氏名(本籍) 沈 弘 (大韓民国)
学位の種類 博士(薬学)
学位記番号 乙第99号
学位授与年月日 平成12年3月15日
学位授与の要件 学位規則第4項第2項該当者
学位論文の題名 加齢性疾患病態形成におけるトロンビンの関与に対する研究
論文審査委員 主査 教授 豊島 聰
副査 教授瀬山義幸
副査教授辻勉
論文内容の要旨
近年日本は高齢化が進み、加齢に伴い発症する難治性疾患の患者数の増大が避けられない状態 となってきている。本研究では、難治性の加齢性疾患である慢性関節リウマチ(RA)及び動脈硬化 の特徴的な病態である滑膜細胞増殖及び血管平滑筋細胞(VSMC)増殖に対するトロンビンの関 与について細胞生物学的、実験医学的観点より検討を行った。セリンプロテアーゼであるトロン
ビンは、血液凝固系に携わるだけでなく、細胞増殖、細胞走化性の元進や細胞接着因子、サイト カインの発現を高めるなど多機能な生理活性を示す因子であることが報告されてきた。また近年 になりトロンビンに対し特異的な受容体の存在が明らかとなり、トロンビンの多種多様にわたる 機能は、その特異的な受容体を介し示されることが明確となってきた。
RAは、主病変を関節とする原因不明の全身性炎症性の自己免疫疾患である。 RA病態の発症 は関節のこわばりから始まり、病態の進行と共に滑膜細胞の増殖が顕著に認められる。そして、
前述のようにトロンビンには細胞増殖方進作用があることから、RA病態を進行させる滑膜細胞 増殖と病変化した滑膜細胞からの病態増悪因子発現へのトロンビンの関与について検討した。
卜ロンビン代謝産物であるトロンビンーアンチトロンビンIII複合体(IWりとしてRA患者関節腔内 のトロンビン濃度を測定したところ、RA患者T人r濃度は、4.43±3.58mg/1(n=8)であった。一方、
滑膜細胞増殖を伴わない変形性関節症(OA)患者T人r濃度は、0.21±O.26mg/1(n=13)で、 RA患者 由来関節液中TAr濃度は、 OA患者と比較し著しく高いことが認められた。また、 RA患者血清 中TATは、 RA病態の進行と共に増加し、 OA患者のTAT濃度より著しく高い値を示した。 RA 患者滑膜組織より得られた滑膜細胞は、トロンビンの至適濃度で増殖し、その増殖は、卜ロンビ ンの特異的な阻害因子であるアンチトロンビンIHで阻害された。また、トロンビン受容体を特 異的に刺激する1hrombin Reccpt《ハr Agonistic Peplide(TRAP)(SFLLRNPNDKYEPF)もトロンビンと 同様滑膜細胞増殖の方向に作用した。RA患者由来滑膜細胞におけるトロンビン受容体mRNA発 現は、トロンビン受容体cDNAに特異的なpdmerを用いたRT−PCR法により確認し、 RA患者由 来滑膜細胞及び滑膜組織における本受容体タンパク質の発現はモノクローナル抗体を用い免疫
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染色法により確認した。卜ロンビン刺激によるRA患者由来滑膜細胞からの培養上清中サイトカ インは、ELISA法により測定を行った。低濃度(0.5%)の牛血清を含む培地で静止期の状態にした 培養滑膜細胞をトロンビンで刺激することにより、hltcrlellkin(II〕−6及びgmnuk,cyte cd(,11y stimlllating factor((}−CSF)のトロンビン濃度依存的発現誘導が認められた。またトロンビン刺激し
た培養滑膜細胞におけるIL6 mRNA、 G−CSFmRNAの発現をRT−PCR法により測定したところ、
経時的に誘導が増強された。しかしながら、II」α、 II∫1β、 IL−2、 TNFα、 GM−CSFのトロンビン
による発現誘導はELISAで検出されなかった。卜ロンビン刺激された培養滑膜細胞におけるIL6、
G−CSF発現機序を検討するために、種々のサイトカインmRNAの発現誘導に関与すると報告さ れている核内転写因子Nllclear facto壬kappa l〕(NF.κB)のDNA結合能及び転写活性化能をNF−KBに 特異的なゲルシフトアッセイとクロラムフェニコールトランスフェラーゼ試験により調べた。卜 ロンビンで刺激した培養滑膜細胞においてNF−KBのDNA結合能及び転写活性化能が確認された。
これらの知見より、RA患者関節腔内には活性化されたトロンビンが存在し、滑膜細胞膜上のト ロンビン受容体を介した刺激により滑膜細胞を増殖させ、かつNF−KBの活性化に伴いIL−6、 G−
CSF発現を促進し、 RA病態を増悪させる一端を担っていると推測された。
一方、動脈硬化における冠動脈硬化及び血管内膜肥厚に伴う血管閉塞と経皮的冠動脈形成術 後の再閉塞は、血流不全を引き起こす致死的な要因と考えられているが、これにはトロンビンに よるVSMC増殖が強く関与していることが報告されてきた。そこで、トロンビン受容体を介し た刺激によるVSMC増殖へのNF−KBの関与について検討した。卜ロンビン刺激同様TRAP刺激 したVSMCでは、増殖及びNF−KBの活性化が認められた。このVSMC増殖とNF−KBの活性化は、
NF−KBのサブユニットであるp65のアンチセンスオリゴヌクレオチド及び血小板凝集阻害剤と
して開発中である4−cyan・−5,5Ms(meth・xypheny1)−4−pelltenoic acid(E5510)で容量依存的に抑制され、
TNFα刺激によるNF−KBの活性化は抑制されなかった。またE5510は、 TRAPで刺激したIH..60 細胞の培養プレートへの接着能充進を阻害したが、フォルボールエステルで刺激したIIL60細胞 の接着能六進を阻害しなカ・った。これらの知見より、病変化したVSMCのトロンビン受容体を 介した刺激による細胞増殖は、NF−KBの活性化を伴うこと、またその活性化を阻害することによ
り細胞増殖が抑制されることが考えられた。
以上の結果より、卜ロンビンは血液凝固系に関与するだけでなく、RA患者関節腔内における 滑膜細胞増殖及び動脈硬化患者の血管閉塞部位におけるVSMC増殖を方進させ、加齢性の疾患 であるRAや動脈硬化などの病態を悪化させる因子の一つと考えられた。故に、卜ロンビン及び トロンビン受容体を選択的に阻害する因子は、RA及び動脈硬化の病態改善薬としての新しい展 開を提示するものと考えられる。
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論文審査の結果の要旨
本研究は慢性関節リウマチや動脈硬化症といった加齢に伴い発症する難治性 疾患の病態形成に、血液凝固・線溶系の因子であるトロンビンが関与する可能 性を調べるとともに新規治療戦略について考察したものである。
得られた結果を以下に要約する。
(1)慢性関節(RA)患者関節液中にトロンビンの活性化産物であるトロンビ ン・アンチトロンビンm複合体(TAT)が、変形関節症(OA)患者関節液 中よりも多く存在していることを初めて見出し、RA患者関節液中ではトロン ビンが活性化されている可能性を明らかにした。また、RA病態の進行に伴い TAT濃度が上昇することも見出し、 TATがRA病態の新規診断マーカーと なる可能性を明らかにした。一方、トロンビンがRA患者由来滑膜細胞に対し 増殖促進活性を示すことに加え、RA患者由来滑膜細胞ではmRNAレベルに おいてもタンパク質レベルにおいてもトロンビン受容体が発現していることも 明らかにし、RA患者関節腔内のトロンビンがRA病態の進行に伴う滑膜細胞 増殖を引き起こす因子の一つであることを示した。
(2)トロンビン受容体刺激によりRA由来滑膜細胞は培養液中に炎症性サイト カインであるIL−6とG−CSFを分泌することを見出し、これらのサイト カインの発現誘導を転写因子レベルで検討した。その結果、これら炎症性サイ
トカインの発現制御に関わる転写因子の一つであるNF一κBの活性化が誘導 されることが明らかとなった。すなわち、RA患者関節腔内に存在するトロン ビンはトロンビン受容体を介した刺激によりNF一κBを活性化し、 RA病態 の進行と関係すると考えられる炎症性サイトカインの発現を選択的に誘導して いると推測された。
(3)血管平滑筋細胞(VSMC)をトロンビン受容体アゴニストペプチド(T RAP)で刺激すると増殖が促進されるが、 NF一κBの転写活性も増強され ることを見出した。TRAP刺激により増強さるVSMCの増殖とNF一κB の転写活性はVSMCをNF一κBのp65サブユニットに対するアンチセン スオリゴDNAで処理することにより、抑制された。これらの結果はトロンビ
ン受容体刺激が、NF一κBの活性化を介してVSMC増殖を誘導することを 示唆するとともに、動脈硬化巣及び経皮的冠動脈形成術後の再狭窄で見られる 病変化VSMC増殖へのトロンビンの関与の可能性を示唆した。さらに、 NF
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κBに対するアンチセンスオリゴDNAが動脈硬化の治療に有効である可能
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性も示唆するものであった。
(4)血小板凝集抑制作用を有する化合物であるE5510は、 VSMCにおけるト ロンビン受容体刺激によるNF一κBの活性化及び増殖を抑制することを見出 し、本化合物が抗動脈硬化薬とる可能性を示した。
以上の様に、本論文は慢性関節リウマチ及び動脈硬化症の病態形成へのトロ ンビンの関与の可能性を詳細に調べ、種々有益な知見を得るとともに新しい治 療戦略を示唆する有用な研究である。よって、本論文は博士(薬学)の学位論 文に十分値するものと判定する。
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