平成25年度 修 士 論 文
低歪み信号発生技術を用いた
A/D 変換器テストと MOSFET
モデリングの研究
指導教員 小林 春夫 教授
群馬大学大学院工学研究科
電気電子工学専攻
安部文隆
2
目次
第 1 部 低歪み信号発生技術を用いた A/D 変換器テストの研究 ... 5 第1 章 序論 ... 5 1.1 まえがき ... 5 1.2 半導体集積回路におけるテスト ... 6 1.2.1 LSI テストとコスト ... 6 1.2.2 アナログ回路部テストの問題点 ... 7 1.3 A/D 変換器 (ADC)の 線形性テスト ... 8 1.3.1 高調波と相互変調歪みを用いたADC 線形性テスト ... 8 1.3.2 ADC 線形性テスト時の問題点 ... 10 1.4 任意波形発生器(AWG)を用いた信号生成 ... 12 1.4.1 任意波形発生器(AWG)の構成と信号生成原理 ... 12 1.4.2 任意波形発生器(AWG)の非線形特性 ... 12 1.5 本研究の概要と本論文の構成 ... 13 1.5.1 低歪み信号発生アルゴリズム ... 13 1.5.2 従来信号、位相差切り替え信号に含まれるAWG 由来 3 次高調波の比較 13 1.5.3 従来信号、位相差切り替え信号を用いた3 次高調波測定による ADC 線形性 テスト 14 1.5.4 結論 ... 15 第2 章 低歪み信号発生アルゴリズム ... 16 2.1 まえがき ... 16 2.2 位相差切り替えを用いた単一正弦波信号 ... 16 2.2.1 従来の単一正弦波の生成 ... 16 2.2.2 位相差切り替えを用いた単一正弦波の生成 ... 17 2.2.3 位相差切り替え信号による3 次高調波の低減原理 ... 19 2.2.4 位相差切り替え信号における基本波への影響とfs/2-fin のスプリアスの検討 19 2.2.5 位相差切り替え信号を用いたことによるその他の高調波への影響 ... 22 2.3 位相差切り替えによる2 トーン信号の発生 ... 25 2.3.1 従来の2 トーン信号の生成 ... 25 2.3.2 位相差切り替えを用いた2 トーン信号の生成 ... 25 2.3.3 3 次相互変調歪み低減原理 ... 27 2.3.4 位相差切り替え信号の基本波パワーへの影響 ... 28 2.4 位相差切り替え信号によるキャンセル効果の持続範囲 ... 29 2.4.1 fs/2-fin のスプリアスによる 3 次高調波のキャンセル(低減)効果 ... 293 2.4.2 fs/2-fin が低減された際の 3 次高調波低減への影響 ... 30 2.4.3 fs/2-fin が帯域制限された際の波形振幅への影響 ... 33 2.5 位相差切り替え信号のデメリット ... 35 2.5.1 位相差切り替え信号の周波数限界 ... 36 2.5.2 fs/2-fin のスプリアス低減量と位相差の変動量δの相関及び、高調波の低減 量の相関 ... 36 2.5.3 DAC の sin(x)/x ロールオフ特性による fs/2 近傍スプリアスの減衰 ... 39 2.6 むすび ... 41 第3 章 AWG 由来の 3 次高調波測定 ... 43 3.1 まえがき ... 43 3.2 AWG による ADC テスト信号の生成 ... 44
3.2.1 AWG Agilent 33220A の構成とその信号発生原理 ... 45
3.2.2 AWG Agilent 33220A における等価的サンプリング周波数低減手法 ... 49
3.2.3 Agilent 33220A を用いた ADC テスト信号の生成 ... 54
3.2.4 3 次高調波低減用のアナログローパスフィルタの設計・実装・評価 ... 58 3.2.5 fs/2-fin スプリアス低減用アナログローパスフィルタの設計・実装・評価 60 3.3 AWG 出力信号に含まれる 3 次高調波の測定 ... 61 3.3.1 基本波低減用ノッチフィルタ、高調波増幅用アンプの設計・実装・評価 62 3.3.2 ADC テスト信号に含まれる 3 次高調波の測定 ... 65 3.4 むすび ... 69 第4 章 ADC 出力における 3 次高調波測定 ... 71 4.1 まえがき ... 71 4.2 被試験デバイスADC とその測定環境 ... 71 4.2.1 AD7356 とその動特性におけるメーカの公表データ ... 71 4.2.2 AD7356 出力の 3 次高調波あ測定環境 ... 73 4.3 ADC 出力の 3 次高調波の測定結果とその考察 ... 76 4.3.1 AD7356 の 3 次高調波の本来値測定 ... 77 4.3.2 従来信号、位相差切り替え信号を用いたAD7356 の 3 次高調波の測定 .. 78 4.3.3 AD7356 の 3 次高調波の測定結果と考察 ... 84 第5 章 結論 ... 87 謝辞 ... 89 参考文献 ... 90 本研究に関する成果 ... 92 第 2 部 MOSFET モデリングの研究 ... 94 第1 章 序論 ... 94
4 1.1 まえがき ... 94 1.2 MOSFET の 1/f ノイズ ... 94 1.3 本論文の概要 ... 95 第2 章 1/f ノイズのモデル式 ... 96 2.1 McWorther の 1/f ノイズモデル ... 96 2.2 Hooge の 1/f ノイズモデル ... 96 第3 章 1/f ノイズパラメータ KF の抽出 ... 97 3.1 1/f ノイズの製造ばらつきパラメータの抽出 ... 97 3.2 ばらつきを考慮した1/f ノイズパラメータ KF の提案 ... 99 3.3 提案したKF の検証 ... 101 第4 章 1/f ノイズばらつきモデリングの アプリケーション開発 ... 104 第5 章 まとめと今後の課題 ... 106 APPENDIX ... 107 謝辞 ... 109 参考文献 ... 109 本研究に関する成果 ... 109
5
第1部 低歪み信号発生技術を用いた
A/D 変換器テストの研究
第
1章
序論
1.1
まえがき
集積回路の製造技術はムーアの法則に従い目覚ましい進歩を続けている。集積回路製造 技術発展の歴史はその微細化の歴史である。製造プロセスの微細化は回路の小型化及び高 速化に貢献する一方で、アナログ集積回路の設計を困難にする要因になっている。製造条 件の揺らぎが、回路性能にばらつきを与えることが一因である。MOSFET はその単純な構 造のために微細化が容易な反面、素子特性のばらつきが大きいことが問題となっている。 集積回路製造プロセスでは製造条件の揺らぎが必ず発生する。この揺らぎは素子の形状や 物性的な条件に影響を与え、最終的には素子の電気特性のばらつきとして現れる。回路を 構成する素子がばらついて製造されるということは、回路そのものの特性もばらつきを持 つ。製造された回路が仕様通りに動く割合を歩留まりと呼ぶが、微細化により回路性能の ばらつきが増大するとこの歩留まりも低下する。そのため、仕様を満足するかを判定する テストが重要となる。 更に、微細化によりシリコンコストが減少する一方でそのテストにかかるコストが増大 しているということが半導体産業の課題である。下図1.1 にシリコンコストとテストコスト の関係を示す。半導体のテストに関して、ウェハレベルから回路レベルまで様々なフェー ズでテストが行われるが、今回は回路レベル、特にアナログ回路テストについて述べる。 アナログ回路は正常に動作すれば、良品とはならず目標性能に到達することが良品のため の条件となる。そのため、アナログ回路のテストは測定に近い側面を持つ。アナログ回路 のテストは「明日の最先端の回路(技術)を今日の回路(技術)でテストあるいは測定をしなけ ればならないとうジレンマが常に存在するため、技術的には難しいとされている[1]-[3]。6 図1.1 LSI でのシリコンコスト及びテストコストのトレンド(ITRS)
1.2
半導体集積回路におけるテスト
1.2.1
LSI テストとコスト LSI テストの技術問題は「コスト」をその評価関数として考えると非常に明確になる[3]。 LSI テスト技術は全て「コスト」に収束すると言える。LSI テストは一般に「価値を付加し ない」と言われるが、故障診断(diagnosis)、歩留り向上を助けることができる。更に不良 品を市場に出す確率を小さくすることは不良品の修理、交換コストを低減することができ る。また、「テスト」に関して注意すべきは「測定」と「テスト」は下記のように目的と技 術が似ているが異なる点である。 ・テスト:100%エンジニアリングであるという発想をするとわかりやすい。LSI の良品 か不良品かの判別を行う量産試験・生産技術でありテスト技術者により半導体工場、 テストハウスで行われる。 ・測定:科学とエンジニアリングの両面性を持つ。IC 設計技術者による設計検証及び性 能評価(characterization)であり、研究室レベルで行われる。 低コスト・テストは実現のためには以下のような方法がある。 (1) 低コスト ATE を用いる。 (2) 短いテスト時間(ATE コスト、そのセット場所のコスト、人件費)例えば、1US ドル 売り値のチップに対して1 秒以下程度のテスト時間が妥当とされている。 (3) 同時に多数個のチップを並列テスト(マルチサイトテスト)。 (4) 同時に SoC チップ内複数ブロックを独立に並列テスト(マルチサイトテスト) (5) BIST (Built in Self Test) を用いる場合はその開発期間が短くチップ面積ペナルティが最小であること。 ここで、低コストATE とは以下のような ATE である。
Year
Cos
t
(Ce
n
ts
/ T
ransis
tor
)
Silicon
Test
7 (1) デジタル ATE、すなわち、任意波形発生器(AWG)のようなアナログオプションを使用 せず、入出力ピンがデジタルのATE (2) 特にピン数が少ないデジタル ATE (3) 時間・電圧分解能が低く、低速で安価な ATE (4) 中古 ATE や内製 ATE
1.2.2
アナログ回路部テストの問題点 SoC 内アナログ回路部のテスト容易化の問題点として次のことがあげられる[3]。 (1) 故障しているかどうかの判別に加えてパラメトリック故障を検出する必要があり、テス トというより測定に近い。 (2) デジタル回路テストでのスキャンパスやシグネチャ・アナリシスのような汎用的テスト 容易化手法がない(アナログ・バンダリ・スキャンは普及が限定している)。 (3) アナログ回路毎、更にその性能指標毎の個別対応しなければならない。例えば、ADC のDC 線形性テストには高精度ランプ波が必要であり、高周波特性テストのためには低 ジッタ・クロック供給と高周波信号入力が必要である。このように要求される技術が大 きく異なる。 (4) アナログ、RF、高速 I/O、パワーマネージメントのテスト容易化技術はそれぞれ異なる。 (5) アナログ回路の実用的な故障モデルがない。(6) アナログ DFT ( Design for Testability ), BIST の回路規模が大きくなるとそれらの故障 により歩留りを落としてしまう(アナログDFT、BIST は簡単な回路でなければならな い)。 (7) 被テストアナログ回路より、DST、BIST の要求性能が厳しくなりがちである。 (8) 被テストアナログ回路より DFT、BIST を付加するとその付加容量等でアナログ回路の 性能が劣化しがちである。 (9) DFT、BIST を使用する場合、データ転送(シリアルデータによるシフトレジスタへの モード変換)時間が問題になる。 (10) DFT、BIST によるチップ面積増加(チップコスト増加)が問題となる。 現状ではメモリチップやデジタルLSI のテスト容易化技術に比べてアナログ回路部 のテスト容易化技術は課題が多い。また、アナログテストのためのミックストシグナルATE 開発コストは大きいので、アナログテスト容易化技術はミックストシグナルATE メーカに もメリットがあると指摘されている。ATE の開発には「今日の技術で明日の(高性能な) チップをテストする」というジレンマが常に存在するというジレンマが常に存在し、それ を克服するための革新的技術が必要である。 SoC 内アナログ回路部のテストの容易化・コスト削減が産業上大きいな課題であり、そ の解決策として有効な方法としてテスト時にSoC やテストシステムの DSP やメモリ等のデ
8
ジタル回路を積極的に用いる「デジタルアシスト・アナログテスト技術」を開発すること が必要であると考えている。
1.3
A/D 変換器 (ADC)の 線形性テスト
ここでは、一般的なADC の線形性テストの手法を紹介する。更に、その際の問題点や改 善点を述べる。ADC テスト用信号発生には任意波形発生器 (AWG) が用いられる[4]。ADC の線形性テストにはいくつか手法があるが、今回は正弦波及び2 トーン信号を用いる手法 について述べる。
1.3.1
高調波と相互変調歪みを用いたADC 線形性テスト ADC の線形性テストは単一正弦波や 2 トーン信号を入力し、入力信号に対する出力中の 高調波歪みや相互変調歪みの割合で評価される[4][12][19]。両者が非線形システムにより発 生する歪みの特性について説明をする。一般的に、線形システムの伝達特性は下式(1.1)で 書き表され、非線形システムの伝達特性は下式(1.2)で書き表される[19]。 f(x) = a1x …(1.1) f(x) = a0+ a1x + a2x2+ a3x3+ ⋯ anxn… (1.2) n 次非線形性特性を持つ ADC に単一正弦波(周波数fin)を入力した場合、入力信号(周波数 fin)の他に 2fin, 3fin,…, nfinの高調波(Harmonics)が発生し、それぞれ 2 次高調波(2nd orderHarmonic:HD2)、3 次高調波(3rd order Harmonic:HD3)、…n 次高調波(nth order HarmonicHDn)と呼ぶ。 一方、n 次非線形特性を持つ ADC に 2 トーン信号(周波数f1, f2)を入力した場合、 af1± bf2成分が発生する。ただし、a,b は以下の式を満たす 0 以上の整数である。 a+b = 0, 1, 2, …, n-1, n … (1.3) a=0 または、b=0 の場合は先程紹介した高調波となり、a≠0 かつ b≠の場合は 2 波が互 いに干渉しあう相互変調により相互変調歪み(Inter-Modulation Distortion:IMD)が発生す る。特に n 次項により発生する相互変調歪みを n 次相互変調歪みとして IMDn(nth order Inter-Modulation Distortion)などと表記する。 線形性テストでは基本波に対する高調波や相互変調歪みのパワーを計測することで線形 性のテストを行う[4][19]。下図 1.1 に単一正弦波、2 トーン信号をテスト信号として ADC をテストした際に発生する高調波、相互変調歪みを示す。ただし、相互変調歪みは基本波 の近傍のみをここでは示している。
9
図1.1 高調波、相互変調歪み測定による ADC の線形性テスト
更に、実際の歪み測定における評価では正弦波信号の場合、測定した高調波を基に(1.4) 式に示す基本波(signal)に対する全高調波の割合として全高調波歪み(Total Harmonic Distortion : THD)や(1.5)式に示す基本波(signal)に対する雑音及び歪みの比(Signal to Noise and Distortion Ratio : SIAND)などを算出しテストを行う[4][19]。
THD = 20𝑙𝑜𝑔10( 𝑆𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙 √∑𝑛 𝑖𝑡ℎ 𝑜𝑟𝑑𝑒𝑟 𝐻𝑎𝑟𝑚𝑜𝑛𝑖𝑐 𝑖=2 ) … (1.4) 𝑆𝐼𝑁𝐴𝐷 = 20𝑙𝑜𝑔10( 𝑆𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙 √∑𝑛 (𝑖𝑡ℎ 𝑜𝑟𝑑𝑒𝑟 𝐻𝑎𝑟𝑚𝑜𝑛𝑖𝑐)2 𝑖=2 + 𝑛𝑜𝑖𝑠𝑒2 ) … (1.5) また、これらの歪み測定における算出に関しては非線形特性を有するデバイスに対して 一般的に評価される項目であるが、特にADC に関しては有効分解能(Effective Number of Bits:ENOB)も評価対象に加わる。この有効分解能は SINAD を基に算出され、下式(1.6) で求める[20]。 ENOB =𝑆𝐼𝑁𝐴𝐷 − 1.76 6.02 … (1.6) また、2 トーン信号における相互変調歪みに関しては信号(signal)に対する相互変調歪み の割合として下式(1.7)で表現される式で線形性の評価が行われる[19]。 周波数 ・・・ ・・・ 周波数
ADC
nthnonlinear system 周波数 周波数 ・・・ ・・・ 単一正弦波 2トーン信号 計測 計測 計測 計測 計測10 IMD = 20𝑙𝑜𝑔10( 𝑆𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙 √∑𝑛 𝑖𝑡ℎ 𝑜𝑟𝑑𝑒𝑟 𝐼𝑀𝐷 𝑖=2 ) … (1.7) 特に、2 トーン信号の場合は上記のように相互変調歪み全体として歪み評価を行う他に、 非線形項個別における評価も重要になる。(1.2)式の 2 次項、3 次項によりそれぞれ 2 次相互 変調歪み、3 次相互変調歪みが発生し、その評価は下式(1.8),(1.9)で行う。 IMD2 = 20𝑙𝑜𝑔10(2𝑛𝑑𝑜𝑟𝑑𝑒𝑟 𝐼𝑀𝐷𝑆𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙 ) … (1.8) IMD3 = 20𝑙𝑜𝑔10(3𝑟𝑑𝑜𝑟𝑑𝑒𝑟 𝐼𝑀𝐷𝑆𝑖𝑔𝑛𝑎𝑙 ) … (1.9)
1.3.2
ADC 線形性テスト時の問題点 ここでは、単一正弦波を用いた場合について考える。下図1.2 に AWG を用いた被試験デ バイス(DUT:Device Under Test)である ADC のテスト方法を示した。AWG により正弦波 (周波数fin)を生成し ADC に入力する。そして、ADC の出力中の高調波がどの程度発生する かを測定することでADC の線形性テストが行われる。 図1.2 の上図には「理想的な ADC 線形性テスト」を示した。ここで言う理想的とは ADC の出力中に含まれる高調波がADC 由来のものであることを示している。一般的に ATE 内 部に組み込まれるAWG はその用途の多様性から低歪み正弦波生成の専用用途に開発され ていない[4]。そのため図 1.2 の下図に示す「実際の ADC 線形性テスト」のように ADC 出 力中にはAWG 由来の高調波も含まれてしま。このことが、ADC 線形性テストの精度低下 原因となる[4]。AWG
ADC
DUT
周波数 ・・・ ・・・ 周波数AWG
ADC
DUT
周波数 ・・・ ・・・ 周波数 ・・・ ・・・ ADC(DUT)由来の歪み成分 AWG由来の歪み成分 理想的なADC線形性テスト 実際のADC線形性テスト11 図1.2 高調波測定による ADC の線形性テスト このテスト精度の低下により下記のよう問題が発生する。 (1) 回路設計段階において、上記のようにテスト精度が 100%信用できないため実際の 現場では過剰に設計マージンを取らざるおえない状況にある。 (2) 量産段階において、本来は良品であるが、テスト精度により不良品と判定され、歩 留りが低下し生産コストが増加する。 解決策としては高価なAWG を用いることにより精度を改善することが考えられるが、コス トがかかる。更に、半導体産業は他産業に比べ景気の変動が極めて大きいが、半導体製造 装置業界の景気変動は更に大きい。これは各半導体メーカが不況時に測定器やテスタへの 投資を避けることが原因の一つである。そのため、このような半導体メーカの経営方針か らも今ある測定器でコストをかけずに最前のテスト結果を得ることは重要な課題である。 そこで、本研究では従来と同様のAWG を用いて測定精度の向上を目標とする。具体的には AWG 内部の DSP 部のプログラムを変更することで、AWG 由来の高調波を低減する。 下図1.2 に単一正弦波と 2 トーン信号で発生する歪みについて比較をする。一般的に、歪 みは、低次のものほど大きくいため2 次、3 次の非線形項が特に問題となる。これらは基本 波に比較的近い位置に発生するためアナログフィルタによる低減も困難である。更に、偶 数次の項に関しては回路を差動構成にするなどの回路構成上の工夫により低減が可能であ る。しかし、奇数次の項に関してはこのような手法は存在しない。そのため、偶数次に対 して奇数次の非線形項が特に問題となる[21]。更に、2 トーン信号の場合は歪みが基本波の 近傍に発生する。f1≈ f2の場合、基本波とその近傍のIMD3 には(1.10)式の関係になる。 f1≈ f2≈ 2f1− f2≈ 2f2− f1…(1.10) つまり、特に2 トーン信号に関しては基本波とほぼ同じ周波数位置に発生するため、ADC 前段にアナログフィルタを挿入しこの不要な相互変調歪みを低減させることは極めて困難 である。 以上より、テスト信号に含まれる歪みとして最も問題視されるものは 3 次非線形項によ り発生する3 次高調波や 3 次相互変調歪みである。ADC を高精度にテストするためにはこ れらの歪み除去が必要になる。
12 図1.3 単一正弦波と 2 トーン信号の歪み成分比較
1.4
任意波形発生器(AWG)を用いた信号生成
ここでは、一般的な任意波形発生器の構成を紹介し、信号の生成方法を説明する。その 中で非線形特性を有する回路ブロックなどを紹介する。1.4.1
任意波形発生器(AWG)の構成と信号生成原理AWG は下図 1.4 に示すように、主に DSP と D/A 変換器(Digital to Analog to Converter : DAC)で構成されている。DSP 部に任意の波形プログラムを書き込み、その信号を DAC へ 入力することで任意のアナログ信号を生成できる。 図1.4 AWG の構成と信号発生原理
1.4.2
任意波形発生器(AWG)の非線形特性 AWG 内部には DAC のみならず、アンプやアクティブフィルタなど様々な非線形ブロッ クを有している。そのため、DSP 部で単一正弦波や 2 トーン信号を生成し、これらのアナ ログ非線形ブロックで信号処理をする際に図1.3 で示したような歪み成分が発生してしま基本波領域
HD2領域
HD3領域
DC領域
IM3 IM3 IM5 IM5 IM7IM7 IM6IM4
IM3 HD3 HD3 IM5 IM5 HD2IM2 IM4 IM6 2トーン信号 IM2 IM4 IM6 DC IM3 HD2 周波数 HD3 HD2 単一正弦波 DC 周波数
AWG
DSP
…011100…DAC
デジタル信号 アナログ信号 programmable13 う。
1.5
本研究の概要と本論文の構成
ここでは、研究の概要と各章の構成について説明をする。第 2 章では低歪み信号発生のた めのアルゴリズムを提案する。第3 章ではその提案するアルゴリズムを用いて実際に AWG にて実現可能であることを証明する。更に、第4 章では第 3 章で発生させた信号を ADC に 入力することで、歪み低減による効果が実際にADC の 3 次高調波測定の高精度化として表 れることを示す。以下に各章の概要を記す。1.5.1
低歪み信号発生アルゴリズム 第2 章では低歪み信号発生アルゴリズムとして従来信号に対し、位相差切り替え信号を 提案する。本研究では従来信号と言った場合、一般的にADC テスト信号として用いられて いる正弦波信号や2 トーン信号のことを指すことにする。また、従来信号を用いて ADC を テストする手法のことを従来手法、位相差切り替え信号を用いてADC をテストする手法の ことを位相差切り替え手法と呼ぶ。従来信号をAWG により発生させる場合、AWG の非線形特性により AWG 出力段階で高 調波や相互変調歪みと呼ばれる歪み成分が含まれてしまう。これはAWG 内部に DAC など のアクティブブロックを使用する以上避けられない。一方、ADC などのデバイス線形性テ ストに関してはこれらの高調波や相互変調歪みを測定するため、ADC 入力前段で既にこれ らの高調波や相互変調歪みが含まれてしまうことでADC のテスト精度が劣化する。そこで、 ADC 入力前段で低歪み信号が要求される。この低歪み信号を位相差切り替え信号で実現す る。この位相差切り替え信号はAWG 内部の波形プログラムの変更のみで実現可能であるた め、AWG ハードウェアの変更をせずに信号純度の向上が可能である。第 2 章で詳細は述べ るが、従来信号と位相差切り替え信号の相違点はfs/2 近傍のスプリアス有無で決まる(fs: AWG のサンプリング周波数)。このスプリアスがないものが従来信号、あるものが位相差切 り替え信号である。位相差切り替え信号ではこのスプリアスを発生させることで高調波や 相互変調歪み成分を低減する。高調波や相互変調歪みが比較的基本波fin 近傍に発生するの に対して、fs/2 近傍のスプリアスは基本波 fin から十分離れていることから ADC 入力前段 でフィルタによる低減が容易である。位相差切り替え信号は基本波に近い比較的低周波側 の不要信号の発生を抑制し、fs/2 近傍という高周波側にスプリアスを発生させることから低 周波側のノイズを抑制し高周波側にノイズを発生させるノイズシェーピングに対して本手 法は「ディストーションシェーピング」という概念を提案する[7]-[10]。 また、位相差切り替え信号の原理、低減効果の範囲や周波数限界など、理論計算と数値 シミュレーションをベースにして理論的な議論する。
1.5.2
従来信号、位相差切り替え信号に含まれるAWG 由来 3 次高調波の比較14
第3 章では AWG 実機を用いて従来信号及び、第 2 章で提案した位相差切り替え信号を 発生させる。AWG による信号発生にあたり、AWG の信号発生原理についても言及する。 AWG は DDS(Direct Digital Synthesis:直接デジタル合成)と呼ばれる原理で信号発生を行 っている。 AWG により発生させた信号に含まれる 3 次高調波を測定する。3 次高調波測定時の問題 点は周波数解析のためのスペクトラムアナライザやベクトルシグナルアナライザなどの測 定機器類に精度保証限界が存在することである。この精度は測定器メーカが定めているも のであるが、微小信号に関しては精度保証外となる。経験的に-80dBc の信号が保証境界ラ インになることが多い。本研究で測定する3 次高調波がこれ以下の場合そのパワーについ て議論をすることはできない。そこで、測定機器の精度保証内に3 次高調波を入れるため に基本波低減用のノッチフィルタと高周波増幅用のアンプの設計・実装・評価を行った。 このノッチフィルタで基本波を十分に低減し、アンプで3 次高調波自体を増幅することで 3 次高調波が精度保証範囲内で測定可能となり3 次高調波パワーの議論が可能になる。これ らの作成回路により従来信号、位相差切り替え信号に含まれる3 次高調波パワーを測定し、 実際に位相差切り替え信号を用いることでAWG 由来 3 次高調波が低減できていることを示 す。 また、3 次高調波を愚直に低減する 3 次高調波低減用フィルタとして、5 次 LC バタワー スフィルタの設計・実装・評価を行った。このフィルタを用いることで極めて高純度(信号 と3 次高調波のダイナミックレンジ 110dBc 以上)な正弦波が生成可能になる。つまり、こ の3 次高調波低減用フィルタを用いて ADC のテストを行うことで ADC の 3 次高調波の本 来値を測定できる。この本来値は従来手法、位相差切り替え手法でADC をテストした場合 の基準値として用いる。更に、位相差切り替え信号に含まれるfs/2 近傍のスプリアス低減 用フィルタの設計・実装・評価を行う。このフィルタは4 次 LC バタワースフィルタを用い たが、カットオフ周波数が異なるものを4 種類作成した。このことにより fs/2-fin の低減量 の変更ができる。このフィルタを用いて位相差切り替え信号のfs/2 近傍のスプリアス低減 量に応じたADC の 3 次高調波の検出精度を次の第 4 章で議論する。
1.5.3
従来信号、位相差切り替え信号を用いた3 次高調波測定による ADC 線形性テス ト 第4 章では第 3 章で AWG により発生させたテスト信号を用いて実際に ADC の線形性テ ストとして3 次高調波の測定を行う。従来手法、位相差切り替え手法を用いた場合の 3 次 高調波を測定する。更に、第4 章で実装した 3 次高調波低減用フィルタを従来信号に適用 した信号(高純度正弦波)を用いて 3 次高調波を測定した。この値を基準にして従来手法、位 相差切り替え手法を用いた場合のADC の 3 次高調波検出誤差を求め、位相差切り替え手法 を用いた方が3 次高調波の検出誤差が低く抑えられることを示す。また、位相差切り替え 信号が持つfs/2 近傍のスプリアスであるがこの成分の低減量により ADC の 3 次高調波検出15
精度にどのように影響が出てくるかを実験的に検証し、その実験検証に対して理論的な説 明を加えた。
1.5.4
結論16
第
2章 低歪み信号発生アルゴリズム
2.1
まえがき
本章では、第1 章で紹介した AWG により単一正弦波、2 トーン信号を ADC テスト用に 発生させた際に問題となるAWG 由来の 3 次高調波、3 次相互変調歪みのキャンセルアルゴ リズムとして位相差切り替え信号を提案する。本手法を用いることでAWG 内部の DSP プ ログラムの変更のみで対応ができるため従来あるAWG をそのまま用いて、より低歪みの信 号が実現可能であることを示す。2.2
位相差切り替えを用いた単一正弦波信号
ここでは、AWG で単一正弦波を発生させた場合に AWG 内部で発生する高調波を抑制す るための信号生成アルゴリズムを提案し、理論検証を行う。また、この高調波抑制に当た り、本手法ではAWG の非線形程度を同定する必要がない。前述したように高調波の中で奇 数次でさらに最低次である3 次高調波の低減を検討する。 2.2.1 従来の単一正弦波の生成 従来手法を用いた単一正弦波の信号生成手法を下図2.1 に示す。 図2.1 従来手法を用いた単一正弦波発生 ここで、DAC の伝達特性を下式(2.1)で書く。今回、第 1 章の 1.3 節 1.3.2 で述べたように 3 次項が特に問題となるため、この項に着目して以下議論を行う。 Y(n) = a1Din(n) + a3Din(n)3… (2.1) DSP で生成する信号DinはX のみで構成させる。この信号 X は下式(2.2)である。 CLKX
X
X
X
DSP デジタル信号 DAC 非線形特性17 Din(n) = X(n) = Acos(2πfinnTs) …(2.2) ただし、ここでTsはAWG のサンプリング周期でサンプリング周波数fsとは下式の関係が ある。 fs= 1/Ts…(2.3) この時DAC の出力は(2.1),(2.2)式から下式(2.4)となる。
Y(nTs) = (a1A +34a3A3) cos(2πfinnTs) +34a3A3cos(2π(3fin)nTs) …(2.4)
上式(2.4)について、3 次非線形項により 3 次高調波が確認できる。
2.2.2
位相差切り替えを用いた単一正弦波の生成 位相差切り替え手法を用いた単一正弦波生成手法を下図2.2 に示す。 図2.2 位相差切り替え手法を用いた単一正弦波発生 ここで、DAC の伝達特性は前述した(2.1)式とする。DSP で生成する信号DinはX0, X1の信 号を1CLK (1 サンプリング) 毎に切り替える信号とする。この時の信号Dinは下式(2.5)であ らわせる。(2.5)式は(2.6)式と同値である。 Din(n) = 1 2{(1 + (−1)n)X0+ (1 − (−1)n)X1} … (2.5) Din(n) = 1 2{(X0+ X1) + (X0− X1)(−1)n} … (2.6) また、X0, X1は位相差をπ/3 を与え下式(2.7),(2.8)とする。 X0(n) = Acos(2πfinnTs+ π/6) … (2.7) CLKDSP
デジタル信号DAC
非線形特性X
0X
1X
0X
118 X1(n) = Acos(2πfinnTs− π/6) …(2.8) ここで、(−1)𝑛は下式(2.3)式を踏まえ下式で表現することができる。 (−1)n= cos(nπ) = cos (2π(f s/2)nTs) …(2.9) 以上(2.6)-(2.9)式を(2.1)式に代入した結果を下式(2.10)に示す。 Y(nTs) =√32 (a1A +43a3A3) cos(2πfinnTs) +12(a1A +32a3A3) sin (2π (f2s− fin) nTs) +18a3A3sin (2π (f2s− 3fin) nTs) …(2.10) (2.10)式より 3 次高調波が発生していないことが確認できる。その代償として信号を切り 替えたことにより fs⁄2 近傍に不要信号としてスプリアスが発生している。逆に、表現を変 えればこのスプリアスを発生させることにより 3 次高調波をキャンセルしていることにな る。この機能を、オーバーサンプリングによる「ノイズシェーピング」に対して「ディス トーションシェーピング」と呼ぶ[7]-[10]。また、3 次高調波を除去するにあたり、(2.1)式 のDAC の 3 次非線形項a3Din(n)3を同定する必要がない。 ここで、(2.4)式の基本波 fin の信号パワーを基準として 0dB とする。この時、(2.10)式よ り、位相差切り替えのfs/2-fin のスプリアスのパワーは 1/2 の係数から-6.02dB の大きさで 発生する。 以上の計算に関して比較のため、両者の入力信号𝐷𝑖𝑛の時間波形と3 次非線形システムの 出力信号をFFT 解析した結果について MATLAB を用いて数値シミュレーション行った結 果を下図2.3 に示す。上記の計算通り 3 次高調波が除去されスプリアスが位相差切り替えに よりfs⁄2 近傍に発生していることが確認できる。
19 図2.3 従来手法を用いた正弦波と位相差切り替え手法を用いた正弦波信号の比較
2.2.3
位相差切り替え信号による3 次高調波の低減原理 3 次非線形項により正弦波の位相部分は 3 倍される。その成分が従来信号では 3 次高調波 として発生する。しかし、位相差切り替え信号では合計位相差がπ/3 持つ 2 波の信号を用 いておりこの両者から3 次高調波成分が発生はするものの、位相差π/3 も 3 倍され出力さ れるため、合計の位相差は下式のようにπとなる。 𝜋 3× 3 = π … (2.11) よって位相差πを持った2 波は下図 2.4 に示すように打ち消しあわされキャンセルされる。 図 2.4 位相差切り替え手法の原理2.2.4
位相差切り替え信号における基本波への影響とfs/2-fin のスプリアスの検討 0 0.0034 0.0067 0.0101 -1 -0.5 0 0.5 1 Time [sec] D in [ V ] 0 0.0034 0.0067 0.0101 -1 -0.5 0 0.5 1 Time [sec] D in [ V ] 従来手法 位相差切り替え手法 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 従来手法 位相差切り替え手法 3次非線形システム入力信号 スプリアス 近傍 3次非線形システム出力信号 基本波 3次高調波 3 次 非 線 形 シ ス テ ム 従来信号 位 相 差 切 り 替 え 信 号 非線形程度を同定せずに キャンセル可能 位相差が与えられた2信号を 1サンプリング点毎に切り替える20 従来手法に対して位相差切り替え手法では位相差を持たせた同一周波数で位相差がπ/3 異なる信号X0, X1を切り替えることで問題となる3 次高調波をキャンセルした。ここでは、 その位相差を切り替えたことにより基本波への影響及び3 次高調波への影響を検討する。3 次高調波に関してはπ/3 の位相差によりキャンセルされることを説明したが、比較のため もう一度基本波と対応させて考える。 式(2.4),(2.9)より従来手法を用いた単一正弦波と位相差切り替え手法を用いた単一正弦波 の基本波の信号振幅には以下の関係がある。 (位相差切り替え信号の基本波振幅) (従来信号での基本波振幅) = √3 2 … (2.12) 上式(2.11)式での振幅における次元は[V]である。(2.12)式において両辺常用対数をとった 式を下式(2.13)式に示す。 20𝑙𝑜𝑔10(位相差切り替え信号の基本波振幅) − 20𝑙𝑜𝑔10(従来信号での基本波振幅) = −1.25 [dB] … (2.13) 同様に、位相差切り替え信号により発生するfs/2-fin のスプリアスと従来信号の基本波の 信号パワーの相関について式(2.4), (2.10)より下のようになる。 20𝑙𝑜𝑔10(位相差切り替え信号のfs/2 − fin信号振幅) − 20𝑙𝑜𝑔10(従来信号の基本波振幅) = −6.02 [dB] … (2.14) 更に、位相差切り替え信号により発生するfs/2-fin のスプリアスと位相差切り替え信号の 基本波に関する信号パワーの相関関係は式(2.10)より、下式(2.15)のようになる。 20𝑙𝑜𝑔10(位相差切り替え信号のfs/2 − fin信号振幅) − 20𝑙𝑜𝑔10(位相差切り替え信号の基本波振幅) = −4.77 [dB] … (2.15) 更に、数値シミュレーションにより各信号パワーを再度検討、確認を行う。図2.3 で 3 次非線形システム出力信号におけるスペクトルについて示したが、基本波finの信号と fs/2-fin のスプリアスのパワーの相関関係を下図 2.5 に示す。
21 図2.5 従来信号と位相差切り替え信号の基各信号パワーの比較 図2.5 より、従来信号と位相差切り替え信号の基本波のパワー、位相差切り替え信号の fs/2-fin のスプリアスの信号のパワーの相関をまとめる。 (位相差切り替え信号の基本波パワー) − (従来信号の基本波パワー) = 4.312 − 5.561 = −1.25 [dB] … (2.16) (位相差切り替え信号の fs/2 − fin の信号パワー) − (従来信号の基本波パワー) = −0.4592 − 5.561 = −6.0202[dB] … (2.17) (位相差切り替え信号の fs/2 − fin の信号パワー) − (位相差切り替え信号の基本波パワー) = −0.4592 − 4.312 = −4.7712[dB] … (2.18) 上の結果は数値計算した(2.13), (2.14), (2.15)と同様の結果になっていることが確認でき る。また、以上の議論から3 次高調波キャンセル条件として、式(2.13)~(2.15), 式 (2.16)~(2.18)の条件が満たされていることが必要になる。 表2.1 に以上の従来信号と位相差切り替え信号における基本波と 3 次高調波に関する信号 の比較をまとめた。 ADC の線形性テストで高調波を測定する際には基本波の振幅パワーに対する高調波の振 幅パワーを測定する。基本波パワーが大きくなれば、当然高調波パワーも大きくなる。よ 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 基本波 : 5.561dB 基本波 : 4.312dB /2- スプリアス: -0.4592dB (b) 従来信号 (b) 位相差切り替え信号
22 って、従来手法で(2.2)式のような振幅 A の大きさが必要な ADC テストアプリケーション においては、位相差切り替え手法では(2.6),(2.7)式において従来手法と同等の基本波パワー を得るためには(2.10)式より、(2 √3⁄ )A (=1.15A) の振幅にしておく必要がある。この議論 はスペクトラムのパワーに関するものであるが、時間波形における議論も必須である。ADC における入力レンジを超える電圧をADC に入力することはできない。従来手法で ADC の フルスケールが2A で正弦波のテスト信号が(2.2)式が入力される場合、位相差切り替え手法 では基本波のパワーを揃えるために(2.6),(2.7)式で(2 √3⁄ )A の振幅にした場合、最大ピーク to ピーク電圧がフルスケールを超える危険性があるが、実際のテストでは fs/2 近傍を低減 するフィルタによりこの分は吸収されるため問題とならない。この議論の詳細は本章の 2.4.3 で述べる。 表2.1 従来手法、位相差切り替え手法における各信号振幅(パワー)
2.2.5
位相差切り替え信号を用いたことによるその他の高調波への影響 表2.1 より、π/3 の位相差を用いた位相差切り替え信号では 3 次高調波のキャンセル(低 減)に加えて基本波に関しても信号振幅が低減されることが分かる。また、図 2.4 より 3 次 高調波に関しては位相差πの2 波が打ち消し合うことにより両者がキャンセルされること が直感的な理解が容易であるが、基本波に関しても位相差がずれいていることによりスペ クトルで見た時の基本波パワーが減少し、1.25dB 減衰することを述べた。 本研究では、3 次高調波をターゲットにして低減しているが、その他の 2 次, 4 次, 5 次… といった高調波に関しても位相差切り替え信号を用いることで高調波が減衰する。 3次高調波 位 相 差 切 り 替 え手 法 基本波 従来 手法 (a) (c) Im Re Im Re +π/6 -π/6 A A Im Re Re +π/6 -π/6 キャンセル 3次高調波 Im B 位相差 合計π (b) (d) -1.25dB 基本波パワー O O O O 注1 出力信号の振幅パワー (2.6)式の第1項目による成分 (2.5)(2.6)式中の 信号 3次非線形特性による位相回転 (この時,周波数は3倍される) ただし、(d)の は位相差πでキャンセルされる。 注123 ここでは、π/3 の位相差を持った位相差切り替え信号を用いることでその他の高調波の 低減量について、MATLAB を用いて数値シミュレーションにより求めた。シミュレーショ ン結果を下表2.2 に示す。なお、表 2.2 では図 2.3 や図 2.5 のようにスペクトルを用いてパ ワーを求めたが、ノイズフロア(-300dB 程度)に達したところで ”キャンセル” とみなした。 表中の “キャンセル” とはその意味で用いている。 表2.2 より低減量にある規則性が見られることが分かる。3 次高調波、9 次高調波に関し ては位相差切り替え信号を用いることによりその信号がキャンセルされる。3 次高調波のキ ャンセル原理は図2.4 で述べたがこの原理を拡張し、9 次高調波に関してはπ/3 の位相差が 9 倍されることで 3πの位相差が発生する。この 3πの位相差は結局πの位相差を持ってい ることと物理現象的には同値であるため9 次高調波に関してもキャンセルされる。 表2.2 位相差切り替え信号による各信号パワーの減衰量のシミュレーション結果 また、図4.2 の議論を一般化すると n 次非線形システムにより位相部は n 倍される。そ のため、2 次高調波に関してはπ/3 の位相差は 2×(π/3)の位相差に、3 次高調波に関して は3×(π/3)され、n 次高調波に関しては n×(π/3)の位相差になる。下表 2.3 に各信号の位 相差を示す。 表2.3 各信号の 2 波が持つ位相差 ここで、表2.1 を拡張し、n 次高調波が任意の位相差θを持ち信号が 1 サンプリング点毎 に切り替えられた時のn 次高調波のパワーを下図 2.6 に示す。切り替えられる 2 波の n 次 高調波を図2.6 では X0, X1 で示している。 DC 基本波 2次 高調波 3次 高調波 4次 高調波 5次 高調波 6次 高調波 7次 高調波 8次 高調波 9次 高調波 減衰量 [dB] 0 1.25 6.02 キャンセル 6.02 1.25 0 1.25 6.02 キャンセル DC 基本波 2次 高調波 3次 高調波 4次 高調波 5次 高調波 6次 高調波 7次 高調波 8次 高調波 9次 高調波 2波の 位相差 0 π /3 2π /3 π 4π /3 5π /3 2π 7π /3 8π /3 3π
24 図2.6 位相差θで信号が切り替えられた時の n 次高調波のスペクトル上でのパワー 図2.6 より、任意の位相差θで切り替えられた時のスペクトル上の信号パワーは下式 (2.19)で表現される値となる。 n 次高調波の振幅=2 × {1 2⁄ 𝑐𝑜𝑠(𝜃 2⁄ )} … (2.19) 更に、(2.18)式より任意の位相差θで切り替えられている n 次高調波について n 次高調波ス ペクトルパワーは下式(2.20)のように表現される。 n 次高調波の振幅パワー=20𝑙𝑜𝑔10[2 × {1 2⁄ 𝑐𝑜𝑠(𝜃 2⁄ )}] … (2.20) n 次高調波の振幅パワーを表 2.3 の各位相差を(2.20)式に代入し計算した結果を表 2.4 に まとめた。3 次高調波、9 次高調波の信号パワーに関しては、計算上あるところで丸め込ま なければならないため320dB 前後の減衰量となっているが、この値は電圧比で言うと E-16~E-17 のオーダーを持っており、理論上はこれらの高調波に関しては完全にキャンセ ルされ、存在しないと言ってよい。 表2.4 表 2.3 及び(2.20)式より求めた各信号の減衰量 MATLAB による数値シミュレーション結果表 2.2 と理論計算より求めた表 2.4 ではよく 結果が合致していることが確認できる。 以上の議論より、位相差π/3 を持つ X0, X1 の 2 波を 1 サンプリング点毎に切り替える位
Im
Re
+θ/2 -θ/2A
O
A
任意の位相差θで信号が切り替えられている時の n次高調波の合計振幅 DC 基本波 2次 高調波 3次 高調波 4次 高調波 5次 高調波 6次 高調波 7次 高調波 8次 高調波 9次 高調波 減衰量 [dB] 0 1.2494 6.0206 324.26 6.0206 1.2494 0 1.2494 6.0206 314.7125 相差切り替え信号ではn 次高調波に関してはその位相差が n 倍され n×(π/3) になる。こ の位相差の量に応じてn 次高調波の減衰量は(2.19)式、(2.20)式で決まる。特に、3 次高調 波に関しては両波の位相差がπになるためキャンセルされる。
2.3
位相差切り替えによる
2 トーン信号の発生
ここでは、先程の単一正弦波での位相差切り替え信号を拡張し、2 トーン信号に位相差切 り替え手法を適用する。ここでの目的はフィルタでのカットが極めて困難な基本波近傍に 発生するAWG 由来の相互変調歪み IMD3 を除去するアルゴリズムの提案である。2.3.1
従来の2 トーン信号の生成 2.3.1 従来手法を用いた 2 トーン信号発生法 従来手法を用いた2 トーン信号について図 2.1 を用いて説明をする。DSP で生成する信 号DinはX のみで構成させる。この信号 X は下式(2.21)である。 Din(n) = X(n) = Acos(2πf1nTs) + Bcos(2πf2nTs) … (2.21) (2.1),(2.13)式から DAC の出力は下式(2.14)式となる。Y(nTs) = (a1A +34a3A3+32a3AB2) cos(2πf1nTs) + (a1B +34a3B3+32a3A2B) cos(2πf2nTs)
+3 4a3A2Bcos(2π(2f1− f2)nTs) + 3 4a3AB2cos(2π(2f2− f1)nTs) +3 4a3A3cos(2π(3f1)nTs) + 1 4a3B3cos(2π(3f2)nTs) +3 4a3A2Bcos(2π(2f1+ f2)nTs) + 3 4a3AB2cos(2π(2f2+ f1)nTs) … (2.22) DAC の 3 次非線形項により 3 次高調波及び 3 次相互変調歪みの成分が確認できる。
2.3.2
位相差切り替えを用いた2 トーン信号の生成 位相差切り替えを用いた2 トーン信号生成について下図 2.2 を用いて説明をする。DSP で生成する信号DinはX0, X1の信号を1CLK (1 サンプリング) 毎に切り替える(2.5)式で表現 される信号とする。 また、X0, X1は下式(2.23),(2.24)とする。通常の 2 トーンテストでは下式(2.23),(2.24)にお いてはA=B とするが、ここでは A≠B とし議論をより一般化して行う。26 X0(n) = Acos(2πf1nTs+ π/6) + Bcos(2πf2nTs− π/6) … (2.23) X1(n) = Acos(2πf1nTs− π/6) + Bcos(2πf2nTs+ π/6) … (2.24) X0, X1はf1の信号成分に関しては-π/3 の位相差をf1の信号成分には+π/3 の位相差を持つ。 DAC の出力は(2.1),(2.3),(2.7),(2.9),(2.23),(2.24)式から下式(2.25)となる。(2.25)式より 3 次 相互変調歪み2f1− f2, 2f2− f1が除去されていることが確認できる。また、単一正弦波と同様 に代償として信号を切り替えたことにより fs⁄2 近傍に不要信号としてスプリアスの項が 発生していることが確認できる[7]-[10]。 Y(nTs) =√32 (a1A +32a3AB2+34a3A3) cos(2πf1nTs) +√3 2 (a1B + 3 2a3A2B + 3 4a3B3) cos(2πf2nTs) +3√3 8 a1A2B cos(2π(2f1+ f2)nTs) + 3√3 8 a1AB2cos(2π(2f2+ f1)nTs) + 1 2(Aa1+ 3 2a3AB2+ 3 4a3A3) sin (2π( fs 2− f1)nTs) + 1 2(Ba1− 3 2a3A2B − 3 4a3A3) sin (2π( fs 2− f2)nTs) +1 4a3A3sin (2π( fs 2− 3f1)nTs) − 1 4a3B3sin (2π( fs 2− 3f2)nTs) +3 4a3A2Bsin (2π( fs 2− 2f1+f2)nTs) − 3 4a3AB2sin (2π( fs 2− 2f2+f1)nTs) +3 8a3A2Bsin (2π( fs 2− 2f1−f2)nTs) − 3 8a3AB2sin (2π( fs 2− 2f2−f1)nTs) … (2.25) 更に、比較のため両者の入力信号𝐷𝑖𝑛の時間波形と3 次非線形システムの出力信号のスペ クトラムについて単一正弦波同様 MATLAB を用いて数値シミュレーションを行った結果 を下図2.7 に示す。上記の計算通り IMD3 が除去されスプリアスが位相差切り替えにより fs⁄2 近傍に発生していることが確認できる。なお、このシミュレーションの際には 2 トー ン信号f1, f2の振幅をA=B としてある。
27 図2.7 従来手法を用いた 2 トーン信号と位相差切り替え手法を用いた 2 トーン信号の比較
2.3.3
3 次相互変調歪み低減原理 ここでは、2 トーン信号に位相差切り替え手法を適用した場合の 3 次相互変調歪みのキャ ンセル原理を正弦波信号の場合を拡張し、説明をする。(2.23)式,(2.24)式の信号X0, X1に関し て、周波数f1の信号に関しては下式(2.26)のように-π/3 の位相差を持つ。 周波数f1信号の位相差 = − 𝜋 6− (+ 𝜋 6) = − 𝜋 3… (2.26) また、周波数f2に関しては下式(2.27)のように+π/3 の位相差を持つ。 周波数f2信号の位相差 = + 𝜋 6− (− 𝜋 6) = + 𝜋 3… (2.27) f1, f2の両者が3 次非線形システムにより相互変調が起こり 3 次相互変調歪み2f1− f2, 2f2− f1が発生する。この成分の位相差について検討をする。2f1− f2の3 次相互変調歪みの 位相部分は下式(2.28),(2.29)となる。 周波数2f1− f2の位相差 = 2 × (周波数 f1信号の位相差) − 周波数 f2の位相差 (2.28) 周波数2f2− f1の位相差 = 2 × (周波数 f2信号の位相差) − 周波数 f1の位相差 (2.29) よって、(2.26)-(2.29)式より 3 次相互変調歪みの位相差は下式(2.30),(2.31)のようになる。 周波数2f1− f2の位相差 =2 × (− 𝜋 3) − (+ 𝜋 3) = −𝜋 … (2.30) 0 0.0101 0.0202 -1 -0.5 0 0.5 1 Time [sec] D in [ V ] 0 0.0101 0.0202 -1 -0.5 0 0.5 1 Time [sec] D in [ V ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -120 -80 -40 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 3次非線形システム出力信号 従来手法 位相差切り替え手法 スプリアス 近傍 従来手法 位相差切り替え手法 3次非線形システム入力信号28 周波数2f2− f1の位相差 =2 × (+ 𝜋 3) − (− 𝜋 3) = +𝜋 … (2.31) よって(2.30),(2.31)式より合計位相差がそれぞれ-π,πを持つため発生した 3 次相互変調 はキャンセルされる。下図2.8 に2f1− f2の場合の位相差について示す。 図2.8 2f1− f2の位相差
2.3.4
位相差切り替え信号の基本波パワーへの影響 ここで、単一正弦波同様、2 トーン信号の基本波における位相差切り替え手法を用いたこ とによる影響を簡単に説明する。式(2.13),(2.16)より従来手法を用いた 2 トーン信号f1, f2と 位相差切り替え手法を用いた2 トーン信号f1, f2の基本波の信号振幅には両者ともに以下の (2.32)式の関係が認められる。 (位相差切り替え信号の基本波振幅) (従来信号での基本波振幅) = √3 2 … (2.32) 上式(2.32)式での振幅における次元は[V]である。(2.32)式において両辺常用対数をとった式 を下式(2.33)式に示す。 20𝑙𝑜𝑔10(位相差切り替え信号の基本波振幅) − 20𝑙𝑜𝑔10(従来信号での基本波振幅) = −1.25 [dB] … (2.33): 位相差
: 位相差
基本波
: 位相差
3次相互変調
歪み
Re Im phase Re Im phase 相互変調 3次非線形システム位相差
π
29 つまり、位相差切り替え手法を用いた場合 2 トーン信号の基本波f1, f2は従来手法と同等の 基本波パワーを得るためには(2.22), (2.23)式から(2.23),(2.24)式の段階で信号の振幅 A,B を それぞれ(2 √3⁄ )A, (2 √3⁄ )Bにしておく必要がある。なお、これは単一正弦波の場合と全く 同様である。
2.4
位相差切り替え信号によるキャンセル効果の持続範囲
ここでは、位相差切り替え信号が複数の非線形ブロックに入力された際に3 次高調波の キャンセル(低減)効果がどこまでされるのか述べる。2.4.1
fs/2-fin のスプリアスによる 3 次高調波のキャンセル(低減)効果 位相差切開け信号による 3 次高調波キャンセル効果の及ぼす範囲について検討を行う。 ここでは、3 次非線形システムが縦続接続されているシステムについて検討する。そのシス テムに従来信号、位相差切り替え信号を入力した場合について検討を行う。その時の各ブ ロックの出力信号をFFT 解析した結果について、下図 2.8 に示す。図 2.8 より、従来信号 を用いた場合は、3 次非線形システムにより 3 次高調波が発生し、3 次非線形ブロック通過 毎に3 次高調波が発生する。しかし、位相差切り替え信号を用いた場合の各 3 次非線形ブ ロックの出力信号を確認すると、全てのブロック出力で 3 次高調波がキャンセルされてい ることが確認できる(図 2.8)。これは、位相差切り替えにより発生した fs/2 − finのスプリア スが発生していることによる。このスプリアスにより、位相差が切り替わり、3 次高調波を 低減するため、このスプリアスが発生している限りは図2.8 に示すように 3 次高調波はキャ ンセルされ続けることになる。なお、9 次高調波に関しても図 2.4 のキャンセル原理に対し て3πの位相差を持つためキャンセルされている。 つまり、AWG の信号発生器システムについて検討を行うと DSP 後段には実際には DAC や増幅器、アクティブフィルタなど複数の非線形ブロックが存在するが、帯域制限により fs/2 − finのスプリアスが低減されない限りは全ての非線形ブロックから発生する 3 次高調 波はキャンセルされ続ける。fs/2-fin のスプリアスが式(2.13)~(2.15), 式(2.16)~(2.18)の条件 で図2.8 のように発生している限りは時間波形で見ると位相差π/3 の位相差を持つ 2 波が 切り替わっていることになるため3 次非線形システムでで図 2.4 の現象が発生し、3 次高調 波はキャンセルされる。30 図2.8 位相差切り替え手法による 3 次高調波のキャンセル効果の持続範囲 2.4.2 fs/2-fin が低減された際の 3 次高調波低減への影響 2.4.1 では fs/2-fin のスプリアスが存在する限りは 3 次高調波の低減範囲が持続すること を述べた。ここでは位相差切り替えのスプリアスfs/2-fin が帯域制限された際に 3 次高調波 のキャンセル効果に与える影響について議論する。 fs/2-fin の低減されるシステムとして図 2.9 のシステムを考える。図 2.9 では位相差切り 替え信号が入力され、3 次非線形ブロックを通過後、帯域制限により fs/2-fin が低減される。 その帯域制限モデルとしてローパスフィルタを挿入した。更に、この帯域制限されfs/2-fin が低減された信号が次段の3 次非線形ブロックに入力される。これらの図 2.9 の各ブロック の出力信号の時間波形とそれを周波数解析したスペクトルについて図2.9 に同時に示した。 まず、初段の 3 次非線形ブロックでは位相差切切り替え信号が用いられているため、この ブロック由来の3 次高調波は図 4.2 の原理によりキャンセルされている。次段のローパスフ ィルタで位相差切り替えのfs/2-fin のスプリアスが低減される。この時 fs/2-fin スプリアス は80dB 以上低減されている。相当量(80dB)低減されているため、時間波形を観測すると信 号が平滑化され、ほとんど位相差切り替えが行われず通常の正弦波になっている。この fs/2-fin が帯域制限により低減された信号が更に次段の 3 次非線形ブロックに入力されると、 3 次高調波が発生されていることが確認できる。つまり、位相差切り替え信号が発生してい るシステム内部でfs/2-fin のスプリアスが低減されてしまうと 3 次高調波の低減効果は得ら れない。 なお、以上の議論は2 トーン信号の場合も同様である。図 2.6 に示した 2 トーン信号の 位相差切り替えのfs/2 近傍スプリアスが発生している限り、非線形ブロックが存在しても 3 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 3次 非線形 3次 非線形 3次 非線形 位相差切り 替え信号 従来信号 ・従来信号 ・位相差切り 替え信号 キャンセル キャンセル キャンセル
31 次相互変調歪みはキャンセルされ続ける。 図2.9 位相差切り替え手法による 3 次高調波のキャンセル効果の持続範囲 更に、fs/2-fin の低減量に応じた次段の 3 次高調波の発生量の相関について下図 2.10 のモ デルでシミュレーションをする。図2.10 に示す 3 次非線形ブロックは全て同じ特性に統一 する。図2.10 の(A)のように位相差切り替え信号を 3 次非線形ブロックに入力すると 3 次高 調波は図2.4 の原理でキャンセルされる。一方、図 2.10 の(C)では純粋な正弦波を用意した。 この信号を3 次非線形ブロックに入力することで、3 次非線形ブロックよる 3 次高調波の本 来値を検出しておく。この値を基準値として図2.10 の(B)の 3 次高調波のパワーと比較する。 この3 次高調波パワー値は fs/2-fin の低減量により変動し、fs/2-fin の低減量の関数になっ ている。この低減量は前段のローパスフィルタにより調整を行う。なお、このローパスフ ィルタは全く同じ特性のものを図2.10 の(C)にも挿入してある。これは図 2.10 の(B)と図 2.10 の(C)とを比較するにあたり条件を揃えるためである。 なお、以上の議論は2 トーン信号の場合も同様である。図 2.6 に示した 2 トーン信号の 位相差切り替えによるfs/2 近傍のスプリアスが低減された状態で非線形ブロックにその信 号が入力されると3 次非線形相互変調歪みが発生する。 3次 非線形 3次 非線形 ローパス フィルタ 0 20 40 60 80 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 Sample Number V o lt ag e 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 20 40 60 80 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 Sample Number V o lt ag e 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 0 20 40 60 80 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 Sample Number V o lt ag e 0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 -400 -300 -200 -100 0 Normalized Frequency f/fs P o w e r [d B ] 帯域制限モデル 位相差切り 替え信号 低減 波形の平滑化 発生 キャンセル
32 図2.10 fs/2-fin 低減量と 3 次高調波発生量の相関検証のためのシミュレーションモデル 図2.10 の(B),(C)の 3 次高調波レベルを数値シミュレーションにより比較した結果を下図 2.11 に示す。図 2.11 の結果から図 2.10 の(B)で fs/2-fin のスプリアスが 10dB 低減された 時は誤差が1%、20dB 低減時は誤差が 0.1%。30dB 低減時は誤差が 0.01%となっている。 つまり、位相差切り替え信号が発生しているシステム内部でfs/2-fin のスプリアスが 10dB 低減された時は本来値に対して1%分しか 3 次高調波が低減されていないことを示している。 また、20dB, 30dB 低減された時に関しては 3 次高調波の低減量は本来値よりそれぞれ 0.1%, 0.01%分しか低減されないため、ほとんどその効果がないに等しいことになる。そのため、 位相差切り替え信号発生時にはシステム内部で主要な非線形ブロックの手前で帯域制限を 受けるブロックによりfs/2-fin のスプリアスが低減されないことがポイントとなる。低減量 が0dB の場合に関しては理論通り 3 次高調波は完全にキャンセルされる(図 2.3)。 なお、図2.11 のシミュレーション結果は 2 トーン信号の場合も全く同様の結果となる。 位相差切り替え信号の fs/2 近傍のスプリアスを低減させた状態で非線形ブロックにその信 号が入力されると図2.11 のプロットラインに沿って 3 次相互変調歪みが発生する。 ローパス フィルタ 非線形3次 3次高調波比較 位相差切り替え信号 (A) (B) 位相差切り替え信号 (C) 純粋な正弦波 (3次高調波なし) 3次高調波 本来値 freq. 低減 freq. キャンセル freq. ローパス フィルタ 非線形3次 3次 非線形 freq. freq. freq.
33 図2.11 図 2.10 の(B), (C)における 3 次高調波レベルの比較結果
2.4.3 fs/2-fin が帯域制限された際の波形振幅への影響
位相差切り替え信号のフィルタ通過前後の信号振幅(ピーク to ピーク)について議論す る。ここでは、下図2.12 に示すようにローパスフィルタによる位相差切り替え信号の振幅 の変動について検討を行う。 図2.12 ローパスフィルタによる位相差切り替え信号の振幅の影響の検討 ローパスフィルタに位相差切り替え信号が入力されると信号を急峻に切り替えている成 分がカットされるため十分に低減することで従来信号に戻る。下図2.13 の左図に位相差切 り替え信号のフィルタ通過前の信号、フィルタにより位相差切り替えの成分fs/2-fin の成分 を十分低減(80dB 程度低減)させた信号(位相差切り替え信号フィルタ通過後)及び、従来信号 の波形を示す。このとき、位相差切り替え信号の振幅は2.1.4 で述べたように従来信号と基 本波fin の信号パワーと合致させるために、従来信号の振幅 A に対して(2 √3⁄ )A の振幅で 位相差切り替え信号発生させている。そのため図2.12 では信号のピーク to ピークは位相差0
20
40
60
80
100
10
-1010
-810
-610
-410
-210
010
2fs/2-finスプリアスの減衰量 [dB]
図
2
.1
0
(B
)の
3
次
高
調
波
の
本
来
値
か
ら
の
ず
れ
[%
]
ローパス フィルタ34 切り替え信号のフィルタ通過前と従来信号では振幅が(2 √3⁄ )倍大きい。しかし、フィルタ の通過により位相差切り替え信号のfs/2-fin のスプリアスが低減されることで信号が平滑化 され図2.12 のように切り替えしの成分が除去されることで時間波形上での振幅が減少し、 十分低減されると、従来信号の振幅にほぼ重なことが確認できる。更に図2.13 の右図で fs/2-fin のスプリアス低減量をフィルタ特性の調整により行った。シミュレーション及び、 実測した結果について示してある。シミュレーションと実測でほぼ同等の結果となってい る。図2.13 の右図では図 2.13 の左図の議論を拡大したものであり、fs/2-fin のスプリアス の低減量に対する従来信号対する位相差切り替え信号の振幅量を示してある。図2.13 にお いてA の点では(2 √3⁄ )倍した位相差切り替え信号の振幅がそのままであるため従来信号と の誤差は15%程度ある。しかし、その誤差は fs/2-fin のスプリアスの低減量を増加させるこ とで減少しいき、シミュレーション結果では図2.13 の右図から以下のような結果になった。 ・fs/2-fin のスプリアス 8dB 低減:振幅誤差 8% ・fs/2-fin のスプリアス 10dB 低減:振幅誤差 2% ・fs/2-fin のスプリアス 30dB 以上低減:振幅誤差 0.0%以下 また、実測に置いてはfs/2-fin を 30dB 低減、54dB 低減した場合で等しい値となった。こ れは位相差切り替え信号の切りかえ成分の残留分に対して振幅を測定した機器が判定でき ない程度であることを示している。そのため、30dB 程度の低減で振幅誤差に関しては問題 視する必要がないと考えられる。 図2.13 位相差切り替え信号のフィルタ通過前後の信号波形と従来信号 以上、位相差切り替え信号のfs/2-fin のスプリアスの低減量における波形振幅の依存性に ついて述べた。この議論はADC テストにいて必須である。ADC に入力する際の振幅条件 はADC の許容フルスケールにより決まる。下図 2.14 を用いてその議論を行う。図 2.14 に 示すようにADC の入力フルスケールが 2A であるとする。ADC 全ビットでの線形性テスト 0 20 40 60 80 1 1.02 1.04 1.06 1.08 1.1 1.12 1.14 1.16 fs/2-fin スプリアスの減衰量 位 相 差 切 り 替 え 信 号 振 幅 / 従 来 信 号 振 幅 シミュレーション 実測値 0 20 40 60 80 100 -1.5 -1 -0.5 0 0.5 1 1.5 Sample Number V o lt a ge 位相差切り替え信号 フィルタ通過後 位相差切り 替え信号 フィルタ通過前 従来信号 15%誤差 A B A B 誤差≊0.0%
35 のため、図2.14 の(A)に示すように従来信号の場合は振幅を A にしておく必要がある。仮 に、図2.14 の(B)のように A>A’の条件ではテストされないビットが発生してしまう。 そのため、従来信号では(2.2)式で A の大きさで信号を発生させる。一方(2.7),(2.8)式で表現 される位相差切り替え信号ではその信号の性質から周波数スペクトルにおいては、基本波 のパワーが1.25dB だけ減少するため、予め(2.7), (2.8)式で(2 √3⁄ )A の大きさで振幅を設定 し発生させなければならないことを述べた。このことにより図2.14 の(C)に示すように ADC の入力許容レンジを超えてしまう。そのため、出力信号のクリップが起こるか、最悪デバ イスを破壊してしまう。しかし、図2.13 により位相差切り替え信号の振幅に関してはフィ ルタにより低減されることを示し、そのfs/2-fin のスプリアスの低減量に応じた振幅オーバ ー分(誤差)を図 2.13 の右図に示した。そのため、各 ADC のテストアプリケーションに応じ て、測定者が必要分を図2.13 の右図を基に fs/2-fin のスプリアスをフィルタにより低減す ることが必要である。今回、その指標を示した。 図2.14 ADC 入力振幅と ADC の入力フルスケール 以上の議論は2 トーン信号の場合に対しても全く同様である。