社会的再生産過程と信用
高倉泰夫
はじめに
マルクスはエンゲルス編『資本論』第2部第3篇の「第21章 蓄積と拡大 再生産」にあたる部分(第8稿)で,Imcにおける蓄積基金の形成と支出 について次のように述べている。「同様にここでは,m(I)のうちの貨幣蓄蔵 部分であるA,A ,の単なる販売〔マルクスは購眉と誤記一引用者〕がmI のうちの,蓄蔵貨幣を追加生産資本の諸要素に転化させる部分であるB,B , 等々と均衡を保っている,ということが前提される」(KⅡ・〔Ms・ⅤⅢ,S・51〕,
1)
S.490)。
このような蓄積基金としての蓄蔵貨幣の形成と支出の均衡を前提とすると きには,拡大再生産表式に示される社会的な蓄積過程は正常に進行すること になる: 前稿において,この前提が必ずしも成り立たないこと,すなわち拡
3)大再生産表式における蓄積基金の形式と支出において,蓄積年数を一定とす るとき,蓄積基金を形成するA群の個別的諸資本(A′,A〝,…)と,それま で積み立ててきた蓄積基金を支出するB群の個別的諸資本(Bのみ)との間 で不均衡が生じること,すなわちB群の側に蓄積基金の不足が生じること,
およびその不足する貨幣資本の創出が信用によって行われるときには,拡大
4)
再生産が順調に進行することを述べた。この信用による貨幣資本の創出によ
って,A群における蓄積基金の形成とB群での蓄積基金の支出とは均衡する
ことになる。
2 経 営 と 経 済
この均衡が年々成立する中で .A 群の個別的諸資本のうち蓄積年数が満ち た部分は翌年度は B 群の個別的諸資本として現れることになる。このような 不足している貨幣資本の信用による創出と . A 群の個別的諸資本のある部分 が次年度には B 群に廻るという,年々の交替が繰り返されていく中で,拡大 再生産における信用制度のもとでの貨幣の出発点への還流が位置づけられ
る 。
このように拡大再生産における信用の必然、性をとらえることは,同時に利 子生み資本 CG‑G' )を拡大再生産としての W' … W' の正常な進行のため の不可欠の契機としてとらえることになる。他方でこの G‑G' が W' … W'
の存立のための一契機となることで. W' … W' のもとでの生産諸関係の物 象化はその極限まで完成されることになる。
本稿が信用制度の理論的展開の基礎を拡大再生産表式においているのは,
『資本論』第 3 部 第 1 稿での唯一の信用論が執筆されたのが,拡大再生産表 式が初めて定式化された第 2 部 第 8 稿の執筆に先立つ 15‑16 年程前(1 8 6 5 年) であり,それは第 2 部 第 1 稿の不十分な再生産論に基礎をもつこととなって いるために,もう一度第 2 部 第 8 稿での理論的到達点からの信用論の見直し が必要となると考えられるからである。そのことは『要綱』以来の一貫した 展開方向 i こもとづいて信用論の構成を考えるということでもある。
〔 註 〕
1) r 資本論』第 2 部第 8 稿の拡大再生産の部分の草稿からの引用は大谷禎之介 r r 蓄積 と拡大再生産J c r 資本論』第 2 部第2 1 章)の草稿について一『資本論』第 2 部第 8 稿からー J (上) r経済志林~ (法政大), 4 9 巻 l 号 , 1 9 8 1 年 7 月,による(ここでは,
47‑48 ページ)。なお大谷は,マルクスがこの時点では拡大再生産表式の部門間均衡条
件の十分な認識に至っていなかったこと,そしてエンゲルスが部門間の均衡条件およ
び第 I 部門の蓄積率決定の重要性を明確にすることでマルクスの表式を整理し改善し
ていることを指摘している(向上, 20‑25 ページ)。本稿では,エンゲルスによって改
善された拡大再生産表式の論理をさらに延長することによって,信用論と再生産論と の連関を示すことを考えている。
なお,その他の第 2 部第 8 稿の研究として,市原健志 r r 資本論』第 2 部第 3 篇第1 9 , 2 0 章と第 2 部第 8 稿 J (上・下) r商学論纂~ (中央大)2 9 巻 2 号 , 3 号 , 1 9 8 7 月 9 月 , 1 1 月がある。そこでは,第 8稿の第 2部第 3篇相当部分が,もともとはスミス批判を一 つの柱としていたために,再生産表式の理論的展開としては一貫したものとなってい ないと指摘している。もしそのように言えるならば,第 2部第 3篇を第 2稿と第 8稿 から編集して構成したエンゲルスの作業は評価されるべきことになる。関連して第 2 部の編集過程については,同 r r 資本論』第 2 部の諸草稿とエンゲルスの編集について」
同誌, 2 7 巻 2 号 , 1 9 8 5 年 9 月,を参照されたい。
なお,以下での『資本論』への参照は,第 2 部は草稿のページ数を除き MEW 版 (エンゲルス編集にもとづく),第 3 部はマルクスの草稿が活字化されている MEGA ( 1 I ‑4.2 , B e r l i n : D i e t z V e r 1 ag , 1 9 9 2 )のそれぞれのページ数によっている。
2) ジョーン・ロビンソンは1 9 5 1 年に次のように述べている。「彼女〔ローザ・ルクセン プルク一一引用者〕は,今日たいへん馴染みとなっている貯蓄と投資の均衡の問題に は関心がなかった。マルクス自身はその問題に気付いていた……」として,単純再生 産でのDとRおよび蓄積基金に言及している(J oanR o b i n s o n , Rosa Luxemburg's Ac‑
c u m u l a t i o n o f C a p i t a l ヘ i n C o l l e c t e d E c o n o m i c P a p e r s , Vo 1 . 1 I , 2 n d . e d . , Oxford:Bas i 1 B l a c k w e l l , 1 9 7 5 , p . 6 5 ) 。この指摘に従えば,蓄蔵貨幣E の形成と支出の均衡において,
ケインズの貯蓄・投資概念との対比が行われうることとなる。そして次に,この対比 を基礎にして貨幣的経済理論としてのケインズ理論との十分な対比が, r 資本論』第 3 部の信用論において視点が異るにしでもなされうることになる。
なお,ジョーン・ロビンソンのここでのローザ・ルクセンプルクの評価とは別に,
ミハイル・カレツキがケインズの先行者として所得決定理論を独立して発見したこと の一つの想源として,ローザ・ルクセンプルクの『資本蓄積論』があることも注意し ておく必要があろう。この点については, George R . F e i w e l , The l n t e l l e c t u a l C a p i t a l 0 1 M i c h a l K a l e c k i : A S t u
,砂 i nE c o n o m i c T h e o η a n d P o l i c y , K n o x v i l l e : U n i v e r s i t y o f Ten‑
n e s s e e P r . , 1 9 7 5 , p p . 55‑62 ,を参照されたい。
4 経 営 と 経 済
また,ジュザンヌ・ド・ブリュノワもケインズへの直接の言及はないが,同様に蓄 蔵貨幣 Eの形成と支出における. W‑Gと G‑Wとの聞に不均衡が生じる可能性,す なわち貯蓄と投資の不均衡の可能性があること,そしてそれが現代の経済理論と関連 しうることを指摘している(河合正修訳『マルクス金融論』日本経済評論社. 1 9 7 9 年 , 62‑65 ページ。原書は 1 9 7 3 年刊行)。
富塚良三も『恐慌論研究~ ( 1 9 6 2 年)で,拡大再生産表式における蓄積基金の形成と 支出の均衡が,ケインズ理論における「貯蓄・投資」の問題と対応していると指摘し ている(未来社. 85‑86 ページ)。そして. I 発展した恐慌の可能性 j の項目において,
そのような蓄積基金の形成と支出において. W‑Gと G‑Wとの連関が直接的でない 点に,さらに固定不変資本の回転の特殊性による D>R の問題が付加されることで,
蓄積基金および減価償却基金としての蓄蔵貨幣が一面で制約要因として働き,また窮 極的には「第 I 部門の自立的発展」がその結果としてもたらすことになる「不均等発 展の不均衡」化のなかで,さらに商品資本の「実現上の困難」が現れるに至ることが 言われている。
他方,そこでの蓄蔵貨幣 Eのケインズの貯蓄・投資概念とかかわる理論的重要性の 指摘は,それと第 3 部との関連でいえば信用制度の存在根拠と結びつけられることは なくて,そののちの項目である「恐慌の必然性 J あるいは「産業循環 J においては,
信用は恐慌を促進させ激化させる点においてその意義が理解されている。
3) 蓄積年数を一定とした場合に . B 群の側に蓄積基金の不足が必然的に生じることに ついては,小稿「拡大再生産表式における蓄積基金について J W経営と経済~ (長崎大) 6 7 巻 3 号. 1 9 8 7 年 1 2 月,を参照されたい。なお,このような拡大再生産表式において 貨幣資本の不足が生じる事態は,基本構造としては D>R が生じることと同様である。
また,本稿では固定不変資本にかかわる償却基金の形成と支出の問題は論理を単純化 するために捨象している。それについては,小稿「資本蓄積と信用制度 J 同誌. 6 9 巻 4 号. 1 9 9 0 年 3 月,も参照されたい。また,本稿では労働者階級の貯蓄は考えていな L 。 、
4 ) A 群の個別的諸資本と B 群のそれらとの間での蓄積基金の形成と支出との均衡が,
理論的に成立しない可能性の指摘自体は,すでに富塚文太郎によって行われている。
マルクスのA群の個別的諸資本による W‑Gと. B群のそれらの G‑Wとのそれぞれ
の年度における均衡の成立という想定に対して,彼は次のように述べている。「この解 決方法には疑問が残る。というのは,これによれば,先行の新投資が蓄積のための貨 幣蓄蔵を規定し,この蓄蔵貨幣額が結局は後続の新投資を規定する,ということにな るように思えるからである。そうであるならば,それは年々の一定額の新投資の継続 については説明できるかもしれないが,増大する規模での新投資,つまり蓄積額の増 大を説明することはできないのではないか。そしてこの点にこそ,拡大再生産におけ る貨幣蓄蔵の問題の独自性が存在すると思うのである。しかし本稿では行論の便宜上,
この問題にはこれ以上立入らないことにし,右のマルクスの解決方法を受入れて先へ 進むことにする J (1拡大再生産表式論の困難JW経済評論~8 巻 4 号, 1959年 4 月, 153ペー ジ)。このように,ここでは貨幣資本不足の論証は行われていない。
この富塚の拡大再生産表式における貨幣資本不足の指摘そのものを基礎として銀行 信用を展開しているのが,山田喜志夫である ( 1 信用創造と通貨構造 JW 国学院経済学』
4 1 巻 2 号 , 1 9 9 3 年 3 月 , 5~6 ページ)。
5 )この点については,小著『生産諸関係論としての経済学の成立』九州大学出版会, 1 9 8 9 年,第 8 章,を参照されたい。
信用制度形成の一つの根拠としての蓄積基金の形成と支出 の均衡
マルクスは『資本論』第 2 部第 l 篇「第 3 章商品資本の循環」で次のよ
うに述べている。「形態 I I I CW' … W ' ‑ 引用者〕では,価値増殖された資
本が,総商品生産物の姿をとって,出発点となっており,運動する資本,商
品資本の形態をもっている。それが貨幣に転化してから,はじめて,この運
動は資本の運動と収入の運動とに分れる。一方では個人的消費財源への,他
方では再生産財源へ‑の,社会的総生産物の分割が,また両者への各個の商品
資本についての生産物の特殊な分割が,この形態では資本の循環のなかに含
まれているのである J ( K I I . S . 9 8 ) 。
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ここでの論理には, W' … W' が正常に繰り返されていくとき,そこには 出発点としての W' から終点としての W' への一方的な流れがあるとする だけでは不十分であり, W ' . . . W ' における, W‑G と G‑W との間には可 能性としての断絶がたえず潜んでいるのであり,むしろそこでは逆に G‑W が W‑G あるいは W'‑G' を規定していることまでが含まれている。
G‑W を産業資本の拡大再生産の開始ととらえれば,そこでは産業資本の 側での生産拡大が始まることが, W' ー G ' の実現を,そして社会全体とし ての W' … W' の円滑な進行を可能としていくことになる。すなわち,本稿 の立場からいえば創出された貨幣資本を含む G による W の購買によって (A‑G‑W も同様である),それに対応する W'‑G' が実現化することにな る 。
前稿でも示したように,社会全体としての生産拡大のための蓄積年数を一 定とするとき, A 群の側での蓄積基金の形成は,…く W ' t く W' t+ l く…であ る限りは年々その規模は増大していくのであり,他方 B 群の側での今年度支 出されるはずの蓄積基金の形成額は前年までの W‑G によって規定されて いるのであるから,そのままでは必然的に W ‑ G > G‑W となり,
W' … W' はその中間で途絶することとなる。
今期 B 群に入っている個別諸資本のそれまでの蓄積基金の形成額を今年度 支出するときの購買額を Bt+l で示すと,それは
Bt+ 1 =Bt+Bt ‑ l + … + Bt ‑n ( n は蓄積年数) として表される。
他方,蓄積基金の形成を行う A 群の個別的諸資本は,その蓄積年数の経過 に応じて以下の諸部分より構成される。すなわち,
(蓄積年数による内訳) A t , A t + A t ‑ l ' … , At+ … +A t ‑ n ‑ b At+ …+ At ‑ n
¥‑‑./ ¥、ーーーーーー‑‑‑〆 、 、 , 〆 、 、
d〆
(A 群の構成部分 A ' n , A ' n ‑ l , … A" , A '
である。この場合, A 群の中の蓄積年数に応じて区分される部分群の数と,
蓄積年数とは同じになると想定できる。ここで A ' は今期の W ‑ G あるいは 蓄積基金の形成を行ったのちには,来期には B として,すなわち生産拡大 を行う産業諸資本の群として現われることになる。
ここで,…く W't 一 1 く W't く W't+l く…であることから, Bt ‑ n く Bt ‑ n‑ 1 く い く B t
ー1 く B tであり, At ‑ n く At ‑ n 一 l く ・ ・ ・ く At ‑ 1 く Atである。 また nAt が今年度において形成されるべき蓄積基金の総額を示しており,それは始点 の W'‑G' の内部において,その一部として形成されることになる。そし て , 一 ・ く Bt ‑ 1 く B tであることと, Bt ‑ n く ・ ・ ・ く B t ー 2 く B t 一 1 く At と想定して よいと考えられ,また, B t とBt ‑ 1 との差額は年々の蓄積率の大きさによっ て規定されることで大きくないと考えられることから ,Bt+lくnAtの関係 が一般的に成り立つといえる。すなわち,今年度には, (nA t‑ Bt+ 1 ) の差 額の貨幣資本の不足が生じることになる。この不足分の貨幣資本が創出され るならば, W' 一 . W ' は円滑に進行する。そして,この貨幣資本の創出機構 の導入が第 3 部の信用論において行われることになる。
ここで,マルクスの資本循環範式 (W'…W')において時間の経過を明示 すると, W' … W' は W't … W't+l' と表される。さらにそれを詳しく示すと,
W't‑G't"G t + 1 ‑ W t + 1 …P t + 1 … W't+l となり,この W't‑G't と Gt + 1‑
W t + 1 とが連続するためには ,(nAt‑B t + 1) の差額がうめられる必要があ るのである。すなわち, W't‑G'tと Gt + 1 ‑ W t + 1 との間で貨幣資本の不足 分が創出されないと, W't … W't+l は正常に進むことが不可能となる。貨幣 資本の不足は, Gt + 1 … G ' t + 1 の側において起っているのであり, CW't‑G' t J
> CG t + 1 ‑ W t + 1 J の差額が金融市場を含む信用制度によって創出される必
要がある。この創出によって Gt + 1 …G ' t + 1 として表される産業資本全体
の生産拡大が正常に進み,そのことはまた, W't‑G'tの現実化を通じて
W't … W't+l の正常な進行をもたらすことになる。このとき W't‑G'tの
実現は,他方での Gt ・ . . G ' t の完了を現実のものとする。あるいはまたその創
出によって, 1 (V+Mk+Mv)=II(C+Mc) として示される,拡大再生産
8 経 営 と 経 済
表式における部門聞の均衡条件も現実のものとなる。
社会的再生産過程は, Gt ・ . . G ' t , Pt ・ . . H + l o および W't … W't+l の三循環の 視点からとらえられるのであり7lそこでは拡大再生産表式も現実資本の側,
あるいは蓄積率や成長率の動向においてとらえられるだけではなく,不足す る貨幣資本の創出という形での貨幣資本の介在を不可欠の契機とするものと してとらえられなければならない。ここでは, W't … W't+l と,産業資本の 運動形態である Gt ・ . . G ' tおよび Gt + 1 … G ' t + 1 との関連が重要である。
ここで Gt + 1 ・ G ' 山の側で蓄積率か社会的に決定されるとき, (W't‑G' t J と (G t + 1 ‑ Wt + 1 J との差額の大きさも決定されることになる。他方で W't
‑G'tの側での蓄積基金の形成額は, Gt ・ . . G ' tの開始時での蓄積率の決定に よって最終的に決められている。このように,個別的諸資本のそれぞれが生 産拡大の大きさを決定することが (G t + 1 ‑ W t + 1 の開始),社会的総資本に おける蓄積率の決定として現れ,そのことによって (nA t‑B t + 1 ) の差額が 決定されるときには,信用制度のもとでの信用による貨幣資本の創出が社会 的に要請されることになるのである。このことによる W't … W't+l の正常 な進行は,また Pt ・ . . p ' t + 1 が社会的に行われることを可能としているのであ る 。
なおこのことと関連するが,マルクスが,形成された蓄蔵貨幣は実際には 銀行預金や有価証券すなわち擬制資本として存在するとしているのは,エン ゲルス編の『資本論』第 2 部でいえば,第 1 7 章(第 2 稿)と第 2 1 章であり,
そのどちらもが拡大再生産における蓄積基金について述べている箇所である。
たとえば,第 2 1 章(第 8 稿)では次のように述べている。「それ〔貨幣の 状態のままの蓄蔵貨幣‑引用者〕は,資本制的生産の死重 ( d e a dw e i g h t )
である。〔可能的貨幣資本として積み立てられているこの剰余価値を利潤の
ためにも, I 収入」のためにも使用できるものにしようという欲求は,信用
制度と「有価証券」とにその努力の目標を見いだす。これらのものによって
貨幣資本は,別の形態で,資本制的生産体制の経過と発展とに,まことに巨 大な影響を与えることになるのである{)} J (K l I . ( M s . vm , S . 5 4 ) , S . 4 9 4 ) ) 。拡大再生産においてこのような叙述が含まれていることは,拡大再 生産表式と第 3部での金融市場を含む信用制度成立の根拠との関連を示して いるといえよう。ただし,第 3 部第 5 章(篇)の r5) 信用。架空資本」の 結論部分での貨幣資本と現実資本との関係の考察では,単純化のためとはい え有価証券を捨象している。
〔 註 〕
6 )拡大再生産表式における蓄積率の理論的意義については,高木彰『再生産表式論の 研究』ミネルヴァ書房, 1 9 7 3 年,を参照されたい。
nw 一般理論』形成過程におけるケインズと資本循環論とのかかわりについては,浅野 栄一『ケインズ『一般理論』形成史』日本評論社, 1 9 8 7 年 , 135‑137 ページ,を参照
されたい。
また, トーマス・ K ・ライムズは次のように述べている。「中立経済の理論からの離 反というケインズの思考における変化は,おそらく部分的にはマルクスに起因してい る J (平井俊顕訳『ケインズの講義, 1932‑35 年,代表的学生のノート』東洋経済新報 社 , 1 9 9 3 年 , 105‑106 ページ)。なお,その学生のノートの紹介から判断すると,ケイ ンズは『資本論』第 2 部での,剰余価値実現のための貨幣はどこから来るかという問 題提起に示唆を得ているように見える。
2 拡大再生産と信用制度
『資本論』第 2部第 3篇では信用制度の導入は行われないものの,蓄蔵貨 幣 E の中の蓄積基金の形成と支出に即してその導入の契機が示されていた。
そのことからは第 3 部では『要綱』で定式化された信用の基本規定のうち,
「資本の量的限界の止揚」としての信用において信用制度が必然、的に導入さ
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