 結 果 と して 自立 し た 生活 が営 め な い被 災 労 働 者 を 生 み 出 さ な い た め の 安 全 運 動 の 展 開(防 貧) が、 そ れ ぞ れ 具 体 化 さ れ た の で あ る。 1910年 代 に は、 生活 困窮 者 に 関す る社 会 調 査 が 実施 さ れ、 貧 困 を この ま ま放 置 す れ ば、 いず れ 無 視 で き な い社 会 問題 や 政 治 問題 へ と発 展 す る こ と が 予 想 され て いた 中で 、 救 貧 対 策 を公 的扶 助 の拡 充 と い う 形 で 実施 す る に は、 財 政 的 に も思 想 的 に も 困難 一 けだ とす る批 判 が あ った 一. 公 的 扶 助 の拡 充 は 「 惰 民」 を増 や す だ. で あ った た め 、 自助 努 力 を促 す 一 方 で、 労働. 者 が 貧 困 に陥 らな いた め の予 防 策 を安 全 運 動 に期 待 した ので あ っ た⑰。 岡 にお け る職 工 保 護 の 思 想 は、 職 を失 った 窮 民 と して の元 職 工 を救 済 す る と と も に(救 貧)、 窮 民 予 備 軍 と して の 職 工 を、 い か に して 窮 民 化 させ な い か(防 貧)に 力 点 が 置 か れ て いた 。 そ して 、 この 思 想 を制 度 化 した も 一5ユ(60)一.
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