九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
日系アメリカ人三世代の家族型と価値の持続性
コナー, ジョン
九州大学教育学部
https://doi.org/10.15017/2232284
出版情報:九州人類学会報. 9/10, pp.1-4, 1982-06-01. 九州人類学研究会 バージョン:
権利関係:
日系ア メ リカ 人三世代の家族型と 価値の持続性
ジ ョ ン ・ コ ナ ー
サクラメント地区で行った臼系一世23 4人、 二世24 1人、 三世37 2人の調査によれば、大多数 の一世は西F毎日本の農村出身で、当初アメリカII:'..到着した時には定住しようと考えてはいなかった。そ の上かれらは日本のイエ制度ぞ重視し、日本の地域社会の規模を様強くもち続け、また一位としての文 化化ーとくに一世の女性ーの結集として、かれらがもらいた育児様式は本質的に日本のそれと変らない ものであった。つまりかれらは自分たちが日本で育ったのと同じやり方で二位たちを育てたのである。
二位たちが培った初期の価値はまさに日本のそれそのものであった。
家 族 の き づ な と イ エ制度
多くの研究者が、日本では個人よりイエがより重要性をもっと述べている。事実、ベアズレイ、ホー ル、ウォードら( 1959:216‑217)が指摘したように、日本の村落では個人がイエの一員と しての役割を離れて自分の立場を考えるなどということはめったにないくらいに、イエが個人に覆いか ぶさっているといえる。また、イエの重要性を反映するものとして、すべての個人的記録をイエの名の 下に香類としてファイノレするζとがあげられるが、そとでは生死の記録はすべて個人ではなくイエとし て行われるのである。さらに、イエが個人を超越している乙とは、法律でも認められており、第二次大 戦前には、たとえ成員がイエを綴れていたとしても、その成員ζ対して恕的に資任をもつのはイエであi
った。 ( Be fu ; 1 9 7 I : 4 0 )
イエの織造は序列的である。家長としての父親の権威は絶大で、大戦前まではそれは民法によっても 支えられていた。序列を重視し、イエの一体感を強調するζとは、逆に継承の問題をもたらすととにな
る。日本の村落は土地所有の規模が小さい(平均で約l町)ので、土地は分割せずに1人 の 怠 子 一 通 常は長男ーが継承するのが普通で、 2、3男たちはイエを出て他の道を求めることになる。時には乙 れらの非継承者たちが分家を樹立して家長となるとともある。
乙のように、日本におけるイエの重要性を考えれば、アメリカζ移住してきた一世たちが、イエ制度i 乙そ家族組織化の正しい方法であるとの信念舎もち、自分たち自身も分家を樹立して家長になるζとを 志したのは当然のことであった。つまり、かれらはイエ理念の多くをそのまま保持し、それを出来るだ け正確に次世代に伝えようとしたのである。したがって次世代たち色また、日本のイエ体系につながる 多くの特質をもつにいたった。つまり、イエの名を汚さないという考え方をもち、序列と秩序i乙対する 強い意識を示し、また互いに依存しあって、つながりを保つ必要をもち続けたのであった。
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一 世
多くの権威ある研究者たちの報告(Danie I s , I 9 6 3 ; Ki t ano, I 9 6 9 ; Mode II , 1 9 6 8 )によ れば、初期の移民たちはいろんな点で同質性をもっていた。大多数の移民たちは西南日本の出身で、村 落の農業基獲をもち、アメリカζ定住しようというつもりはなかった。乙の後者の特質と、戦前にみらi
れたはげしい反日差別とがーしょになって、結果として一世たちとその家族の多くは、西海岸にあるか なり閉鎖的な臼系人コミュニティIC居住することになった。こうした社会の中でかれらは日本的生活様 式の多くを保持したのであった。 (Miyamoto, 1 9 3 9 : 5 7 ‑I 3 0)
われわれがサクラメント地区で行った一位たち23 4人(男12 3人、女11 1人)のインタビュー でも、初期の研究者たちの結論と同じような結果がえられた。つまり、かれらの多く(8 0パーセント)
が西南日本出身で、農業者であり、教育程度は約9年、そして移民時点の平均年令は19才であった。
さらに、一世たちのできるだけイエ理念を保持しようとする窓、志ぞ示すものとして、かれらの半数以 上が毎日、子や孫K会っているという事実があげられる。また、 46パーセントの一位たちが子どもと 同居していた。同居者のうち約70パーセントは息子の家族と、そして残りが娘の家族と一緒であった。
この事実は、 I,0 0 0人以上の一世を調査してその約五分のこが子どもと同居しているとしたモーデJレ (1968:67‑81)の記述と一致するものである。
ニ 世
一世たちは閉鎖社会の中で、文化化も進展せず、アメリカに永住する気もなかったので、かれらが子 供たち、つまり二世iζ対して、自分たちが日本で学んだるのと同じ価値、とりわけ家族やイエ理念の重 要性を教え込もうとしたのはうなずける。インタピューした 23 2人の二世たち(男 101人、女 131人)
も大体においてζの考え方を支持した。確かに、個人より家族が重要であると先ζl述べられたととく、
一世たちがイエの名を汚さないととを重視したのは当然であろう。
二世たちiζ、 若い時に家族ということが強調されましたか と聞くと、 9割もの人たちが、 そう
だ と答えた。さらにかれらに 日系人社会の名を汚さないように行動すべきだ と教えられたかどう かたずねたとζろ、男の84 %、女の8 5 %がそのような原則が強調されたと答えた。
インタピューの際に多くの二世たちからえた反応の中ζ、家族の重要性を示すものがいろいろあった。1 しつけの一つの方法として、子どもを家族から引き継すζとについて論じた際K、一人の二世が そん なζとをするのは子どもを叩くのよりずっと懇いζとだ と答えた。あるこ世の女性は、 向か惑いζ
とをしたら父から芦だなに閉じ込められた としみじみ語ってくれた。さらに、都合の悪いζとに二世 たちは、乙のしつけに対して単独で直面していかねばならなかった。そとにはやさしい組父母も、親切 な叔母もいなかったので、かれらは誰にも同情ゃなぐさめを求められなかった。
一世によって注入された価値は、二世たちの成長とともにますます強化された。大半の二世たちは日
本語学校iζ通い、そこで日本の教育体系そのままの修身教育の徳目をきびしく教え込まれたし、またか れらの多くは日系人コミュニティ内に居住していた。 ニ世たちの間で非行が少いのはこのコミュニティ
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のおかげであった。戦前サクラメントの日系人コミュニティζ住んでいたあるこ慣は、次のように述べl ている。 「皆からはみだすような行動はとてもとれやしない。そんな乙とをしたとたんにもう綬に知れ 渡っているんだから。
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三 世
三世について質問した時に、一世と二世が答えるとく普通の反応は、三位たちは 完全にアメリカナ
イズされた というものである。たしかに、一世や二世の見方からすれば、 三世たちは日本人としての アイデンティティをほとんどもってい信いととになる。ほほ20代に遥している三位たちの自己諜価に よれば、自分たちはすでに70パーセント近く文化イヒされているとみている。さらに、三世たち37 2 人(男 17 7人、女 19 5人)とのインタピューによって、かれらが高校や大学で教科外の諸活動 ー たとえば学校のいろんな役務を担ったり、運動部lζ入 る な ど ー に広く参加している乙とが分った。さ
らに、三位たちの多くは臼系人よりも、日系人以外の友人を多くもつζとが分った。もろろんその結果 として日系人以外のものとデートしたり結婚する乙とが繕えてきている。われわれの調査によれば、サ
クラメント都で19 6 1年から 19 7 0年の間ζ、白系人の名前をもっ男女すべての結婚のうちl 28. 3
1‑1/一セントが非日系人との結婚であり、乙れはさらに近年増加の傾向にある。
だがしかし、一世と二位がいうようK、三世たちが 完全にアメリカナイズされた とみてしまうの は誤りだ。われわれの調査では、ほほ同じ王手令と教育程度をもっ白人のク.ループと比較したばあい、 三
位たちは多くの日本人的特質を残しているζとが分った。たとえば、 20 1人の三世( 男7 1人、女 1 3 0人)と、 23 1人の白人(男 10 1人、女13 0人)に対して、エドワーズ式個人選好表(Ep p
s
)を用いて意識調査したと乙ろ、 臼人クツレープに比して、 三位たちの方がきわめて明確に、よ り付) 目上を敬い、{ロ}身を粉にして働き、付支配的でなく、与)家族のつながりが強〈、体)攻撃的でなく、付援 助と秩序が強く要求され、また(付白人ほど異性愛を必要としない、乙とが分ったのである。参 考 文 献
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