博士(水産科学)高見生雄 学位論 文題名
トラフグの口白症病原体関連夕ンパク質を標的にした 本 症 の 血 清 学 的 診 断 法 に 関 す る 研 究
学位論文内容の要旨
ト ラフ グの 口白 症は 、養 殖トラフグの疾病の中でも重要な疾病で、いったん発生すると その生 簀の 魚群 が全 滅す るこ ともある。本症は、口吻部に潰瘍患部が形成され、病魚が他の 個体に 噛み 付く 攻撃 的な 行動 が特徴的な症状であり、罹病魚脳磨砕濾液を健常魚に接種する ことに より 再現 され るこ とか ら、濾過性病原体による感染症であることが明らかになってい る。本 病原 体の 大き さは50 nm以下 で、 有機 溶剤 およ び酸 に感受性を有し、37℃では安定で あるが50℃で失活し、浮遊密度が1.096 g/crr13、紫外線、タンパク質分解酵素およぴプロピオ ラクト ンに 感受 性で ある こと が明らかにされているが、本病の診断法およぴ防除対策は未だ 確立さ れて いな い現 状に ある 。従来、本症の診断法は目視に頼らざるをえなかったが、本研 究では 、本 症感 染耐 過魚 血清 が脳内に存在するある種のタンパク質(kucMjiroshoassociated proteins,矼廿s)を認識することを明らかにし、きらに抗KAPs抗体の有無に基づいた本症の 診断法の開発を行った。
第1章で は、 長崎 県下 のト ラフ グ養 殖業 者に 対し て面談 による聞き取り調査を実施した 結 果、 本症 の発 生時 期は 、高水 温期であること、魚齢に関係なく発症することが再確認され た 。次 いで 、ト ラフ グ養 殖業者 が本 症と 診断 した トラ フグ132個体の外観症状を確認した上 で 、典 型的 な症 状を 呈し た個体 の脳の磨砕ろ液を用いた再現試験を実施し、その症状を確認 し た結 果、 現在 トラ フグ 養殖業 者が口白症と診断する基準は、従来から知られている外観症 状 を基 とし てい るこ とが 確認さ れた。さらに、本症を発症した事例の調査で、本症の感染耐 過 魚群 で翌 年再 発し た事 例が複 数あったことから、本症に対してトラフグは免疫を獲得しな い と考 えら れた 。餌 料に 人工餌 料を与えても本症が発症した事例があったことから、餌料生 物 が感 染源 とな るこ とが 否定さ れた。外部寄生虫の駆除剤として使用されていたホルマリン ―1251−
が 完全に使 用されたく なった翌 年に本症 の被害が 急増した ことから、外部寄生虫が本症の流 行 をうなが しているこ とが推察 された。 そして、 これらの 結果から、トラフグ養殖場での本 症 の感染経 路にっいて は、本症 の感染耐 過魚が感 染源とな り、外部寄生虫が関与して水平感 染 を助長し ていると考 えられた 。
第2章 で は、 本 症 の自 然 発症 ト ラ フグ の脳の磨 砕ろ液を健 常魚5尾に 接種し、 感染・発 症 し た個 体 の 脳か ら 病 原体 保 存液 を 作 成し た 。な お 、 この 病 原体 保 存液 の病原性 はl04.7 LDso/mLで あった 。次いで 、本症の 自然発症 トラフグ の脳磨砕ろ 液を接種 して発症 したトラ フグの脳、腎臓、脾臓中の本症の病原体量を測定した結果、各々l05.4,10512およぴlos.1 LDso/9 と な り、 脳 組 織の 病 原 体量 は 腎臓 あ る いは脾 臓組織より 多く存在 すること が明らか になっ た 。さらに 、トラフグ 養殖場ま たはその 周辺でよ く見られ るトラフ グ以外の魚種が感染源と な る可能性 を検討する ために、 クサフグ 、ヒガン フグ、ハ コフグ、 イシダイ、マダイおよぴ メ ジ ナの 本 症感受 性にっい て検討し た。その 結果、クサ フグ、ヒ ガンフグ 、ハコフ グの3魚 種 の みな ら ず ブり も 発 症・ 死 亡し た 。 ブり で は12gの 小 型魚 か ら530gの 大型魚ま で本症に 感 受性を持 ち、本症を 発症した ブりの脳 の磨砕ろ 液を接種 したブり も発症し死亡した。これ ら のことか ら、本症は ブリ養殖 場で水平 感染し、 ブりが感 染耐過魚 となる可能性のあること が示唆された。
. 第3章で は 、 本症 の 診断 法 の 確立 を 目的 に 、 本症 感 染耐 過 ト ラフ グの 血清を用 い、本 症 トラフグ 組織より 本症病原 体あるい は関連タ ンパク質の 検出を試 みた結果、本症感染耐過 ト ラ フ グの 血清 を用いた 免疫染色に おいて、 分子量100ー120kで、健常 魚の血清 を用いた 免 疫染色では検出されないタンパク質(口白症関連タンパク質,kuc闘むosh0鏘sociatedpr10teins,
& 廿s) が 供試し た全ての 個体の脳組 織から検 出された 。また、 本症病原 体は脳の みならず 腎 臓 あ る い は 脾 臓 に も 存 在 す る が 、 矼 廿 sは 脳 組 織 の み か ら 検 出 さ れ た 。
KAPsは 脳 組 織磨 砕 液超 遠 心 分離 分 画 の上 清 分画 か ら 検出 さ れた が 、SDS‑PAGEによ る 染色性 から推察 されるKAPsの 脳組織内存 在量は1‑10 mg/g tissue以 下と、発症魚の患部組織 中 に存 在 する 感 染 体の 量 と して は 極め て 少な いこと、 また、個体 間でKAPsの分 子量に差 異 が 認め ら れる こ と 、さ ら に 、KAPsの 分 子量 が一般 的なウイ ルスの構造 タンパク 質として は
大きすぎることから、KAPsは口白症病原体ではなく、口白症関連タンパク質であると考え られた。
興味深いことに、KAPsは感染耐過魚の血清を用いた免疫染色で健常魚の脳組織からも 検出され、さらに健常魚と発症魚の脳組織中におけるKAPs量に大きな差異は認められなか った。これらのことから、KAPsは魚体内で新たに合成されたタンパク質ではなく、脳組織 内に元々存在するタンパク質の抗原性が口白症病原体の何らかの作用により部分的に変化 することによって、元来存在するタンパク質がKAPsとして新たに抗原認識されるようにな ったものではないかと考えられる。
第4章では、KAPsに対する抗体の有無により口白症診断あるいは感染履歴の把握を試 みるため、口白症感染耐過魚、健常魚ならびに発症歴不明トラフグの脳組織およぴそれぞれ の血清を用い、KAPsの検出試みた結果、供試した感染耐過魚の血清全てがKAPsを認識し、
逆に供試健常魚の血清は何れもKAPsとは反応しなかった。従って、KAPsをブロットした タンザクスリットを準備し、トラフグから採血を行い、血清を分離してKAPsとの反応性を 見ることで、トラフグを生かしたまま養殖現場で本症の診断が可能になると考えられる。但 し、本症に感染したトラフグの脳内に何時KAPsが誘導されるか、その時期についてはまだ 明らかになっていないため更なる検討が必要である。
口白症に対する積極的な防除対策のーっとして、本研究ではホルマリン不活化ワクチン 開発の可能性にっいても検討したが、ホルマリン処理病原体による防御効果は認められなか った。
最後に、感染耐過魚の血清は脳組織内のKAPsを認識していたが、本症病原体が含まれ る超遠心分離沈殿分画中のタンパク質を全く認識していなかった。このことから、本症病原 体がウイルス粒子程度の密度を有する,ものの、その抗原性は極めて低いという重要な知見が 得られた。本症病原体の抗原性が低いとすれば、罹病魚血中に病原体に対する抗体が誘導さ れづらいことは容易に推察でき、トラフグ養殖漁場で本症が再発する事例が複数あること や、ホルマリン処理した病原体の予防効果が全く認められなかったことが十分に理解でき る。口白症病原体のこれら新しい性状を既知の性状と考え合わせると、口白症病原体は濾過
性病原体ではあるが、既存の魚類ウイルスとは大きく性質の異なるものであり、今後の研究 展開において、濾過性病原体として知られるプリオンあるいはウイロイド等の特徴まで視野 に入れた比較・検討も必要と考える。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主査 教授 吉水 守 副査 教授 田島研一
副査 所長 井上 潔(西海区水研所長)
副査 助教授 西澤豊彦
学 位 論 文 題 名
ト ラ フ グ の 口 白 症 病 原 体 関 連 夕 ン パ ク 質 を 標 的 に し た 本 症 の 血 清 学 的 診 断 法 に 関 す る 研 究
トラ フグの口 白症は、口 吻部に潰 瘍患部が 形成され 、病魚が 他の個体に噛み付く攻撃的 な行 動が特徴 的な症状で あり、濾 過性病原 体による 感染症で あることが明らかになってい る 。 本病 原体の 大きさは50 nm以下で、 有機溶剤 、酸、紫 外線、タン パク質分 解酵素お よ び プ ロピ オ ラク ト ン に感 受 性を 有 し 、37℃で は安定で あるが50℃で 失活し、 浮遊密度 が 1.096 g/cm3であ ることは わかってい るものの、本症の診断法および防除対策は未だ確立さ れ て いな い 。本 研 究 では 、 本症 の 診 断法と して、本 症感染耐過 魚が保有 するKAPsに対 す る抗 体を用い たウ壬スタ ンブロッ ト法によ る本症の 血清学的 診断法の開発をおこなった。
まず 、長崎県 下のトラフ グ養殖業 者に対し て面談に よる聞き 取り調査を実施した。現在 トラ フグ養殖 業者が口白 症と診断 する基準は、従来から知られてしfる外観症状を基として いる ことが確 認された。 本症を発 症した事 例の調査 から、ト ラフグ養殖場での本症の感染 経路 にっいて は、本症の 感染耐過 魚が感染 源となり 、外部寄 生虫が関与して水平感染を助 長していると考えられた。
次い で、トラ フグ以外の 魚種が感 染源とな る可能性 を検討す るために、クサフグ、ヒガ ンフ グ、ハコ フグ、イシ ダイ、マ ダイおよ ぴメジナ の本症感 受性について検討した結果、
フグ類3魚種のみならずサイズに関係なくブりも発症・死亡した。
そこ で、本症 の診断法の 確立を目 的に、本 症感染耐 過トラフ グの血清を用い、本症トラ フグ 組織より 本症病原体 あるいは 関連タン パク質の 検出を試 みた結果、本症感染耐過トラ フ グ の血 清 を用 い た 免疫 染 色に お い て、分 子量100‑120kで、 健常魚の血 清を用い た免疫 染色では検出されないタンパク質(口白症関連タンパク質と仮称、以降KAPs;kuchijilIosho associatedproteinsと 略 記 する ) が供 試した 全ての個 体の脳組 織からの み検出され た。
KAPsは脳組織磨砕液超遠心分離分画の上清分画から検出されたが、SDS―PAGEによる 染色性から推察されるKAPsの脳組織内存在量は1‑10 mg/g tissue以下であり、発症魚の患 部組織中に存在する感染体の量としては極めて少ないこと、また、検体間でKAPsの分子 量に差異が認められること、さらに、KAPsの分子量が一般的なウイルスの構造タンパク 質としては大きすぎることから、KAPsは口白症病原体ではなく、口白症関連タンパク質 であると考えられた。
KAPsは感染耐過魚の血清を用いた免疫染色で健常魚の脳組織からも検出され、さらに 健常魚と発症魚の脳組織中におけるKAPs量に大きな差異は認められなかった。これらの ことから、KAPsは魚体内で新たに合成されたタンパク質ではなく、脳組織内に元々存在 するタンパク質の抗原性が口白症病原体の何らかの作用により部分的に変化することによ って、KAPsとして新たに抗原認識されるようになったものではないかと考えられる。
そこで、KAPsに対する抗体の有無による口白症の診断あるいは感染履歴の把握を試み るため、口白症感染耐過魚、健常魚ならぴに発症歴不明トラフグの脳組織茄よぴそれぞれ の血清を用い、KAPsの検出試みた結果、供試した感染耐過魚の血清全てがKAPsを認識し ており、逆に供試健常魚の血清は何れもKAPsとは反応しなかった。従って、KAPsをブロ ットしたタンザクスリットを準備し、トラフグの血清を分離してKAPsとの反応性を見る ことで、トラフグを生かしたまま本症の診断が可能になると考えられる。但し、本症に感 染したトラフグの脳内に何時KAPsが誘導されるか、その時期にっいてはまだ明らかにな っていないため更なる検討が必要である。
口白症に対する積極的な防除対策のーっとして、本研究ではホルマリン不活化ワクチン 開発の可能性についても検討したが、ホルマリン処理病原体による防御効果は認められな かった。
最後に、口白症感染耐過魚の血清は脳組織内のKAPsを認識していたが、本症病原体が 含まれる超遠心分離沈殿分画中のタンパク質は全く認識していなかったことから、本症病 原体がウイルス粒子程度の密度を有するものの、その抗原性は極めて低いという知見が得 られた。本症病原体の抗原性が低いとすれば、罹病魚血中に病原体に対する抗体が誘導さ れづらいことは容易に推察でき、トラフグ養殖漁場で本症が再発する事例が複数あること、
およびホルマリン処理した病原体に感染防御効果が全く認められなかったことが理解でき る。口白症病原体のこれら新しい性状を既知の性状と考え合わせると、口白症病原体は濾 過性病原体ではあるが、既存の魚類ウイルスとは大きく性質の異なるものであり、今後の 研究展開において、濾過性と知られる他の病原体を視野に入れた比較・検討も必要と考え られる。 。