角度分解光電子分光による点および線ノードトポロ
ジカル半金属の研究
著者
高根 大地
学位授与機関
Tohoku University
博⼠論⽂
角度分解光電子分光による点および線
ノードトポロジカル半金属の研究
髙根 ⼤地
令和 2 年
⽬次
第 1 章 序論 ... 1
1.1 緒⾔ ... 1 1.2 トポロジカル半⾦属の概要 ... 2 1.2.1 量⼦ホール効果におけるトポロジカル数の導⼊ ... 5 1.2.2 3 次元物質におけるトポロジー ... 5 1.2.3 結晶の対称性に保護されたノード構造 ... 8 1.2.4 トポロジカル半⾦属の ARPES による実験的検証 ... 14 1.3 本研究の⽬的 ... 17 1.4 参考⽂献 ... 18第 2 章 光電⼦分光 ... 26
2.1 光電⼦分光の概要 ... 26 2.1.1 光電⼦分光の基礎理論 ... 26 2.1.2 光電⼦の平均⾃由⾏程 ... 27 2.1.3 ⾓度分解光電⼦分光 ... 28 2.1.4 光電⼦スペクトル強度 ... 29 2.1.5 エネルギー分布関数と運動量分布関数(EDC と MDC) ... 30 2.1.6 2 階微分によるバンド分散の決定 ... 31 2.1.7 3 次元物質における⾯直波数のぼけ ... 32 2.2 光電⼦分光装置 ... 32 2.2.1 電⼦分析器システム ... 32 2.2.2 試料測定槽 ... 33 2.2.3 励起光源(シンクロトロン放射光) ... 33 2.2.4 分解能 ... 35 2.3 参考⽂献 ... 36第 3 章 スピン分解 ARPES ⽤深紫外レーザー光源の開発 ... 37
3.1 序論 ... 37 3.1.1 ARPES 実験におけるレーザー光源の優位性 ... 373.1.2 ⾮線形光学結晶 ... 37 3.2 スピン分解 ARPES ⽤ 4 倍波深紫外レーザー光学系の開発 ... 38 3.2.1 深紫外レーザー光学系 ... 38 3.2.3 試料冷却⽤液体 He 供給システムの安定化 ... 40 3.2.4 深紫外レーザーAPRES 装置の性能評価 ... 41 3.3 まとめ ... 43 3.4 参考⽂献 ... 44
第 4 章 線ノード半⾦属 HfSiS の光電⼦分光 ... 45
4.1 研究⽬的 ... 45 4.2 HfSiS 及び類似物質についての理論的研究 ... 45 4.3 実験条件 ... 47 4.4 HfSiS のバルク電⼦状態 ... 48 4.5 HfSiS の表⾯電⼦状態 ... 50 4.6 まとめ ... 55 4.7 本研究後の進展 ... 55 4.8 参考⽂献 ... 58第 5 章 線ノード半⾦属 CaAgAs の光電⼦分光 ... 61
5.1 研究⽬的 ... 61 5.2 CaAgAs についての先⾏研究 ... 61 5.3 実験条件 ... 63 5.4 CaAgAs の電⼦状態 ... 64 5.5 まとめ ... 67 5.6 本研究後の進展 ... 68 5.7 参考⽂献 ... 70第 6 章 線ノード⾦属 AlB
2の光電⼦分光 ... 73
6.1 研究⽬的 ... 736.2 AlB2の先⾏研究と電⼦状態の理論的予測 ... 73 6.3 実験条件 ... 74 6.4 AlB2の⾯直⽅向のバンド分散構造 ... 75 6.5 AlB2の⾯内ディラックコーン構造 ... 77 6.6 KH 対称軸上の線ノード分散 ... 78 6.7 まとめ ... 79 6.8 参考⽂献 ... 80
第 7 章 点ノード半⾦属 CoSi の光電⼦分光 ... 81
7.1 研究⽬的 ... 81 7.2 CoSi の先⾏研究 ... 81 7.3 実験条件 ... 83 7.4 CoSi のバルク電⼦状態 ... 83 7.5 CoSi の表⾯フェルミアーク電⼦状態 ... 89 7.6 まとめ ... 91 7.7 点ノードおよび線ノード半⾦属における実験結果の⽐較 ... 91 7.8 参考⽂献 ... 93第 8 章 総括 ... 94
発表論⽂ ... 96
国際学会発表 ... 98
国内学会・シンポジウム発表 ... 99
受賞 ... 101
謝辞 ... 102
第 1 章 序論
1.1 緒⾔
絶縁体から始まった物質の電⼦波動関数のトポロジーによる分類の試みは近年、⾦属物 質まで広がり、電⼦状態トポロジーに注⽬した新物質相と新物性の発⾒・確⽴をめざす研究 が精⼒的に⾏われている。 絶縁体におけるトポロジーは時間反転対称性や結晶対称性の観点から定義され、例えば 時間反転対称性を持つ⾮磁性 2 次元絶縁体の場合はそのバルクに対して 𝜈 = ℤ!の 2 値が定 義される。真空状態も粒⼦-反粒⼦の間にギャップの開いた 𝜈 = 0 をもつ絶縁体とみなせる。 𝜈 = 0 をもつ 2 次元⾮磁性絶縁体は真空とトポロジカル数の変化なしに断熱変形でき、⾃明 な絶縁体と呼ばれる。⼀⽅で、𝜈 = 1 を持つ場合は真空との間に特殊な境界状態を持ち、2 次元トポロジカル絶縁体または量⼦スピンホール絶縁体と呼ばれる。このような物質系に 対するトポロジカル数の定義は 2 次元絶縁体にとどまらず、3 次元絶縁体や超伝導体、3He 超流動相などの電⼦状態にギャップがある相について広く⽤いられており、トポロジカル 物質科学として物性物理学の新たな研究領域となっている。 電⼦状態に明確なギャップを定義できない 3 次元⾦属物質においても真空と異なるトポ ロジカル数を定義できるかという課題についても近年、理論実験双⽅から検討が進んでい る。ワイル半⾦属はトポロジカル数の異なる絶縁体間の相転移(トポロジカル相転移)の研究 から理論的に発⾒された偶数個の 3 次元偶然縮退点をもつ⾦属状態である。その縮退点は チャーン数±1 の湧き出しとして特徴付けられ、そのバルクトポロジーを反映した表⾯状態 として縮退点の射影をつなぐフェルミアーク表⾯状態をもつことが理論実験双⽅から確⽴ しつつある。⼀⽅で、ワイル半⾦属に類似した 3 次元縮退構造を結晶対称性の要請から有 する物質系が提案されており、ワイル半⾦属とともに総称してトポロジカル半⾦属と呼ば れている。これらの結晶対称性で保護された縮退ノード構造をもつ物質系については多く の実験的報告があるものの、そのバルクトポロジーと表⾯状態の関係は確⽴していない。こ のため、結晶対称性で保護された特異なノード構造を持つ物質系におけるノード構造とト ポロジーの関係の解明が急務である。 本研究では、結晶対称性に保護された点及び線ノード半⾦属物質に注⽬し、ディラック 線ノード半⾦属候補物質 HfSiS, CaAgAs, AlB2, および多重縮退点ノード半⾦属候補物質CoSi について⾼分解能 ARPES 実験による縮退ノード構造の観測とトポロジカル表⾯状態 の探索を⾏った。
第 1 章 序論
1.2 トポロジカル半⾦属の概要
本節ではトポロジカル半⾦属に⾄るトポロジカル物質相の概念発展の歴史と本研究の 位置づけについて概説し、各項において物理的背景について詳細に述べる。 ギャップを持つ絶縁体相について占有状態のヒルベルト空間のねじれから分類するト ポロジカル絶縁体という概念が提唱されて以降、様々な対称性のもとで新たなトポロジカ ル相の実現を⽬指す研究が広く試みられている。凝縮系物理学におけるトポロジーを元に した新奇物性開拓の試みは主にギャップを定義できる絶縁体を舞台としてきており、明確 なギャップ持たない⾦属、すなわち半⾦属物質への概念拡張の試みは現在⾏われている最 中である。 最初のトポロジカル相は K. von Klitzing らによって発⾒された量⼦ホール効果における 量⼦ホール絶縁相である[1]。これは、ホール伝導度が 𝜎"#= 𝜈 𝑒!⁄ (𝜈 ∈ ℤ)と量⼦化されるℎ物理現象であり、Thouless, Kohmoto, Nightingale, den Nijs によって⽐例係数 𝜈 がブロッホ 関数で定義されるベリー曲率の閉曲⾯上での積分値に等しいことが⽰された。この値は理 論的提唱者の名前から TKNN 数と呼ばれるが、量⼦⼒学における幾何学位相であるベリー 位相や数学的にはチャーン数として知られる量である(本論⽂中ではチャーン数と表記す る)。チャーン数は結晶中においては価電⼦帯の頂点と伝導帯の底のエネルギー差が有限に 存在するような連続的なパラメータ変化によって波動関数が獲得する位相 2𝜋𝜈 に対応する。 ブリルアンゾーン中全体で明確なギャップを持つ絶縁体物質について波数をパラメータと して選ぶことで、チャーン数の定義が可能である。また、エネルギー準位の交差のない断熱 変形で結ばれる 2 つの系については同じチャーン数をとること、異なるチャーン数を持つ 相の境界ではエネルギー準位の交差に相当する⾦属状態が存在することが知られている。 境界状態はバルクのトポロジカル指数によって決定されるため、この関係はバルクエッジ 対応と呼ばれており、トポロジカル物質の中⼼的な概念となっている。 時間反転対称性を有する 2 次元絶縁体におけるトポロジカル数の導⼊が、C. L. Kane と E. J. Mele による Haldane 型スピン軌道相互作⽤を取り⼊れたグラフェン模型を⽤いた理論 的研究によってなされた[3]。彼らは模型に対してスピンチャーン数と呼ばれるトポロジカ ル数を定義し、エッジ状態に起因した量⼦スピンホール効果が発現することを提案した。そ の後の L. Fu と C. L. Kane らによる概念拡張の試みによって、2 次元の時間反転対称性を持 つ⼀般の絶縁体に対してトポロジカル数が定義できること、その値が ℤ!であることが⽰さ れた[4,5]。スピンチャーン数が⾮⾃明な 2 次元絶縁体は量⼦スピンホール効果を⽰すこと から、量⼦スピンホール絶縁体や 2 次元トポロジカル絶縁体と呼ばれる。これらの概念の 実験的検証にあたって実際のグラフェンはスピン軌道相互作⽤が⼩さく、混成ギャップ以
下のエネルギースケールの低温での量⼦スピンホール効果の検証が困難であった。より現 実的な系としてギャップの⼤きい 2 原⼦層ビスマス[6]や半導体量⼦井⼾構造[7,8]が量⼦ スピンホール効果観測の舞台として提案された。中でも B. A. Bernivig らが提案[8]した HgTe/CdTe 量⼦井⼾構造を舞台として、M. König らがバンド反転の有無に対応した量⼦ 化された伝導度を報告した[9]。これはヘリカルエッジ状態の存在を⽰唆しており、この結 果をもって、量⼦スピンホール絶縁相が実験的に実証されたと考えられている。 トポロジカル相の 2 次元から 3 次元への拡張は L. Fu ら[10]や J. E. Moore ら[11]によ って⾏われ、3 次元絶縁体におけるトポロジカル性は 4 つの ℤ!の組で表されることが⽰さ れた。この 4 つの指数は(𝜈$; 𝜈%, 𝜈!, 𝜈&) と表記される。𝜈$= 1のときはあらゆる結晶⽅位の表 ⾯にギャップレス表⾯状態の現れる強いトポロジカル絶縁体、𝜈'= 1 (𝑘 = 1, 2, 3)のときは 特定の⾯⽅位のみにギャップレス表⾯状態の現れる弱いトポロジカル絶縁体、𝜈'= 0 (𝑘 = 0, 1, 2, 3)のときは⾃明な絶縁体と分類される。表⾯状態は表⾯の全ての時間反転対称運動量 間でフェルミ準位を奇数回つなぐという要請がある。この 3 次元トポロジカル絶縁体は Bi 1-xSbx合⾦において初めて ARPES を⽤いて実証[12,13]された。以降、強いトポロジカル絶縁
体として Bi2(Se, Te)3[14-17], TlBiSe2[18-23], InSb(001)上のα-Sn 薄膜[24]などが、弱い
トポロジカル絶縁体として Bi4I4[25]が、ARPES 測定による⾮⾃明な表⾯状態観測に基づい て実証されている。 時間反転対称性に注⽬した ℤ!指数で特徴付けられるトポロジカル絶縁体に続いて、様々 な観点からギャップの開いた系のトポロジカル指数の定義が提案されている。3 次元絶縁体 に対しては結晶対称性を元にしたトポロジカル数による分類も試みられ、特定の結晶対称 性に対応した⾮⾃明なトポロジカル数をもつ物質はトポロジカル結晶絶縁体と呼ばれる。 この概念は鏡映対称性に注⽬した SnTe[26-28]や螺旋対称性に注⽬した KHgSb[29,30]にお いて上記のℤ!指数とは異なる指数に対応する表⾯状態が ARPES によって観測されたこと から実証された。また、絶縁体同様に超伝導相も Bogolivov 準粒⼦のスペクトルを考えると フェルミ準位に開いたギャップを持つという絶縁体に類似したアナロジーで記述できると 考えられる。超伝導相の場合は系のハミルトニアンの時間反転対称性、粒⼦-正孔対称性、 カイラル対称性などの有無により多様なトポロジカル相の分類が可能であることが理論的 に⽰されている[31]。 前述の通り、対称性に注⽬したトポロジカル指数による物質の分類は、絶縁体を始めと した電⼦状態に明確なギャップを持つ系についてなされてきた。⼀⽅で、明確なギャップを 持たない系について、そのバルクトポロジカル数と対応する表⾯状態の研究が急速に発展 している。ワイル半⾦属は空間反転対称性の破れた系における 3 次元の通常絶縁体とトポ ロジカル絶縁体の相転移境界に⽣じる⾦属相として 2007 年に S. Murakami によって理論
第 1 章 序論 的に発⾒された[32]。その後、2011 年に X. Wan らによるパイロクロアイリジウム酸化物 における理論的研究から、時間反転対称性が破れた系においてもワイル半⾦属相が実現す ること、2 重縮退をもつバルクワイル点はチャーン数±1 の湧き出しとみなせること、ワイ ル点のチャーン数を反映して波数空間で表⾯射影点をつなぐフェルミアーク表⾯状態が現 れることが⽰された[33]。これらの特徴は 2015 年に複数の研究グループから独⽴に空間反 転対称性の破れた TaAs[34,35]系物質に対する ARPES 実験おいて報告され[36-45]、その 詳細に差異はあるものの⼤枠で実証されている。これにより、ギャップレスな系においても トポロジカル指数による物質の分類の可能性が開拓されたといえる。 ワイル半⾦属の理論的・実験的研究と前後して、ワイル半⾦属同様にバルクに線形分散 からなる縮退構造を持つ物質相が提案されている。この物質相の線形分散と縮退構造は特 定の結晶対称性の要請によって実現し、トポロジカルに⾮⾃明な性質をもつ可能性が指摘 されている。線形分散で構成される 4 重縮退点をもつディラック半⾦属は、2012 年に S. M. Young らによって具体的候補物質β-MO2 ( M = As, Sb, Bi)とともに理論的に提案された
[46]。その後、2014 年に B. J. Yang と N. Nagaosa によって整理された理論的研究[47]がな され、回転対称性またはノンシンモルフィックな対称性を持つ際にディラック半⾦属相が
実現することと、縮退点を保護する対称性に応じて ℤ!指数や 2 次元のミラーチャーン数が
定義できることが提案された。Na3Bi[48,49]や Cd3As2[50-52]に対する ARPES 実験におい
てバルクに 4 重縮退点が確認されていることから、回転対称性に保護されたディラック半 ⾦属相の概念は確⽴していると考えれられている。⼀⽅で、その表⾯状態は理論[47, 53]、 実験[54]間に相違が存在しており、トポロジカル物質に必要とされるバルクエッジ対応関 係は未解明である。4 重縮退点をもつディラック半⾦属のほかにも 3, 6, 8 重縮退などの多 様な点ノード構造が結晶のもつ対称性に応じて実現することが提案[55]されており、これ らの点縮退をもつ物質系における物質開拓、バルクトポロジーと表⾯状態の解明が急務で ある。さらに、バルク電⼦状態の中に線状の縮退構造をもつ線ノード半⾦属も理論的に提案 [56]されているものの、この構造がどのようなトポロジカル数および表⾯状態をもつかは 理論的にも確⽴していない。電⼦状態観測を通して、結晶対称性に保護された縮退ノード構 造をもつ物質におけるトポロジカル相の概念が確⽴すれば、トポロジカル物質科学の基礎 研究の裾野を劇的に広げることができると考えられる。 以下の各項では、本研究で取り扱う結晶対称性に保護されたトポロジカル半⾦属を含む トポロジカル物質におけるトポロジカル数の概念やその実証及び電⼦状態研究について述 べる。
1.2.1 量⼦ホール効果におけるトポロジカル数の導⼊
本項では、凝縮系物理学において最初にトポロジカル数の概念が導⼊された量⼦ホール 絶縁体について述べる。量⼦ホール効果は 2 次元系において伝導度が 𝜎"# = 𝑣 𝑒!⁄ (𝑣 ∈ ℤ)ℎ に量⼦化する現象である。Thouless らは、Laughlin[57]によって提⽰された周期的ポテンシ ャルの元でホール伝導率が量⼦化する機構に基づき、伝導度の⽐例係数 𝑣 がブロッホ関数 から定まるベリー曲率を閉曲⾯上で積分した値に等しいことを⽰した[1]。前節で述べたと おり、 𝑣 は数学的にはトーラス上で定義されるトポロジカル数であるチャーン数と同等で ある。この 𝑣 は 𝑛 番⽬のランダウギャップにおける寄与 𝑣( (第 1 チャーン数と呼ばれる)の 合計で表され、ベリー接続 𝒂((𝒌)を⽤いて以下のように書ける。 𝑣 = 8 𝑣( ( = 8 9 𝑑!𝒌 2𝜋 )* ; 𝜕𝑎(,# 𝜕𝑘" − 𝜕𝑎(," 𝜕𝑘#? ( (1.1) これは提唱者の名前の頭⽂字をとって TKNN 公式と呼ばれる。ブリルアンゾーンにおいて ベリー接続 𝒂((𝒌) の⼤きさが発散するような特異点を持つと、𝑣は⾮⾃明(≠0)な値を持ち [58]、真空のようなベリー接続 𝒂((𝒌) の特異点がないような系においては 𝑣(= 0となる。X. G. Wen や Y. Hatsugai によってチャーン数の異なる領域を接続するためには、必ず端状態 が現れることが⽰されている[59-61]。この⾮⾃明なトポロジカル数に起因した境界状態の 現れをバルクエッジ対応と呼び、トポロジカル物質における表⾯状態の出現の理由ともな っている。また、磁場を印加しない場合にも⾮⾃明なチャーン数 𝑣 = 1をもち、量⼦ホール 効果を⽰す異常量⼦ホール絶縁体も磁性元素ドープした 3 次元トポロジカル絶縁体薄膜に おいて実現することが知られている[62, 63]。
1.2.2 3 次元物質におけるトポロジー
3 次元トポロジカル物質は殆どの場合に図 1.1 に⽰すような価電⼦帯と伝導帯が波数空 間内で⼀部エネルギー的に反転したバンド反転構造に起因している。通常では、バンド反転 に伴う価電⼦帯と伝導体の縮退(図1.1 点線部分)が禁⽌され、トポロジカル絶縁体となる。 ⼀⽅で近年、価電⼦帯と伝導帯の縮退する領域がギャップレスなまま保たれる物質が存在 することが理論的に提案され、そのような物質をトポロジカル半⾦属と呼んでいる。トポロ ジカル半⾦属はその電⼦構造によってさらに分類され、価電⼦帯と伝導帯が点で縮退した ものを点ノード半⾦属(ディラック/ワイル半⾦属)、線状に縮退が⽣じているものを線ノー ド半⾦属と呼ぶ。本節ではトポロジカル絶縁体及び、トポロジカル相転移点近傍に存在する ⾦属状態であるワイル半⾦属について述べる。第 1 章 序論 図 1.1 バンド反転にともなう各トポロジカル物質のバンド構造の概念図 ・3 次元トポロジカル絶縁体 量⼦ホール絶縁体や量⼦スピンホール絶縁体など 2 次元物質におけるトポロジカル数の 概念を L. Fu ら[10]や J. E. Moore ら[11]が時間反転対称性をもつ 3 次元絶縁体に拡張した。 3 次元絶縁体におけるトポロジカル性は 4 つのℤ!の組 (𝜈$; 𝜈%, 𝜈!, 𝜈&) で表記され、それぞれ (−1),! = A Pf[𝑤(n%, 𝑛!, 𝑛&)] Hdet [𝑤(n%, 𝑛!, 𝑛&)] (!"#-$,. (!-. (1.2) で与えられる。なお、⾏列 𝑤 の各要素は 𝑤01(𝑘) = L𝑢0(−𝒌)NΘN𝑢1(𝒌)P で、 Θ は時間反転演算 ⼦、|𝑢0(𝒌)⟩ は 𝑖 番⽬のバンドの波数 𝒌 におけるブロッホ関数である。 時間反転対称性に加えて空間反転対称性を持つ場合、そのトポロジカル指数はさらに簡 単に占有状態のパリティ固有値の積で与えられる。式(1.2)によると、3 次元トポロジカル絶 縁体のトポロジカル指数決定には時間反転対称運動量におけるブロッホ関数の計算が必要 である。しかし、L. Fu らは空間反転対称性があるとき時間反転対称運動量におけるトポロ ジカル指数はパリティ固有値の積のみで記述されることを⽰した[12]。これはブロッホハ ミルトニアンと空間反転対称演算⼦が可換であり、時間反転対称運動量でパリティ固有値 が良い量⼦数になることを反映している。この報告により、フェルミ準位近傍でトポロジカ ル表⾯状態をもつトポロジカル絶縁体を実現するためには時間反転対称運動量においてパ リティ固有値の異なる価電⼦帯と伝導帯のエネルギーが反転(バンド反転)している系を探 索すればよいことがわかった。また、空間反転対称性のある物質のバンド構造を第⼀原理計 算によって予測することで、具体的なトポロジカル絶縁体を簡便に探索することが可能と なった。
・ワイル半⾦属相 2007 年に S. Murakami は、空間反転対称性の破れた 3 次元トポロジカル絶縁体と通常 の絶縁体の相転移を考えたとき、図 1.2(b)に⽰すように2つの領域の間に線形分散をもつ 2 重縮退点ノード半⾦属相が必ず存在することを⽰し、その線形分散の縮退点近傍の有効ハ ミルトニアンは式(1.3)に⽰すようなワイルハミルトニアンで表されることを⽰した[32]。 𝐻±3456(𝒑) = ± W𝑝 𝑝7 𝑝"− 𝑖𝑝# "+ 𝑖𝑝# −𝑝7 Z = ±𝒑 ∙ 𝝈 (1.3)
また、S. Murakami と S.-i Kuga によってこのギャップレス⾦属状態が強いトポロジカル絶 縁体と弱いトポロジカル絶縁体の相転移の際にも存在することが⽰された[64]。2011 年に X. Wan らによるパイロクロアイリジウム酸化物における理論的研究において、時間反転対 称性の破れた系においても同様の分散構造を持つ⾦属状態が実現可能であることと、この ⾦属状態のバルクトポロジーを反映した表⾯状態(フェルミアーク表⾯状態)の存在が明ら かになった。この⾦属相の特筆すべき点は、パウリ⾏列 3 つ全てを使っているので質量項 を導⼊することができないことである。このギャップレス⾦属状態はワイル半⾦属と呼ば れる。 図 1.2 (a)空間反転対称性の破れた系におけるトポロジカル絶縁体と⾃明な絶縁体の相転移 におけるバルクバンド構造の模式図. (b)空間反転対称性の破れた系における相図.δ は空間反転対称性の破れの⼤きさ、𝑚 は質量項である[32]. ワイル半⾦属のバルクトポロジーを反映した表⾯状態であるフェルミアーク表⾯状態 については、ワイル半⾦属の 3 次元波数空間中の 2 次元スライスを考えることで理解する ことができる。ワイル半⾦属のワイル点間はスピン分裂したバンドがバンド反転している ような構造をとっている。このことから波数空間内において、ワイル点を 1 つ囲むような 円筒状のスライスを考えると、この 2 次元系はバンド反転領域を含むため量⼦ホール絶縁 体となり、カイラルな端状態が⽣まれる(図 1.3)。このカイラルな端状態はワイル点を奇数 個囲む限り⾃由に円筒の半径や形状を変えても存在するが、偶数個ワイル点を囲むように なるとバンド反転領域を含まなくともよくなる。このことからワイル半⾦属における表⾯ 状態は図 1.4 に⽰すようなワイル点同⼠をつなぐアーク型表⾯状態となる[33]。
第 1 章 序論 図 1.3 ワイル点を 1 つ囲むような 2 次元系(⾚い円柱)は量⼦ホール絶縁体となる[33] 図 1.4 バルクワイル点の射影とフェルミアーク表⾯状態の関係の模式図[65]
1.2.3 結晶の対称性に保護されたノード構造
前節では、空間反転対称性のある 3 次元トポロジカル絶縁体がパリティの異なるバンド 同⼠の時間反転対称運動量におけるエネルギー準位の反転(バンド反転)の有無によって同 定可能であることを述べた。また、トポロジカル半⾦属の⼀つであるワイル半⾦属において は時間反転対称性または空間反転対称性の破れがその形成において重要な役割を果たすこ とを述べた。⼀⽅で近年、特定の結晶対称性に保護された縮退ノードをもつ物質がワイル半 ⾦属同様にトポロジカルに⾮⾃明な性質をもつことが提案されている。本節では結晶対称 性の要請から実現する様々な縮退ノード構造を有する物質系について述べる。 ・3 次元ディラック半⾦属相 結晶対称性に保護された縮退ノードをもつ物質としては回転対称性に保護されたディ ラック半⾦属が最初に提案された。回転対称性に保護されたディラック半⾦属相の理論的 背景とともに、グラフェン等の既存のディラック電⼦系との関係を述べる。 ディラック電⼦系は価電⼦帯と伝導帯のバンドがブリルアンゾーン中の 1 点のみで接す る構造をもつ物質である。代表的なディラック電⼦系であるグラフェンはハニカム格⼦のAB 副格⼦対称性に起因した 2 次元ディラック錐をもつ。このディラック錐の縮退点はディ ラック点と呼ばれる。グラフェンではスピン軌道相互作⽤によってディラック点にギャッ プが⽣じ、量⼦スピンホール絶縁体(2 次元トポロジカル絶縁体)となる[3]。C 原⼦のスピ ン軌道相互作⽤が⼩さくその影響は無視できるため、グラフェンはディラック電⼦系特有 の物性発現の舞台となっている[81]。3 次元トポロジカル絶縁体の表⾯状態もグラフェン同 様に 2 次元のディラック電⼦系である。グラフェンと⽐較して時間反転対称性の保護され ており、スピン軌道相互作⽤によるギャップが⽣じない、ディラック錐がスピン分裂してい るなどの違いがある。 3 次元のディラック電⼦系としてトポロジカルと通常絶縁体の相転移点における不安定 なディラック半⾦属相が最初に提案された。系が空間反転対称性をもち、波数空間内の時間 反転対称運動量のうち 1 点のみでバンド反転しているような 3 次元トポロジカル絶縁体と ⾃明な絶縁体間の相転移を考える。このとき、図 1.5 に⽰すように、その相境界においてバ ルクに 3 次元の線形分散で構成される 4 重縮退点(点ノード)をもつ⾦属状態が現れる。こ の相境界に現れる⾦属状態も特異な線形分散構造を持つが、パラメータ空間の 1 点のみし かその⾦属状態は存在せず、その実験的実現の難しい。この⾦属相は、ワイル半⾦属や後に 述べる回転対称性に保護されたディラック半⾦属と⽐較して不安定なディラック半⾦属と 呼ばれる。 図 1.5 空間反転対称性をもつトポロジカル絶縁体と⾃明な絶縁体間の相転移の際のバルク バンド構造の模式図. 横軸は質量項 𝑚 である。𝑚 = 𝑚$のとき、(不安定な)ディラッ ク半⾦属相となる[32]. 安定な 3 次元ディラック半⾦属相として結晶対称性に保護されたディラック点をもつ物 質が提案された。安定な 3 次元ディラック半⾦属には、そのディラック点が回転対称軸上 に 2 つ存在する回転対称性に保護されたディラック半⾦属相と、時間反転対称運動量上に 1 つに存在するノンシンモルフィックな対称性に保護されたディラック半⾦属相がある。こ れらの対称性に保護されたディラック半⾦属相は、トポロジカル絶縁体と⾃明な絶縁体の 相転移点上に存在するディラック半⾦属相と⽐較して、安定なディラック半⾦属相と呼ば れる(図 1.6)。この相におけるディラック点はスピン軌道相互作⽤を考慮した場合もギャッ
第 1 章 序論 プが⽣じない。特に、回転対称性に保護されたディラック半⾦属は B. J. Yang と N. Nagaosa によってディラック点を通らないような⾯において表 1.1 に⽰すように 2 次元のトポロジ カル指数の定義が可能であることが⽰されており、トポロジカルディラック半⾦属とも呼 ばれている[47]。 B. J. Yang と N. Nagaosa は、バンド反転によって⽣じた 4 重縮退点が結晶対称性の要請 からギャップを開けることなく保護されることを⽰したが、この議論から得られる重要な ⽰唆として、次の 2 つがあげられる。第 1 に、対称操作と系のハミルトニアンが同時対⾓ 化可能で、特定の波数領域におけるバンドが対称操作の固有値によって特徴付けることが できれば 3 次元バルク縮退構造を保持できる点である。第 2 に、結晶対称性に保護された ギャップレスな縮退構造をもつ系についても、ワイル半⾦属同様に縮退点を避けるような 適当な波数空間のスライスを考えることでトポロジカル指数の定義とバルクトポロジーを 反映したトポロジカル表⾯状態の存在が⽰された点である。これにより、ARPES によるバ ルクディラック点と対応するトポロジカル表⾯状態の観測を通して、トポロジカルディラ ック半⾦属の実証が可能となった。 図 1.6 各 3 次元ディラック点の質量項 𝑚 に対する模式図. (a)トポロジカル相転移点上の不 安定なディラック点, (b)時間反転対称運動量上に存在するディラック点, (c)バンド反 転と回転対称性によって⽣じるディラック点[47].
表 1.1 回転対称性によって保護されたディラック半⾦属の分類[47]. ・結晶対称性に保護された多重縮退点ノード半⾦属相 ディラック半⾦属に続く点ノード半⾦属として 2016 年に B. Bradlyn らは 3, 6, 8 重縮退 点ノード構造が特定の空間群に属する結晶において実現することを具体的な候補物質とと もに理論的に⽰した[66]。これらの縮退点には 2 つの顕著な特徴がある。第 1 に、本縮退点 付近の低エネルギー励起ハミルトニアンは 𝓗 = 𝛿𝒑 ∙ 𝑺 (1.4) とワイルハミルトニアン同様の表式で表される⼀⽅で、スピン⾏列 𝑺 がスピン 1 および 3/2 をとる。第 2 に結晶対称性に保護された縮退点であるにも拘らず、ワイル半⾦属の場合と 同様にチャーン数によって特徴付けられ、フェミアーク型表⾯状態を⽣じさせると予想さ れる。表 1.2 に、B. Bradlyn らによって⽰された、多重縮退点ノードをもつ結晶の空間群の ⼀覧を、図 1.7(b)に本研究で対象とした CoSi を含む空間群 198 の R 点に存在するチャー ン数 4 をもつ 6 重縮退点および、空間群 199 で P 点に存在するチャーン数 2 をもつ 3 重縮 退点を構成するバンド分散構造を⽰す。後の P. Tang らの CoSi 系物質についての詳しい研 究において、空間群 198 の物質はスピン軌道相互作⽤を無視した際にはΓ点にチャーン数 +2 をもつ 3 重縮退点をもち、R 点の 6 重縮退点はワイル点を 2 つ重ねたチャーン数-2 をも つ 2 重ワイル点となることが⽰された[67]。これらの縮退点構造は図 1.1 に⽰した価電⼦帯 と伝導帯の単純なバンド反転構造からのアナロジーでは記述できず、この点でもディラッ ク半⾦属とは⼤きく異なる起源をもつといえる。
第 1 章 序論 図 1.7 (a)空間群 199 で実現するチャーン数 2 をもつ 3 重縮退点, (b)空間群 198 で実現する チャーン数 4 を持つ 6 重縮退点[66]. 表 1.2 多重縮退点ノードが実現する空間群(SG)における多重縮退点のブリルアンゾーン中 の波数位置(𝒌), 最⼤縮退度(d), 縮退を保護する対称性(Generators). La は結晶の区 分を表しており, それぞれ、cP: 単純⽴⽅格⼦(cubic primitive), cB: 体⼼⽴⽅格⼦ (cubic body-centered), tP: 単純正⽅晶(tetragonal primitive)に対応している[66].
・ディラック、ワイル線ノード半⾦属相とドラムヘッド型表⾯状態 縮退構造が 3 次元波数空間内で線状に広がる線ノード半⾦属は、その線ノードが 4 重縮 退であるときディラック線ノード半⾦属、2 重縮退であるときにワイル線ノード半⾦属と呼 ばれる。また、線ノードを保護する結晶対称性についても、鏡像対称性、映進対称性をはじ めとして様々な対称性が提案されている。線ノード半⾦属の最初の提案は A. A. Burkov ら によるトポロジカル絶縁体/通常の絶縁体の超格⼦に磁化を導⼊した系でなされた。本系で はワイル線ノードが実現する可能性が指摘され、その表⾯状態として平坦バンドが存在す ることを⽰された[68]。その後、Mackay‒Terrones crystal と呼ばれる炭素の三次元ネット ワーク(MTC)[69]や BaMX3 (M = V, Nb, または Ta ; X = S または Se)[70]などの物質が 線ノードをもつことが第⼀原理計算によって提案された。 2016 年に C. Fang らはそれまで提案されてきた線ノード半⾦属候補物質をその線ノー ドを保護している対称性に応じて表 1.3 のような 3 つのグループに分類し、その線ノード を特徴づけるトポロジカル指数の整備を⾏った[71]。Type-A, Type-B に区分されるディラ ック線ノードについてはスピン軌道相互作⽤によってギャップが⽣じるが、スピン軌道相 互作⽤を無視した際に線ノードを特徴づけるトポロジカル指数が提案されている[71]。 バルク線ノードを特徴づけるトポロジカル指数の提案がある⼀⽅で、バルクエッジ対応 の帰結として⽣じるトポロジカル指数に対応した表⾯状態の有無については未だ議論が続 いている。C. Fang らによるとトポロジカル表⾯状態の形成にはバルクのトポロジカル指数 を記述する対称性が表⾯において保たれている必要がある[71]。この観点から、線ノード半 ⾦属の場合は、線ノードを特徴づける対称性(鏡映、反転、2 回回転螺旋対称性)が表⾯で守 られておらず、線ノードに対応したトポロジカル表⾯状態は存在しないと結論付けられる。 ⼀⽅で、第⼀原理計算による電⼦状態予測によれば、ドラムヘッド型と呼ばれる線ノードを つなぐ平坦バンドが多くの物質に共通して存在[68-70, 72]しており、この表⾯状態がバル クトポロジーを反映したトポロジカル表⾯状態である可能性についても議論されている。 また、複数本の線ノードが存在する場合の表⾯状態及びトポロジカル指数の検討はされて いない。このように、トポロジカル線ノード半⾦属の表⾯状態やトポロジーを統⼀的に予測 する理論はなく、その表⾯状態とバルクバンドの関係は未だ確⽴してない。
第 1 章 序論 表 1.3 線ノード半⾦属の分類. Type A は線ノードが鏡映対称性で保護されているもの、Type B は時間反転対称性と空間反転対称性によって保護されているもの、Type C は 2 回 転螺旋対称性で保護されているものである. トポロジカル絶縁体、ワイル半⾦属、デ ィラック半⾦属の表記はその左側(NO SOC)の欄の物質がスピン軌道相互作⽤を導 ⼊したときにどのトポロジカル相に移るかを表している. また、⾚枠で囲われている ものがワイル線ノード半⾦属、それ以外の具体的な物質名が⽰されているものがディ ラック線ノード半⾦属である[71].
1.2.4 トポロジカル半⾦属の ARPES による実験的検証
前述したトポロジカル半⾦属のうち、ワイル半⾦属、ディラック半⾦属、ワイル線ノー ド半⾦属に対しては ARPES による電⼦状態観測に⽴脚した実験的検証が⾏われている。こ れらの物質系についてバルク縮退ノード構造とトポロジカル表⾯状態に注⽬して概観する。 ・回転対称性に保護されたディラック半⾦属に関する実験的報告2014 年に Z. K. Liu らは Z. Wang らによって理論的に予測された Na3Bi[48]の(001)⾯
に対し、放射光を⽤いた ARPES 実験によって 3 次元電⼦構造を決定し、図 1.8 に⽰すよう にΓA対称軸上に 3 次元ディラック点が存在することを報告した[49]。また、その 1 年後に S.-Y. Xu らによって図 1.9 に⽰すようなディラック点の射影をつなぐフェルミアーク型表⾯ 状態の存在が Na3Bi(010)⾯における ARPES 実験結果より報告された[77]。 Na3Bi に続くディラック半⾦属物質の探索の研究は、Na3Bi が⼤気中で⾮常に不安定で あるため、⼤気中で安定な物質を中⼼に⾏われた。理論的にディラック半⾦属である可能性 が指摘されていた Cd3As2[50]がディラック半⾦属であることが L. K. Liu らと M. Neupane らによって、ほぼ同時に ARPES 実験結果から確認された[51, 52]。近年、ディラック分散 が傾き、電⼦⾯とホール⾯が同時にフェミ⾯を構成するような第 2 種ディラック半⾦属に ついても遷移⾦属ダイカルコゲナイド系物質を中⼼に ARPES 実験を⽤いた探索が⾏われ ている。これらの第 2 種ディラック半⾦属候補物質群においてはトポロジカル絶縁体同様
のディラック錐型表⾯状態が報告されている[78]。⼀⽅で、Na3Bi で報告されているフェル ミアーク型の表⾯状態については 1 例のみしか報告されていない。また、ディラック半⾦ 属におけるフェルミアーク型表⾯状態については理論的反駁[53]も存在することから、デ ィラック半⾦属のバルクトポロジーを反映した表⾯状態は未だ確⽴していないといえる。 図 1.8 Na3Bi における 3 次元ディラックバンドの分散[49]. 図 1.9 Na3Bi(010)⾯におけるディラック点の射影と表⾯フェルミアーク電⼦状態の(a)フ ェルミ準位上での ARPES 強度マップ, (b)波数空間内での模式図[77]. ・ワイル半⾦属に関する実験的報告 ワイル半⾦属相の実証については、2015 年に空間反転対称性の破れた TaAs おける ARPES 実験結果が、B. Q. Lv らと S.-Y. Xu らによってほぼ同時に報告された。B. Q. Lv ら はその表⾯状態が⾮⾃明なものであることからフェルミアーク表⾯状態であると結論し、 TaAs がワイル半⾦属であることを明らかにした[36]。S.-Y. Xu らはフェルミアーク表⾯状 態(図 1.10(a))に加えて軟 X 線を⽤いた ARPES 実験によってワイルノードを⽰す線形分散 (図 1.10(b)) を観測し、それらの射影が図 1.10(c)に⽰すようにフェルミアークによって繋 がれていることを報告した[37]。その直後に B. Q.Lv らによって TaAs のワイルノードの存
第 1 章 序論
在が[38]、X. L. Yang らによってフェルミアークとワイルノードの存在[39]が前者とは独⽴ に報告された。その後、TaAs と同様の結晶構造を持つ TaP, NbAs, NbP[40-45]における ARPES 実験結果が次々と報告され、その表⾯フェルミアークとワイルノードの存在が明ら かになった。
TaAs 系に続く新たなワイル半⾦属物質の探索としては、TaIrTe4[72-74]や、Co3Sn2S2[75,
76]などを対象として ARPES による電⼦状態観測が⾏われている。 図 1.10 (a)TaAs における紫外光を⽤いた ARPES によって観測されたフェルミアーク表⾯ 状態, (b)軟 X 線 ARPES 実験において観測されたワイル点, (c)ワイル点の射影とフェ ルミアーク表⾯状態の波数空間における位置関係[37]. ・ワイル線ノード半⾦属の実験的報告 2 重縮退線をもつワイル線ノード半⾦属に関する実験的報告は G. Bian らによる空間反 転対称性の破れた⾦属である PbTaSe2の ARPES 実験が最初である。彼らはTc = 3.8 K の超 伝導体である PbTaSe2において第⼀原理計算によって予測されるバンド構造との良い⼀致 や表⾯状態の存在から、PbTaSe2のバンドの⼀部に鏡映対称性に守られた線ノードがあらわ れることを報告した[79]。また、時間反転対称性が破れた Co2MnGa においてもバルクワイ ル線ノードとドラムヘッド型表⾯状態の存在が ARPES 実験によって報告されている[80]。 ⼀⽅で、A. A. Burkov らの指摘している通り、多くの場合このドラムヘッド型表⾯状態はド ーピングなどによりバルクバンドの射影に隠れるように移動させることができる[56]。ト ポロジカル絶縁体の表⾯ディラックコーンのように常にバルクバンドギャップ中に存在す る表⾯状態ではないため、トポロジカルに守られたものではないという指摘もある。
図 1.11 Co2MnGa における(a)ワイル線ノードを⽰す ARPES スペクトルの強度プロット. (b)ドラムヘッド型表⾯状態とワイル線ノードを⽰す ARPES スペクトル強度プロッ ト[80]. 以上のように、結晶対称性に保護されたノードを持つトポロジカル半⾦属のうちディラ ック半⾦属、及びワイル線ノード半⾦属については具体的な候補物質が実験的に検証され ており、不完全ながらそのバルク縮退構造とトポロジーに保護された表⾯状態の観測・提案 が⾏われている。⼀⽅で、多重縮退点ノード半⾦属及びディラック線ノード半⾦属について は実験的に確⽴した候補物質の報告が存在しない。特に、ディラック線ノード半⾦属のバル クトポロジーを反映した表⾯状態については理論的にも統⼀的な⾒解が得られておらず、 実験的観点からの提案が本物質系を特徴づけるトポロジカル数の決定に重要であると考え られる。
1.3 本研究の⽬的
結晶対称性に保護された点ノード・線ノード半⾦属の縮退構造とバルクトポロジーを反 映した表⾯状態の関係は報告があるものの、理論実験間の齟齬が存在しており⼗分に確⽴ していない。特に、ディラック線ノード半⾦属および多重縮退点ノード半⾦属については具 体的な候補物質がなく、その実験的、理論的研究が進んでいない。結晶対称性に保護された ノードを持つ物質群のトポロジカルな性質が明らかになれば、ギャップレスな⾦属物質に おけるトポロジーの研究が⼤きく進展すると考えられる。 本研究においては、第⼀に、ディラック線ノードを持つ物質の探索および、その線ノー ド構造と表⾯状態の関係を明らかにすることを⽬的とし、それぞれ異なるディラック線ノ ード構造を⽰す候補物質群に対する ARPES を⽤いた電⼦状態観測を⾏った。具体的には 「映進対称性に保護された 2 本の閉じた線ノードをもつ HfSiS」、「鏡映対称性で保護された 1 本の閉じた線ノードをもつ CaAgAs」、「バンド反転を伴わない開いた線ノードをもつ AlB2」第 1 章 序論 の 3 種類のディラック線ノード半⾦属候補物質を対象とした。第 2 に、新たな結晶対称性 に保護された点ノードをもつ「多重縮退点ノード半⾦属候補物質 CoSi」の ARPES による バルクトポロジーと表⾯状態の関係解明を⾏った。 これらの試みから、新たな線ノード・点ノード半⾦属相の実証とともに、結晶対称性に 保護された縮退構造をもつトポロジカル半⾦属におけるノード構造とバルクトポロジーを 反映した表⾯状態の理解を⽬指した。また、線ノード・点ノード半⾦属候補物質の実験的検 証に並⾏してスピン分解光電⼦分光実験⽤レーザー光源の開発を⾏った。
1.4 参考⽂献
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第 2 章 光電⼦分光
第 2 章 光電⼦分光
2.1 光電⼦分光の概要
物質に対し仕事関数以上のエネルギーを持つ光を⼊射させると、外部光電効果よって物 質表⾯より⾃由電⼦(光電⼦)が放出される。光電⼦の運動エネルギー分布を測定する⼿法が 光電⼦分光法である。この⽅法により物質内の電⼦状態を直接的に観測することができ、対 象物質の物性発現の起源をミクロな視点から解明するための情報を得ることができる。 光電⼦分光法は⼊射光(励起光)エネルギーによって⼤きく 2 種に分類される。⼀つは⽐ 較的エネルギーの⾼い X 線を⽤いる X 線光電⼦分光(X-ray Photoemission Spectroscopy: XPS)であり、主に物質の内核準位の測定に⽤いられる。もう⼀つはエネルギーの低い紫外 線を⽤いる紫外線光電⼦分光(Ultraviolet Photoemission Spectroscopy: UPS) であり、測定 対象が価電⼦帯である場合に⽤いることが多い[1, 2]。 また、光電⼦分光法は放出した光電⼦を全⽴体⾓で集め検出する⾓度積分型と、検出す る光電⼦を微⼩⽴体⾓に分割し検出する⾓度分解型にも⼤別できる。⾓度積分型は⽐較的 測定効率が良く、光電⼦の運動エネルギー分布のみから電⼦の状態密度を決定する内核準 位の測定によく⽤いられる。⼀⽅で、⾓度分解型は運動量保存則等から対応した特定の波数 の光電⼦を選択的に検出できるため、電⼦の波数とエネルギーの関係(分散関係)を直接的に 決定することができる。2.1.1 光電⼦分光の基礎理論
光電⼦の放出過程の概略図を図 2.1 に⽰す。図 2.1 左図は物質中の電⼦状態を表してお り、ℎ𝜈は励起光エネルギー、𝐸8は試料真空準位、𝐸9はフェルミ準位、𝜙は仕事関数を表して いる。試料中の電⼦が光を吸収することで光電⼦放出が発⽣するが、その際の光電⼦の運動 エネルギーを𝐸:、放出した電⼦が試料に結合していた際の結合エネルギーを𝐸)とおく。エ ネルギー保存則より(2.1)式が成り⽴つ。 ℎ𝜈 = 𝐸:+ 𝐸)+ 𝜙 (2.1) 式(2.1)において仕事関数 𝜙 は試料固有の値で測定可能であり、ℎ𝜈は励起光のエネルギーで あるため既知の物理量である。よって、 𝐸: を決定することができれば、𝐸)を明らかにする ことができる。このことを利⽤して試料の電⼦状態を決定する⽅法が光電⼦分光法である。 試料内で散乱を受けた後、真空中に放出される⼆次電⼦については(2.1)式が成り⽴たないため、検出しても本来の電⼦状態の情報は失われている。この⼆次電⼦は図 2.1 の右側に⽰ すようにスペクトルの低エネルギー領域にバックグラウンドを形成する。 図 2.1 光電⼦放出過程. 物質がエネルギー ℎ𝜈 の光を吸収する前後での電⼦のスペクトル の関係を表している.
2.1.2 光電⼦の平均⾃由⾏程
本項では、光電⼦分光の表⾯敏感性について議論する。図 2.2 に試料内部における光電 ⼦の平均⾃由⾏程のエネルギー依存性を⽰す。物質依存性について表すために幅をもたせ ているが、運動エネルギー100 eV 程度の位置に底を持つ U 字型となる。光電⼦分光法にお いては(2.1)の成⽴する 1 次電⼦を検出し、物質の電⼦状態の測定を⾏う。つまり光電⼦分 光法によって観測する電⼦は、試料表⾯から平均⾃由⾏程分の深さに存在していた光電⼦ であるといえる。図 2.2 より平均⾃由⾏程は電⼦⾃⾝の運動エネルギーに⼤きく依存してい ることが⾒て取れ、広いエネルギー範囲にわたって光電⼦の平均⾃由⾏程は 20 Å以下であ り、50−500 eV の領域では数Å程度であることがわかる。数Å程度は表⾯ごく近傍に対応 するため、観測された電⼦状態は物質の最表⾯の状態を反映し、試料内部(バルク)電⼦状態 と異なる可能性を注意する必要がある。また、試料表⾯が分⼦の吸着・酸化・変形などによ りバルクの状態と⼤きく異なる場合は、光電⼦スペクトルから本来の情報を得ることが困 難となるため、試料の表⾯は清浄である必要がある。第 2 章 光電⼦分光
図 2.2 光電⼦の運動エネルギーに対する平均⾃由⾏程[3, 4].
2.1.3 ⾓度分解光電⼦分光
本節では本研究で主に⽤いた⾓度分解型の光電⼦分光法について述べる。⾓度分解型の 光電⼦分光法は、⼀般に⾓度分解光電⼦分光(Angle-Resolved Photo Emission Spectroscopy: ARPES)と呼ばれている。ARPES は光電⼦の運動エネルギーに加えて、試料表⾯に対する 放出⾓を測定することで、試料中の電⼦について結合エネルギーと運動量を決定すること ができる。 励起光として⽐較的エネルギーの低い紫外光を⽤いる場合、光⼦の運動量は電⼦の運動 量に⽐べて⼗分⼩さいため、励起前後で電⼦の運動量が保存すると仮定できる。また、系が 表⾯に平⾏⽅向の並進対称性をもつため、光電⼦が真空準位を超えて真空中に放出される 際も表⾯に平⾏な運動量成分は表⾯を脱出する際にも保存される。よって、始状態の⾯内運 動量を𝑘0∥、真空に放出された後の電⼦の⾯内運動量を𝑘<∥と置くと、式(2.2)が成り⽴つ。 𝑘0∥= 𝑘<∥ (2.2) また、真空中に放出された光電⼦の運動エネルギーは電⼦の質量 𝑚= として 𝐸'= (ℏ𝑘<∥)! 2𝑚= (2.3) となるため、式(2.1)(2.2)(2.3)より、結晶内部の電⼦の結合エネルギー𝐸)と波数𝑘∥の関係は 𝑘∥=H2𝑚(ℎν − 𝜙 − 𝐸ℏ ))𝑠𝑖𝑛𝜃 (2.4) と導かれる。ここで、𝜃は光電⼦放出⾓を表す。この式において、𝑚, ℎ𝜈, 𝜙 は既知であるた め、光電⼦放出⾓𝜃と光電⼦スペクトルを測定することで、2 次元的なバンド分散を決定す ることができる。 ⼀⽅、試料表⾯に垂直な運動量成分𝑘0>は、系が並進対称性をもたないため保存しないが、