会計情報 システム と 多主体複雑系 に関す る一考察
荒 井 義 則
1.は じ め に
1‑5)
本論集 に投稿 した一連 の論文 において,会計情報 システムが複雑系 であ り, また,マ レー ・ゲルマ ンの主張する複雑適応系 で もあ り, さらに, ジ ョ ン ・ホラン ドの主張す る複雑適応系 に もあたることを示 した。
また,会計情報 システムを (1)帳簿管理サブシステム
( 2
)会計報告サブシステム (3)予算編成サブシステム (4)意志決定サブシステム (5)環境情報サ ブシステムの5つのサブシステムに分 け, これ らのサブシステムがマ レー ・ゲルマ ンの 主張する複雑適応系であ り, さらに,ジ ョン ・ホラン ドの主張す る複雑適応 系で もあることを示 した。
6)
本稿 においては,会計情報 システム を多主体複雑系 の観点 か ら考察 し, 統合化 された経営情報 システムの中での役割 りも考 えてゆ くことにす る。
197
2. 会計情報システム
ここでは,考察の対象 とす る会計情報 システムについてまとめてお こう。
(1)情報 システム
コンピュー タを中心 としたシステムには, コンピュータシステム,情報処 理 システム,情報 システム といった名称が付 け られているが,浦,市
川
はこ7) れ らのシステムの違い を次の ように述べ ている。
① コンピュー タシステム
コンピュー タの物理的機構 (ハー ドウェア) に論理的な機構 (基本 ソフ ト ウェア) を積み上 げた もの をコンピュータシステム とい う。
(訓育報処理 システム
コンピュー タシステムに,ある業務 を想定 してそのための応用 ソフ トウェ アを盛 り込 んだ もの を情報処理 システム とい う。すなわち,デー タの収集 ・ 記録 ・加工 ・配布 に関わる一連の仕組みの総称 とい うことがで きる。 ここで
「一連の仕組 み」 とは,ハ ー ドウェア,基本 ソフ トウェア,応用 ソフ トウェ アを指 している。
③情報 システム
情報処理 システム と, これ を使 う人間 も含めた組織体 を念頭 にお き,それ らの全体 を指す とき情報 システム とい う。
会計情報 システムの研究 においては(丑か ら(彰の どの立場の研究 も必要であ 1‑5)
るが,本論集 に投稿 した一連 の論文 お よび本稿 の立場 は(参である。す なわ ち,会計情報 システムに人間 も含めて考 えている。
198 国際経営論集 No.24 2∝12
( 2 )会計情報システムの概念
本稿で考察の対象とする会計情報システムの概念について述べておく。 1.コンピュータを中心とする情報通信技術をもとにした情報ネットワー
クであること。
2.意思決定を支援するシステムを含み,意思決定者ないし意思決定グル 一プに有用であること。
3.意思決定者ないし意思決定グループのデータに対応するフィードパッ ク機構を持つこと。
4.意思決定者ないし意思決定グループも重要な要素のlつであること。
5.システムの運用,保守および改良をするシステム要員や会計,経理部 員も重要な要素の 1つであること。
6 .
ハードウェア,ソフトウェアの新しい技術や会計情報システム論およ ぴ会計学,情報理論,行動科学などの関連諸科学の新しい成果を取り 入れることが可能なオープンシステムであること。7.ハードウェア,ソフトウェア,人的資源が有機的に結びつけられてい ること。
8.企業経営に有用であること。
これら8つの特性を会計情報システムの必須の特性と考えているが,前述 したとおり,意思決定者ないし意思決定グループ,システム要員,会計,経 理要員といった人間も含んでいる点に注意してもらいたい。
( 3
)会計情報システムの構造本稿では,会計情報システムとしては業務統合型会計情報システムを考 察の対象としている。
業務統合型会計情報システムは,各業務システムから独立した取引入力シ ステムと取引データベースをもち 各業務システムはこの取引データベース のデータを利用することになる。すなわち,各業務システムは統合化された
会計情報システムと多主体複雑系に関する一考察 199
11)
経営情報 システムのサ ブシステム として位置づけ られる。会計情報 システム もこの統合化 された経営情報 システムのサブシステム として位置づけ られる
12,13) ことになる 。
また,会計情報 システム自体 はすでに述べ た (1)〜 (5)のサ ブシステ ム,すなわち
(1)帳簿管理サ ブシステム (2)会計報告サブシステム (3)予算編成サ ブシステム (4)意志決定サブシステム (5)環境情報サ ブシステム で構成 されるが, これ以外 に
(6)原価計算サ ブシステム をつけ加 えることもある。
本稿では会計情報 システムに人間 も含めて考 えているが,サブシステム も 人間を含めて考 える。意思決定者 ない し意思決定 グループは (4)の意思決 定サ ブシステムに含 まれることは当然であるが,予算編成方針 の提示お よび 予算 の承認 とい うかたちで予算編成サ ブシステムにも含 まれる。 また, シス テム要員 はすべ てのサ ブシステム と係 わ りをもつであろうし,会計,経理要 員 もすべ てのサ ブシステムに関連す るであろう。 したが って,各サブシステ ムは共通す る人間を要素の 1つ として含 むこともある。
(4)会計情報 システムの機能 1‑5)
本論集 に投稿 した一連 の論文 においては,会計情報 システムの主要 な機 能 を意思決定 として きたが,会計情報 システムの機能はそれ以外 にも当然存 在す る。その機能はサブシステムに示 した とお りであ り,大別する と
(1)帳簿管理 (2)会計報告
200 国際経営論集 No,24 2002
(3)予算編成 (4)意思決定 (5)環境会計情報 (6)原価計算 ・原価管理 の6項 目である。
3. 多主体複雑系
ここでは,注6)の文献 をもとに して,多主体複雑系 について考察す る。
(1)多主体複雑系の定義
「多主体複雑系 (poly‑agentsystem)」 はエー ジェ ン トとよばれる自律 した 意思決定主体が多数集 ま り,それ らのエ ージェ ン トが相互作用 した結果生 じ
6) て くる現象 を扱 う新 しい システム観 である。
エージェ ン トの代表例 は人間や人間によ り構成 される組織 や社会 な どであ るが,高木,木嶋,出口,畝見,奥 田,寺野,松尾 は文献6) において,吹 の ように定義 している。
エージェ ン トとは,環境 の中で 自律 的 に活動す る主体 の こ とで, 自らの中 に主観的 な内部 モデル として 「環境 や 自己 についての解釈 を与 えて くれ る枠 組み」 を持 ち,そ して,エージェ ン トは相互 にそれぞれの内部 モデル を認識 し, 自らの もの を修正 しなが ら活動す る。 さらに,エージェ ン トは複数集 ま ってひ とまとま りの高次 の主体 として活動す る組織 も形成す る。 これ もまた
14) エージェ ン トと見 な され る。
また,多主体複雑系 については次 の ように述べ ている。エージェ ン トが複 数集 まる と,それ らの間の相互作用 やエ ージェ ン トと環境 との間の相互作用 の中か らよ り上位 の活動パ ター ンが形成 され,消滅 し,再構成 される。 これ こそが社会 システムの示す 自己組織性 であ り, この システム を 「多主体複雑
会計情報 システム と多主体複雑系 に関する一考察 201
14) 系 (poly‑agent system)」 とよぶ。
6) (2)多主体複雑系の特質
多主体複雑系 を理解する上で重要な点は以下の3点である。
(ヨシステム と環境の融合
②主観的内部モデル (参ネッ トワーク
(∋と② は多主体複雑系が示す ミクロ的特徴であ り,(参はマクロ的特徴であ る。以下では, この3点 について考察する。
15) (ヨシステムと環境の融合
従来のシステム観 においては,対象 としての 「システム」 と,そのまわ り をとりま く 「環境」 を明確 に区別 し,両者間の物質 ・エネルギー ・情報の流 れに注 目す るとい うシステム と環境の二項対立で議論 されることが多か っ た。 この ような議論では,環境 は己の外 にある客観的メカニズムを持 った も の として認識 される。
それに対 して,多主体複雑系 は,システムと環境の明確 な識別 よりも,環 境 とシステムの一体性 と融合性 を強調するものであ り,環境 とシステムの二 項対立による説明 を放棄するものである。 さらにこの立場では,環境 はシス テムの外側 に客観的に存在するのではな く,意思決定主体の中に認識 される のであるが,この点については 「主観的内部モデル」 に関連 して,次項で解 説する。
15) (参主観的内部モデル
内部モデル とは,意思決定主体が 自らとの関係 を含 む周囲の状況 を知覚 し 解釈 して自らの内部 に反映 して持つ像 (モデル) を意味する。意思決定主体 は,意思決定 し行動する際にこの内部モデルを参照す る。すなわち,意思決
202 国際経営論 集 No.24 2002
走主体 は, 自らのおかれている状況 を自分で認識 し, よくも悪 くもそれにも とづいて考 え,行動するとい うことである。 したがって,複数の意思決定主 体が一つの状況 に関与 していて も,その状況 に付与する意味 と解釈 は主体 ご とに異なるので,各主体が持 った意味や解釈 にもとづいて行 われる決定 ない し行動 は当然異 なった もの となる。
① と② で扱 った2つの重要 な概念,す なわち
,
「シス テム と環境 の融合 (環境 とシステムの二項対立による説明の放棄)」と 「主観的内部モデル」は, システムの自己組織性 を論 じるときに不可欠な概念である。 自己組織僅 とは システムが 自らの手で自らの組織 と構造 を変える性質 をさす。言いかえれば, 自己組織性 とは自己が 自己のメカニズムによって自己を変化 させ ることであ り,理論的には外か らの影響がな くて も自らを変化 させ うることを意味する。したがって,自己組織性 は単 に環境決定的で もなければ環境適応的で もな く, 文字 どお り自己決定的な性質である。人間が構成する組織や社会は自己組織 性 を持 っている。組織や社会が変化するのは,それを構成する人間の活動以 外 にあ りえないか らである。
従来の環境 とシステムの二項対立による説明では, 自己の変化の原因を環 境変化の作用 とい う外部の原因に求める説明を していたが, これは自己言及
16,17) を意味 し,論理上のパ ラ ドックスを生 じる 。
それに対 して,多主体複雑系 においては,環境 とシステムの二項対立 によ る説明を放棄 し,環境は内部モデル として意思決定主体 の中に存在するもの としているので, 自己言及のパ ラ ドックス も生 じず,自己組織性の説明が可 能 となる。
18)
③ ネッ トワーク
従来,システム論ではネ ッ トワーク的な見方 よりも階層的な見方が とられ ることが多かったが,多主体複雑系ではネ ッ トワーク的な観点 を取 り入れる。
社会を構成する人間は,相互 に関係性 を持ちつつ 自らネ ッ トワークをかたち
会計情報 システムと多主体複雑系 に関する一考察 203
作 っているので,この事実 を前提 とす る考 え方が必要である。
現代 の企業 は,その理念,文化,そ して体質の変革 を通 じて進化 してい く ことが求め られてお り,異質の価値 との遭遇 による古い価値秩序の 「ゆ らぎ」
19)
の強化 を通 じてこそ企業の自己組織化 をな し遂げることがで きる。 これ らの 変革は,組織 を階層 とみなすのではな く,人間の生 きるネ ッ トワークとして みた ときに起 こす ことがで きるのである。
20,21) (3)アコモデーション
現代社会においては, さまざまな価値観が共存,共生 し,不安定な中での 安定が達成 されている。様 々な価値観が成立 しなが ら,それぞれが他 を受け 入れている状況 を 「アコモデーシ ョン (accommodation)」 と呼ぶ。アコモ デーシ ョンは,利害や価値観が一点 に収束するとい う意味での合意達成の状 況 とは異な り,他者の価値観が 自らのそれ とは違 っていることを認め理解 し た上での共存であ り,いわば 「呉越同舟」
,
「同床異夢」といった状況である。言いかえれば,人間が関与す る事柄 に常 にまとわ りつ く対立はそのまま存在 する として も,異 なる見解 を持つ人々がその対立 を 「ともに事 に当たろう」
とする状態の一部 として取 り込んで しまう状況である。
意思決定主体の複雑 な相互作用 を見 るときにはアコモデーシ ョンの側面 に 注 目したほうが現実的であ り,多主体複雑系 を考察する際にも重要な概念 と なる。
以上 (1)〜 (3)において,多主体複雑系の提唱者である高木,木嶋, 出口,畝見,奥田,寺野,松尾 による文献6) をもとに して,多主体複雑系 について考察 して きたが, もともと多主体複雑系 は 「インターネ ッ トが普及 したマルチメデ ィア社会」 を考察する新 しいシステム論 として提唱 された理 論である。
しか しなが ら,この理論 は 「会計情報 システム」の解析 にも重要な役割 り を果たす理論である。次節では,会計情報 システムにこの理論 を適用 してそ
204 国際経営論集 No.24 2002
の特性 を考察するが,その前 に本節の (4)で,複雑系や複雑適応系 とのか かわ りを考察 しておこう。
(4)複雑系,複雑適応系 とのかかわり
もともと多主体複雑系の考 え方は,複雑系の考 え方 をもとに した理論であ る。実際,文献 6)では 「複雑系の考 え方,なかで も特 に社会現象の 自然発 生的なパ ター ン化 をとらえるのに都合のよい 自己組織性理論 を基礎 にす るこ
とで,マルチメディア時代の社会システムをポリエージェン トシステム (多 主体複雑系) として理解す る考 え方 を構築す る」 と述べ られているとお り, 複雑系 とは密接 な関係がある。
ここでは,まず文献 1)で会計情報 システムを解析す る際に用いた複雑系 と比較する。文献1)における複雑系の定義は次の3つの条件 を満たす シス テムであるとした。
1.各要素がバ ラバ ラに集 まっているだけでな く,要素間に相互作用が存 在 している。
2.非線形性 を有する。
3.外力あるいは環境の変化 によって,非平衡状態 におかれたとき, 自己 組織化的に新 しい平衡状態 をつ くる。
文献 1)では,この定義 に従い,外力 として 「会計情報 システムへの要求 の変化」 と 「情報 システムの複雑化」 を用いて
,
「自動仕訳受入型会計情報 システム」か ら 「業務統合型会計情報 システム」への進化 を考察 した0多主体複雑系 も文献 1)の複雑系 も 「自己組織化」 を扱 う点では同 じであ るが,大 きな相異点が2つある。その第1は,多主体複雑系では内部モデル があるが,文献 1)の複雑系 にはそれに相当するものがな く, システムの性 質 として自己組織化 を導入 している点である。第2は,多主体複雑系では環 境 とシステム という二項対立 による説明を放棄 し,環境 を内部モデル として システムの内部 に存在 させているが,文献 1)の複雑系では,システムと環
会計情報 システムと多主体複雑系に関する一考察 205
境を区別し,外力あるいは外部環境の変化が自己組織化の原因としている点 である。
この2つの考え方は環境とシステムについて正反対の考え方に立っている が,どちらか一方は正しくて他方は誤っているというわけではない。実際,
文 献6)においても「ポリエージェントシステムの考え方は従来のオープン システムの枠組み(環境とシステムの二項対立の考え方で説明する枠組み) に完全にとって替わると主張しているわけではない」と述べており,
I
マル チメディア時代にある人間行動と社会活動を考えるときには,オープンシス テム観よりポリエージェントシステム観を持つ方が現象をとらえやすいと言 うことであるjとも述べている。人聞が構成するシステムを研究する際には,いろいろな見方で考察するほうがよりその特色をとらえやすいので,いくつ かの見方が共存していても不思議ではない。
次に複雑適応系との比較を考えようO 文献2)~ 5)では複雑適応系とい う観点から会計情報システムを調べた。複雑適応系にはマレー・ゲルマンが 提唱したものとジョン・ホランドが提唱したものの2種類があるが,会計情 報システムがどちらの複雑適応系にもなりうることを示した。
マレー・ゲルマンは複雑適応系の特色について次のように述べている。そ れぞれの複雑適応系が 自らを取り巻く環境と 自分とその環境との相互作 用に関する情報を得て,その情報の中に規則性を見出すこと,そしてそれら の規則性を一種の「スキーマj あるいはモテeルへと圧縮し,そのスキーマを もとに現実の世界で行動することである。どの場合も,さまざまなスキーマ が競い合っており,現実の世界での行動の結果がフィードノてックされて,こ れらのスキーマ間の競合に影響を与える。
マレー・ゲルマンの複雑適応系は多数の意思決定主体からなるわけではな く,単一の意思決定主体からなると考えられ,多主体複雑系とは異なったシ ステム構成である。また,スキーマは多主体複雑系の内部モデルに対応する ものではあるが,両者はかなり異なっている。スキーマは環境から得た情報
206 国際経営論 集 No.24 2
∞
2か ら抽出 した規則性 をもとに しているが,内部モデルは意思決定主体が 自ら の内部 に主観的に作 り出 した環境の像であ り,内容的にはかな り相異がある。
また,マ レー ・ゲルマ ンの複雑適応系では環境 とシステムを区別 してお り, この点で も多主体複雑系 とは異 なっている。
23‑25)
ジ ョン ・ホラン ドの複雑適応系 はマ レー ・ゲルマ ンの複雑適応系が多数 集 まったシステムであ り, この点では多主体複雑系 と類似 した構造 になって いる。また,ジ ョン ・ホラン ドの複雑適応系 は,(∋集合的特性,②非線形性,
③流れ,④多様性の4つの属性 と①標識化,(参内部モデル,③積木の3つの メカニズムを持 っている。内部モデルはマ レー ・ゲルマ ンの複雑適応系のス キーマにあたるもので,多主体複雑系の内部モデルに対応する ものであるが, 前述の とお り,かな り異 なった ものである。「流れ」 とい うのは各エージェ
ン ト間の情報の流れであ り,システムをネ ッ トワーク的な観点で とらえる点 は多主体複雑系 と共通 した面 を持つ。ただ し,マ レー ・ゲルマ ンの複雑適応 系 と同様 に,環境 とシステムを区別 してお り,その点では多主体複雑系 とは 異なっている。
以上見て きた とお り,文献1)〜 5)で会計情報 システムの解析 に用いた 複雑系や複雑適応系 と多主体複雑系 とはかな り異 なった システムであるの で,多主体複雑系の観点か ら会計情報 システムを研究すれば,会計情報 シス テムに関す る新たな知見が得 られるもの と思われる。次節では, この多主体 複雑系の観点か ら,会計情報 システムを考察することにする。
4. 多主体複雑系 としての会計情報 システム
この節では,多主体複雑系の観点か ら会計情報 システムを考察する。考察 の対象 とするのは以下の4点である。
(1)環境 との融合 (2)主観的内部モデル
会計情報 システムと多主体複雑系 に関する一考察 207
(3)ネ ッ トワーク (4)アコモデーシ ョン
これ らは多主体複雑系の中核 をなす概念であ り,これ らの概念が会計情報 システムの中で どの ように実現 されているのか を見てゆ くことにする0
(1)環境 との融合
日本 の企業経営 は大 きな転換点にさしかかっているが,その一つの方向性 として株主重視の経営,すなわち 「株主価値経営」 というものが うち出 され
26,27)
て きた 。 とくに
2 0 0 0
年3
月か ら始 まった会計基準の国際標準化 (時価会計 の導入,連結会計の重視,キャッシュフロー計算書の導入 など)によりこの 傾向はよりいっそ う加速 された。今 までの株主不在の経営か ら株主重税の経 営への転換 は,今 まで外部の環境 として存在 して きた株主 を経営戦略の中核にすえることであ り,まさしく外部環境 との融合化である。
また,高度成長経済期か ら成熟 した経済期への転換は顧客価値 を事業経営 28)
の中核 にすえる顧客価値経営 を生み出 した。「顧客価値」 とは 「それぞれの 顧客が企業か ら提供 された商品に対 して自らの基準 に したがって評価 した価 値であ り,他方,企業 と顧客が協創 して創造 した価値である」 とい うことが
28)
で きる。 この経営方式 も今 まで外部の環境 として存在 して きた顧客 を経営戟 略の中核 にすえるものであ り,外部環境 との融合化である。
この ように,今 まで外部環境 として存在 していた株主や顧客 との融合化 は, 会計情報 システムの主要な機能に属する予算編成や意思決定 に多大 な影響 を 与 え,会計情報 システム もこれ らの株主や顧客 といった環境 と融合化せ ざる
を得 な くなっている。
株主や顧客 といった環境だけでな く, 自然環境 との一体化 もせ まられてい る。温暖化や酸性雨 といった地球環境問題や ゴミ問題,有害廃棄物 などの環 境問題の深刻化 は企業 に
,
「地球 にや さしい経営」,
「環境 にや さしい経営」
29,3
0 )
をせ まり, また,環境経営,環境会計 を導入する企業 も多 くな りつつある 。 208 国際経営論集 No.24 2(氾2
本稿では,会計情報 システムの機能の一つ として 「環境会計情報」 をあげた が,環境会計 に関する情報の収集,解析,開示 は会計情報 システムの重要な 機能の一つ となって きてお り, 自然環境 と会計情報 システムの融合化がはか
られている。
今 まで述べたとお り,従来外部環境 と考 え られていた株主,顧客, 自然環 境が企業経営や会計情報 システムに密接 にかかわって きてお り,単 に環境 と 見 るよりは,環境 との一体化,融合化 を基本 とする多主体複雑系的な見方が 必要 になって きている。
一方,情報 システムの観点か らもシステムと環境の明確 な区別がつ きに く くなっている。 これは情報 システムや コンピュータシステムのアウ トソーシ
31‑33)
ングが進展 していることによる 。文献31)では,アメリカにおけるITアウ トソーシングの状況 を次のように説明 している。アメ リカの企業は大部分が アウ トソーシングを進行 中または計画中である。その対象 はメインフレーム やデスク トップパ ソコンの保守には じまり, ビジネスに関わる多才 な機能の 一元化
,
「データハ ウス」 の構築 につ ながる新 しい全社型情報 システムの設 計 ・開発 に至 るまで,あ りとあ らゆる作業 を含 んでいる。 より高性能な新 シ ステムの開発,既存 システムの機能の追加 (または修正), システムの一部 あるいはシステムの全体 の運用 を行 うにあた り,外部 のサ ー ビス提供業者 (アウ トソーサー)は, もはや欠 くことので きない重要 な経営資源 なのであ34)
る。 日本で もITアウ トソーシングは進展 しているが, ここで重要なことは 外部のサービス提供業者が重要な経営資源 と考 えられていることである。会 計情報 システムをサブシステム として含 む業務統合型経営情報 システムにお いて も外部のサー ビス提供業者が参画す ることは十分あ りえることなので, このような観点か らすると,外部のサービス提供業者 を環境 として明確 に区 別するよりは,経営情報 システムとの融合化 をはかっているとする多主体複 雑系的な見方のほうが適 している。
さらに,インターネ ッ トの普及 により,企業 グループにこだわ らず,ネッ
会計情報 システムと多主体複雑系 に関する一考察 209
トワーク経由で広 くアプ リケーシ ョンを共有化 し活用 していこうとする動 き が現れている。 この流れの中でアプリケーシ ョンの共有化 を提供する業者で
35) ある
AS P
が台頭 しは じめている。I T
アウ トソーシングやAS P
の出現は情報 システム とい う観点か らも会計 情報 システムをシステム と外部環境 に明確 に区別す ることを難 しくしてい る。 したがって,環境 との一体化 ・融合化 を基本 とする多主体複雑系の考 え 方は会計情報 システムに適 した考 え方 とい うことになる。(2)主観的内部モデル
本稿の会計 情報 システムでは,人間も重要な要素の一つ と考 えている。要 素 としての人間は会計情報 システムに必要なものを取 り入れ, また,必要な 意思決定 を行 うことになるが,その ときの判断の基準 となるものは各人が持 つ主観的な内部モデルである。
会計情報 システムが持つ内部モデルには大別すると,
2
種類のモデルがあ る。 ひとつは会計情報 システムの機能に関連す るもので,帳簿管理,会計報 告,予算編成,意思決定,環境会計情報 などに関する ものである。文献1)において,会計情報 システムの非線形性 を示す例 として,経営意思決定の多 義性 をあげた。同 じデータをもとにして も意思決定者が異 なれば異なる決定 がなされることがあ りうる し,意思決定者が同 じ場合で も,同 じデータに対 して常 に同 じ意思決定 を下すか どうかはわか らない として,多義性 を考察 し た。 この多義性 は,主観的内部モデルを考 えると理解 しやすい。意思決定者 が異なれば主観的内部モデルが異 なるので,同 じ状況下で異 なった決定が下 されるの も不思議ではない。また,主観的内部モデルは変更 されてゆ くので, 同 じ状況下で も同一の意思決定者が常 に同 じ決定 を下す とは限 らない。主観 的内部モデルは会計情報 システムの多義性 を説明で きるモデルである0
もう一つの内部モデルはコンピュータシステムや情報処理 システム,会計 情報 システム論や会計学,行動科学 などの関連諸科学 に関す るものである。
210 国際経営論 集 No.24 2(泊2
これ らの主観的内部モデルが会計情報 システムの進化 につ なが ると考 え られ る。
(3)ネ ッ トワーク
コンピュータシステムあるいは情報処理 システム とい う面では,会計情報 システムはネ ッ トワークをな しているが,人間を含 んだ情報 システム とい う 面で もネ ッ トワークをな している。情報の伝達 とい う面では,人か ら人へ伝 える とい う人間のネ ッ トワークも重要であるが,伝 え られた情報 (で価値 の ある ものは)最終的には情報処理 システムに保存 されることになる。
(4)アコモデーシ ョンと会計情報 システムの役割 り
企業の活動 は予算がつかなければ何 もで きないので,予算編成 を機能の一 つに持つ会計情報 システムは生産情報 システム,販売情報 システム,物流情 報 システムなど他のすべての情報 システム と関連 を持つ。
予算編成 は,各業務部門か ら提 出 された予算 の要求 を調整 して,企業全体 の年間予算 を作成 し,経営者 に承認 を受け,各業務部門に伝達す る機能であ
36)
るが,予算の折衝 においては双方が ともに満足す ることはめ ったにな く,予 算額 は一定の額 に収束する として も,その交渉結果 はアコモデーシ ョンとし て解釈す るほ うが適切である。会計情報 システムが各業務 システムに行 う予 算額の伝達 はアコモデーシ ョン的な結果の伝達 と考 え られる。
予算 だけでな く,各業務部 門では会計取引が発生す るので, この面で も各 業務 システムは会計情報 システム とかかわ りを持つ ことになる。ただ し,莱 務統合型会計情報 システムの場合,会計取引データはすべて取引デー タベー スか ら入手す るので,間接 的なつなが りとなるが, このつなが りにはアコモ デーシ ョン的な ものは存在 しない。
会計情報 システムはそれ 自体すでに述べ た ようないろいろな機能 を持 って いるが,業務統合型情報 システムのサブシステム として,すべ ての業務サブ
会計情報 システムと多主体複雑系 に関する一考察 211
システムに予算という型でアコモデーション的なかかわりを持ち, 一方会計 取引という面では,間接的ながら,非アコモデーション的なかかわりを持つ。
業務統合型情報システムは取引データベースを中心として各業務システムが
ひとまとまりのシステムを構成しているが,そのサブシステムである会計情 報システムは予算や会計取引などを通じて,取引データベースとは別の意味 でこの業務統合型情報システムをひとつにまとめる役割りをはたしている。
5 .
お わ り に本稿では,会計情報システムを多主体複雑系の観点から考察し,多主体複 雑系になりうることを示した。会計情報システムの発展を多主体複雑系の枠 組みで自己組織化ととらえることができるかどうかは興味深いところである が,今後の研究課題である。
注
1) 荒井義則(1999)
I
会計情報システムと複雑系に関する一考察J
神奈川大 学経営学部国際経営論集,第18号, 25頁。2) 荒井義則 (2000)
I
会計情報システムと複雑適応系に関する一考察」神奈 川大学経営学部国際経営論集,第19号, 75頁。3) 荒井義則 (2000)
I
複雑適応系としての会計情報システムJ
神奈川大学経 営学部国際経営論集,第20号, 113頁。4) 荒井義則 (2001)
I
会計情報システムのサブシステムと複雑適応系」神奈 川大学経営学部国際経営論集,第21号, 145頁。5) 荒井義則 (2001)
I
会計情報システムのサブシステムとジョン ・ホランド の複雑適応系」神奈川大学経営学部国際経営論集,第22号, 219頁。6) 高木晴夫,木嶋恭一,出口弘,畝見達夫,奥田栄,寺野隆雄,松尾和洋 (1995)
r
マルチメディア時代の人間と社会』日科技連出版社。7) 浦昭二,市川照久[共編](1998)
r
情報処理システム入門[第2版]Jサ 212 国際経営論集 No.24 2∞
2イエ ンス社,6頁。
8)注3で考察の対象 とした会計情報 システムの概念 は1‑ 7の7つであった が,本稿 においては 「8」 を追加 し8つの特性 を考 えた。8の特性 を導入 し た理 由は次の とお りである。 まず,第 1は情報 システムを導入 して も必ず し も運用 され続 ける とは限 らないか らである。 システムの導入の しかたによっ てはあま り使用 されず導入 したことが無意味 になって しまうことがあるか ら である。第2は誤 った意思決定 によ り,企業が損失 をこうむることであ り, 最悪の場合 は倒産 とい うことにもな りかねない。 これ らの失敗の原 因の研究
自体 は重要であるが, この ようなシステムを会計情報 システムとするわけに はいかない。特性8を導入 したのは, この ようなシステムを排除す るためで ある。 なお,情報 システム導入の失敗例や システム障害 については以下の文 献9),10)を参照。
9 )
クリス ・サ ウア‑ [著],津田芳郎,鈴木整,宇都宮肇 [訳]F情報 システ ムはなぜ失敗するか』 日科技連出版社。10)日経 コンピュータ編集部 (2002)Fシステム障害 はなぜ起 きたかj 日経BP
社。
ll) 田宮治雄 (1994)F会計情報 システムの機能 と構造j第5章,中央経済社。
12)本稿では会計情報 システムを統合化 された経営情報 システムのサブシステ ム と見 な しているが, これ とは異 なった立場,す なわち経営情報 システム と 会計情報 システムは部分的に共通す る領域 を有 しているが,会計情報 システ ムには経営情報 システムに含 まれない固有 の領域がある とす る立場 もある。
経営情報 システムと会計情報 システムの関係 については以下の文献13)を参
照 。
13)浅井重和 ,倍和博 (1998)Fマネジメ ン ト情報 と会計 システム1第9章, 日刊工業新聞社。
14)高木,木嶋,出口,畝見,奥 田,寺野,松尾 (1995),前掲書12頁。
15)この部分の解説は文献6)の10‑18頁 をもとに している。
16)自己言及 については文献6)の15‑16頁及び次の文献17)を参照。
17)ホワイ トヘ ッ ド.A.N.,B.ラッセル [著],岡本賢吾他 [訳](1988)Fプ リンキピア ・マテマテ イカ序論』哲学書房。
18)この部分の解説は文献6)の19‑21頁 をもとに している。
19)野中郁次郎 (1985)F企業進化論』 日本経済新聞社。
20)この部分の解説 は文献6)の74‑80頁 をもとに している。「アコモデーシ 会計情報 システムと多主体複雑系に関する一考察 213
ヨン」 については,次の文献21)も参照。
21)木嶋恭一 (1996)F交渉 とアコモデーションj E]科技連出版社。
22)マ レー ・ゲルマ ン [著],野本陽代 [訳](1997)Fクオーク とジャガー
』
草思社。
23) JohnH.Holland(1995),HiddenOrder,Addison‑Wesley.
24) ジ ョン ・ホラン ド [著],徳永幸彦 [訳](1997)「遺伝 的アルゴリズム」, F別冊 日経サイエ ンス複雑系がひらく世界j合原一幸 [編], 日経サイエ ンス 社。
25) 田中三彦,坪井賢一 (1997)F複雑系の選択」 ダイヤモ ン ド社。
26) 佐藤紘光,飯泉清,斎藤正章 (2002)F株主価値 を高める
EVA
経営』中央 経済社。27) アーサーアンダーセ ン (藤井康秀,野村直秀,関口美奈,川野克典,泰久 朗,横 田康之,西川勝洋)(1999)F株主価値重視 の企業戦略J東洋経済新報 社。
28)横薄利 昌 [編],荒 田弘司,後藤俊夫,贋井孝 [著](1998)
r
顧客価値経 営』生産性出版。29) 柳田仁 (1999)
r
環境会計論』森山書店。30) 稲永弘,浦出陽子 (2000)Fひと呂でわかる環境経営j東洋経済新報社。
31) キャシー・M・リピン, レオナル ド・R・セイルズ [著],NTTデータ経営 研究所 [訳](2000)『ITアウ トソーシング戟略iNTT出版。
32) 妹尾雅夫 (2000)Fアウ トソーシングの知識』 日本経済新聞社。
33)蜂鳥孝之,水野佐和子,玉寄和紀 (2000)FASPネ ッ トソー シング時代 の IT戦略』東洋経済新報社。
34) キャシー・M・リピン, レオナル ド・R・セイルズ,前掲書, 5頁。
35)蜂鳥孝之,水野佐和子,玉寄和紀,前掲書,11頁。
36)田宮治雄,前掲書,145頁。
(謝辞 )
いろいろな面で ご助力 をいただいた神奈川大学経営学部教授柳 田仁先生並 び に産能大学教授井上和彦先生 に心 より感謝の意 を表 します。
214 国際経営論集 No.24 2002