153 石詰會に於て嚢表したるものにしてその後一九二九年にωo ぴ銘8の報⋮告あり。著者は三十六歳及び三十五歳の男子の何 れも右眼の角膜上皮暦に特殊の一條の線状湖濁の存在する二 例に就て述ぶ。著者の意見に從へば二例はωNξ及びω餌壷① 等の例の一異型に贋するものならんとす。本症震現に關して は神経性も考ふべき竜外傷も亦注目すべきものならんとす。 、角膜深部膿蕩の成立豊デスメ鼠膜の態度に就.て 藤原謙造 ︵京都府立醤科大酔︶ 著者は八十歳の男子の實験症例に就き述ぶ。完全緑内障に 陥れる眼球に填て角膜中央部に比較的表在性にして進行性の 急劇ならざる化膿性潰瘍を有し此潰瘍と直接の蓮績なく角膜 鮎貝質の後面とデスメ氏膜との間に弦月⋮肱の小膿瘍ありて内被 細胞を鉄如せるデスメ氏膜は此部に於て角膜實質より剥離 し、垂葉に分離せるも其最後部の細葉は該膿瘍の後壁を成し て穿孔することなく前房内に於ける膿竈との間を隔つQ本例 の角膜深部膿瘍はデスメ氏膜の穿孔前に成立したることを示 す。故にエルシュニヒの説に反する。深部膿瘍の成立を化膿 性角膜潰瘍の際に虹彩よの出でたる多核白血球が前房に集ま りコヘモタクシスしによりて角膜㎜後面に 集合し福角膜内被細胞 抄 録 を破壊脱落せしめ、更にデスメ氏膜に作用して之を障碍し、 デスメ脳膜は之が極めに侵され撒葉に分離し、白血球は薄く なりたるデスメ氏膜細葉を通過して其前面に出で角膜實質と の問に於て集積壌着して角膜深部膿瘍を形成す。之が漸訳、増 大するに從て分裂せるデス配属膜の細葉は盆々障碍せられ途 に破壊穿孔するに至るものなりと説明す。 画、
臨底獣及び病理組織學的に興味湿る綱膜血管炎
中島實,石丸重信 二+三歳の男子、大正十五年腎臓炎.昭和三年肋膜炎を経 過し現在徽毒及び肺門淋巴腺結核.気管枝周腎炎を有す。爾 眼の虹彩毛襟下炎を細し。左眼突然失明綾いて緑内障を起し 遽に摘出。右眼全治し観力も一。二となうた然るに突然覗紳 経乳頭上に大出血を起し更に網膜静脈暴論炎、網膜静脈枝栓 塞、網膜中心動脈枝血栓酒中心綱膜炎等を益して親力も○・ 〇二迄低下したが治療に依り出血の反復黄斑部星芒像の出現 等種々の愛化起しつ﹄途に約一ケ月の経過を経て動脈血栓に 因る覗野上方の訣損を残したのみで中心親力一・二迄恢復し た夢。一方摘出眼球に於ける病理組織學的所見は虹彩根部前 書による乃凶器爵腔の閉塞虹彩組織内の浸潤、其前面の 第三巻 一五三154 少 豪 ま 垂 結締織新生、虹彩後癒着シュレンム氏管附近の浸潤等の眼前 部の融化の外に、眼底に於ては乳頭前面の大出血.乳頭組織 内の結核様浸潤〃適中心血管壁の肥厚、動静脈の閉塞吻静賑周 園の浸潤、網膜内の出血、滲出、綱膜周邊部に於る色素上皮 の増殖及び綱膜脈絡膜の断裂罪な砂。要するに臨床的の諸種 の黒化及び病理細織的攣化は其全部が㎜早に結核叉は徽⋮毒の一 方のみに因るものでは無くして、此爾者の攣化が互に相混、与 して斯くの如き複雑極まる所見を呈したり。