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博士学位申請論文審査要旨

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Academic year: 2022

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早稲田大学大学院社会科学研究科 

博士学位申請論文審査要旨 

 

申 請 学 位 名 称  博士(学術) 

申 請 者 氏 名  木ノ内  敏久 

専攻・研究指導  地球社会論専攻  比較文化・比較基層文化論研究指導 

論 文 題 目 

モダニズム芸術における認識の変容―ジョイスを中心に―

An Epistemological Study of Modernism

―Scopic Change of Joyce’s Mind and Visuality― 

 

審査委員会設置期間  自  2009年11月12日      至  2010年  7月15日   

受理年月日    2009年11月12日   

審査終了年月日    2010年  7月15日   

審査結果    合  格   

審査委員 

  所  属  資  格  氏  名 

主任審査員  社会科学総合学術院 教授 池田  雅之 審  査  員  社会科学総合学術院 教授 内藤  明 審  査  員  社会科学総合学術院 教授 笹原  宏之 審  査  員  早稲田大学 名誉教授 照屋  佳男 審  査  員  法学学術院 教授 清水  重夫 審  査  員  文学学術院 教授 大島  一彦

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博士(学術)論文  学位論文審査要旨

木ノ内敏久『モダニズム芸術における認識の変容―ジョイスを中心に』 

1、本論文全体の主題  2、本論文の構成  3、本論文の章別概要  4、評価 

 

1、本論文全体の主題 

  本論文は、1880年代から第2次世界大戦頃まで続いたモダニズム芸術運動において中心 的な役割を果たした小説家ジェイムズ・ジョイスがリアリティーをどのように捉え表現し たかを、単にジョイスの作品に即してのみならず、同時代の他の文学者や画家、思想家や 科学者・数学者との連関をも視野に入れて論究するのを目的にしている。リアリティーを どのように捉え表現するかは芸術家にとって第一級の重要性を持つ問題である。

  そもそも芸術家にとって、リアリティーは決して固定的なものではなく、つねに新たに 発見され、新たに表現されなければならないものである。論者は、新たな発見、新たな表 現の前提になるのは、認識の変容であるという立場に立って、ジョイスと同時代の科学上、

数学上の発見や知見が、ジョイスの作品に及ぼした影響を作品の中に探り、時間観と空間 観の変容が認識の変容の中心にあることを見定め、時空に関する新たな見方をジョイスの 作品に綿密に辿っている。

  モダニズム芸術家たち、わけてもジョイスにとって、新しいリアリティーの問題は、時 間と空間の問題に帰着するのであり、ジョイスが、時間と空間を、主観と客観の場合と同 様に、二項対立的に捉えることをせず、むしろ両者を融合の状態において捉え表現するの を旨としていた、と論述されている。ニュートン物理学やデカルト流合理主義やユークリ ッド幾何学へのアンチテーゼの意味合いを持つこのような時空論、「主観化された空間」と いう句が深い意味を帯びさせられているこのような時空論から帰結するのは、思想上・科 学上は、ギリシア神話、神秘主義、神智学、ヘルメス思想、アインシュタインの相対性理 論、非ユークリッド幾何学に傾斜すること、エピファニーを重視することであり、表現上 は、古代ギリシア以来のミメーシスや遠近法主義や19世紀に全盛期を迎えたリアリズムか ら遠ざかり、技法として「意識の流れ」や「内的独白」を採ることであり、レッシングの 時間芸術(文学)対空間芸術(絵画)といった二項対立的な芸術観を斥けて、時間芸術と 空間芸術の融合を図ることである、と論じられている。

時間芸術と空間芸術との融合という観点からなされるジョイスと形而上絵画の創始者 デ・キリコとの比較・研究が、本論文「本論第 2 部  ジョイスと美学」の大半を占めてい る。

「内的」経験と「外的」経験の相互作用に、全体的な意識、統合的な感覚、統覚的な意 識の発生を認めていたジョイスが、『ユリシーズ』に、「神秘的な心性」をもつことと「合 理主義的精神」をもつこととを両立させているブルームのような人物を登場させたことの 意義は小さくはないということも、本論文の説くところとなっている。

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2 2、本論文の構成 

 

  本論文の構成は大きく、序論、本論(1部、2部)に分かれ、全11章と「結論にかえて」

から成る。次に章立てを示しておく。

序論  モダニズムとは何か

第1章 モダニズム期に起こった変容 第2章 科学と芸術

第3章 時間と空間―内向的な視点の誕生 第4章 先行研究と本稿のアプローチ 本論第1部  ジョイスと認識

第5章 ジョイスと科学

第6章 ジョイスと神秘主義―非合理が生む「リアリティー」

第7章 時間・空間の変容―新たな認識系の獲得 第8章 思考(認識)の外在化

本論第2部  ジョイスと美学

第9章 美学への接近―空間芸術と時間芸術

第10章 ジョイスとデ・キリコ  1―表象における類似性

第11章 ジョイスとデ・キリコ  2―「目に見えないもの」の探求 結論にかえて―「近代」批判としての統合的感覚

引用文献一覧  

3、本論文の章別概要 

3.本論文の章別概要 序論  第1章 

本論文におけるモダニズムとは、1880年代に発生し、第2次世界大戦頃まで続いた芸術 運動のことである。絵画における遠近法、文学におけるリアリズムとの決別、そしてミメ ーシスの破壊を伴うモダニズムの発生要因は、実在とその知覚という素朴な対応関係への 懐疑に存する。19 世紀の自然主義(リアリズム)やミメーシス(模倣)という古代ギリシ ア以来の芸術様式に代わり得る表現様への希求を秘めたモダニズムは、論者によれば、時 間と空間に関して、新しい見方を打ち立て、新しいリアリティー(現実感覚)を求めると ころにその特徴がある。

旧来の表現様式の破壊は、時間感覚の変容と表裏一体となって行われるので、「通常の時 間軸から離れた神話」あるいは神話的手法の活用によって、通常の時間軸を超えた世界を 示すというのがこの運動の目標の一つとなる。この目標達成のために、モダニズムの作家 たちは、「意識の流れ」や「内的独白」といった技法を用いたりした。

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  論者によれば、文学におけるモダニズムは、絵画における印象派と軌を一にしているの であり、印象派はモダニズム芸術運動の視覚芸術における先駆的な実践者から成り立って いる。つきつめて考えてみれば、旧来の表現様式の破壊を伴うモダニズム芸術運動は、「自 己の内面の主観的なものへの関心が異様にたかまった」ことの結果として生じたのであり、

それは「外界の成り立ちを全く新しい仕方で再現」しようとする運動、即ち遠近法的視覚 の優位性の否定を通じて、認識上の変化を引き起こそうとする運動に他ならなかった。

  第2章

  リアリズム時代の世界観を規定していたニュートン的空間と時間の概念を否定するよう な科学理論や数学理論、即ち反ニュートン物理学としてのアインシュタインの相対性理論、

ユークリッド幾何学を否定する非ユークリッド幾何学の登場は、認識上のパラダイムシフ トとしてモダニズム芸術運動の担い手たちに受け止められ、彼らをして「人間性の再定義」

を試みさせるに至った点で、注目に値する。

論者の本論文における主要な試みの一つは、「同時代的な認識の変容を探り、芸術作品を その時代に優勢となる知覚のパラダイムの隠喩とみたて、そこに同時代的な認識の変容を 探り、芸術家の創作活動に接近することである」と規定されている。論者によれば、非ユ ークリッド幾何学がとりわけ注意に値するのは、ジェイムズ・ジョイスの作品にその影響 が顕著に認められるからである。

第3章

  米国の心理学者ウィリアム・ジェイムスが1884年に発表した『心理学』で用いた「意識 の流れ」という句は、ジョイスやヴァージニア・ウルフやウィリアム・フォークナーに影 響を与えたが、それは時間の捉え方に影響を与えたという意味合いのもので、これに関し て論者はこう述べている。「時間的連続性や継起性というリアリズム小説が所与としてきた ものが、こうしてモダニズム小説では重視されなくなり、個人的・私的な独自の時間感覚 が生まれてくるのである。」一方、対象を空間的に描く努力は、時間性に発する「意識の流 れ」の援用を通じて、空間と時間の融合を引き起こし、これによってリアリズムの視覚的 支配は後退し、「物理的視覚によらない『内的視覚』により、新たな空間性が追求される」

ことになる。

時間と空間の同一性の創造は、単にジョイスをはじめとする小説家に起こっただけでな く、絵画の領域においても起こったのであり、セザンヌの絵について、論者は先行研究か ら適切な引用を行う。「彼[セザンヌ]は空間を感覚的イメージの連続と同一視する。それは 時間と空間の同一性を創造することにほかならない。」時間と空間の同一性の創造は、論者 によれば、ドイツ啓蒙思想の代表者レッシングの「空間芸術と時間芸術の二分法を乗り越 えるような試み」として評価され得る。

第4章

  本章は、モダニズム期に芸術に生じた認識の変容の態様を解明しつつ、本論文の立脚点 と先行研究との異同を明らかにするのを旨としている。先行研究を丹念に振り返りつつ、

ジョイスの作品を①時間と空間、②科学技術とメディア、③絵画との比較という三つの相 からの分析を土台とし、ジョイス作品の認識論上の特徴、即ちデカルト的遠近法主義から

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の離脱、視覚という近代合理主義的思考に対する批判的な視座という補助線を引き、ジョ イスにおけるリアリティーの変容、つまり新しいリアリティーの創出を解明しようとする 姿勢が鮮明に見えてくる。新しいリアリティーを巡るジョイスの認識の在り方を、次の三 つの観点から解明しようとする試みがなされている。1.個人的内面的時間。「登場人物が 個人としてもつ『リアル』な時間意識。そこから帰結する「時間」と「空間」という二項 対立を超えた「新しいリアリティー」の発現。2.新しい物理学の知見によって変容する 視覚の成り立ち。3.ジョイス文学のテキストと同時代の絵画との比較。

本論  第1部  第5章

  ジョイスの『ユリシーズ』の主人公の一人を通して、「19世紀に支配的だった一元論的 な進歩史観」とは別の史観及び価値観の提示が行われたことに関して、論述がなされる。

他方、非ユークリッド幾何学を通して人間の知覚に起きた革命的な変容、『若き詩人の肖像』

に認められる非ユークリッド幾何学の影響の意味するところを、トマス・ジャクソン・ラ イスの所説を参考にしつつ、分析する。「楕円や円環的な形態として提示される」非ユーク リッド幾何学と無縁の、『若き詩人の肖像』の主人公スティーヴンは「伝統的なユークリッ ド幾何学の世界にとどまっている」がゆえに新しいリアリティーの創出とは無縁であり、

従って、詩人として精神的成長を遂げ得ないと論述される。『ダブリン市民』の「死者たち」

にも認められるような「非ユークリッド幾何学的な世界解釈」の決定的重要性に、スティ ーヴンは気づいていないという大胆な仮説の提示が行われている。

  『ユリシーズ』で「日常の世界を異化する仕掛け」として作用する非ユークリッド幾何 学は、ギリシア神話の世界と「迷路」とを介して、作品にうまく溶け合うように、例えば、

ダイダロス神話が20世紀のダブリンの街と二重写しになるように、活かされている、とい う論述がなされる。『ユリシーズ』のブルームが非ユークリッド幾何学的精神の持ち主であ るということは、偏狭なナショナリズムや人種主義になじめぬものを覚える、柔軟で多元 性重視の人間であるということを意味する。ブルームの柔軟性と多元性は、神話的世界や

『不思議の国のアリス』に認められるようなナンセンスの世界に通じ、かくして日常の世 界の異化が容易に行われることになる。

第6章

  本章は、ジョイスの神秘主義思想や神話の活用を認識論と結びつけて考察し、人間に本 来内在する非合理性や曖昧性、即ち非ユークリッド幾何学や神話の基底を成すところのそ ういう非合理性や曖昧性が新しいリアリティー創出の契機となり得ることを論じようとし ている。

  一般に写実主義的作品といわれている『ダブリン市民』に神秘主義的要素を読み取り、

そこに展開されている世界が日常の世界とはおよそ異なった様相を帯びているということ、

つまり新しいリアリティーを帯びているということを「姉妹」や「死者たち」に即して考 察・分析している。新しいリアリティーの創出とは、リアリズムの文学作品の時間・空間 とは別種の時間・空間、夢ともうつつともつかない時間・空間の創出、精神と外界との融 合や「心身複合」を含意する時間・空間の創出のことである。

  ジョイスが示した神秘思想や神智学への関心は、現実からの逃避を決して意味しない。

それは新たなリアリティーの創出をこそ主眼とする関心である。この関心は、「日常の些事

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や生活の瞬間に洞察される人生の啓示」に際立って表出される、即ち「エピファニー」と いう宗教体験に似た文学上の神秘体験を重んずるところに最も顕著に表出される。

  こうした一切が「西欧近代の科学的合理主義とは全く異なった土壌から生まれたもの」

とはいえないということ、例えば、『ユリシーズ』のブルームは「神秘主義と合理性の2つ が交差する」ところに位置しているということ、「神秘主義的な要素と合理主義的な要素が 共存している」ということ―これらが注目すべき点であると指摘している。これに関して 注意すべきは、ここでいう「西欧近代の科学的合理主義」は、神秘主義を否定し排除する 底の合理主義とは別種の知の伝統の形成要素であるということである。この別種の知の伝 統とは、ベーコンやデカルトやニュートンを先達とする知の伝統ではなくて、ジョルダー ノ・ブルノーを祖とする知の伝統のことであり、この伝統の意義は、新しいリアリティー の創出に資するというところに存する。そういう知の伝統にジョイスは連なっているので ある。

  神話的世界に生息しているがゆえに現代の合理主義一辺倒の思考では到底把握できない 人物、例えば、『ユリシーズ』のモリーのような人物に具わる非合理的なもの、そしてそれ を通じて現出する「男性優位の二項対立や視覚の構図を無効にする可能性」、「肉体・自然 が持つオリジナルの確かさ」、「非時間・自然・女性」が示しているのは、ジョイスの作品 において非合理的思考が積極的に意味形成の役割を担っているということである。

第7章

  ジョイスの作品では、一見自然主義、写実主義でありながら、外界は「観察者」によっ て見られるように見られるといことは起こらない。「『観察者』と『見られるもの』という 対応関係の上に成立する」ような人工的な視覚は、ジョイスの世界認識とは無縁のもので ある、という意味の論述がなされる。「空間の主観化」が取り上げられ、ジョイスはミメー シスという古代ギリシア時代以来の「偉大な伝統から距離を置き」、人物の主観的な要素を 外界の描写に反映させて、外界の世界(観察の対象)と精神(見る主体)とが融合する過 程を諸所で描出している。「心の中と外界が分かち難く融合」し、「外界は目に見えたとお りには再現されない」という特徴、「外界と精神、時間と空間の境界が不分明になるモダニ ズム小説の特徴」を、ジョイスの作品は、明瞭に示していると論じられる。

  「合理と非合理を超えたところ」に新しいリアリティーの創出が目指されるとき、必然 的に求められるのは、新しい方法論である。その方法論は、ジョイスの場合、非文法性、

非論理性と密接不可分の関係にあるのであって、論者はこれについて、次のように論じて いる。「ジョイスは英語表現の規範から故意に逸脱して、物質と精神の区分を曖昧にし、新 しい現実感覚を達成しているといえる」。

  もちろん、「新しい現実感覚の達成」は、「主観化された空間」を除外してはなされ得な いのであって、論者はあらためてジョイスの作品から4つの例を挙げる。第 1 は、安定し た社会装置、社会権力といった性質を帯びさせられた中央郵便局。第 2 は、記憶によって 歴史性を付与された地名や街や建造物。第 3 は、官能的魅力を介して呼び起されたペルシ ャやアラビアなどの東方世界。第 4 は、ナショナリスティックな情念を介して喚起された 高級ホテル(論者によれば、この場合、「支配・被支配の構図」としての高級ホテルは「主 観化された空間」と規定され得る。)

  ジョイス最後の作品『フィネガンズ・ウェイク』において取り上げられる時間と空間の

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問題を巡って、論者は、時間重視のベルグソン哲学を見下す登場人物ジョーンズ教授こと ウィンダム・ルイスの一連の空間擁護論は、ニュートン流の絶対時間と絶対空間に依拠し ていると論じ、さらに「ジョイスはルイスのように時間と空間に対立関係を設定すること で満足していない。時間と空間の関係を新しく組み替えて、真のリアリティーをつかむこ とこそが、ジョイスの美学だったからである」と簡潔に述べる。

第8章

  本章では、作品にリズムや統一感を与える特定の構造が取り上げられる。ここでいう構 造とは、小説の様々な技法の根底にある思考の枠組みのことである。『ユリシーズ』とホメ ロスの『オデュッセウス』との間には「話の展開や内容に緩やかな対応関係が保たれてい る」とした上で、『ユリシーズ』を構成する18の挿話が、「表題」「場面」「時刻」「器官」

「学芸」「色彩」「象徴」「技術」の8つのカテゴリーにおいて、それぞれ『オデュッセウス』

の神話と照応関係を保ちつつ、独自の意味を帯びさせられていることを「表」(「ゴーマン

=ギルバート計画表」に従って、解明する。

  『ユリシーズ』のいかにも堅牢な構造・形式性の解明が行われるわけだが、この構造・

形式性は「外的な事象よりも内面、意識を重視するモダニズム小説の『空間性の希薄さ』

という弱点を補う方法論」によって要請されたものである。そこでロバート・ハンフリー の所説を参考にして、次のような論述が行われるのが必至となる。「意識の流れの手法は構 造性やパターンに依存する。(中略)無定形の人間の意識を扱う時には、小説のテキストの 側にある程度の骨組みや、軸、筋となるものが必要となる。」

  本章では、記憶は真のリアリティーをつかむために不可欠の知覚の一種であるという論 述もなされている。記憶は「過去のミメーシス的複製」ではないところに、そして単に個 人に固有の所有物として存するだけでなく、「集合的な意識を表象する」ものとしても存す るところにその意義を表わす、という論述が行われている。

  『ユリシーズ』の主人公の一人ブルームにおいては、このような記憶の意義深さを信じ ることと、合理主義的精神を持することとは矛盾しない。「神秘的な心性をもつ」ブルーム が記憶によって「過去と現在を自由に行き来することを夢想すること」と、彼が合理主義 的精神を持つこととは矛盾しないのであり、反デカルト的なこのような両立を通じて「不 可視の世界を了解する重要な認識手法」も獲得される。「視覚に拠らない新しいリアリティ ー」の了解・表現は記憶によって大いに促される。

  「視覚に拠らない新しいリリティー」が記憶に由来するというのは、論者にとっては、

見逃し得ない重要な事実である(論者は視覚に関して「ジョイスはデカルト的遠近法の視覚 を否定しているのであって、「見る」ことによる新しいリアリティーの追求という手法を否 定していない」と155ページで注している。)

「記憶の認識に占める重要性」はマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』で存分 に示されているが、論者が力を込めて論じるのは、ジョイスが新しいリアリティーを創出 すべく、驚嘆すべき情報処理を、記憶の支えを得て、行っているということである。記憶 は、『ユリシーズ』に詰め込まれた「膨大な量の情報」が全体性を保つのに、即ち「テーマ や語句が照応関係を持ってまとまり」を保つのに、「相互参照の網の目によって数十、数百 ページ離れた箇所にあるエピソードをつなぎ合わせる」のに役だっている。

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7 第9章

  ジョイスの新しいリアリティー創出には、印象派の手法のみならず、キュビズムの手法 も用いられる。「全知の語り手による伝統的ヴィジョン」の薄れや「複数の語り手の混在」

や「多元的視点」などを通じてキュビズム的空間が重視されるに至るが、この空間は、登 場人物の主観を色濃く反映するところにその特徴を表わす。これは、「近代合理主義の認識 のパラダイムとは別の知覚方法をジョイスが求めていたこと」を明示するものとなってい る。

  キュビズム的空間は、「本来的に時間芸術である文学を空間芸術に近づける」径路になる。

ジョイスの小説に認められるキュビズム絵画との表現上の類似性は、同時代的に「ヴィジ ョンの転換、認識論的な転換」が起こったことを示している。

第10章

  本章は、ジョイスの作品とデ・キリコ、「形而上絵画」の創始者であり、シュルレアリス ムや抽象絵画に大きな影響を与えたデ・キリコとの比較・研究をマリア・エリザベス・ク ロネッガーの所論に依拠して、行っている。ジョイスとデ・キリコの共通点は、「目に見え る=知覚できる世界の向こうに、別の世界」があるという認識に存する。ジョイスへの米 国の小説家エドガー・アラン・ポーの影響というものが考えられるので、ポーも組み入れ て、ポー、ジョイス、デ・キリコの3人に共通するものを探って行くと、「目に見える現実 を内的に読み直し、リアリティーの概念を変えた」ことが共通点として浮かび上がってく る。そういう別のリアリティーに入るきっかけになるのは、幾何学的形態である。ポーは さておき、幾何学的形態はまさしくジョイスの芸術とデ・キリコの芸術とを結びつけるの であり、両者の共通性は、「円と直線性という幾何学的形態に性的な含意をもたせている」

ところにも、また「現実と非現実の境界を越えて往き来するところにも認められると論述 されている。

第11章

  「日常の中で人々の記憶にも残らないで忘れ去られる生活の断片」を鮮やかに浮かび上 がらせるエピファニーがジョイスの作品において重要な役割を果たしているという事実は、

いかにも地味で、一見取るに足らぬ日常の些事にジョイスが人生の縮図を見ていたという ことを含意している。エピファニーは「内面と外界の事象が融合する感覚」主観と客観の 融合の感覚を基底として生じるところのもので、そういう融合に非日常性や神秘的要素が 加わるのは怪しむに足りない。デカルト的合理主義の精神から限りなく隔たったところに 生じるエピファニーという現象を重視するジョイスと「非日常的、神秘的な形而上の世界 を現出させることを目指している」デ・キリコとは、「デカルト的合理主義の所産ではない」

作品を生み出した点で、まさに共通している。通常の「意味」の外へ向かおうとする両者 は、ヘルメス思想、即ち「ギリシア神話で霊魂を冥界に導く役目をもつ神」ヘルメスを源 とするヘルメス思想を共有しているのであり、この共有は、両者がジョルダーノ・ブルー ノの系譜に連なる芸術家であることを浮き彫りにする。

結語にかえて 

  ジョイスが表現した新しいリアリティーは、「「内」と「外」の境界がなくなり、両者が

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融合するような状態」「外界と内なる精神が地続きであるような世界」であったが、そうい う世界、そういうリアリティーの表現、あるいは創出に適した手法として「内的独白」や

「意識の流れ」が採られたのであった。デカルト的遠近法による視覚からの離脱を重要視 していたジョイスが、外界の忠実な再現を旨とするミメーシスを斥けたことは、19 世紀的 リアリズム小説の現実感覚を組み替えること、「目に見えない世界」を新しいリアリティー として提示することに必然的につながっていた。見落としてならないのは、この場合、「内 的」経験と「外的」経験の相互作用に、ジョイスは人間の全体的な意識、統合的な感覚、

統覚的な意識の根源的重要性を見据えていたということである。

  ジョイスと連関する思想家としてライプニッツ、バークリー、ヘルダーが取り上げられ ているが、とりわけジョイスとヘルダーとの親縁性を念頭において行われる発言、「遠近法 的に『見ること』によって世界を秩序立てる近代合理主義のパラダイムとしての視覚への 批判的な姿勢が、視覚と触覚を対抗関係におくヘルダーたちと『肖像』のスティーヴンの 美学をつなげている」という発言は、本論文に深みとふくらみを与えている。

4、評価 

  本論文は1880年代から第2次世界大戦あたりまで続いたモダニズム芸術運動の中で起こ った認識の変容を、アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスの文学作品と思想を中心に 考察したものである。

  現在、認識を巡る人文学上の研究は、単に知覚を生理的、生物学的現象と規定するので はなく、むしろ社会や文化、政治経済の制度と密接に関係した表象の制度として捉える傾 向にある。そこでは、歴史的に形成された知覚のメカニズム、表象の仕方に焦点が当てら れる。ジョイスの文学作品の中で暗黙のうちに提示されている認識のあり方も、そうした 時代の認識知を反映したものと受け取ることができる。ジョイス作品の中に織り込められ ている認識に関するさまざまな表象のあり方が、モダニズム芸術の共通した態度を示すも のであること、そして思想史、文化史的なコンテクストの中で芸術のジャンルを越えた共 時的な性質を併せもっていることを示し、モダニズム期の一つの特性を浮かび上がらせよ うとした。

  モダニズム期にはそれ以前の芸術家が所与としていた認識論的モデルが否定された。モ ダニズム以前には外界と認識、外界と実在性と知覚の間には安定した関係があり、現実、

自然を「模倣(ミメーシス)」する、すなわち性格に再現することが芸術の主たる役割であ ると思われていた。ところが、19 世紀後半からこうした前提が崩れ、芸術家たちは外的世 界を重視する立場から、自分の意識内部における表象作用(視ること)を重視する方向へ と芸術の基盤を変えた。そこで起こったのは表象、表現の変革である。絵画と文学では、

それまでの模写中心の様式(リアリズム、自然主義)に代わる新しい表現様式が追求され ることになった。本論文では、芸術家個人としてのジョイスの考え方ならびに、ジョイス 小説テキストの中で、現実世界(時間と空間の中で存在する物質的なものすべて)や心的 世界の表現がどう刷新されているかを分析し、そこにモダニズム芸術の一つの特徴的な思 考のパターンや表象の形を探った。

  さらに言えば、ジョイスの文学はモダニズムという大きなうねりの中で、絵画という芸 術ジャンルで起きていた変化とも共鳴しあうものである。認識モデルの変容、表象の変化

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が同時並行的に絵画の世界でも起こっていたのであり、本稿では「形而上絵画」の創始者 で後の20世紀美術にも多大な影響を与えたジョルジョ・デ・キリコの作品などと具体的に 比較対照し、そこにジャンルを超えた共通性を読み取ろうとしている。この点にも、本論 文の新しさが見て取れる。文学と絵画を比較するのは難しいことであるが、同時代の思想、

美学の視点から共通性を導き出している点は評価できよう。

  従って本論文は、いわゆる文学研究、作家研究(ジョイス論、あるいはジョイスの作品 論)のカテゴリーに区分できるものではない。むしろ、作家ジョイスや画家キリコを主軸 にすえて、モダニズムという広義の芸術運動を思想史・認識論・美学などの視点から幅広 く捉えかえした学際的な労作と評してよかろう。

審査員の先生方からは、本論文が文学研究なのか、美学・思想史研究なのかについて、

大いに議論がなされた。つまり、率直に言って、本論文は、ジョイス論やキリコ研究とし ては物足りないものがあるが、時代の美意識や認識論を論証する学術的論文としては、新 しい意欲的な試みとして評価できるのではないかという点で、審査員の見解に一致が見ら れた。それゆれ、われわれ審査委員会は、本論文を早稲田大学社会科学研究科の博士(学 術)論文に値するものとして認め、ここに推薦する次第である。

審査委員

主任審査員  早稲田大学社会科学総合学術院教授      池田雅之 審査員      早稲田大学社会科学総合学術院教授      内藤明 審査員      早稲田大学社会科学総合学術院教授  博士(文学)早稲田大学  笹原宏之 審査員      早稲田大学名誉教授       照屋佳男 審査員      早稲田大学法学学術院教授       清水重夫 審査員      早稲田大学文学学術院教授       大島一彦

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