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説 堕胎罪と殺人罪

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(1)

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R 

1 9 9 9 9   9 9 9 , '  

堕 胎 罪 と 殺 人 罪

‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑' 

13‑‑2 ..  159 (香法'93)

(2)

を比較してみても︑前者の方が格段に屯く︑さらに︑堕胎罪には過失犯の処罰規定がない︒このように︑人と胎児と は刑法じは異なる生命体ととらえられており︑その保設のあり方を異にする︒

しか

し︑

罪としての殺傷罪との関係が間題となることがある︒

れた嬰児を殺古したという場合である︒この場合︑胎児に対する攻撃と人に対する攻撃があるわけであるから︑堕胎 罪と殺人罪の両罪を認めるべきか︒あるいは︑堕胎行為の客体と殺人行為の客体とは同じ生命体であることから︑叩 胎罪又は殺人罪のいずれか一方の犯罪の成立を認めればよいのか︒また︑

本稿は︑堕胎行為と殺人行為が行われた場合の刑法的取り扱いを検討することにより︑胎児に対する犯罪としての

なお

そもそも人は胎児が成長したものであり︑

一定の人工妊娠中絶が許容されている︒ はいかに解すべきか︒ が附かれているのに対し︑

しカ

そこから︑胎児に対する犯罪としての堕胎罪と︑人に対する犯

その典型的事例は︑堕胎行為を行った後︑

たまたま生きて生ま もし前者であるとすると︑両者の罪数関係

堕胎罪と人に対する犯罪としての殺傷罪の適用範間を明らかにしようとするものである︒

わが国では︑刑法︱︱︱二条以下において原則的に堕胎行為が処罰されるが︑同時に︑優性保護法においては

それによって正当化される場合がきわめて広く︑そのような正当な 人工妊娠中絶を行った場合でも︑意外にも胎児が生きて生まれることも考えられる︒このような場合には︑堕胎罪自

胎児の保護のためには叩胎罪が附かれているに過ぎない︒

しカ

殺人罪と堕胎罪の刑罰

刑法上︑人と胎児とは異なる取り扱いがなされている︒

は じ め に

つまり︑人の保護のためには殺人罪や傷害罪等多くの犯罪

13  2 ~~160 (香法'93)

(3)

叩胎罪と殺人罪(虫明)

判決

は︑

このような場合には︑単純に嬰児に対する殺傷罪の成否自体の問題となる︒

そのため︑現在では堕胎罪で処罰される者はほとんどいない︒そこから︑一カでは︑むしろ堕胎罪自体の存在紅義に疑間がもたれ︑

また︑母親の自已決定権の咋屯という観点からも︑その規定の削除が︑E

張されることとなる︒他方︑胎児はいずれは人となるのであ るから︑その生命はりく保護されなければならないという若えに韮づき︑優性保護法の適用を制限し︑堕胎罪に実効性をもたせるべ

E張もなされる︒この議論は]時激しい論争を巻き起こした後︑鎖静化した感がある︒ところが︑近時︑ドイツでは︑

その統一を契機に︑どの範圃で人

L

妊娠中絶を許容し︑どの範囲で堕胎罪として処罰するかという間閣について︑議論が沸騰してい る︒そしてその影評もあって︑わが国でも︑人

L

妊娠中絶を如何なる範肘で認めるべきかの問題が︑徐々に取りあげられつつある︒

これは︑胎児に対する刑法的保護のあり方が改めて間われているということに他ならない︒なお︑最近の文献として︑中山研一﹁妊 娠中絶に対する法政策のあり方﹂判例時報ー四四一号︵平成五年︶八貞以ド︑松生光正﹁妊娠中絶の違法性﹂犯罪と刑罰九号︵平成

五年︶二:五貝以ド︑佐久間修﹁ドイツにおける法の統一について1

︵平成四年︶七八頁以下︑川

l J 浩一﹁堕胎罪と人じ妊娠中絶に関する改正提案﹂刑法理論の探求︹中義勝先生古稀祝賀︺︵平成四年︶

四四三貞以ド︑上田健.一五5

娠中絶間題と法秩序の補充性原理︵一︶﹂同志社法学四二巻五・六号︵平成四年︶一頁以下︑田中土二

e

胎児の生命の尊重

9

の面からみた擾性保護法の一改正案

l人工妊娠中絶の規定(‑四条︶と優性手術の規定︵三条︶との比較・検討を通して」刑事法学の現代的展開じ巻〔八木國之先生占稀祝加只涸文〗(平成四年)こ九四貞以下等。

判例及び学説

堕胎行為の後︑生きて生まれた嬰児を殺害した場合に関する判例はあまりないが︑まず︑大正一一年の大審院

被告人が叩胎手術を施したところ妊娠約九カ月の嬰児が

f

期に反して生きて生まれたので︑直ちに腰巻に包

( l

)  

けではない︒ 体は成立しないわけであるが︑

生きて生まれた嬰児に対する攻撃を刑法じいかに評価するかという問題が生じないわ

13  2 ‑‑161  (香法'93)

(4)

んで窄息させて殺寓したという巾案について︑堕胎罪と殺人罪の併合罪としている︒

児の死を希望ないし

f

見して行うものであるから︑叩胎罪の他に殺人罪は成立せず︑仮に両罪が成立するとしても︑

本件では嬰児殺は叩胎に随伴する通常の結果であって︑両罪は牽連犯となると主張したのに対し︑大審院は︑;本件ノ

如キ場合二在リテハ被告人第一ノ/

i r

九ハ叩胎罪ヲ構成シ第一ノ行為ハ吏二殺人罪ヲ構成スヘク所論ノ如ク目シテ単一1

ナル一罪杓ハ手段結果ノ関係二躾ク一罪卜称スルコトヲ得ス﹂としたのである︒

ので︑水の人ったバケツの中に以してそのまま放附し︑窄息死させたという事案について︑﹁たとえ︑右施術が適法な

t

妊娠中絶を行うじ観的紅図に出たものであったとしても︑分娩後の右嬰児殺中口行為は︑明らかに刑法上の殺人罪﹂

であるとしたのである︒

同種の事案はその後しばらく見彗たらなかったが︑近時︑最高裁で注目すべき判ポがなされた︒

L

の指定医たる被告人が︑胎児が母体外において生命を保続することのできない時期ではないのに堕胎措置を施し︑

それにより出生させた未熟児を自己の医院内に放府して約五四時間後に死亡させたという事案であり︑業務上堕胎罪 と保護責任者遺棄致死罪の両罪の成立を認めたものである︒弁護人は︑業務上堕胎罪については違法性を欠き︑優性 保護法に規定する人﹇妊娠中絶により排出された生命体は刑法ニ︱八条にいう幼者とは解し得ず︑保護責任者遺棄致 死罪も成立しない等とじ張したが︑最高裁は︑ぶ仮告人は︑産婦人科医師として︑妊婦の依頼を受け︑自ら開業する医 院で妊娠第二六週に入った胎児の堕胎を行ったものであるところ︑右堕胎により出生した未熟児︵推定体重一

000

優性保設法所定の指定医たる被告人が︑

体外において生命を保続するおそれがある胎児に対して︑ 優性保設法が制定された後の下級審判決でも︑

罪の成立を認めたものがある︒

しよ

こオ

i

T

妊娠中絶手術を行ったところ︑

これは︑優性保設

嬰児が生きて生まれた 妊娠八カ月に入った疑いがあり︑母

また

戦後

附胎行為によって生まれた嬰児を殺害した場合︑殺人

ここでは︑弁護人は︑堕胎は胎

13  ‑2 ‑162 (香法'9:1)

(5)

堕胎罪と殺人罪(虫明)

していると言ってよい︒ 嬰児も︑人として殺傷罪の客体となると考えているのであって︑

グラム弱︶に保育器等の未熟児医療設備の整った病院の医療を受けさせれば︑同児が短期間内に死亡することはなく︑

かつ︑右の医療を受けさせるための措置をとることが迅速容易にできた にもかかわらず︑同児を保育器もない自己の医院内に放置したまま︑生存に必要な措附をなんらとらなかった結果︑

出生の約五四時間後に同児を死亡するに哨らしめたというのであり︑右の事実関係のもとにおいて︑被告人に対し業 務上堕胎罪に併せて保護者遺棄致死罪の成立を認めた原判断は︑正当としてこれを行認することができる﹂とした︒

なお︑両罪の関係につき︑第一審は併合罪としており︑最高裁もそれを認めたものと考えてよい︒

この最高裁の事案では︑未熟児に対する保護責任者遺棄致死罪の成否が問題となっているが︑

罪を問題とすることも可能な事案であったとも言われている︒ むしろ生育する可能性のあることを認識し︑

むしろ不作為の殺人

いずれにしても︑判例は︑堕胎行為によって出生した しかも堕胎罪と殺傷罪とは併合罪と解する点で一致

( l

) 大判大正ー一年

1

八日刑集一巻七

0

五貞︒なお︑旧刑法時代の︑大判明治

1こ九年七月六日刑録ニー輯八四九頁も同旨︒

( 2 )

東東高判昭和二八年五月二五日束裔刑時報:こ巻五号こ一六頁︒

( 3 ) 優性保護法上は︑﹁人工妊娠中絶とは︑胎児が︑母体外において︑生命を保続することのできない時期に︑人じ的に︑胎児及びそ の附属物を母体外に排出することをいう﹂︵^文木一.項︶とされており︑これが一定の要件を満たせばl

( 1

( 4

)

最決昭和六:

. .  

年一月一九日刑集四二巻一号.頁︒

( 5 )

L時の法令:三五号︵昭和六ーニ年︶じ二貞︑中谷瑾f﹁叩胎により出生させた木熟児を放置した灰師と保護責任者遺棄致死罪の成不臼昭和六:•一年度Frl要判例解説(平成几年):四八貞、脱田國男「叩胎により出生させ

た未熟児を放樅した医帥につき保護貨任者追棄致死罪が成立するとされた巾例﹂法曹時報四ー券﹂四号︵平成元年︶:︱‑九頁︑大飢^

泰﹁胎児と人の限界﹂刑法判例百選

I I 各論︵第

1

)[

13  2 

163 (香法'93)

(6)

生きていたとき︑ まず︑平野博士によると︑優性保護法は︑

娠中絶を適法としており︑

この

こと

は︑

この場合には排出さ

つまり︑生命を保続することのできない妊

正胎児が︑母胎外において︑牛

上述の判例の立場に対して︑堕胎行為によって生きて排出された生命体を殺害しても︑殺人罪は成立しないと

泣母胎外において生命を保続することのできない時期﹂での一定の人工妊

それが認められる事由の中には﹁子供を持たないこと﹂が許されるものもあり︑排出後に これを死亡させるのは殺人だとすると︑中絶を認めた趣旨と矛盾するといわれるのである︒そこか ら︑﹁中絶が適法に行われた以卜︑現に生きている場合であっても︑生命を保続することができない場合には︑その死 期を早めても殺人罪は成立しないと解すべき﹂とされている︒

また︑町野教授は︑平野教授と同様の理由のもとに︑

命を保続することのできない時期﹂⁝⁝までの生命は︑たとえそれが生きて体外に排出されたとしても︑

保護すべき段階にまで成長していないとすべきであろう﹂とされている︒

娠期に排出された生命は︑

を保続することのできる時期であると否と︑

れた生命体は一応﹁人﹂ する見解が近時有力にじ張されている︒

﹁妊娠中絶の許容される時期︑

﹁人﹂ではないといわれるのである︒

了人

﹄と

して

また︑母体外において生命を保続することのできる妊 娠期に行われた中絶行為は違法であり︑堕胎罪が成立するが︑﹁母体外での﹃胎児﹂の殺害が堕胎行為の結果として評 価される場合にはそれ以外に別罪を構成するものではない﹂とされる︒これは︑町野教授が︑胎児殺は︑胎児が生命

またその結果が母体内で生ずると否とを問わず︑堕胎であると解される ことによる︒そこで結同︑母体外において生命を保続することのできる時期に排出された胎児を︑排出後長時間たっ て侵害した場合や︑中絶行為と無関係の第三者が独立に侵曹した場合のように︑その殺傷行為が堕胎行為の一部と評 価されない場合にのみ︑人に対する犯罪が成立し得ることとなるのである︒なお︑

であるが︑堕胎行為との関係で殺人罪は成立しないと解されているように思われる︒

I. 

/¥ 

13 ‑2 164 (香法'93)

(7)

堕胎罪と殺人罪(虫明)

なる

︒ さらに︑前田教授も︑堕胎罪と優性保護法との関係を考慮して︑母体外で独立して生存する可能性のない段階では︑

殺人罪の客体としての﹁人﹂にはあたらないとされ︑

その時期における堕胎の結果母体外に排出されその後に生命が

絶たれたことは︑堕胎罪に評価し尽くされているとする︒そこから︑両親の意思に反して第三者が﹁排出された胎児﹂

(8 ) 

を殺害した場合には︑器物損壊罪を考える他ないとされるようである︒ただ︑母体外で独立して生存する可能性のあ る段階で排出された場合は︑牛存して一部露出した時点で人となるとされているので︑その時点後の殺曹は殺人罪が

以上の見解は、優性保護法上の人工妊娠中絶に中~たりうる時期、すなわち、「母体外において生命を保続することの

できない時期﹂に堕胎行為が行われ︑胎児が生きて排出された場合︑

人罪に当たらないとする点で一致している︒そしてその理由は︑殺害の客体が﹁人﹂

その殺害は︑第三者が行っても器物損壊罪にしかなり得ない ることのできない時期﹂を過ぎて堕胎行為を行い︑生きて排出された胎児を殺害した場合は︑殺人罪に当たらないと

いう見解︵町野︶と︑殺人罪に当たるという見解︵前田︶

のも胎児殺として堕胎罪と評価すべきか︑

ことのできない時期﹂に排出された生命体が︑ 成立すると解されることになり︑

はたして﹁人﹂といえるかどうかであり︑

これらについて個別に検 ︱つは︑堕胎行為によって ︱つは︑﹁母体外において生命を保続する

いずれの見解によっても殺人罪が成立することと

に分

かれ

る︒

そしてその違いは︑生まれた胎児を殺害する

それを殺害︵当面は作為犯を考える︶

しても殺

ではないことによる︒従って︑

︵前田︶︒それに対して︑﹁母体外において生命を保続す

それとも︑生まれた以

L

﹁人﹂と解すべきかによる︒もっとも︑

における第三者による殺害は︑堕胎行為の一部とも解せないので︑

このように︑これらの見解には多くの問題提起が含まれている︒それは︑

排出された生命体を殺害することも堕胎罪の一部と評価すべきかどうかである︒以下では︑

この時期 この点は町野教授と異なるようである︒

13‑‑2 ‑‑165 (香法'93)

(8)

体から一部でも露出すれば︑ 一部露出説︑全部露出説︑独立呼吸説などが考えられる︒そ わが国では︑民法上は全部露出説がとられているのに対し︑刑法上は︑胎児の身体の一部でも母体から露出し たときに﹁人﹂となるとする一部露出説が通説であり︑判例もこれに従っていると解される︒その理由は︑胎児が母

これに対する直接的な侵害が可能であり︑

(2 } 

べきであるとするところにある︒ し

て︑

﹁ 人 ﹂

の始期については︑陣痛説︵分娩開始説︶︑

( 1 )  

( 2

)  

( 3

)  

( 4

)  

(5 J)  

( 6

)  

( 7

)  

( 8

)  

( 9

)  

討することにより︑堕胎後の殺人罪の成否について考えてみたい︒

平野 龍一

﹁刑法における廿出生﹂と如死亡﹄﹂犯罪論の諸問類下各論︵附和五七年︶︱‑六四頁以ド︒

平野

・前 褐耗 い一

q

ハ 五 頁 ︒

町野朔ー生命・身体に対する罪﹂小籍得雄ほか編・刑法講義各論︵昭和﹂ハ:一年︶

町野

・前 掲屯 ロ一 六頁

町野・前掲内六

0

頁 ︒

町野・前掲内

ハ 頁 ︒

前田雅英・刑法油習講附

前田

・前 掲内 一ー ニ六 貞゜ 前田

・前 掲内 一ー ニ五 頁︒

1二年 ︶

て明確にしておく必要がある︒

1•1

L i ••

‑ i i f  

堕胎後の殺人罪の成否

ただ

その前提として︑

すでにその時点において人として保護される

一五 頁以 卜︒

まず

﹁人

﹂の

始期

につ

J¥ 

13  2 ‑166 (香法'9:1)

(9)

叩胎罪と殺人罪(虫明)

この

よう

に︑

わが国では現在︑ ることはできないのであり︑胎児と人との区別は︑

一部露出によって出産の開始を判定する 一部露出前であるから殺人罪にもならず︑一部露出説には処罰のギャップがあ 一方︑刑法上も︑全部露出説をとるものもないではない︒すなわち︑平野博士は︑

れる︑直接に攻撃することができるという基準自体が︑行為の態様によって客体の性質を区別しようとするものであ る点で︑刑法上の基準の立て方として妥当なものではないとされる︒また︑実際にも︑出産開始後露出前に胎児に攻 撃を加え出産終了後に死亡した場合︑堕胎罪は自然の分娩期に先立って胎児を母体外に排出するときに成立すると考

えられているので堕胎罪は成立せず︑

ci

るとされる︒また︑町野教授も︑

保護されるに値する存在になったかという観点から行われなければならないとして︑出産の完了の意味での全部露出

説を支持すべきものとする︒

る︒

これ

は︑

われ

る︒

一定の方法による侵害の可能性の存在をもってその客体が存在することを理由付け

いつ生命が︑堕胎罪規定によってではなく︑殺傷罪規定によって

一部露出説か全部露出説かで争われているが︑ドイツでは分娩開始説がとられてい

ドイツ刑法ニ︱七条がとくに嬰児殺を規定し︑他の殺人罪よりも軽い刑を科していることによる︒すな

わち︑嬰児殺とは︑﹁母親が︑出産中又は出産伯後に

( i n o d e r   g l e i c h

a   n ch e   d r   G e b u r t )

自己の婚姻外の子供を殺した﹂

場合であり︑出産中の

( i n d e

r   Geburt)~

供を殺すのは堕胎罪ではなく︑殺人罪の一種と考えられているのである︒要

するに︑刑法典自体が︑出産中の

f

供を胎児ではなく人として扱っているのである︒従って︑人の始期は出産の開始 ( B e g i n n   d e r   G e b u r t

) となる︒問題は︑これを何によって判定するかであり︑

こともあながち不可能ではない︒しかし︑ドイツでは︑胎児が人となるということは︑

それが母体から独立した生命 体となるということであり︑母体からの分離活動の開始時点たる陣痛の開始時に人の始期を認めようとしたものと思

とはいえ︑医学的にみると︑出産に伴う陣痛はそれぞれの段階で区別することが可能で︑どの段階の陣痛に

一部露出説の理由として挙げら

13・・2・・167 (香法'93)

(10)

着目するかで人となる時期も異なってくる︒

結局

一部露出説は明確

一 方

そして︑従来は︑出産の開始を︑胎児を娩出する直前に生ずる腹圧を伴

った共圧陣痛

( P r e f 3 w e h e n ) の時点で認めていたようであるが︑現在では︑新しい医学的知識に韮づいて︑子宮口が開

(8 ) 

く時期である開口陣痛

( E r o f f n u n g s w e h e n )

の時に認めるのが通説となっているようである︒

わが国の通説である一部露出説は︑陣痛説と全部露出説の中間的時点をとらえたものといえる︒このうち︑

全部露出説によると︑全部露出した後でそれを殺害すれば殺人罪となるが︑

とに

なる

それ以前に殺害すれば堕胎罪とされるこ しかも︑過失の叩胎罪は処罰されないので︑身体の半分を母体外に露出した生命を過失により死に致した 場合には処罰されないが︑全部露出した時点では処罰されることとなる︒

陣痛説によると︑陣痛開始後はすでに人となるが︑

との関係でこの説がとられているが︑

しかし︑全部露出した状態と半分露出した 状態とでこのような違いを認めることは妥当でないであろう︒また︑胎児が位体から分離した後で死亡した場合︑

れに対する攻撃が一部露出後のものか全部露出後のものかを判定することは困難であるとも指摘されている︒

そもそも陣痛は犀体から胎児を排出する営みであることを考える と︑この考え方にも一理あるようにも思われる︒しかし︑陣痛にも様々な段階があり︑

どの時点の陣痛をもって人と なったとすべきかについて非常に不明確な部分がある︒少なくとも一般人には判定困難であろう︒ドイツでは嬰児殺

わが国ではそのような規定はなく︑この説をとる必然性はない︒

以上のように︑全部露出説と陣痛説にはそれぞれ不都合ないし不明確なところがあり︑

その

点︑

ですぐれていると言ってよい︒ただ︑これに対しては︑前述のように︑分娩が開始されてから一部露出するまでの間︑

処罰のギャップがあると指摘されている︒しかし︑

処罰の間隙を埋めることが可能である︒ 一部露出までの胎児に対する攻撃も堕胎罪と解することによって︑

つまり︑母体内の生命は堕胎罪で︑母体外の生命は殺傷罪で保護されると考 えればよいことで︑胎児の母体内での侵害及び母体を通した間接的な侵害が堕胎罪であり︑母体外での生命に対する

1 0  

13‑2 168 (香法'93)

(11)

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11

母)

BGHSt., Bd. 31. S. 348; Schonke‑Schrder(Eser), Strafgesetzbuch, Kommentar, 24. Aufl., 1991, Vorbem. § §2llff., Rdn. 

13; Jahnke, Strafgesetzbuch, Leipziger Kommentar, 10. Aufl., 22. Lieferung, 1980, Vor§211, Rdn. 3; Rudolphi, Systematischer 

Kommentar zum Strafgesetzbuch, Bd. 2, Bes. Tei!. 4. Aufl., 1988, §218, Rdn. 2; Dreher‑Trondle, Strafgesetzbuch und 

N ebengesetze, 45. Aufl., 1991, Vor§211, Rdn. 2 ; Ltittger, Der Beginn der Geburt und das Strafrecht, Juristische Rundschau, 

1971, S. 133; ders., Geburtsbeginn und prnataleEinwirkungen mit postnatalen Folgen, Neue Zeitschrift ftir Strafrecht, 

1938, S. 481 ; Schwalm, 

berden Beginn des menschlichen Lebens aus der Sicht des Juristen, Monatschrift ftir Deutsches Recht, 

1968, S. 277; Saerbeck, Beginn und Ende des Lebens als Rechtsbegriffe, 1974, S. 94. 

~(V ollendung der Geburt)

(c‑‑) 

(CX))  :S-<G~ 忘送~G姦臣叫巧ニゃニiv(BGB§1)

....)-v芸,~基王沢翌ぼ届・~'<-~圭垢早茎圭恕(i:)倒苺心尽迄-<」姜望嫁圭恩点~<抵~~::

BGHSt., Bd. 32. S. 194; Schonke‑Schrder(Eser), a. a. 0., Vorbem. §§211ff.,  ~·, .:.., .... ― 

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1 1 

(12)

人工妊娠中絶が許されている︒

Ru do lp hi ,  a .   a .  

0 . ,  

§2 18 ,  Rd n.   2  Dr eh er

T ru nd le ,  a .   a .  

0 . ,  

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.  2 

La ck ne r,  S tr af ge se tz bu ch m  it  E rl au te ru ng en .  1 8 .   Au fl

  ••

1 9 8 9 ,   Vo r§ 21 1,

  2 

a)

;  L t i t t g e r ,   J R . ,   S .   1 35

;  d e r s . ,   NS tZ ., S .     48 2 .

  V g l

.   S ae rb ec k,  a .   a .  

0 . ,  

S .   9 5 .   (9)大谷•前掲書―0貞。

( 1 0 )

大谷・前掲書︳

0

貞 ︒ ( 1 1 )

もっとも︑この欠陥は︑全部露出説によっても生じ︑しかもその説による方がかえって処罰の問隙は大きいので︑全部露出説の即

由づけとしては弱い︒

( 1 2 ) 木村亀ニ・刑法各論︵附和︱二年︶二四貞︑板倉宏・注釈刑法印︵昭相四

0

年︶一九二貞︑大谷・前掲内八二頁︒

︵い︶前田・前掲れ口△^二四頁参照︒なお︑胎児が一部露出した後再び母体内に引き戻された場合︑それを人として扱うか胎児として扱う

かが問題となるが︑その場合も母体内の生命体に対する間接的攻撃となるであろうから︑胎児として扱うべきか︒その点につき︑i田雅英・刑法各論講義(平成元年) q七頁、大谷・前掲内几貞は胎児として扱い、大塚仁・刑法各論卜谷〔改~叫版〗(昭和几九什)―九貞注(一.)、大嶋•前掲評釈一.貞は人として扱うようである。なお、大谷•前掲内九貞参照。

一部露出説によるにしろ全部露出説によるにしろ︑

条二

項︶

一方では︑優性保護法において︑﹁胎児が︑母体外において︑生命を保続することができない時期﹂

( ] 4

一定の事由

生命の抹殺さえ許されているわけである︒

医学的見地︑

そこ

で︑

つま

り︑

冨母

体外

にお

いて

生命を保続することができない時期﹂

胎児がた の

胎児

は︑

に限

り︑

︵優

性学

的見

地︑

人となった後にそれを殺害すれば殺人罪が成立することと

社会的・経済的見地︑

またま生きて排出されればこれも人として保護されるとすると︑

わけである︒

倫理的見地︶

その時期における人工妊娠中絶が適法に行われたとき︑

優性保護法の趣旨に反するのではないかと言われる

に基づいて

︵一

四条

なる

︒し

かし

( 1 4 )  

13‑‑2 170 (香法'93)

(13)

叩胎罪と殺人罪(虫明)

より実質的に︑

は必ずしも容易ではない︒

[[I

るカ

しか

し︑

形式的に

じ述の厄生省通知における満一ー一週未満という基準を形式的に適用す 個々のケースに応じて佃別的に生命保続

能性を判断するかが者えられる︒

n I

しこ︶てょ︑

こオ

i‑

t

修正なり変更する必要があるかどうかである︒ よ ︑l '  

この原則を優性保護法との関連で

なことではない︒ には︑厚生事務次官通知によって運用されている︒ただ︑ ところで︑優性保護法上の︑﹁胎児が︑母体外において︑生命を保続することができない時期﹂については︑具体的

その内容には変遷がある︒すなわち︑昭和二八年の厚生事

務次官通知以来︑

による

このように︑﹁胎児が︑母体外において︑生命を保続することができない時期﹂とは︑現代の医療水準をもってしても

母体外では生存し得ない限界線をボしているわけである︒すなわち︑

して

も︑

この時期は︑通常妊娠第八月未満とされてきたが︑

これを改正することとし︑昭和五一年の肛生事務次官通知によって︑

また︑昭和五四年からは︑妊娠期間を従来の月数から満週数で表示することになり︑満二三週以前に改めら

一層極小未熟児医療が発達したことを考慮して︑平成:︳年からは満二二週未満に改められたのである︒

とうてい生存し得ないわけであるから︑

しこ

︒さ

らこ

t

l

>

妊娠第七月未満とされた︒

そし

て︑

しよ

i i

その時期以前い胎児が母休外において生存した例は︳例もなかったこと

水準等も向じしてきたことから︑

その後の医学の進歩に伴い未熟児保行の医学的

一部露出説なり全部露出説なりからくる%然の帰結である︒従って︑問題は︑

それを︑通常 その時期の胎児が母体外に生きて排出されたと

それは人として保護する必要はないと考えることもあながち不可能 しかし︑従来︑母体外に排出された生命体は︑生活機能を備えておれば人であって︑早産のため発育不良で将来成

長の見込みのない嬰児でも︑仮死状態であっても殺人罪の客体とするのが判例であり︑通説でもあった︒そしてこれ さて︑優性保護法

t

の︑﹁胎児が︑母体外において︑生命を保続することができない時期﹂をいかにして判断するか

13‑‑2  171  (香法'93)

(14)

そも

そも

るべきものである︒

そし

て︑

まれた者の生命の質を間題とすることにつながるのではなかろうか︒

て人かどうかを判断するのは妥当とは言えない︒結局︑

斉藤誠一一・刑法講義各誦ー

( l ) 平野・前掲北門.六几頁︑町野・前掲内一五頁︑前川・前褐各論1八貞︑同・前掲講座1

(2)刑裁月報.四務一•1•四号

 

 

貞︑中谷瑾子ー灰船の進歩と杯師の保護責任﹂研修四八

0

号︵昭和六二年︶

( 3

) 石井美智

f﹁人じ妊娠中絶できる時期の短縮と

HF EA

1990~

年報似事法学7

0

(4)大判明治四.一年五月ー一^日刑録こハ輯八五七頁︑大判大正八年一︱日月二.一日刑録二五輯二︳︳六七貞︑束東邸判昭和.︱六年一

o l

束砂刑時報.巻ー0

砂一四八頁︒

(5)団藤・前掲屯rlてじ一.頁、大塚•前掲概説(各論)八頁、大谷・前掲内八貞、

それが最も明確でありかつ妥胄である︒ と

言っ

ても

は妊娠満二二週を過ぎていても︑実際上は発育が遅く︑

どのような場合においても︑ いずれにしても︑

満二二週を過ぎたかどうかは専門的知識をもった者にしか判断できないであろう︒

としても︑生命の保続

I T J

能性の判断は極めて困難である︒

﹁人﹂であるかどうかという間題は︑殺傷罪の客体の間題であり︑

それは構成要件要素であるから︑客観的に明確でなければならない︒

が母体外において生命を保続することのできない時期の人工妊娠中絶を認め︑

そもそも妊娠

そのような不明確な概念によって構成要件要素たる人の概念が修正・変更されるというのは妥刈でない︒

しかも︑生命保続

能性の打無によって生まれてきた生命体が人となったりそうでなかったりすると考えるのは︑生

n J

一部露出説を貫くべきであり︑

910

¥ .

1

l} L 廿

J‑:1 

生命保続可能性の有無によっ

その時期の牛命の抹殺すら認めている

いかに優性保護法

客体の性質によって客観的に決せられ

また

︑ それを実質的にとらえよう

母体外で生命を保続しえない場合もあろうし︑ . 

1;1‑2~172 (香法'93)

(15)

叩胎罪と殺人罪(虫明)

これに対して︑

平野博士は︑

堕胎罪の保護法益は︑

~J

ここ

ヵ︑

一 五

前述のように︑

生きて生

胎児に攻撃を加え母体

それが生きていても堕胎罪はすでに既遂となる︒

その生命

出させることをいい︑

︶ 

I  

では

ない

必ずしも胎児の死亡が要件となっているわけ

もっ

とも

わが国の通説・判例によると︑

堕胎

とは

自然の分娩期に先立って︑

人為的に胎児を母体から分離・排

( 6 ) この点はドイツでも同様である︒

Vg l

.   RG St ..  B d.   2 ,   S .   4 0 4   ; B G  H S t . , B   d.   1 0 ,  

S .   2 9 1   ; S ch on ke

S

ch ro de r ( E s e r ) ,   a .   a .  

0 . ,  

Vo rb em .  § 

§2 1 

l f f .

,   R

dn .  14

;   Ja hn ke ,  a .   a .  

0 . ,  

Vo r§ 21 1, R   dn .  5

;   Ru do lp hi .  a .   a .  

0 . ,  

§2 18 .  Rd n.  6

;

L  

ac kn er ,  a .   a .  

0 . ,  

Vo r§   2 1 1  

̀ 

a )

;   Ro xi n. P  ro bl em e  b ei m  s t r a f r e c h t l i c h e n   S ch ut z  d es   we rd en de n  L eb en s,   J u r i s t i s c h e   A r b e i t s b l a t t e r ,   1 9 8 1 S . ,     5 4 5 .   ( 7 )

町野・前掲屯門六貞︑前田・前掲講座一.二五頁参照︒

(8)>野•前掲平門.六几貞参照。

( 9 )

0

八頁︑大谷内ー叩胎により出生させた未熟児を放閥した医師につき保護者逍棄致死罪が成立するとされた事例ー 判例タイムズ六じ

0

号︵昭和六:一年︶六〇貞︑板倉宏

1 1岡西腎沿ー叩胎により出生させた未熟新化児に対する保護責任者遺棄致死罪

の成否﹂日本法学五四脊四号︵平成几年︶^ぃハ四貞参照︒

大記

・前

掲評

釈↓

こ貝

︒ ( 1 0 )

次  

に︑

堕胎罪自体︑

これ

は︑

胎児を殺害することも含んでいると考えることによって︑

も殺人罪にはならないとすることが可能かどうかが間題となる︒

胎児を母体内で殺害することもそれに当たるが︑

を奪う行為は新たな犯罪としてとらえられることとなるのである︒

生きて生まれた嬰児を殺害して

堕胎の概念の問題である︒

危険を生ぜしめるだけで堕胎として処罰するのは疑間であり︑

内又は母体外で死亡させた場合に限って堕胎罪の成立を認めようとされている︒

そこ

で︑

胎児の生命・身体の安全及び母親の生命・身体の安全であると解されるが︑

(2

これらの法益が侵害されたことは犯罪成立要件となっていないので︑堕胎罪は危険犯と解されるわけである︒従って︑

堕胎行為によって胎児が母体外に排出されれば︑

つま

り︑

13‑2 I 7:3  (香法'93)

(16)

つま

り︑

それが生きている以上未遂にと

ロを

受け

継ぎ

現行

法は

︑ 一九七四年の第五次刑法改正法で用いられた文

まれた胎児を殺中口しても殺人罪の成立しない場合があることを認めることとなる︒また︑町野教授は︑

罪は危険犯ではなく侵古犯であると解することにより︑生きて生まれた生命体の殺専も殺人罪に当たらないとするの

ところで︑堕胎罪を侵苫犯ととらえる芳え方は︑

は変遷がある︒

( a b t r e i b e n o d e r   im   :¥ I u t t e r l e i b   t o t e n ) しと規定しており︑前段を危険犯︑後段を侵曹犯ととらえることも不

能で

n J

< l u r c h   A b t r e i b u n g o t   t e n )

と改められ︑

堕胎罪が侵出犯であることが明らかとされた︒もっとも︑

﹁妊娠を中絶した

( S c h v ‑ r a n g e r s c h a f t a b b r e c h e n )

﹂とされており︑

ここでは必ずしも侵害犯であること は明らかではないが︑依然として堕胎罪の成立には胎児の死亡を要件とすると解されている︒

妊娠中絶行為によって胎児が死亡すれば堕胎罪は既遂となるのであって︑

J

一九四三年には︑

はなかった︒

しか

し︑

1LIド︶文

E

こよ

って

i f

I 1 0 1し

;l lu

﹁胎

児を

母体

内で

すなわち

一八七一年刑仏皿における叩胎罪(

八条

一項

︶は

又は胎児を母体内で殺し

ドイツで行われている︒

ただ

︑ ドイツ刑法における叩胎罪規定に

であ

る︒

胎罪に他ならないこととなる︒これらは︑叩胎行為の定義として︑胎児が死亡することが必要とし︑

すなわち︑堕胎

牛ずると否とを間わない︶

ヽ~)

であ

る﹂

とされている︒

疋っ

て︑

/ f  

これによっても︑

堕胎行為の後生きて生まれた生命を母体外で殺害する行為は︑叩

﹁堕

胎し

︑ 又は堕胎によって殺した

( i m M u t t e r l e i b   o d e r  

正胎児を殺した

( L e i b e s f r u c h a t b t o t e n

) ﹂

とさ

れ︑

と人L

妊娠中絶

︵その結果胎児が死亡すると否とを間わない︶

の二つが刑法

L

の堕胎行為

とさ

れる

q : 1 , J

そ し て 紺

L

ー胎児殺︵胎児が生命を保続することのできる時期であると否と︑

またその結果が母体内で

に︑人為的排出行為によるものでなくとも︑また死亡結果がどこで生じたかにかかわりなく︑

上述のような 通説によると︑自然的分娩間始後に母体内の生命に攻撃を加えて殺専する行為は叩胎ではないことになるとし︑孟暉的

胎児殺は附胎である﹂

」 →

B・2・・・174 (香法'9'."l)

(17)

堕胎罪と殺人罪(虫明)

( l )  

いる

が︑

一 七

大判明治四四年:.月八日刑録/七輯一:八こ貞︑大判大正七年五月.八l

0

九頁︒旧刑法時代には︑大判明治:六 単に放附しただけの不作為犯についてはどうか︑これについては次に考察する︒ 罪の既遂と未遂が区別されるというに過ぎない︒

0 0

  (9}

 

どまる︒ただ︑

も堕胎罪以外の犯罪は成立しない︒

これは作為犯を前提として

その死亡が早産のための未成熟によるものであることを要するか︑生まれてすぐ死亡する必要がある かについては争いがあるようである︒そして︑妊娠中絶によって母体外でも生存する能力を有する胎児が排出された ときは︑その段階で堕胎罪は未遂が確定すると解されており︑それ以後の侵古行為は新たな犯罪を構成することとな る︒従って︑妊娠中絶行為を行い︑母体外でも生存する能力を有する嬰児を排出し︑その後にそれを殺害すれば︑堕 胎未遂罪と殺人既遂罪が成立するわけである︒一方︑胎児の死亡は母体内で牛じてもけ体外で生じてもよいと解され ているため︑妊娠中絶行為によって︑母体外では生存する能力のない嬰児を排出し︑それがそのまま死亡したとして

ところが︑作為でそれを殺害したときは︑堕胎罪は既遂か末遂かで争いがあるも

一般に堕胎罪以外に殺人罪の成立が認められている︒

以上のように︑ドイツでは︑堕胎罪は侵害犯ととらえられているが︑

した嬰児をことさら殺害する行為が堕胎罪に含まれていると解されるわけではなく︑

れているのである︒それに対して︑

罪を構成すると考えるべき点ではドイツと変わりはない︒

それは胎児が死亡するかどうかによって堕胎 つまり︑堕胎罪が侵害犯であっても︑堕胎行為によって生きて排出

それは別罪を構成すると考えら わが国の堕胎罪は︑危険犯と解されており︑胎児が死亡しなくても既遂となる点 でドイツの堕胎罪とは異なるが︑排出された嬰児の生存能力がいかなるものであっても︑

それを殺害する行為は殺人 つまり︑堕胎罪を侵害犯と解することによって︑排出され た生命体を殺害する行為が殺人罪に%たらないという結論を導くのは困難である︒

ただ

13‑2 ‑‑‑175  (香法'93)

(18)

. 

V[ 

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I~

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(r:‑) 函基.i忌寂浬沢く裟~,~ 盆毎i遠韮呈心毎去翌塁掌森圭恕~.;_J,ijin回食匡~芸'←総匡゜

区)Schonke‑Schroder (Eser), a. a. 0., §218, Rdn. 5 ; Jhnke,Strafgesetzbuch, Leipziger Kommentar, 10. Aufl., 34. Lieferung, 

1983, §218, Rdn. 6 ; Lackner, a. a. 0., §2182a) aa) ; Bockelmann, Strafrecht, Bes. Tei! 2, 1977, S. 32. 

(m) Schonke‑Schroder (Eser), a. a. 0., §218, Rdn. 30; Jahnke, a. a. 0., §218, Rdn. 11 ; Roxin, a. a. 0., S. 545. ご'Dreher‑

Trondle, a. a. 0., §218, Rdn. 6芸,~~ 芍邑-R8~こ萎器舒丹翠壬や,+;,+; さ蚕控心ヤ心゜

ぽ)V gl. Schonke‑Schroder (Eser), a. a. 0., §218, Rdn. 7f.; Jahnke, a. a. 0., §218, Rdn. 12f.; Rudolphi, a. a. 0., §218, Rdn. 5; 

Arzt‑Weber, Strafrecht, Bes. Tei!, LH 1, 3. Aufl., 1988, S. 142. 

(;::) Jahnke, a. a. 0., §218, Rdn. 11; Roxin, a. a. 0., S. 546; Maurach ‑Schroeder, Strafrecht, Bes. Tei!, Teilband 1, 6. Aufl., 

1977, S. 66; Arzt‑Weber, a. a. 0., S. 142. 

(~) BGHSt., Bd. 13, S. 21. 

(~) Schonke‑Schroder (Eser), a. a. 0., Vorbem. §§2llff., Rdn.15; §218, Rdn. 7; Lackner, a. a. 0., §218, 2 a) aa); Boeke!‑

mann, a. a. 0., S. 33. 

(:=:;) ~ 苺蚕珀心器-<~恕ふ1"'1'0,‑,,,)8: Jhnke,a. a. 0., §218, Rdn. 11 ; vgl. Bockelmann, a. a. 0., S. 34. 劉淫栄控心器‑<蛮珀ふ1"'i‑0 ,‑,,,) 8 : Schonke‑Schroder (Eser), a. a. 0., §218, Rdn. 9 ; Rudo I phi, a. a. 0., §218, Rdn. 6 ; Lackner, a. a. 0., §218, 2 a) 

aa); Rox in, a. a. 0., S. 545; Maurach ‑Schroeder, a. a. 0., S. 66; Blei, Strafrecht II, Bes. Tei!, 11. Aufl., 1978, S. 33; vgl.  (E6,1?~) 9l181EI

(19)

堕胎罪と殺人罪(虫明)

の成立を認めることができるかどうかである︒

B o c k e l m a n n ,   a .   a .   0 . ,  

S.  3

4.

 

一 九

胎児は出生後は人となるのであり︑人となった以上それに対する攻撃は殺傷罪となる︒これは︑堕胎行為によ って胎児が排出された場合でも同様であり︑人に対する作為犯が成立するのはもちろんであるが︑一般的には不作為 犯の成立を否定する理由はない︒しかし︑そうすると︑例えば︑優性保護法上の人工妊娠中絶において︑たまたま胎 児が生きて排出されたとき︑それに何の処置もせずに放置したためにそれが死亡したときは︑堕胎罪は成立しないと

死亡が母体外で生じてもそれは堕胎罪に含まれることとなるが︑ しても︑不作為の殺人罪が成立することになるのであろうか︒ドイツのように堕胎罪を侵害犯と解するなら︑胎児の

わが国のように堕胎罪を危険犯とすると︑母体外で の死亡については堕胎罪でとらえることはできず︑不作為の殺人罪と構成せざるを得ないのか︒しかし︑これを肯定 すると︑多くの産婦人科医師が不作為の殺人罪に問われることにもなりかねない︒要するに︑ここでは︑母体外に排

出された生命体を放置したために死亡した点を︑刑法上どのように評価するかということが問題となる︒

もっとも︑学説の中には︑排出後の放置による胎児の死亡を堕胎によって創出された具体的危険の実現と見て共罰 的に評価するのが妥当とするものがある︒そしてその理由は︑当初から胎児の死を企図して行われるのがほとんどの 胎児排出措贋のあとの単なる放闘にさらに不作為犯としての責任を問うことは奇妙であるとされるところにある︒し

かし︑前述のように︑

わが国の堕胎罪は危険犯と考えられており︑胎児の母体内での死亡はともかく︑母体外での死 亡の点は︑堕胎罪で評価することはできない︒従って︑問題は︑堕胎行為を行った医師に作為義務を認め︑不作為犯

さて︑不作為犯の成否については︑作為義務の有無が重要な論点となり︑その根拠として︑法令︑契約︑事務管理︑

13-~2 ‑177 (香法'93)

(20)

慣習︑条理などが挙げられてきた︒そして︑いわゆるひき逃げの事例に関して︑条理に基づく作為義務が間題となり︑

その内容を明確化すべく︑﹁先行行為﹂とか﹁引き受け﹂などが強調されるようになった︒このような中で︑前に挙げ た昭和六三年の最高裁決定は︑明胎行為を行った医師について排出された嬰児の保護責任を認め︑不作為犯たる保護 責任者遺棄致死罪を認めた︒この場合の保設責任の根拠については判文上は必ずしも明らかではないが︑

見込まれる生命保続期間の長短︑生育川能性の有無・程度︑

そのための手段・条件の難易︑他方では︑先行した堕胎 その理由等を総合的に考尉しようとするものと評価されている︒そして︑保護責任は︑医師であると

いう身分のみによって生じるものでないことはもちろんであるが︑

うとも︑生きて生まれた以

L

それは人として保護されるべきであり︑

否定できない︒

これは排出された生命体が人として生育し得る場合には甘然いえることであるが︑果たして生育可能性のな

い超未熟児のような場合も詞様に苔えてよいかどうかは間題である︒

この議論は︑終末医療の問類と共通

この点︑学説の中には︑胎児が未熟のため生存 能力がなく排出直後に死亡する場合は︑あくまで堕胎罪の行為類刑に含まれ︑堕胎罪との関係上︑人に対する犯罪︑

従って保護者遺棄罪の成立は排除されるとするものもないではない︒しかしこれも︑堕胎自体が︑胎児が生きたまま 排出されてもその直後に死亡するであろうことを当然の前提としているという考え方であって︑生きて排出された以

上人として保護されるという点を見失ってはならない︒

こと

であ

り︑

そこで︑多くの学説は︑超未熟児でも生きて生まれた以上人 であるが︑具体的生育可能性がなければ救護義務も保護責任も生じず︑不作為犯は成立しないと考えているようで ある︒そして︑排出された嬰児に生育

能性がないということは︑作為義務を果たしても結果を防止し得ないというn J

このような場合にまで作為義務を認めるのは妥渭でないであろう︒

ただ

の適法・違法︑

一定の者について不作為犯が成立し得ることは

いかに堕胎行為が胎児の殺曹を慈図して行われよ

一方

では

0

13  2 ‑178 (香法'93)

参照

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その他のタイトル Intentions of the Victim in Murder‑by‑Consent Case.

47 〔学 会〕 東京女子医・科大学学会第75回例会演説抄録 日 時 昭邸30年5月27日(金)午後2時半 場所 東京女子医大 臨床講堂 1.堕胎致死鑑定の2例

第 2巻 2号一一一1

7 1一一『妊婦と胎児一二人の個人 J

第1 2 巻 1号ーー 1

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未亡人の美徳にしても武士道あるいは兵士の美徳にしても、それらはそれ

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